螺旋の黄龍・番外編。
2010年10月31日 螺旋の黄龍騒動記(完結) コメント (4) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」というゲームの名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という夢見がちどころじゃない妄想二次創作モドキ、の本編後の番外編です。
●しかも本編後の後日談が完結してないのに、更にその後の話とかいうアレです。ぶっちゃけ後日談完結編を書く前のリハビリです。
●超短いです。
●それでも許してくださる方のみどうぞ!
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
件名:「Trick or treat?」
10月31日、東京・午後6時。
携帯電話が『メール着信あり』のランプを点滅させていることに気が付き、机に置いたままだったそれを手に取る。
画面を開いてみると、『非通知』の表示と共にそんなタイトルが目に入った。
「…」
送信者が誰かは容易に想像が付く。
一応、という程度の気持ちで本文も開いて見ると、予想通り、というか寧ろ予想通り過ぎて斜め上とも言える内容が大変簡潔に書かれていた。
『お菓子で結構です』
簡素簡潔な文面とは反対に、末尾にはJack-o’-lanternの絵文字が愉快に踊っている。
結構ときたか。と、とりあえず呟いてから、画面を閉じる。
結構も何も、ここは日本で俺は日本人でキリスト教とは縁遠い。加えてその台詞は子供にのみ許されるものではなかっただろうか。そういう際の「子供」というのはせいぜい小学生までだと思うのだが、違うのだろうか。どう考えてもメールの主がその枠内に入っているとは思えないのだが。
いやそれ以前の問題として。
「…」
僅かばかりの逡巡を経て、俺はソファにその携帯を放り投げながら叫んだ。
「二択意味ないじゃん!」
ぼふっと携帯がクッションに沈み、押し戻されて微かに跳ねた。
…一人ツッコミは、やっぱり気恥ずかしい。
しばらく力尽きて床に座り込んでみたものの、まぁ当然ながら何がどうなるわけでもなく。
結局俺は、仕方無しに携帯を拾うため立ち上がったのだった。
★★★★★
件名:「Happy Halloween」
10月31日、ロサンゼルス・午前2時。
右横に置いてあったノートパソコンがメールの着信を知らせた。
思っていたより、早い。
心の中だけでそう呟いて、腕を伸ばす。キーを叩くとそんなタイトルが現れた。
「…」
あまりにも定番なその一文に、私はほんの少し首を傾げた。
125時間目に達した連続活動時間のためだろうか、先程より僅かに重く感じる頭を膝の上に乗せながらメールを開いてみる。
『良い子は早く寝ましょう』
まるで何かの標語のような言葉が表示された画面を前に、膝からがくりと顎が落ちる。
確かに今は深夜で私は寝ていない。子供ではないので、と反論も出来ようが、子供でないならそもそもTrick or treatも何もあったものでないと言われればそれまでだ。
だがしかし。
しばらくそれを眺めた後、私はようやく姿勢を戻してここにはいない人宛てに口を開いた。
「…もしかして、クリスマスと混ざってませんか」
多分、そうだろう。
ということは寝ないと枕元にお菓子は届かないに違いない。
であれば仕方が無い。寝よう。
そう思った私は、125時間のうち最後の7時間を費やした『仕事』を終わらせるべく別のパソコンに手を伸ばした。
★★★★★
10月31日、ロサンゼルス・午前7時。
数日振りに睡眠という作業に入った…ただしベッドの上だというのに椅子ごと横になった奇妙な姿勢で…青年を眺め、老紳士はほっと小さく安堵のため息を吐いた。
もう少し短い間隔で睡眠を取っていただきたいものだが。
そう思いながらも、大きな子供としか言いようの無いその姿に自然と柔らかな笑みが浮かぶ。
「さて…」
緩やかに上下する肩に毛布を被せ、老紳士は足音を立てぬように部屋を移動する。ドアの外に置いてあった大きな箱をそっと持ち上げ、もう一度青年のそばに戻るとその枕元に置いた。
鮮やかな包装紙にリボンのかかったその箱からは、甘い香りが漂っている。
リボンの形を丁寧に直し、一緒に届いたメッセージカードをそっと添える。
目覚めた時に彼はどんな顔をするだろう。
老紳士はそう考えながら優しく微笑み、そっと部屋を後にする。
「…おやすみなさい、《L》」
~Happy Birthday 《L》~
from 《T》
そう書かれたカードの前で眠る青年の顔には、楽しい夢でも見ているかのようにうっすらと微笑みが浮かんでいた。
END。
※※※※
というわけで螺旋バージョン《L》バースディSSでした!おめでとうL!!
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」というゲームの名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という夢見がちどころじゃない妄想二次創作モドキ、の本編後の番外編です。
●しかも本編後の後日談が完結してないのに、更にその後の話とかいうアレです。ぶっちゃけ後日談完結編を書く前のリハビリです。
●超短いです。
●それでも許してくださる方のみどうぞ!
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
件名:「Trick or treat?」
10月31日、東京・午後6時。
携帯電話が『メール着信あり』のランプを点滅させていることに気が付き、机に置いたままだったそれを手に取る。
画面を開いてみると、『非通知』の表示と共にそんなタイトルが目に入った。
「…」
送信者が誰かは容易に想像が付く。
一応、という程度の気持ちで本文も開いて見ると、予想通り、というか寧ろ予想通り過ぎて斜め上とも言える内容が大変簡潔に書かれていた。
『お菓子で結構です』
簡素簡潔な文面とは反対に、末尾にはJack-o’-lanternの絵文字が愉快に踊っている。
結構ときたか。と、とりあえず呟いてから、画面を閉じる。
結構も何も、ここは日本で俺は日本人でキリスト教とは縁遠い。加えてその台詞は子供にのみ許されるものではなかっただろうか。そういう際の「子供」というのはせいぜい小学生までだと思うのだが、違うのだろうか。どう考えてもメールの主がその枠内に入っているとは思えないのだが。
いやそれ以前の問題として。
「…」
僅かばかりの逡巡を経て、俺はソファにその携帯を放り投げながら叫んだ。
「二択意味ないじゃん!」
ぼふっと携帯がクッションに沈み、押し戻されて微かに跳ねた。
…一人ツッコミは、やっぱり気恥ずかしい。
しばらく力尽きて床に座り込んでみたものの、まぁ当然ながら何がどうなるわけでもなく。
結局俺は、仕方無しに携帯を拾うため立ち上がったのだった。
★★★★★
件名:「Happy Halloween」
10月31日、ロサンゼルス・午前2時。
右横に置いてあったノートパソコンがメールの着信を知らせた。
思っていたより、早い。
心の中だけでそう呟いて、腕を伸ばす。キーを叩くとそんなタイトルが現れた。
「…」
あまりにも定番なその一文に、私はほんの少し首を傾げた。
125時間目に達した連続活動時間のためだろうか、先程より僅かに重く感じる頭を膝の上に乗せながらメールを開いてみる。
『良い子は早く寝ましょう』
まるで何かの標語のような言葉が表示された画面を前に、膝からがくりと顎が落ちる。
確かに今は深夜で私は寝ていない。子供ではないので、と反論も出来ようが、子供でないならそもそもTrick or treatも何もあったものでないと言われればそれまでだ。
だがしかし。
しばらくそれを眺めた後、私はようやく姿勢を戻してここにはいない人宛てに口を開いた。
「…もしかして、クリスマスと混ざってませんか」
多分、そうだろう。
ということは寝ないと枕元にお菓子は届かないに違いない。
であれば仕方が無い。寝よう。
そう思った私は、125時間のうち最後の7時間を費やした『仕事』を終わらせるべく別のパソコンに手を伸ばした。
★★★★★
10月31日、ロサンゼルス・午前7時。
数日振りに睡眠という作業に入った…ただしベッドの上だというのに椅子ごと横になった奇妙な姿勢で…青年を眺め、老紳士はほっと小さく安堵のため息を吐いた。
もう少し短い間隔で睡眠を取っていただきたいものだが。
そう思いながらも、大きな子供としか言いようの無いその姿に自然と柔らかな笑みが浮かぶ。
「さて…」
緩やかに上下する肩に毛布を被せ、老紳士は足音を立てぬように部屋を移動する。ドアの外に置いてあった大きな箱をそっと持ち上げ、もう一度青年のそばに戻るとその枕元に置いた。
鮮やかな包装紙にリボンのかかったその箱からは、甘い香りが漂っている。
リボンの形を丁寧に直し、一緒に届いたメッセージカードをそっと添える。
目覚めた時に彼はどんな顔をするだろう。
老紳士はそう考えながら優しく微笑み、そっと部屋を後にする。
「…おやすみなさい、《L》」
~Happy Birthday 《L》~
from 《T》
そう書かれたカードの前で眠る青年の顔には、楽しい夢でも見ているかのようにうっすらと微笑みが浮かんでいた。
END。
※※※※
というわけで螺旋バージョン《L》バースディSSでした!おめでとうL!!
螺旋の黄龍騒動記・23。【完結】
2008年2月29日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、というマジ妄想1000%な二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなため、もう完全に隙間なくネタバレです。販売元のこにゃみさん本当に申し訳ない…。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済の人です。
●故に本編の時間軸は2005年9月(※ゲーム通りデスノート本編開始前の設定)、今回の番外編は2006年2月に起こった話となっています。
●メインの世界観はデスノではなく、魔人+九龍です。故に、この世界の《L》たちデスノ勢は「魔人世界に存在するパラレルキャラクター」となっています。つまりこの世界ではデスノートや死神より魔人の《力》の方が強い(※死神=旧校舎でガンガン倒してたレベルの相手)という格差社会になっておりますので、デスノ原作好きさんには眉を顰められることでありましょう。
●今回の話は番外編のオチなので、龍麻もLも出ません。代わりに魔人の面子と、デスノのあの人が出ます。
●新世界の神(仮)が酷い目に合うので、信者の方は本格的にこの時点でやめといたほうがいいなと思ってください。読んだらいけません。いけませんったら。
●二次創作にしてもそんなのは酷い!とおっしゃる方もいらっしゃいましょうが、どうぞ広い心でスルーしていただけます様お願いいたします。本当にお願いします。
●まぁ二次創作だし多少のやんちゃは許してやるよとか、新世界の神(仮)はいじられてナンボ!とか、名前自由入力主人公に「緋勇龍麻」と入れるのは最早天命です(キリッ)、という方に少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
新宿歌舞伎町、21:05。
裏路地。
「…五光ッ!」
短く発せられた役の名前と共に、色鮮やかな札が地面へと広げられる。
桜に幕、芒に月、松に鶴、柳に小野道風、桐に鳳凰…。見間違えようもない5種の光札に、対峙する青年の口から締め付けられるような呻きが漏れた。
「バカな、まさか、三度も続いて」
掠れた声でそう呟く青年の手から、札がバラバラと落ちた。札数の多さから分かるのは、まだ勝負は始まったばかりだったということだ。震えた手が、地面に広がる札をかき混ぜる。
「そんな、そんなことがあるわけがッ…」
敗北を覆す何かを探そうとするその様子に、青年の正面で悠然と胡坐をかいていた男がわざとらしいため息を吐いた。
「やれやれ、札を切ったのも配ったのもアンタだぜ兄さんよ」
呆れ果てたと言いたげな声音に青年が這い蹲った姿勢から顔を上げれば、男はニヤリと皮肉気に無精髭を散らした口元を引き上げた。
「そろそろ時間もタネ銭も切れる頃だが…まだ勝負してくかい」
奇妙に抑揚を抑えたその言葉は、青年にとって嘲りにしか聞こえなかった。やめといたほうがいいんじゃないのかねェ、と男が言うのも聞かず、無言で散らばった札をかき集める。一枚一枚確かめながら札をまとめていく青年を、男はただ黙ってにやにやと笑いながら見ていた。
(なにか仕掛けがあるはずだ)
青年は血走った目で自分の手元に集まった札を確認しながら、記憶にあるカードマジックのトリックを片端から引き摺り出して照合していく。
(そうでなければ、毎回最短手であんな大きな役が揃うわけがない)
初回は一手目で三光が揃った。
その時は単に相手の幸運へ心の中で舌打ちをしただけだった。
だが、二回目も一手目で今度は雨四光が揃った。
おかしい、と思った。
疑いの眼差しで男を見れば、相手は飄々とした面持ちで札をすべて投げて寄越した。好きに切って配れと言われたのでその通りにした。
そして三回目。二手目で、五光。
(手札が良いだけで、そんなに都合よく揃うわけがない)
確かに札は自分が切って配った。男が余計な動きのできないよう監視していたし、山から札をめくる時はどちらの順番であっても自分が山札をめくり、場に出した。けれど、これを偶然とは認めない。認められるわけがない。
(そんな偶然が有り得るはずがない!…必ず見破ってみせる…僕の目を誤魔化せるわけがない…そんなわけがない!札に仕掛けがないのなら、手先で札をすり替えているだけだ。次は必ず見破る!僕が、僕が負けるはずなどない!)
そうして青年は、再び札を配り始めた。
…配りながら、ふと思った。
―――――――――そういえば僕は、何故こんなところにいるんだろう…?
その疑問が、とてもとても重要な意味を持つことに気付かぬままに。
裏路地に、獣のような怒声が響き渡ったのは、札が配り終えられた直後のことだった。
「有り得ない…!有り得るか!こんなイカサマがぁぁぁぁ!!」
青年の端正な顔立ちが悪鬼のそれに歪む。
目の前に散らばった札は、青年が地面へと叩きつけた彼の持ち札だ。そこには芒、桜、松の三枚の光札が含まれていた。この上なく有利に始まるはずだった四回目の勝負を前にして、青年はその札をすべて投げ捨てていた。
何故か、と、聞く者は、場を見て次の言葉を呑み込むだろう。
男の前に広がる札は八枚。すべてカス札だが、その種類は四種…八枚がいずれもペアになっている。
花札は通常であれば札を配り、そこから場札と手札を取り合うことによって点数が発生する。だが、手札がこのような組み合わせになっていた場合は、この時点で『くっつき六文』という役が出来上がる。
つまり、勝負は始まる前から終わっていたのだ。
「嘘だ」
しかも今回、男は札に触ることすらしていない。
青年が札を配り終えた後、男は相変わらずどこか人を小馬鹿にしたようなにやにや笑いを張りつかせて「ハンデをやる」と言った。手札を公開し、自身では一切触ることなく、ゲームを進めると。
「最初から仕掛けてあったんだ…でなけりゃそんな不利な条件を言い出すことがおかしいだろう!最初から金をだまし取ろうとしたんだろうがこのペテン師がッ!!」
「おいおい、イカサマだろうがなんだろうが見破れる自信があったから乗ったんだろう?兄さんよ」
「ッ…!!」
突如自分に潜む慢心を指摘され、青年が言葉に詰まる。
そうだ、確かに自分は見抜けると思った。
どんなイカサマだろうが、自分は、自分だけは引っかかりはしないという自信があった。
(自信…?)
そこでまた、何かが揺らいだ。自信は確かにあった。負けるはずなど無いと思っていた。
けれど、だからといって、自分はこんな賭け事に乗るような性格をしていただろうか?
(僕は、何故、こんな男と花札を始めた?そもそも何故、僕は、こんなところに来た?)
唐突に、全身がぞわりと総毛立った。
おかしい。
何かが、根本的な何かが狂っている。
地面に散らばる花札の毒々しいまでに鮮やかな色合いと、男がまとったやけに白く目に焼き付くコートの対比に精神がかき乱される。
「イカサマ…イカサマだ…僕は…僕が負けるはずは…」
恐怖と嫌悪に駆られ、振り上げた足で札を蹴散らした。足元にまとわりつくように落ちた芒の光札を踏みつける。踏みつける。何度も、踏みつける。
赤地に浮かぶ、大きな満月。
その柄が、何を示しているのかを考えないようにしながら、踏む。
札が壊れればカラクリが見付かると信じたくて、踏み続ける。
そんな青年の壊れた動きを、男の声が押し止めた。
「悪いねェ兄さん。実は残念ながらどこを探してもイカサマなんざ見付からないのさ」
足が、止まった。
ぎこちない動きで首が男の方を向く。
気味の悪いものを見る目。そんな青年の目に見詰められながら、男はやはりにやにやと笑って言った。
「ただ単に…俺は人並み外れて《運》が良いってだけだからな」
「…運、だと…?」
呟く青年の顔が、怯えを超えて憎悪に歪んだ。今にも殺意を持って飛び掛かってこようかという形相だが、正面の男は欠片も動じることはない。むしろ青年の豹変ぶりを面白がっているようにすら見える。
「ああ。まァ運の強さってヤツをイカサマだとアンタが言い張るってんなら、そりゃ勝手だが?」
敢えて挑発するかのような物言いに、さらに激高した青年が札を強く踏みにじり、吠えた。掴みかからんばかりに身を乗り出し、わなわなと全身を震わせて口を開く。
「ふざけるな!そんな非科学的なものッ…」
…そこで、青年の怒鳴り声は止まった。
一瞬前までの怒気とは違うものに見開かれた目が、不自然に宙を見つめる。
「…あ…あ」
怒りに握りしめていた手が緩々と解かれ、何かを掬い取ろうとするような形に手の平が上を向く。徐々に大きくなる震えと共に、青年の表情に恐れが混じる。
非科学的なもの。
そんなもの。
そんなもの?
自分にすら聞こえない声で青年は呟く。
(そうだ、僕は)
そんなものを、『知っている』。
(ほんの数日前から)
そんなものを、『受け入れた』。
(僕は、この世界を)
そんなものを、『使って』。
(僕は、わるいものたちを)
そんなものは、『確かに存在する』。
(僕は、僕は、僕は僕はぼくはぼくはぼくはボクハ)
僕は
何を
した?
茫然と立ち尽くす青年に、男の低い声が語りかける。
「さて、賭けは仕舞いだ。負けが込んだなァ兄さん…ちょいとアンタの財布じゃ大分アシが出るぜ。まァしょうがねェ、面倒だが現物で支払ってもらうとしようか」
支払いと現物、の言葉に青年の背筋をぞくりと悪寒が走った。何を要求しようというのだろうか。反射的に所持品から換金できそうな品物を探す。時計か、電子辞書か、それともブランドものの鞄やマフラーだろうか。無論素直に渡すつもりなどなかったが、適当なものを渡して被害届を出せばこの男を摘発できるかもしれない。
ほんの少し冷静さを取り戻した青年が、男に目を戻すと…何故か男はにやにや笑いを引っ込めて、何かを背後から拾い上げて、言った。
「兄さん…アンタ『夜神 月』って書けば、死ぬのかい?」
その手にある黒い冊子の名を。
青年は…いや、『夜神 月』は知っていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
絶叫が空気を揺るがした。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿なァッ!」
半狂乱で手元に置いてあったはずの鞄を引き寄せ、引き千切るように開く。肌身離さず、用心深く仕舞い込んであったはずのそれを探し、すべての中身をぶちまけるが、黒いノートはどこにも無かった。男の手にあるものが本物なのだと否応なく認識させられ、吐き気が込み上げる。
あの男は知っている。あのノートが何であるかも、その利用法も、『彼』の本名さえも!
「ひッ…!!!」
何故かは分からないが、これがどれほど危険な状況なのかは瞬時に理解できた。
「リューク…リューク!いないのか!?おい!?」
辛うじて吐瀉を堪えた喉から発したのは、ノートの『元の所有者』の名前だ。
「リューク!!!」
最早取り繕うつもりもなく、虚空に向かって『人ではないもの』の名を呼ぶ。人知を超えた存在である『彼』であれば、あのノートを取り返せるのではないか。…けれど、その微かな望みにに答える声は無かった。混乱した頭で考える。たまたまどこか遠くに行ってしまっているのか、それとも見限られたのか、それとも、それとも。
(まさか、この男に…?)
そんな馬鹿な、と言い切ることは出来なかった。
男は特に身構えるわけでもなく、無造作に黒いノートを手にして立っている。今なら飛び掛かって取り返すこともできるはずだ。荒事の経験はそれほど多くないが、身体能力には自信がある。…だが今は、その確固として持っていたはずの『自信』こそがまったく信用できない状況下であった。認めたくはないが、認めざるを得ないのだ。『この男が、ただの人間だという証拠はどこにもない』ということを。
(まさか、まさか、まさか)
既に『人ではない』異形の生き物が存在することを知ってしまっている彼には、『人とそっくりな異形の者』の存在を否定する根拠など何もない。死神は人を狩るという。では、その死神を狩るものも、存在してもおかしくはないではないか。
…気付けば飛び掛かるどころか腰が抜け、震える足は思考と関係のないところで男から少しでも離れようと必死に地面を蹴っていた。足元にぼろぼろに汚れた芒の光札がまとわりついて彼をさらにゾッとさせる。赤い背景に浮かぶ大きな満月。己の名と同じそれを踏み躙った罰か、それとも予兆だったのか。
頭の隅で、なんと滑稽なのだろうと誰かがせせら笑う。お前はこれから、神になるつもりだったのだろうと。それがこんな路地裏で、惨めに地べたへ這いつくばったまま、ゴミのように殺されるのだ、と。
(殺さ、れる)
その言葉を脳裏に思い浮かべた途端、恐怖は絶望に代わった。殺される、死ぬ、命が終わる。あのノートを手にした瞬間、その意味を最も理解しているのは自分だと確信したはずだった。命の価値を量る資格はこの手にあるのだと、誇らしく宿命を受け入れたはずだった。ああ、それが。
(殺される殺される殺される僕は殺される死ぬ僕は死ぬ死ぬ死ぬ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)
壊れたレコードの如く繰り返す思考の中に、ガチガチという不協和音が混じる。怯えを掻き立てるそれが小刻みに震える自分の歯が立てる音だなどと、気付く余裕はもう無い。
(たすけて)
絶望の果てにたどり着いたのは、余りにも陳腐な言葉。
(助けて、父さん、母さん)
神になると誓った者が、死の恐怖を前に只人たる両親に縋る。惨めで滑稽で哀れで、故に真摯である願い。だが、勿論その願いは届きはしない。
届いたところで、人を超える何かを前に父母にできることなどないだろう。けれど、彼はそれでも最後の最後に手を伸ばす相手に家族を選んだ。みっともなく震えて這いずる自分の前で、黒いノートを手にした男がゆっくりと立ち上がり、近づいてくるのを感じながら。腹の底から、ただの…愛しい人に助けを求めた。
「父さん、母さん…助けて!助けて!嫌だ!死にたくないよぉぉぉ!!!」
涙と鼻水で顔中をぐしゃぐしゃにした『ただの人間』の青年は、近付く『何か恐ろしい存在』の前でただ泣き叫ぶことしか出来ずに死を待った―――――――――。
だが。
「…?」
想像していた心臓が停止するその瞬間がいつまでも訪れないことに気付き、恐る恐る青年は顔を上げた。
薄暗い路地裏で、見上げた空に月が浮かぶ。その月を背に、男はやはりそこにいた。ひらひらと黒いノートを見せつけるように振って。
「なぁ兄さんよ、負け分として身ぐるみ全部は置いてってもらうが、ひとつオマケに残してやるぜ」
からかうような、惑わすような、憐れむような、どれとも読めない声音で男が言う。その中にほんの僅か、優しさのようなものが含まれている気がしたのは、単に青年の願望ゆえか。
男が、ふいと顔を上げる。月明かりに照らし出されたその顔は、闇と光の境目で酷く愉快そうににやりと笑った。
「さぁて…パンツとノート、どっちを選ぶ?」
―――――――――新宿・歌舞伎町。
時計の短針が本日二度目の天へ近付く頃合いになっても、まだこれからが真骨頂と言い放つ騒々しいこの街で、ひと騒動巻き起こったのは22時を過ぎてまもなくのことだった。
「うわぁあああああああああぁぁぁああぁー!!!」
「きゃあ!?」
「なッ、なんだなんだ!?」
「てめぇなにしてやがる!」
「いやぁん!なぁにぃ?どこの店のサービスぅ?」
悲鳴と怒号と時折黄色い声の混じる中、絶叫しながらネオンの街を走り抜ける影…。
強面のお兄さんや、青ひげのうっすら浮くオネエサンの手をどうにかこうにか掻い潜り、猛スピードで道路を駆けていくそれは。
パンツ一丁の青年―――夜神月、だった。
「あああああああああああああああ!!!」
咆哮が夜空に木霊する。
遠くなっていく悲しい声に、パトカーのサイレン音が重なり、そして。
「…なんか、五・六年前にも似たようなことがあった気がすんな…」
開店十周年を来月に控えるキャバクラ店長が、そんな呟きを残して店内に戻る頃には、もうどちらの音も聞こえなくなっていた…。
――――しばらくはざわざわと別種の賑やかさに支配されていた空気も、時間の経過と共にいつもの喧騒へと戻っていく。行き交う誰もが互いのことなど気にもせず、明るいネオンに吸い込まれていく街。
そんな誰もが目を向けることすらないネオンとネオンの隙間…路地裏の闇から、人影が三つ現れた。
「ダメね~。あそこでノートを取れてたら~、立派な《神》になれたのに~。うふふ~」
ずるりと黒のローブを引き摺った女が、水晶を撫でまわしながらスローに笑う。
「しかし、それを選ばれれば私達も彼を滅ぼす以外にありませぬゆえ」
それに答えたのは、体線にぴたりと合った黒のスーツをまとい、長い黒髪とまるで人形のように整った美貌を持つ女だった。だが、彼女が美しいだけの人形と決定的に違うのは、黒いローブの女に向けた表情が安堵するような優しい笑みだったところと…。
「街を騒がせずに済んでようございました。…途中、杜撰な策に冷や冷や致しましたが」
「おーおー、相変わらず怖いねェ」
後ろへ撫でつけたボサ髪を誤魔化すようにガシガシと掻く例の男へ、冷たい目線と共にさり気なく嫌味を放ったところだ。
「ま、いいじゃねェかよ無事に片付いたんだ」
当の男は睨まれたことなど欠片も気にしてはおらず、へらへらと笑っている。更に一言二言付け加えてやろうかと目を吊り上げたスーツの女の横で、ローブの女がうふふ~と地を這うような声で笑った。
「あとはサツの出番だ。…帰ろうぜ。これ以上遅くなると、『先生』にバレちまわァ」
先生、の呼称にスーツの女の怒気が一瞬で霧散した。それをにやりと無言の笑みで見やり、男は返事を待たず歩き始める。いつの間にか既に歩き始めていたローブの女と、男の後を、スーツの女が少し慌て気味に追いかけた。
実に奇妙にして不釣り合いな三人であったが、それぞれでも人目を引く彼らが人通りの多い表通りを連れ立って歩いていても、気に留める者は一人もいない。
それがこの街の特性ではあるものの、些か度を越して無関心すぎはしないだろうか。
知らぬ者がみたら間違いなくそう思うだろう。
けれどそれが当たり前というように、三人は歩く。人ごみの中を、誰を避けることもなく、誰に避けられることもなく。まるで普通の友人同士のような会話に、ところどころ不可解な部分を含ませながら。
「にしても、見事にエリートさんが蓬莱寺の二代目になっちまったもんだな。いやぁ、遠野の姉さんに教えてやりたかったぜ」
「…遠野様であれば、既に写真は入手し、明日には記事を書いておられるのでは…」
「うふふ~、アン子ちゃ~んは~、時々ミサちゃ~んより千里眼~」
「おい、やめてくれ、寒気がしてきたぞ…」
男がわざとらしくコートの前をかき抱いて身を竦める真似をしてみせると、おどけた様子につい女性陣から笑い声が上がる。その笑い声が薄れた後、幾ばくかの無言の時間が過ぎてから再び男が口を開いた。
「…あんなモンで気軽に人が殺せるってのはおっかねェもんだな。詳しく聞いちゃいたが、現物に触るとなったら流石にゾッとしたぜ」
愚痴る男に、スーツの女が今度は素直に頷く。
「マサキ様の星見によれば、あのまま彼がノートを持ち続けていれば、夥しい数の人間が殺され続けただろう…と。初めは犯罪者と認定された者のみではあるけれど、いずれは…それも、そう遠くない時期に、その殺意は罪のない人間にまで及んだだろうとのこと…」
「違いないね~」
ローブの女が、大事そうに抱えた水晶を顔の前にかざしながら同意を示す。
「大いなる禍の星が味方~、魂が曇れば曇るほど~、凶星の加護で力をつけてたはず~。こんな簡単にどうにかなったのはまだ早い段階だったから~。それと~」
黒布の下から覗く瞳が、きらりと光った。
「彼の『敵』となるはずの存在が~、凶星を打ち払う《黄龍》の加護を得たから~。…うふふ~、ひーちゃんの敵は~ミサちゃんの敵~。うふふふふ~」
悦に入った不気味な笑いでローブを波打たせる姿に、慣れているはずの男も思わず足が一歩離れた。
「…へッ、あの兄さんにゃ可哀想だが、相手が悪かったとしか言いようがねェか…。『先生』の『ダチ』をむざむざ死なせるわけにもいかねェし」
「確かに…」
珍しく意見の合った白黒の男女がそれぞれ皮肉を交えた笑顔と渋面とに表情を変えた横で、ローブの女だけは心からの喜びを全身で表現していた。
「ミサちゃん大勝利~でご機嫌~。ひーちゃんに自慢できないのは~残念だけど~、代わりに『いいもの』貰ったしね~」
満足げな声に、一触即発の冷戦状態となっていた二人が彼女へと視線を戻す。
黒一色の中からにゅうと突き出る女の手にあるのは先程まで撫でまわしていた水晶では無く、似た輝きを放つ小瓶であった。
小瓶を目にした二人の表情が、明らかに曇る。
「『いいもの』かねェ…」
男の飄々とした態度が崩れ、心底不安そうに呟いた。言葉にはしないが、スーツの女も近い意見なのだろう、美しい相貌を陰らせてじっと友を見やる。…彼らの不安げな視線に気付いた女は、元より体格差で上下に離れていたそれを更に引き離すように腰を曲げ、這い寄るような動作で二人を下から覗き込んだ。
「大丈夫よ~。ノートが使えなければ~、安全なペット~。とっても可愛いわ~。…それにね~」
姿勢を元に戻し、くるりと真っ黒な背を向ける。右の人差し指と親指の間に小瓶を挟み込み、ゆっくりとした動作で掲げ持つと、小瓶は街灯の鈍い白色光を反射して場違いなほどきらきらと美しく輝いた。
―――――――――その中で、もぞもぞと蠢く黒い塊を人の目から覆い隠すように。
光に透かした小瓶の中身をひとしきり楽しく鑑賞した女が、首だけをくるりと振り返らせて悪戯っぽく…というにはやや不気味に…微笑んだ。
「…餌がリンゴだけでいいなんて~、経済的~。うふふふふ~」
ああ、と他の二名が諦めたように天を仰ぐ。
「解決、したのでしょうか…」
「こりゃ、後でインケン陰陽師に嫌味を食らうかね…」
はぁぁ、と深く吐いたため息が冬の寒さに白く曇る。
研ぎ澄まされた冷気の中、月に照らされた三つの影はやがて雑踏へと紛れて消えた。
END。
※※※※※
終わった…(倒)
えー、これにて本当の本当に「螺旋の黄龍」終了です。
今回の「オチ」は、割と最初に考えてはいたのですが、何分メインである龍麻もLも一切出てこない、しかもゲームの内容とももう関係がない、そしてデスノの主人公である例のあの人が出てしまう…という三重苦。どーしよかなーとぐだぐだしていたら…いつの間にかもう4年も書き始めてから過ぎてたんですね…orz
今年は色々と同人・創作活動について考えるきっかけもあり、まずはとにかく目の前にあるものを「完結」させていくことを目指そうと、今回の最終更新に至りました。
結局最後まで迷いはあったものの、拙いながらもこの世界を書き切れたということに安堵しております。黄龍&Lのコンビにもすっかり愛着がわきすぎてしまったので、きっとこれからも私が黄龍同人続ける限りはちょこちょこどこかしらに顔を出してくるんじゃないのかな(笑)
今までお付き合いくださった皆様、本当に有難うございました!なんだかんだでこの螺旋、一番感想をもらった作品になりました。完全なる「俺得パラレル」でありながら、世界観を共有して楽しんでくださる皆様がいてくださったことで、もういいやと放置せずにここまで書けたのだと思います。心から感謝致します。ありがとうございました!
それでは、またいつか別の作品でお会いできますように。
2012.12.6 島津晶左
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、というマジ妄想1000%な二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなため、もう完全に隙間なくネタバレです。販売元のこにゃみさん本当に申し訳ない…。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済の人です。
●故に本編の時間軸は2005年9月(※ゲーム通りデスノート本編開始前の設定)、今回の番外編は2006年2月に起こった話となっています。
●メインの世界観はデスノではなく、魔人+九龍です。故に、この世界の《L》たちデスノ勢は「魔人世界に存在するパラレルキャラクター」となっています。つまりこの世界ではデスノートや死神より魔人の《力》の方が強い(※死神=旧校舎でガンガン倒してたレベルの相手)という格差社会になっておりますので、デスノ原作好きさんには眉を顰められることでありましょう。
●今回の話は番外編のオチなので、龍麻もLも出ません。代わりに魔人の面子と、デスノのあの人が出ます。
●新世界の神(仮)が酷い目に合うので、信者の方は本格的にこの時点でやめといたほうがいいなと思ってください。読んだらいけません。いけませんったら。
●二次創作にしてもそんなのは酷い!とおっしゃる方もいらっしゃいましょうが、どうぞ広い心でスルーしていただけます様お願いいたします。本当にお願いします。
●まぁ二次創作だし多少のやんちゃは許してやるよとか、新世界の神(仮)はいじられてナンボ!とか、名前自由入力主人公に「緋勇龍麻」と入れるのは最早天命です(キリッ)、という方に少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
新宿歌舞伎町、21:05。
裏路地。
「…五光ッ!」
短く発せられた役の名前と共に、色鮮やかな札が地面へと広げられる。
桜に幕、芒に月、松に鶴、柳に小野道風、桐に鳳凰…。見間違えようもない5種の光札に、対峙する青年の口から締め付けられるような呻きが漏れた。
「バカな、まさか、三度も続いて」
掠れた声でそう呟く青年の手から、札がバラバラと落ちた。札数の多さから分かるのは、まだ勝負は始まったばかりだったということだ。震えた手が、地面に広がる札をかき混ぜる。
「そんな、そんなことがあるわけがッ…」
敗北を覆す何かを探そうとするその様子に、青年の正面で悠然と胡坐をかいていた男がわざとらしいため息を吐いた。
「やれやれ、札を切ったのも配ったのもアンタだぜ兄さんよ」
呆れ果てたと言いたげな声音に青年が這い蹲った姿勢から顔を上げれば、男はニヤリと皮肉気に無精髭を散らした口元を引き上げた。
「そろそろ時間もタネ銭も切れる頃だが…まだ勝負してくかい」
奇妙に抑揚を抑えたその言葉は、青年にとって嘲りにしか聞こえなかった。やめといたほうがいいんじゃないのかねェ、と男が言うのも聞かず、無言で散らばった札をかき集める。一枚一枚確かめながら札をまとめていく青年を、男はただ黙ってにやにやと笑いながら見ていた。
(なにか仕掛けがあるはずだ)
青年は血走った目で自分の手元に集まった札を確認しながら、記憶にあるカードマジックのトリックを片端から引き摺り出して照合していく。
(そうでなければ、毎回最短手であんな大きな役が揃うわけがない)
初回は一手目で三光が揃った。
その時は単に相手の幸運へ心の中で舌打ちをしただけだった。
だが、二回目も一手目で今度は雨四光が揃った。
おかしい、と思った。
疑いの眼差しで男を見れば、相手は飄々とした面持ちで札をすべて投げて寄越した。好きに切って配れと言われたのでその通りにした。
そして三回目。二手目で、五光。
(手札が良いだけで、そんなに都合よく揃うわけがない)
確かに札は自分が切って配った。男が余計な動きのできないよう監視していたし、山から札をめくる時はどちらの順番であっても自分が山札をめくり、場に出した。けれど、これを偶然とは認めない。認められるわけがない。
(そんな偶然が有り得るはずがない!…必ず見破ってみせる…僕の目を誤魔化せるわけがない…そんなわけがない!札に仕掛けがないのなら、手先で札をすり替えているだけだ。次は必ず見破る!僕が、僕が負けるはずなどない!)
そうして青年は、再び札を配り始めた。
…配りながら、ふと思った。
―――――――――そういえば僕は、何故こんなところにいるんだろう…?
その疑問が、とてもとても重要な意味を持つことに気付かぬままに。
裏路地に、獣のような怒声が響き渡ったのは、札が配り終えられた直後のことだった。
「有り得ない…!有り得るか!こんなイカサマがぁぁぁぁ!!」
青年の端正な顔立ちが悪鬼のそれに歪む。
目の前に散らばった札は、青年が地面へと叩きつけた彼の持ち札だ。そこには芒、桜、松の三枚の光札が含まれていた。この上なく有利に始まるはずだった四回目の勝負を前にして、青年はその札をすべて投げ捨てていた。
何故か、と、聞く者は、場を見て次の言葉を呑み込むだろう。
男の前に広がる札は八枚。すべてカス札だが、その種類は四種…八枚がいずれもペアになっている。
花札は通常であれば札を配り、そこから場札と手札を取り合うことによって点数が発生する。だが、手札がこのような組み合わせになっていた場合は、この時点で『くっつき六文』という役が出来上がる。
つまり、勝負は始まる前から終わっていたのだ。
「嘘だ」
しかも今回、男は札に触ることすらしていない。
青年が札を配り終えた後、男は相変わらずどこか人を小馬鹿にしたようなにやにや笑いを張りつかせて「ハンデをやる」と言った。手札を公開し、自身では一切触ることなく、ゲームを進めると。
「最初から仕掛けてあったんだ…でなけりゃそんな不利な条件を言い出すことがおかしいだろう!最初から金をだまし取ろうとしたんだろうがこのペテン師がッ!!」
「おいおい、イカサマだろうがなんだろうが見破れる自信があったから乗ったんだろう?兄さんよ」
「ッ…!!」
突如自分に潜む慢心を指摘され、青年が言葉に詰まる。
そうだ、確かに自分は見抜けると思った。
どんなイカサマだろうが、自分は、自分だけは引っかかりはしないという自信があった。
(自信…?)
そこでまた、何かが揺らいだ。自信は確かにあった。負けるはずなど無いと思っていた。
けれど、だからといって、自分はこんな賭け事に乗るような性格をしていただろうか?
(僕は、何故、こんな男と花札を始めた?そもそも何故、僕は、こんなところに来た?)
唐突に、全身がぞわりと総毛立った。
おかしい。
何かが、根本的な何かが狂っている。
地面に散らばる花札の毒々しいまでに鮮やかな色合いと、男がまとったやけに白く目に焼き付くコートの対比に精神がかき乱される。
「イカサマ…イカサマだ…僕は…僕が負けるはずは…」
恐怖と嫌悪に駆られ、振り上げた足で札を蹴散らした。足元にまとわりつくように落ちた芒の光札を踏みつける。踏みつける。何度も、踏みつける。
赤地に浮かぶ、大きな満月。
その柄が、何を示しているのかを考えないようにしながら、踏む。
札が壊れればカラクリが見付かると信じたくて、踏み続ける。
そんな青年の壊れた動きを、男の声が押し止めた。
「悪いねェ兄さん。実は残念ながらどこを探してもイカサマなんざ見付からないのさ」
足が、止まった。
ぎこちない動きで首が男の方を向く。
気味の悪いものを見る目。そんな青年の目に見詰められながら、男はやはりにやにやと笑って言った。
「ただ単に…俺は人並み外れて《運》が良いってだけだからな」
「…運、だと…?」
呟く青年の顔が、怯えを超えて憎悪に歪んだ。今にも殺意を持って飛び掛かってこようかという形相だが、正面の男は欠片も動じることはない。むしろ青年の豹変ぶりを面白がっているようにすら見える。
「ああ。まァ運の強さってヤツをイカサマだとアンタが言い張るってんなら、そりゃ勝手だが?」
敢えて挑発するかのような物言いに、さらに激高した青年が札を強く踏みにじり、吠えた。掴みかからんばかりに身を乗り出し、わなわなと全身を震わせて口を開く。
「ふざけるな!そんな非科学的なものッ…」
…そこで、青年の怒鳴り声は止まった。
一瞬前までの怒気とは違うものに見開かれた目が、不自然に宙を見つめる。
「…あ…あ」
怒りに握りしめていた手が緩々と解かれ、何かを掬い取ろうとするような形に手の平が上を向く。徐々に大きくなる震えと共に、青年の表情に恐れが混じる。
非科学的なもの。
そんなもの。
そんなもの?
自分にすら聞こえない声で青年は呟く。
(そうだ、僕は)
そんなものを、『知っている』。
(ほんの数日前から)
そんなものを、『受け入れた』。
(僕は、この世界を)
そんなものを、『使って』。
(僕は、わるいものたちを)
そんなものは、『確かに存在する』。
(僕は、僕は、僕は僕はぼくはぼくはぼくはボクハ)
僕は
何を
した?
茫然と立ち尽くす青年に、男の低い声が語りかける。
「さて、賭けは仕舞いだ。負けが込んだなァ兄さん…ちょいとアンタの財布じゃ大分アシが出るぜ。まァしょうがねェ、面倒だが現物で支払ってもらうとしようか」
支払いと現物、の言葉に青年の背筋をぞくりと悪寒が走った。何を要求しようというのだろうか。反射的に所持品から換金できそうな品物を探す。時計か、電子辞書か、それともブランドものの鞄やマフラーだろうか。無論素直に渡すつもりなどなかったが、適当なものを渡して被害届を出せばこの男を摘発できるかもしれない。
ほんの少し冷静さを取り戻した青年が、男に目を戻すと…何故か男はにやにや笑いを引っ込めて、何かを背後から拾い上げて、言った。
「兄さん…アンタ『夜神 月』って書けば、死ぬのかい?」
その手にある黒い冊子の名を。
青年は…いや、『夜神 月』は知っていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
絶叫が空気を揺るがした。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿なァッ!」
半狂乱で手元に置いてあったはずの鞄を引き寄せ、引き千切るように開く。肌身離さず、用心深く仕舞い込んであったはずのそれを探し、すべての中身をぶちまけるが、黒いノートはどこにも無かった。男の手にあるものが本物なのだと否応なく認識させられ、吐き気が込み上げる。
あの男は知っている。あのノートが何であるかも、その利用法も、『彼』の本名さえも!
「ひッ…!!!」
何故かは分からないが、これがどれほど危険な状況なのかは瞬時に理解できた。
「リューク…リューク!いないのか!?おい!?」
辛うじて吐瀉を堪えた喉から発したのは、ノートの『元の所有者』の名前だ。
「リューク!!!」
最早取り繕うつもりもなく、虚空に向かって『人ではないもの』の名を呼ぶ。人知を超えた存在である『彼』であれば、あのノートを取り返せるのではないか。…けれど、その微かな望みにに答える声は無かった。混乱した頭で考える。たまたまどこか遠くに行ってしまっているのか、それとも見限られたのか、それとも、それとも。
(まさか、この男に…?)
そんな馬鹿な、と言い切ることは出来なかった。
男は特に身構えるわけでもなく、無造作に黒いノートを手にして立っている。今なら飛び掛かって取り返すこともできるはずだ。荒事の経験はそれほど多くないが、身体能力には自信がある。…だが今は、その確固として持っていたはずの『自信』こそがまったく信用できない状況下であった。認めたくはないが、認めざるを得ないのだ。『この男が、ただの人間だという証拠はどこにもない』ということを。
(まさか、まさか、まさか)
既に『人ではない』異形の生き物が存在することを知ってしまっている彼には、『人とそっくりな異形の者』の存在を否定する根拠など何もない。死神は人を狩るという。では、その死神を狩るものも、存在してもおかしくはないではないか。
…気付けば飛び掛かるどころか腰が抜け、震える足は思考と関係のないところで男から少しでも離れようと必死に地面を蹴っていた。足元にぼろぼろに汚れた芒の光札がまとわりついて彼をさらにゾッとさせる。赤い背景に浮かぶ大きな満月。己の名と同じそれを踏み躙った罰か、それとも予兆だったのか。
頭の隅で、なんと滑稽なのだろうと誰かがせせら笑う。お前はこれから、神になるつもりだったのだろうと。それがこんな路地裏で、惨めに地べたへ這いつくばったまま、ゴミのように殺されるのだ、と。
(殺さ、れる)
その言葉を脳裏に思い浮かべた途端、恐怖は絶望に代わった。殺される、死ぬ、命が終わる。あのノートを手にした瞬間、その意味を最も理解しているのは自分だと確信したはずだった。命の価値を量る資格はこの手にあるのだと、誇らしく宿命を受け入れたはずだった。ああ、それが。
(殺される殺される殺される僕は殺される死ぬ僕は死ぬ死ぬ死ぬ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)
壊れたレコードの如く繰り返す思考の中に、ガチガチという不協和音が混じる。怯えを掻き立てるそれが小刻みに震える自分の歯が立てる音だなどと、気付く余裕はもう無い。
(たすけて)
絶望の果てにたどり着いたのは、余りにも陳腐な言葉。
(助けて、父さん、母さん)
神になると誓った者が、死の恐怖を前に只人たる両親に縋る。惨めで滑稽で哀れで、故に真摯である願い。だが、勿論その願いは届きはしない。
届いたところで、人を超える何かを前に父母にできることなどないだろう。けれど、彼はそれでも最後の最後に手を伸ばす相手に家族を選んだ。みっともなく震えて這いずる自分の前で、黒いノートを手にした男がゆっくりと立ち上がり、近づいてくるのを感じながら。腹の底から、ただの…愛しい人に助けを求めた。
「父さん、母さん…助けて!助けて!嫌だ!死にたくないよぉぉぉ!!!」
涙と鼻水で顔中をぐしゃぐしゃにした『ただの人間』の青年は、近付く『何か恐ろしい存在』の前でただ泣き叫ぶことしか出来ずに死を待った―――――――――。
だが。
「…?」
想像していた心臓が停止するその瞬間がいつまでも訪れないことに気付き、恐る恐る青年は顔を上げた。
薄暗い路地裏で、見上げた空に月が浮かぶ。その月を背に、男はやはりそこにいた。ひらひらと黒いノートを見せつけるように振って。
「なぁ兄さんよ、負け分として身ぐるみ全部は置いてってもらうが、ひとつオマケに残してやるぜ」
からかうような、惑わすような、憐れむような、どれとも読めない声音で男が言う。その中にほんの僅か、優しさのようなものが含まれている気がしたのは、単に青年の願望ゆえか。
男が、ふいと顔を上げる。月明かりに照らし出されたその顔は、闇と光の境目で酷く愉快そうににやりと笑った。
「さぁて…パンツとノート、どっちを選ぶ?」
―――――――――新宿・歌舞伎町。
時計の短針が本日二度目の天へ近付く頃合いになっても、まだこれからが真骨頂と言い放つ騒々しいこの街で、ひと騒動巻き起こったのは22時を過ぎてまもなくのことだった。
「うわぁあああああああああぁぁぁああぁー!!!」
「きゃあ!?」
「なッ、なんだなんだ!?」
「てめぇなにしてやがる!」
「いやぁん!なぁにぃ?どこの店のサービスぅ?」
悲鳴と怒号と時折黄色い声の混じる中、絶叫しながらネオンの街を走り抜ける影…。
強面のお兄さんや、青ひげのうっすら浮くオネエサンの手をどうにかこうにか掻い潜り、猛スピードで道路を駆けていくそれは。
パンツ一丁の青年―――夜神月、だった。
「あああああああああああああああ!!!」
咆哮が夜空に木霊する。
遠くなっていく悲しい声に、パトカーのサイレン音が重なり、そして。
「…なんか、五・六年前にも似たようなことがあった気がすんな…」
開店十周年を来月に控えるキャバクラ店長が、そんな呟きを残して店内に戻る頃には、もうどちらの音も聞こえなくなっていた…。
――――しばらくはざわざわと別種の賑やかさに支配されていた空気も、時間の経過と共にいつもの喧騒へと戻っていく。行き交う誰もが互いのことなど気にもせず、明るいネオンに吸い込まれていく街。
そんな誰もが目を向けることすらないネオンとネオンの隙間…路地裏の闇から、人影が三つ現れた。
「ダメね~。あそこでノートを取れてたら~、立派な《神》になれたのに~。うふふ~」
ずるりと黒のローブを引き摺った女が、水晶を撫でまわしながらスローに笑う。
「しかし、それを選ばれれば私達も彼を滅ぼす以外にありませぬゆえ」
それに答えたのは、体線にぴたりと合った黒のスーツをまとい、長い黒髪とまるで人形のように整った美貌を持つ女だった。だが、彼女が美しいだけの人形と決定的に違うのは、黒いローブの女に向けた表情が安堵するような優しい笑みだったところと…。
「街を騒がせずに済んでようございました。…途中、杜撰な策に冷や冷や致しましたが」
「おーおー、相変わらず怖いねェ」
後ろへ撫でつけたボサ髪を誤魔化すようにガシガシと掻く例の男へ、冷たい目線と共にさり気なく嫌味を放ったところだ。
「ま、いいじゃねェかよ無事に片付いたんだ」
当の男は睨まれたことなど欠片も気にしてはおらず、へらへらと笑っている。更に一言二言付け加えてやろうかと目を吊り上げたスーツの女の横で、ローブの女がうふふ~と地を這うような声で笑った。
「あとはサツの出番だ。…帰ろうぜ。これ以上遅くなると、『先生』にバレちまわァ」
先生、の呼称にスーツの女の怒気が一瞬で霧散した。それをにやりと無言の笑みで見やり、男は返事を待たず歩き始める。いつの間にか既に歩き始めていたローブの女と、男の後を、スーツの女が少し慌て気味に追いかけた。
実に奇妙にして不釣り合いな三人であったが、それぞれでも人目を引く彼らが人通りの多い表通りを連れ立って歩いていても、気に留める者は一人もいない。
それがこの街の特性ではあるものの、些か度を越して無関心すぎはしないだろうか。
知らぬ者がみたら間違いなくそう思うだろう。
けれどそれが当たり前というように、三人は歩く。人ごみの中を、誰を避けることもなく、誰に避けられることもなく。まるで普通の友人同士のような会話に、ところどころ不可解な部分を含ませながら。
「にしても、見事にエリートさんが蓬莱寺の二代目になっちまったもんだな。いやぁ、遠野の姉さんに教えてやりたかったぜ」
「…遠野様であれば、既に写真は入手し、明日には記事を書いておられるのでは…」
「うふふ~、アン子ちゃ~んは~、時々ミサちゃ~んより千里眼~」
「おい、やめてくれ、寒気がしてきたぞ…」
男がわざとらしくコートの前をかき抱いて身を竦める真似をしてみせると、おどけた様子につい女性陣から笑い声が上がる。その笑い声が薄れた後、幾ばくかの無言の時間が過ぎてから再び男が口を開いた。
「…あんなモンで気軽に人が殺せるってのはおっかねェもんだな。詳しく聞いちゃいたが、現物に触るとなったら流石にゾッとしたぜ」
愚痴る男に、スーツの女が今度は素直に頷く。
「マサキ様の星見によれば、あのまま彼がノートを持ち続けていれば、夥しい数の人間が殺され続けただろう…と。初めは犯罪者と認定された者のみではあるけれど、いずれは…それも、そう遠くない時期に、その殺意は罪のない人間にまで及んだだろうとのこと…」
「違いないね~」
ローブの女が、大事そうに抱えた水晶を顔の前にかざしながら同意を示す。
「大いなる禍の星が味方~、魂が曇れば曇るほど~、凶星の加護で力をつけてたはず~。こんな簡単にどうにかなったのはまだ早い段階だったから~。それと~」
黒布の下から覗く瞳が、きらりと光った。
「彼の『敵』となるはずの存在が~、凶星を打ち払う《黄龍》の加護を得たから~。…うふふ~、ひーちゃんの敵は~ミサちゃんの敵~。うふふふふ~」
悦に入った不気味な笑いでローブを波打たせる姿に、慣れているはずの男も思わず足が一歩離れた。
「…へッ、あの兄さんにゃ可哀想だが、相手が悪かったとしか言いようがねェか…。『先生』の『ダチ』をむざむざ死なせるわけにもいかねェし」
「確かに…」
珍しく意見の合った白黒の男女がそれぞれ皮肉を交えた笑顔と渋面とに表情を変えた横で、ローブの女だけは心からの喜びを全身で表現していた。
「ミサちゃん大勝利~でご機嫌~。ひーちゃんに自慢できないのは~残念だけど~、代わりに『いいもの』貰ったしね~」
満足げな声に、一触即発の冷戦状態となっていた二人が彼女へと視線を戻す。
黒一色の中からにゅうと突き出る女の手にあるのは先程まで撫でまわしていた水晶では無く、似た輝きを放つ小瓶であった。
小瓶を目にした二人の表情が、明らかに曇る。
「『いいもの』かねェ…」
男の飄々とした態度が崩れ、心底不安そうに呟いた。言葉にはしないが、スーツの女も近い意見なのだろう、美しい相貌を陰らせてじっと友を見やる。…彼らの不安げな視線に気付いた女は、元より体格差で上下に離れていたそれを更に引き離すように腰を曲げ、這い寄るような動作で二人を下から覗き込んだ。
「大丈夫よ~。ノートが使えなければ~、安全なペット~。とっても可愛いわ~。…それにね~」
姿勢を元に戻し、くるりと真っ黒な背を向ける。右の人差し指と親指の間に小瓶を挟み込み、ゆっくりとした動作で掲げ持つと、小瓶は街灯の鈍い白色光を反射して場違いなほどきらきらと美しく輝いた。
―――――――――その中で、もぞもぞと蠢く黒い塊を人の目から覆い隠すように。
光に透かした小瓶の中身をひとしきり楽しく鑑賞した女が、首だけをくるりと振り返らせて悪戯っぽく…というにはやや不気味に…微笑んだ。
「…餌がリンゴだけでいいなんて~、経済的~。うふふふふ~」
ああ、と他の二名が諦めたように天を仰ぐ。
「解決、したのでしょうか…」
「こりゃ、後でインケン陰陽師に嫌味を食らうかね…」
はぁぁ、と深く吐いたため息が冬の寒さに白く曇る。
研ぎ澄まされた冷気の中、月に照らされた三つの影はやがて雑踏へと紛れて消えた。
END。
※※※※※
終わった…(倒)
えー、これにて本当の本当に「螺旋の黄龍」終了です。
今回の「オチ」は、割と最初に考えてはいたのですが、何分メインである龍麻もLも一切出てこない、しかもゲームの内容とももう関係がない、そしてデスノの主人公である例のあの人が出てしまう…という三重苦。どーしよかなーとぐだぐだしていたら…いつの間にかもう4年も書き始めてから過ぎてたんですね…orz
今年は色々と同人・創作活動について考えるきっかけもあり、まずはとにかく目の前にあるものを「完結」させていくことを目指そうと、今回の最終更新に至りました。
結局最後まで迷いはあったものの、拙いながらもこの世界を書き切れたということに安堵しております。黄龍&Lのコンビにもすっかり愛着がわきすぎてしまったので、きっとこれからも私が黄龍同人続ける限りはちょこちょこどこかしらに顔を出してくるんじゃないのかな(笑)
今までお付き合いくださった皆様、本当に有難うございました!なんだかんだでこの螺旋、一番感想をもらった作品になりました。完全なる「俺得パラレル」でありながら、世界観を共有して楽しんでくださる皆様がいてくださったことで、もういいやと放置せずにここまで書けたのだと思います。心から感謝致します。ありがとうございました!
それでは、またいつか別の作品でお会いできますように。
2012.12.6 島津晶左
螺旋の黄龍騒動記・22。
2008年2月28日 螺旋の黄龍騒動記(完結) コメント (2) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、というスーパー妄想タイム二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、最早完全なるネタバレです。販売元のこにゃみさんには潔く土下座する覚悟です。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に本編の時間軸は2005年9月、今回の番外編は2005年12月です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●メインの世界観はデスノではなく、魔人+九龍サイドですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」と御理解下さい。故にこの世界ではデスノート事件そのものにはほぼ意味がないとか死神の能力が魔人より格下とか原作好きさんには怒られそうな設定山盛りです。ついでにオリキャラ(※ゲーム螺旋の罠の主人公・新米FBI)までガンガン絡みます。
●二次創作だろうがそんなの許せない!とおっしゃる方もいらっしゃいましょうが、こんな馬鹿に付き合う時間ないよね、とこの時点で見限って頂きどうぞスルーを貫いて下さいます様お願いいたします。
●まぁ二次創作だしオリキャラや夢小説とかも平気だよとか、名前自由入力主人公に「緋勇龍麻」と入れてマイ魔人ワールド展開するのが好きです、という方に少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
「あ!お姉ちゃんだ!」
外から幼い子供の声が響く。すると、室内で思い思いに遊んでいた子供たちがわっと扉へと駆け出した。
《私》は、その賑やかな音を背中で聞きながら、扉を潜って足音が近づくのを待つ。
「なんだ、また来てたの?『竜崎くん』」
どこか呆れたように、けれど親しいものに対する暖かみのある声が背後から響く。
振り返りはしない。私の動作より声の主の動きが速いのは知っている。情報に過たず、子供たちを引き連れたその人は一瞬で私の視界に現れた。体重を感じさせない軽やかな足取りに、長い黒髪が揺れる。
「開口一番『なんだ』では、いくら私でも結構傷付きますが」
「そっか、悪い悪い。まぁしかし相変わらず暇そうじゃん。いいねぇ大学生!」
「…全然悪いと思ってませんね?『明さん』」
わざとらしく深々とため息をついた《私》に、彼女は笑いながらもう一度まったく誠意のない『悪い悪い』を繰り返した。
《私》こと《L》が、この懐かしくもやや皮肉な過去を持つ『竜崎』という記号を再び使用し始めたのはあの事件から1ヶ月が過ぎた頃からだ。
―――――グラナダ号事件。
【悪夢の航海】【アロイス・スキャンダル】【爆弾客船】などなど。出来るだけ派手に人心を煽るような見出しがメディアを飾った日々も、季節が冬の気配を色濃くするごとに遠くなっていった。あれだけ騒がれた大事件ではあるが、毎日のように世界で起き続ける様々な出来事がゆっくりとその上に降り積もり、いつしか記憶は薄れていく。当然だろう。もうあれは「終わった事件」なのだから。
けれど《私》にとっては、そうではなかった。終わりどころか始まりと言ってもいい。
『取引しませんか、Mr…《L》』
グラナダ号が停止してから5時間後。周囲をクリエラの巡視船とアメリカ海軍に囲まれ、次々と調査の為の人間が乗り込んでいくその船上で、「彼女」は開口一番そう言った。
「…取引、ですか」
言われた私は戸惑いを覚え、オウム返しに呟いた。
グラナダ号が機能停止した時点で「死んだ」はずの通信回線を利用し、《L》へと語りかけてきたその女性。もっとも早く現場空域に到着したFBIのヘリに乗っていたメンバーの内の1人である彼女は、この事件で私のパートナーであった人…龍麻さんの知己であったはずだ。名前は確か…神那姫 明。アキラ、と龍麻さんは懐かしげに呼んでいた。
(龍麻さんの声に、陰りはなかった…ただそれだけの理由だが、決して彼女は「敵」ではない…)
そう考えてから、ふと気付く。
突如として復帰した回線も、迷わず通信室に彼女が向かってきたことも、本来であれば有り得ないことだが、もっとおかしいことは―――――。
(何故、誰も「ここに来ない」…?)
忙しなく船内を動き回る人間が、まるでこの一角だけはそもそも空間が存在などしていないかのようにすり抜けて移動していく。普通であれば真っ先に人が入るだろう通信室という重要な場所を、だ。
「有り得ない」光景に一瞬息を呑む私に、モニターの中で彼女が笑う。
それはまるで楽しいことを見つけた少年のように、にかっ、とでも表現するしかない笑みだった。
《M+M機関》のエージェント。
人ならざるものと対峙する組織に所属する彼女は、そうして私と、《L》と取引をしたのだ。
「いやいや、なんだかんだ言ってもほんっと忙しいのよ社会人。一昨日なんか朝一で日本飛んで滞在時間2時間でとんぼ返り。無茶振りにも程があるっつの。上司は右も左も鬼揃いよ」
黙っていれば美人と言ってもいいのに、口を勢い良く開けた豪快な笑い方とやや乱暴な言葉遣いのおかげでこの女性は酷く『漢らしい』。男社会のFBIで、女性でしかもアジア人の彼女がやっていけてるのもその漢らしさと座りきった根性によるところが大きいだろう。
「はぁ、それは大変ですね。明さんの職場は地獄か何かですか」
かつて似たような立場にいた女性…確か、ナオミと言っただろうか。既にFBIを結婚退職した元捜査官をなんとなく思い出しつつ相槌を打つと、あっさり頷きが返った。
「うん、まぁ近い」
ほう、近いとはよく言った。
《私》は口にも顔にも表わさずに、心の中だけでべぇと舌を出す。
彼女が鬼と言い切る「上司」のうち片方はFBIの長官だろうが、おそらくもう片方…「左」は私、つまりLeftで《L》のことだろう。
あの時、グラナダ号で私に取引を持ちかけた彼女はこう言った。
―――――人ならざる世界を知った今、貴方に残された選択は2つ。全てを忘れるか、全てを受け入れるか。…と言っても、貴方は忘れる方を選びはしないでしょう、《世界の頭脳》。だから私は貴方に『人ならざる《力》』を提供します。その代り…。
「はいはい、その地獄で頑張ってる社会人は偉いですね。学生の私には真似できませんよ」
「おーよ、竜崎くんも就職すりゃ分かるよー。大人の社会には鬼も悪魔も潜んでるのさぁ。しかも時々地獄の最下層にいるクラスのも混ざってるね。うちの上司の1人なんか間違いなくその辺だわ」
誰がルシファーだ。
手をひらひらさせながら真顔で語る彼女に向けて再び私は心の中でそう呟き、膝の後ろに隠れて今度は本当に舌を出してみた。
…その代り、と彼女は言った。
人ならざるものが蠢く世界を探索するために必要な《力》と引き換えに。つまりは「彼女」を部下とする代わりに。
―――――貴方は、彼の…『緋勇龍麻』の味方でいて下さい。
最後まで一度も《黄龍》とあの人を呼ばなかった彼女は、少年のような笑顔のままどこか慈母を思わせる瞳をして私へと告げたのだ。
それから数カ月、FBIの捜査官と《M+M機関》のエージェントという二足のわらじを器用に履きこなす彼女は、それに加えて『《L》のお気に入り』という名称の使いっ走りでアメリカ全土どころか世界各国を飛び回っている。
有り難く使わせて貰っている私が言うのもなんだが、恐ろしいバイタリティだ。
時々彼女が本当は3人くらいいるんじゃないかと思う、と言ったらワタリが珍しく心底驚いた顔をしていた。本来あのグラナダ号事件に巻き込まれるはずだったのは彼女だったというが、この身体能力とタフさならば龍麻さんほど上手くはいかないにしろ、案外どうにかなったかもしれない。
「あー、しんどー。たまにはちゃんと里帰りしたいー。温泉行きたーい」
…途中、愚痴で私がキレなければ、だが。
(いや、この人は《L》の前では基本的に有能なエージェントの顔なんでしたっけ…)
深々とため息のようなものを吐いた私に気付いているのかいないのか、「明さん」は机に肘をついて日本各地の温泉名を羅列していた。
ああ、まったく、なんという想定外。
そうとも、《私》の目の前にいるこの人は、自分が「竜崎」と呼んでいる男こそが鬼で悪魔な上司の《L》だということを知らないのだ。
彼女が知っている《L》とは、あの白い画面に映し出される《L》の飾り文字と機械音声のみ。
だというのに。
(龍麻さんは《縁》、「えにし」…と言っていたか…まさかこれがそういうことだとは)
ついに母国を脱出し海外の温泉地(の方が現住所からは近いはずだが)にまで思いをはせ始めた人を膝の上から眺め、私は今度こそちゃんとしたため息を吐いてみた。
この人と《私》が顔を突き合わせてしまったのは、グラナダ号事件から丁度1月を経過した日のことだ。
その日、私はワタリと共にとある孤児院へ向かっていた。
ワタリ、いや、「キルシュ・ワイミー」の創設した《L》のバックアップ…《L》‘となるに相応しい人材を育成するという隠された目的を持つ児童施設「ワイミーズ・ハウス」へと上がれそうな「才能ある」子供がいると聞いたからだ。
普段であれば、私が向かう必要はなかっただろう。けれどその日は、「偶然」私は仕事を持たず、「偶然」外へ出たい気分であり、さらには「偶然」その子供を見てみたいと思った。
そして、なんという「偶然」か。
教会が営むその孤児院で、彼女は貴重な休みをボランティアとして提供していたのだった。
「ここのシスターが私の友達なんで、たまに手伝いに来るんですよ」
急遽、『孤児院に資金援助をしているお金持ちとそれに付いてきたアルバイトの大学生』を演じる羽目になった私とワタリに向かい、彼女は差し入れに焼いてきたのだという手作りのクッキーを勧めながらそう言って笑った。
気付けば何故か私は、子供たちに囲まれて一緒にサッカーをさせられる羽目になっていた。
肝心の子供はといえば、書類の手違いで別の孤児院に移った後だったらしい。
もしやこの出会いは《力》を持つ彼女に仕組まれたのでは?とも考えてみたが、調べに調べてもまったくもって何一つそんな事実もなく―――――結果は、ただの偶然。それだけのこと。
結局その日は1日が潰れ、まったくもって無駄足だった、はずなのだが。
…それから『竜崎』は、どういうわけか仕事がなくなるとここに足を運ぶ。
(…ふむ)
机の上には、今日はパウンドケーキが山盛りになっていた。
忙しい忙しいと愚痴をこぼしながらも、彼女はここに手伝いに来るときは必ず何かお菓子を焼いてくる。
手を伸ばして一口齧れば、これがなかなか素朴で美味しい。
(別に、これにつられて通っているわけではないと思いますが)
私が仕事がなくなる時は、彼女も仕事のなくなる時だと、そう知ってはいるけれど。
(…ふむ…)
ケーキを齧り終えると、温泉地のネタ切れを起こしたらしい彼女がようやく私の方を向く。
その目を見た時、思いがけず言葉がこぼれた。
「辞めればいいんじゃないですか、そんなにその『上司』が嫌いなら」
言ってから、ああ、余計なことをと思う。
辞められるはずなどない。この人は大切な「彼」のために、笑って「悪魔」と契約をしたというのに。
案の定、一瞬驚いたような顔をした彼女はすぐに首を横に振った。
「いやぁ、辞めらんないんだ、これがまた」
予想通りの答えに、私が「すみませんでした」とでも返して今日はもう出て行こうと決めた、その時。
彼女が、にかっとしか表現のできないあの顔で笑う。
「覚えておいたがいいよ竜崎くん。社会とは須らく魔界、だからねぇ。どうせなら…」
―――――手強い相手ほど、付き合うのは楽しいのだよ?
(ああ、まったく)
本気で楽しげな彼女こそ、どこぞの最下層の住人ではないのかと私は思う。
「意地の悪い上司が本当は好きならツンデレてないで好きと最初から言ってください。わかりました、明さんはMですね。これからそういう認識を持ってお付き合いをさせていただくことにします」
「ってこらぁ!ツンデレじゃないわ!あと誰がMか!そゆこと言う奴はどこの竜崎だケーキ返せケーキ!」
「どこの竜崎もそこの竜崎もここの竜崎しかいませんが。あとケーキはもう胃酸の中です」
「胃でいいじゃん!なんで酸つけんの無駄にリアルで気持ち悪い!」
言い合う声に何事かと駆け寄ってきた子供たちが、私と彼女の表情を見て心配そうだった顔をぱっと明るくする。きっと彼女と同じように、今の私の表情は笑顔と呼べるものなのだろう。
《私》を示す記号のうち、たったひとつでしかないその名前。しかし、「竜」の字を含むそれはいつの間にか重要な響きになりつつあった。それは、私と彼女を繋ぐ、あの人と同じDRAGONの記号。
「大学生の竜崎くん」が《L》だと知ったら彼女はどうするのかとほんの少し考えた。が。
(どうもしない、気がする)
笑って、怒って、呆れて、やっちゃったなぁという顔をして、きっとそれで終わりだ。
(そう、限りなく100%に近い確率で)
自分でも呆れるが、きっと遠くない日それは証明されることとなるのだろう。
まったくなんてことだろう。半年前まで、こんなことは有り得なかった。
(これが、貴方の生きる世界ですか?龍麻さん)
見えない壁を粉々にたたき壊し、この世界の扉を開けた人に呼び掛ける。
騒々しくて、忙しなくて、ごちゃごちゃと引っ掻き回される上に、やたらと明るいこの場所。
遠くない日、そう、彼女が竜崎という名で呼んだ相手の別の名前を知ったのなら、彼女に連れて行ってもらおう。この景色の感想を伝えるために、彼と彼女が生まれた国へ。
(意外と、楽しいじゃないですか)
そう言ったらあの人は多分彼女と似たような顔で笑うのだろうなと、未来の光景を思った。
TO BE CONTINUED。
や、やっと更新できた…けど龍麻がいません。すみません今回はオリキャラのターン!で(泣)
オリキャラはあまり出したくなかったのですが、そもそもこの子が本来の主人公(黄龍妖魔における葉佩と同じ存在)なので、Lともちゃんと仲良くなってもらおうと思いました。実は明は、昔自分の強さに増長してた時期があって、龍麻に負けたことで自分の未熟を悟ったという過去設定がある子なので彼の事が特別大切です。が、恋愛感情と言うよりは尊敬(惚れこんだ!って感じ)です。この辺も色々考えてはいたんですが、オリキャラ出張りすぎなのでかなり削りました。
一応螺旋では女主=ヒロインだと思うので、L側ヒロインってことで。しかしLとも恋愛色は今のところお互いゼロです。もしかしたらいつか変わるかもね、っていう本編ゲームのスウィーツモードハート3的な感じで。まぁこの先この2人を書く予定はありませんが妄想の中だけ(笑)
ちなみに竜崎を年下だと思ってる明ですが、龍麻と同い年なので本当はLの1才下です。ってどうでもいい。
次の話で本当の本当に終わりです。いつ書く!っていうと毎回書けないで終わるので(泣)できるだけ近いうちにとだけ…!お付き合い有難うございました!
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、というスーパー妄想タイム二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、最早完全なるネタバレです。販売元のこにゃみさんには潔く土下座する覚悟です。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に本編の時間軸は2005年9月、今回の番外編は2005年12月です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●メインの世界観はデスノではなく、魔人+九龍サイドですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」と御理解下さい。故にこの世界ではデスノート事件そのものにはほぼ意味がないとか死神の能力が魔人より格下とか原作好きさんには怒られそうな設定山盛りです。ついでにオリキャラ(※ゲーム螺旋の罠の主人公・新米FBI)までガンガン絡みます。
●二次創作だろうがそんなの許せない!とおっしゃる方もいらっしゃいましょうが、こんな馬鹿に付き合う時間ないよね、とこの時点で見限って頂きどうぞスルーを貫いて下さいます様お願いいたします。
●まぁ二次創作だしオリキャラや夢小説とかも平気だよとか、名前自由入力主人公に「緋勇龍麻」と入れてマイ魔人ワールド展開するのが好きです、という方に少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
「あ!お姉ちゃんだ!」
外から幼い子供の声が響く。すると、室内で思い思いに遊んでいた子供たちがわっと扉へと駆け出した。
《私》は、その賑やかな音を背中で聞きながら、扉を潜って足音が近づくのを待つ。
「なんだ、また来てたの?『竜崎くん』」
どこか呆れたように、けれど親しいものに対する暖かみのある声が背後から響く。
振り返りはしない。私の動作より声の主の動きが速いのは知っている。情報に過たず、子供たちを引き連れたその人は一瞬で私の視界に現れた。体重を感じさせない軽やかな足取りに、長い黒髪が揺れる。
「開口一番『なんだ』では、いくら私でも結構傷付きますが」
「そっか、悪い悪い。まぁしかし相変わらず暇そうじゃん。いいねぇ大学生!」
「…全然悪いと思ってませんね?『明さん』」
わざとらしく深々とため息をついた《私》に、彼女は笑いながらもう一度まったく誠意のない『悪い悪い』を繰り返した。
《私》こと《L》が、この懐かしくもやや皮肉な過去を持つ『竜崎』という記号を再び使用し始めたのはあの事件から1ヶ月が過ぎた頃からだ。
―――――グラナダ号事件。
【悪夢の航海】【アロイス・スキャンダル】【爆弾客船】などなど。出来るだけ派手に人心を煽るような見出しがメディアを飾った日々も、季節が冬の気配を色濃くするごとに遠くなっていった。あれだけ騒がれた大事件ではあるが、毎日のように世界で起き続ける様々な出来事がゆっくりとその上に降り積もり、いつしか記憶は薄れていく。当然だろう。もうあれは「終わった事件」なのだから。
けれど《私》にとっては、そうではなかった。終わりどころか始まりと言ってもいい。
『取引しませんか、Mr…《L》』
グラナダ号が停止してから5時間後。周囲をクリエラの巡視船とアメリカ海軍に囲まれ、次々と調査の為の人間が乗り込んでいくその船上で、「彼女」は開口一番そう言った。
「…取引、ですか」
言われた私は戸惑いを覚え、オウム返しに呟いた。
グラナダ号が機能停止した時点で「死んだ」はずの通信回線を利用し、《L》へと語りかけてきたその女性。もっとも早く現場空域に到着したFBIのヘリに乗っていたメンバーの内の1人である彼女は、この事件で私のパートナーであった人…龍麻さんの知己であったはずだ。名前は確か…神那姫 明。アキラ、と龍麻さんは懐かしげに呼んでいた。
(龍麻さんの声に、陰りはなかった…ただそれだけの理由だが、決して彼女は「敵」ではない…)
そう考えてから、ふと気付く。
突如として復帰した回線も、迷わず通信室に彼女が向かってきたことも、本来であれば有り得ないことだが、もっとおかしいことは―――――。
(何故、誰も「ここに来ない」…?)
忙しなく船内を動き回る人間が、まるでこの一角だけはそもそも空間が存在などしていないかのようにすり抜けて移動していく。普通であれば真っ先に人が入るだろう通信室という重要な場所を、だ。
「有り得ない」光景に一瞬息を呑む私に、モニターの中で彼女が笑う。
それはまるで楽しいことを見つけた少年のように、にかっ、とでも表現するしかない笑みだった。
《M+M機関》のエージェント。
人ならざるものと対峙する組織に所属する彼女は、そうして私と、《L》と取引をしたのだ。
「いやいや、なんだかんだ言ってもほんっと忙しいのよ社会人。一昨日なんか朝一で日本飛んで滞在時間2時間でとんぼ返り。無茶振りにも程があるっつの。上司は右も左も鬼揃いよ」
黙っていれば美人と言ってもいいのに、口を勢い良く開けた豪快な笑い方とやや乱暴な言葉遣いのおかげでこの女性は酷く『漢らしい』。男社会のFBIで、女性でしかもアジア人の彼女がやっていけてるのもその漢らしさと座りきった根性によるところが大きいだろう。
「はぁ、それは大変ですね。明さんの職場は地獄か何かですか」
かつて似たような立場にいた女性…確か、ナオミと言っただろうか。既にFBIを結婚退職した元捜査官をなんとなく思い出しつつ相槌を打つと、あっさり頷きが返った。
「うん、まぁ近い」
ほう、近いとはよく言った。
《私》は口にも顔にも表わさずに、心の中だけでべぇと舌を出す。
彼女が鬼と言い切る「上司」のうち片方はFBIの長官だろうが、おそらくもう片方…「左」は私、つまりLeftで《L》のことだろう。
あの時、グラナダ号で私に取引を持ちかけた彼女はこう言った。
―――――人ならざる世界を知った今、貴方に残された選択は2つ。全てを忘れるか、全てを受け入れるか。…と言っても、貴方は忘れる方を選びはしないでしょう、《世界の頭脳》。だから私は貴方に『人ならざる《力》』を提供します。その代り…。
「はいはい、その地獄で頑張ってる社会人は偉いですね。学生の私には真似できませんよ」
「おーよ、竜崎くんも就職すりゃ分かるよー。大人の社会には鬼も悪魔も潜んでるのさぁ。しかも時々地獄の最下層にいるクラスのも混ざってるね。うちの上司の1人なんか間違いなくその辺だわ」
誰がルシファーだ。
手をひらひらさせながら真顔で語る彼女に向けて再び私は心の中でそう呟き、膝の後ろに隠れて今度は本当に舌を出してみた。
…その代り、と彼女は言った。
人ならざるものが蠢く世界を探索するために必要な《力》と引き換えに。つまりは「彼女」を部下とする代わりに。
―――――貴方は、彼の…『緋勇龍麻』の味方でいて下さい。
最後まで一度も《黄龍》とあの人を呼ばなかった彼女は、少年のような笑顔のままどこか慈母を思わせる瞳をして私へと告げたのだ。
それから数カ月、FBIの捜査官と《M+M機関》のエージェントという二足のわらじを器用に履きこなす彼女は、それに加えて『《L》のお気に入り』という名称の使いっ走りでアメリカ全土どころか世界各国を飛び回っている。
有り難く使わせて貰っている私が言うのもなんだが、恐ろしいバイタリティだ。
時々彼女が本当は3人くらいいるんじゃないかと思う、と言ったらワタリが珍しく心底驚いた顔をしていた。本来あのグラナダ号事件に巻き込まれるはずだったのは彼女だったというが、この身体能力とタフさならば龍麻さんほど上手くはいかないにしろ、案外どうにかなったかもしれない。
「あー、しんどー。たまにはちゃんと里帰りしたいー。温泉行きたーい」
…途中、愚痴で私がキレなければ、だが。
(いや、この人は《L》の前では基本的に有能なエージェントの顔なんでしたっけ…)
深々とため息のようなものを吐いた私に気付いているのかいないのか、「明さん」は机に肘をついて日本各地の温泉名を羅列していた。
ああ、まったく、なんという想定外。
そうとも、《私》の目の前にいるこの人は、自分が「竜崎」と呼んでいる男こそが鬼で悪魔な上司の《L》だということを知らないのだ。
彼女が知っている《L》とは、あの白い画面に映し出される《L》の飾り文字と機械音声のみ。
だというのに。
(龍麻さんは《縁》、「えにし」…と言っていたか…まさかこれがそういうことだとは)
ついに母国を脱出し海外の温泉地(の方が現住所からは近いはずだが)にまで思いをはせ始めた人を膝の上から眺め、私は今度こそちゃんとしたため息を吐いてみた。
この人と《私》が顔を突き合わせてしまったのは、グラナダ号事件から丁度1月を経過した日のことだ。
その日、私はワタリと共にとある孤児院へ向かっていた。
ワタリ、いや、「キルシュ・ワイミー」の創設した《L》のバックアップ…《L》‘となるに相応しい人材を育成するという隠された目的を持つ児童施設「ワイミーズ・ハウス」へと上がれそうな「才能ある」子供がいると聞いたからだ。
普段であれば、私が向かう必要はなかっただろう。けれどその日は、「偶然」私は仕事を持たず、「偶然」外へ出たい気分であり、さらには「偶然」その子供を見てみたいと思った。
そして、なんという「偶然」か。
教会が営むその孤児院で、彼女は貴重な休みをボランティアとして提供していたのだった。
「ここのシスターが私の友達なんで、たまに手伝いに来るんですよ」
急遽、『孤児院に資金援助をしているお金持ちとそれに付いてきたアルバイトの大学生』を演じる羽目になった私とワタリに向かい、彼女は差し入れに焼いてきたのだという手作りのクッキーを勧めながらそう言って笑った。
気付けば何故か私は、子供たちに囲まれて一緒にサッカーをさせられる羽目になっていた。
肝心の子供はといえば、書類の手違いで別の孤児院に移った後だったらしい。
もしやこの出会いは《力》を持つ彼女に仕組まれたのでは?とも考えてみたが、調べに調べてもまったくもって何一つそんな事実もなく―――――結果は、ただの偶然。それだけのこと。
結局その日は1日が潰れ、まったくもって無駄足だった、はずなのだが。
…それから『竜崎』は、どういうわけか仕事がなくなるとここに足を運ぶ。
(…ふむ)
机の上には、今日はパウンドケーキが山盛りになっていた。
忙しい忙しいと愚痴をこぼしながらも、彼女はここに手伝いに来るときは必ず何かお菓子を焼いてくる。
手を伸ばして一口齧れば、これがなかなか素朴で美味しい。
(別に、これにつられて通っているわけではないと思いますが)
私が仕事がなくなる時は、彼女も仕事のなくなる時だと、そう知ってはいるけれど。
(…ふむ…)
ケーキを齧り終えると、温泉地のネタ切れを起こしたらしい彼女がようやく私の方を向く。
その目を見た時、思いがけず言葉がこぼれた。
「辞めればいいんじゃないですか、そんなにその『上司』が嫌いなら」
言ってから、ああ、余計なことをと思う。
辞められるはずなどない。この人は大切な「彼」のために、笑って「悪魔」と契約をしたというのに。
案の定、一瞬驚いたような顔をした彼女はすぐに首を横に振った。
「いやぁ、辞めらんないんだ、これがまた」
予想通りの答えに、私が「すみませんでした」とでも返して今日はもう出て行こうと決めた、その時。
彼女が、にかっとしか表現のできないあの顔で笑う。
「覚えておいたがいいよ竜崎くん。社会とは須らく魔界、だからねぇ。どうせなら…」
―――――手強い相手ほど、付き合うのは楽しいのだよ?
(ああ、まったく)
本気で楽しげな彼女こそ、どこぞの最下層の住人ではないのかと私は思う。
「意地の悪い上司が本当は好きならツンデレてないで好きと最初から言ってください。わかりました、明さんはMですね。これからそういう認識を持ってお付き合いをさせていただくことにします」
「ってこらぁ!ツンデレじゃないわ!あと誰がMか!そゆこと言う奴はどこの竜崎だケーキ返せケーキ!」
「どこの竜崎もそこの竜崎もここの竜崎しかいませんが。あとケーキはもう胃酸の中です」
「胃でいいじゃん!なんで酸つけんの無駄にリアルで気持ち悪い!」
言い合う声に何事かと駆け寄ってきた子供たちが、私と彼女の表情を見て心配そうだった顔をぱっと明るくする。きっと彼女と同じように、今の私の表情は笑顔と呼べるものなのだろう。
《私》を示す記号のうち、たったひとつでしかないその名前。しかし、「竜」の字を含むそれはいつの間にか重要な響きになりつつあった。それは、私と彼女を繋ぐ、あの人と同じDRAGONの記号。
「大学生の竜崎くん」が《L》だと知ったら彼女はどうするのかとほんの少し考えた。が。
(どうもしない、気がする)
笑って、怒って、呆れて、やっちゃったなぁという顔をして、きっとそれで終わりだ。
(そう、限りなく100%に近い確率で)
自分でも呆れるが、きっと遠くない日それは証明されることとなるのだろう。
まったくなんてことだろう。半年前まで、こんなことは有り得なかった。
(これが、貴方の生きる世界ですか?龍麻さん)
見えない壁を粉々にたたき壊し、この世界の扉を開けた人に呼び掛ける。
騒々しくて、忙しなくて、ごちゃごちゃと引っ掻き回される上に、やたらと明るいこの場所。
遠くない日、そう、彼女が竜崎という名で呼んだ相手の別の名前を知ったのなら、彼女に連れて行ってもらおう。この景色の感想を伝えるために、彼と彼女が生まれた国へ。
(意外と、楽しいじゃないですか)
そう言ったらあの人は多分彼女と似たような顔で笑うのだろうなと、未来の光景を思った。
TO BE CONTINUED。
や、やっと更新できた…けど龍麻がいません。すみません今回はオリキャラのターン!で(泣)
オリキャラはあまり出したくなかったのですが、そもそもこの子が本来の主人公(黄龍妖魔における葉佩と同じ存在)なので、Lともちゃんと仲良くなってもらおうと思いました。実は明は、昔自分の強さに増長してた時期があって、龍麻に負けたことで自分の未熟を悟ったという過去設定がある子なので彼の事が特別大切です。が、恋愛感情と言うよりは尊敬(惚れこんだ!って感じ)です。この辺も色々考えてはいたんですが、オリキャラ出張りすぎなのでかなり削りました。
一応螺旋では女主=ヒロインだと思うので、L側ヒロインってことで。しかしLとも恋愛色は今のところお互いゼロです。もしかしたらいつか変わるかもね、っていう本編ゲームのスウィーツモードハート3的な感じで。まぁこの先この2人を書く予定はありませんが妄想の中だけ(笑)
ちなみに竜崎を年下だと思ってる明ですが、龍麻と同い年なので本当はLの1才下です。ってどうでもいい。
次の話で本当の本当に終わりです。いつ書く!っていうと毎回書けないで終わるので(泣)できるだけ近いうちにとだけ…!お付き合い有難うございました!
螺旋の黄龍騒動記・21。
2008年2月27日 螺旋の黄龍騒動記(完結) コメント (2) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という夢見がちどころじゃない妄想二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、最早ネタバレ以外の何物でもありません。マジでごめんなさいこにゃみさん。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に本編の時間軸は2005年9月です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●メインの世界観はデスノではなく、魔人+九龍サイドですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」と御理解下さい。故にこの世界ではデスノート事件そのものにはあんまり意味がなくなってしまったという、原作好きさんには怒られそうな設定です。ついでにこの期に及んでオリキャラ(※ゲーム螺旋の罠の主人公・新米FBI)まで出ます。
●二次創作にしたって酷いとおっしゃる方もいらっしゃいましょうが、バカじゃないの、てかバカなのね、と断定した後はどうぞスルーでお願いいたします。
●まぁ馬鹿の書くものでも暇つぶしにはなるよとか、名前自由入力主人公には「緋勇龍麻」と入れて黄龍にきゅんきゅんしたいお年頃なんです、という方に少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
玄関のドアを開ける音が聞こえた。
ぼんやりとそれを聞き流していると、「うわッなんだこりゃ!」という大声と共にドタドタと遠慮のない足音がこちらへ向ってくる。
やかましい。
そう怒鳴ろうかと思ったが、本人が目の前に来るほうが早いだろうと開きかけた口を閉じる。予想に違わず、その1秒後には足音の主がリビングに姿を現した。
「なんだよ、いるんじゃねェか」
「いたら悪いか」
開口一番の無遠慮な声に不機嫌そのままの言葉を返すと、相手は物珍しい様子でこちらを見てからにやりと笑った。
「おー怖ッ、触らぬ神に祟りなし、ってかァ?」
台詞には欠片の真剣さもない。申し訳程度に首を竦めるその男を一度は睨み付けてみたものの、結局堪えきれずに苦笑が浮かぶ。
俺が何者かを知りながら平然と『怖い』という冗談を言えるのは、この世にほんの数人しかいない。そしてこいつ、俺の『相棒』はその筆頭だ。だからこそ、俺もこいつには遠慮のない言葉を吐き出せる。
「本気でそう思ってるんなら触らぬ努力をしろっての。どーせ昼メシたかりに来たんだろうが、この住所不特定無職木刀馬鹿」
「お前だって似たようなモンだろひーちゃん、てか違ェよ、俺は今まさに現代日本の雇用悪化の象徴として敢然と荒野に立ってるわけでなァ…」
「その心は?」
「働いたら負けだと思ってるッ!」
「それを人は『ニート』と呼ぶ…なんで胸張ってんだ。阿呆か、阿呆なのかお前は」
くだらない軽口が、胸の奥にじわりと重く沈んでいた何かを消していく。
決して口にはしないが感謝と若干の復讐を込め、俺は相棒へと大分生ぬるくなってしまった缶ビールを放り投げてやった。
「…で、何でこーなってんだ。お前が家にいんのに部屋中散らかってるってことがまず有り得ねェ」
ビールを一口やった相棒…蓬莱寺京一がそんなところから話を切り出す。
が。
「…お前なぁ」
「へ?」
いくら冷えていないからといって、缶ビールに氷を放り込んで飲むような男の方が有り得ない。
そもそも缶ビールの缶を木刀で斬り開けるな、剣聖の無駄遣いめ。
目の前の一種異様な光景に、会話を続けるより先に思わずそう文句を言いそうになる。しかしそれは、喉を通る前に諦めのため息に変わった。こいつの悪食と行儀の悪さは今に始まったことじゃない。
「まぁ、今更か…」
なんだよ、と言いたげな京一を無視してソファに座り直す。改めて視界に入った自分の部屋(鳴瀧さんからの借り物だが)は、確かにいつもの状態を見慣れた人間なら仰天するだろうという惨状だった。
無論、散らかしたのは俺じゃない。昨夜遊びに来た連中のうち、村雨、雨紋、紅井辺りが主犯格と言えるだろう。
なんだかんだと仲間が時間を作って遊びに来てくれるのは有難いのだが、人の家事好きを当てにして散らかし放題のまま帰っていくというのがどうも腹立たしい。…ちなみに昨夜はたまたま参加していなかったが、目の前の男もいつもは主犯の一人だ。
「…俺が片付けないとどのくらいの期間でこの部屋が崩壊するのか、一度実験してみたくなったんだよ」
「あー…、…スミマセン…」
わざとらしく暗い目で見やると、視線を向けられた方はこそこそと身の回りに散乱した空き缶や空き瓶を集め始めた。流石に自覚はあったようだ。
その光景にもう一度ため息を吐く。
今度のは、別に諦めという意味でもなかった。
「ま、半日で自分への苦行にしかならないことに気付いたわけだが」
「…お前ってホンット時々突き抜けてすっとぼけてるよな、ひーちゃん…」
「やかましい」
その言葉にクッションを付属して相棒に投げつけた後、俺は腕まくりをしながら立ち上がった。
――――あの『事件』から、二ヶ月が過ぎた。
街中に流れるクリスマスソングも佳境になってきたこの新宿に、俺に宛てた大きな封筒が届いたのはつい昨日のことだ。
俺の名前以外は何も書かれていないそれを、届けて寄越したのは黒衣の異端審問官。
その事実だけで、誰から送られたものなのかは大体分かった。
「まったく、《縁(えにし)》ってやつは侮れないね」
呆れたように言う表裏の片割れに苦笑で返し、封筒を受け取る。
「…《M+M》には意外と知り合いが多いと認識してたけど…まさか、俺が【代理】を勤めた相手まで、知った名前だとは思わなかったよ」
予想に違わず、それはとある《異端審問官》にして《FBI捜査官》からのものだった。
【神那姫 明】
手紙に書かれたその署名を、初見で間違えずに読める人間は少ないだろう。加えて、その人物像を【ある一点】で誤解する確率はかなり高いはずだ。
けれど俺には即座に「かんなぎ あきら」という音と、その名を持つ【女性】の姿を思い浮かべることが出来た。
…あの、二ヶ月前の光景と共に。
「よっ、久し振りだね、龍麻くん!」
全てが終わったグラナダ号に、最初に降り立ったFBIのヘリ。
そこから現れた長い黒髪の女性が突然そんな言葉を寄越したものだから、失礼ながら俺は一瞬目を見開いて彼女の顔をまじまじと見返してしまい――――その瞳の中にどこか少年を思わせる奔放な光を見つけ、あっと声を上げた。
「まさか、明ッ…!?」
「当たりッ!よく覚えててくれたじゃん?」
驚きのままに呼びかけた俺に、彼女は洋上の眩しい光の下、記憶とまったく変わらない明るい笑顔で答えたのだ…。
…俺が彼女と出会ったのは今から8年前、真神に転校する直前のことだ。
東京に行けば必ず必要になる、と鳴瀧さんに言われ、《龍の技》を学ぶことになった俺は、その途中で幾つかの流派にお世話になった。その内のひとつが、神那姫流…彼女のお祖父さんが師範を務める古武術の道場だったのだ。
明は師範の孫というだけではなく門下生でもあったので、ほんの一時期ではあるが彼女と俺は姉弟弟子の関係だった。年齢も近かったので、よく一緒に手合わせもしたものだ。
(ちなみに、当時から彼女の力量は師範である彼女の祖父をして『猛者』と言わしめるものだったのだが…先日の邂逅での気配から察するに、その腕前は格段に上がっていると思われる)
当時の俺はそもそも自分の《宿星》も何もまったく分かっていない状態だったために詳しいことは何一つ知らなかったのだが、神那姫家の【神那姫】というのは当て字で古くは【神和】や【巫】と書かれ、神事において《神降ろし》を行う一族だったのだそうだ。古武術の一流派を築くまでになったのも、元々は【憑かれ】やすい家系ゆえに心身を鍛えて身を守るという目的からのことらしい。現在では神職の【お役目】は途絶え、一族内でもその歴史を知らない者がほとんどなのだそうだが、それでも稀にそういった特殊な《力》(例えば高見沢や裏密のような)を受け継ぐ子供が生まれるために、本家筋だけのことではあるが一般人の知りえない《陰》の世界とも繋がりが続いてきたのだという。
「…大体、神那姫先生の家がそんな家系だったことすら知らなかったのに、孫の彼女がその中でも【稀な】存在で、その上高校卒業後に《M+M》にスカウトされて《異端審問官》になってたなんて、まったく、全然、何一つ知らなかった…」
ため息を吐いて手紙を眺める俺の横で、紅葉が珍しく可笑しそうに肩を震わせた。
「君も時々妙なところで甘いね。館長が覚醒前の《黄龍の器》を普通の道場に預けるとでも?」
「悪かったな、どーせ俺は普通じゃない《黄龍の器》だよ」
「なんだ、自覚はあったのかい」
「…壬生?」
わざとらしくくつくつと笑いながら扉を出て行く《陰の龍》の後頭部へ何かをぶつける真似をしてから、静かになった部屋で改めて手紙に書かれた言葉を拾う。
文面には、その後の事件の顛末や俺を巻き込んだことに対する謝罪(彼女の所為ではないのだが…)などが、彼女らしい大らかな文字で綴られていた。
…あの再会の後。
本来この任務に就くはずだった《FBIの新米捜査官》にして《M+M機関のエージェント》である彼女は、騒ぎが大きくなる前に俺を洋上からヘリで離脱させた。
そして、【事件による大きな精神的被害の為】として俺はFBIを【退職】し、その日のうちにあっさりと日本へ帰国することが出来たのだった。
後日、流石に殴る気も失せたほど顔をボコボコにされた鴉室さんが現れて教えてくれたのだが、FBIの資料から【緋勇龍麻】の名前は完全に削除済み、らしい。一体どういう手を使ったものか、その辺りも含めはっきりとは聞かなかったのだけれど、おそらくその指示は《M+M》ではなく《拳武》方面から《黄龍》の存在を隠す為に行われたのだろう。…レイ先輩やその他の同僚たちの記憶から自分の存在が消えてしまったのは少し寂しいが、それが最善だろうと思う。
だが、その【後始末】はあまりにも近くで全てを見てしまった者には無効らしく、ジェフリーは事件の一部始終を覚えているとのことだった。
彼は、終始落ち着いた様子で事件の背景とアロイスの行っていた《事業》について語っているそうだ。事件解決には彼の協力も大きな力となったとは言え、それでもある程度長くは罪に服することになるだろう。しかし、彼の表情はとても明るいという。
『緋勇さんに「ありがとう」と伝えて下さい。…結局、あの時は言いそびれてしまいましたから』
《黄龍》関連の事項に対する口止めも兼ねて面会しに行ったという彼女にそう言って笑ったジェフリーは、もう青白い肌の不健康そうな青年ではなかったそうだ。
またいつか、彼に会えるといい。今度は地面の上、そして、太陽の下で。
「……」
その先を読もうとした目が、たった一つのアルファベットで止まる。
《L》。
――――《L》からの預かりものを同封します。
彼女からの手紙は、その言葉で終わっていた。
封筒の中に入っていたもうひとつの包みを取り出すと、厳重に梱包されたその中身は一冊の薄いファイル。
目に痛いほどの無機質な白。そんな表紙の中央には、【File:《L》】とただそれだけのそっけないタイトルがプリントされている。
けれど《L》の飾り文字に、俺は妙に懐かしく・・・そして、どこかほっとした気持ちになった。
(ああ、あの画面に似ているのか)
あの「長い1日」の間、ずっと眺めていた携帯端末の画面。命の危機と隣り合わせだったというのに、記憶に強く残っているのはくだらない軽口のやりとりや、思わずくすりと笑ったことばかりだ。なんとも緊張感の持続しない自分の頭にいささか呆れながらも、俺はほんの少し笑みを浮かべてそのファイルを開く。
『お久しぶりです、龍麻さん』
印字された文字の通りに、あの機械音声が脳裏に蘇る。
ファイルの向こう側に《L》の姿が見えるような気さえした、瞬間。
『お元気そうで、なによりです』
そんな文字に思わず辺りを見回す。が、当然どこにも人の気配などなく。
『まぁ、見た訳ではありませんが、貴方のことです。きっとお元気でしょう』
そんな続きの言葉に苦笑しながら、俺はもう一度ゆっくりと文字を追い始めた――――。
TO BE CONTINUED。
ま、またも全然更新できず5月末までッ…!(凹)すみませんすみません(泣)
そんなこんなで、いざ書いてみたら思いの他長くなりそうな後日談です。
あと2話か3話は続く予感。ど、どーにか6月には…(っていうと毎度狼少年になる死亡フラグ)
余談ですが、今回登場オリキャラFBIの「神那姫」は、うちのP4主のイトコ(父親がP4主の父親の兄貴)でP1主とP3主たちのハトコです。や、流石に出しませんよ!出しませんけど一部アトラスつながりってことで。自分だけが楽しい裏設定(笑)でした。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という夢見がちどころじゃない妄想二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、最早ネタバレ以外の何物でもありません。マジでごめんなさいこにゃみさん。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に本編の時間軸は2005年9月です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●メインの世界観はデスノではなく、魔人+九龍サイドですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」と御理解下さい。故にこの世界ではデスノート事件そのものにはあんまり意味がなくなってしまったという、原作好きさんには怒られそうな設定です。ついでにこの期に及んでオリキャラ(※ゲーム螺旋の罠の主人公・新米FBI)まで出ます。
●二次創作にしたって酷いとおっしゃる方もいらっしゃいましょうが、バカじゃないの、てかバカなのね、と断定した後はどうぞスルーでお願いいたします。
●まぁ馬鹿の書くものでも暇つぶしにはなるよとか、名前自由入力主人公には「緋勇龍麻」と入れて黄龍にきゅんきゅんしたいお年頃なんです、という方に少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
玄関のドアを開ける音が聞こえた。
ぼんやりとそれを聞き流していると、「うわッなんだこりゃ!」という大声と共にドタドタと遠慮のない足音がこちらへ向ってくる。
やかましい。
そう怒鳴ろうかと思ったが、本人が目の前に来るほうが早いだろうと開きかけた口を閉じる。予想に違わず、その1秒後には足音の主がリビングに姿を現した。
「なんだよ、いるんじゃねェか」
「いたら悪いか」
開口一番の無遠慮な声に不機嫌そのままの言葉を返すと、相手は物珍しい様子でこちらを見てからにやりと笑った。
「おー怖ッ、触らぬ神に祟りなし、ってかァ?」
台詞には欠片の真剣さもない。申し訳程度に首を竦めるその男を一度は睨み付けてみたものの、結局堪えきれずに苦笑が浮かぶ。
俺が何者かを知りながら平然と『怖い』という冗談を言えるのは、この世にほんの数人しかいない。そしてこいつ、俺の『相棒』はその筆頭だ。だからこそ、俺もこいつには遠慮のない言葉を吐き出せる。
「本気でそう思ってるんなら触らぬ努力をしろっての。どーせ昼メシたかりに来たんだろうが、この住所不特定無職木刀馬鹿」
「お前だって似たようなモンだろひーちゃん、てか違ェよ、俺は今まさに現代日本の雇用悪化の象徴として敢然と荒野に立ってるわけでなァ…」
「その心は?」
「働いたら負けだと思ってるッ!」
「それを人は『ニート』と呼ぶ…なんで胸張ってんだ。阿呆か、阿呆なのかお前は」
くだらない軽口が、胸の奥にじわりと重く沈んでいた何かを消していく。
決して口にはしないが感謝と若干の復讐を込め、俺は相棒へと大分生ぬるくなってしまった缶ビールを放り投げてやった。
「…で、何でこーなってんだ。お前が家にいんのに部屋中散らかってるってことがまず有り得ねェ」
ビールを一口やった相棒…蓬莱寺京一がそんなところから話を切り出す。
が。
「…お前なぁ」
「へ?」
いくら冷えていないからといって、缶ビールに氷を放り込んで飲むような男の方が有り得ない。
そもそも缶ビールの缶を木刀で斬り開けるな、剣聖の無駄遣いめ。
目の前の一種異様な光景に、会話を続けるより先に思わずそう文句を言いそうになる。しかしそれは、喉を通る前に諦めのため息に変わった。こいつの悪食と行儀の悪さは今に始まったことじゃない。
「まぁ、今更か…」
なんだよ、と言いたげな京一を無視してソファに座り直す。改めて視界に入った自分の部屋(鳴瀧さんからの借り物だが)は、確かにいつもの状態を見慣れた人間なら仰天するだろうという惨状だった。
無論、散らかしたのは俺じゃない。昨夜遊びに来た連中のうち、村雨、雨紋、紅井辺りが主犯格と言えるだろう。
なんだかんだと仲間が時間を作って遊びに来てくれるのは有難いのだが、人の家事好きを当てにして散らかし放題のまま帰っていくというのがどうも腹立たしい。…ちなみに昨夜はたまたま参加していなかったが、目の前の男もいつもは主犯の一人だ。
「…俺が片付けないとどのくらいの期間でこの部屋が崩壊するのか、一度実験してみたくなったんだよ」
「あー…、…スミマセン…」
わざとらしく暗い目で見やると、視線を向けられた方はこそこそと身の回りに散乱した空き缶や空き瓶を集め始めた。流石に自覚はあったようだ。
その光景にもう一度ため息を吐く。
今度のは、別に諦めという意味でもなかった。
「ま、半日で自分への苦行にしかならないことに気付いたわけだが」
「…お前ってホンット時々突き抜けてすっとぼけてるよな、ひーちゃん…」
「やかましい」
その言葉にクッションを付属して相棒に投げつけた後、俺は腕まくりをしながら立ち上がった。
――――あの『事件』から、二ヶ月が過ぎた。
街中に流れるクリスマスソングも佳境になってきたこの新宿に、俺に宛てた大きな封筒が届いたのはつい昨日のことだ。
俺の名前以外は何も書かれていないそれを、届けて寄越したのは黒衣の異端審問官。
その事実だけで、誰から送られたものなのかは大体分かった。
「まったく、《縁(えにし)》ってやつは侮れないね」
呆れたように言う表裏の片割れに苦笑で返し、封筒を受け取る。
「…《M+M》には意外と知り合いが多いと認識してたけど…まさか、俺が【代理】を勤めた相手まで、知った名前だとは思わなかったよ」
予想に違わず、それはとある《異端審問官》にして《FBI捜査官》からのものだった。
【神那姫 明】
手紙に書かれたその署名を、初見で間違えずに読める人間は少ないだろう。加えて、その人物像を【ある一点】で誤解する確率はかなり高いはずだ。
けれど俺には即座に「かんなぎ あきら」という音と、その名を持つ【女性】の姿を思い浮かべることが出来た。
…あの、二ヶ月前の光景と共に。
「よっ、久し振りだね、龍麻くん!」
全てが終わったグラナダ号に、最初に降り立ったFBIのヘリ。
そこから現れた長い黒髪の女性が突然そんな言葉を寄越したものだから、失礼ながら俺は一瞬目を見開いて彼女の顔をまじまじと見返してしまい――――その瞳の中にどこか少年を思わせる奔放な光を見つけ、あっと声を上げた。
「まさか、明ッ…!?」
「当たりッ!よく覚えててくれたじゃん?」
驚きのままに呼びかけた俺に、彼女は洋上の眩しい光の下、記憶とまったく変わらない明るい笑顔で答えたのだ…。
…俺が彼女と出会ったのは今から8年前、真神に転校する直前のことだ。
東京に行けば必ず必要になる、と鳴瀧さんに言われ、《龍の技》を学ぶことになった俺は、その途中で幾つかの流派にお世話になった。その内のひとつが、神那姫流…彼女のお祖父さんが師範を務める古武術の道場だったのだ。
明は師範の孫というだけではなく門下生でもあったので、ほんの一時期ではあるが彼女と俺は姉弟弟子の関係だった。年齢も近かったので、よく一緒に手合わせもしたものだ。
(ちなみに、当時から彼女の力量は師範である彼女の祖父をして『猛者』と言わしめるものだったのだが…先日の邂逅での気配から察するに、その腕前は格段に上がっていると思われる)
当時の俺はそもそも自分の《宿星》も何もまったく分かっていない状態だったために詳しいことは何一つ知らなかったのだが、神那姫家の【神那姫】というのは当て字で古くは【神和】や【巫】と書かれ、神事において《神降ろし》を行う一族だったのだそうだ。古武術の一流派を築くまでになったのも、元々は【憑かれ】やすい家系ゆえに心身を鍛えて身を守るという目的からのことらしい。現在では神職の【お役目】は途絶え、一族内でもその歴史を知らない者がほとんどなのだそうだが、それでも稀にそういった特殊な《力》(例えば高見沢や裏密のような)を受け継ぐ子供が生まれるために、本家筋だけのことではあるが一般人の知りえない《陰》の世界とも繋がりが続いてきたのだという。
「…大体、神那姫先生の家がそんな家系だったことすら知らなかったのに、孫の彼女がその中でも【稀な】存在で、その上高校卒業後に《M+M》にスカウトされて《異端審問官》になってたなんて、まったく、全然、何一つ知らなかった…」
ため息を吐いて手紙を眺める俺の横で、紅葉が珍しく可笑しそうに肩を震わせた。
「君も時々妙なところで甘いね。館長が覚醒前の《黄龍の器》を普通の道場に預けるとでも?」
「悪かったな、どーせ俺は普通じゃない《黄龍の器》だよ」
「なんだ、自覚はあったのかい」
「…壬生?」
わざとらしくくつくつと笑いながら扉を出て行く《陰の龍》の後頭部へ何かをぶつける真似をしてから、静かになった部屋で改めて手紙に書かれた言葉を拾う。
文面には、その後の事件の顛末や俺を巻き込んだことに対する謝罪(彼女の所為ではないのだが…)などが、彼女らしい大らかな文字で綴られていた。
…あの再会の後。
本来この任務に就くはずだった《FBIの新米捜査官》にして《M+M機関のエージェント》である彼女は、騒ぎが大きくなる前に俺を洋上からヘリで離脱させた。
そして、【事件による大きな精神的被害の為】として俺はFBIを【退職】し、その日のうちにあっさりと日本へ帰国することが出来たのだった。
後日、流石に殴る気も失せたほど顔をボコボコにされた鴉室さんが現れて教えてくれたのだが、FBIの資料から【緋勇龍麻】の名前は完全に削除済み、らしい。一体どういう手を使ったものか、その辺りも含めはっきりとは聞かなかったのだけれど、おそらくその指示は《M+M》ではなく《拳武》方面から《黄龍》の存在を隠す為に行われたのだろう。…レイ先輩やその他の同僚たちの記憶から自分の存在が消えてしまったのは少し寂しいが、それが最善だろうと思う。
だが、その【後始末】はあまりにも近くで全てを見てしまった者には無効らしく、ジェフリーは事件の一部始終を覚えているとのことだった。
彼は、終始落ち着いた様子で事件の背景とアロイスの行っていた《事業》について語っているそうだ。事件解決には彼の協力も大きな力となったとは言え、それでもある程度長くは罪に服することになるだろう。しかし、彼の表情はとても明るいという。
『緋勇さんに「ありがとう」と伝えて下さい。…結局、あの時は言いそびれてしまいましたから』
《黄龍》関連の事項に対する口止めも兼ねて面会しに行ったという彼女にそう言って笑ったジェフリーは、もう青白い肌の不健康そうな青年ではなかったそうだ。
またいつか、彼に会えるといい。今度は地面の上、そして、太陽の下で。
「……」
その先を読もうとした目が、たった一つのアルファベットで止まる。
《L》。
――――《L》からの預かりものを同封します。
彼女からの手紙は、その言葉で終わっていた。
封筒の中に入っていたもうひとつの包みを取り出すと、厳重に梱包されたその中身は一冊の薄いファイル。
目に痛いほどの無機質な白。そんな表紙の中央には、【File:《L》】とただそれだけのそっけないタイトルがプリントされている。
けれど《L》の飾り文字に、俺は妙に懐かしく・・・そして、どこかほっとした気持ちになった。
(ああ、あの画面に似ているのか)
あの「長い1日」の間、ずっと眺めていた携帯端末の画面。命の危機と隣り合わせだったというのに、記憶に強く残っているのはくだらない軽口のやりとりや、思わずくすりと笑ったことばかりだ。なんとも緊張感の持続しない自分の頭にいささか呆れながらも、俺はほんの少し笑みを浮かべてそのファイルを開く。
『お久しぶりです、龍麻さん』
印字された文字の通りに、あの機械音声が脳裏に蘇る。
ファイルの向こう側に《L》の姿が見えるような気さえした、瞬間。
『お元気そうで、なによりです』
そんな文字に思わず辺りを見回す。が、当然どこにも人の気配などなく。
『まぁ、見た訳ではありませんが、貴方のことです。きっとお元気でしょう』
そんな続きの言葉に苦笑しながら、俺はもう一度ゆっくりと文字を追い始めた――――。
TO BE CONTINUED。
ま、またも全然更新できず5月末までッ…!(凹)すみませんすみません(泣)
そんなこんなで、いざ書いてみたら思いの他長くなりそうな後日談です。
あと2話か3話は続く予感。ど、どーにか6月には…(っていうと毎度狼少年になる死亡フラグ)
余談ですが、今回登場オリキャラFBIの「神那姫」は、うちのP4主のイトコ(父親がP4主の父親の兄貴)でP1主とP3主たちのハトコです。や、流石に出しませんよ!出しませんけど一部アトラスつながりってことで。自分だけが楽しい裏設定(笑)でした。
螺旋の黄龍騒動記・20。
2008年2月26日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という一般人置き去り二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、最早完全にネタバレしてます。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではこの先デスノート事件そのものがなかったりとか、起こったとしても魔人どもが特殊な《力》でさっさと解決してしまうだろうとかいう中2病設定です。
●どんなご都合二次創作だよという方も勿論おいででしょうが、まぁコイツの頭はその程度なんだな、と冷笑した後はどうぞスルーでお願いいたします。
●まぁ中2病も時には面白いもんだよとか、名前自由入力主人公には「緋勇龍麻」と入れて帝戦帖までの時間を誤魔化してるの、という方に少しでも気を紛らわせて頂けたら幸せです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『エンジンが、爆発する――――!!!』
端末から飛び込んできた叫び声に、私は咄嗟に何も反応することが出来なかった。
凍りついたように思考が働かない。
端末からの映像を映し出す目の前のモニターからは鼓膜を破らんばかりに警告音が鳴り響き、噴出した高温の水蒸気が視界を曇らせてゆく。
―――まるで出来の悪いパニック映画のようだ。
そんな感想しか思い浮かばない自分にぞっとした。なんという絶望感、今の私は単なる『観客』でしかないというのか。
(なにを、馬鹿な!)
一瞬の空白の後、私は漸く自分に叱咤の言葉を浴びせ思考を立て直す。
観客などではない。私は、今まさにこのモニターの中で戦っている人の【パートナー】だ。
「ワタリ!軍事衛星からの位置捕捉は完了していますね、ヘリの準備は!」
「既に第一陣が現地へと発進済みです。クリエラ政府との交渉に多少時間がかかりましたが、ほどなく現場空域に到着できるかと」
淀みないワタリの口調が急速に私を《L》へと引き戻す。
まだ間に合う。船という大きな証拠品を失うのは痛いが、それを補えるだけの材料は押さえた。後は、生き証人たる彼らの命が全てだ。海上へ脱出さえ出来れば。
そこまで考えたその時。水蒸気に煙るモニターの中、私は違和感に目を見開いた。
「…龍麻さん!?」
私は当然彼であれば脱出という判断を下し、行動に移しているものだと思っていた。しかし、端末の画像はあれから全く映す範囲を変えていなかった。
熱く煮えたぎった蒸気が侵食していく機関室内部。
地獄のような光景の中に、彼はいた。
まるでそれは、傲然と佇む煉獄の王のように。
『緋勇さん!何をしているんですか、早く!』
映像の端に、気を失ったままのハウスキーパーを半ば引き摺るようにして背負ったジェフリーが映る。
そうだ、彼の行動こそが正しいはず。最早事態は人の手では届かない方向へと動いてしまった。それが分からないような人ではないのに、何故。
もう一度、彼の名を呼ぼうとして気付く。
微かに口元しか見えない彼の表情。だが、そこに宿るものは、恐怖でも、絶望でもなく、ただひとつ。
『…ったく、結局こうなるんだよなぁ…』
怒りというにはやや軽い、【苛立ち】のみだった。
『最初から《黄龍》として【喚ばれ】たって時点で予想できた事態だけど、どれだけこっちが【人】の【範囲内】で頑張ってきたと思ってんだ。【星】だの【宿め】だの毎回毎回そんな言葉で片付けられて、納得いかないにも程がある。こちとら元々一般人だってのになんでもかんでも…』
「緋勇さん…?」
あっけにとられる、というのはこういうことだろうか。
ため息と共に吐き出された言葉の意味を理解できず言葉を失う私の後ろで、代わりにその名を口にしたのはワタリだ。その声は私をほんの少し我に返らせると同時に、呼びかけられた人の耳にも届いたらしい。
画面の中で、彼が、こちらを向く。
「…!!」
映し出されたのは―――黄金に燃える王の瞳。
ばつが悪そうに少し困った笑みを浮かべる彼の表情。その微笑みは今までと変わらず優しいながらも、両眼は相反する恐ろしいまでの覇気を放っていた。
同じくその瞳を見たであろうワタリが、ジェフリーが、魅入られたように動きを止める。
2人の様子をどこか遠いところで感じながら…私は漸く真実を理解した。
彼は【緋勇龍麻】でありながら、そうではない【誰か】でもあるのだ。
それは私が【エル・ローライト】であり、《L》でもあるのとは根本的に異なるもの。
『…やれやれ…本当は最後まで【FBIの緋勇】で過ごしたかったんですけどね』
「龍麻、さん」
漸く発せられた私の声は、機械音声になっても間の抜けたものだったに違いない。
【彼】に対し、まだそう呼びかけてもいいのだろうか、という戸惑いを含んだ私の言葉。
けれど、その惑いは彼の次の言葉によって簡単に打ち消された。
『はい、《L》』
あっさりと私の呼びかけに応えた【龍麻さん】は、全てを従える王の瞳で、悪戯を企む小さな子供のように笑う。
『お待たせしました。どうやら【必殺技】の使いどき、みたいです』
返事をする余裕は、無かった。
『―――借りるぞ【如月】、《玄武》の《力》』
日本語で呟かれたその言葉は、依頼でも命令でもなく、ただ淡々と事実のみを告げるように響く。
【それ】を見たのは、おそらく私だけだろう。
船内に仕掛けられた監視カメラをジャックした際、私はあらゆる状況を把握できるよう全てを周辺のモニターに映し出していた。その無数の映像の中で唯一、船の内部ではなく海を映し出していたものがある。救命ボートのあるデッキ部分を監視する為のそれが、突如として影に覆われた。
ごう、と渦巻く水の柱が船を取り囲むように噴き上がる。
(海底火山!?)
思考だけが一瞬そう働くが、声になる前に私の頭はそれを否定した。クリエラ周辺に火山帯は存在しない。もし未確認のものがあったとしても、船を避けるようにして爆発するなど不自然すぎる。
(では、【これ】は)
私の脳内で一つの答えが閃く。
昨日までの私であれば、それは荒唐無稽な夢想の産物としか思えなかっただろう。けれども、今の私には否定こそが無意味だ。
《玄武》と龍麻さんは口にした。私が知る限り、それは東洋の伝説で天の四方を司る神獣・《四神》の一体だ。陰陽五行の思想において玄武の司るものは、五方の《北》、五色の《黒》、そして、五行の―――《水》。
「!」
その時、水柱が弾けた。
瀑布の如く巨大な客船に降り注ぐ海水が全てを飲み込む、寸前。
『――――――《雪蓮掌》』
黄金の光が正面のモニターから迸る。眩しさに屈しそうになる目を必死にこじ開けた心もとない視界の中央で、白い花が一斉に咲き乱れた。いや、違う。花ではない。
「雪…」
無意識に零れた言葉もまた、正確なものではないのだろう。
けれど、私にはそれ以外に表現する言葉を思いつくことが出来なかった。
圧倒的な力で落下する海水が船に触れる端から瞬時にして凍りつき、細かに弾け飛ぶ。大気に舞う氷の粒はさながら花吹雪のように柔らかく船を包み込む。白く、透明に、全てを覆う。まるでそれは、あらゆる【人の罪】を浄化するように。
そうだったのか、と私の唇だけが思考と同じ形に動いた。
天の四方を守護する神獣に、命令ですらなくただ一言【決定】を告げるだけで《力》を行使できる存在。陰陽五行の中央に位置し、土行を、引いては大地…万物の源を守護せしめるという、四神の長。
そうだ、既に龍麻さんは自ら口にしていたではないか。
「《黄龍》…」
私の声が聞こえたのだろうか。
降り積もる白い結晶の中、彼の口元は微かに笑っているように見えた。
そして、
「…エンジンが、止まった…」
呆然と呟くワタリの声が、この事件の終焉を告げた。
強い日差しが正面のモニターから溢れ、僅かに私は目を細める。
全ての機能が【凍りついた】が為に停止した巨大客船グラナダ号。その静まり返った船内最深部の機関室から、最上部の船首を臨む展望デッキまで移動するのには多少の時間がかかった。機能停止に伴い、当然ながらエレベーターも使い物にならなくなっていたことがその原因の一つだが、たどり着くのにかかった時間から考えればそんなものは一瞬と思える程度だろう。
…龍麻さんの背には、未だ意識を失ったままの【ハウスキーパー】が無造作に担がれている。
その後ろには、自分の表情をどうしたらいいのか分からないといった様子のジェフリーが無言のままに立ち尽くしていた。
私はその光景を【正面のモニター】越しに見ている。
たったひとつ生き残った、龍麻さんの手にある端末のカメラからの映像を。
…目の前で何が起こったのか、理解はしているのだと思う。
けれど、何を口にしたらいいのか、まずどうすればいいのか、分からなかった。
(いや、おそらくは…分かっているのだ、私は)
どうすべきか、ではない。どうしたい、のか。もうその答えは出ているはずなのに、頭が働かない。
今まで、こんなことは一度もなかった。私の頭脳は常に稼働することを喜び、眠ることすら惜しむというのに。
――――ぱしゃん、と水音が思考を遮り跳ね返る。
ひどく現実的に響き渡ったその【音】に、私が、そしてジェフリーが顔を上げた時、輝く陽光の向こうに美しいシルエットが翻った。その影に龍麻さんの顔が綻んだ、と私が理解したのはモニターの映像からではない。
『…そうか…【喚んだ】のは、君だったんだね』
影へと向けられた彼の声が、ただひたすらに優しかったからだ。
『…ま、さか…本物の、』
途切れがちのジェフリーの声を端末が拾う。
私がモニター越しに見ているものと、展望デッキのジェフリーが見たものが同一であると証明する単語が音になる。
『――――マーメイド…』
魚の尾を優雅に翻し、長い金髪をなびかせた美しい人魚が船首に腰掛け、微笑みを浮かべていた。
呆然と見詰める私たちの前で、人魚はゆっくりとその唇を動かし、音にならない声を発する。
ありがとう、と。
そう言ったように思えた。
そして人魚は海へと身を翻す。嬉しそうに青い空を舞い、水飛沫の幻想を撒き散らして…消えた。
後に残されたものは、きらめく太陽の光に照らし出された船首像だけ。幻覚だったのかと思いかけて、はっと気付く。
グラナダ号の船首像は、人魚の姿をしていた。
「…【マーメイド】社の作った、豪華客船…グラナダ号…」
私の呟きに、龍麻さんが微かに頷いた。
『…人々の笑顔を乗せて、その安全を守り、世界の海を自由に駆ける為に生まれた船。なのに、乗せるべき人々は去り、海を駆ける自由は奪われ、命を奪う為の爆弾を積み込まれた。誰も傷付けたくないと…もう一度海に戻りたいと、願ったんです、グラナダ号は』
『グラナダ号、自身が…』
へたり、と座り込んだジェフリーがそっと床板に手を触れる。許しを請うように、ただ静かに。
その光景を眺めながら、私はぼんやりと別のことを考えていた。
【喚ばれた】と彼は口にした。それは、この船の声なき叫びが彼に…彼の中の【龍】に、救いを求めたということだろう。今なら分かる。龍麻さんが目覚めたその時に、またか、と叫んだ意味が。
彼はあの強大な《力》故に、幾度もこうして救いを求める手に掴まれて来たのだろう。望みもしない戦いの場に駆り出され、騒乱に巻き込まれて来たのだろう。
(何故、この【人】は)
自然に脳内で組み立てた言葉に、その単語が滑り落ちた。
瞬間、するりと何かが解けて行くような感覚が走る。
(…ああ、そうか。私は何を迷っていたのだろう)
どれほど強大な《力》を持っていようと、まぎれもなく龍麻さんは。
「…まったく、困った【人】です」
『…え?』
突然端末から流れた私の【声】に、龍麻さんは空に向けたままだった瞳を端末へと向けた。
それは、もう見慣れた漆黒の色合いに戻っている。
驚愕に丸くなったその目をモニター越しに見て、私はどうにか笑いを堪えた。
驚くのも当たり前か。私の【肉声】など、それと知って聞いた者は数えるほどしか存在しない。
「こんな【必殺技】があるなら、ちゃんと説明しておいて下さい。びっくりしたじゃないですか。…で、あの時はよく聞き取れなかったんですが、あの技の名前はなんというんですか?」
そうだ、私はもうこの人を【知って】いる。
一人の【人】としてこの事件に取り組み、戦ってくれた勇気ある青年。私の信頼する、パートナー。
それ以外に、何の答えを必要とするのだろうか。
…一瞬の間を置いて、龍麻さんは――――。
大きく口をあけ、太陽の下、遠慮なしに笑い転げた。
END。
お、おまたせしま、した…!いやもう誰も待ってないと言われそうですが、どうにか事件解決まで終わりました…!
えーと、これで一応本編は終わりです。が、《L》、黄龍、それぞれの後日談としてあとオマケの2話で完全完結です。
…こ、これだけ遅れて、まだ「もうちょっとだけ続くんじゃ」状態、です…が、今度こそ、今月中には…!だって、発売2周年だよ…!(にねんごし!?)
ここまでお付き合いして下さった皆様、本当にありがとうございましたぁぁぁ!(土下座)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という一般人置き去り二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、最早完全にネタバレしてます。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではこの先デスノート事件そのものがなかったりとか、起こったとしても魔人どもが特殊な《力》でさっさと解決してしまうだろうとかいう中2病設定です。
●どんなご都合二次創作だよという方も勿論おいででしょうが、まぁコイツの頭はその程度なんだな、と冷笑した後はどうぞスルーでお願いいたします。
●まぁ中2病も時には面白いもんだよとか、名前自由入力主人公には「緋勇龍麻」と入れて帝戦帖までの時間を誤魔化してるの、という方に少しでも気を紛らわせて頂けたら幸せです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『エンジンが、爆発する――――!!!』
端末から飛び込んできた叫び声に、私は咄嗟に何も反応することが出来なかった。
凍りついたように思考が働かない。
端末からの映像を映し出す目の前のモニターからは鼓膜を破らんばかりに警告音が鳴り響き、噴出した高温の水蒸気が視界を曇らせてゆく。
―――まるで出来の悪いパニック映画のようだ。
そんな感想しか思い浮かばない自分にぞっとした。なんという絶望感、今の私は単なる『観客』でしかないというのか。
(なにを、馬鹿な!)
一瞬の空白の後、私は漸く自分に叱咤の言葉を浴びせ思考を立て直す。
観客などではない。私は、今まさにこのモニターの中で戦っている人の【パートナー】だ。
「ワタリ!軍事衛星からの位置捕捉は完了していますね、ヘリの準備は!」
「既に第一陣が現地へと発進済みです。クリエラ政府との交渉に多少時間がかかりましたが、ほどなく現場空域に到着できるかと」
淀みないワタリの口調が急速に私を《L》へと引き戻す。
まだ間に合う。船という大きな証拠品を失うのは痛いが、それを補えるだけの材料は押さえた。後は、生き証人たる彼らの命が全てだ。海上へ脱出さえ出来れば。
そこまで考えたその時。水蒸気に煙るモニターの中、私は違和感に目を見開いた。
「…龍麻さん!?」
私は当然彼であれば脱出という判断を下し、行動に移しているものだと思っていた。しかし、端末の画像はあれから全く映す範囲を変えていなかった。
熱く煮えたぎった蒸気が侵食していく機関室内部。
地獄のような光景の中に、彼はいた。
まるでそれは、傲然と佇む煉獄の王のように。
『緋勇さん!何をしているんですか、早く!』
映像の端に、気を失ったままのハウスキーパーを半ば引き摺るようにして背負ったジェフリーが映る。
そうだ、彼の行動こそが正しいはず。最早事態は人の手では届かない方向へと動いてしまった。それが分からないような人ではないのに、何故。
もう一度、彼の名を呼ぼうとして気付く。
微かに口元しか見えない彼の表情。だが、そこに宿るものは、恐怖でも、絶望でもなく、ただひとつ。
『…ったく、結局こうなるんだよなぁ…』
怒りというにはやや軽い、【苛立ち】のみだった。
『最初から《黄龍》として【喚ばれ】たって時点で予想できた事態だけど、どれだけこっちが【人】の【範囲内】で頑張ってきたと思ってんだ。【星】だの【宿め】だの毎回毎回そんな言葉で片付けられて、納得いかないにも程がある。こちとら元々一般人だってのになんでもかんでも…』
「緋勇さん…?」
あっけにとられる、というのはこういうことだろうか。
ため息と共に吐き出された言葉の意味を理解できず言葉を失う私の後ろで、代わりにその名を口にしたのはワタリだ。その声は私をほんの少し我に返らせると同時に、呼びかけられた人の耳にも届いたらしい。
画面の中で、彼が、こちらを向く。
「…!!」
映し出されたのは―――黄金に燃える王の瞳。
ばつが悪そうに少し困った笑みを浮かべる彼の表情。その微笑みは今までと変わらず優しいながらも、両眼は相反する恐ろしいまでの覇気を放っていた。
同じくその瞳を見たであろうワタリが、ジェフリーが、魅入られたように動きを止める。
2人の様子をどこか遠いところで感じながら…私は漸く真実を理解した。
彼は【緋勇龍麻】でありながら、そうではない【誰か】でもあるのだ。
それは私が【エル・ローライト】であり、《L》でもあるのとは根本的に異なるもの。
『…やれやれ…本当は最後まで【FBIの緋勇】で過ごしたかったんですけどね』
「龍麻、さん」
漸く発せられた私の声は、機械音声になっても間の抜けたものだったに違いない。
【彼】に対し、まだそう呼びかけてもいいのだろうか、という戸惑いを含んだ私の言葉。
けれど、その惑いは彼の次の言葉によって簡単に打ち消された。
『はい、《L》』
あっさりと私の呼びかけに応えた【龍麻さん】は、全てを従える王の瞳で、悪戯を企む小さな子供のように笑う。
『お待たせしました。どうやら【必殺技】の使いどき、みたいです』
返事をする余裕は、無かった。
『―――借りるぞ【如月】、《玄武》の《力》』
日本語で呟かれたその言葉は、依頼でも命令でもなく、ただ淡々と事実のみを告げるように響く。
【それ】を見たのは、おそらく私だけだろう。
船内に仕掛けられた監視カメラをジャックした際、私はあらゆる状況を把握できるよう全てを周辺のモニターに映し出していた。その無数の映像の中で唯一、船の内部ではなく海を映し出していたものがある。救命ボートのあるデッキ部分を監視する為のそれが、突如として影に覆われた。
ごう、と渦巻く水の柱が船を取り囲むように噴き上がる。
(海底火山!?)
思考だけが一瞬そう働くが、声になる前に私の頭はそれを否定した。クリエラ周辺に火山帯は存在しない。もし未確認のものがあったとしても、船を避けるようにして爆発するなど不自然すぎる。
(では、【これ】は)
私の脳内で一つの答えが閃く。
昨日までの私であれば、それは荒唐無稽な夢想の産物としか思えなかっただろう。けれども、今の私には否定こそが無意味だ。
《玄武》と龍麻さんは口にした。私が知る限り、それは東洋の伝説で天の四方を司る神獣・《四神》の一体だ。陰陽五行の思想において玄武の司るものは、五方の《北》、五色の《黒》、そして、五行の―――《水》。
「!」
その時、水柱が弾けた。
瀑布の如く巨大な客船に降り注ぐ海水が全てを飲み込む、寸前。
『――――――《雪蓮掌》』
黄金の光が正面のモニターから迸る。眩しさに屈しそうになる目を必死にこじ開けた心もとない視界の中央で、白い花が一斉に咲き乱れた。いや、違う。花ではない。
「雪…」
無意識に零れた言葉もまた、正確なものではないのだろう。
けれど、私にはそれ以外に表現する言葉を思いつくことが出来なかった。
圧倒的な力で落下する海水が船に触れる端から瞬時にして凍りつき、細かに弾け飛ぶ。大気に舞う氷の粒はさながら花吹雪のように柔らかく船を包み込む。白く、透明に、全てを覆う。まるでそれは、あらゆる【人の罪】を浄化するように。
そうだったのか、と私の唇だけが思考と同じ形に動いた。
天の四方を守護する神獣に、命令ですらなくただ一言【決定】を告げるだけで《力》を行使できる存在。陰陽五行の中央に位置し、土行を、引いては大地…万物の源を守護せしめるという、四神の長。
そうだ、既に龍麻さんは自ら口にしていたではないか。
「《黄龍》…」
私の声が聞こえたのだろうか。
降り積もる白い結晶の中、彼の口元は微かに笑っているように見えた。
そして、
「…エンジンが、止まった…」
呆然と呟くワタリの声が、この事件の終焉を告げた。
強い日差しが正面のモニターから溢れ、僅かに私は目を細める。
全ての機能が【凍りついた】が為に停止した巨大客船グラナダ号。その静まり返った船内最深部の機関室から、最上部の船首を臨む展望デッキまで移動するのには多少の時間がかかった。機能停止に伴い、当然ながらエレベーターも使い物にならなくなっていたことがその原因の一つだが、たどり着くのにかかった時間から考えればそんなものは一瞬と思える程度だろう。
…龍麻さんの背には、未だ意識を失ったままの【ハウスキーパー】が無造作に担がれている。
その後ろには、自分の表情をどうしたらいいのか分からないといった様子のジェフリーが無言のままに立ち尽くしていた。
私はその光景を【正面のモニター】越しに見ている。
たったひとつ生き残った、龍麻さんの手にある端末のカメラからの映像を。
…目の前で何が起こったのか、理解はしているのだと思う。
けれど、何を口にしたらいいのか、まずどうすればいいのか、分からなかった。
(いや、おそらくは…分かっているのだ、私は)
どうすべきか、ではない。どうしたい、のか。もうその答えは出ているはずなのに、頭が働かない。
今まで、こんなことは一度もなかった。私の頭脳は常に稼働することを喜び、眠ることすら惜しむというのに。
――――ぱしゃん、と水音が思考を遮り跳ね返る。
ひどく現実的に響き渡ったその【音】に、私が、そしてジェフリーが顔を上げた時、輝く陽光の向こうに美しいシルエットが翻った。その影に龍麻さんの顔が綻んだ、と私が理解したのはモニターの映像からではない。
『…そうか…【喚んだ】のは、君だったんだね』
影へと向けられた彼の声が、ただひたすらに優しかったからだ。
『…ま、さか…本物の、』
途切れがちのジェフリーの声を端末が拾う。
私がモニター越しに見ているものと、展望デッキのジェフリーが見たものが同一であると証明する単語が音になる。
『――――マーメイド…』
魚の尾を優雅に翻し、長い金髪をなびかせた美しい人魚が船首に腰掛け、微笑みを浮かべていた。
呆然と見詰める私たちの前で、人魚はゆっくりとその唇を動かし、音にならない声を発する。
ありがとう、と。
そう言ったように思えた。
そして人魚は海へと身を翻す。嬉しそうに青い空を舞い、水飛沫の幻想を撒き散らして…消えた。
後に残されたものは、きらめく太陽の光に照らし出された船首像だけ。幻覚だったのかと思いかけて、はっと気付く。
グラナダ号の船首像は、人魚の姿をしていた。
「…【マーメイド】社の作った、豪華客船…グラナダ号…」
私の呟きに、龍麻さんが微かに頷いた。
『…人々の笑顔を乗せて、その安全を守り、世界の海を自由に駆ける為に生まれた船。なのに、乗せるべき人々は去り、海を駆ける自由は奪われ、命を奪う為の爆弾を積み込まれた。誰も傷付けたくないと…もう一度海に戻りたいと、願ったんです、グラナダ号は』
『グラナダ号、自身が…』
へたり、と座り込んだジェフリーがそっと床板に手を触れる。許しを請うように、ただ静かに。
その光景を眺めながら、私はぼんやりと別のことを考えていた。
【喚ばれた】と彼は口にした。それは、この船の声なき叫びが彼に…彼の中の【龍】に、救いを求めたということだろう。今なら分かる。龍麻さんが目覚めたその時に、またか、と叫んだ意味が。
彼はあの強大な《力》故に、幾度もこうして救いを求める手に掴まれて来たのだろう。望みもしない戦いの場に駆り出され、騒乱に巻き込まれて来たのだろう。
(何故、この【人】は)
自然に脳内で組み立てた言葉に、その単語が滑り落ちた。
瞬間、するりと何かが解けて行くような感覚が走る。
(…ああ、そうか。私は何を迷っていたのだろう)
どれほど強大な《力》を持っていようと、まぎれもなく龍麻さんは。
「…まったく、困った【人】です」
『…え?』
突然端末から流れた私の【声】に、龍麻さんは空に向けたままだった瞳を端末へと向けた。
それは、もう見慣れた漆黒の色合いに戻っている。
驚愕に丸くなったその目をモニター越しに見て、私はどうにか笑いを堪えた。
驚くのも当たり前か。私の【肉声】など、それと知って聞いた者は数えるほどしか存在しない。
「こんな【必殺技】があるなら、ちゃんと説明しておいて下さい。びっくりしたじゃないですか。…で、あの時はよく聞き取れなかったんですが、あの技の名前はなんというんですか?」
そうだ、私はもうこの人を【知って】いる。
一人の【人】としてこの事件に取り組み、戦ってくれた勇気ある青年。私の信頼する、パートナー。
それ以外に、何の答えを必要とするのだろうか。
…一瞬の間を置いて、龍麻さんは――――。
大きく口をあけ、太陽の下、遠慮なしに笑い転げた。
END。
お、おまたせしま、した…!いやもう誰も待ってないと言われそうですが、どうにか事件解決まで終わりました…!
えーと、これで一応本編は終わりです。が、《L》、黄龍、それぞれの後日談としてあとオマケの2話で完全完結です。
…こ、これだけ遅れて、まだ「もうちょっとだけ続くんじゃ」状態、です…が、今度こそ、今月中には…!だって、発売2周年だよ…!(にねんごし!?)
ここまでお付き合いして下さった皆様、本当にありがとうございましたぁぁぁ!(土下座)
螺旋の黄龍騒動記・19。
2008年2月25日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という一般人置き去り二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、最早完全にネタバレしてます。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても序盤で魔人勢力が介入し、レイやナオミも無事助かるだろうという世界です。
●そんな二次創作書くな!という方も、不愉快なのは分かりますがどうぞスルーくらいでお許し下さい。
●まぁ二次創作だしコラボってのもありでしょとか、寧ろ名前入力主人公には「緋勇龍麻」って入れるわ、うふふ、てな方に少しでも楽しんで頂けたらラーメンに餃子もつけます(え?)。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
床に置かれた2つのスイッチ。
それを前に、俺とジェフリーは端末から流れる【解答】を待っていた。
すべてを【終わらせる】のか、すべてが【終わる】のか。どちらだとしても、この出来の悪い芝居の幕を下ろす最後の台詞。
たった一つのその単語は、《Right》or《Left》――――《R》か《L》か。
(この期に及んで、中々の皮肉?)
くすりとこぼれそうになる笑いを無表情に押し隠し、俺は見守る。
選択肢の中にその名を潜めた世界一の名探偵 《L》を名乗る人物と、希代の犯罪者【ハウスキーパー】という悪役をそうとは知らず演じる男。
その2人が繰り広げる、最後の勝負の行方を。
(あれは!?)
掲げられたスイッチに、踏み込もうとしていた足が止まる。
俺の目がそこに集中していることを確認し、ハウスキーパーが満足げににやりと笑った。
「分かってるようだな。ご想像の通り、こいつはここのエンジンに取り付けた爆弾の起爆スイッチだ。おっと、動くなよ。こいつを奪おうとしても無駄だ。爆弾を解除しないうちに制御パネルに触れた場合も、自動的にスイッチが入るようになってるんでな」
「なんだって!?」
俺の代わりに、扉の影から半分だけ身を乗り出したジェフリーがそう叫んだ。青褪めるその表情に気分を良くしたのか、ハウスキーパーから狂気の色合いがやや薄まる。しかし勿論、僅かにも油断が出来る状態ではない。
『なんのつもりです?こんなところで爆発を起こせば、貴方も吹き飛びますよ』
端末から流れる《L》の言葉に、変わらずにやにやとした表情を崩さないのがその証拠だ。
「今更そんなことを言ったところで、俺が思いとどまると思うか?」
案の定、即座に明確な拒否の答が返される。…そんなやり取りの間に、俺はハウスキーパーと自分の距離を測っていた。
目視でおよそ7メートル。障害物はないに等しい。
(この距離なら、反応する前に懐に飛び込めるはず…。だけど、制御パネルそのものに仕掛けが施されているなら、確かにここでハウスキーパーを倒したところで意味がない。あの男が解除方法を教えるはずもないだろうし…?)
そこまで考えた時、ハウスキーパーと目が合う。間合いを計っていることを気付かれたのかと一瞬ひやりとしたが、偶然だったようだ。俺の顔を見て、歪んだ笑みが幾分静まり真剣なものに変わる。
「忘れてたぜ…。緋勇、持ってるものを全部床に置いてもらおうか」
それが通信端末ではなく左手首に引っ掛けていた道具袋を指すと気付き、俺は少し拍子抜けした。
(なぁんだ。俺を【化け物】と呼んでおいて、警戒するのはその程度なんだ)
指示に従い、がちゃがちゃと騒々しい音を立てるその袋を床に放り投げる。それを確認すると、次にハウスキーパーはスイッチをちらつかせながら俺とその後方に向けて叫んだ。
「ジェフリー!緋勇の上着を脱がせて余計なものを持ってないか確認しろ!…お前は動くなよ緋勇。両手を肩の辺りまで上げておけ。手のひらをこちらに向けてな」
「くっ…」
悔しさをにじませた表情でジェフリーが呻くが、この状況では抗いようもない。
俺が端末を床に置き、言われたとおりに手を上げると、近付いてきたジェフリーがおどおどとした動作で上着に手をかける。そうして俺の肩から上着を外そうとしたその時、ジェフリーの表情が目に見えて動揺を示すものに変わった。
(あーあ、本当にこの人、犯罪には向いてないな)
こんな時なのについ苦笑したい気分になる。…俺のベルトには、プロムナードの一室で拾ったスタンガンが挟み込まれていた。
「なんだ、それは?」
そんなジェフリーの表情をハウスキーパーが見逃すはずもない。一瞬しまったというように俺の顔を見上げたジェフリーに、『大丈夫』と目だけで告げ、俺は視線を再び前に据える。
カラカラと音を立てて床に放り出されたスタンガンを見て、ハウスキーパーは皮肉な笑みを浮かべた。
「まさかそんなものを隠し持ってたとはな。本当に油断のならない奴だぜ。おい、そいつを蹴ってこっちへ寄越せ!」
足先で軽く蹴ったスタンガンがハウスキーパーの横を滑り、その靴の斜め後ろ辺りで止まる。ついでに先ほど放り出した道具袋も同じように渡してやると、ハウスキーパーは勝ち誇ったようにそれを通路の端へと蹴り飛ばした。布からこぼれ落ちたいくつかの道具が鈍く光を反射している。
――――ああ、馬鹿だなぁ。
【こんなもの】が、【何の役に立つ】と思っているのか。
【化け物】から重い荷物を減らしてやっただけじゃないか。
(…っ!またか…)
耳の奥に反響する、昏い嘲笑に自分自身でぞっとした。
空気の淀んだ場所、蓄積された疲労と、眼前の悪意。そして何より、強い怒り。そんな諸々が俺の中の《陰の気》を揺さぶり起こす。酷く大きいその波に、改めて己の中に強大な《力》が渦巻いていることを思い知らされる。
(落ち着け、今はそんな時じゃない。まずは奴がいったいどう動くつもりなのか、その動向をきっちりと見ないと)
何事もないように振舞いながら、身の内の《陽の気》を意識的に高め、ゆっくりと呼吸を整える。
眼前のハウスキーパーは完全に己の優位を疑っていない。
それは勿論「爆弾」という脅迫材料によるものだろうが、加えて目の前にいる俺やジェフリーが「なにも武器を持っていない」ということも大きいに違いない。【俺】の身体能力を見誤っていることは、ハウスキーパーにとって致命的な失敗のはずだ。それを俺は有効に生かさなければ。
「…よし、これで準備は整った。最後の勝負といこうじゃないか《L》」
『ここまで来て、あくまで勝負にこだわるつもりですか…』
相変わらず抑揚のない機械音声は、ハウスキーパーにとっては負け惜しみに聞こえたようだ。俺には呆れているようにしか聞こえないが、人は自分の信じたいように感じる生き物だってことなんだろう。
「当然だ。お前を打ち破らない限り、俺の完全試合はお預けだからな」
またしても、野球になぞらえた表現。固執するのは勝ち負けだけじゃなく、趣味嗜好に対してもらしい。(…それこそ、【異常】なほどに)
ふとうすら寒さを背中に感じる。そんな俺と感覚を共有したわけではないだろうが、斜め後ろのジェフリーが微かに身震いをした。
「もう、時間がないのに…!」
焦りに満ちた呟きが聞こえる。口には出さないが、それは俺と、そして《L》の焦りでもあるはずだ。
『それで、勝負とは?』
だが、問いかける機械音声に乱れはない。変わらぬ言葉の速度が、こんな状況でもその判断力に些かの衰えもないことを示している。流石《世界の頭脳》、修羅場を潜ってきた数は俺より遥かに多いのかもしれない。
まぁ残念ながら、《L》のそんな恐ろしさを最も気付かなければならない男は、自身の用意したゲームに夢中なのだが。
「これだ」
ハウスキーパーがジュラルミンケースを取り出し、全員に見えるよう大きく開く。中には、今ハウスキーパーが手にしているものとよく似たスイッチが2つ並んでいた。
それを両方とも取り出し、右と左、自らの両手がひとつずつそのスイッチを押せる位置に置く。
「このスイッチはダミーだ。大人しくしててくれてありがとよ。まぁ、どの道奪おうとすればエンジンは爆発してたんだがな」
にやにや笑いつつ先ほどから掲げていたスイッチ…ダミーをこちらへ放り投げる。目の前に飛んできたそれを慌ててジェフリーが受け止めたが、最早その光景に注目する者はいない。
「この2つは、片方が爆破スイッチだが、もう片方は停止スイッチだ。停止スイッチを先に押せば、もう何をしても最後の仕掛けは発動しない。逆に、爆破スイッチを押した後は停止スイッチは無効になる。こいつを《L》、お前にどちらか1つ選ばせてやる」
元々張り詰めた空気が、さらにその度合いを増した。何も答えない《L》に対し、ハウスキーパーの【ルール解説】が饒舌に続けられる。
「右か左か、だ。お前の選んだスイッチを押してやる。おっと、【名探偵】が勘でなんて答えるなよ?選んだ理由がまともでなけりゃ、その時点でお前の負けと看做して爆破スイッチを押す。スイッチが押された10分後にはこの船は大爆発だ。せいぜい素晴らしい推理を聞かせてくれ」
嘲りを込めた語尾に怒りを感じるよりも、10分という言葉にはっとした。
(その10分で逃走できる手段があるってことか)
爆破を強行しようというだけで充分狂気の沙汰には違いないが、それでもハウスキーパーには俺たちと心中してまで復讐を遂げる気は無いようだ。まぁ、あくまで【現時点では】という注釈の入る状態ではあるだろうが。
(エレベーターの電源が入ったままだから、甲板までの移動は容易だ。危険を伴う仕事だけに、脱出の準備は最初から出来ているだろうし、爆破から船が沈むまでの猶予も考えれば確かに逃走可能なはず。問題はここにいる俺とジェフリーを振り切れるかだけど…それだけの自信があるってことは、銃を持っていると考えるべきだな。予想はしてたけど、ちょっと厄介だ)
そんな風に俺が別の方向から警戒心を働かせている間に、《L》の頭脳は十分すぎるほどの活動をしていたらしい。
『…成る程、だからスイッチを床に置いたのですね。筋肉の微妙な動きで答えを読まれないように』
長く感じられた無言が途切れ、機械音声が【名探偵】の思考を綴る。
「…なんだと?」
『私ならば、危険なもの…重要なものは、【利き腕側に】置きます』
笑いをへばり付かせたハウスキーパーの表情に、微かなヒビが入った。
「…ほう」
間を置いた短い返事の後、警戒するようにその目が端末へと注がれる。無論そこには白い画面と飾り文字の《L》という表示しかない。しかしハウスキーパーの目には、その向こう側にいる存在が見えているのだろう。尤もそれは、俺とはかなり異なった姿になっているに違いない。
「そう来るとはな。いいだろう、確かに爆破スイッチは俺の【本来の利き腕側】に置いてある。しかし、お前にそれが分かるのか?」
絶対に見破れないという自信が、ハウスキーパーにその言葉を言わせた。
だが、本当にそう仕向けたのは…《L》だ。
一瞬訪れた無言の空間に、《L》が静かに口元を笑いの形に歪めた幻影を見る。
『貴方は【特徴がないことが特徴】と言われる罠の作り方をする。その代表的なものが、利き腕の癖が全く出ないこと…つまり【両利き】だということです。しかし倉庫フロアに下りた直後の罠にだけは、微かな【右利き】の特徴が見受けられた』
あれか、と記憶を遡る。倉庫フロアと廊下を隔てる扉に仕掛けられた罠。それを解除した際に、短く《L》が『おや…?』と呟きを漏らしていた。俺宛ての言葉ではなかったので、深く追求することもなかったが…。
(端末のカメラから送られる映像だけでそれを見破るのか、この人は)
これでもう何度目だろうか、改めてその眼力に恐れ入る。
だが、核心に迫る一手とも言えるその言葉に、ハウスキーパーは意外にも冷静だった。
「成る程、俺が慌てて利き腕をさらしたと?」
もうその顔から完全に笑いは消えている。それだけに、感情を読みにくいが、対する《L》はそんな変化を気にする必要もないようだった。
『いいえ、私もそれだけで結論を出す気はありません。これが本当に貴方のミスなのか、それとも故意に残されたものかを結論付けるには早急すぎますからね。ですが』
刃のような言葉が、ばさりとなぎ払い深く突き込む。
『どちらにせよ、この【情報】は私の判断材料となった』
手ごたえはあった。
「なに…?」
仮面に覆い隠した表情の裏で、動揺が広がる。
『貴方が大変な野球好きだということは、既に貴方自身が幾度も証言した通りです。野球のこととなると貴方は酷く雄弁になった。そして、いくつかの無防備な発言を残している。中でも…【バンビーノ】。ベーブ・ルースの愛称ですが、貴方は無意識にそれを口にしていた。アメリカ人であれば不思議ではないが、【ハウスキーパー】はイギリス出身の爆弾魔です。いささか奇妙に思い、私がそれを「珍しい」と問いかけたところ、貴方はこう返した。「元々祖父はアメリカからの移民だ。祖父はバンビーノと同じように打ち、同じように投げる俺をベーブ・ルース2世と呼んだ」と』
その言葉に、ついに仮面がひび割れた。
「お、俺が、そんなことを…?」
かすれた声を聞くまでも無い。その表情が雄弁に己の失態を物語っている。
『同じように打ち、投げる。…ベーブ・ルースは左投げ、左打ちです。これは罠に残された右利きの痕跡とは真逆の情報だ。しかし、貴方はもう一つ重要な言葉を漏らしている。「同じように打ち、投げた。そして…ものを書く時にも」と!』
容赦なく周囲をそぎ落としていく言葉に、気付かぬうちに足場が失われてゆく恐ろしさ。【観客】の位置で見ている俺ですら、ぞくりと冷たい緊張を走らせるそれを、一体何と言うのだろうか。
『バンビーノと彼を呼ぶ貴方が知らないはずはありませんね?ベーブ・ルースは確かに左投げ、左打ちですが、実はものを書くときは【右手】だったのです。つまり貴方は【左手で】ものを投げ、【右手で】もの書くということです』
「だ、だからなんだって言うんだ」
ようやく我に返ったハウスキーパーが搾り出すように反論の言葉を返す。
「右で書いたから右利きか?左で投げたから左利きか?そ、そんなことが分かるはずが」
しかしその反論は、言い終わる前に機械音声に打ち砕かれた。
『ええ、勿論です。野球では左利きのほうが有利として、投げ方を矯正する場合がある。元々右利きが野球のために左に矯正したのか、左利きが筆記のために右に矯正したのか、それを完全に言い切ることは出来ません。――ですが、別の角度から見ることは出来る』
ほんの数秒、安堵の表情を覗かせたハウスキーパーが再び凍りついた。無慈悲に思えるほど鮮やかに、《L》は全ての【虚】をなぎ払う。
『左投げ左打ちの選手は多い。しかしその中で、ペンを持つときだけは右、という人は決して多くないでしょう。敬愛する偉大な選手との共通点は、野球を愛する貴方にとってどれほどの誇りであったか、想像に難くない。貴方にとって、【右手】とは【特別なことの出来る手】だ。それ故に、貴方が【特別なこと】をしようというのならば、必ず選ぶのは【右手】となるはず。貴方が、【爆破スイッチを押すなら右手】です!』
【言葉】が銃弾の如くに心臓を貫く。弾かれたようによろめくハウスキーパーに最早反論を許さず、《L》は自らの解答を打ち込んだ。
『――だから私は【左の停止スイッチを】選びます。龍麻さん!左です!!』
観客席にいた俺を、《L》の声が舞台へと押し上げる。その声に反応したハウスキーパーが、憤怒の表情で【右手を】伸ばす。
それが、答えだった。
「ぐあっ!!」
強い力で撥ね退けられた右手を押さえ、ハウスキーパーがもんどりうつ。
「な、なんだ?」
ハウスキーパー自身が突然吹っ飛んだとしか見えなかったのだろう。ゆっくりとスイッチに歩み寄り、拾い上げた俺の後ろで、呆然とした声のジェフリーが呟く。簡単すぎる謎の答えは、床の上に転がった俺の上着の袖ボタンだ。先程上着を脱いだ時にこっそり千切り取り、手の中に隠しておいたものを親指で打ち出しただけのことだが、《指弾》というこの技を知らない人間にはマジックに見えたかもしれない。
まぁ俺の《力》も加わっている分、手の骨くらいは軽く砕く威力があるので、常人の基準に照らし合わせれば充分マジックだとも言えるか。
そんなどうでもいいようなことを考えていることが、少しおかしかった。
(これで、終わりだ)
迷わず拾い上げた【左の】スイッチを押す。
…何も起こらない。だからこそ、これが【正解】だった。
「や、やった…ははは!間に合った…!」
『喜ぶのはまだ早いですよ。急いでエンジン停止作業とシステムの再起動に入ってください!』
「は、はい!そうでした!」
喜びの声を上げるジェフリーに、相変わらず冷静な《L》が最後の作業が残っていることを思い出させる。慌ててエンジンの方向に駆けていこうとするジェフリーが、俺の方を見る。
そして。
その顔が、瞬時に恐怖のものへと変わった。
「緋勇さんっ…!」
呼びかけるその眼球に、俺めがけスタンガンを振りかざすハウスキーパーの姿が映る。
腫れ上がった【右手】をだらんとぶら下げたまま、【左手】で握り締めたスタンガンが、俺の首筋に狙いを定め振り下ろされる。
「まだだ…!まだっ!お前を、お前とジェフリーとこの船をっ!全部ふっ飛ばせば俺は負けない…!《L》ぅぅ!貴様の勝利は無効試合だぁぁぁぁ!!!」
『龍麻さん!』
機械音声があんなに慌てた声を出せるなんて知らなかった、なんて、こんな時に思うのはそれこそ不謹慎だろうか。
振り下ろされたスタンガンは、正確無比に軌道を辿り、狙い通りの位置へと打ち込まれた。
――――勿論、その下に俺の身体が存在し続ける道理はない。
振り返る動作は必要なかった。ただ、軽く身体を逸らして後ろへ飛び退けばいい。スローモーションのようにハウスキーパーの身体が俺の横を通り過ぎていく。位置だけを見れば、ハウスキーパーが俺を追い越していくように見えたはず。けれど、【動いたのは俺】だ。目の前にゆっくりと広がるハウスキーパーの背中を見やる。
振り上げたのは、【右手】だった。
「あああああああああ!!!!」
【振り下ろ】し、もう一度【振り上げ】る。一秒に満たないその二つの動作に、ぱきん、と鮮やかな音が重なって響く。悲鳴は一瞬遅かった。
「俺のっ、俺の腕が!腕がぁぁぁぁ!!!」
激痛に叫ぶハウスキーパーの腕は、肩から下がぶらりと垂れ下がり、最早本人の意思では動かせる状態に無い。俺の手刀が肩骨を両断したためだ。
『龍麻さん…』
呼びかけが、安堵なのか、驚きなのかは、あえて考えないようにした。
「…何が試合だ、何が勝負だ」
手刀を打ち込む瞬間、それでも俺は僅かに堪えた。それが無ければ、今頃ハウスキーパーの腕は本人の身体に付いてさえいないだろう。《陰》気の影響のせいにはしない。俺は本当に、本当の本当に限界まで、怒りを覚えていたんだ。
「その程度の痛みに屈する男が、知ったような台詞を並べたてるな。お前が誰かに与えた痛みや苦しみは、こんなもんじゃない。何が特別な手だ、何一つ生み出さない、破壊しか出来ないような手なんか【必要ない】」
足元に転がるハウスキーパーが、俺を見上げて恐怖に目を見開く。
当然だろう。今、ハウスキーパーが前にしているのは【緋勇龍麻】じゃない。
紛れもなく、今の俺は【黄龍】――――正真正銘の【化け物】なのだから。
痛みすら忘れて、ただひたすらに震える男の口から、声ではなくカタカタと小さな音がした。それが、歯が小刻みに打ち合わされる音だと気付いた時、急激に空しさが込み上げた。こんな男に、一体どれだけの人が人生を踏み躙られたのだろう。
所詮、世界なんて、そんな理不尽なものなのだろうか。
(『――――龍麻さん』)
不意に呼びかけられた気がして、端末に視線を向ける。
真っ白な画面は何も変わらず、ただ静かだ。けれど、その向こうの人の言葉はちゃんと届いた。そう感じた。
(大丈夫、もう知ってます)
自然に表情が柔らかいものに変わるのが分かる。【黄龍】から【龍麻】に、自分の比重が入れ替わる感覚。
――――そう呼んでくれる人がいる限り、【俺】は人でいることができる。
人を、信じることができる――――。
視線を再び足元へ向けると、びくりとハウスキーパーが芋虫のような恰好で少しでも俺から逃れようと後ずさる。その惨めな姿に、もうあの昏い怒りを感じることはなかった。
「お前はただの【弱虫】だ。檻の中で一生吠えてろ!」
腹の底から言いたいことを叩きつけると、ハウスキーパーはぎゃっと短い悲鳴をあげて、そのまま白目をむいて気を失ってしまった。べぇっと舌を出してやりたい衝動を押し殺し、踵を返す。
顔を上げれば、息を詰めた表情で俺の背中を見守っていたジェフリーと目が合った。失敗を見られていた子供のように、思わずにやっと照れ隠しの苦笑を漏らすと、相変わらず不健康そうな肌色をしたその顔から緊張が消え、ほっとしたように笑顔が返る。
「…よかった、緋勇さん…!さぁ、エンジン停止作業に入りましょう!」
「ええ、指示をお願いします、ジェフリー!」
駆け出しながら端末へ手を伸ばす。
拾い上げようとしたそれに、表示されたカウンターは3:04。ひどく長い時間だったように感じたハウスキーパーとの対決は、時間にしてたったの10分強だったというわけだ。
(よかった。まだ充分時間がある。これなら、船を停止させて…)
拾い上げた端末から、機械音声が何かを告げようとした。
刹那。
何かが破裂するような音と共に、水蒸気が機関室の奥から熱波となって激しく立ち昇った。
「うわぁぁ!」
ジェフリーの声が、激しく鳴り響く警告音に押しつぶされつつ機関室に響く。
絶望的なその言葉は、あまりにも端的にこの状況を表していた。
「エンジンが、爆発する――――!!!」
END。
※※※※※※※※
次回でどーにか本編終われそうです。わ、私の夏は10月までなんだ!(えー?)
…にしても本当に長くなった…なんでだ…(※無計画だからです)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という一般人置き去り二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、最早完全にネタバレしてます。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても序盤で魔人勢力が介入し、レイやナオミも無事助かるだろうという世界です。
●そんな二次創作書くな!という方も、不愉快なのは分かりますがどうぞスルーくらいでお許し下さい。
●まぁ二次創作だしコラボってのもありでしょとか、寧ろ名前入力主人公には「緋勇龍麻」って入れるわ、うふふ、てな方に少しでも楽しんで頂けたらラーメンに餃子もつけます(え?)。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
床に置かれた2つのスイッチ。
それを前に、俺とジェフリーは端末から流れる【解答】を待っていた。
すべてを【終わらせる】のか、すべてが【終わる】のか。どちらだとしても、この出来の悪い芝居の幕を下ろす最後の台詞。
たった一つのその単語は、《Right》or《Left》――――《R》か《L》か。
(この期に及んで、中々の皮肉?)
くすりとこぼれそうになる笑いを無表情に押し隠し、俺は見守る。
選択肢の中にその名を潜めた世界一の名探偵 《L》を名乗る人物と、希代の犯罪者【ハウスキーパー】という悪役をそうとは知らず演じる男。
その2人が繰り広げる、最後の勝負の行方を。
(あれは!?)
掲げられたスイッチに、踏み込もうとしていた足が止まる。
俺の目がそこに集中していることを確認し、ハウスキーパーが満足げににやりと笑った。
「分かってるようだな。ご想像の通り、こいつはここのエンジンに取り付けた爆弾の起爆スイッチだ。おっと、動くなよ。こいつを奪おうとしても無駄だ。爆弾を解除しないうちに制御パネルに触れた場合も、自動的にスイッチが入るようになってるんでな」
「なんだって!?」
俺の代わりに、扉の影から半分だけ身を乗り出したジェフリーがそう叫んだ。青褪めるその表情に気分を良くしたのか、ハウスキーパーから狂気の色合いがやや薄まる。しかし勿論、僅かにも油断が出来る状態ではない。
『なんのつもりです?こんなところで爆発を起こせば、貴方も吹き飛びますよ』
端末から流れる《L》の言葉に、変わらずにやにやとした表情を崩さないのがその証拠だ。
「今更そんなことを言ったところで、俺が思いとどまると思うか?」
案の定、即座に明確な拒否の答が返される。…そんなやり取りの間に、俺はハウスキーパーと自分の距離を測っていた。
目視でおよそ7メートル。障害物はないに等しい。
(この距離なら、反応する前に懐に飛び込めるはず…。だけど、制御パネルそのものに仕掛けが施されているなら、確かにここでハウスキーパーを倒したところで意味がない。あの男が解除方法を教えるはずもないだろうし…?)
そこまで考えた時、ハウスキーパーと目が合う。間合いを計っていることを気付かれたのかと一瞬ひやりとしたが、偶然だったようだ。俺の顔を見て、歪んだ笑みが幾分静まり真剣なものに変わる。
「忘れてたぜ…。緋勇、持ってるものを全部床に置いてもらおうか」
それが通信端末ではなく左手首に引っ掛けていた道具袋を指すと気付き、俺は少し拍子抜けした。
(なぁんだ。俺を【化け物】と呼んでおいて、警戒するのはその程度なんだ)
指示に従い、がちゃがちゃと騒々しい音を立てるその袋を床に放り投げる。それを確認すると、次にハウスキーパーはスイッチをちらつかせながら俺とその後方に向けて叫んだ。
「ジェフリー!緋勇の上着を脱がせて余計なものを持ってないか確認しろ!…お前は動くなよ緋勇。両手を肩の辺りまで上げておけ。手のひらをこちらに向けてな」
「くっ…」
悔しさをにじませた表情でジェフリーが呻くが、この状況では抗いようもない。
俺が端末を床に置き、言われたとおりに手を上げると、近付いてきたジェフリーがおどおどとした動作で上着に手をかける。そうして俺の肩から上着を外そうとしたその時、ジェフリーの表情が目に見えて動揺を示すものに変わった。
(あーあ、本当にこの人、犯罪には向いてないな)
こんな時なのについ苦笑したい気分になる。…俺のベルトには、プロムナードの一室で拾ったスタンガンが挟み込まれていた。
「なんだ、それは?」
そんなジェフリーの表情をハウスキーパーが見逃すはずもない。一瞬しまったというように俺の顔を見上げたジェフリーに、『大丈夫』と目だけで告げ、俺は視線を再び前に据える。
カラカラと音を立てて床に放り出されたスタンガンを見て、ハウスキーパーは皮肉な笑みを浮かべた。
「まさかそんなものを隠し持ってたとはな。本当に油断のならない奴だぜ。おい、そいつを蹴ってこっちへ寄越せ!」
足先で軽く蹴ったスタンガンがハウスキーパーの横を滑り、その靴の斜め後ろ辺りで止まる。ついでに先ほど放り出した道具袋も同じように渡してやると、ハウスキーパーは勝ち誇ったようにそれを通路の端へと蹴り飛ばした。布からこぼれ落ちたいくつかの道具が鈍く光を反射している。
――――ああ、馬鹿だなぁ。
【こんなもの】が、【何の役に立つ】と思っているのか。
【化け物】から重い荷物を減らしてやっただけじゃないか。
(…っ!またか…)
耳の奥に反響する、昏い嘲笑に自分自身でぞっとした。
空気の淀んだ場所、蓄積された疲労と、眼前の悪意。そして何より、強い怒り。そんな諸々が俺の中の《陰の気》を揺さぶり起こす。酷く大きいその波に、改めて己の中に強大な《力》が渦巻いていることを思い知らされる。
(落ち着け、今はそんな時じゃない。まずは奴がいったいどう動くつもりなのか、その動向をきっちりと見ないと)
何事もないように振舞いながら、身の内の《陽の気》を意識的に高め、ゆっくりと呼吸を整える。
眼前のハウスキーパーは完全に己の優位を疑っていない。
それは勿論「爆弾」という脅迫材料によるものだろうが、加えて目の前にいる俺やジェフリーが「なにも武器を持っていない」ということも大きいに違いない。【俺】の身体能力を見誤っていることは、ハウスキーパーにとって致命的な失敗のはずだ。それを俺は有効に生かさなければ。
「…よし、これで準備は整った。最後の勝負といこうじゃないか《L》」
『ここまで来て、あくまで勝負にこだわるつもりですか…』
相変わらず抑揚のない機械音声は、ハウスキーパーにとっては負け惜しみに聞こえたようだ。俺には呆れているようにしか聞こえないが、人は自分の信じたいように感じる生き物だってことなんだろう。
「当然だ。お前を打ち破らない限り、俺の完全試合はお預けだからな」
またしても、野球になぞらえた表現。固執するのは勝ち負けだけじゃなく、趣味嗜好に対してもらしい。(…それこそ、【異常】なほどに)
ふとうすら寒さを背中に感じる。そんな俺と感覚を共有したわけではないだろうが、斜め後ろのジェフリーが微かに身震いをした。
「もう、時間がないのに…!」
焦りに満ちた呟きが聞こえる。口には出さないが、それは俺と、そして《L》の焦りでもあるはずだ。
『それで、勝負とは?』
だが、問いかける機械音声に乱れはない。変わらぬ言葉の速度が、こんな状況でもその判断力に些かの衰えもないことを示している。流石《世界の頭脳》、修羅場を潜ってきた数は俺より遥かに多いのかもしれない。
まぁ残念ながら、《L》のそんな恐ろしさを最も気付かなければならない男は、自身の用意したゲームに夢中なのだが。
「これだ」
ハウスキーパーがジュラルミンケースを取り出し、全員に見えるよう大きく開く。中には、今ハウスキーパーが手にしているものとよく似たスイッチが2つ並んでいた。
それを両方とも取り出し、右と左、自らの両手がひとつずつそのスイッチを押せる位置に置く。
「このスイッチはダミーだ。大人しくしててくれてありがとよ。まぁ、どの道奪おうとすればエンジンは爆発してたんだがな」
にやにや笑いつつ先ほどから掲げていたスイッチ…ダミーをこちらへ放り投げる。目の前に飛んできたそれを慌ててジェフリーが受け止めたが、最早その光景に注目する者はいない。
「この2つは、片方が爆破スイッチだが、もう片方は停止スイッチだ。停止スイッチを先に押せば、もう何をしても最後の仕掛けは発動しない。逆に、爆破スイッチを押した後は停止スイッチは無効になる。こいつを《L》、お前にどちらか1つ選ばせてやる」
元々張り詰めた空気が、さらにその度合いを増した。何も答えない《L》に対し、ハウスキーパーの【ルール解説】が饒舌に続けられる。
「右か左か、だ。お前の選んだスイッチを押してやる。おっと、【名探偵】が勘でなんて答えるなよ?選んだ理由がまともでなけりゃ、その時点でお前の負けと看做して爆破スイッチを押す。スイッチが押された10分後にはこの船は大爆発だ。せいぜい素晴らしい推理を聞かせてくれ」
嘲りを込めた語尾に怒りを感じるよりも、10分という言葉にはっとした。
(その10分で逃走できる手段があるってことか)
爆破を強行しようというだけで充分狂気の沙汰には違いないが、それでもハウスキーパーには俺たちと心中してまで復讐を遂げる気は無いようだ。まぁ、あくまで【現時点では】という注釈の入る状態ではあるだろうが。
(エレベーターの電源が入ったままだから、甲板までの移動は容易だ。危険を伴う仕事だけに、脱出の準備は最初から出来ているだろうし、爆破から船が沈むまでの猶予も考えれば確かに逃走可能なはず。問題はここにいる俺とジェフリーを振り切れるかだけど…それだけの自信があるってことは、銃を持っていると考えるべきだな。予想はしてたけど、ちょっと厄介だ)
そんな風に俺が別の方向から警戒心を働かせている間に、《L》の頭脳は十分すぎるほどの活動をしていたらしい。
『…成る程、だからスイッチを床に置いたのですね。筋肉の微妙な動きで答えを読まれないように』
長く感じられた無言が途切れ、機械音声が【名探偵】の思考を綴る。
「…なんだと?」
『私ならば、危険なもの…重要なものは、【利き腕側に】置きます』
笑いをへばり付かせたハウスキーパーの表情に、微かなヒビが入った。
「…ほう」
間を置いた短い返事の後、警戒するようにその目が端末へと注がれる。無論そこには白い画面と飾り文字の《L》という表示しかない。しかしハウスキーパーの目には、その向こう側にいる存在が見えているのだろう。尤もそれは、俺とはかなり異なった姿になっているに違いない。
「そう来るとはな。いいだろう、確かに爆破スイッチは俺の【本来の利き腕側】に置いてある。しかし、お前にそれが分かるのか?」
絶対に見破れないという自信が、ハウスキーパーにその言葉を言わせた。
だが、本当にそう仕向けたのは…《L》だ。
一瞬訪れた無言の空間に、《L》が静かに口元を笑いの形に歪めた幻影を見る。
『貴方は【特徴がないことが特徴】と言われる罠の作り方をする。その代表的なものが、利き腕の癖が全く出ないこと…つまり【両利き】だということです。しかし倉庫フロアに下りた直後の罠にだけは、微かな【右利き】の特徴が見受けられた』
あれか、と記憶を遡る。倉庫フロアと廊下を隔てる扉に仕掛けられた罠。それを解除した際に、短く《L》が『おや…?』と呟きを漏らしていた。俺宛ての言葉ではなかったので、深く追求することもなかったが…。
(端末のカメラから送られる映像だけでそれを見破るのか、この人は)
これでもう何度目だろうか、改めてその眼力に恐れ入る。
だが、核心に迫る一手とも言えるその言葉に、ハウスキーパーは意外にも冷静だった。
「成る程、俺が慌てて利き腕をさらしたと?」
もうその顔から完全に笑いは消えている。それだけに、感情を読みにくいが、対する《L》はそんな変化を気にする必要もないようだった。
『いいえ、私もそれだけで結論を出す気はありません。これが本当に貴方のミスなのか、それとも故意に残されたものかを結論付けるには早急すぎますからね。ですが』
刃のような言葉が、ばさりとなぎ払い深く突き込む。
『どちらにせよ、この【情報】は私の判断材料となった』
手ごたえはあった。
「なに…?」
仮面に覆い隠した表情の裏で、動揺が広がる。
『貴方が大変な野球好きだということは、既に貴方自身が幾度も証言した通りです。野球のこととなると貴方は酷く雄弁になった。そして、いくつかの無防備な発言を残している。中でも…【バンビーノ】。ベーブ・ルースの愛称ですが、貴方は無意識にそれを口にしていた。アメリカ人であれば不思議ではないが、【ハウスキーパー】はイギリス出身の爆弾魔です。いささか奇妙に思い、私がそれを「珍しい」と問いかけたところ、貴方はこう返した。「元々祖父はアメリカからの移民だ。祖父はバンビーノと同じように打ち、同じように投げる俺をベーブ・ルース2世と呼んだ」と』
その言葉に、ついに仮面がひび割れた。
「お、俺が、そんなことを…?」
かすれた声を聞くまでも無い。その表情が雄弁に己の失態を物語っている。
『同じように打ち、投げる。…ベーブ・ルースは左投げ、左打ちです。これは罠に残された右利きの痕跡とは真逆の情報だ。しかし、貴方はもう一つ重要な言葉を漏らしている。「同じように打ち、投げた。そして…ものを書く時にも」と!』
容赦なく周囲をそぎ落としていく言葉に、気付かぬうちに足場が失われてゆく恐ろしさ。【観客】の位置で見ている俺ですら、ぞくりと冷たい緊張を走らせるそれを、一体何と言うのだろうか。
『バンビーノと彼を呼ぶ貴方が知らないはずはありませんね?ベーブ・ルースは確かに左投げ、左打ちですが、実はものを書くときは【右手】だったのです。つまり貴方は【左手で】ものを投げ、【右手で】もの書くということです』
「だ、だからなんだって言うんだ」
ようやく我に返ったハウスキーパーが搾り出すように反論の言葉を返す。
「右で書いたから右利きか?左で投げたから左利きか?そ、そんなことが分かるはずが」
しかしその反論は、言い終わる前に機械音声に打ち砕かれた。
『ええ、勿論です。野球では左利きのほうが有利として、投げ方を矯正する場合がある。元々右利きが野球のために左に矯正したのか、左利きが筆記のために右に矯正したのか、それを完全に言い切ることは出来ません。――ですが、別の角度から見ることは出来る』
ほんの数秒、安堵の表情を覗かせたハウスキーパーが再び凍りついた。無慈悲に思えるほど鮮やかに、《L》は全ての【虚】をなぎ払う。
『左投げ左打ちの選手は多い。しかしその中で、ペンを持つときだけは右、という人は決して多くないでしょう。敬愛する偉大な選手との共通点は、野球を愛する貴方にとってどれほどの誇りであったか、想像に難くない。貴方にとって、【右手】とは【特別なことの出来る手】だ。それ故に、貴方が【特別なこと】をしようというのならば、必ず選ぶのは【右手】となるはず。貴方が、【爆破スイッチを押すなら右手】です!』
【言葉】が銃弾の如くに心臓を貫く。弾かれたようによろめくハウスキーパーに最早反論を許さず、《L》は自らの解答を打ち込んだ。
『――だから私は【左の停止スイッチを】選びます。龍麻さん!左です!!』
観客席にいた俺を、《L》の声が舞台へと押し上げる。その声に反応したハウスキーパーが、憤怒の表情で【右手を】伸ばす。
それが、答えだった。
「ぐあっ!!」
強い力で撥ね退けられた右手を押さえ、ハウスキーパーがもんどりうつ。
「な、なんだ?」
ハウスキーパー自身が突然吹っ飛んだとしか見えなかったのだろう。ゆっくりとスイッチに歩み寄り、拾い上げた俺の後ろで、呆然とした声のジェフリーが呟く。簡単すぎる謎の答えは、床の上に転がった俺の上着の袖ボタンだ。先程上着を脱いだ時にこっそり千切り取り、手の中に隠しておいたものを親指で打ち出しただけのことだが、《指弾》というこの技を知らない人間にはマジックに見えたかもしれない。
まぁ俺の《力》も加わっている分、手の骨くらいは軽く砕く威力があるので、常人の基準に照らし合わせれば充分マジックだとも言えるか。
そんなどうでもいいようなことを考えていることが、少しおかしかった。
(これで、終わりだ)
迷わず拾い上げた【左の】スイッチを押す。
…何も起こらない。だからこそ、これが【正解】だった。
「や、やった…ははは!間に合った…!」
『喜ぶのはまだ早いですよ。急いでエンジン停止作業とシステムの再起動に入ってください!』
「は、はい!そうでした!」
喜びの声を上げるジェフリーに、相変わらず冷静な《L》が最後の作業が残っていることを思い出させる。慌ててエンジンの方向に駆けていこうとするジェフリーが、俺の方を見る。
そして。
その顔が、瞬時に恐怖のものへと変わった。
「緋勇さんっ…!」
呼びかけるその眼球に、俺めがけスタンガンを振りかざすハウスキーパーの姿が映る。
腫れ上がった【右手】をだらんとぶら下げたまま、【左手】で握り締めたスタンガンが、俺の首筋に狙いを定め振り下ろされる。
「まだだ…!まだっ!お前を、お前とジェフリーとこの船をっ!全部ふっ飛ばせば俺は負けない…!《L》ぅぅ!貴様の勝利は無効試合だぁぁぁぁ!!!」
『龍麻さん!』
機械音声があんなに慌てた声を出せるなんて知らなかった、なんて、こんな時に思うのはそれこそ不謹慎だろうか。
振り下ろされたスタンガンは、正確無比に軌道を辿り、狙い通りの位置へと打ち込まれた。
――――勿論、その下に俺の身体が存在し続ける道理はない。
振り返る動作は必要なかった。ただ、軽く身体を逸らして後ろへ飛び退けばいい。スローモーションのようにハウスキーパーの身体が俺の横を通り過ぎていく。位置だけを見れば、ハウスキーパーが俺を追い越していくように見えたはず。けれど、【動いたのは俺】だ。目の前にゆっくりと広がるハウスキーパーの背中を見やる。
振り上げたのは、【右手】だった。
「あああああああああ!!!!」
【振り下ろ】し、もう一度【振り上げ】る。一秒に満たないその二つの動作に、ぱきん、と鮮やかな音が重なって響く。悲鳴は一瞬遅かった。
「俺のっ、俺の腕が!腕がぁぁぁぁ!!!」
激痛に叫ぶハウスキーパーの腕は、肩から下がぶらりと垂れ下がり、最早本人の意思では動かせる状態に無い。俺の手刀が肩骨を両断したためだ。
『龍麻さん…』
呼びかけが、安堵なのか、驚きなのかは、あえて考えないようにした。
「…何が試合だ、何が勝負だ」
手刀を打ち込む瞬間、それでも俺は僅かに堪えた。それが無ければ、今頃ハウスキーパーの腕は本人の身体に付いてさえいないだろう。《陰》気の影響のせいにはしない。俺は本当に、本当の本当に限界まで、怒りを覚えていたんだ。
「その程度の痛みに屈する男が、知ったような台詞を並べたてるな。お前が誰かに与えた痛みや苦しみは、こんなもんじゃない。何が特別な手だ、何一つ生み出さない、破壊しか出来ないような手なんか【必要ない】」
足元に転がるハウスキーパーが、俺を見上げて恐怖に目を見開く。
当然だろう。今、ハウスキーパーが前にしているのは【緋勇龍麻】じゃない。
紛れもなく、今の俺は【黄龍】――――正真正銘の【化け物】なのだから。
痛みすら忘れて、ただひたすらに震える男の口から、声ではなくカタカタと小さな音がした。それが、歯が小刻みに打ち合わされる音だと気付いた時、急激に空しさが込み上げた。こんな男に、一体どれだけの人が人生を踏み躙られたのだろう。
所詮、世界なんて、そんな理不尽なものなのだろうか。
(『――――龍麻さん』)
不意に呼びかけられた気がして、端末に視線を向ける。
真っ白な画面は何も変わらず、ただ静かだ。けれど、その向こうの人の言葉はちゃんと届いた。そう感じた。
(大丈夫、もう知ってます)
自然に表情が柔らかいものに変わるのが分かる。【黄龍】から【龍麻】に、自分の比重が入れ替わる感覚。
――――そう呼んでくれる人がいる限り、【俺】は人でいることができる。
人を、信じることができる――――。
視線を再び足元へ向けると、びくりとハウスキーパーが芋虫のような恰好で少しでも俺から逃れようと後ずさる。その惨めな姿に、もうあの昏い怒りを感じることはなかった。
「お前はただの【弱虫】だ。檻の中で一生吠えてろ!」
腹の底から言いたいことを叩きつけると、ハウスキーパーはぎゃっと短い悲鳴をあげて、そのまま白目をむいて気を失ってしまった。べぇっと舌を出してやりたい衝動を押し殺し、踵を返す。
顔を上げれば、息を詰めた表情で俺の背中を見守っていたジェフリーと目が合った。失敗を見られていた子供のように、思わずにやっと照れ隠しの苦笑を漏らすと、相変わらず不健康そうな肌色をしたその顔から緊張が消え、ほっとしたように笑顔が返る。
「…よかった、緋勇さん…!さぁ、エンジン停止作業に入りましょう!」
「ええ、指示をお願いします、ジェフリー!」
駆け出しながら端末へ手を伸ばす。
拾い上げようとしたそれに、表示されたカウンターは3:04。ひどく長い時間だったように感じたハウスキーパーとの対決は、時間にしてたったの10分強だったというわけだ。
(よかった。まだ充分時間がある。これなら、船を停止させて…)
拾い上げた端末から、機械音声が何かを告げようとした。
刹那。
何かが破裂するような音と共に、水蒸気が機関室の奥から熱波となって激しく立ち昇った。
「うわぁぁ!」
ジェフリーの声が、激しく鳴り響く警告音に押しつぶされつつ機関室に響く。
絶望的なその言葉は、あまりにも端的にこの状況を表していた。
「エンジンが、爆発する――――!!!」
END。
※※※※※※※※
次回でどーにか本編終われそうです。わ、私の夏は10月までなんだ!(えー?)
…にしても本当に長くなった…なんでだ…(※無計画だからです)
螺旋の黄龍騒動記・18。
2008年2月24日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という果てない妄想の砂漠に迷い込んだ二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに完璧にネタバレしてます。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしてもデスノ1巻の中盤くらいで某キラさんが死神もろとも魔人たちに退場させられちゃうような世界です。
●そんな二次創作は認めぬ!という方は、どうかこんな変なサイトのことは忘れて原作やゲームをお楽しみ下さい。
●まぁ二次創作だし楽しんだもの勝ちじゃない?とか、寧ろ名前入力主人公には基本「緋勇龍麻」って入れておきたい黄龍好きです!てな方に少しでも楽しんで頂けたら花園神社で絵馬奉納します。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
――――仲間。
その単語が龍麻さんの口から発せられた時に、私はようやく本当の意味でこの人の「本質」に触れたのだと理解した。
彼の強さは、その能力の高さだけではない。
「…他者を受け入れる懐の広さ、とでも申しましょうか」
私の心を見透かしたように述べるワタリの声に、首だけで振り返る。いつも物腰穏やかな…その点では少し、龍麻さんと彼は似ているような気がするが…老紳士は、どこか遠い記憶を懐かしむような表情で言葉を続けた。
「【天才】とは、時としてひどく孤独である生き物です。気付かぬうちに、他人を引き離し、先へ先へと進んでしまう。人より一手先が見える者にとって、『待つ』ことは非効率的であるが故に」
私は黙ってその声の主を見やった。
キルシュ・ワイミー。今は多くの時間を【ワタリ】として生きる彼もまた、かつて【天才】と称される発明家であった。その髪が白くなる前の人生を、私は詳しく知らない。彼が何を置いてきたのか、何を思い起こしているのか、多分それは、彼以外には分からない。
「…龍麻さんは、『待てる』のだと?」
しばしの沈黙の後、結局こぼれ出た私の問いかけに、ワタリは優しく首を振った。
「いいえ、正確には違いましょう…。あの方は、『共に歩く』のです」
「……」
そうか、とも、なるほど、とも、思いはしたが、うまく言葉にはならなかった。
例えば、集団のトップを頭脳と考え、その他のメンバーを手足と考えるのなら、手足は頭脳に従順である方が効率は良い。しかし勿論、そのように集団が動くことは非常に難しい。どれほど完全なる統制をもってコントロールしようとも、人間は個々に思考を持つ生き物であるからだ。(それを押さえつけるという段階になれば、【支配】という領域になり、また今回とは別の話なのでおいておく)
故に、より優れた【能力】であればあるほど、それを持つものは個人主義に陥りやすい。前述の通り、多くは悪意でも、孤独を好むということでもなく「その方が効率がよい」から、ただそれだけのことだ。
その傾向を、否定するつもりは毛頭ない。
大体にして、私自身がそんな生き方をしている。
私とて決して他者を拒んでいるつもりではないが、そもそも「私」が「最善を考慮する」という行為そのものが大多数の人々と私の距離を隔てる結果を生む。そして勿論、それを憂えて大多数に阿ることなど出来ようはずもない…私とはそういう厄介な生き物なのだから。
だが【彼】、緋勇龍麻は違う。
頭脳としてトップにとどまるのでも、効率を求めて個人で動くのでもない。
「一人のリーダーを頭脳とする集団ではなく…多くの【個々に思考する人間】が集う【仲間】を束ねる【要】…」
それは、従えるよりも、逸れるよりも、はるかに難しい道だろうに。
『信じて、頼れ』
単純明快な短い言葉だが、彼の口から放たれたそれはどんな名言よりも胸に刺さった。
ジェフリーを説得し、味方につけることだけならば私にも可能だっただろう。けれど、私がどれほど計算し尽くされた言葉を投げかけようとも、彼の背負った影を消すことは出来なかったはずだ。龍麻さんの言葉を受けた彼の、別人のように晴れ晴れとした表情はまさしく【憑き物が落ちたような】という表現そのものだった。
何一つ計算のない、それ故に、曇りのない真っ直ぐな言葉。そしてそれを形にする、強い意志の瞳と声。
(それが、緋勇龍麻という人なのか)
私は、私の生き方を悔いるつもりはない。
私の歩む道の荒涼とした景色を、嘆くつもりもない。
私は、【私】がそういう生き物だと知っている。そうした生き物であることを楽しみこそすれ、辛いと思ったことはない。
(けれど、もしも…今、【私】が生きる世界と同じくらい、まだ【外】にも『面白い世界』があるのなら)
モニターの向こうで、龍麻さんが通信ケーブルを切断するのを確認する。これでもうアロイスからの妨害はない。ジェフリーが味方についた今、残す障害は時間とハウスキーパーのみだ。
(ああ、なんということはない。実に単純、唯一絶対の完璧な解答)
端末のカメラに向かい満足げに笑顔を見せる彼に、ふっと私自身の顔もほころぶのを感じる。
「行きましょう、龍麻さん。今度こそ、エンディングです」
『ええ、そろそろプレイ時間も長くなりすぎましたからね』
薄暗い倉庫の中は、徐々に体感温度も上がってきているはずだ。圧迫感と焦燥と、疲労。しかし相変わらず、この人はその全てを包み込んで笑う。だからこそ、私も信じられる。
(他にも『面白い世界』があるのなら、【私の世界】は二倍になるだけだ)
その笑顔の傍に、新しい景色があるのだと。
エレベーターの扉が、軋んだ音を立てて左右に開く。
流石の龍麻さんも、今までとは違い警戒の気配を隠しもせずに、左右を注意深く確認しながらホールへと踏み出した。
「…とりあえず、ここには何も無いようですね」
私の言葉に画面の彼は小さく頷いたが、その表情には微かな落胆の色があった。どういう意味かと一瞬言葉を止めると、その僅かな間に気付いたのか、龍麻さんははっとしたように顔を上げて照れ笑いを浮かべた。
『実はその辺にハウスキーパーが隠れてて、向こうから襲い掛かってきてくれたら楽なのにな、なんてちょっと考えてました』
その言葉に、一瞬「こんな時でも少々のん気なのは彼らしい」と思いかけてから、そうではないことに気付く。
今の言葉は『絶対の自信』だ。
ハウスキーパーが直接目の前に現れたのなら、確実に自分が勝つ。そのことを微塵も疑っていないが故の、何気ない言葉。
(決して自信家ではない、寧ろ謙虚とも言える龍麻さんの言葉だからこそ分かる。彼は既にハウスキーパーの攻撃能力を把握し、その上で勝てるといっているのだ…)
私がそれに少なからず衝撃を受けている間に、鋭いのか鈍いのか分からないこの人は迷いの無い足取りで廊下へと歩を進めてしまった。
(まったく、底知れない)
苦笑を滲ませながら、私も思考を切り替える。簡単に調べたところ、廊下の扉はすべてロックされており、ここにも仕掛けが張り巡らされているのが分かった。残り時間は最大と考えて4時間。しかし勿論それは全てが上手く運んだ上での話だ。計算上はまだ暴走しないはずのエンジンだが、いつ何時その計算が無効になるかは分からない。
『…ふう』
その時、小さく息を吐く音をマイクが拾った。龍麻さんの額に先程までよりはっきりと汗が浮いているのを確認し、既に温度の上昇が始まっていることを知る。最大は4時間、しかしおそらく彼が自由に活動できるだけのポテンシャルを保てるのは、もっとずっと短い。
「龍麻さん」
呼びかけに、黒い瞳が端末を覗き込む。暑さのためか、その長い前髪はいささか乱暴にかき上げられたままになっており、今までになく鋭い光がそのまま画面に映った。会ったばかりの頃ならば、この視線だけで威圧されていたかもしれない。しかし今は。
「おそらくハウスキーパーもここでの仕掛けにはそれほど時間を割けなかったはずです。【不自然な箇所】を見極めて行きましょう。的中率90%の勘を頼りにしていますよ」
『任せて下さい』
私の言葉ににやりと笑う、不敵な表情がなんと頼もしいことか。
「もう一つ。【罠】を発見した場合ですが、今後は【解体】することより【停止】させることを優先しましょう。早い話が、多少乱暴ですが最短の手順で【核】となる部分を引っこ抜きます。…出来ますね」
肯定以外の返事があることなど、想像もする必要は無かった。
ぶつん、とコードが切断される。
【ゲーム】が無効となった後も、端末の右上に表示される【タイムリミット】は刻まれていた。しかし一つ違うのは、その数字は時間と共に【減る】のではなく【増え】ている。
現在の表示は2:49。
私たちが最後の仕掛けに挑む前に確認した時点から、増えた数字は0:38。それだけの時間で、この【先へ進むための】最後の罠は沈黙した。
[凄い…なんという手際だ…]
圧倒されたように賞賛の言葉を呟いたのはジェフリーだった。最後のシステム再起動にはどうしても彼に機関室で操作を担当してもらわねばならない。しかし移動中にハウスキーパーの妨害があっては危険なので、地下へ向かうタイミングを計ってもらう為に上階でモニターをチェックしているよう指示していたのだ。
「感心している場合ではありません、ジェフリー。残すところは機関室だけです、急いで地下に降りてきて下さい!」
[わ、わかりました!]
残り時間、と明確に言えはしないのが歯痒いが、計算上の猶予は3時間強。発電機、推進器とエンジンの一旦停止からシステムの再起動までにかかる時間はおおよそ30分。このままであれば、問題なくグラナダ号を止めることができる。しかし私には、ジェフリーを急かさねばならない最大の理由がまだ残っていた。それは勿論。
『…いる』
最奥の機関室へと通じる廊下。そこへ通じる最後の扉に手を当てて、龍麻さんは短く呟いた。
「廊下に、ですか」
問いかけに、彼の首が否定の形で振られる。
『まだ遠いので、機関室の中でしょう。振動や熱で読み取りにくいですが…確実に【人】の気配はします。…殺気を隠そうともしてないな。何をする気なのか…』
不穏な単語を口にしながらも、微かにその唇は笑いの形に持ち上がっている。そのことに、彼自身は気付いているのだろうか。己の危機をも楽しめる様は、まるで難問に出会った私のようだ。
『緋勇さん!』
やがて駆けつけてきたジェフリーに、「出来るだけ下がって」と指示し、龍麻さんはカードキーをスロットに通した。ぱきん、と乾いた音が響き、ロックが解除される。『廊下ではない』と自身が言っていた通りそこに人影はなく、それが当然というように彼もまた一切の逡巡なく光源の乏しい廊下を真っ直ぐに進む。
機関室の扉は、廊下の突き当たりで辺りをぼんやりと照らす僅かな光さえ飲み込むようにその姿を晒していた。
「龍麻さん」
コール音すら鳴らさず呼びかけた私に、やはり彼は驚かなかった。
「奴の【ハウスキーパー】という呼び名は、その場にあるものを罠に仕立て上げるという特性から付いたものです。そして今、【ここ】にあるものは船のエンジン…。この状況がどれほど危険であるかは、既に貴方も理解しているはずです」
こくりと頷くその仕草を、もう何度見ただろうか。思えば不思議なものだ。彼と私が出会ってから、まだ1日という単位すら時は流れていないのに。
「突発的な事態が発生した場合、貴方の判断が全てとなります。いいですか、万一の時は最優先されるべきは…」
『人命、ですね』
私の言葉を、彼の言葉が締めくくる。その解答にまたも苦笑がもれた。
(正解率は、66%…)
私は【貴方がたの命】と言おうとした。私の解答と、龍麻さんの解答、含まれる範囲が微妙に異なるそれこそが、この事件から導き出される未来となる。
(やや不安も残りますが、合格点としましょうか。なによりその【甘さ】こそが彼の一部であり、私も好ましく思う部分であるのだから)
甘さ、と脳内で表現した途端、自分が今は何も糖分を口にしていないことに気付く。目の端に映るチョコレートを口に放り込むべきか一瞬迷った後、結局私は手を引っ込めた。
この極限を、私なりにもう少し味わってみたくなった。そんなことを言ったら、ワタリに笑われるだろうか。しかし、勝利の美酒ならぬ勝利のスウィーツは、私にとって今までになく魅力的な報酬となるはずだ。
「…正解、と言っておきましょう。では参りましょうか、龍麻さん」
定番となった私の台詞に、前半部はどういう意味だといぶかしげな視線をちらりとだけ投げ、龍麻さんもまた同じ返事を寄越す。
『了解です、《L》』
このやり取りも本当にこれで最後だろう。
互いにそう確信しつつ、ついに機関室の扉は開かれた。
大きく開け放たれた扉から、むっとする熱気がこぼれ出す。内部は予想以上に明るく、せわしなく活動を続ける巨大なエンジンの音が重く圧し掛かるように反響していた。
扉が開け放たれたことでジェフリーが近づこうとするのを、龍麻さんが目線を動かすことなく左手だけで制した。
その目が一点を見据えていることで理解する。
そこにいるのだ、【ハウスキーパー】が。
『…見えてやがるのか、流石だな、化け物め』
エンジン音に嘲りの声が混じる。
機械の陰から現れた男は、その手に一つのスイッチを掲げていた。
明らかに、狂気の宿る目で。
END。
※※※※※※
しまった夏の間に終わらない(おい)
思いのほか最終決戦にたどり着くまでが長引いてしまってます。とっほほー思い通りにならないのはいつものことだが!(駄目字書き)
えー、うまいこといったら丁度20で本編が終わって、後日談1本という感じになるかと思います。なるといいなぁ。なってくれお願い。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という果てない妄想の砂漠に迷い込んだ二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに完璧にネタバレしてます。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしてもデスノ1巻の中盤くらいで某キラさんが死神もろとも魔人たちに退場させられちゃうような世界です。
●そんな二次創作は認めぬ!という方は、どうかこんな変なサイトのことは忘れて原作やゲームをお楽しみ下さい。
●まぁ二次創作だし楽しんだもの勝ちじゃない?とか、寧ろ名前入力主人公には基本「緋勇龍麻」って入れておきたい黄龍好きです!てな方に少しでも楽しんで頂けたら花園神社で絵馬奉納します。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
――――仲間。
その単語が龍麻さんの口から発せられた時に、私はようやく本当の意味でこの人の「本質」に触れたのだと理解した。
彼の強さは、その能力の高さだけではない。
「…他者を受け入れる懐の広さ、とでも申しましょうか」
私の心を見透かしたように述べるワタリの声に、首だけで振り返る。いつも物腰穏やかな…その点では少し、龍麻さんと彼は似ているような気がするが…老紳士は、どこか遠い記憶を懐かしむような表情で言葉を続けた。
「【天才】とは、時としてひどく孤独である生き物です。気付かぬうちに、他人を引き離し、先へ先へと進んでしまう。人より一手先が見える者にとって、『待つ』ことは非効率的であるが故に」
私は黙ってその声の主を見やった。
キルシュ・ワイミー。今は多くの時間を【ワタリ】として生きる彼もまた、かつて【天才】と称される発明家であった。その髪が白くなる前の人生を、私は詳しく知らない。彼が何を置いてきたのか、何を思い起こしているのか、多分それは、彼以外には分からない。
「…龍麻さんは、『待てる』のだと?」
しばしの沈黙の後、結局こぼれ出た私の問いかけに、ワタリは優しく首を振った。
「いいえ、正確には違いましょう…。あの方は、『共に歩く』のです」
「……」
そうか、とも、なるほど、とも、思いはしたが、うまく言葉にはならなかった。
例えば、集団のトップを頭脳と考え、その他のメンバーを手足と考えるのなら、手足は頭脳に従順である方が効率は良い。しかし勿論、そのように集団が動くことは非常に難しい。どれほど完全なる統制をもってコントロールしようとも、人間は個々に思考を持つ生き物であるからだ。(それを押さえつけるという段階になれば、【支配】という領域になり、また今回とは別の話なのでおいておく)
故に、より優れた【能力】であればあるほど、それを持つものは個人主義に陥りやすい。前述の通り、多くは悪意でも、孤独を好むということでもなく「その方が効率がよい」から、ただそれだけのことだ。
その傾向を、否定するつもりは毛頭ない。
大体にして、私自身がそんな生き方をしている。
私とて決して他者を拒んでいるつもりではないが、そもそも「私」が「最善を考慮する」という行為そのものが大多数の人々と私の距離を隔てる結果を生む。そして勿論、それを憂えて大多数に阿ることなど出来ようはずもない…私とはそういう厄介な生き物なのだから。
だが【彼】、緋勇龍麻は違う。
頭脳としてトップにとどまるのでも、効率を求めて個人で動くのでもない。
「一人のリーダーを頭脳とする集団ではなく…多くの【個々に思考する人間】が集う【仲間】を束ねる【要】…」
それは、従えるよりも、逸れるよりも、はるかに難しい道だろうに。
『信じて、頼れ』
単純明快な短い言葉だが、彼の口から放たれたそれはどんな名言よりも胸に刺さった。
ジェフリーを説得し、味方につけることだけならば私にも可能だっただろう。けれど、私がどれほど計算し尽くされた言葉を投げかけようとも、彼の背負った影を消すことは出来なかったはずだ。龍麻さんの言葉を受けた彼の、別人のように晴れ晴れとした表情はまさしく【憑き物が落ちたような】という表現そのものだった。
何一つ計算のない、それ故に、曇りのない真っ直ぐな言葉。そしてそれを形にする、強い意志の瞳と声。
(それが、緋勇龍麻という人なのか)
私は、私の生き方を悔いるつもりはない。
私の歩む道の荒涼とした景色を、嘆くつもりもない。
私は、【私】がそういう生き物だと知っている。そうした生き物であることを楽しみこそすれ、辛いと思ったことはない。
(けれど、もしも…今、【私】が生きる世界と同じくらい、まだ【外】にも『面白い世界』があるのなら)
モニターの向こうで、龍麻さんが通信ケーブルを切断するのを確認する。これでもうアロイスからの妨害はない。ジェフリーが味方についた今、残す障害は時間とハウスキーパーのみだ。
(ああ、なんということはない。実に単純、唯一絶対の完璧な解答)
端末のカメラに向かい満足げに笑顔を見せる彼に、ふっと私自身の顔もほころぶのを感じる。
「行きましょう、龍麻さん。今度こそ、エンディングです」
『ええ、そろそろプレイ時間も長くなりすぎましたからね』
薄暗い倉庫の中は、徐々に体感温度も上がってきているはずだ。圧迫感と焦燥と、疲労。しかし相変わらず、この人はその全てを包み込んで笑う。だからこそ、私も信じられる。
(他にも『面白い世界』があるのなら、【私の世界】は二倍になるだけだ)
その笑顔の傍に、新しい景色があるのだと。
エレベーターの扉が、軋んだ音を立てて左右に開く。
流石の龍麻さんも、今までとは違い警戒の気配を隠しもせずに、左右を注意深く確認しながらホールへと踏み出した。
「…とりあえず、ここには何も無いようですね」
私の言葉に画面の彼は小さく頷いたが、その表情には微かな落胆の色があった。どういう意味かと一瞬言葉を止めると、その僅かな間に気付いたのか、龍麻さんははっとしたように顔を上げて照れ笑いを浮かべた。
『実はその辺にハウスキーパーが隠れてて、向こうから襲い掛かってきてくれたら楽なのにな、なんてちょっと考えてました』
その言葉に、一瞬「こんな時でも少々のん気なのは彼らしい」と思いかけてから、そうではないことに気付く。
今の言葉は『絶対の自信』だ。
ハウスキーパーが直接目の前に現れたのなら、確実に自分が勝つ。そのことを微塵も疑っていないが故の、何気ない言葉。
(決して自信家ではない、寧ろ謙虚とも言える龍麻さんの言葉だからこそ分かる。彼は既にハウスキーパーの攻撃能力を把握し、その上で勝てるといっているのだ…)
私がそれに少なからず衝撃を受けている間に、鋭いのか鈍いのか分からないこの人は迷いの無い足取りで廊下へと歩を進めてしまった。
(まったく、底知れない)
苦笑を滲ませながら、私も思考を切り替える。簡単に調べたところ、廊下の扉はすべてロックされており、ここにも仕掛けが張り巡らされているのが分かった。残り時間は最大と考えて4時間。しかし勿論それは全てが上手く運んだ上での話だ。計算上はまだ暴走しないはずのエンジンだが、いつ何時その計算が無効になるかは分からない。
『…ふう』
その時、小さく息を吐く音をマイクが拾った。龍麻さんの額に先程までよりはっきりと汗が浮いているのを確認し、既に温度の上昇が始まっていることを知る。最大は4時間、しかしおそらく彼が自由に活動できるだけのポテンシャルを保てるのは、もっとずっと短い。
「龍麻さん」
呼びかけに、黒い瞳が端末を覗き込む。暑さのためか、その長い前髪はいささか乱暴にかき上げられたままになっており、今までになく鋭い光がそのまま画面に映った。会ったばかりの頃ならば、この視線だけで威圧されていたかもしれない。しかし今は。
「おそらくハウスキーパーもここでの仕掛けにはそれほど時間を割けなかったはずです。【不自然な箇所】を見極めて行きましょう。的中率90%の勘を頼りにしていますよ」
『任せて下さい』
私の言葉ににやりと笑う、不敵な表情がなんと頼もしいことか。
「もう一つ。【罠】を発見した場合ですが、今後は【解体】することより【停止】させることを優先しましょう。早い話が、多少乱暴ですが最短の手順で【核】となる部分を引っこ抜きます。…出来ますね」
肯定以外の返事があることなど、想像もする必要は無かった。
ぶつん、とコードが切断される。
【ゲーム】が無効となった後も、端末の右上に表示される【タイムリミット】は刻まれていた。しかし一つ違うのは、その数字は時間と共に【減る】のではなく【増え】ている。
現在の表示は2:49。
私たちが最後の仕掛けに挑む前に確認した時点から、増えた数字は0:38。それだけの時間で、この【先へ進むための】最後の罠は沈黙した。
[凄い…なんという手際だ…]
圧倒されたように賞賛の言葉を呟いたのはジェフリーだった。最後のシステム再起動にはどうしても彼に機関室で操作を担当してもらわねばならない。しかし移動中にハウスキーパーの妨害があっては危険なので、地下へ向かうタイミングを計ってもらう為に上階でモニターをチェックしているよう指示していたのだ。
「感心している場合ではありません、ジェフリー。残すところは機関室だけです、急いで地下に降りてきて下さい!」
[わ、わかりました!]
残り時間、と明確に言えはしないのが歯痒いが、計算上の猶予は3時間強。発電機、推進器とエンジンの一旦停止からシステムの再起動までにかかる時間はおおよそ30分。このままであれば、問題なくグラナダ号を止めることができる。しかし私には、ジェフリーを急かさねばならない最大の理由がまだ残っていた。それは勿論。
『…いる』
最奥の機関室へと通じる廊下。そこへ通じる最後の扉に手を当てて、龍麻さんは短く呟いた。
「廊下に、ですか」
問いかけに、彼の首が否定の形で振られる。
『まだ遠いので、機関室の中でしょう。振動や熱で読み取りにくいですが…確実に【人】の気配はします。…殺気を隠そうともしてないな。何をする気なのか…』
不穏な単語を口にしながらも、微かにその唇は笑いの形に持ち上がっている。そのことに、彼自身は気付いているのだろうか。己の危機をも楽しめる様は、まるで難問に出会った私のようだ。
『緋勇さん!』
やがて駆けつけてきたジェフリーに、「出来るだけ下がって」と指示し、龍麻さんはカードキーをスロットに通した。ぱきん、と乾いた音が響き、ロックが解除される。『廊下ではない』と自身が言っていた通りそこに人影はなく、それが当然というように彼もまた一切の逡巡なく光源の乏しい廊下を真っ直ぐに進む。
機関室の扉は、廊下の突き当たりで辺りをぼんやりと照らす僅かな光さえ飲み込むようにその姿を晒していた。
「龍麻さん」
コール音すら鳴らさず呼びかけた私に、やはり彼は驚かなかった。
「奴の【ハウスキーパー】という呼び名は、その場にあるものを罠に仕立て上げるという特性から付いたものです。そして今、【ここ】にあるものは船のエンジン…。この状況がどれほど危険であるかは、既に貴方も理解しているはずです」
こくりと頷くその仕草を、もう何度見ただろうか。思えば不思議なものだ。彼と私が出会ってから、まだ1日という単位すら時は流れていないのに。
「突発的な事態が発生した場合、貴方の判断が全てとなります。いいですか、万一の時は最優先されるべきは…」
『人命、ですね』
私の言葉を、彼の言葉が締めくくる。その解答にまたも苦笑がもれた。
(正解率は、66%…)
私は【貴方がたの命】と言おうとした。私の解答と、龍麻さんの解答、含まれる範囲が微妙に異なるそれこそが、この事件から導き出される未来となる。
(やや不安も残りますが、合格点としましょうか。なによりその【甘さ】こそが彼の一部であり、私も好ましく思う部分であるのだから)
甘さ、と脳内で表現した途端、自分が今は何も糖分を口にしていないことに気付く。目の端に映るチョコレートを口に放り込むべきか一瞬迷った後、結局私は手を引っ込めた。
この極限を、私なりにもう少し味わってみたくなった。そんなことを言ったら、ワタリに笑われるだろうか。しかし、勝利の美酒ならぬ勝利のスウィーツは、私にとって今までになく魅力的な報酬となるはずだ。
「…正解、と言っておきましょう。では参りましょうか、龍麻さん」
定番となった私の台詞に、前半部はどういう意味だといぶかしげな視線をちらりとだけ投げ、龍麻さんもまた同じ返事を寄越す。
『了解です、《L》』
このやり取りも本当にこれで最後だろう。
互いにそう確信しつつ、ついに機関室の扉は開かれた。
大きく開け放たれた扉から、むっとする熱気がこぼれ出す。内部は予想以上に明るく、せわしなく活動を続ける巨大なエンジンの音が重く圧し掛かるように反響していた。
扉が開け放たれたことでジェフリーが近づこうとするのを、龍麻さんが目線を動かすことなく左手だけで制した。
その目が一点を見据えていることで理解する。
そこにいるのだ、【ハウスキーパー】が。
『…見えてやがるのか、流石だな、化け物め』
エンジン音に嘲りの声が混じる。
機械の陰から現れた男は、その手に一つのスイッチを掲げていた。
明らかに、狂気の宿る目で。
END。
※※※※※※
しまった夏の間に終わらない(おい)
思いのほか最終決戦にたどり着くまでが長引いてしまってます。とっほほー思い通りにならないのはいつものことだが!(駄目字書き)
えー、うまいこといったら丁度20で本編が終わって、後日談1本という感じになるかと思います。なるといいなぁ。なってくれお願い。
螺旋の黄龍騒動記・17。
2008年2月23日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という高速妄想大暴走がいっそあっぱれな二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに完璧にネタバレしてます。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても東京に集う魔人たちが推理も法的措置も無視して裁くのは俺の《力》だ!的に新世界の神候補を闇へと葬っちゃうような世界です。
●そんな二次創作は無駄無駄無駄無駄ァァ!という方は、どうかこんな変なものは忘れてネットの海へお戻り下さい。
●まぁ二次創作だしそういう妄想もあるかもねーとか、寧ろ名前入力主人公には「緋勇龍麻」って入れてによによするんだぜー!的な方に少しでも楽しんで頂けたら心の花火が打ちあがります。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『龍麻さん』
プロムナードから船倉へ。最深部にある機関室を目指し階段を下りると、端末から流れ出る機械音声が俺を呼び止めた。
一転して薄暗くなった通路の先に、倉庫として使われていたフロアへの扉がある。それを画面上で確認したからだろう。
…先刻、【ハウスキーパー】との回線が一度だけ繋がった。
『――――このままでは、貴方もグラナダ号と共に爆死しますよ』
《L》がそう忠告し、今すぐに爆薬を撤去するよう交渉したのだが、ハウスキーパーから返ってきたのは嘲笑だった。
[そんなに心配をしてくれるのなら、早いところエンジンを止めてくれ。…これは俺のプライドの問題だ。《L》、貴様を必ず打ち負かしてやる。貴様の目の前で緋勇がバラバラに吹っ飛ぶのを楽しみにしているんだな]
半ば狂気に彩られた言葉を残し、それきりハウスキーパーとの回線は不通になったままだ。
その言葉を証明するかのように、目の前の扉にはこれ見よがしな【仕掛け】がある。ようこそとでも言いたいのか、派手な色のテープでぐるぐるとノブに巻かれたそれは、間違いなく今までよりも更に殺傷能力の高い【罠】なのだろう。
『…これがハウスキーパーの【ワールドシリーズ】とやらですね』
《L》が忌々しげな言い回しでそれを確認する。
何かと野球に喩えた表現を言葉の端々に使うハウスキーパーが、先程の通信の最後に付け加えた台詞だが、こんなものと比べられてはメジャーリーガーもいい迷惑だろう。そんなに野球が好きなら爆弾魔より野球選手を目指すべきでしょうに、と呟いた《L》には俺も全面的に賛成だ。
「そのようです。ちょっと乱暴な仕掛け方ですが…」
『物理的に時間がなかったから、でしょうが・・・同時にそれだけ危険度が高いとも思えます。見た目より、殺傷能力ということでしょう。それと、嫌な話になりますが、【気付かずに】罠に引っかかるより【解体できずに】罠を発動させてくれた方が、彼のプライドを満足させるからでもあるでしょうね』
なるほど、と頷く。今のハウスキーパーにとって何よりも重要なのは、《L》が自分に完全なる敗北を喫することだ。《L》の手駒である俺には、できる限り明確な形で【敗北】してもらいたいに違いない。つまりは、そういうことだ。
「やれやれ、うっかり爆死も出来ませんね」
冗談交じりにそう言うと、
『うっかりじゃなくても出来ませんよ。止めて下さい』
ため息交じりの(そんな気がする、というだけだが)言葉が返ってきた。
…《L》は優しい人だ。
――――私は、貴方を死なせたくありません。
あの言葉は【世界の頭脳たる《L》】としてならば、決して言うべきではないものだろう。この船を止められなければ大きな被害が出る。港へ船が突っ込んだ時の現地の被害だけでは済まない。紛争の激化、殺傷兵器の大幅な流通、それは【たかが】FBIの捜査官一人の命と引き換えに出来るものではないと、《L》でなくとも判断するだろう。
(だけど、《L》は俺の…たった一人の捜査官の命を守ろうとしてくれた)
勿論俺が逃げ出しても、何らかの措置は取れるという目算は《L》の中にあるだろう。だが、それはあくまで【最悪の事態を避けられる】だけのはず。それでもなお、《L》は逃げていいと俺に言った。おそらくは全てを自分が背負う覚悟で。
(だったら俺は、その思いに応えなきゃならない。いや、必ず《応える》。そのために俺は【喚ばれた】んだから)
端末に向かい、「了解」の意を込めて軽く笑って見せる。
「じゃあ始めましょうか、最終戦。お願いします、《L》」
『ええ、お任せ下さい龍麻さん。…それにしてもこのままでは・・・』
「え?」
まずはテープを切り離そうかと罠のことを考え始めていた俺が、不穏な気配に端末へ視線を向ける。すると。
『ここを無事に脱出した後も、龍麻さんは執拗に追われることになるでしょうね。…爆弾処理班のスカウトに』
…俺の肩の力が程よく抜けたのは言うまでも無い。
確かに余り時間はないが、見逃しがあっては元も子もないのは当然の話。
倉庫内を出来うる限り細かくチェックしながら仕掛けられた罠を解除してゆく。そんな作業が30分ほど続いていた。
ハウスキーパーの【ワールドシリーズ】は難易度こそ上がっていたが、不思議なことにアロイスが開発するよう依頼したものと大きく異なるタイプのものは仕掛けられていなかった。しかも今まで同様、地下へ向かうエレベーターの配電盤へ【キートラップ】がセットされているという徹底ぶりだ。
『これも彼なりのフェアプレー精神、というわけでしょうか』
《L》の分析が多分正解だろう。大層歪んだ【フェアプレー】ではあるが。
そんなこともあって、30分を経過した現時点では未だ機関室のあるフロアへ直行するためのエレベーターを起動できずにいる。
予想よりも一つ一つの罠解除には時間を取られずに済んでいるものの、キートラップ解除アイテムを探さざるを得ないために倉庫内をくまなく見て回る時間が必要だからだ。
「しかし、その他の罠に比べてキートラップは作り込んであるように見えますね」
コンテナに仕掛けられていた罠を解除し、中に放り込まれていた六角レンチを引っ張り出す。特殊な形をしているので、おそらくはこれも解除用だろう。ジェフリーと決裂してから俺たちがここまで駆けつけるまで多少の間があったとはいえ、こういったものまで細かに配置する余裕があったとは思い難い。
『おそらく、【キートラップ】は元々アロイスが指定した個数以上に用意されていたのでしょう。何分ハウスキーパーの目的は《L》を敗北せしめることです。プロムナード付近の予備罠といい、アロイスが指示した内容では甘いということはそれなりに感じていたのでしょうね。設置するだけならば、さほど時間はかからなかったはずです』
「用意周到、と言うべきですかね」
大げさに首を振る俺に、微かに苦笑めいた響きを交えて《L》が答える。
『どっちかというと【異常な執着心】でしょう。いわゆる【ストーカー】です』
返事を聞いた俺も、苦笑を浮かべるしかなかった。まったくもって迷惑な話だ。
『というわけで、ストーカーに付け狙われる可哀想な私を助けて下さい』
「・・・逆じゃないですかね、普通」
この期に及んでこんな軽口を叩き合えるというのはすごいと思う。勿論、口は動かしても手は止めていないのだが、見ている方だって焦りは強いだろうに。
(こっちこそ、《L》が味方でよかったなぁ)
さっき言われた言葉を思い返す。誘拐されたのが俺で良かった、と。それは多分、《L》ではなく《L》として活動しているその人が、本音で告げてくれた最大級の賛辞だ。
(最後まで頑張ろう。この人のためにも)
軽口を遣り合っている間に凍りつかせた爆薬から手を離し、探索に戻る。近くの引き出しからはみ出たコードを確認するために足を止めたその時、端末に通信の入る音がした。
(!またか・・・)
自分宛てではないメッセージが数度目の同じ内容を繰り返すのを、無言で眺める。
[《L》、やはりもう時間が無い・・・これ以上船を止めようとしても無駄だ!命が惜しくて言っているんじゃない、本当に間に合わないんだ!船を沈めてくれ!]
悲鳴に近い声でそう告げたのは、予想していた通りジェフリーだった。
ジェフリーがこういった提案をするのは、これで4度目になる。もう時間が無い、作業時間が足りないと繰り返し、終いには『この船には大した証拠は残されていないのだから、米軍を要請して爆破してもらった方がいい』とまで言い出した。その度に冷静な《L》の言葉に諭され、不承不承引き下がることをも繰り返していたが、今回はどうだろうか。
『何度も言うようですがジェフリー、この船は丸ごと全てが今回の事件の証拠品のようなものです。それに、たとえどんな理由があろうと、他国の軍隊がクリエラ国内で軍事行動を行えば再び大きな紛争を呼び起こす可能性が高い。それ故に、龍麻さんは命がけでこの船を停止させる作業に取り組んでくれているんです。龍麻さんの勇気を無駄にしないで下さい!』
[くっ・・・]
『作業に戻って下さい、ジェフリー。もう時間がないなら、間に合わせるまでです』
《L》の言葉にがくりと肩を落としたジェフリーが了承の返事をし、通信が一旦切れる。
結局はまた繰り返しか、と思いつつも、俺は無言で端末の白い画面を通して向こう側にいるはずの《L》へと目を向けた。
ジェフリーの態度が異常であることくらい、流石に俺も気が付いている。彼自身が言っている通り、彼は『死ぬのが怖くて言っているのではない』のだろう。ならば何故、あれほどまでに執拗に船を止めることを放棄したがるのか。
(・・・いや、違うか?)
【船を止めたくない】のではない、どちらかといえば彼は【船を爆破したい】のではないだろうか。
(何故?この船に彼個人にとって都合の悪いものがあるのか?それとも離反したというのは見せかけで、アロイスの指示に従っているのか?それとも・・・)
『・・・分かっています』
「え?」
つらつらとした思考に捕らわれ、一瞬動くことすら忘れていたところに、機械音声が俺を引き戻した。
「・・・《L》?」
『情報は組みあがりました。【次】で、終わらせます』
それだけ言って、《L》からの通信は切れた。
(・・・流石だな)
会話らしい会話は何もしなかったが、俺がジェフリーの態度をおかしいと感じていることをちゃんと《L》は読み取ってくれたらしい。この通信が本人にも聞かれていることを考慮して、端的に『《L》もジェフリーの異常には気付いていること』、『その原因を既に突き止めているということ』、そして『ジェフリーへの対処も想定済みであること』を伝えてくれたのだ。
であれば俺のすべきことは今までと同じく、『そこまで進む』ことだ。
(よし、次だ)
つい、と手繰ったコードの先に予想通りの重量を確認し、俺は束ねたドライバーの中から新しそうなものを1本抜き取った。
――――――――倉庫のフロアに入ってから、1時間後。
配電盤に仕掛けられたキートラップを完全に分解し、その【核】である薬品部分をこっそり凍結させる。その作業を無事に終え、俺は久々にゆっくりと大きく息を吐き出した。
(ふう、これで後は機関室のフロアだけか・・・)
無論まだまだ油断は出来ない、というか機関室周りに行けば更に危険であることは予想できる。が、下にはハウスキーパー本人がいる。機関室フロアに降りられるのはこのエレベータだけなのだから、逃げようがないはずだ。鉄の壁にいくつも遮られているため微妙に気配を読み辛いが、1フロア限定となればさしたる不都合でもないだろう。うまく行けば罠を解くより先にハウスキーパーと遭遇し、捕獲することも出来るかもしれない。
(なんとか捕まえられれば、一気に危険度が下がるんだけどな。そうすれば停止作業にぎりぎりまで時間をかけられるし・・・)
そんなことを思いながら配電盤の蓋を閉じると同時に、通信の入る音が耳に届く。
(ジェフリー!)
端末を振り返れば、ますます青白く生気の削げ落ちたように見える男の顔がそこに映っていた。
鬼気迫る、という表現が脳裏を過ぎる。
(そうか、忘れていた・・・!)
その表情に、少し前に感じた違和感が蘇った。一見気弱そうな態度の中に、微かに見え隠れする意思の閃き。それをあの時俺は『思い詰めたような』と感じたのだった。
(迂闊だった・・・もっと注意していれば、さっき直接対面したときにもっと問い詰めることも出来ただろうに)
だが、今更遅い。舌打ちしたい気持ちをどうにか押し込めて、モニターに意識を集中する。先程までと同じく船を爆破すべきだと主張を始めたジェフリーに、《L》は静かに呼びかけた。
『ジェフリー、・・・いえ、【クリロ・ミラニッチ】』
[!!!]
その名が呼ばれた瞬間、弾かれたようにジェフリーの身体がモニターの前で揺らいだ。
『・・・やはりそれが貴方の本名ですか。貴方は旧ユーゴ内戦においてCLNの手配したクラスター爆弾により家族を失い、その後アロイス・ベイトソンの財団による戦争孤児支援団体の保護下に入った。プログラミングの高い能力を見出された貴方は、学費援助を受けて大学を卒業し、リブート社へ入社したのでしたね。クリロ・ミラニッチではなく、ジェフリー・ミラーとして』
流れるような《L》の言葉に、ジェフリーが小刻みな震えを必死に堪えつつ目を伏せる。
やっと分かった。決して悪人にはなりきれない、寧ろ小心者と言えるだろう彼が、何故このような大きな犯罪に加担したのか。
[…そうだ、私は戦争が憎い…!!]
魂の底から搾り出すような声は、まるで泣き叫ぶ子供のものであるように聞こえた。
[私の家族を奪った兵器を作り出すCLNのようなやつらが憎い!戦争を、人の命を金儲けの材料に使うアロイスのような奴が許せない!だから、この話をアロイスから・・・慈善家の仮面をかぶったあの外道から持ち掛けられたときに決めたんだ!奴の計画を滅茶苦茶にしてやる、この事件を最大限に大きくし、世界中の目をCLNの悪行に集めて全てを叩き潰してやると!]
『だから、航行プログラムを書き換えた・・・』
全てを吐き出したジェフリーは、どこか安堵したように大きく頷いた。
[米軍が他国内で軍事攻撃を行うとなれば、たとえどれだけ奴らが巧妙に事件を葬ろうとしても無駄だ・・・。国家間の戦争を防ぐ為にも、アメリカは自身の潔白を証明しなければならない。つまりはCLNの裏産業を白日の下に曝し、世間の非難をそちらに集中させねばならない。だから必要なんだ、米軍の介入が!あんな悪魔をのさばらせてはならない、これ以上私のような子供を生み出さない為にも・・・!!]
『しかし、米軍の介入はクリエラの内戦を誘発する。クリエラの戦争被害者を貴方自身が生み出すことになってもいいのですか』
[う…うるさいうるさいうるさい!!]
悲痛な叫びが薄暗いエレベーターホールに反響する。そのうめき声にも似た音を聞きながら、俺は様々なことを思い出していた。
家族を奪われる苦しみは、俺も知っている。
復讐を望む強い憎しみも、俺は知っている。
(でも)
画面越しに、ジェフリーが俺を見た。
[緋勇さん、FBIに所属する貴方なら知っているはずだ、奴らがどれだけ巧妙に世界に寄生し隠れおおせているか…!分かってくれ、今やらなければ、奴らはまた同じことを繰り返す!この船を止めたところで、どれほどの証拠になる?分かるだろう!?戦争と憎しみの連鎖を止める為には、今この時にこそ決断が必要なんだと!]
端末の小さな画面に、強く鋭い目が映る。
どれだけ彼は憎しみを隠して生きてきたのだろう。
どれだけ彼は悲しみを押し込めて過ごしてきたのだろう。
(――――でも、【駄目だ】)
俺は、真っ直ぐに彼の目を見つめた。
(それをさせない為に、《黄龍》は…俺は、ここに来たんだ!)
ジェフリーの動きが雷に打たれたように止まる。…おそらく今の俺は《黄龍の力》が瞳に強く現れているんだろう。【人】がこの《力》に抗うのは不可能に近い。
(だけど、それじゃ意味が無い)
《力》で圧倒し、従わせるような真似はしたくなかった。
彼は本来とても優しい人だ。決して人を傷つけることなど望んでいたわけではないだろう。ただ、肥大した憎しみと悲しみが、その目をくらませている。間違った道へ向かおうとしている。
[どうして…どうして、そんな目をするんですか…。なんで貴方が、そんなに悲しそうな目を…]
掠れた声に、涙が混じっていることに気付いた。
ああ、やっぱりこの人はまだ引き返せる。人の痛みを、ちゃんと理解できるんだから。
「信じてくれませんか、《L》と、俺を」
[…信じる…?私が…最早犯罪者でしかない私に、何を]
呆然と繰り返すジェフリーの言葉に、小さく《L》の『龍麻さん』という呟きが重なった。
「本当に船を爆破したいなら、俺を殺せば済んだはずでしょう?俺が操舵室にいる時なら、そのチャンスはあったはずだ。でも貴方はそれを選べなかった」
[ち、違います。それは、思いつかなかっただけで]
動揺した声が嘘を明確にする。本当に、この人は犯罪には向いていない。
「この船を止めて、クリエラの内戦勃発を食い止める。この事件をきっかけに、アロイスとCLNの悪事を暴く。ハウスキーパーを捕まえて、二度とこんな罠を流通させないようにする。力を合わせれば、それが可能なはずです。だから力を貸して欲しい」
[・・・無茶だ。そんな、夢物語・・・奇麗事だけで、済むとでも・・・]
その言葉に、俺は反射的に強い口調で返していた。
「奇麗事も実現できなくて、世界なんか変えられるか!」
[!]
『!』
モニターの向こう、別々の二箇所から驚きの気配が弾ける。それを感じつつも、一旦飛び出した言葉は堰を切ったように続いた。解って欲しい。ただそう願って。
「戦う場所も、相手も間違えるな!楽な方に逃げて誤魔化すな!自分と同じ苦しみを広げたくないって言うなら、全部まとめて守ってみせるくらいの覚悟で挑め!そうでなきゃ後悔するのは自分だぞ!? 」
そうだ。何度こんな問いに直面してきただろう。誰もが自分の生きたい世界を探していた。迷い、悩み、間違い、苦しみ、傷付けあって生きていた。奪われ、失い、憎しみ、悲しみ、それでも愛することを捨てられず、泣きながら戦っていた。あの柳生でさえ、おそらくは。
(だから俺は、【人間】でいようと思ったんだ)
《黄龍》として《力》を振るい【望みの世界】を実現するのではなく、一人の小さな人間として世界の中で少しずつ、みんなと共に理想に向かっていこうと決めた。後悔しないように、人としてこの世に生を授かったことを誇れるように。
だから、どんなに道の先が荒れ果てていようとも――――。
「目玉見開いて真っ直ぐ正面見ろ!戦う前から諦めるなッ!」
思いっきり怒鳴りつけた俺の声が、ひどく騒がしく反響する。それはさっきの呻きのような音を全てかき消して空気を大波のように揺らした。ジェフリーも《L》も、あまりの俺の勢いに驚きすぎたのか返事が無い。すっきりしたー!という気持ちと、ああやっちゃった、という気持ちが交じり合う。でも、言わなきゃならなかった。何と言ってもエンジンを止める為にはジェフリーの協力が不可欠なんだ、必要、つまりは…。
「信じて、頼れ!今、誰かが犠牲になるのを止めたいと思うのはみんな一緒なんだ。どんな事情があったって、そう思う限り、今の俺たちは【仲間】なんだから!」
[っ…!!]
言いたいことを全て言い切ってモニターの正面で仁王立つ。
(あーあ、本当にいつもの調子でやっちゃったよ)
まだ多少は頑張って引っ被り続けてた猫も全部剥げた今、怖いものなど何もない。さー来い、なんでも言ってみろ!というほとんど開き直りに近い状態だ。
…それでも、ジェフリーが説得できなければ…【最後の手段】を取るしかない。
最後の手段。…《黄龍》としての、《力》を使ってこの船を止めるということ。
(もしそうなったら、仕方ない、よな…)
半ば覚悟もしながら、次の言葉を待つ。
すると。
『・・・・・・・・・』
何か掠れたような音声が響いてきた。なんだ、これ。
ん?これは……まさか、《L》?
『は、ははははは・・・・・・!!』
「うわッ!?」
突如大きくなったノイズ交じりの機械音声に思わず驚く。何かと思えばこれって、笑ってるんだろうか、《L》が?
驚いた俺の反応が面白かったのか、呆然としたままのジェフリーと俺を置き去りに、しばしざらざらしたノイズの笑い声は響き渡り、今度は突然にぴたりと停止した。
『参りました、龍麻さん。そうです、その通りです。大変おかしな組み合わせですが、今の私たちは紛れもなく同じ目的に向かうチーム・・・【仲間】です。ジェフリー、信じて下さい。私も決してアロイスたちのような悪を野放しにしたくはない。必ず彼らを止めて見せます。そのためにどうか力を貸して欲しい。この船を止めさせて下さい、今度こそ!』
(・・・《L》・・・!)
相変わらずの機械音声。でももうそれは肉声と変わりなく俺には聞こえた。
[…貴方がたは…本当に、強いんですね]
「!」
画面の向こうで、ジェフリーが顔を上げる。
そこに、今までの陰りはなかった。
[私は…もっといい方法を思いつくべきだった。最後まで考えて、諦めずに戦えば良かった…。ですが、今はそんな後悔をしている場合ではありませんね。やりましょう、今度こそ、この船を、私は止めてみせる。貴方がたと共に…!]
痩せこけた頬に、初めて明るい色が差した。うっすらと浮かんだ微笑みが、彼が本当は俺と大差ない年齢の青年だったと思い出させる。
「ありがとう、ジェフリー」
『ありがとうございます、ジェフリー』
ほぼ同時に俺と《L》が口にした言葉を聞き、ジェフリーは困ったようにぼさぼさの髪をかきむしった。
[それを言うのは私ですよ…。船を止めることができたら、どうか改めて言わせて下さい。…そうだ!]
はっとしたように顔を上げたジェフリーが、慌てた様子で端末にフロア内部の図面を映す。
[危うく忘れるところでした!倉庫の奥、クローゼットに模した扉の向こうに通信室が隠されているんです!アロイス会長がいざという時に強制的にグラナダ号を遠隔制御できるよう作らせたものです。早くこの通信波を遮断しないと、エンジンを停止するのは不可能になってしまう!]
『そういえば、先程の倉庫の一角で緋勇さんのお持ちになっている端末に大きなノイズが混じりましたな。確か、あれはD倉庫…』
ワタリの声を聞きつつ、俺は端末を掴みD倉庫目がけて走り始めた。
薄暗い倉庫フロアの廊下。だけど今はそれがさっきよりずっと明るく思える。
どんな時だって、助け合える【仲間】がいれば、世界はがらりと色を変えるんだ。
『龍麻さん、データリンク用のケーブルを切断すれば遮断は可能です。青のケーブルを切断してください。…それが終われば、いよいよ締めです。覚悟はいいですか?』
すっかり聞き慣れた機械音声に、俺は端末のカメラ位置へと片手を突き出して親指を立てて見せた。
「了解です、《L》!」
END。
※※※※※※※※
…あー、ゲーム本編部分を結構はしょっても長くなった…。
えーと、ラスト2話+オチ話で完結予定です。夏までにはオチ以外はなんとか終わらせたい…!
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という高速妄想大暴走がいっそあっぱれな二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに完璧にネタバレしてます。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても東京に集う魔人たちが推理も法的措置も無視して裁くのは俺の《力》だ!的に新世界の神候補を闇へと葬っちゃうような世界です。
●そんな二次創作は無駄無駄無駄無駄ァァ!という方は、どうかこんな変なものは忘れてネットの海へお戻り下さい。
●まぁ二次創作だしそういう妄想もあるかもねーとか、寧ろ名前入力主人公には「緋勇龍麻」って入れてによによするんだぜー!的な方に少しでも楽しんで頂けたら心の花火が打ちあがります。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『龍麻さん』
プロムナードから船倉へ。最深部にある機関室を目指し階段を下りると、端末から流れ出る機械音声が俺を呼び止めた。
一転して薄暗くなった通路の先に、倉庫として使われていたフロアへの扉がある。それを画面上で確認したからだろう。
…先刻、【ハウスキーパー】との回線が一度だけ繋がった。
『――――このままでは、貴方もグラナダ号と共に爆死しますよ』
《L》がそう忠告し、今すぐに爆薬を撤去するよう交渉したのだが、ハウスキーパーから返ってきたのは嘲笑だった。
[そんなに心配をしてくれるのなら、早いところエンジンを止めてくれ。…これは俺のプライドの問題だ。《L》、貴様を必ず打ち負かしてやる。貴様の目の前で緋勇がバラバラに吹っ飛ぶのを楽しみにしているんだな]
半ば狂気に彩られた言葉を残し、それきりハウスキーパーとの回線は不通になったままだ。
その言葉を証明するかのように、目の前の扉にはこれ見よがしな【仕掛け】がある。ようこそとでも言いたいのか、派手な色のテープでぐるぐるとノブに巻かれたそれは、間違いなく今までよりも更に殺傷能力の高い【罠】なのだろう。
『…これがハウスキーパーの【ワールドシリーズ】とやらですね』
《L》が忌々しげな言い回しでそれを確認する。
何かと野球に喩えた表現を言葉の端々に使うハウスキーパーが、先程の通信の最後に付け加えた台詞だが、こんなものと比べられてはメジャーリーガーもいい迷惑だろう。そんなに野球が好きなら爆弾魔より野球選手を目指すべきでしょうに、と呟いた《L》には俺も全面的に賛成だ。
「そのようです。ちょっと乱暴な仕掛け方ですが…」
『物理的に時間がなかったから、でしょうが・・・同時にそれだけ危険度が高いとも思えます。見た目より、殺傷能力ということでしょう。それと、嫌な話になりますが、【気付かずに】罠に引っかかるより【解体できずに】罠を発動させてくれた方が、彼のプライドを満足させるからでもあるでしょうね』
なるほど、と頷く。今のハウスキーパーにとって何よりも重要なのは、《L》が自分に完全なる敗北を喫することだ。《L》の手駒である俺には、できる限り明確な形で【敗北】してもらいたいに違いない。つまりは、そういうことだ。
「やれやれ、うっかり爆死も出来ませんね」
冗談交じりにそう言うと、
『うっかりじゃなくても出来ませんよ。止めて下さい』
ため息交じりの(そんな気がする、というだけだが)言葉が返ってきた。
…《L》は優しい人だ。
――――私は、貴方を死なせたくありません。
あの言葉は【世界の頭脳たる《L》】としてならば、決して言うべきではないものだろう。この船を止められなければ大きな被害が出る。港へ船が突っ込んだ時の現地の被害だけでは済まない。紛争の激化、殺傷兵器の大幅な流通、それは【たかが】FBIの捜査官一人の命と引き換えに出来るものではないと、《L》でなくとも判断するだろう。
(だけど、《L》は俺の…たった一人の捜査官の命を守ろうとしてくれた)
勿論俺が逃げ出しても、何らかの措置は取れるという目算は《L》の中にあるだろう。だが、それはあくまで【最悪の事態を避けられる】だけのはず。それでもなお、《L》は逃げていいと俺に言った。おそらくは全てを自分が背負う覚悟で。
(だったら俺は、その思いに応えなきゃならない。いや、必ず《応える》。そのために俺は【喚ばれた】んだから)
端末に向かい、「了解」の意を込めて軽く笑って見せる。
「じゃあ始めましょうか、最終戦。お願いします、《L》」
『ええ、お任せ下さい龍麻さん。…それにしてもこのままでは・・・』
「え?」
まずはテープを切り離そうかと罠のことを考え始めていた俺が、不穏な気配に端末へ視線を向ける。すると。
『ここを無事に脱出した後も、龍麻さんは執拗に追われることになるでしょうね。…爆弾処理班のスカウトに』
…俺の肩の力が程よく抜けたのは言うまでも無い。
確かに余り時間はないが、見逃しがあっては元も子もないのは当然の話。
倉庫内を出来うる限り細かくチェックしながら仕掛けられた罠を解除してゆく。そんな作業が30分ほど続いていた。
ハウスキーパーの【ワールドシリーズ】は難易度こそ上がっていたが、不思議なことにアロイスが開発するよう依頼したものと大きく異なるタイプのものは仕掛けられていなかった。しかも今まで同様、地下へ向かうエレベーターの配電盤へ【キートラップ】がセットされているという徹底ぶりだ。
『これも彼なりのフェアプレー精神、というわけでしょうか』
《L》の分析が多分正解だろう。大層歪んだ【フェアプレー】ではあるが。
そんなこともあって、30分を経過した現時点では未だ機関室のあるフロアへ直行するためのエレベーターを起動できずにいる。
予想よりも一つ一つの罠解除には時間を取られずに済んでいるものの、キートラップ解除アイテムを探さざるを得ないために倉庫内をくまなく見て回る時間が必要だからだ。
「しかし、その他の罠に比べてキートラップは作り込んであるように見えますね」
コンテナに仕掛けられていた罠を解除し、中に放り込まれていた六角レンチを引っ張り出す。特殊な形をしているので、おそらくはこれも解除用だろう。ジェフリーと決裂してから俺たちがここまで駆けつけるまで多少の間があったとはいえ、こういったものまで細かに配置する余裕があったとは思い難い。
『おそらく、【キートラップ】は元々アロイスが指定した個数以上に用意されていたのでしょう。何分ハウスキーパーの目的は《L》を敗北せしめることです。プロムナード付近の予備罠といい、アロイスが指示した内容では甘いということはそれなりに感じていたのでしょうね。設置するだけならば、さほど時間はかからなかったはずです』
「用意周到、と言うべきですかね」
大げさに首を振る俺に、微かに苦笑めいた響きを交えて《L》が答える。
『どっちかというと【異常な執着心】でしょう。いわゆる【ストーカー】です』
返事を聞いた俺も、苦笑を浮かべるしかなかった。まったくもって迷惑な話だ。
『というわけで、ストーカーに付け狙われる可哀想な私を助けて下さい』
「・・・逆じゃないですかね、普通」
この期に及んでこんな軽口を叩き合えるというのはすごいと思う。勿論、口は動かしても手は止めていないのだが、見ている方だって焦りは強いだろうに。
(こっちこそ、《L》が味方でよかったなぁ)
さっき言われた言葉を思い返す。誘拐されたのが俺で良かった、と。それは多分、《L》ではなく《L》として活動しているその人が、本音で告げてくれた最大級の賛辞だ。
(最後まで頑張ろう。この人のためにも)
軽口を遣り合っている間に凍りつかせた爆薬から手を離し、探索に戻る。近くの引き出しからはみ出たコードを確認するために足を止めたその時、端末に通信の入る音がした。
(!またか・・・)
自分宛てではないメッセージが数度目の同じ内容を繰り返すのを、無言で眺める。
[《L》、やはりもう時間が無い・・・これ以上船を止めようとしても無駄だ!命が惜しくて言っているんじゃない、本当に間に合わないんだ!船を沈めてくれ!]
悲鳴に近い声でそう告げたのは、予想していた通りジェフリーだった。
ジェフリーがこういった提案をするのは、これで4度目になる。もう時間が無い、作業時間が足りないと繰り返し、終いには『この船には大した証拠は残されていないのだから、米軍を要請して爆破してもらった方がいい』とまで言い出した。その度に冷静な《L》の言葉に諭され、不承不承引き下がることをも繰り返していたが、今回はどうだろうか。
『何度も言うようですがジェフリー、この船は丸ごと全てが今回の事件の証拠品のようなものです。それに、たとえどんな理由があろうと、他国の軍隊がクリエラ国内で軍事行動を行えば再び大きな紛争を呼び起こす可能性が高い。それ故に、龍麻さんは命がけでこの船を停止させる作業に取り組んでくれているんです。龍麻さんの勇気を無駄にしないで下さい!』
[くっ・・・]
『作業に戻って下さい、ジェフリー。もう時間がないなら、間に合わせるまでです』
《L》の言葉にがくりと肩を落としたジェフリーが了承の返事をし、通信が一旦切れる。
結局はまた繰り返しか、と思いつつも、俺は無言で端末の白い画面を通して向こう側にいるはずの《L》へと目を向けた。
ジェフリーの態度が異常であることくらい、流石に俺も気が付いている。彼自身が言っている通り、彼は『死ぬのが怖くて言っているのではない』のだろう。ならば何故、あれほどまでに執拗に船を止めることを放棄したがるのか。
(・・・いや、違うか?)
【船を止めたくない】のではない、どちらかといえば彼は【船を爆破したい】のではないだろうか。
(何故?この船に彼個人にとって都合の悪いものがあるのか?それとも離反したというのは見せかけで、アロイスの指示に従っているのか?それとも・・・)
『・・・分かっています』
「え?」
つらつらとした思考に捕らわれ、一瞬動くことすら忘れていたところに、機械音声が俺を引き戻した。
「・・・《L》?」
『情報は組みあがりました。【次】で、終わらせます』
それだけ言って、《L》からの通信は切れた。
(・・・流石だな)
会話らしい会話は何もしなかったが、俺がジェフリーの態度をおかしいと感じていることをちゃんと《L》は読み取ってくれたらしい。この通信が本人にも聞かれていることを考慮して、端的に『《L》もジェフリーの異常には気付いていること』、『その原因を既に突き止めているということ』、そして『ジェフリーへの対処も想定済みであること』を伝えてくれたのだ。
であれば俺のすべきことは今までと同じく、『そこまで進む』ことだ。
(よし、次だ)
つい、と手繰ったコードの先に予想通りの重量を確認し、俺は束ねたドライバーの中から新しそうなものを1本抜き取った。
――――――――倉庫のフロアに入ってから、1時間後。
配電盤に仕掛けられたキートラップを完全に分解し、その【核】である薬品部分をこっそり凍結させる。その作業を無事に終え、俺は久々にゆっくりと大きく息を吐き出した。
(ふう、これで後は機関室のフロアだけか・・・)
無論まだまだ油断は出来ない、というか機関室周りに行けば更に危険であることは予想できる。が、下にはハウスキーパー本人がいる。機関室フロアに降りられるのはこのエレベータだけなのだから、逃げようがないはずだ。鉄の壁にいくつも遮られているため微妙に気配を読み辛いが、1フロア限定となればさしたる不都合でもないだろう。うまく行けば罠を解くより先にハウスキーパーと遭遇し、捕獲することも出来るかもしれない。
(なんとか捕まえられれば、一気に危険度が下がるんだけどな。そうすれば停止作業にぎりぎりまで時間をかけられるし・・・)
そんなことを思いながら配電盤の蓋を閉じると同時に、通信の入る音が耳に届く。
(ジェフリー!)
端末を振り返れば、ますます青白く生気の削げ落ちたように見える男の顔がそこに映っていた。
鬼気迫る、という表現が脳裏を過ぎる。
(そうか、忘れていた・・・!)
その表情に、少し前に感じた違和感が蘇った。一見気弱そうな態度の中に、微かに見え隠れする意思の閃き。それをあの時俺は『思い詰めたような』と感じたのだった。
(迂闊だった・・・もっと注意していれば、さっき直接対面したときにもっと問い詰めることも出来ただろうに)
だが、今更遅い。舌打ちしたい気持ちをどうにか押し込めて、モニターに意識を集中する。先程までと同じく船を爆破すべきだと主張を始めたジェフリーに、《L》は静かに呼びかけた。
『ジェフリー、・・・いえ、【クリロ・ミラニッチ】』
[!!!]
その名が呼ばれた瞬間、弾かれたようにジェフリーの身体がモニターの前で揺らいだ。
『・・・やはりそれが貴方の本名ですか。貴方は旧ユーゴ内戦においてCLNの手配したクラスター爆弾により家族を失い、その後アロイス・ベイトソンの財団による戦争孤児支援団体の保護下に入った。プログラミングの高い能力を見出された貴方は、学費援助を受けて大学を卒業し、リブート社へ入社したのでしたね。クリロ・ミラニッチではなく、ジェフリー・ミラーとして』
流れるような《L》の言葉に、ジェフリーが小刻みな震えを必死に堪えつつ目を伏せる。
やっと分かった。決して悪人にはなりきれない、寧ろ小心者と言えるだろう彼が、何故このような大きな犯罪に加担したのか。
[…そうだ、私は戦争が憎い…!!]
魂の底から搾り出すような声は、まるで泣き叫ぶ子供のものであるように聞こえた。
[私の家族を奪った兵器を作り出すCLNのようなやつらが憎い!戦争を、人の命を金儲けの材料に使うアロイスのような奴が許せない!だから、この話をアロイスから・・・慈善家の仮面をかぶったあの外道から持ち掛けられたときに決めたんだ!奴の計画を滅茶苦茶にしてやる、この事件を最大限に大きくし、世界中の目をCLNの悪行に集めて全てを叩き潰してやると!]
『だから、航行プログラムを書き換えた・・・』
全てを吐き出したジェフリーは、どこか安堵したように大きく頷いた。
[米軍が他国内で軍事攻撃を行うとなれば、たとえどれだけ奴らが巧妙に事件を葬ろうとしても無駄だ・・・。国家間の戦争を防ぐ為にも、アメリカは自身の潔白を証明しなければならない。つまりはCLNの裏産業を白日の下に曝し、世間の非難をそちらに集中させねばならない。だから必要なんだ、米軍の介入が!あんな悪魔をのさばらせてはならない、これ以上私のような子供を生み出さない為にも・・・!!]
『しかし、米軍の介入はクリエラの内戦を誘発する。クリエラの戦争被害者を貴方自身が生み出すことになってもいいのですか』
[う…うるさいうるさいうるさい!!]
悲痛な叫びが薄暗いエレベーターホールに反響する。そのうめき声にも似た音を聞きながら、俺は様々なことを思い出していた。
家族を奪われる苦しみは、俺も知っている。
復讐を望む強い憎しみも、俺は知っている。
(でも)
画面越しに、ジェフリーが俺を見た。
[緋勇さん、FBIに所属する貴方なら知っているはずだ、奴らがどれだけ巧妙に世界に寄生し隠れおおせているか…!分かってくれ、今やらなければ、奴らはまた同じことを繰り返す!この船を止めたところで、どれほどの証拠になる?分かるだろう!?戦争と憎しみの連鎖を止める為には、今この時にこそ決断が必要なんだと!]
端末の小さな画面に、強く鋭い目が映る。
どれだけ彼は憎しみを隠して生きてきたのだろう。
どれだけ彼は悲しみを押し込めて過ごしてきたのだろう。
(――――でも、【駄目だ】)
俺は、真っ直ぐに彼の目を見つめた。
(それをさせない為に、《黄龍》は…俺は、ここに来たんだ!)
ジェフリーの動きが雷に打たれたように止まる。…おそらく今の俺は《黄龍の力》が瞳に強く現れているんだろう。【人】がこの《力》に抗うのは不可能に近い。
(だけど、それじゃ意味が無い)
《力》で圧倒し、従わせるような真似はしたくなかった。
彼は本来とても優しい人だ。決して人を傷つけることなど望んでいたわけではないだろう。ただ、肥大した憎しみと悲しみが、その目をくらませている。間違った道へ向かおうとしている。
[どうして…どうして、そんな目をするんですか…。なんで貴方が、そんなに悲しそうな目を…]
掠れた声に、涙が混じっていることに気付いた。
ああ、やっぱりこの人はまだ引き返せる。人の痛みを、ちゃんと理解できるんだから。
「信じてくれませんか、《L》と、俺を」
[…信じる…?私が…最早犯罪者でしかない私に、何を]
呆然と繰り返すジェフリーの言葉に、小さく《L》の『龍麻さん』という呟きが重なった。
「本当に船を爆破したいなら、俺を殺せば済んだはずでしょう?俺が操舵室にいる時なら、そのチャンスはあったはずだ。でも貴方はそれを選べなかった」
[ち、違います。それは、思いつかなかっただけで]
動揺した声が嘘を明確にする。本当に、この人は犯罪には向いていない。
「この船を止めて、クリエラの内戦勃発を食い止める。この事件をきっかけに、アロイスとCLNの悪事を暴く。ハウスキーパーを捕まえて、二度とこんな罠を流通させないようにする。力を合わせれば、それが可能なはずです。だから力を貸して欲しい」
[・・・無茶だ。そんな、夢物語・・・奇麗事だけで、済むとでも・・・]
その言葉に、俺は反射的に強い口調で返していた。
「奇麗事も実現できなくて、世界なんか変えられるか!」
[!]
『!』
モニターの向こう、別々の二箇所から驚きの気配が弾ける。それを感じつつも、一旦飛び出した言葉は堰を切ったように続いた。解って欲しい。ただそう願って。
「戦う場所も、相手も間違えるな!楽な方に逃げて誤魔化すな!自分と同じ苦しみを広げたくないって言うなら、全部まとめて守ってみせるくらいの覚悟で挑め!そうでなきゃ後悔するのは自分だぞ!? 」
そうだ。何度こんな問いに直面してきただろう。誰もが自分の生きたい世界を探していた。迷い、悩み、間違い、苦しみ、傷付けあって生きていた。奪われ、失い、憎しみ、悲しみ、それでも愛することを捨てられず、泣きながら戦っていた。あの柳生でさえ、おそらくは。
(だから俺は、【人間】でいようと思ったんだ)
《黄龍》として《力》を振るい【望みの世界】を実現するのではなく、一人の小さな人間として世界の中で少しずつ、みんなと共に理想に向かっていこうと決めた。後悔しないように、人としてこの世に生を授かったことを誇れるように。
だから、どんなに道の先が荒れ果てていようとも――――。
「目玉見開いて真っ直ぐ正面見ろ!戦う前から諦めるなッ!」
思いっきり怒鳴りつけた俺の声が、ひどく騒がしく反響する。それはさっきの呻きのような音を全てかき消して空気を大波のように揺らした。ジェフリーも《L》も、あまりの俺の勢いに驚きすぎたのか返事が無い。すっきりしたー!という気持ちと、ああやっちゃった、という気持ちが交じり合う。でも、言わなきゃならなかった。何と言ってもエンジンを止める為にはジェフリーの協力が不可欠なんだ、必要、つまりは…。
「信じて、頼れ!今、誰かが犠牲になるのを止めたいと思うのはみんな一緒なんだ。どんな事情があったって、そう思う限り、今の俺たちは【仲間】なんだから!」
[っ…!!]
言いたいことを全て言い切ってモニターの正面で仁王立つ。
(あーあ、本当にいつもの調子でやっちゃったよ)
まだ多少は頑張って引っ被り続けてた猫も全部剥げた今、怖いものなど何もない。さー来い、なんでも言ってみろ!というほとんど開き直りに近い状態だ。
…それでも、ジェフリーが説得できなければ…【最後の手段】を取るしかない。
最後の手段。…《黄龍》としての、《力》を使ってこの船を止めるということ。
(もしそうなったら、仕方ない、よな…)
半ば覚悟もしながら、次の言葉を待つ。
すると。
『・・・・・・・・・』
何か掠れたような音声が響いてきた。なんだ、これ。
ん?これは……まさか、《L》?
『は、ははははは・・・・・・!!』
「うわッ!?」
突如大きくなったノイズ交じりの機械音声に思わず驚く。何かと思えばこれって、笑ってるんだろうか、《L》が?
驚いた俺の反応が面白かったのか、呆然としたままのジェフリーと俺を置き去りに、しばしざらざらしたノイズの笑い声は響き渡り、今度は突然にぴたりと停止した。
『参りました、龍麻さん。そうです、その通りです。大変おかしな組み合わせですが、今の私たちは紛れもなく同じ目的に向かうチーム・・・【仲間】です。ジェフリー、信じて下さい。私も決してアロイスたちのような悪を野放しにしたくはない。必ず彼らを止めて見せます。そのためにどうか力を貸して欲しい。この船を止めさせて下さい、今度こそ!』
(・・・《L》・・・!)
相変わらずの機械音声。でももうそれは肉声と変わりなく俺には聞こえた。
[…貴方がたは…本当に、強いんですね]
「!」
画面の向こうで、ジェフリーが顔を上げる。
そこに、今までの陰りはなかった。
[私は…もっといい方法を思いつくべきだった。最後まで考えて、諦めずに戦えば良かった…。ですが、今はそんな後悔をしている場合ではありませんね。やりましょう、今度こそ、この船を、私は止めてみせる。貴方がたと共に…!]
痩せこけた頬に、初めて明るい色が差した。うっすらと浮かんだ微笑みが、彼が本当は俺と大差ない年齢の青年だったと思い出させる。
「ありがとう、ジェフリー」
『ありがとうございます、ジェフリー』
ほぼ同時に俺と《L》が口にした言葉を聞き、ジェフリーは困ったようにぼさぼさの髪をかきむしった。
[それを言うのは私ですよ…。船を止めることができたら、どうか改めて言わせて下さい。…そうだ!]
はっとしたように顔を上げたジェフリーが、慌てた様子で端末にフロア内部の図面を映す。
[危うく忘れるところでした!倉庫の奥、クローゼットに模した扉の向こうに通信室が隠されているんです!アロイス会長がいざという時に強制的にグラナダ号を遠隔制御できるよう作らせたものです。早くこの通信波を遮断しないと、エンジンを停止するのは不可能になってしまう!]
『そういえば、先程の倉庫の一角で緋勇さんのお持ちになっている端末に大きなノイズが混じりましたな。確か、あれはD倉庫…』
ワタリの声を聞きつつ、俺は端末を掴みD倉庫目がけて走り始めた。
薄暗い倉庫フロアの廊下。だけど今はそれがさっきよりずっと明るく思える。
どんな時だって、助け合える【仲間】がいれば、世界はがらりと色を変えるんだ。
『龍麻さん、データリンク用のケーブルを切断すれば遮断は可能です。青のケーブルを切断してください。…それが終われば、いよいよ締めです。覚悟はいいですか?』
すっかり聞き慣れた機械音声に、俺は端末のカメラ位置へと片手を突き出して親指を立てて見せた。
「了解です、《L》!」
END。
※※※※※※※※
…あー、ゲーム本編部分を結構はしょっても長くなった…。
えーと、ラスト2話+オチ話で完結予定です。夏までにはオチ以外はなんとか終わらせたい…!
螺旋の黄龍騒動記・16。
2008年2月22日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という夢物語とか妄想とかそういうレベルの二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに完璧にネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても大事になる前に闇から闇へと東京の魔人どもが葬っちゃうという、某キラさんが思わず「嘘だっ!!」と叫ぶような世界です。
●そんな二次創作は有り得ない!という方は、どうかこんな変なものは忘れて素晴らしい他サイト様をお楽しみ下さい。
●まぁ二次創作なら多少はっちゃけててもいいよとか、寧ろ名前入力主人公には極力「緋勇龍麻」って入れますがどや?的な方に少しでも楽しんで頂けたら【愛】がゲージ振り切ります。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
「何故なら、私は貴方のボス《A》の正体を知っているからです」
最も効果的なタイミングを狙って投下した言葉は、私の予想通りに働いた。
画面の向こうのジェフリーは完全に顔色を無くし、小刻みに震えてすらいる。
[そんな、バカな]
おそらく、そう反論したかったのだろう。
しかし彼の口からはその動きに反し、うめき声のような音だけしか発せられなかった。
自らに確認の意味で一つ頷き、私は更に続けるべき言葉を選ぶ。
その【情報】を刃として、ジェフリーの内側にある【鍵】を抉り出すために。
(もう一手)
口を開きかけたその時、ふと画面の向こうの静かな視線に意識が向いた。
黒く深い、深海の色。
しかしその奥には太陽の欠片を封じ込めたような黄金の光が灯る、不思議な瞳。
爆発物を積み、いつ沈むとも知れない船の中、同乗するのは悪意を持った相手のみ。そんな状況下にありながら、その耀きは欠片も曇りを見せない。
(王者の瞳、か)
私は先ほど、彼の目を無意識にそう評した。
如何なるものにも屈しない強靭さと、あらゆるものを受け入れる包容力を宿し、砕けることなく輝く世界の【核】、つまりは【王】と。
(であれば、随分と贅沢な)
この戦いがチェスの盤上であるとすれば、《L》の側に残された駒はたった一つだが、ナイトの機動力とクイーンの破壊力を持つキングだった・・・陳腐な例えだが、まぁそんなところだろうか。
(対人罠開発の汚名を着せ、《L》の権威を失墜させる、そう言ったか)
不意に口元が笑いの形に歪む。モニターに写った皮肉の色濃いその笑みに、こちらの映像が彼の目には届かない状況を少しだけ有難いと思った。
(・・・望むところだ。最強の駒を与えられたゲームで勝てないのならば、《L》の存在自体に意味などない)
この盤において指し手を務める。それが《L》が今まで築き上げたものに対する対価であるのなら、私は【最も使い勝手の良い記号】であった《L》の名に初めて感謝しよう。
(さぁ、最後のゲームを始めましょうか。正義も悪もひっくるめて、勝つのは無論・・・)
中指の腹で跳ねるように【Enter】のキーを叩く。
(《私》と―――――《緋勇さん》です)
やや荒い画像の向こうで、男がモニターの両端を掴んだ。幾度かのヒューヒューという掠れた呼吸音の後に、ようやくその咽喉から否定の言葉が音となって発せられる。
[バカ、な。ハ、ハッタリは止めて下さい・・・たったあれだけの会話で、何も分かるはずが・・・]
しかし、それを私はわざと途中で遮った。
「ハッタリなどではありませんよ。もう一度言いましょうか。『私は既に、《A》の正体を知っています』」
[なっ・・・!!]
「巨額の資金が動く以上、首謀者は資産家、もしくは企業を動かせるだけの人間ということになります。それだけでも、一気に【首謀者である可能性を持つ人物】は限られてくる。そうは思いませんか?」
思考の間を与えずに、私は次のカードを切る。
「グラナダ号の所有者は【リブート社】、しかし実際にグラナダ号が眠っていたのは軍事企業【CNL】のドッグです。これがよくある企業間の賃貸契約であれば問題はないですが、2社は業務上何一つ繋がりを持ちません。・・・ですが、ある人物を介する事によって両者には一本の糸が渡される」
僅かに次の言葉への時間を空け、ジェフリーの表情がますます動揺の色を濃くしていくのを確認する。
嘘を吐くのが下手な男だ。
それ故に・・・彼にはまだ、戻る道が残されているはず。
「【シュウエイ・ファイナンス】。CNLの株を取り扱う投資ファンドです。そして、このシュウエイを通し多くの企業を支配している人物こそが―――――現リブート社会長【アロイス・ベイトソン】」
その名を告げると、観念したようにジェフリーの肩が落ちた。
「おそらくアロイス会長はCNLの幹部なのでしょうね。近年、CNLの会長には体調不良による引退説が囁かれ続けています。いよいよその機会が近付き、後継者たちが我先にとその椅子を狙っているとも。このような強攻策に出たのは、その座を狙ってのパフォーマンスでしょう。先程自身で語っていたように、この【対人罠】が莫大な利益を生み出せば、彼の発言力は群を抜いて強固なものとなるのですから」
[・・・《L》、あなたの前では、どのような秘密も存在し得ないのか・・・?]
その言葉には否定も肯定も返さずに、私は一拍の間を置いて最後の一手を打つ。
「ロックを開けて下さい、ジェフリー。どんな事情があるかは知りませんが、あなたは爆弾の似合う人ではない」
宣告するまでもなく、その一手はチェックメイトとなった。
『プロムナードから船倉を抜けて、機関室へ・・・』
自分に確認するように呟いて、緋勇さんは操舵室から再度プロムナードへ戻るエレベーターを目指す。
事態は一転、最悪の方向へと向かっていた。
ジェフリーを説き伏せ操舵室へ到着したものの、船の自動航行プログラムが何らかの障害を起こしたことにより、既にコントロールを受け付けなくなっていたのだ。しかも、この船が今向かう先は外洋ではなくクリエラ最大の港町「アルテア」。まだ紛争のざわめき止まぬクリエラ国内で、政府が拠点とする都市である。
そんな場所に爆発物を積んだ船が突っ込めば、ただでは済まない。どんな理由があろうと関係なくそれは【反政府組織からの攻撃】と見なされ、クリエラは再び大規模な紛争へと突入するだろう。
[素晴らしい、まるで紛争自体が《L》のプロデュースのようじゃないか]
モニターの向こう側に現れたアロイス・ベイトソンは既に正体を隠すこともせず、そう言って醜く歪んだ笑いを見せた。
しかし、その笑いは彼の部下であるジェフリーの嫌悪をも掻き立てたようだ。
[もうあなたには従えない。今まで有難うございました]
その言葉を最後に彼はアロイスとの通信を遮断し、我々に協力して船を止めることを約束したのだから。
(だが、最早一刻の猶予も無い・・・)
ジェフリーという味方を得ることが出来たのは喜ばしいが、オートパイロット機能を修復する為には最深部の機関室でシステムの再起動を行う必要がある。
再起動と一口に言っても、その場に行けば簡単に出来るというものではない。前段階として、機能停止している間の過負荷によるエンジンの爆発を防ぐ為に、発電機と推進器の遮断と各エンジンの停止作業が要る。それは決して安全なものではないだろう。
そして。
何より船の深部にはまだあの男・・・【ハウスキーパー】が息を潜めているのだ。
(リミットは約5時間。しかしエンジン停止後も慣性で船はしばらく動き続ける。クリエラの政情を考えれば、港から視認できる距離までは近付きたくないのが実情・・・。グラナダ号の重量を鑑みて、もう1時間は余裕を見ておきたいところだが、流石に難しいだろうか。ハウスキーパーは間違いなく仕掛けてくるはずだ。既に機関室までの通路には罠が張り巡らされている可能性が高い・・・それを解除しつつ進むとなれば、かなりのタイムロス・・・)
半分思考の海に意識を飛ばしていた私の目に、エレベーターの扉が開く様子が映った。
ジェフリーの協力により、現在は船内に設置されているカメラの映像をこちらでもいくつかモニターできるようになっている。そのため、私が今見ている映像は緋勇さんの後姿だった。
やや小柄の部類に入る体格であるのに、すらりと美しく伸びた背筋がその存在感を視覚以上に大きく見せている。その背を視覚の一部で捉えつつ、無意識に私は親指の爪を歯で軽く挟んだ。
(しかし、緋勇さんと私なら、やれる。この船を止め、アロイスの計画を白日の下に曝し、全てを解決することが・・・)
がり、と噛んだ爪の音で我に返る。
(「緋勇さんと」、なら?)
エレベーターの扉が閉まり、緋勇さんの姿が正面のモニターから消えたことに一瞬驚いた。なんのことはない、私がメインのカメラを切り替え忘れた、ただそれだけなのだが。
(・・・私らしくもない。こんなミスなど・・・)
モニターの画像が、緋勇さんの手にした端末のものへと切り替わる。
大きく映しだされた彼の表情は、こんな状況にもかかわらず先刻までよりも寧ろ穏やかであるように見えた。
操舵室で、ジェフリーと緋勇さんが交わした会話を思い出す。
『…貴方は、恐ろしくはないのですか』
残り時間を聞いた後、緋勇さんは軽く頷いただけですぐさまエレベーターの方へと身を翻した。そのまったく迷いのない動きに驚いたのだろう。
『貴方が優秀な捜査官なのは分かっています、しかしもう事態は個人の能力でどうにかなる問題じゃない。何故貴方は止めようとしないんです…。命が惜しくないのですか?それとも、FBIとしての責任感ですか?』
ひどく早口でまくし立てたジェフリーを、どこかゆっくりとした動作で緋勇さんが振り返る。
おそらく初めてその時、ジェフリーは緋勇さんの瞳を真正面から見たのだろう。驚愕に目を見開いた表情のうち、頬がみるみるうちに赤みを増す。私はこんな時だというのに数時間前の自分を思い出し、ほんの少し笑ってしまった。
『どちらでもないです』
そんな彼の前で緋勇さんは――――にこりと笑った。
『俺は、怖がりで痛がりなんですよ。だから、他の誰かが傷付くのも苦手なんです』
ひらりと身を返し出て行く背を、止める者はもういなかった。
(怖がりで、痛がりだから)
穏やかな瞳に嘘は感じない。
(だから、自分だけではなく他の誰かが傷付くのも怖くて、痛い。それ故に…緋勇さんは戦うことができる。たとえそれが自分の身を危うくするのだとしても、恐れを上回る【弱さ】故に)
いや。
私は小さく首を振った。
(それを人は、【強さ】と呼ぶ)
この人は、決して万能のスーパーマンではない。ただの【人間】だ。そして、それを自分で知りながら、なおも戦うことをやめない【ひと】なのだ。
(だから…だからこそ、「止める」のはこの人でなくてはならなかったのだろうか。【人の悪意】と戦うことができるのはただ一つ、【人の正義】であるが故に…)
何故だろうか。私は今この時にして彼がこの船に乗せられたことが、必然であったように強く思えた。
この船を、ばら撒かれようとする兵器を、起ころうとする紛争を、すべてを止めるために、誰でもない【緋勇龍麻】が【ここに来ざるを得なかったのだ】と。
(…馬鹿な。私は、一体何を)
そんなことは無論、私の幻想でしかない。
(緋勇さんはFBI捜査官であるとしても、その前に一人の救助対象者。彼を救出することが、私の…《L》の役目だったはず。どれほど事態が変わっても勘違いしてはならない、そもそも彼は【被害者】なのだと…)
ポーン、という音にキーボードの上で静止したままだった指が震えた。
エレベーターがラウンジ階に到着し、扉が開く。エレベーターホールというにはかなり狭苦しい空間を抜け、その先にある扉を開けば海が見渡せるプロムナードに出る。
そこには、確か。
「緋勇さん!」
『は、はい!?』
突然の私の大声に、緋勇さんが扉へ伸ばした手を引っ込めて端末へと向き直る。
黒い瞳が何の警戒も見せず、《私》へと向けられている。
できる、はずだ。
《L》と…《私》と《緋勇さん》ならば、きっと。
誰一人理不尽な被害を被ることなく、すべてを解決することが、きっと。
(誰一人?)
脳裏に浮かんだ自分の言葉に息が詰まる。
誰も傷付かない、最良の結末。今この場でそれを手にするためには、私の力だけでは足りない。私の手はまだそこに届かない。緋勇さんが、必要なのだ。
(すべてを守るために?)
『…《L》?』
怪訝な表情の緋勇さんが端末越しに呼びかけてくる。当たり前だ、もう一刻の猶予もないと言ったのは私自身ではないか。
だが、私の声はまだ音にならない。気付いてしまった。今頃になって。
(誰一人傷付けず、守る。そのために、誰が戦う?)
私ではない。
たとえ《L》がアロイスの言うように汚名を着て抹殺されようとも…それは私の記号の一つでしかない。
死と隣り合わせの場所で、爆弾魔たちを相手に爆発間近の機関室に向かわなくてはならないのは…。
(緋勇さん、だ)
当たり前のことだった。どれほど私が小賢しい策略を巡らそうとも、彼にまだこの手は届かない。助けることもできず、今はただその力に頼るしかない。
分かっている。このままでは何万人という人々が死ぬ。それを止めることができるのは、今この時点ではどう足掻いても緋勇さんだけだ。そんなことは分かっている。《L》であり、《FBI》であるならば、これ以外の選択肢など必要ない。それでいい。それが正しいはずなのに。
(…だが、違う…。戦うことは緋勇さんの【義務】ではない…!)
怖がりで痛がりだと笑った緋勇さん。微塵も表には出そうとしないけれども、その身に蓄積された疲労はどれほどだろうか。常人であればとっくに倒れていてもおかしくない修羅場を抜け、彼はまだ平然と笑って戦おうとする。自分ではない誰かのために。
「……緋勇さん」
喉に張り付くような声で彼の名を呼ぶ。機械音声に変換されれば無感情な音の羅列となるはずだが、多分それはもう緋勇さんには意味がないのだろうなと回りきらない思考の端で考えた。
「猶予がないのは分かっています。ですが、扉を開けたらもう少しだけ私に話す時間を下さい」
『…はい、分かりました《L》』
短い返事と穏やかな笑み。もう随分と長くこうしたやりとりをしていた気がするのに、私たちが【出会って】からはまだ半日程度の時間しか経過していない。
(不思議なものだ…)
たったその間に、私は数々の変化を感じた。私だけではなく、ワタリもそうだろう。
そして今、私はおそらく最も《L》らしからぬことを彼に告げようとしている。
(《L》の記号は、多くの【正義】を形にしてきた。その記号をブレさせないためならば、当然今回もそうあるべき。だが、私は…《エル・ローライト》は…)
扉が、開く。
再び真っ青な空と強い日差しがすべてを包んだ。
眼前には同じく青の色に染まる海が広がっている。まるで果てがないように、ただ青く、広く。
しかし、そこならば。まだ、【逃げられる】。
「緋勇さん」
再び名を呼ぶ私に、彼は黙って端末を覗き込んだ。
「この船を止めるためには、先ほど言った通り船倉を抜け最奥の機関室でエンジン停止作業を行わねばなりません。単純にそれだけでも危険な作業になるでしょうが、加えてハウスキーパー…今や私たちのみならずアロイスやジェフリーにも復讐しようと考えているだろうあの男の存在があります。貴方はあらゆる面で非常に優れた能力を持つ捜査官ですが、先程ジェフリーも言った通り、最早これは個人の能力だけでどうにかなる問題ではないのかもしれません。今までもそうでしたが、この先はそれ以上に命の危険と隣り合わせです」
黒い瞳は静かに頷いた。
私が何を言いたいのか、もう分かっているのだろうか。答えはもう、決まっているのだろうか。
その目を見るのが恐ろしく、私は膝の上にこつんと額を置いた。
「…貴方は、元々被害者です。【FBI捜査官】であれば、この先へ向かうことは【義務】であるのでしょう。けれど今の貴方は違う。貴方は…今ここで脱出したとしても責められることはない」
モニターからの音声はなく、私はそのまま言葉を続ける。《L》であれば決して言ってはならない言葉を。
「ここには新品の救助ボートがあります。おそらくはすべてが終わった後にジェフリーたちが使うためのものだったのでしょうが…。今なら貴方とジェフリーはそれを使って逃げられる。たった一人の被害者が、何を背負うことがあるでしょう。貴方は…自分の命を優先する権利がある。誰も、私も、それを決して責めることなどありません。ですから」
膝に置いた手に、無意識に力が入る。
選んでください。そう言いかけて、言葉の卑怯さに飲み込んだ。
違うだろう、エル・ローライト。私が彼に伝えたかったのは選択を迫る言葉ではない。言いたかったのは、ただ一つ。
「…私は…《私》は、貴方を死なせたくありません」
絞り出すように紡いだ言葉に、眼球の奥が熱くなる。我知らず震える肩に、誰かの温かな手がそっと置かれた。改めて顔を上げる必要などない、それは私の大切な【家族】のものだろう。その温かさは私の身勝手な言葉を認めてくれるように、ただひどく優しかった。
(ワタリ……いや、「ワイミーさん」。…私は、間違えていないのだろうか…)
その手の重みを拠り所に、私はモニターの向こう側の人物からの答えを待つ。
私は、どちらの返事を待っているのだろうか。
逃げて欲しいのか、それとも、戦って欲しいのか。そのどちらもか。
『…ありがとう、《L》』
「!!」
不意に聞こえた予想外の言葉に、私は反射的に顔を上げた。
そこには。
『でも大丈夫。そう簡単に俺は死にませんよ』
鮮やかな青色を背にした緋勇さんが、笑っていた。
『大体、《L》が言ったんでしょう、俺が【JOKER】だって。せっかく配られた切り札の使い所はここからじゃないんですか?それに…』
優しい笑顔が、急に悪童の色を帯びる。
『俺も言ったでしょう、【必殺技は、もっと必殺って時に使うものです】って』
ああ、この人はそんな表情もするのか。
そう思い、つられて笑みが浮かんだ。
「…そうでしたね。すみません、忘れていました」
先程の幻想が、まるで現実になっていくような不思議な感覚。
この人は、もしかしたら本当に。
ふと上げた視線の先に、ワタリの元々細い眼がなくなってしまいそうな笑顔が映る。
どうやら、そう考えているのは私だけではなかったようだ。
笑いだしそうな気分に任せて、正直な思いが口からこぼれおちる。こればかりは肉声であれば良かったのに、などと考える私は本当に昨日までと同じ《私》だろうか?
「不謹慎ですが…誘拐されたのが、貴方で良かった」
本当に不謹慎極まりない私の言葉に、それでも彼は少しも怒ることはなかった。微笑みに肯定の意を見たような気すらして、あまりに勝手な己の解釈に苦笑が漏れる。
「お時間を取らせました。では改めて…参りましょうか、【龍麻さん】」
呼びかけに、【龍麻さん】は一瞬大きく目を瞬いた。
だが、それは本当にたった一瞬のこと。すぐさまにこりと笑って、敬礼の形に手を挙げる。
『了解です!《L》』
駆け出すその背を追いかけて、私はモニターのメイン画像を切り替えた。
END。
※※※※※※※※
やっとここまで書けたぁぁぁぁ!!!(自己満足)
この話をどーしても書きたかった理由の1つが、実際のゲームでは使われなかったらしいとあるセリフ(おまけのボイス中に入ってた)をLにちゃんと言ってもらいたかったからだったりします。今よーやく回念願叶ってうれしい・・・。
あと2、3回+おまけのオチくらいで終わります。夏コミまでには絶対!!そうしないと新刊出ないから!(切実)
ところで某姐さんから「しまづさんとこのLは【黙デレ】(寡黙+デレ)だね」と言われて妙に納得したとかしないとか。確かに照れると黙ります。慣れてないから(笑)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という夢物語とか妄想とかそういうレベルの二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに完璧にネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても大事になる前に闇から闇へと東京の魔人どもが葬っちゃうという、某キラさんが思わず「嘘だっ!!」と叫ぶような世界です。
●そんな二次創作は有り得ない!という方は、どうかこんな変なものは忘れて素晴らしい他サイト様をお楽しみ下さい。
●まぁ二次創作なら多少はっちゃけててもいいよとか、寧ろ名前入力主人公には極力「緋勇龍麻」って入れますがどや?的な方に少しでも楽しんで頂けたら【愛】がゲージ振り切ります。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
「何故なら、私は貴方のボス《A》の正体を知っているからです」
最も効果的なタイミングを狙って投下した言葉は、私の予想通りに働いた。
画面の向こうのジェフリーは完全に顔色を無くし、小刻みに震えてすらいる。
[そんな、バカな]
おそらく、そう反論したかったのだろう。
しかし彼の口からはその動きに反し、うめき声のような音だけしか発せられなかった。
自らに確認の意味で一つ頷き、私は更に続けるべき言葉を選ぶ。
その【情報】を刃として、ジェフリーの内側にある【鍵】を抉り出すために。
(もう一手)
口を開きかけたその時、ふと画面の向こうの静かな視線に意識が向いた。
黒く深い、深海の色。
しかしその奥には太陽の欠片を封じ込めたような黄金の光が灯る、不思議な瞳。
爆発物を積み、いつ沈むとも知れない船の中、同乗するのは悪意を持った相手のみ。そんな状況下にありながら、その耀きは欠片も曇りを見せない。
(王者の瞳、か)
私は先ほど、彼の目を無意識にそう評した。
如何なるものにも屈しない強靭さと、あらゆるものを受け入れる包容力を宿し、砕けることなく輝く世界の【核】、つまりは【王】と。
(であれば、随分と贅沢な)
この戦いがチェスの盤上であるとすれば、《L》の側に残された駒はたった一つだが、ナイトの機動力とクイーンの破壊力を持つキングだった・・・陳腐な例えだが、まぁそんなところだろうか。
(対人罠開発の汚名を着せ、《L》の権威を失墜させる、そう言ったか)
不意に口元が笑いの形に歪む。モニターに写った皮肉の色濃いその笑みに、こちらの映像が彼の目には届かない状況を少しだけ有難いと思った。
(・・・望むところだ。最強の駒を与えられたゲームで勝てないのならば、《L》の存在自体に意味などない)
この盤において指し手を務める。それが《L》が今まで築き上げたものに対する対価であるのなら、私は【最も使い勝手の良い記号】であった《L》の名に初めて感謝しよう。
(さぁ、最後のゲームを始めましょうか。正義も悪もひっくるめて、勝つのは無論・・・)
中指の腹で跳ねるように【Enter】のキーを叩く。
(《私》と―――――《緋勇さん》です)
やや荒い画像の向こうで、男がモニターの両端を掴んだ。幾度かのヒューヒューという掠れた呼吸音の後に、ようやくその咽喉から否定の言葉が音となって発せられる。
[バカ、な。ハ、ハッタリは止めて下さい・・・たったあれだけの会話で、何も分かるはずが・・・]
しかし、それを私はわざと途中で遮った。
「ハッタリなどではありませんよ。もう一度言いましょうか。『私は既に、《A》の正体を知っています』」
[なっ・・・!!]
「巨額の資金が動く以上、首謀者は資産家、もしくは企業を動かせるだけの人間ということになります。それだけでも、一気に【首謀者である可能性を持つ人物】は限られてくる。そうは思いませんか?」
思考の間を与えずに、私は次のカードを切る。
「グラナダ号の所有者は【リブート社】、しかし実際にグラナダ号が眠っていたのは軍事企業【CNL】のドッグです。これがよくある企業間の賃貸契約であれば問題はないですが、2社は業務上何一つ繋がりを持ちません。・・・ですが、ある人物を介する事によって両者には一本の糸が渡される」
僅かに次の言葉への時間を空け、ジェフリーの表情がますます動揺の色を濃くしていくのを確認する。
嘘を吐くのが下手な男だ。
それ故に・・・彼にはまだ、戻る道が残されているはず。
「【シュウエイ・ファイナンス】。CNLの株を取り扱う投資ファンドです。そして、このシュウエイを通し多くの企業を支配している人物こそが―――――現リブート社会長【アロイス・ベイトソン】」
その名を告げると、観念したようにジェフリーの肩が落ちた。
「おそらくアロイス会長はCNLの幹部なのでしょうね。近年、CNLの会長には体調不良による引退説が囁かれ続けています。いよいよその機会が近付き、後継者たちが我先にとその椅子を狙っているとも。このような強攻策に出たのは、その座を狙ってのパフォーマンスでしょう。先程自身で語っていたように、この【対人罠】が莫大な利益を生み出せば、彼の発言力は群を抜いて強固なものとなるのですから」
[・・・《L》、あなたの前では、どのような秘密も存在し得ないのか・・・?]
その言葉には否定も肯定も返さずに、私は一拍の間を置いて最後の一手を打つ。
「ロックを開けて下さい、ジェフリー。どんな事情があるかは知りませんが、あなたは爆弾の似合う人ではない」
宣告するまでもなく、その一手はチェックメイトとなった。
『プロムナードから船倉を抜けて、機関室へ・・・』
自分に確認するように呟いて、緋勇さんは操舵室から再度プロムナードへ戻るエレベーターを目指す。
事態は一転、最悪の方向へと向かっていた。
ジェフリーを説き伏せ操舵室へ到着したものの、船の自動航行プログラムが何らかの障害を起こしたことにより、既にコントロールを受け付けなくなっていたのだ。しかも、この船が今向かう先は外洋ではなくクリエラ最大の港町「アルテア」。まだ紛争のざわめき止まぬクリエラ国内で、政府が拠点とする都市である。
そんな場所に爆発物を積んだ船が突っ込めば、ただでは済まない。どんな理由があろうと関係なくそれは【反政府組織からの攻撃】と見なされ、クリエラは再び大規模な紛争へと突入するだろう。
[素晴らしい、まるで紛争自体が《L》のプロデュースのようじゃないか]
モニターの向こう側に現れたアロイス・ベイトソンは既に正体を隠すこともせず、そう言って醜く歪んだ笑いを見せた。
しかし、その笑いは彼の部下であるジェフリーの嫌悪をも掻き立てたようだ。
[もうあなたには従えない。今まで有難うございました]
その言葉を最後に彼はアロイスとの通信を遮断し、我々に協力して船を止めることを約束したのだから。
(だが、最早一刻の猶予も無い・・・)
ジェフリーという味方を得ることが出来たのは喜ばしいが、オートパイロット機能を修復する為には最深部の機関室でシステムの再起動を行う必要がある。
再起動と一口に言っても、その場に行けば簡単に出来るというものではない。前段階として、機能停止している間の過負荷によるエンジンの爆発を防ぐ為に、発電機と推進器の遮断と各エンジンの停止作業が要る。それは決して安全なものではないだろう。
そして。
何より船の深部にはまだあの男・・・【ハウスキーパー】が息を潜めているのだ。
(リミットは約5時間。しかしエンジン停止後も慣性で船はしばらく動き続ける。クリエラの政情を考えれば、港から視認できる距離までは近付きたくないのが実情・・・。グラナダ号の重量を鑑みて、もう1時間は余裕を見ておきたいところだが、流石に難しいだろうか。ハウスキーパーは間違いなく仕掛けてくるはずだ。既に機関室までの通路には罠が張り巡らされている可能性が高い・・・それを解除しつつ進むとなれば、かなりのタイムロス・・・)
半分思考の海に意識を飛ばしていた私の目に、エレベーターの扉が開く様子が映った。
ジェフリーの協力により、現在は船内に設置されているカメラの映像をこちらでもいくつかモニターできるようになっている。そのため、私が今見ている映像は緋勇さんの後姿だった。
やや小柄の部類に入る体格であるのに、すらりと美しく伸びた背筋がその存在感を視覚以上に大きく見せている。その背を視覚の一部で捉えつつ、無意識に私は親指の爪を歯で軽く挟んだ。
(しかし、緋勇さんと私なら、やれる。この船を止め、アロイスの計画を白日の下に曝し、全てを解決することが・・・)
がり、と噛んだ爪の音で我に返る。
(「緋勇さんと」、なら?)
エレベーターの扉が閉まり、緋勇さんの姿が正面のモニターから消えたことに一瞬驚いた。なんのことはない、私がメインのカメラを切り替え忘れた、ただそれだけなのだが。
(・・・私らしくもない。こんなミスなど・・・)
モニターの画像が、緋勇さんの手にした端末のものへと切り替わる。
大きく映しだされた彼の表情は、こんな状況にもかかわらず先刻までよりも寧ろ穏やかであるように見えた。
操舵室で、ジェフリーと緋勇さんが交わした会話を思い出す。
『…貴方は、恐ろしくはないのですか』
残り時間を聞いた後、緋勇さんは軽く頷いただけですぐさまエレベーターの方へと身を翻した。そのまったく迷いのない動きに驚いたのだろう。
『貴方が優秀な捜査官なのは分かっています、しかしもう事態は個人の能力でどうにかなる問題じゃない。何故貴方は止めようとしないんです…。命が惜しくないのですか?それとも、FBIとしての責任感ですか?』
ひどく早口でまくし立てたジェフリーを、どこかゆっくりとした動作で緋勇さんが振り返る。
おそらく初めてその時、ジェフリーは緋勇さんの瞳を真正面から見たのだろう。驚愕に目を見開いた表情のうち、頬がみるみるうちに赤みを増す。私はこんな時だというのに数時間前の自分を思い出し、ほんの少し笑ってしまった。
『どちらでもないです』
そんな彼の前で緋勇さんは――――にこりと笑った。
『俺は、怖がりで痛がりなんですよ。だから、他の誰かが傷付くのも苦手なんです』
ひらりと身を返し出て行く背を、止める者はもういなかった。
(怖がりで、痛がりだから)
穏やかな瞳に嘘は感じない。
(だから、自分だけではなく他の誰かが傷付くのも怖くて、痛い。それ故に…緋勇さんは戦うことができる。たとえそれが自分の身を危うくするのだとしても、恐れを上回る【弱さ】故に)
いや。
私は小さく首を振った。
(それを人は、【強さ】と呼ぶ)
この人は、決して万能のスーパーマンではない。ただの【人間】だ。そして、それを自分で知りながら、なおも戦うことをやめない【ひと】なのだ。
(だから…だからこそ、「止める」のはこの人でなくてはならなかったのだろうか。【人の悪意】と戦うことができるのはただ一つ、【人の正義】であるが故に…)
何故だろうか。私は今この時にして彼がこの船に乗せられたことが、必然であったように強く思えた。
この船を、ばら撒かれようとする兵器を、起ころうとする紛争を、すべてを止めるために、誰でもない【緋勇龍麻】が【ここに来ざるを得なかったのだ】と。
(…馬鹿な。私は、一体何を)
そんなことは無論、私の幻想でしかない。
(緋勇さんはFBI捜査官であるとしても、その前に一人の救助対象者。彼を救出することが、私の…《L》の役目だったはず。どれほど事態が変わっても勘違いしてはならない、そもそも彼は【被害者】なのだと…)
ポーン、という音にキーボードの上で静止したままだった指が震えた。
エレベーターがラウンジ階に到着し、扉が開く。エレベーターホールというにはかなり狭苦しい空間を抜け、その先にある扉を開けば海が見渡せるプロムナードに出る。
そこには、確か。
「緋勇さん!」
『は、はい!?』
突然の私の大声に、緋勇さんが扉へ伸ばした手を引っ込めて端末へと向き直る。
黒い瞳が何の警戒も見せず、《私》へと向けられている。
できる、はずだ。
《L》と…《私》と《緋勇さん》ならば、きっと。
誰一人理不尽な被害を被ることなく、すべてを解決することが、きっと。
(誰一人?)
脳裏に浮かんだ自分の言葉に息が詰まる。
誰も傷付かない、最良の結末。今この場でそれを手にするためには、私の力だけでは足りない。私の手はまだそこに届かない。緋勇さんが、必要なのだ。
(すべてを守るために?)
『…《L》?』
怪訝な表情の緋勇さんが端末越しに呼びかけてくる。当たり前だ、もう一刻の猶予もないと言ったのは私自身ではないか。
だが、私の声はまだ音にならない。気付いてしまった。今頃になって。
(誰一人傷付けず、守る。そのために、誰が戦う?)
私ではない。
たとえ《L》がアロイスの言うように汚名を着て抹殺されようとも…それは私の記号の一つでしかない。
死と隣り合わせの場所で、爆弾魔たちを相手に爆発間近の機関室に向かわなくてはならないのは…。
(緋勇さん、だ)
当たり前のことだった。どれほど私が小賢しい策略を巡らそうとも、彼にまだこの手は届かない。助けることもできず、今はただその力に頼るしかない。
分かっている。このままでは何万人という人々が死ぬ。それを止めることができるのは、今この時点ではどう足掻いても緋勇さんだけだ。そんなことは分かっている。《L》であり、《FBI》であるならば、これ以外の選択肢など必要ない。それでいい。それが正しいはずなのに。
(…だが、違う…。戦うことは緋勇さんの【義務】ではない…!)
怖がりで痛がりだと笑った緋勇さん。微塵も表には出そうとしないけれども、その身に蓄積された疲労はどれほどだろうか。常人であればとっくに倒れていてもおかしくない修羅場を抜け、彼はまだ平然と笑って戦おうとする。自分ではない誰かのために。
「……緋勇さん」
喉に張り付くような声で彼の名を呼ぶ。機械音声に変換されれば無感情な音の羅列となるはずだが、多分それはもう緋勇さんには意味がないのだろうなと回りきらない思考の端で考えた。
「猶予がないのは分かっています。ですが、扉を開けたらもう少しだけ私に話す時間を下さい」
『…はい、分かりました《L》』
短い返事と穏やかな笑み。もう随分と長くこうしたやりとりをしていた気がするのに、私たちが【出会って】からはまだ半日程度の時間しか経過していない。
(不思議なものだ…)
たったその間に、私は数々の変化を感じた。私だけではなく、ワタリもそうだろう。
そして今、私はおそらく最も《L》らしからぬことを彼に告げようとしている。
(《L》の記号は、多くの【正義】を形にしてきた。その記号をブレさせないためならば、当然今回もそうあるべき。だが、私は…《エル・ローライト》は…)
扉が、開く。
再び真っ青な空と強い日差しがすべてを包んだ。
眼前には同じく青の色に染まる海が広がっている。まるで果てがないように、ただ青く、広く。
しかし、そこならば。まだ、【逃げられる】。
「緋勇さん」
再び名を呼ぶ私に、彼は黙って端末を覗き込んだ。
「この船を止めるためには、先ほど言った通り船倉を抜け最奥の機関室でエンジン停止作業を行わねばなりません。単純にそれだけでも危険な作業になるでしょうが、加えてハウスキーパー…今や私たちのみならずアロイスやジェフリーにも復讐しようと考えているだろうあの男の存在があります。貴方はあらゆる面で非常に優れた能力を持つ捜査官ですが、先程ジェフリーも言った通り、最早これは個人の能力だけでどうにかなる問題ではないのかもしれません。今までもそうでしたが、この先はそれ以上に命の危険と隣り合わせです」
黒い瞳は静かに頷いた。
私が何を言いたいのか、もう分かっているのだろうか。答えはもう、決まっているのだろうか。
その目を見るのが恐ろしく、私は膝の上にこつんと額を置いた。
「…貴方は、元々被害者です。【FBI捜査官】であれば、この先へ向かうことは【義務】であるのでしょう。けれど今の貴方は違う。貴方は…今ここで脱出したとしても責められることはない」
モニターからの音声はなく、私はそのまま言葉を続ける。《L》であれば決して言ってはならない言葉を。
「ここには新品の救助ボートがあります。おそらくはすべてが終わった後にジェフリーたちが使うためのものだったのでしょうが…。今なら貴方とジェフリーはそれを使って逃げられる。たった一人の被害者が、何を背負うことがあるでしょう。貴方は…自分の命を優先する権利がある。誰も、私も、それを決して責めることなどありません。ですから」
膝に置いた手に、無意識に力が入る。
選んでください。そう言いかけて、言葉の卑怯さに飲み込んだ。
違うだろう、エル・ローライト。私が彼に伝えたかったのは選択を迫る言葉ではない。言いたかったのは、ただ一つ。
「…私は…《私》は、貴方を死なせたくありません」
絞り出すように紡いだ言葉に、眼球の奥が熱くなる。我知らず震える肩に、誰かの温かな手がそっと置かれた。改めて顔を上げる必要などない、それは私の大切な【家族】のものだろう。その温かさは私の身勝手な言葉を認めてくれるように、ただひどく優しかった。
(ワタリ……いや、「ワイミーさん」。…私は、間違えていないのだろうか…)
その手の重みを拠り所に、私はモニターの向こう側の人物からの答えを待つ。
私は、どちらの返事を待っているのだろうか。
逃げて欲しいのか、それとも、戦って欲しいのか。そのどちらもか。
『…ありがとう、《L》』
「!!」
不意に聞こえた予想外の言葉に、私は反射的に顔を上げた。
そこには。
『でも大丈夫。そう簡単に俺は死にませんよ』
鮮やかな青色を背にした緋勇さんが、笑っていた。
『大体、《L》が言ったんでしょう、俺が【JOKER】だって。せっかく配られた切り札の使い所はここからじゃないんですか?それに…』
優しい笑顔が、急に悪童の色を帯びる。
『俺も言ったでしょう、【必殺技は、もっと必殺って時に使うものです】って』
ああ、この人はそんな表情もするのか。
そう思い、つられて笑みが浮かんだ。
「…そうでしたね。すみません、忘れていました」
先程の幻想が、まるで現実になっていくような不思議な感覚。
この人は、もしかしたら本当に。
ふと上げた視線の先に、ワタリの元々細い眼がなくなってしまいそうな笑顔が映る。
どうやら、そう考えているのは私だけではなかったようだ。
笑いだしそうな気分に任せて、正直な思いが口からこぼれおちる。こればかりは肉声であれば良かったのに、などと考える私は本当に昨日までと同じ《私》だろうか?
「不謹慎ですが…誘拐されたのが、貴方で良かった」
本当に不謹慎極まりない私の言葉に、それでも彼は少しも怒ることはなかった。微笑みに肯定の意を見たような気すらして、あまりに勝手な己の解釈に苦笑が漏れる。
「お時間を取らせました。では改めて…参りましょうか、【龍麻さん】」
呼びかけに、【龍麻さん】は一瞬大きく目を瞬いた。
だが、それは本当にたった一瞬のこと。すぐさまにこりと笑って、敬礼の形に手を挙げる。
『了解です!《L》』
駆け出すその背を追いかけて、私はモニターのメイン画像を切り替えた。
END。
※※※※※※※※
やっとここまで書けたぁぁぁぁ!!!(自己満足)
この話をどーしても書きたかった理由の1つが、実際のゲームでは使われなかったらしいとあるセリフ(おまけのボイス中に入ってた)をLにちゃんと言ってもらいたかったからだったりします。今よーやく回念願叶ってうれしい・・・。
あと2、3回+おまけのオチくらいで終わります。夏コミまでには絶対!!そうしないと新刊出ないから!(切実)
ところで某姐さんから「しまづさんとこのLは【黙デレ】(寡黙+デレ)だね」と言われて妙に納得したとかしないとか。確かに照れると黙ります。慣れてないから(笑)
螺旋の黄龍騒動記・15。
2008年2月21日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という妄想甚だしい二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに完璧にネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても速攻秋月さんとか新宿の魔女とかが察知して、陰陽師だの鎮魂歌だのが闇に葬っちゃうと思われます。デスノメンツには死神の存在以前になんじゃこりゃあ!な世界です。
●そんな二次創作は最低だという方は、どうかこんな変なものは忘れてもっと素敵なサイトにGO!でお願いします。
●パロディならその程度気にしないわとか、寧ろ名前入力主人公には極力「緋勇龍麻」って入れたいくらい黄龍が好き!いう【愛】MAXな方に少しでも楽しんで頂けたら【喜】と【愛】連打です。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
床を蹴る足がやけに軽い。
今までずっと燻っていた《陰》の枷から一気に解き放たれた、そんな感じだ。
積み重なっていた疲労感をどこかに忘れてきたように、身の内から力が溢れ出してくる。
ひやりと頬を掠める【気の流れ】を感じ、その源が海面を照り返す陽光と、波の上を駆ける強い潮風であることに気付く。そこでやっと、そもそも今まで自分の周りの空気が停滞していたのだと一瞬遅れて理解した。
(疲労とかストレスとかに気を取られて特に感じなかったけど、龍脈からの《力》にも負荷がかかってたのか)
船体に跳ね返る波の音。光に触れた部分から感じる熱。そんな些細な全てが、人間の限界を飛び越えて余りある《力》を俺の中の《黄龍》へと注ぎ込む。まるでそれまで堰き止められていた分を取り返そうとでも言うような奔流に、今更ながら陰気への抵抗力が落ちていた理由の一端を知る。
なるほど、如何に黄龍という存在が万物の根源であるといえどもそれは自然に生み出されたもの。人為的に作られたぶ厚い鉄の箱に《器》が閉じ込められていては、思うように《力》注ぎ入れることは難しいのか。
尤も《器》自身が本気で《龍脈の力》を望めばこの程度、さしたる障害ではないのだろうが。実際多少の違和感はあったものの、決して遮断されるような感覚ではなかったのだから。
そこまで考えて、他人事のように分析している自分を少しだけおかしく思う。
俺がこの《力》を受け入れて《満たされた器》、つまり《黄龍》そのものとほぼ同一の存在になってから7年近くが経とうとしているが、どうやら余りにもそれが当たり前になりすぎていて反対に分かっていないことが多いように思う。普通の人間が足を動かして歩いたり手で物を掴んだりすることを、特に疑問に思わず行うのと同じだ。
(だけど、よく分かってることもある)
《黄龍》は俺の感情に敏感だが、中でも【怒り】に最も強く反応する。まさに今がそうだ。際限なく送り込まれ脈打つ《力》は無意識に俺が呼び込んでいるものでもあるのだろう。
人殺しの道具で金を儲ける。そんなことのためにこの事件は起こされた。
(怒らずに、いられるか)
『緋勇さん!』
階段をたった二歩で駆け下りる。《L》の誘導が耳に入ってはいたが、それより先に向かうべき場所は文字通り【風が教えて】くれた。
居る。
(少なくとも2人の人間がこの船には乗っている。ということは、それがジェフリーとハウスキーパーか・・・)
そのうち1人は気配の感じ取りにくさからしておそらく客室部分よりも深い場所に、そしてもう1人はこの先にあるブリッジにいる。《L》の読み通り、こちらがジェフリーなのは間違いないだろう。
(止める)
はっきりと望みを言葉として形作ると、不思議と頭の中がクリアになった。
強い怒りと反比例するように神経が研ぎ澄まされ、思考が冷静さを増していくのを感じる。
(止めてやる。この船も、対人罠の開発も、爆弾魔も、なにもかも)
駆け抜けた廊下の向こうに、甲板へ続く扉が見えた。
(行くぞ、《黄龍》。【壊す】んじゃない、【止める】んだ。俺と―――――)
差し込む光に自然と目が細まる。光の残像が視界の中で奇妙なほどゆっくりと瞬いて、それを追うように顔をあげたとき、もう目の前には扉があった。その横には、点滅する赤いランプが6つ、縦に並んでいる。
ぷつん、と通信が入る音がした。
内容を聞く前に大体を理解する。時間制限は一時解除されたが、当然まだ【仕掛けは残っている】のだろう。呼び掛ける人の機械音声を予測しながら、俺は。
無意識に、にやっと笑った。
(止めるぞ、《俺》と―――――それから、《L》とで)
たどり着いたプロムナードは静まり返り、どことなく不気味な光景に見えた。かつては乗船客を楽しませただろう店舗の数々は一様にシャッターの向こうで埃を被っており、放置されたままの商品が帰らぬ人々を待つように陳列棚に並んでいるのが確認できる。
『人影は、無いようですね』
《L》の言葉に素直に頷く。実際、この周辺には人間どころか猫の子一匹気配はない。
甲板へ向かう扉に仕掛けられていたのは【罠】ではなく電子ロックだったが、それを解除するためにはいくつか仕掛けられた【罠】を解除する必要があった。どうやらこれは《A》の指図ではなく【ハウスキーパー】が独自に用意しておいたものらしい。依頼人の仕込んだトラップでは《L》を仕留められない可能性が高いことくらいは予想していたようだ。
『それほど過小評価をされているわけでもなかったようですが、決して喜ばしいことではありませんね。特に、【今】は』
「確かに…」
一刻を争う状況下で小刻みに足を止められるというのは、精神的にも結構辛い。
しかも先程までの『実験用』と違い、殺傷を目的とした『本物の』対人罠。その性格の悪さと言ったらさっきまでの【罠】が可愛く思えてくるほどだ。
『依頼人に無断で仕掛けたためか、数が少ないのがせめてもの救いと言えなくもないですが・・・しかしあのハウスキーパーという男、見た目の軽さに比べて意外にマメな性格ですね。主に無駄な方面に、ですが』
皮肉を通り越してストレートな嫌味が《L》の口から(というかまぁ端末からなのだけど)飛び出したことにちょっと驚いた。おそらくどこかでこの通信を聞いているだろうと思うが、今ハウスキーパーは一体どんな顔をしているだろうか。
勿論《L》のこと、単に愚痴っているわけではなくて俺の苛々を少しでも軽くさせる為にあえてそんなことを言っているのだろう。その証拠に、相変わらず《L》からの指示は苛立ちの欠片もなく落ち着いていて的確だった。限られた時間内で『最速』が保障されてるというのは本当に有り難い。おかげで無駄に焦りを感じることもなく作業を進めることが出来る。
「この周辺は、とりあえずこれで最後ですかね・・・」
『おそらく、そうでしょう』
スタッフルームに用意されていた「根性曲がりの」キートラップをどうにか解除し、さらにその奥、おそらく仮眠室として使われていたのだろう小さな部屋の扉に仕掛けられていたブラックボックスも分解し終えた。いい加減、次に進みたい。
深く息を吐き出しながら希望交じりの予測を口にすると、《L》も珍しく同意の言葉を返してくれた。「油断するな」と注意されるかもな、なんて思っていたからちょっと安心する。
『緋勇さんが基本的に「油断してない」のは先ほど良く分かりましたから』
・・・なんて思った俺が甘かった・・・。
さっきのお返しとばかりに痛烈なバックハンド・リターン。咄嗟に上手い返事も思いつかず、降参とばかりに苦笑いのまま端末から部屋へと視線を戻す。入り口と部屋内部に罠が仕掛けられていたことからここにも何か重要なものがあるのかと思ったが、単に引っ掛けだったのだろうか、これといって目に留まるものは無かった。
「あくまで【おまけ】の罠だけに、意味はないのかも・・・」
呟いて、引き出しを閉めようと姿勢を低くしたその時。
(・・・あれ?)
机の奥、引き出しの下の方になにかが落ちているのが見えた。
(あれは・・・もしかして)
閃くものがあったために、引き出しの立て付けが悪い風を装い、カメラに映らないように屈みこむ。
伸ばした指先に金属のひやりとした感触がした。
(・・・やっぱり)
そっと拾い上げたそれを上着の下に滑り込ませ、ベルトに挟み込む。
落ちていたのは【スタンガン】だった。
どういう理由でこんなところに落ちていたのかは分からないが、見た目からしてまだ新しく壊れてもいないようだ。もしかして、俺があの時喰らった電撃はこのスタンガンのものだったのだろうか。《L》に相談してみたいところだけど、筒抜けの通信ではそういうわけにもいかない。
(分からないけど別にこれ自体が罠でもなさそうだし・・・一応持っておこう)
何かの役に立つかもしれないし、と考えてから、どうも考え方が九龍に似てきたような気がしてため息が漏れた。天香学園に潜入していた頃、なんでもかんでも「いつか使えるかも!」と言って拾い集める癖のある九龍に何度説教したことか。その俺があちこちから集めたハサミだのドライバーだのカッターだのをガチャガチャ持ち歩いてるなんて知られたら、皆守辺りに思い切り笑われそうだ。
(さて、急がないと)
変に手間取って【敵】に気付かれると厄介だ。引き出しをわざと少し大きな音をたてて閉め、立ち上がる。ここには他になんの手がかりも無いようなので、そのまま部屋を出てデッキへと移動した。
しかし、全てのドアロックを開錠状態にしたというのにコントロールルームへ向かうエレベーターはロックされたままだ。
「・・・駄目か・・・」
とりあえずボタンを強く押してみたり、あちこち叩いたりしてみるが、当然ながら電源の入っていないエレベーターが動く気配は無い。
「参ったなぁ」
それ以上思いつく言葉も無しに腕を胸の前で組むと、端末からの機械音声が代わりに台詞を続けてくれた。
『既に【ゲーム】は終了しています。当然と言えば当然です』
冷静すぎるほどの《L》の言葉だが、勿論その裏ではこの状況を打破する方法をフル回転で考えてくれているのだろう。
(うーん・・・)
《L》にばかり任せるのもなんなので、俺も自分が出来ることを考えてみる。のけれど、どうにも力押しの方法しか思いつかないのが情けない。
デッキから飛び出し外壁を駆け上がるというのは一般的ではないだろうし、エレベーターの扉を蹴り破ってワイヤーを登っていくというのもハリウッド映画の見すぎという気がする。
ちなみにもう一つ、天井をぶち抜いて直行ルートを確保するという方法もあり、実は俺にとってこれが一番簡単な方法なのだが・・・できればギリギリまで提案したくない手段なのは言うまでも無い。
(流石にそれをやったら『古武術の皆伝ですから』で押し切れる自信は無いよなぁ・・・。この状況じゃ『人間』だと言うことすら怪しまれそうだし、変なところに情報が流れたら色々と困る・・・)
《黄龍の器》という宿星は結局のところ、俺一人の問題じゃない。《黄龍》は確実に【世界を滅ぼせる力】を持つが故に、その存在を知る者からは常に狙われていると言っていい。俺がそういう相手から身を隠し、未だに呑気な生活をしていられるのはあちこちに【味方】がいてくれるおかげだ。だからこそ俺自身はその協力を無駄にしないように注意を払わなきゃならない。
・・・はずなんだけど、どーもこの巻き込まれ体質がそれを邪魔してるような気がするんだよな・・・。気のせいかなぁ・・・俺自身は首なんか突っ込んでないと思うんだけどなぁ・・・。
(いやいや、それはともかくどうしよう)
軽く首を振ってつい余計な方向に流れた思考を振り払う。
(《L》の判断次第では、ワイヤー登りくらいなら提案しても許容範囲かな。もう壁くらいなら素手で破れるのは見せちゃったんだし)
と、そこまで考えるのに多分1分少々。
『仕方有りません、ロックを外してもらいましょう』
あっさりとそんなことを言われて回転しかけた思考が止まった。
「え?」
誰に?と聞き返す前に気が付く。今ここでそれが出来るのは1人しかいない。
――――ジェフリーだ。
『聞こえていますね、ジェフリー。ロックを解除して下さい』
《L》の呼びかけに一瞬の間を空けて、画面におどおどとした青年の顔が映る。びくついた雰囲気にもかかわらず、彼はある程度しっかりとした口調で否定の言葉を紡いだ。
[・・・言われたからといって、私が「はいそうですか」と解除すると思うんですか]
まぁそうだろう。
【普通】は。
(だけど相手は・・・)
『ええ、貴方は解除してくれますよ。この船を爆破しても、既に意味がないのですからね』
(・・・普通じゃないんだよなぁ)
思わず浮かびそうになった苦笑いをどうにか押し込めて、モニターの前で黙り込む。こんなとき、余計な口出しはしないのが一番だ。
(ここは《L》の出番。扉が開くまでは観客席で大人しくしてよう)
モニターの前で絶句しているジェフリーには、当然だが俺の存在など既に目の端にも入ってない。不気味なものでも見るように、《L》という白い画面を窺いながら、それでもどうにか再度口を開いたのは《A》への忠誠か、任務達成への使命感か、それとも。
(もしくは、別の。・・・《A》とも【ハウスキーパー】とも違う・・・何か、か)
不意に何かが脳裏を過ぎる。何か隠されたものが姿を見せようとしている気がして、心音が早くなる。
(なんだ、ろう。この予感)
耳の奥を流れる血の音に阻まれ、一瞬周囲の何もかもを意識の外に放り出しそうになる。しかし次の瞬間、鋭く響いた《L》の声が急速に俺を現実へと引き戻した。
『何故なら、私は貴方のボス《A》の正体を知っているからです』
画面の向こうで、ジェフリーの顔色がみるみる青から白へ変わっていく。
正直、俺の顔も相当な驚きの表情になっていただろう。
――――だから、俺はつい掴みかけた何かを失念してしまった。
(何か、【思いつめた】様な)
微かに感じたジェフリーの態度。そこにある違和感の意味を、正確に俺が理解するのはもう少し後のことになる。
そしてそれが大きくこの事件を動かすことになるのを、当然俺はまだ予感さえしていなかった。
END。
※※※※
あーまた一ヶ月以上空いてしまった・・。
ここから先はなるべくスピードアップしていきます。7月中には終わらせるぞー。(既に目標が気長すぎるよ!)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という妄想甚だしい二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに完璧にネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても速攻秋月さんとか新宿の魔女とかが察知して、陰陽師だの鎮魂歌だのが闇に葬っちゃうと思われます。デスノメンツには死神の存在以前になんじゃこりゃあ!な世界です。
●そんな二次創作は最低だという方は、どうかこんな変なものは忘れてもっと素敵なサイトにGO!でお願いします。
●パロディならその程度気にしないわとか、寧ろ名前入力主人公には極力「緋勇龍麻」って入れたいくらい黄龍が好き!いう【愛】MAXな方に少しでも楽しんで頂けたら【喜】と【愛】連打です。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
床を蹴る足がやけに軽い。
今までずっと燻っていた《陰》の枷から一気に解き放たれた、そんな感じだ。
積み重なっていた疲労感をどこかに忘れてきたように、身の内から力が溢れ出してくる。
ひやりと頬を掠める【気の流れ】を感じ、その源が海面を照り返す陽光と、波の上を駆ける強い潮風であることに気付く。そこでやっと、そもそも今まで自分の周りの空気が停滞していたのだと一瞬遅れて理解した。
(疲労とかストレスとかに気を取られて特に感じなかったけど、龍脈からの《力》にも負荷がかかってたのか)
船体に跳ね返る波の音。光に触れた部分から感じる熱。そんな些細な全てが、人間の限界を飛び越えて余りある《力》を俺の中の《黄龍》へと注ぎ込む。まるでそれまで堰き止められていた分を取り返そうとでも言うような奔流に、今更ながら陰気への抵抗力が落ちていた理由の一端を知る。
なるほど、如何に黄龍という存在が万物の根源であるといえどもそれは自然に生み出されたもの。人為的に作られたぶ厚い鉄の箱に《器》が閉じ込められていては、思うように《力》注ぎ入れることは難しいのか。
尤も《器》自身が本気で《龍脈の力》を望めばこの程度、さしたる障害ではないのだろうが。実際多少の違和感はあったものの、決して遮断されるような感覚ではなかったのだから。
そこまで考えて、他人事のように分析している自分を少しだけおかしく思う。
俺がこの《力》を受け入れて《満たされた器》、つまり《黄龍》そのものとほぼ同一の存在になってから7年近くが経とうとしているが、どうやら余りにもそれが当たり前になりすぎていて反対に分かっていないことが多いように思う。普通の人間が足を動かして歩いたり手で物を掴んだりすることを、特に疑問に思わず行うのと同じだ。
(だけど、よく分かってることもある)
《黄龍》は俺の感情に敏感だが、中でも【怒り】に最も強く反応する。まさに今がそうだ。際限なく送り込まれ脈打つ《力》は無意識に俺が呼び込んでいるものでもあるのだろう。
人殺しの道具で金を儲ける。そんなことのためにこの事件は起こされた。
(怒らずに、いられるか)
『緋勇さん!』
階段をたった二歩で駆け下りる。《L》の誘導が耳に入ってはいたが、それより先に向かうべき場所は文字通り【風が教えて】くれた。
居る。
(少なくとも2人の人間がこの船には乗っている。ということは、それがジェフリーとハウスキーパーか・・・)
そのうち1人は気配の感じ取りにくさからしておそらく客室部分よりも深い場所に、そしてもう1人はこの先にあるブリッジにいる。《L》の読み通り、こちらがジェフリーなのは間違いないだろう。
(止める)
はっきりと望みを言葉として形作ると、不思議と頭の中がクリアになった。
強い怒りと反比例するように神経が研ぎ澄まされ、思考が冷静さを増していくのを感じる。
(止めてやる。この船も、対人罠の開発も、爆弾魔も、なにもかも)
駆け抜けた廊下の向こうに、甲板へ続く扉が見えた。
(行くぞ、《黄龍》。【壊す】んじゃない、【止める】んだ。俺と―――――)
差し込む光に自然と目が細まる。光の残像が視界の中で奇妙なほどゆっくりと瞬いて、それを追うように顔をあげたとき、もう目の前には扉があった。その横には、点滅する赤いランプが6つ、縦に並んでいる。
ぷつん、と通信が入る音がした。
内容を聞く前に大体を理解する。時間制限は一時解除されたが、当然まだ【仕掛けは残っている】のだろう。呼び掛ける人の機械音声を予測しながら、俺は。
無意識に、にやっと笑った。
(止めるぞ、《俺》と―――――それから、《L》とで)
たどり着いたプロムナードは静まり返り、どことなく不気味な光景に見えた。かつては乗船客を楽しませただろう店舗の数々は一様にシャッターの向こうで埃を被っており、放置されたままの商品が帰らぬ人々を待つように陳列棚に並んでいるのが確認できる。
『人影は、無いようですね』
《L》の言葉に素直に頷く。実際、この周辺には人間どころか猫の子一匹気配はない。
甲板へ向かう扉に仕掛けられていたのは【罠】ではなく電子ロックだったが、それを解除するためにはいくつか仕掛けられた【罠】を解除する必要があった。どうやらこれは《A》の指図ではなく【ハウスキーパー】が独自に用意しておいたものらしい。依頼人の仕込んだトラップでは《L》を仕留められない可能性が高いことくらいは予想していたようだ。
『それほど過小評価をされているわけでもなかったようですが、決して喜ばしいことではありませんね。特に、【今】は』
「確かに…」
一刻を争う状況下で小刻みに足を止められるというのは、精神的にも結構辛い。
しかも先程までの『実験用』と違い、殺傷を目的とした『本物の』対人罠。その性格の悪さと言ったらさっきまでの【罠】が可愛く思えてくるほどだ。
『依頼人に無断で仕掛けたためか、数が少ないのがせめてもの救いと言えなくもないですが・・・しかしあのハウスキーパーという男、見た目の軽さに比べて意外にマメな性格ですね。主に無駄な方面に、ですが』
皮肉を通り越してストレートな嫌味が《L》の口から(というかまぁ端末からなのだけど)飛び出したことにちょっと驚いた。おそらくどこかでこの通信を聞いているだろうと思うが、今ハウスキーパーは一体どんな顔をしているだろうか。
勿論《L》のこと、単に愚痴っているわけではなくて俺の苛々を少しでも軽くさせる為にあえてそんなことを言っているのだろう。その証拠に、相変わらず《L》からの指示は苛立ちの欠片もなく落ち着いていて的確だった。限られた時間内で『最速』が保障されてるというのは本当に有り難い。おかげで無駄に焦りを感じることもなく作業を進めることが出来る。
「この周辺は、とりあえずこれで最後ですかね・・・」
『おそらく、そうでしょう』
スタッフルームに用意されていた「根性曲がりの」キートラップをどうにか解除し、さらにその奥、おそらく仮眠室として使われていたのだろう小さな部屋の扉に仕掛けられていたブラックボックスも分解し終えた。いい加減、次に進みたい。
深く息を吐き出しながら希望交じりの予測を口にすると、《L》も珍しく同意の言葉を返してくれた。「油断するな」と注意されるかもな、なんて思っていたからちょっと安心する。
『緋勇さんが基本的に「油断してない」のは先ほど良く分かりましたから』
・・・なんて思った俺が甘かった・・・。
さっきのお返しとばかりに痛烈なバックハンド・リターン。咄嗟に上手い返事も思いつかず、降参とばかりに苦笑いのまま端末から部屋へと視線を戻す。入り口と部屋内部に罠が仕掛けられていたことからここにも何か重要なものがあるのかと思ったが、単に引っ掛けだったのだろうか、これといって目に留まるものは無かった。
「あくまで【おまけ】の罠だけに、意味はないのかも・・・」
呟いて、引き出しを閉めようと姿勢を低くしたその時。
(・・・あれ?)
机の奥、引き出しの下の方になにかが落ちているのが見えた。
(あれは・・・もしかして)
閃くものがあったために、引き出しの立て付けが悪い風を装い、カメラに映らないように屈みこむ。
伸ばした指先に金属のひやりとした感触がした。
(・・・やっぱり)
そっと拾い上げたそれを上着の下に滑り込ませ、ベルトに挟み込む。
落ちていたのは【スタンガン】だった。
どういう理由でこんなところに落ちていたのかは分からないが、見た目からしてまだ新しく壊れてもいないようだ。もしかして、俺があの時喰らった電撃はこのスタンガンのものだったのだろうか。《L》に相談してみたいところだけど、筒抜けの通信ではそういうわけにもいかない。
(分からないけど別にこれ自体が罠でもなさそうだし・・・一応持っておこう)
何かの役に立つかもしれないし、と考えてから、どうも考え方が九龍に似てきたような気がしてため息が漏れた。天香学園に潜入していた頃、なんでもかんでも「いつか使えるかも!」と言って拾い集める癖のある九龍に何度説教したことか。その俺があちこちから集めたハサミだのドライバーだのカッターだのをガチャガチャ持ち歩いてるなんて知られたら、皆守辺りに思い切り笑われそうだ。
(さて、急がないと)
変に手間取って【敵】に気付かれると厄介だ。引き出しをわざと少し大きな音をたてて閉め、立ち上がる。ここには他になんの手がかりも無いようなので、そのまま部屋を出てデッキへと移動した。
しかし、全てのドアロックを開錠状態にしたというのにコントロールルームへ向かうエレベーターはロックされたままだ。
「・・・駄目か・・・」
とりあえずボタンを強く押してみたり、あちこち叩いたりしてみるが、当然ながら電源の入っていないエレベーターが動く気配は無い。
「参ったなぁ」
それ以上思いつく言葉も無しに腕を胸の前で組むと、端末からの機械音声が代わりに台詞を続けてくれた。
『既に【ゲーム】は終了しています。当然と言えば当然です』
冷静すぎるほどの《L》の言葉だが、勿論その裏ではこの状況を打破する方法をフル回転で考えてくれているのだろう。
(うーん・・・)
《L》にばかり任せるのもなんなので、俺も自分が出来ることを考えてみる。のけれど、どうにも力押しの方法しか思いつかないのが情けない。
デッキから飛び出し外壁を駆け上がるというのは一般的ではないだろうし、エレベーターの扉を蹴り破ってワイヤーを登っていくというのもハリウッド映画の見すぎという気がする。
ちなみにもう一つ、天井をぶち抜いて直行ルートを確保するという方法もあり、実は俺にとってこれが一番簡単な方法なのだが・・・できればギリギリまで提案したくない手段なのは言うまでも無い。
(流石にそれをやったら『古武術の皆伝ですから』で押し切れる自信は無いよなぁ・・・。この状況じゃ『人間』だと言うことすら怪しまれそうだし、変なところに情報が流れたら色々と困る・・・)
《黄龍の器》という宿星は結局のところ、俺一人の問題じゃない。《黄龍》は確実に【世界を滅ぼせる力】を持つが故に、その存在を知る者からは常に狙われていると言っていい。俺がそういう相手から身を隠し、未だに呑気な生活をしていられるのはあちこちに【味方】がいてくれるおかげだ。だからこそ俺自身はその協力を無駄にしないように注意を払わなきゃならない。
・・・はずなんだけど、どーもこの巻き込まれ体質がそれを邪魔してるような気がするんだよな・・・。気のせいかなぁ・・・俺自身は首なんか突っ込んでないと思うんだけどなぁ・・・。
(いやいや、それはともかくどうしよう)
軽く首を振ってつい余計な方向に流れた思考を振り払う。
(《L》の判断次第では、ワイヤー登りくらいなら提案しても許容範囲かな。もう壁くらいなら素手で破れるのは見せちゃったんだし)
と、そこまで考えるのに多分1分少々。
『仕方有りません、ロックを外してもらいましょう』
あっさりとそんなことを言われて回転しかけた思考が止まった。
「え?」
誰に?と聞き返す前に気が付く。今ここでそれが出来るのは1人しかいない。
――――ジェフリーだ。
『聞こえていますね、ジェフリー。ロックを解除して下さい』
《L》の呼びかけに一瞬の間を空けて、画面におどおどとした青年の顔が映る。びくついた雰囲気にもかかわらず、彼はある程度しっかりとした口調で否定の言葉を紡いだ。
[・・・言われたからといって、私が「はいそうですか」と解除すると思うんですか]
まぁそうだろう。
【普通】は。
(だけど相手は・・・)
『ええ、貴方は解除してくれますよ。この船を爆破しても、既に意味がないのですからね』
(・・・普通じゃないんだよなぁ)
思わず浮かびそうになった苦笑いをどうにか押し込めて、モニターの前で黙り込む。こんなとき、余計な口出しはしないのが一番だ。
(ここは《L》の出番。扉が開くまでは観客席で大人しくしてよう)
モニターの前で絶句しているジェフリーには、当然だが俺の存在など既に目の端にも入ってない。不気味なものでも見るように、《L》という白い画面を窺いながら、それでもどうにか再度口を開いたのは《A》への忠誠か、任務達成への使命感か、それとも。
(もしくは、別の。・・・《A》とも【ハウスキーパー】とも違う・・・何か、か)
不意に何かが脳裏を過ぎる。何か隠されたものが姿を見せようとしている気がして、心音が早くなる。
(なんだ、ろう。この予感)
耳の奥を流れる血の音に阻まれ、一瞬周囲の何もかもを意識の外に放り出しそうになる。しかし次の瞬間、鋭く響いた《L》の声が急速に俺を現実へと引き戻した。
『何故なら、私は貴方のボス《A》の正体を知っているからです』
画面の向こうで、ジェフリーの顔色がみるみる青から白へ変わっていく。
正直、俺の顔も相当な驚きの表情になっていただろう。
――――だから、俺はつい掴みかけた何かを失念してしまった。
(何か、【思いつめた】様な)
微かに感じたジェフリーの態度。そこにある違和感の意味を、正確に俺が理解するのはもう少し後のことになる。
そしてそれが大きくこの事件を動かすことになるのを、当然俺はまだ予感さえしていなかった。
END。
※※※※
あーまた一ヶ月以上空いてしまった・・。
ここから先はなるべくスピードアップしていきます。7月中には終わらせるぞー。(既に目標が気長すぎるよ!)
螺旋の黄龍騒動記・14。
2008年2月20日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、というスーパー妄想ドリーム満載な二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに確実にネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても陰陽師やM+M機関に即日闇に葬られたり魔女が死神使い魔にしちゃったりします。大体FBIにだってロゼッタと取引しちゃう捜査官がいるという、デスノメンツに大変住みにくい世界です。
●そんな二次創作大嫌い!な方は、どうかここまでの全てをなかったことにしてリターンをお願いします。
●まぁパロディならいいんじゃない?とか、寧ろ名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」しか選択肢を持たないぜ!という剛の者な方に少しでも楽しんで頂けたら喜び勇んで蝶の迷宮の井戸に飛び込む勢いです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『《L》以外には、ちゃんと警戒してますからいいんですよ』
その答えに、これといって深い意味はなかったに違いない。
私の意地悪へのちょっとしたお返し。そんな軽い気持ちで発した言葉だったのだろう。
「・・・・・・」
だが私は、それにいつものように上手く答えることが出来なかった。
『・・・《L》?』
不審げな緋勇さんの声が聞こえる。早く返事をしなければと思うのに、気の利いたお返しどころか何一つ言葉が思いつかない。私の思考は、別の方向へと囚われてしまっていたからだ。
(そうだった、のか)
【警戒】という単語を聞いた時、何故か不意に理解した。
この人は『自身でそうと決めた相手以外には身に纏った緊張を解くことは無い』のだ。
きっと本人も、明確に意識しているわけではないのだろう。だが。
(思えば、彼は【敵側の】通信が入ったときには微かにも驚きを見せなかった・・・)
ここまでの映像が次々と脳裏に再生される。確かに敵側からの通信は回数としては少ない。だが、それだけにいつも唐突であり、解体作業終了直後や息抜きの会話への割り込みなど、気を緩めた瞬間に入るものが多かったはずだ。しかし私の記憶に残る緋勇さんは、どの場面においてもごく自然にモニターへ視線を投げただけ。取り立てて表情を変化させることもなくそれを聞いていた。その違和感に、改めて私は驚愕する。
仮定に過ぎないが、緋勇さんは私からの通信と【ハウスキーパー】達からの通信を聞き分けているのではないだろうか。
現場にいる以上、こちら側では識別のできないものを彼が感知している可能性はある。発信源の違いなどから生じる微妙な【何か】を無意識に識別しているということは有り得るだろう。直感に優れる緋勇さんならなおさらだ。だとすれば、先程の緋勇さんの言葉は。
(《L》・・・つまり《私》にそれだけの信頼を委ねているのか。常に緊張を身に纏い、警戒を怠らない、そうしなければ生きていけない世界を生き延びてきたのだろう、この人が)
導き出された結論に、息が詰まる。
確かにこれまでの道のりで、ある程度の信頼関係を築けたと確信はしていた。しかし、【無意識の警戒】すら解かれるほどに信頼されているとは、思ってもみなかったのだ。
(私は、緋勇さんに【命を預けられて】いる)
抱えた膝に顔を埋めて、心の中で呟く。
(それは、私が《L》だからだろうか。【世界の頭脳】であり、FBIとも繋がりを持ち、様々な権限と財力を備えた【名探偵】だからか)
違う、と呟きが今度は小さな音になった。
(《私》ゆえに、だ)
確かに私は《L》だ。
だが《L》の全てが私であるのに対し、私にとって《L》は私を示す記号の一つに過ぎない。そして彼が、緋勇さんが知っているのはその記号である《L》。それだけのはず。
だというのに、彼は《L》を通してその後ろの私を、《エル・ローライト》を見ている気がする。
根拠など何も無い。ただの私の独りよがりで身勝手な解釈なのかもしれない。だが、この【勘】は決して間違っていないと、私の中にあるロジックでは解き明かせないものが言うのだ。頭脳でも、力でもなく、ただ《私》という一個人の【存在】をもって、彼は私を【信頼】したのだと。
(この人は、記号の無い《私》を信じてくれている。愚かとも言えるほど、ただ真っ直ぐに)
その信頼を、人の命を預かる重さを、『恐ろしい』と初めて思った。
そして、それ以上に―――――。
多分《私》は『嬉しい』と思ったのだ。
金属が触れ合う小さな音がする。フレームに巻きつけられた針金が鋏で切り外されると、モニターの向こうで四角い箱でしかなかった物体は徐々に【罠】としての素顔を露にしていった。
『・・・・・・』
流石の緋勇さんも、今までに比べ緊張の度合いが高いのだろう。常より更に呼吸の回数が減り、長い前髪に覆われた額の隙間にうっすらと汗が浮いている。
とはいえ、それは彼の判断力を鈍らせる程度のものではなかったようだ。
やがて最後の【罠】は、今まで彼が扱ってきたものと同じように単なる残骸へと姿を変えた。
「お見事です」
手にした爆薬をゆっくりとした動作でテーブルの中央に乗せた後、賞賛の言葉を受けたその人は、やはり今までと同じように無防備に笑顔を見せた。
『ありがとうございます』
モニターの中に変わらない言葉と表情を確認して、私も一瞬微笑んだかもしれない。
しかし我々の纏う空気は瞬時に硬質化した。
(―――――――来る)
機械越しの何処かよりこちらを窺う悪意に満ちた瞳・・・、おそらくは最後の攻勢に出てくるであろう【敵】の気配をそれぞれが感じ取った故に、だ。
無論、予測していたこと。先手を取らせる気などない。
「そして、お疲れ様でした緋勇さん。・・・ここからは、私の仕事です」
先ほどのものとは違う、ある意味「私らしい」笑みが口角を引き上げた。
攻守逆転。仕掛けるのは、もう相手側ではない。《私》だ。
[おい、これで終わったとは・・・]
間を置かず通信に割り込んできたハウスキーパーに向い、見えるはずもないが小さく舌を出す。
「いいえ、【ゲーム】は終わりですよ。いつまでも貴方のような何も知らない代理人を相手にしているわけには行きません」
[な、なんだと!?]
ハウスキーパーの語気に激昂と困惑が混じる。その反応に完全なる確信を持つ。
やはり、この男は単なるスピーカーに過ぎない。
「【何も知らない代理人】と言ったのです。・・・いえ、代理人という言葉すら間違いですね。【人】であれは自らの意思があるはずですから。ハウスキーパー、貴方は単なる【真犯人の操り人形】です」
端末の向こうから余りのことに単語にすらならない呻きが響く。だが、もう【ハウスキーパーという犯罪者】個人の反応などどうでもよかった。《L》の推理は完成された。後は扉の開きかけた真実を明らかにし、この事件を終わらせるだけだ。
「操られたままでは何かと不便でしょう。私が【糸】を切ってあげますよ・・・操り手を引き摺り出すためにもね」
ハウスキーパーを追い詰めるのにさほどの時間は必要なかった。
個々の爆弾の殺傷能力の低さと時間制限の多様さ。
パズルのような解除アイテムの配置。
相当額をつぎ込んだであろう過剰な舞台設定。
これを解除すべき【被害者】に素人ではなく【FBI捜査官】というプロフェッショナルを選んだこと。
更に加え、既に先日【罠】解除によりテロリストグループ【クリエラの月】を壊滅に導いた実績のある《L》をナビゲーションに付けたこと。
「殺傷能力の低い対人トラップを大量に解除する。しかも基本部分は同じものを様々な時間制限で繰り返し。これは一見相手を苦しめる為に仕掛けられたもののようですが、誘拐や爆弾という物騒なキーワードを取り払うと急に別の側面が見えてきます」
私の言葉にハウスキーパーからの反論はない。
元よりプロである自分をアドバイザー程度にしか使う気のないクライアントに対し、若干の不信感はあったのだろう。高額の報酬と自分の罠を解除した《L》に対する復讐が出来るという付加価値が、その不信感を上回ったというところか。
ならば、そこに亀裂を入れるのは容易い。
真実を告げてやるだけで良いのだ。
「少しずつ変化させ、繰り返し行う【作業】・・・・・・それを通常は【実験】と称します。つまり、この事件そのものが【対人罠の性能テスト】を目的とした大掛かりな【実験】なのですよ」
私の言葉に息を呑んだのは犯人側だけのようだった。
おそらく、先ほどまでの私との会話で緋勇さんは既にこの事実を予測していたのだろう。静かな目線がモニターに注がれているのが分かる。
それに対し、ハウスキーパーの狼狽は面白いほど顕著に画面に現れていた。見る見るうちに歪む表情を確認しつつ、私は更にダメージを与える言葉を続ける。
「舞台に客船を選んだのもその為です。こちらも一見すれば捜査の手が及びにくいことや、いざ爆発した時にすべての証拠が海底に沈んでしまうことなど犯罪の露見を逃れる為の仕掛けに思えますが、実際は寧ろ【周囲に被害を及ぼさない為の実験施設】として選択されたのでしょう」
[なん、だと・・・?]
引きつったハウスキーパーの声が微かに聞こえたが、敢えて私はそれを無視した。プライドが非常に高いこの男の怒りを煽り立てるにはこれが一番手っ取り早い。予想通り、ハウスキーパーはあっさりと怒りを爆発させ、先ほどまで仮初めと言えども仲間であったはずの男に食って掛かった。
[どういうことだジェフリー!俺は聞いていないぞそんな話は!貴様ら一体何を企んでやがる!]
襟首を掴み上げられた【J】ことジェフリーが青ざめ弱々しく首を振る。
[わ、私はただ上の指示通りにしただけで・・・]
「ではジェフリー、貴方の【上】は何故このような実験を必要としたのでしょうね?」
更なる追及に、完全に顔色が失せる。やはり彼はこの計画の【真の目的】、そして【黒幕】を知っているのだ。
私は彼らの背後に存在する何者かの視線を感じながら、それを引きずり出す為の最後のキーワードを投げかけた。
「豪華客船グラナダ号。マーメイド社で製造されたこの船は最初の所有者である欧州の観光会社の倒産により、5年前に北米のIT企業リブート社に売却されています。しかし、購入直後に何故か廃船処分となり、以後は行方不明・・・。ところが今回の事件に際し過去半年の衛星写真を調査したところ、このグラナダ号と思われる客船が深夜にクリエラ隣国のドッグから出航する姿が確認されました。ドッグの所有者は、CLN系列の海運会社です」
突如始まった私の《推理》に、一時的に怒気を静めたハウスキーパーのみが奇妙なものを見るようにモニターへと目線を移す。反対にジェフリーは引きつった顔をモニターから背けた。
唯一、緋勇さんだけは僅かにも動くことなく私の声を聞いている。その冷静な態度が時折見せるのんびりとした表情とあまりにも違いすぎて、こんな時だというのに私はほんの少し自分の口元が緩むのを抑えられなかった。
「CLN社、『COMBAT LOGISTICS NETWORK』。ご存知かと思いますが、中東の多国籍軍事産業会社です。・・・おや、不思議ですね。【IT企業】と【豪華客船】という組合せはどうもちぐはぐですが、【軍事産業会社】と【対人罠】・・・これは実に分かりやすいと思いませんか?」
微かに笑みを浮かべたままの口から、白々しくも攻撃的な言葉を紡ぐ。
言葉も時として爆弾と同じように働くものだ。
耳から投下され、脳内で炸裂したそれは、ハウスキーパーの精神を確かに大きく損傷させたのだろう。憤怒の炎を宿した目は、最早目の前のジェフリーではなくどこか他の場所にいるクライアントに向けられていた。突き飛ばすようにして襟首を開放されたジェフリーが、慌ててハウスキーパーと距離をとる。
一瞬の沈黙。
それを打ち破ったのは、場違いな拍手の音だった。
[・・・流石《世界の頭脳》、まさかそこまで読まれるとは思わなかったよ。おめでとうと言っておこう]
流石に顔を映すような愚は犯さない。私の使用するものとは違うが、機械処理を施したと思われる【声】だけが拍手の最後に重なるように異なる3箇所へと響いた。
「貴方が黒幕ですか」
今更聞くのも馬鹿馬鹿しいが、一応そんなお決まりの言葉を吐いてみる。
すると、陳腐な台詞がお気に召したのか、機械越しにくっくっと笑い声が返ってきた。なるほど、定石通りの黒幕には定型の台本がお似合いというわけだ。
[仮に《A》とでも名乗っておこうか。まぁどうせその仮の名もすぐに覚えている必要はなくなるだろうがね]
(やれやれ・・・)
私のため息が聞こえたわけでもなかろうが、笑い声はすぐに消えた。代わりに耳障りな【声】が、限りなく自己の優位を確信した口調で語りだす。
[さて、そこまで見破られているのならば今更隠すこともあるまい。君たちは実によくやってくれた。これほど素晴らしいデータが取れるとは思ってもいなかったよ]
自分の力に酔っているのか、ひどく饒舌な【黒幕】は沈黙を良いことに不愉快極まりない【計画】を自慢げに披露し続ける。
[我々はこのデータを基に優れた【対人罠】を量産することが可能になるだろう。世界に名高い名探偵《L》がFBIの捜査官を使って開発協力した、そう、【《L》ブランド】だ。そんな売り文句はどうかね?]
「・・・悪趣味極まりないですね」
不快を通り越し、口を開くのも億劫だ。まぁそういう私の態度こそ、こうした悪役好みらしい。勝手にべらべらと情報を喋ってくれるのなら好都合というものだが。
[既に君たちがトラップ解除に奔走する姿は記録済みだ。後は大々的な宣伝と共にこの映像を配信すればいい。《L》が兵器開発に関わっていた!実にスキャンダラスでセンセーショナルなCMになるだろう。紛争地域の国家、テロリスト、客はいくらでも付く。まったく、君たちには感謝しなくては!]
高笑いを交えた《A》は更に機嫌よく自分の描いた図面を広げてみせる。
最早無用となったグラナダ号を爆破し証拠を隠滅。その後、彼らに都合よく編集された【トラップ開発実験の模様】がネットにより世界配信される。《L》の権威は失墜、《FBI》は利用されたと自己弁護するほかなく、批判の的となるだろう・・・と。
まったく、呆れかえる。
「そんなに上手くいくと思いますか?」
100%の皮肉だったが、《A》には負け惜しみにしか聞こえなかったようだ。
[ははは!そう言いたい気持ちも分かる、しかしもう遅い。協力に感謝して、Mr.緋勇、優秀なモルモットだった彼の命は見逃してあげようじゃないか。デッキには救命ボートがある。早くこの船から逃げられるよう誘導してあげたまえ。まぁ勿論、この船と運命を共にしたいというのなら止めはしないがね。ジェフリー!予定通りに【処理】しろ]
嘲りに満ちた声は、最後に彼の部下への指示を残してぶつりと途絶えた。
[は、はい]
一拍遅れてジェフリーのかすれた声をマイクが拾う。
しかしその声が耳に入るより早く、【処理】という単語が私の脳髄を電流のように駆け抜けた。
このジェフリーという男は、【船のコントロールを受け持っている】!
「緋勇さん!」
私の声と、彼が通信端末を瞬時に拾い上げ駆け出すのはほぼ同時だった。
(早い!)
余りの反応速度に私の方が一瞬言葉を忘れる。モニターに移る景色はジェットコースターにでも乗っているかのように流れていく。
分かっているのだろうか、向かう場所が。
「ジェフリーはこの船を爆破させ、捜査の及ばない深海に沈めるつもりでしょう。ならば彼は直接この客船をコントロールできる場所にいる、つまり、船内に」
緋勇さんに向けてだけではなく、自分で確認する意味でもあえて口に出してみる。
以前、【クリエラの月】を偽称していたジェフリーは「爆発物が遠隔操作できるかどうか」について答えることが出来なかった。つまり、今回の爆発物に関しては、全てハウスキーパーの管轄であり、彼は深くは関与していないということだ。ならば彼の管轄による【処理】とは船そのもののコントロールによるものだろう。おそらくは、動力部への負荷による爆破―――――。
止めなくては。
そう思い、言葉を続けようとした時に心音が一つ大きく跳ねた。
止める?
誰が?
―――――緋勇、さんが?
『《L》!』
呼びかけに我に返る。
私は今、何を考えようとしていたのか。思考の中に渦巻く何かを振り払い、再度咽喉から声を絞り出す。
「船内にいる以上、爆破といえども自分の脱出を想定しての作業になります。危険な動力部に直接赴いてということはないでしょう。おそらくは操舵室にコントロールシステムがあります」
視線を向ける前に背後からワタリの情報が飛び込む。
「操舵室はデッキを抜けた先です」
『了解!』
それだけ聞けば十分、というように短い返事が響く。それと同時にモニターの映像は更に速度を増した。
まだ速く走れるというのか、この人は!?
「緋勇さん、デッキまでの道は・・・」
言いかけた私へ、モニターを覗き込む黒い瞳が笑いかける。
鮮やかな、王者の瞳で。
『分かります。空気が流れるところでなら、《気》を読むなんて造作もない』
今度こそ本当に声をなくした私は、その時完全に重要な因子を一つ忘れていた。
ハウスキーパー。
あの男が《A》の発言の間に一言も口を開かなかったことに何故気付かなかったのか。
私が悔やむのはもう少し後のことになる。
END。
※※※※※
4月滑り込み更新セーフ!!!
あ、あともうちょっと続きます・・・。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、というスーパー妄想ドリーム満載な二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに確実にネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても陰陽師やM+M機関に即日闇に葬られたり魔女が死神使い魔にしちゃったりします。大体FBIにだってロゼッタと取引しちゃう捜査官がいるという、デスノメンツに大変住みにくい世界です。
●そんな二次創作大嫌い!な方は、どうかここまでの全てをなかったことにしてリターンをお願いします。
●まぁパロディならいいんじゃない?とか、寧ろ名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」しか選択肢を持たないぜ!という剛の者な方に少しでも楽しんで頂けたら喜び勇んで蝶の迷宮の井戸に飛び込む勢いです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『《L》以外には、ちゃんと警戒してますからいいんですよ』
その答えに、これといって深い意味はなかったに違いない。
私の意地悪へのちょっとしたお返し。そんな軽い気持ちで発した言葉だったのだろう。
「・・・・・・」
だが私は、それにいつものように上手く答えることが出来なかった。
『・・・《L》?』
不審げな緋勇さんの声が聞こえる。早く返事をしなければと思うのに、気の利いたお返しどころか何一つ言葉が思いつかない。私の思考は、別の方向へと囚われてしまっていたからだ。
(そうだった、のか)
【警戒】という単語を聞いた時、何故か不意に理解した。
この人は『自身でそうと決めた相手以外には身に纏った緊張を解くことは無い』のだ。
きっと本人も、明確に意識しているわけではないのだろう。だが。
(思えば、彼は【敵側の】通信が入ったときには微かにも驚きを見せなかった・・・)
ここまでの映像が次々と脳裏に再生される。確かに敵側からの通信は回数としては少ない。だが、それだけにいつも唐突であり、解体作業終了直後や息抜きの会話への割り込みなど、気を緩めた瞬間に入るものが多かったはずだ。しかし私の記憶に残る緋勇さんは、どの場面においてもごく自然にモニターへ視線を投げただけ。取り立てて表情を変化させることもなくそれを聞いていた。その違和感に、改めて私は驚愕する。
仮定に過ぎないが、緋勇さんは私からの通信と【ハウスキーパー】達からの通信を聞き分けているのではないだろうか。
現場にいる以上、こちら側では識別のできないものを彼が感知している可能性はある。発信源の違いなどから生じる微妙な【何か】を無意識に識別しているということは有り得るだろう。直感に優れる緋勇さんならなおさらだ。だとすれば、先程の緋勇さんの言葉は。
(《L》・・・つまり《私》にそれだけの信頼を委ねているのか。常に緊張を身に纏い、警戒を怠らない、そうしなければ生きていけない世界を生き延びてきたのだろう、この人が)
導き出された結論に、息が詰まる。
確かにこれまでの道のりで、ある程度の信頼関係を築けたと確信はしていた。しかし、【無意識の警戒】すら解かれるほどに信頼されているとは、思ってもみなかったのだ。
(私は、緋勇さんに【命を預けられて】いる)
抱えた膝に顔を埋めて、心の中で呟く。
(それは、私が《L》だからだろうか。【世界の頭脳】であり、FBIとも繋がりを持ち、様々な権限と財力を備えた【名探偵】だからか)
違う、と呟きが今度は小さな音になった。
(《私》ゆえに、だ)
確かに私は《L》だ。
だが《L》の全てが私であるのに対し、私にとって《L》は私を示す記号の一つに過ぎない。そして彼が、緋勇さんが知っているのはその記号である《L》。それだけのはず。
だというのに、彼は《L》を通してその後ろの私を、《エル・ローライト》を見ている気がする。
根拠など何も無い。ただの私の独りよがりで身勝手な解釈なのかもしれない。だが、この【勘】は決して間違っていないと、私の中にあるロジックでは解き明かせないものが言うのだ。頭脳でも、力でもなく、ただ《私》という一個人の【存在】をもって、彼は私を【信頼】したのだと。
(この人は、記号の無い《私》を信じてくれている。愚かとも言えるほど、ただ真っ直ぐに)
その信頼を、人の命を預かる重さを、『恐ろしい』と初めて思った。
そして、それ以上に―――――。
多分《私》は『嬉しい』と思ったのだ。
金属が触れ合う小さな音がする。フレームに巻きつけられた針金が鋏で切り外されると、モニターの向こうで四角い箱でしかなかった物体は徐々に【罠】としての素顔を露にしていった。
『・・・・・・』
流石の緋勇さんも、今までに比べ緊張の度合いが高いのだろう。常より更に呼吸の回数が減り、長い前髪に覆われた額の隙間にうっすらと汗が浮いている。
とはいえ、それは彼の判断力を鈍らせる程度のものではなかったようだ。
やがて最後の【罠】は、今まで彼が扱ってきたものと同じように単なる残骸へと姿を変えた。
「お見事です」
手にした爆薬をゆっくりとした動作でテーブルの中央に乗せた後、賞賛の言葉を受けたその人は、やはり今までと同じように無防備に笑顔を見せた。
『ありがとうございます』
モニターの中に変わらない言葉と表情を確認して、私も一瞬微笑んだかもしれない。
しかし我々の纏う空気は瞬時に硬質化した。
(―――――――来る)
機械越しの何処かよりこちらを窺う悪意に満ちた瞳・・・、おそらくは最後の攻勢に出てくるであろう【敵】の気配をそれぞれが感じ取った故に、だ。
無論、予測していたこと。先手を取らせる気などない。
「そして、お疲れ様でした緋勇さん。・・・ここからは、私の仕事です」
先ほどのものとは違う、ある意味「私らしい」笑みが口角を引き上げた。
攻守逆転。仕掛けるのは、もう相手側ではない。《私》だ。
[おい、これで終わったとは・・・]
間を置かず通信に割り込んできたハウスキーパーに向い、見えるはずもないが小さく舌を出す。
「いいえ、【ゲーム】は終わりですよ。いつまでも貴方のような何も知らない代理人を相手にしているわけには行きません」
[な、なんだと!?]
ハウスキーパーの語気に激昂と困惑が混じる。その反応に完全なる確信を持つ。
やはり、この男は単なるスピーカーに過ぎない。
「【何も知らない代理人】と言ったのです。・・・いえ、代理人という言葉すら間違いですね。【人】であれは自らの意思があるはずですから。ハウスキーパー、貴方は単なる【真犯人の操り人形】です」
端末の向こうから余りのことに単語にすらならない呻きが響く。だが、もう【ハウスキーパーという犯罪者】個人の反応などどうでもよかった。《L》の推理は完成された。後は扉の開きかけた真実を明らかにし、この事件を終わらせるだけだ。
「操られたままでは何かと不便でしょう。私が【糸】を切ってあげますよ・・・操り手を引き摺り出すためにもね」
ハウスキーパーを追い詰めるのにさほどの時間は必要なかった。
個々の爆弾の殺傷能力の低さと時間制限の多様さ。
パズルのような解除アイテムの配置。
相当額をつぎ込んだであろう過剰な舞台設定。
これを解除すべき【被害者】に素人ではなく【FBI捜査官】というプロフェッショナルを選んだこと。
更に加え、既に先日【罠】解除によりテロリストグループ【クリエラの月】を壊滅に導いた実績のある《L》をナビゲーションに付けたこと。
「殺傷能力の低い対人トラップを大量に解除する。しかも基本部分は同じものを様々な時間制限で繰り返し。これは一見相手を苦しめる為に仕掛けられたもののようですが、誘拐や爆弾という物騒なキーワードを取り払うと急に別の側面が見えてきます」
私の言葉にハウスキーパーからの反論はない。
元よりプロである自分をアドバイザー程度にしか使う気のないクライアントに対し、若干の不信感はあったのだろう。高額の報酬と自分の罠を解除した《L》に対する復讐が出来るという付加価値が、その不信感を上回ったというところか。
ならば、そこに亀裂を入れるのは容易い。
真実を告げてやるだけで良いのだ。
「少しずつ変化させ、繰り返し行う【作業】・・・・・・それを通常は【実験】と称します。つまり、この事件そのものが【対人罠の性能テスト】を目的とした大掛かりな【実験】なのですよ」
私の言葉に息を呑んだのは犯人側だけのようだった。
おそらく、先ほどまでの私との会話で緋勇さんは既にこの事実を予測していたのだろう。静かな目線がモニターに注がれているのが分かる。
それに対し、ハウスキーパーの狼狽は面白いほど顕著に画面に現れていた。見る見るうちに歪む表情を確認しつつ、私は更にダメージを与える言葉を続ける。
「舞台に客船を選んだのもその為です。こちらも一見すれば捜査の手が及びにくいことや、いざ爆発した時にすべての証拠が海底に沈んでしまうことなど犯罪の露見を逃れる為の仕掛けに思えますが、実際は寧ろ【周囲に被害を及ぼさない為の実験施設】として選択されたのでしょう」
[なん、だと・・・?]
引きつったハウスキーパーの声が微かに聞こえたが、敢えて私はそれを無視した。プライドが非常に高いこの男の怒りを煽り立てるにはこれが一番手っ取り早い。予想通り、ハウスキーパーはあっさりと怒りを爆発させ、先ほどまで仮初めと言えども仲間であったはずの男に食って掛かった。
[どういうことだジェフリー!俺は聞いていないぞそんな話は!貴様ら一体何を企んでやがる!]
襟首を掴み上げられた【J】ことジェフリーが青ざめ弱々しく首を振る。
[わ、私はただ上の指示通りにしただけで・・・]
「ではジェフリー、貴方の【上】は何故このような実験を必要としたのでしょうね?」
更なる追及に、完全に顔色が失せる。やはり彼はこの計画の【真の目的】、そして【黒幕】を知っているのだ。
私は彼らの背後に存在する何者かの視線を感じながら、それを引きずり出す為の最後のキーワードを投げかけた。
「豪華客船グラナダ号。マーメイド社で製造されたこの船は最初の所有者である欧州の観光会社の倒産により、5年前に北米のIT企業リブート社に売却されています。しかし、購入直後に何故か廃船処分となり、以後は行方不明・・・。ところが今回の事件に際し過去半年の衛星写真を調査したところ、このグラナダ号と思われる客船が深夜にクリエラ隣国のドッグから出航する姿が確認されました。ドッグの所有者は、CLN系列の海運会社です」
突如始まった私の《推理》に、一時的に怒気を静めたハウスキーパーのみが奇妙なものを見るようにモニターへと目線を移す。反対にジェフリーは引きつった顔をモニターから背けた。
唯一、緋勇さんだけは僅かにも動くことなく私の声を聞いている。その冷静な態度が時折見せるのんびりとした表情とあまりにも違いすぎて、こんな時だというのに私はほんの少し自分の口元が緩むのを抑えられなかった。
「CLN社、『COMBAT LOGISTICS NETWORK』。ご存知かと思いますが、中東の多国籍軍事産業会社です。・・・おや、不思議ですね。【IT企業】と【豪華客船】という組合せはどうもちぐはぐですが、【軍事産業会社】と【対人罠】・・・これは実に分かりやすいと思いませんか?」
微かに笑みを浮かべたままの口から、白々しくも攻撃的な言葉を紡ぐ。
言葉も時として爆弾と同じように働くものだ。
耳から投下され、脳内で炸裂したそれは、ハウスキーパーの精神を確かに大きく損傷させたのだろう。憤怒の炎を宿した目は、最早目の前のジェフリーではなくどこか他の場所にいるクライアントに向けられていた。突き飛ばすようにして襟首を開放されたジェフリーが、慌ててハウスキーパーと距離をとる。
一瞬の沈黙。
それを打ち破ったのは、場違いな拍手の音だった。
[・・・流石《世界の頭脳》、まさかそこまで読まれるとは思わなかったよ。おめでとうと言っておこう]
流石に顔を映すような愚は犯さない。私の使用するものとは違うが、機械処理を施したと思われる【声】だけが拍手の最後に重なるように異なる3箇所へと響いた。
「貴方が黒幕ですか」
今更聞くのも馬鹿馬鹿しいが、一応そんなお決まりの言葉を吐いてみる。
すると、陳腐な台詞がお気に召したのか、機械越しにくっくっと笑い声が返ってきた。なるほど、定石通りの黒幕には定型の台本がお似合いというわけだ。
[仮に《A》とでも名乗っておこうか。まぁどうせその仮の名もすぐに覚えている必要はなくなるだろうがね]
(やれやれ・・・)
私のため息が聞こえたわけでもなかろうが、笑い声はすぐに消えた。代わりに耳障りな【声】が、限りなく自己の優位を確信した口調で語りだす。
[さて、そこまで見破られているのならば今更隠すこともあるまい。君たちは実によくやってくれた。これほど素晴らしいデータが取れるとは思ってもいなかったよ]
自分の力に酔っているのか、ひどく饒舌な【黒幕】は沈黙を良いことに不愉快極まりない【計画】を自慢げに披露し続ける。
[我々はこのデータを基に優れた【対人罠】を量産することが可能になるだろう。世界に名高い名探偵《L》がFBIの捜査官を使って開発協力した、そう、【《L》ブランド】だ。そんな売り文句はどうかね?]
「・・・悪趣味極まりないですね」
不快を通り越し、口を開くのも億劫だ。まぁそういう私の態度こそ、こうした悪役好みらしい。勝手にべらべらと情報を喋ってくれるのなら好都合というものだが。
[既に君たちがトラップ解除に奔走する姿は記録済みだ。後は大々的な宣伝と共にこの映像を配信すればいい。《L》が兵器開発に関わっていた!実にスキャンダラスでセンセーショナルなCMになるだろう。紛争地域の国家、テロリスト、客はいくらでも付く。まったく、君たちには感謝しなくては!]
高笑いを交えた《A》は更に機嫌よく自分の描いた図面を広げてみせる。
最早無用となったグラナダ号を爆破し証拠を隠滅。その後、彼らに都合よく編集された【トラップ開発実験の模様】がネットにより世界配信される。《L》の権威は失墜、《FBI》は利用されたと自己弁護するほかなく、批判の的となるだろう・・・と。
まったく、呆れかえる。
「そんなに上手くいくと思いますか?」
100%の皮肉だったが、《A》には負け惜しみにしか聞こえなかったようだ。
[ははは!そう言いたい気持ちも分かる、しかしもう遅い。協力に感謝して、Mr.緋勇、優秀なモルモットだった彼の命は見逃してあげようじゃないか。デッキには救命ボートがある。早くこの船から逃げられるよう誘導してあげたまえ。まぁ勿論、この船と運命を共にしたいというのなら止めはしないがね。ジェフリー!予定通りに【処理】しろ]
嘲りに満ちた声は、最後に彼の部下への指示を残してぶつりと途絶えた。
[は、はい]
一拍遅れてジェフリーのかすれた声をマイクが拾う。
しかしその声が耳に入るより早く、【処理】という単語が私の脳髄を電流のように駆け抜けた。
このジェフリーという男は、【船のコントロールを受け持っている】!
「緋勇さん!」
私の声と、彼が通信端末を瞬時に拾い上げ駆け出すのはほぼ同時だった。
(早い!)
余りの反応速度に私の方が一瞬言葉を忘れる。モニターに移る景色はジェットコースターにでも乗っているかのように流れていく。
分かっているのだろうか、向かう場所が。
「ジェフリーはこの船を爆破させ、捜査の及ばない深海に沈めるつもりでしょう。ならば彼は直接この客船をコントロールできる場所にいる、つまり、船内に」
緋勇さんに向けてだけではなく、自分で確認する意味でもあえて口に出してみる。
以前、【クリエラの月】を偽称していたジェフリーは「爆発物が遠隔操作できるかどうか」について答えることが出来なかった。つまり、今回の爆発物に関しては、全てハウスキーパーの管轄であり、彼は深くは関与していないということだ。ならば彼の管轄による【処理】とは船そのもののコントロールによるものだろう。おそらくは、動力部への負荷による爆破―――――。
止めなくては。
そう思い、言葉を続けようとした時に心音が一つ大きく跳ねた。
止める?
誰が?
―――――緋勇、さんが?
『《L》!』
呼びかけに我に返る。
私は今、何を考えようとしていたのか。思考の中に渦巻く何かを振り払い、再度咽喉から声を絞り出す。
「船内にいる以上、爆破といえども自分の脱出を想定しての作業になります。危険な動力部に直接赴いてということはないでしょう。おそらくは操舵室にコントロールシステムがあります」
視線を向ける前に背後からワタリの情報が飛び込む。
「操舵室はデッキを抜けた先です」
『了解!』
それだけ聞けば十分、というように短い返事が響く。それと同時にモニターの映像は更に速度を増した。
まだ速く走れるというのか、この人は!?
「緋勇さん、デッキまでの道は・・・」
言いかけた私へ、モニターを覗き込む黒い瞳が笑いかける。
鮮やかな、王者の瞳で。
『分かります。空気が流れるところでなら、《気》を読むなんて造作もない』
今度こそ本当に声をなくした私は、その時完全に重要な因子を一つ忘れていた。
ハウスキーパー。
あの男が《A》の発言の間に一言も口を開かなかったことに何故気付かなかったのか。
私が悔やむのはもう少し後のことになる。
END。
※※※※※
4月滑り込み更新セーフ!!!
あ、あともうちょっと続きます・・・。
螺旋の黄龍騒動記・13。
2008年2月19日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、というオール妄想炸裂大爆発な二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとにバッチリネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても一般人が気が付く前に、新宿を中心に集う魔人軍団によって死神も新世界の神希望者もあっさりボコにされちゃうような世界です。
●そういうパラレルって最悪、不愉快!と思われる方は、どうかここまでの全てをなかったことにしてリターンをお願いします。
●二次創作だし多少弾けてもまぁいいんじゃない?とか、寧ろ名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」しか選択肢を持たないぜ!という剛の者な方に少しでも楽しんで頂けたら喜び勇んで真・旧校舎の底までダッシュします。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
強い日差しが前髪を通してなお、瞳を鋭く射る。
熱く肌を焼く太陽と、きらめく海に白い波。そんな光景だけ見ていると、まるでバカンスにでも来ているようだ。
(まぁ、バカンスどころか誘拐監禁されてるわけなんだけど)
デッキ上から波を蹴立てて進む船体を眺めつつ、今更そんな余計なことを考えた、直後。
『緋勇さん、念の為にお尋ねしますが・・・泳ぎに自信はありますか』
実にいいタイミングで端末から飛び出した【ものすごく不穏な未来を想定した】質問に、心の中だけだったはずの苦笑いが本当に口元を歪める羽目になった。
《L》の冗談は結構厳しい。
「陸さえ見えれば『はい』とお答えしたいところなんですけどね」
苦笑を隠さず答えると、端末の向こうでも似たような気配がした。多分《L》もいっそ俺が自力で海を泳ぎ渡ってしまうくらいのスーパーマンだったら話は早いのになぁ、程度のことを考えて自分の想像に苦笑いでもしてたんだろう。まぁ確かにそれだったら楽だと俺も思う。がしかし、如何に《黄龍の器》が人並み外れる身体能力を持っていても流石に海の真ん中に放り出されてまで生還できるとは思えない。
水を司る玄武たる如月ならあるいは、とも思うけど・・・ん?
いや、そもそも《L》の質問は冗談なんだから、そこまで考えるな俺。どーもさっきの【壁壊し事件】以来、どこまでが一般人との境界線か計っちゃうな。やれやれ。
『では、緋勇さんが遠泳に挑戦しなくて済むように頑張りましょう。準備はよろしいですか?』
「・・・よろしいですよ、《L》」
《L》の駄目押しにわざと大げさに肩をすくめて見せ、俺は再び太陽の下から船内へと移動した。
ラウンジに到達してから43分。
もうすぐ表示から【時間】の残数が消え、【分】のみとなるタイムカウンターに一瞬だけ目をやって、俺は再び罠の解除に意識を集中させた。ここまで来ると、ある程度罠のパターンが限られてくる。無論コードの本数や爆薬の位置など細かい部分で手数が変わってくるが、基本的な注意部分が同じの為【作業】の色合いが濃くなってきているのは確かだ。
『集中力を奪うために敢えて同じような罠を大量に用意しているのか、それとも単にこれ以上のパターンを用意しなかったのか・・・。いずれにせよ、この《罠》はそもそもの前提として【解除される】ことを想定されたものである可能性が高いですね』
迷った末にやはり先ほどまでと同じく爆薬を氷結させることにした俺が、解体した罠に手を触れて《力》を集中させ始めたところで《L》からそんな通信が入った。
「つまり、俺が【失敗して爆死する】ことよりも、【繰り返し解除する】ことが相手にとっては有益だということですか?」
『おそらくは』
短い《L》の声にその数十倍にも及ぶ思考が混ぜ込まれている気がして、自然と目が鋭く細まる。
相手方にとって、重要なのは《L》を介入させること。
しかし、だからといってその餌である《人質》が誰でも良かったわけではなく・・・。
「・・・【爆弾を解体する能力を最低限保持している人質】として、《FBI捜査官》が選ばれた?」
俺の呟きに対する《L》の返答は無言の肯定だった。
(てことは、この【罠】こそが事件の主役なのかな)
手のひらの内側で空気が凍りついていくのを感じながら、漠然とそう思う。《L》の思考の中では既にこの【主役】が背負った舞台の全てが見えているのだろうか。
(だとしたら幕を引くタイミングを計るのが《L》で、照明を落とすのが俺ってことなのかな。・・・ま、スイッチを切るのか電球を割るのか、それは状況次第だけど)
そこまで考えたところで、爆薬が完全に凍結したことに気付く。静止したままだった姿勢を誤魔化すように大きく伸びをしながら立ち上がると、思考の欠片が先程の考えに余計なオチをつけた。
(・・・できれば、電球どころか劇場そのものを壊滅させるような羽目にだけは陥りたくないな)
微妙に寒々とした空気を一人で感じ、自分のジョークセンスの無さを勝手に思い知らされる。いかん、縁起でもない。裏密の楽しそうな『うふふ~』という笑い声の幻聴まで聞こえてくる。
うっかりでも声にしなくてよかった・・・。
『緋勇さん』
「はいッ!?」
くだらないことを考えていたせいか《L》の通信に思わず妙なテンションで返事をしてしまった。別にツッコミじゃないっていうのに、まったく。端末の向こうで笑いの気配がするのは絶対気のせいじゃないんだろうなぁ・・・。
『流石です、緋勇さん。此処に来てまだ集中を解く余裕があるとは』
「・・・《L》以外にはちゃんと警戒してますからいいんですよ」
『・・・・・・』
(・・・あ、あれ?)
さらっと追撃されるかと思いきや急に端末の向こうが静かになってしまい、思わず焦る。
言い訳がましい反論をしたから怒らせてしまったんだろうか。確かにぼんやりしてた俺が悪いんだし。
だけど今までの《L》の反応からして、こんな風にいきなり機嫌を悪くするのはちょっと変だ。この程度の言い訳、軽くやり込めて流してしまうだろうと思ってたのに。
(でも確かにこんな状況下だし、冗談を言うにしてもタイミングが悪いっていうことかな。考えてみれば《L》だって長時間詰めっぱなしで疲れてるだろうし)
ここは素直にゴメンナサイってしとこうか、と俺が口を開く寸前。
『・・・失礼しました、緋勇さん』
と、《L》のものとは違う音程で機械音声が喋った。
「《ワタリ》・・・ですか?」
ひょっとして、《L》は口を聞くのも嫌で席を外してしまったんだろうか。
かなり焦った俺の表情を読み取ったのか、相変わらず穏やかな(機械音声なのに、だ)口調で《ワタリ》が状況を説明してくれた。
『申し訳ございません、《L》は予想外の事態に少々反応力が低下しておりまして』
「え?」
『いえ、緋勇さんは何も悪くございませんのでお気になさらず。有り体に申し上げますと、単に照れて突っ伏しておりま『ワタリ!』』
「え?」
いきなり大きな音で機械音声を聞いたので耳がキーンとなる。えーと、今のは《L》?
『・・・失礼しました、緋勇さん』
あ、《L》だ。
「ええと・・すみません、何か余計なこと言いました?」
『いえ、私が未熟なだけです。こちらこそお時間を無駄にしてすみません。さて、次の部屋にささっと参りましょう。さぁさぁ』
「???」
なにやらさっぱり分からないが、とりあえず怒ってはいない・・・のかなぁ。
『さぁさぁ、1時間を切ってしまいました。もう一頑張りですよ緋勇さん』
「は、はぁ」
結局、なんだったんだろう。本当に怒ってはいないみたいだけど、代わりに謎のハイテンションだ。
(まぁ、いいか・・・確かに時間も無いし)
釈然としない気持ちをとりあえず押し込めて、大人しく次の部屋へと向かうことにした俺だった。
――――――――数分後。
『パズルに似ていますね』
すっかりいつもの調子に戻った《L》が、解体したばかりの罠をカメラ越しに確認してそう言った。
「パズル、ですか?この解体作業が?」
同じくすっかり、とはいかないまでも大体いつもの調子の俺が問い返すと、《L》からすかさず『ええ』と返事がきた。
『あるべきところにあるべきものを当てはめていけば、必ず解けるパズルです。普通、【罠】とは出来る限り【解体できないように】作られ、仕掛けられるもの、しかしこれは違う。先程も言いましたが、これは【解体できるように】最初から設定され、配置されているとしか思えません。・・・無論、こちらがミスをすればゲームオーバーにはなりますが・・・』
「・・・ミスをしなければ、クリアできる」
『そうです。人質などという卑怯な手段を使う相手にしては、実にフェアな話ですね?』
くすり、と思わず笑いが漏れた。この皮肉を黙って聞いてるハウスキーパーたちは、一体どんな顔をしてるんだろうな。
『まぁ緋勇さんも私も人間です。万に一つもミスがない、ということもないでしょう。しかしどうでしょうね、気長にそのミスを待つというのは復讐に燃える犯人の行動として心楽しいものでしょうか?』
「俺だったら、余計に苛々しそうですね」
『私もです。さほど短気とは思えない我々が想像しても苛つくような計画、加えて時間が経過すればするほど捜索は進行し不利になる状況。・・・緋勇さん、そんなうんざりするリスクを背負ってまで、彼らは何をするつもりだと思いますか?』
《L》の出した問題に、端末の真っ白な画面を見たまま考え込む。リスクを負っても爆弾を解除させたい意味。そこに世界の頭脳を関与させる意味。これだけの設備投資を行う意味。
復讐ではないのなら。
(・・・?)
復讐ではない、という言葉を反芻したとき、ふと何かが閃いた。
(復讐も、それを望む人間にとっては精神的な利益だ。でも、この犯人は違う?ならば、他に【このリスクに見合う利益を回収する目算がある】・・・・・?)
自分の心音が大きく聞こえる。何か、予想もしなかった大きなものが全てを包んでいる気がする。
俺の僅かな動揺を察したのか否か、《L》はそれ以上会話を続けようとはしなかった。
『時間もないことですし、この問題は宿題にしましょう。答え合わせは最後の罠を解除した後で』
「・・・了解です、《L》」
間違いない。《L》にはもうこの事件の実態が分かっているのだろう。こちらの会話は当然相手方にも筒抜けのため、明確な答えは口にしなかっただけだ。
そして、俺にも《L》のヒントで少しずつではあるが答えが見えてきたように思う。
この事件に関わっているのは、多分テロリストと同様・・・いや、ある意味ではそれ以上に厄介な【組織】であるということが。
―――――ああ、そうか。
そこまで考えて、やっと分かった。
当たり前だったんだ。ここに今いるのは、FBI捜査官ではなく《黄龍の器》なんだから。
(一歩間違えばそれだけの大事になる、だから【喚ばれた】。あー、なんでこんな簡単なこと気が付かなかったんだ。【俺が】巻き込まれたんじゃない、《黄龍》がここに来なければならなかったんだ。てことは)
強い日差しに視界が一瞬白く染まる。
ラウンジフロアの最奥、キートラップの仕掛けられた最後の部屋は、海のよく見える広いカジノルームだった。
『いよいよですね』
《L》の声に、端末へと向き直る。
薄く埃を被ったスロットマシンやルーレット台が置かれた中央、ポーカーテーブルの上に乗せられたダンボール箱の中に【それ】はあった。
「はい」
ダンボール箱を開け中から塊を取り出すと、本命のキートラップ自体はもう一段階金属製の箱に包まれていることが分かった。ご丁寧に引き出し状の開閉部は取っ手を外してある。この取っ手部分は既に別の部屋の探索で発見していたので問題は無かったが、まるで子供のいたずらのような仕掛けに軽い嫌悪感を覚えた。
確かに、【パズル】だ。
ピースはきちんと用意してある。時間制限に間に合うよう組み立てられなければプレーヤーの負け。ゲームオーバーはイコール死。単純明快にして不愉快極まりないルールにのっとったパズルゲーム。
思考が急速に冷えた。【怒り】が生み出す陰気がじわりと脳髄を浸していくのが分かる。
(やめろ)
身体の内側で騒ぎ立てる《力》を強引に押さえつけ、怒りを飲み込む。
《黄龍》の強大なエネルギーそのものに善悪はない。壊すも、守るも、全て《器》の在り方次第とこの宿星を知らされた時に教えを受けた。事実、俺の感情が一定の方向に強く傾けば、《力》は縁を越え溢れ出そうとする。制御できない《力》はただの暴力に過ぎず、人を、街を、この世を害する災いとなる。かつて俺たちが、寛永寺でその暴走を目の当たりにしたように。
ヒトの悪意に立ち向かうのは、同じくヒトであるものの役目。今ここで戦わなくてはならないのは、ただの人間《緋勇龍麻》だ。
(『だから』鎮まれ、俺の中の《黄龍》。今は『その時』じゃない)
俺の意思に従い、波が凪いでいく。完全に制御できていることを確認してから、キートラップを取り出すための取っ手を金属箱へと取り付けた。
いよいよ本番だ。
「宜しくお願いします、《L》」
準備完了を伝える為に端末へと呼びかけると、機械音声がやや間を置いて俺の名を呼んだ。
『緋勇さん』
白い画面を覗き込んだ俺に、機械音声越しの名探偵は相変わらずのリズムを崩さずこう言った。
『この罠をクリアしたら、私お薦めの名パティシエが作ったプリンをプレゼントしましょう』
名パティシエのプリン。
この場にあまりにも不似合いな品名に、画面を見つめる俺の表情が笑いに変わる。
「名パティシェ、ですか?《L》ご推薦なら相当の腕前でしょうね」
『ええ、ただし所謂隠れ家的な存在ですので、今は名前をお教えできませんよ。プレゼントを受け取るまでのお楽しみです』
一呼吸後。
モニターを挟んだ遠い場所で、《L》と俺は多分同時に小さな笑いを噴出した。
『準備完了、ですね』
《L》の声に笑顔のままでこくんと頷く。またしても、この人は。
『前にも言いましたが、緋勇さん、貴方には眉間に皺の寄っていない表情の方が似合います。付け加えるならば、笑顔だとさらに8割り増しです。最後までこの調子で行きましょう』
「了解です、《L》。・・・そろそろお腹も空きましたし、ね」
そう、オードブルばかり並べられるのにはもう飽きた。メインディッシュを片付けなくてはデザートにありつけないんだ。
タイムカウンターの残り時間表示は、0:24。
『始めましょう、緋勇さん』
その言葉と同時に、俺は金属箱を引き開けた。
END。
※※※※※※
ゲーム発売一周年記念を何もせずに終わりました・・・orz
そしてまだこの話も終わりません。
そんなダメっぷりですが一年間(と3週間)ありがとうL(とゲームを作ってくれたこにゃみさん)!いやまだスゥイーツ係現役なんですけど(いったい何周目だお前)。
くっ・・ご、五月までには完結を・・・(えええー)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、というオール妄想炸裂大爆発な二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとにバッチリネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても一般人が気が付く前に、新宿を中心に集う魔人軍団によって死神も新世界の神希望者もあっさりボコにされちゃうような世界です。
●そういうパラレルって最悪、不愉快!と思われる方は、どうかここまでの全てをなかったことにしてリターンをお願いします。
●二次創作だし多少弾けてもまぁいいんじゃない?とか、寧ろ名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」しか選択肢を持たないぜ!という剛の者な方に少しでも楽しんで頂けたら喜び勇んで真・旧校舎の底までダッシュします。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
強い日差しが前髪を通してなお、瞳を鋭く射る。
熱く肌を焼く太陽と、きらめく海に白い波。そんな光景だけ見ていると、まるでバカンスにでも来ているようだ。
(まぁ、バカンスどころか誘拐監禁されてるわけなんだけど)
デッキ上から波を蹴立てて進む船体を眺めつつ、今更そんな余計なことを考えた、直後。
『緋勇さん、念の為にお尋ねしますが・・・泳ぎに自信はありますか』
実にいいタイミングで端末から飛び出した【ものすごく不穏な未来を想定した】質問に、心の中だけだったはずの苦笑いが本当に口元を歪める羽目になった。
《L》の冗談は結構厳しい。
「陸さえ見えれば『はい』とお答えしたいところなんですけどね」
苦笑を隠さず答えると、端末の向こうでも似たような気配がした。多分《L》もいっそ俺が自力で海を泳ぎ渡ってしまうくらいのスーパーマンだったら話は早いのになぁ、程度のことを考えて自分の想像に苦笑いでもしてたんだろう。まぁ確かにそれだったら楽だと俺も思う。がしかし、如何に《黄龍の器》が人並み外れる身体能力を持っていても流石に海の真ん中に放り出されてまで生還できるとは思えない。
水を司る玄武たる如月ならあるいは、とも思うけど・・・ん?
いや、そもそも《L》の質問は冗談なんだから、そこまで考えるな俺。どーもさっきの【壁壊し事件】以来、どこまでが一般人との境界線か計っちゃうな。やれやれ。
『では、緋勇さんが遠泳に挑戦しなくて済むように頑張りましょう。準備はよろしいですか?』
「・・・よろしいですよ、《L》」
《L》の駄目押しにわざと大げさに肩をすくめて見せ、俺は再び太陽の下から船内へと移動した。
ラウンジに到達してから43分。
もうすぐ表示から【時間】の残数が消え、【分】のみとなるタイムカウンターに一瞬だけ目をやって、俺は再び罠の解除に意識を集中させた。ここまで来ると、ある程度罠のパターンが限られてくる。無論コードの本数や爆薬の位置など細かい部分で手数が変わってくるが、基本的な注意部分が同じの為【作業】の色合いが濃くなってきているのは確かだ。
『集中力を奪うために敢えて同じような罠を大量に用意しているのか、それとも単にこれ以上のパターンを用意しなかったのか・・・。いずれにせよ、この《罠》はそもそもの前提として【解除される】ことを想定されたものである可能性が高いですね』
迷った末にやはり先ほどまでと同じく爆薬を氷結させることにした俺が、解体した罠に手を触れて《力》を集中させ始めたところで《L》からそんな通信が入った。
「つまり、俺が【失敗して爆死する】ことよりも、【繰り返し解除する】ことが相手にとっては有益だということですか?」
『おそらくは』
短い《L》の声にその数十倍にも及ぶ思考が混ぜ込まれている気がして、自然と目が鋭く細まる。
相手方にとって、重要なのは《L》を介入させること。
しかし、だからといってその餌である《人質》が誰でも良かったわけではなく・・・。
「・・・【爆弾を解体する能力を最低限保持している人質】として、《FBI捜査官》が選ばれた?」
俺の呟きに対する《L》の返答は無言の肯定だった。
(てことは、この【罠】こそが事件の主役なのかな)
手のひらの内側で空気が凍りついていくのを感じながら、漠然とそう思う。《L》の思考の中では既にこの【主役】が背負った舞台の全てが見えているのだろうか。
(だとしたら幕を引くタイミングを計るのが《L》で、照明を落とすのが俺ってことなのかな。・・・ま、スイッチを切るのか電球を割るのか、それは状況次第だけど)
そこまで考えたところで、爆薬が完全に凍結したことに気付く。静止したままだった姿勢を誤魔化すように大きく伸びをしながら立ち上がると、思考の欠片が先程の考えに余計なオチをつけた。
(・・・できれば、電球どころか劇場そのものを壊滅させるような羽目にだけは陥りたくないな)
微妙に寒々とした空気を一人で感じ、自分のジョークセンスの無さを勝手に思い知らされる。いかん、縁起でもない。裏密の楽しそうな『うふふ~』という笑い声の幻聴まで聞こえてくる。
うっかりでも声にしなくてよかった・・・。
『緋勇さん』
「はいッ!?」
くだらないことを考えていたせいか《L》の通信に思わず妙なテンションで返事をしてしまった。別にツッコミじゃないっていうのに、まったく。端末の向こうで笑いの気配がするのは絶対気のせいじゃないんだろうなぁ・・・。
『流石です、緋勇さん。此処に来てまだ集中を解く余裕があるとは』
「・・・《L》以外にはちゃんと警戒してますからいいんですよ」
『・・・・・・』
(・・・あ、あれ?)
さらっと追撃されるかと思いきや急に端末の向こうが静かになってしまい、思わず焦る。
言い訳がましい反論をしたから怒らせてしまったんだろうか。確かにぼんやりしてた俺が悪いんだし。
だけど今までの《L》の反応からして、こんな風にいきなり機嫌を悪くするのはちょっと変だ。この程度の言い訳、軽くやり込めて流してしまうだろうと思ってたのに。
(でも確かにこんな状況下だし、冗談を言うにしてもタイミングが悪いっていうことかな。考えてみれば《L》だって長時間詰めっぱなしで疲れてるだろうし)
ここは素直にゴメンナサイってしとこうか、と俺が口を開く寸前。
『・・・失礼しました、緋勇さん』
と、《L》のものとは違う音程で機械音声が喋った。
「《ワタリ》・・・ですか?」
ひょっとして、《L》は口を聞くのも嫌で席を外してしまったんだろうか。
かなり焦った俺の表情を読み取ったのか、相変わらず穏やかな(機械音声なのに、だ)口調で《ワタリ》が状況を説明してくれた。
『申し訳ございません、《L》は予想外の事態に少々反応力が低下しておりまして』
「え?」
『いえ、緋勇さんは何も悪くございませんのでお気になさらず。有り体に申し上げますと、単に照れて突っ伏しておりま『ワタリ!』』
「え?」
いきなり大きな音で機械音声を聞いたので耳がキーンとなる。えーと、今のは《L》?
『・・・失礼しました、緋勇さん』
あ、《L》だ。
「ええと・・すみません、何か余計なこと言いました?」
『いえ、私が未熟なだけです。こちらこそお時間を無駄にしてすみません。さて、次の部屋にささっと参りましょう。さぁさぁ』
「???」
なにやらさっぱり分からないが、とりあえず怒ってはいない・・・のかなぁ。
『さぁさぁ、1時間を切ってしまいました。もう一頑張りですよ緋勇さん』
「は、はぁ」
結局、なんだったんだろう。本当に怒ってはいないみたいだけど、代わりに謎のハイテンションだ。
(まぁ、いいか・・・確かに時間も無いし)
釈然としない気持ちをとりあえず押し込めて、大人しく次の部屋へと向かうことにした俺だった。
――――――――数分後。
『パズルに似ていますね』
すっかりいつもの調子に戻った《L》が、解体したばかりの罠をカメラ越しに確認してそう言った。
「パズル、ですか?この解体作業が?」
同じくすっかり、とはいかないまでも大体いつもの調子の俺が問い返すと、《L》からすかさず『ええ』と返事がきた。
『あるべきところにあるべきものを当てはめていけば、必ず解けるパズルです。普通、【罠】とは出来る限り【解体できないように】作られ、仕掛けられるもの、しかしこれは違う。先程も言いましたが、これは【解体できるように】最初から設定され、配置されているとしか思えません。・・・無論、こちらがミスをすればゲームオーバーにはなりますが・・・』
「・・・ミスをしなければ、クリアできる」
『そうです。人質などという卑怯な手段を使う相手にしては、実にフェアな話ですね?』
くすり、と思わず笑いが漏れた。この皮肉を黙って聞いてるハウスキーパーたちは、一体どんな顔をしてるんだろうな。
『まぁ緋勇さんも私も人間です。万に一つもミスがない、ということもないでしょう。しかしどうでしょうね、気長にそのミスを待つというのは復讐に燃える犯人の行動として心楽しいものでしょうか?』
「俺だったら、余計に苛々しそうですね」
『私もです。さほど短気とは思えない我々が想像しても苛つくような計画、加えて時間が経過すればするほど捜索は進行し不利になる状況。・・・緋勇さん、そんなうんざりするリスクを背負ってまで、彼らは何をするつもりだと思いますか?』
《L》の出した問題に、端末の真っ白な画面を見たまま考え込む。リスクを負っても爆弾を解除させたい意味。そこに世界の頭脳を関与させる意味。これだけの設備投資を行う意味。
復讐ではないのなら。
(・・・?)
復讐ではない、という言葉を反芻したとき、ふと何かが閃いた。
(復讐も、それを望む人間にとっては精神的な利益だ。でも、この犯人は違う?ならば、他に【このリスクに見合う利益を回収する目算がある】・・・・・?)
自分の心音が大きく聞こえる。何か、予想もしなかった大きなものが全てを包んでいる気がする。
俺の僅かな動揺を察したのか否か、《L》はそれ以上会話を続けようとはしなかった。
『時間もないことですし、この問題は宿題にしましょう。答え合わせは最後の罠を解除した後で』
「・・・了解です、《L》」
間違いない。《L》にはもうこの事件の実態が分かっているのだろう。こちらの会話は当然相手方にも筒抜けのため、明確な答えは口にしなかっただけだ。
そして、俺にも《L》のヒントで少しずつではあるが答えが見えてきたように思う。
この事件に関わっているのは、多分テロリストと同様・・・いや、ある意味ではそれ以上に厄介な【組織】であるということが。
―――――ああ、そうか。
そこまで考えて、やっと分かった。
当たり前だったんだ。ここに今いるのは、FBI捜査官ではなく《黄龍の器》なんだから。
(一歩間違えばそれだけの大事になる、だから【喚ばれた】。あー、なんでこんな簡単なこと気が付かなかったんだ。【俺が】巻き込まれたんじゃない、《黄龍》がここに来なければならなかったんだ。てことは)
強い日差しに視界が一瞬白く染まる。
ラウンジフロアの最奥、キートラップの仕掛けられた最後の部屋は、海のよく見える広いカジノルームだった。
『いよいよですね』
《L》の声に、端末へと向き直る。
薄く埃を被ったスロットマシンやルーレット台が置かれた中央、ポーカーテーブルの上に乗せられたダンボール箱の中に【それ】はあった。
「はい」
ダンボール箱を開け中から塊を取り出すと、本命のキートラップ自体はもう一段階金属製の箱に包まれていることが分かった。ご丁寧に引き出し状の開閉部は取っ手を外してある。この取っ手部分は既に別の部屋の探索で発見していたので問題は無かったが、まるで子供のいたずらのような仕掛けに軽い嫌悪感を覚えた。
確かに、【パズル】だ。
ピースはきちんと用意してある。時間制限に間に合うよう組み立てられなければプレーヤーの負け。ゲームオーバーはイコール死。単純明快にして不愉快極まりないルールにのっとったパズルゲーム。
思考が急速に冷えた。【怒り】が生み出す陰気がじわりと脳髄を浸していくのが分かる。
(やめろ)
身体の内側で騒ぎ立てる《力》を強引に押さえつけ、怒りを飲み込む。
《黄龍》の強大なエネルギーそのものに善悪はない。壊すも、守るも、全て《器》の在り方次第とこの宿星を知らされた時に教えを受けた。事実、俺の感情が一定の方向に強く傾けば、《力》は縁を越え溢れ出そうとする。制御できない《力》はただの暴力に過ぎず、人を、街を、この世を害する災いとなる。かつて俺たちが、寛永寺でその暴走を目の当たりにしたように。
ヒトの悪意に立ち向かうのは、同じくヒトであるものの役目。今ここで戦わなくてはならないのは、ただの人間《緋勇龍麻》だ。
(『だから』鎮まれ、俺の中の《黄龍》。今は『その時』じゃない)
俺の意思に従い、波が凪いでいく。完全に制御できていることを確認してから、キートラップを取り出すための取っ手を金属箱へと取り付けた。
いよいよ本番だ。
「宜しくお願いします、《L》」
準備完了を伝える為に端末へと呼びかけると、機械音声がやや間を置いて俺の名を呼んだ。
『緋勇さん』
白い画面を覗き込んだ俺に、機械音声越しの名探偵は相変わらずのリズムを崩さずこう言った。
『この罠をクリアしたら、私お薦めの名パティシエが作ったプリンをプレゼントしましょう』
名パティシエのプリン。
この場にあまりにも不似合いな品名に、画面を見つめる俺の表情が笑いに変わる。
「名パティシェ、ですか?《L》ご推薦なら相当の腕前でしょうね」
『ええ、ただし所謂隠れ家的な存在ですので、今は名前をお教えできませんよ。プレゼントを受け取るまでのお楽しみです』
一呼吸後。
モニターを挟んだ遠い場所で、《L》と俺は多分同時に小さな笑いを噴出した。
『準備完了、ですね』
《L》の声に笑顔のままでこくんと頷く。またしても、この人は。
『前にも言いましたが、緋勇さん、貴方には眉間に皺の寄っていない表情の方が似合います。付け加えるならば、笑顔だとさらに8割り増しです。最後までこの調子で行きましょう』
「了解です、《L》。・・・そろそろお腹も空きましたし、ね」
そう、オードブルばかり並べられるのにはもう飽きた。メインディッシュを片付けなくてはデザートにありつけないんだ。
タイムカウンターの残り時間表示は、0:24。
『始めましょう、緋勇さん』
その言葉と同時に、俺は金属箱を引き開けた。
END。
※※※※※※
ゲーム発売一周年記念を何もせずに終わりました・・・orz
そしてまだこの話も終わりません。
そんなダメっぷりですが一年間(と3週間)ありがとうL(とゲームを作ってくれたこにゃみさん)!いやまだスゥイーツ係現役なんですけど(いったい何周目だお前)。
くっ・・ご、五月までには完結を・・・(えええー)
螺旋の黄龍騒動記・12。
2008年2月18日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という妄想超特急クロスオーバーな二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに全力でネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないor起こっても即日新宿の魔女が死神を使い魔にしちゃったり《M+M》が計算通りにならないキラさんへ鎮魂歌を聴かせに来たりしちゃう世界です。
●そんなパラレル有りえないでしょ馬鹿じゃない?と思われる方は、どうかここまでの全てをなかったことにしてリターンをお願いします。
●コラボネタって楽しいよねとか寧ろ名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」と入力するのが私のデフォルトですが何か?という方に少しでも楽しんで頂ければ幸せのあまりジハードも撃てそうな気がします。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
何が起こったのだろうか。
呆然とした私の手から、玩んでいたスプーンが滑り落ちたようだ。高い金属音に聴覚を掻き乱され、同時にはっと我に返る。そうだ、呆けている場合ではない。
(素手で、壁を砕いた?)
モニターを覗き込み、再度その情報を確認する。間違いなく6階の廊下に設置されていた【壁】は理想的と言えるほど周囲には何の影響も与えず、しかしそれ自体は完璧に破壊されている。そしてその残骸の前に何事も無かったかのように立っている緋勇さんはまさに【徒手空拳】であった。驚いたことに、布で拳を覆うことすらしていない。普通ならば壁が砕ける以前に拳の骨が砕けるだろう。
(と言うことは、です)
これがFBIの仕掛けた壮大なドッキリか、はたまた敵側がこの仕掛けを見破られるはずは無いと工事費をケチったか、そんな笑えない冗談でもない限り、現実は一つしかない。
(緋勇さんは、私の予想を遥かに超える身体能力の持ち主だった・・・そういうことですか)
改めて言葉にしてみると、実に答えはシンプルだった。なんのことはない、私は今まで緋勇さんの優れた能力を幾つも目の当たりにしながら、その実彼のポテンシャルに勝手な限界値を設けていたのだ。
【ヒト】という生物の【例外】――――時として【天才】という賞賛の檻に隔離される【種】のことを、私は誰よりも知っているはずであったのに。
[うわぁぁぁぁぁ!!]
「!!」
落ち着きを取り戻した私が何か言葉を発するより早く、通信端末から男の叫び声が響き渡った。
(ハウスキーパー・・!)
紛れも無く恐怖の色を帯びたその声に、私の方が身構える。画面の向こうの緋勇さんは、寧ろきょとんとした表情だった。
[お前、一体何者だ!?]
初めて緋勇龍麻という個人に向けて犯人側から放たれた言葉は、誘拐犯と人質という関係からするとかなり奇妙なものに違いない。結局のところ、彼らは『FBIの捜査官』が必要だっただけなのだと改めて認識する。その肩書きを背負うが故に『偶然』選ばれたはずの人物は、ハウスキーパーの問いを受け、漸く得心がいったというような顔をした。
・・・おそらくは、緋勇さんにとって先ほどの【技】はその程度のものなのだろう。
それが【普通】の世界から逸脱する【力】だなどと、考えもつかなかったほどに。
だから、彼は答える言葉を少し考えた後、結局何も言わずにふっと苦笑を浮かべた。苦笑、と私が表現したものが、ハウスキーパーの目にはどう映ったか。
後に続く言葉には充分予想がついた。
[――――――――化け物]
希代の爆弾魔も大して特殊な語彙は持ち合わせていないものだ、と頭の隅で考える。
犯罪者というものを、ごく普通の倫理観の中で生きる人間は『己とは違う異常な生き物』とよく認識しているが、『ごく普通』という観点から言うのならば、彼らの方がそこに近いのかもしれない。
(少なくとも、【私】よりは)
皮肉でも自嘲でもなく、単に思考の一つとしてその言葉を流しながら、画面を見つめる。
では、緋勇龍麻。
(彼は、どちらなのだろう)
知りたいという思いが、何より私を黙らせた。
一瞬の沈黙が、機械によって繋がれた3つの場所を支配する。直後、その沈黙を打ち破ったのは・・・実に盛大なため息だった。
『呆れた。その【化け物】を誘拐してきたのは何処の誰だっけ?』
[!!]
「・・・・くっ・・」
言葉も無いハウスキーパーに、私の咽喉をこみ上げた笑いが低く震わす。
まったくもって、その通りだ。
辛うじて笑い出すのを堪えている私の前で、緋勇さんは優しげな風貌に似合わぬ毒舌をさらりと続けた。
『大体ビルだの橋だの吹っ飛ばしてる【爆弾魔】が、壁一枚抜かれたくらいで騒がないで欲しいんだけど。その程度の神経でよくこんな【ゲーム】やってられるよな。本当に本物の【ハウスキーパー】?』
[なっ、なんだと!?]
張り詰めた空気が一瞬で解け、入れ替わりに満ちるのはどこか超然として、それでいて妙にのん気な緋勇さんの気配。緊張の糸を弦楽器代わりに弾き、陽気なメロディを奏でてみせたかのような切り返しに、私はついに堪えきれず噴き出した。
[《L》・・・貴様!]
「どうやら緋勇さんの方が貴方より一枚も二枚も上手のようですね、ハウスキーパー。大体彼の言うとおり、【人質】を決めたのはそちらです。今更こちらの手札が《JOKER》だからといって配り直しは利きませんよ」
笑い混じりにそう告げると、再び絶句した気配の後に[し、勝負はこれからだ!覚えてろ《L》!緋勇!]というありきたりの捨て台詞を残し、ハウスキーパーからの回線が途絶えた。
それがあまりにお約束過ぎ、また笑えてしまう。しかし、考えてみれば私は今までこんなに笑う人間だっただろうか。そう思いながら、うっすら涙の浮いた目でモニターを見る。
「緋勇さん」
崩れた壁の前に立つ彼は、私の呼びかけに振り向くと、いたずらっ子のようにぺろっと舌を出して笑った。
『すみません《L》。ちょっとやらかしちゃいました』
その笑顔にほんの僅か苦味のようなものが混じっていると思うのは、私のらしからぬ感傷だろうか。
けれど、分かる。決して彼の中で今のやり取りは気楽なものではなかったのだろう、だが、既に彼は「そんなことは乗り越えて来た」のだ。こうして変わらず笑えるほどに、きっと幾度も。
「いいえ、実に爽快でした。にしても緋勇さん」
『え』
だから、私もこうして笑って言えるのだろう。
「こういう《必殺技》があるのなら、もっと早く教えて下さい。今のはなんという技ですか?」
一瞬だけ驚いたような表情の後、ひどく優しく笑った目を誤魔化すように緋勇さんはわざとらしくずるっとコケてみせた。
「ん?」
『あれ?』
その瞬間2人同時に瓦礫の中に小さな金属を見付け、疑問符が重なる。
「鍵、ですか。しかも随分と新しい・・」
緋勇さんの手に乗せられた親指ほどの大きさの鍵は、明らかに今までのものとは異なる最新型の電子キーだった。少なくとも、この客船内の施設に使われているものではなさそうだ。
「これが何の鍵なのかは分かりませんが・・今後重要な意味を持ってこないとも限りません。確保しておきましょう」
『はい、《L》』
素直にその鍵を仕舞い込む緋勇さんを見ていると、どこか不思議な感じがした。
壁を砕くような豪腕を持つ彼と、楽しそうに料理の話をする彼。
(きっと、どちらも緋勇龍麻・・・彼という存在を構築する不可欠の要素なのだろうが)
異端のようであり、しかし気が付けばどこにでも溶け込んでしまいそうでもある。
彼に向かい、ハウスキーパーは「何者だ」と問うた。それはおそらくずっと、私も知りたかったことだ。
(けれど、今はまだいい)
すっかり冷めてしまった紅茶で唇を湿らせて、いつの間にか座り込んでいた床から足の指先だけで跳ね上がる。
「・・やはりこの姿勢で無いと、頭の回転が鈍くなります」
マイクに拾われない程度の声で呟いて、自分の膝に上体を預けた。
(今は【その時ではない】。私にも彼にも、優先すべき事柄があるのだから)
ゆっくりと咽喉を通る甘さが、私を、《L》を完全に覚醒させる。そう、まだだ。奇しくもハウスキーパーの捨て台詞と重なるが、確かに「ここからが勝負」なのだから。
「では、行きましょうか緋勇さん。驚かせるつもりが先に驚いてしまったのでタイミングがずれてしまいましたが、次は私の番です」
『いや、俺は別に驚かせるつもりじゃなかったんですけど』
「ですが私はびっくりしました。なんと5分16秒間も糖分の摂取を忘れるほどでした。これは私としてはかなりの驚き指数です」
『って、5分くらい糖分取らないで済ませましょうよ。糖尿になりますよ!』
「ですので、同じくらい緋勇さんにも驚いていただかないと私の気が済みません。出来ればそれ以上に驚いていただけると大満足です」
『スルーした!っていうかなんですかその対抗心!そもそもさっきの説明だとどれくらい《L》が驚いたのか良く分からないんですけど俺!』
相変わらずの打てば響く小気味いい反応を返してくれつつ、緋勇さんの視点が壁のあった場所を通り抜けた。6階の【向こう側】に立った緋勇さんが、一拍置いた後に『ああ・・』と深く頷いたのを確認し、満足感と共に小粒のチョコレートを口に放り込む。
『そういう、ことか・・・』
そう、今、緋勇さんが立っているのは6階ではなく、【3階】だ。
地上のホテルと比べてしまえば、いくら豪華客船とはいえそのキャパシティはかなり劣ったものにならざるを得ない。その最たるものが【階層】だ。豪華な内装に比べ、妙に低い階層という矛盾に気付かれないように、彼らは壁でフロアを区切ることにより【階層を増やした】のだ。
『つまり、3階からエレベーターで4階へ向かった時の誤動作・・・あれは俺を【1階に戻すため】と【その事を気付かれないため】の無茶苦茶な動きだったわけですね』
今度こそ正しく『上』へと向かうために歩を進めながら、簡潔にこのトリックを確認し合う。
「ええ、1階から3階まではエレベーターを隠し、階段を使わせておいて、3階から4階と見せかけた1階のもう半分へと誘導されたのです。まったく、手の込んだ仕掛けを考えたものです」
『まったく・・・』
ため息を吐く緋勇さんの目が、端末越しに私へと向けられる。
予想通り、その目は私と同じ疑問を湛えていた。
【では、何のためにこんな手の込んだ仕掛けを作ったのか?】
ハウスキーパーには確かに《L》に対する復讐心があるのだろう。しかし【ハウスキーパーを雇ったクライアント】が存在し、そのクライアントには復讐以外の目的があることはもう分かっている。ここまで大掛かりで、《FBI》や《L》を巻き込む必要のある目的。それは、まさか・・・。
ポーン、とやけに明るいエレベーターの階層表示音が、思考する私の意識を半分引き戻す。ランプは最大の数字である6を越え、【R】を示していた。
「・・さて、ではもうお分かりかとは思いますが・・・これが【答え】の一つです、緋勇さん」
開いたエレベーターの扉の向こうに、光が漏れるもう一つの扉が見えた。迷わずそこへと歩み寄った緋勇さんの手が、勢い良く扉を開く。
そこには、ただ青が広がっていた。
『・・・・海・・・』
緋勇さんが、自分へと言い聞かせるようにその単語を口にした。
無意識だったのだろう、日本語で呟かれたそれはたった2つの音であるのに何故か遠く、私の耳にいつまでも響くように思えた。
「ええ、【海】です」
わざと同じ意味を持つ英語で繰り返した理由は、自分でも良く分からない。
はっとしたように再び端末を覗き込む緋勇さんに、私は今感じた違和感のことを意図的に脳内から消し去った。何日ぶりかの陽の光に眩しそうに目を細めた彼に、その些細な違和感が伝わっていなければいいと思いながら。
『見渡す限り、海ですね・・』
波を蹴立てて進む『元』豪華客船のデッキから乗り出すように海面を眺めていた緋勇さんが、分かってはいたけれど、というように肩をすくめる。
「クリエラ周辺の海域を航海中の大型船舶・・となれば衛星から位置を特定するのも比較的早いはずです。ただ、当然のことながら・・・」
『海で、他国の領域ですからね・・・』
「・・・と、いうことです」
つまりは、場所が特定できたからといって、そう簡単に救出に向かえる訳ではないと言う事だ。
無言のまま、こくりと頷いた緋勇さんが視線をタイムカウンターに向ける。
1:57。
表示された残り時間も、決して多いとは言えない。
(やはり、まだ・・か)
相手方の計画に沿わねばならないのは不本意だが、結局は全ての罠を解除するしか脱出の道は無いようだ。そのことを私が口にしようとした、その直前。
『・・・よぉっし!』
気合の篭った、その割りに不思議と陽気に聞こえる声が紺碧の空に吸い込まれる。見れば、モニターの向こうで強い日差しに照らし出された緋勇さんは、先程までの疲労をリセットでもしたかのように生き生きとした表情をしていた。ぐん、と伸び上がったかと思うと、軽々とした動作で2、3度屈伸し、またぴょいと飛び上がるようにして元の姿勢に戻る。
『では《L》、続きと参りましょうか』
私の口調を真似て端末を覗き込んだ緋勇さんに、苦笑しつつ私も返す。
「はい、緋勇さん。・・おそらく、このラウンジに仕掛けられた罠が最後の一つです。気を抜くわけには行きませんがラスボスは目の前、もう少しの間だけ頑張りましょう」
『勇者にしては、装備が貧弱ですけどね』
探索中に拾い集めたドライバーやハサミなどをがちゃがちゃ言わせて笑う。その瞳が変わらずあの深い光を湛えていることを確認し、再び私は自身の作業に意識を集中させた。
(残された罠はあと一つ。その予測はほぼ確実だろう。けれど無論、それを解除するだけではこの事件は終わらない・・・)
《J》ことジェフリー、そしてハウスキーパーの裏側に潜んだままの黒幕。その目的を探り出し、表舞台へ引きずり出すのが私の役目だ。
視線をモニターから外すことなく、伸ばした右手でティーカップを掴む。
いつの間にか適温のものと交換されていたそれに、手探りで摘んだ角砂糖を放り込めるだけ放り込み、溢れる寸前で手を止める。
(この勝負、負けるわけにはいきません・・・何一つとして、です)
ざり、と本来有り得ない音をたてる紅茶は私の無体な所業にも拘らず、芳しい香りを振りまいていた。
自然光が届くために先ほどまでとは格段に違う視界の中、再び地道な作業に復帰した緋勇さんが無力化した罠を机の上に置く。
「完璧です」
その手際を賞賛しつつ、私はふと思い出したことを口にしてみた。
「ところで緋勇さん」
『はい、なんでしょう?』
「そういえば例の【必殺技】の名前をまだ聞いていませんでした。・・・そこでコケないで下さい。私としては知的好奇心をかなり揺さ振られる興味深い事柄です」
お約束のようにずるっと傾きかけた緋勇さんに先んじて念を押すと、長い前髪の下で黒い瞳が仕方ないなぁと言うように苦笑いした。
『あれは、《掌打》です』
「《掌打》?」
『ええ、その名の通り【掌】での【打撃】ですよ。ただ、充分に練った《氣》を纏わせていたので、単なる打撃以上の破壊力になりましたが』
にこやかに答える緋勇さんの口調から嘘は感じられない。知識として《氣》という概念の存在は知っていたが、あれがそうなのかと素直に驚いた。
「ではあれは、緋勇さんの学んだ武術ではかなり基本的な技ということですか・・・」
今まで好奇心からいくつかの武術を齧り、カポエイラを習得した身ではあるが、世の中にはまだまだ私の予想も及ばぬ領域があるものだ。いや、『極める』というのはどの道でもこういうことなのかもしれない。
感心する私に向かい、画面に映る緋勇さんはそのにこやかな笑顔を少しだけいたずらっぽく変えて、こう言った。
『《L》、必殺技っていうのはもっと《必殺》って時に使うものですよ』
・・・私が、生まれて始めてと断言しても良いほど思いっきり目を見開いたのは言うまでも無い。
END
※※※※※
やっとラウンジまで来たー!・・・のですがまだ終わりませんorz
3月に螺旋本3巻出したかったけどこっちが終わらないとそうもいかなそうです。お、おかしいなー書き始めたときにはこんなに長くなると思ってなかったのに・・!(滝汗)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という妄想超特急クロスオーバーな二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに全力でネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないor起こっても即日新宿の魔女が死神を使い魔にしちゃったり《M+M》が計算通りにならないキラさんへ鎮魂歌を聴かせに来たりしちゃう世界です。
●そんなパラレル有りえないでしょ馬鹿じゃない?と思われる方は、どうかここまでの全てをなかったことにしてリターンをお願いします。
●コラボネタって楽しいよねとか寧ろ名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」と入力するのが私のデフォルトですが何か?という方に少しでも楽しんで頂ければ幸せのあまりジハードも撃てそうな気がします。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
何が起こったのだろうか。
呆然とした私の手から、玩んでいたスプーンが滑り落ちたようだ。高い金属音に聴覚を掻き乱され、同時にはっと我に返る。そうだ、呆けている場合ではない。
(素手で、壁を砕いた?)
モニターを覗き込み、再度その情報を確認する。間違いなく6階の廊下に設置されていた【壁】は理想的と言えるほど周囲には何の影響も与えず、しかしそれ自体は完璧に破壊されている。そしてその残骸の前に何事も無かったかのように立っている緋勇さんはまさに【徒手空拳】であった。驚いたことに、布で拳を覆うことすらしていない。普通ならば壁が砕ける以前に拳の骨が砕けるだろう。
(と言うことは、です)
これがFBIの仕掛けた壮大なドッキリか、はたまた敵側がこの仕掛けを見破られるはずは無いと工事費をケチったか、そんな笑えない冗談でもない限り、現実は一つしかない。
(緋勇さんは、私の予想を遥かに超える身体能力の持ち主だった・・・そういうことですか)
改めて言葉にしてみると、実に答えはシンプルだった。なんのことはない、私は今まで緋勇さんの優れた能力を幾つも目の当たりにしながら、その実彼のポテンシャルに勝手な限界値を設けていたのだ。
【ヒト】という生物の【例外】――――時として【天才】という賞賛の檻に隔離される【種】のことを、私は誰よりも知っているはずであったのに。
[うわぁぁぁぁぁ!!]
「!!」
落ち着きを取り戻した私が何か言葉を発するより早く、通信端末から男の叫び声が響き渡った。
(ハウスキーパー・・!)
紛れも無く恐怖の色を帯びたその声に、私の方が身構える。画面の向こうの緋勇さんは、寧ろきょとんとした表情だった。
[お前、一体何者だ!?]
初めて緋勇龍麻という個人に向けて犯人側から放たれた言葉は、誘拐犯と人質という関係からするとかなり奇妙なものに違いない。結局のところ、彼らは『FBIの捜査官』が必要だっただけなのだと改めて認識する。その肩書きを背負うが故に『偶然』選ばれたはずの人物は、ハウスキーパーの問いを受け、漸く得心がいったというような顔をした。
・・・おそらくは、緋勇さんにとって先ほどの【技】はその程度のものなのだろう。
それが【普通】の世界から逸脱する【力】だなどと、考えもつかなかったほどに。
だから、彼は答える言葉を少し考えた後、結局何も言わずにふっと苦笑を浮かべた。苦笑、と私が表現したものが、ハウスキーパーの目にはどう映ったか。
後に続く言葉には充分予想がついた。
[――――――――化け物]
希代の爆弾魔も大して特殊な語彙は持ち合わせていないものだ、と頭の隅で考える。
犯罪者というものを、ごく普通の倫理観の中で生きる人間は『己とは違う異常な生き物』とよく認識しているが、『ごく普通』という観点から言うのならば、彼らの方がそこに近いのかもしれない。
(少なくとも、【私】よりは)
皮肉でも自嘲でもなく、単に思考の一つとしてその言葉を流しながら、画面を見つめる。
では、緋勇龍麻。
(彼は、どちらなのだろう)
知りたいという思いが、何より私を黙らせた。
一瞬の沈黙が、機械によって繋がれた3つの場所を支配する。直後、その沈黙を打ち破ったのは・・・実に盛大なため息だった。
『呆れた。その【化け物】を誘拐してきたのは何処の誰だっけ?』
[!!]
「・・・・くっ・・」
言葉も無いハウスキーパーに、私の咽喉をこみ上げた笑いが低く震わす。
まったくもって、その通りだ。
辛うじて笑い出すのを堪えている私の前で、緋勇さんは優しげな風貌に似合わぬ毒舌をさらりと続けた。
『大体ビルだの橋だの吹っ飛ばしてる【爆弾魔】が、壁一枚抜かれたくらいで騒がないで欲しいんだけど。その程度の神経でよくこんな【ゲーム】やってられるよな。本当に本物の【ハウスキーパー】?』
[なっ、なんだと!?]
張り詰めた空気が一瞬で解け、入れ替わりに満ちるのはどこか超然として、それでいて妙にのん気な緋勇さんの気配。緊張の糸を弦楽器代わりに弾き、陽気なメロディを奏でてみせたかのような切り返しに、私はついに堪えきれず噴き出した。
[《L》・・・貴様!]
「どうやら緋勇さんの方が貴方より一枚も二枚も上手のようですね、ハウスキーパー。大体彼の言うとおり、【人質】を決めたのはそちらです。今更こちらの手札が《JOKER》だからといって配り直しは利きませんよ」
笑い混じりにそう告げると、再び絶句した気配の後に[し、勝負はこれからだ!覚えてろ《L》!緋勇!]というありきたりの捨て台詞を残し、ハウスキーパーからの回線が途絶えた。
それがあまりにお約束過ぎ、また笑えてしまう。しかし、考えてみれば私は今までこんなに笑う人間だっただろうか。そう思いながら、うっすら涙の浮いた目でモニターを見る。
「緋勇さん」
崩れた壁の前に立つ彼は、私の呼びかけに振り向くと、いたずらっ子のようにぺろっと舌を出して笑った。
『すみません《L》。ちょっとやらかしちゃいました』
その笑顔にほんの僅か苦味のようなものが混じっていると思うのは、私のらしからぬ感傷だろうか。
けれど、分かる。決して彼の中で今のやり取りは気楽なものではなかったのだろう、だが、既に彼は「そんなことは乗り越えて来た」のだ。こうして変わらず笑えるほどに、きっと幾度も。
「いいえ、実に爽快でした。にしても緋勇さん」
『え』
だから、私もこうして笑って言えるのだろう。
「こういう《必殺技》があるのなら、もっと早く教えて下さい。今のはなんという技ですか?」
一瞬だけ驚いたような表情の後、ひどく優しく笑った目を誤魔化すように緋勇さんはわざとらしくずるっとコケてみせた。
「ん?」
『あれ?』
その瞬間2人同時に瓦礫の中に小さな金属を見付け、疑問符が重なる。
「鍵、ですか。しかも随分と新しい・・」
緋勇さんの手に乗せられた親指ほどの大きさの鍵は、明らかに今までのものとは異なる最新型の電子キーだった。少なくとも、この客船内の施設に使われているものではなさそうだ。
「これが何の鍵なのかは分かりませんが・・今後重要な意味を持ってこないとも限りません。確保しておきましょう」
『はい、《L》』
素直にその鍵を仕舞い込む緋勇さんを見ていると、どこか不思議な感じがした。
壁を砕くような豪腕を持つ彼と、楽しそうに料理の話をする彼。
(きっと、どちらも緋勇龍麻・・・彼という存在を構築する不可欠の要素なのだろうが)
異端のようであり、しかし気が付けばどこにでも溶け込んでしまいそうでもある。
彼に向かい、ハウスキーパーは「何者だ」と問うた。それはおそらくずっと、私も知りたかったことだ。
(けれど、今はまだいい)
すっかり冷めてしまった紅茶で唇を湿らせて、いつの間にか座り込んでいた床から足の指先だけで跳ね上がる。
「・・やはりこの姿勢で無いと、頭の回転が鈍くなります」
マイクに拾われない程度の声で呟いて、自分の膝に上体を預けた。
(今は【その時ではない】。私にも彼にも、優先すべき事柄があるのだから)
ゆっくりと咽喉を通る甘さが、私を、《L》を完全に覚醒させる。そう、まだだ。奇しくもハウスキーパーの捨て台詞と重なるが、確かに「ここからが勝負」なのだから。
「では、行きましょうか緋勇さん。驚かせるつもりが先に驚いてしまったのでタイミングがずれてしまいましたが、次は私の番です」
『いや、俺は別に驚かせるつもりじゃなかったんですけど』
「ですが私はびっくりしました。なんと5分16秒間も糖分の摂取を忘れるほどでした。これは私としてはかなりの驚き指数です」
『って、5分くらい糖分取らないで済ませましょうよ。糖尿になりますよ!』
「ですので、同じくらい緋勇さんにも驚いていただかないと私の気が済みません。出来ればそれ以上に驚いていただけると大満足です」
『スルーした!っていうかなんですかその対抗心!そもそもさっきの説明だとどれくらい《L》が驚いたのか良く分からないんですけど俺!』
相変わらずの打てば響く小気味いい反応を返してくれつつ、緋勇さんの視点が壁のあった場所を通り抜けた。6階の【向こう側】に立った緋勇さんが、一拍置いた後に『ああ・・』と深く頷いたのを確認し、満足感と共に小粒のチョコレートを口に放り込む。
『そういう、ことか・・・』
そう、今、緋勇さんが立っているのは6階ではなく、【3階】だ。
地上のホテルと比べてしまえば、いくら豪華客船とはいえそのキャパシティはかなり劣ったものにならざるを得ない。その最たるものが【階層】だ。豪華な内装に比べ、妙に低い階層という矛盾に気付かれないように、彼らは壁でフロアを区切ることにより【階層を増やした】のだ。
『つまり、3階からエレベーターで4階へ向かった時の誤動作・・・あれは俺を【1階に戻すため】と【その事を気付かれないため】の無茶苦茶な動きだったわけですね』
今度こそ正しく『上』へと向かうために歩を進めながら、簡潔にこのトリックを確認し合う。
「ええ、1階から3階まではエレベーターを隠し、階段を使わせておいて、3階から4階と見せかけた1階のもう半分へと誘導されたのです。まったく、手の込んだ仕掛けを考えたものです」
『まったく・・・』
ため息を吐く緋勇さんの目が、端末越しに私へと向けられる。
予想通り、その目は私と同じ疑問を湛えていた。
【では、何のためにこんな手の込んだ仕掛けを作ったのか?】
ハウスキーパーには確かに《L》に対する復讐心があるのだろう。しかし【ハウスキーパーを雇ったクライアント】が存在し、そのクライアントには復讐以外の目的があることはもう分かっている。ここまで大掛かりで、《FBI》や《L》を巻き込む必要のある目的。それは、まさか・・・。
ポーン、とやけに明るいエレベーターの階層表示音が、思考する私の意識を半分引き戻す。ランプは最大の数字である6を越え、【R】を示していた。
「・・さて、ではもうお分かりかとは思いますが・・・これが【答え】の一つです、緋勇さん」
開いたエレベーターの扉の向こうに、光が漏れるもう一つの扉が見えた。迷わずそこへと歩み寄った緋勇さんの手が、勢い良く扉を開く。
そこには、ただ青が広がっていた。
『・・・・海・・・』
緋勇さんが、自分へと言い聞かせるようにその単語を口にした。
無意識だったのだろう、日本語で呟かれたそれはたった2つの音であるのに何故か遠く、私の耳にいつまでも響くように思えた。
「ええ、【海】です」
わざと同じ意味を持つ英語で繰り返した理由は、自分でも良く分からない。
はっとしたように再び端末を覗き込む緋勇さんに、私は今感じた違和感のことを意図的に脳内から消し去った。何日ぶりかの陽の光に眩しそうに目を細めた彼に、その些細な違和感が伝わっていなければいいと思いながら。
『見渡す限り、海ですね・・』
波を蹴立てて進む『元』豪華客船のデッキから乗り出すように海面を眺めていた緋勇さんが、分かってはいたけれど、というように肩をすくめる。
「クリエラ周辺の海域を航海中の大型船舶・・となれば衛星から位置を特定するのも比較的早いはずです。ただ、当然のことながら・・・」
『海で、他国の領域ですからね・・・』
「・・・と、いうことです」
つまりは、場所が特定できたからといって、そう簡単に救出に向かえる訳ではないと言う事だ。
無言のまま、こくりと頷いた緋勇さんが視線をタイムカウンターに向ける。
1:57。
表示された残り時間も、決して多いとは言えない。
(やはり、まだ・・か)
相手方の計画に沿わねばならないのは不本意だが、結局は全ての罠を解除するしか脱出の道は無いようだ。そのことを私が口にしようとした、その直前。
『・・・よぉっし!』
気合の篭った、その割りに不思議と陽気に聞こえる声が紺碧の空に吸い込まれる。見れば、モニターの向こうで強い日差しに照らし出された緋勇さんは、先程までの疲労をリセットでもしたかのように生き生きとした表情をしていた。ぐん、と伸び上がったかと思うと、軽々とした動作で2、3度屈伸し、またぴょいと飛び上がるようにして元の姿勢に戻る。
『では《L》、続きと参りましょうか』
私の口調を真似て端末を覗き込んだ緋勇さんに、苦笑しつつ私も返す。
「はい、緋勇さん。・・おそらく、このラウンジに仕掛けられた罠が最後の一つです。気を抜くわけには行きませんがラスボスは目の前、もう少しの間だけ頑張りましょう」
『勇者にしては、装備が貧弱ですけどね』
探索中に拾い集めたドライバーやハサミなどをがちゃがちゃ言わせて笑う。その瞳が変わらずあの深い光を湛えていることを確認し、再び私は自身の作業に意識を集中させた。
(残された罠はあと一つ。その予測はほぼ確実だろう。けれど無論、それを解除するだけではこの事件は終わらない・・・)
《J》ことジェフリー、そしてハウスキーパーの裏側に潜んだままの黒幕。その目的を探り出し、表舞台へ引きずり出すのが私の役目だ。
視線をモニターから外すことなく、伸ばした右手でティーカップを掴む。
いつの間にか適温のものと交換されていたそれに、手探りで摘んだ角砂糖を放り込めるだけ放り込み、溢れる寸前で手を止める。
(この勝負、負けるわけにはいきません・・・何一つとして、です)
ざり、と本来有り得ない音をたてる紅茶は私の無体な所業にも拘らず、芳しい香りを振りまいていた。
自然光が届くために先ほどまでとは格段に違う視界の中、再び地道な作業に復帰した緋勇さんが無力化した罠を机の上に置く。
「完璧です」
その手際を賞賛しつつ、私はふと思い出したことを口にしてみた。
「ところで緋勇さん」
『はい、なんでしょう?』
「そういえば例の【必殺技】の名前をまだ聞いていませんでした。・・・そこでコケないで下さい。私としては知的好奇心をかなり揺さ振られる興味深い事柄です」
お約束のようにずるっと傾きかけた緋勇さんに先んじて念を押すと、長い前髪の下で黒い瞳が仕方ないなぁと言うように苦笑いした。
『あれは、《掌打》です』
「《掌打》?」
『ええ、その名の通り【掌】での【打撃】ですよ。ただ、充分に練った《氣》を纏わせていたので、単なる打撃以上の破壊力になりましたが』
にこやかに答える緋勇さんの口調から嘘は感じられない。知識として《氣》という概念の存在は知っていたが、あれがそうなのかと素直に驚いた。
「ではあれは、緋勇さんの学んだ武術ではかなり基本的な技ということですか・・・」
今まで好奇心からいくつかの武術を齧り、カポエイラを習得した身ではあるが、世の中にはまだまだ私の予想も及ばぬ領域があるものだ。いや、『極める』というのはどの道でもこういうことなのかもしれない。
感心する私に向かい、画面に映る緋勇さんはそのにこやかな笑顔を少しだけいたずらっぽく変えて、こう言った。
『《L》、必殺技っていうのはもっと《必殺》って時に使うものですよ』
・・・私が、生まれて始めてと断言しても良いほど思いっきり目を見開いたのは言うまでも無い。
END
※※※※※
やっとラウンジまで来たー!・・・のですがまだ終わりませんorz
3月に螺旋本3巻出したかったけどこっちが終わらないとそうもいかなそうです。お、おかしいなー書き始めたときにはこんなに長くなると思ってなかったのに・・!(滝汗)
螺旋の黄龍騒動記・11。
2008年2月17日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、というドッキンばくばく妄想炸裂クロスオーバー二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとにバリバリネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないor起こっても大した被害になる前に死神ごと狩っちゃうような《力》持つ者が何人も存在する世界です。
●そんなパラレル最悪!思われる方は、どうかここまでの全てを消去!の上リターンをお願いします。
●クロスオーバーって面白!とか寧ろ名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」と入力するのが私のデフォルトですが何か?という方に少しでも楽しんで頂ければ嬉しくて旧校舎に突撃します。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『お待たせしました、緋勇さん』
そう言ってあっさりと戻ってきた《L》は、どうやら【ティータイム】を存分に満喫してきたらしい。
はっきりとした事はまだ教えてくれなかったけれども、一番効果的な場面でそれを利用するつもりなんだろう。
『次のトラップを解除する頃には、とっておきの種明かしをご披露しますよ』
相変わらずの機械音声に子供のような茶目っ気を含ませた言葉からして、《L》はひどくご機嫌のようだ。
ということは、その『種明かし』には相当な威力があると見ていい。
(じゃあ、俺の役目はその場面まで問題なく事態を進めるってことか)
それを考えると、当事者だというのに俺も何だかちょっとワクワクしてしまう。
(いけないいけない、気を引き締めないと)
俺は先程手に入れたばかりの用途不明なメダルをひっくり返して調べながら、笑ってしまいそうになる口元を無理矢理引き結んだ。
微かな唸りを上げていた中央部が、やがて絞り込むようにその音を細くする。
(・・・ふう)
最後の部品が取り外され、6階のキートラップがついに沈黙した。
無意識に回数を減らしていた呼吸が、安堵のため息と共に通常へと戻る。
途中、電気が流れる仕掛けに引っ掛かって軽くダメージがきたけれど、幸い大きなミスには繋がらなかった。やれやれ、本当に良かった。今までの傾向を見るにキートラップの連動というのはハッタリである可能性が強くて、それなら一つ爆発させても多分俺の《氣》で防御することは出来る・・とは思うんだけど、まさか人ひとり吹っ飛ばす爆発の前で無傷の姿を見せるわけにもいかないものなぁ。
はぁ、《能力》を隠さなきゃいけないっていうのもなかなか辛い。
(ってぼんやりしてる場合じゃないな)
罠を解除した直後、焦ったように通信に割り込んできた【ハウスキーパー】と《L》の緊迫した会話は端末を通して続いている。
先程の地上では観測されなかった地震。そして、「狭い通路と低い天井」「廊下の端にある別の材質の壁」「3階毎に統一されたインテリア」「乾燥した気候にも拘らず腐食の進む室内」など、このホテルの特異な状態から導き出される【解答】。それを明らかにする為に《L》の反撃が始まったようだ。
『―――つまり、我々は最初から大きな勘違いをしていたということになります。これら全ての点を矛盾無く説明する為には、最も根本的な部分を訂正しなければならなかった。最大の間違いはここが【地上】ではないということです』
[・・・どういう、ことだ?ホテルが空を飛んでいるとでも?]
動揺の色を見せるハウスキーパーに、《L》が『いいえ』と短く答えた。
うー、はらはらするなぁ。
《L》のヒントで俺にもトリックの核心部分は大体分かっている・・のだけれども、明確にそれがどういう形に成立しているのか説明しろと言われたら難しいところだ。気になってしょうがない。蚊帳の外にいるうちにとこっそり抱え込んだ爆薬を氷結させるために《氣》を練りつつ、俺は端末から流れ出す会話の続きに真剣に耳を傾けた。
一呼吸の後、無機質な機械音の鎧を纏った《L》の言葉がついに謎の一つを解き明かす。
『ここはそもそも【ホテル】ではない。しかし私も緋勇さんも、最初の部屋を見た時にそう思い込んでしまった。無論それは意図的に行われた舞台設定のために、です。さて、では地上に存在せず、しかし豪奢な宿泊施設を持つ特殊な空間とは?乾燥したクリエラ地方で室内が錆びやカビに浸食される唯一の場所とは?・・・そう、緋勇さんが監禁されている場所は【客船】です』
[っ・・・・!!]
ハウスキーパーの声が叫びになりかけて消える。
(ああ・・!)
同時に俺も声にならない声をあげていた。
【客船】という単語に今までの疑問が一瞬で氷解して行く。地面の上ではない。そう聞かされた時にすぐさま『海』という答えには行き着いていたのだけれど、そもそもこの施設全体が常に『動いている』とまでは想像できなかった。それというのもあまりにも安定した足場ゆえだ。あのたった一度の大きな揺れがなかったら、違和感なんか抱かなかったに違いない。
『【グラナダ号】。廃船になったはずの豪華客船です。内装に使われているランプが最初の所有者であった【マーメイドグループ】の関連施設にのみ卸されている特殊なものであったため、このからくりにさえ気付けば特定は容易でした』
何も反論を思いつかないのだろう、急に静かになったハウスキーパーへ《L》の指摘が更に続く。
『狭い通路、低い天井は客船と考えれば当然の造りです。そしてもう一つ、この6階まですべての通路の端にあった材質の違う壁・・・それこそが、このトラップボックスのコアとも言うべきトリックなのです』
[う・・・っ]
ハウスキーパーが忌々しげに呻く。それは《L》の推理がすべて真実であることを肯定しているようなものだ。あまりの鮮やかさに、端末のこちら側は当事者にも関わらず、まるでドラマでも見ているような気分だ。
(今更だけど《L》が敵でなくて本当に良かった・・・)
思わずそんなことを考える。今までも「こいつが敵じゃなくて良かった!」って思う相手は何人もいたわけだけど、今回ほど真剣に考えたことはなかったかもしれない。なんといってもまず『力押し』が絶対通用しそうにないんだもんな、この人って。《力》だけあっても敵わないような・・・。
『緋勇さん』
「あ、はい!」
余計な事をつらつら考えていたら、いきなりこちらに話を振られて慌てた返事になってしまった。
画面の向こうから『聞いてましたか?』というプレッシャーを感じるのは、気のせいだといいなぁ・・・。
『改めて、緋勇さん』
繰り返されたので、気のせいじゃなかったらしい。こういうとこ、《L》ってちょっと御門に似てるような気がするなぁ・・・ってなんかこう、嫌な想像をしてしまった。・・・忘れよう。集中!
「はい、《L》」
『先ほど申し上げた種明かしの時間です。1階から常に廊下の端を塞いでいた【壁】、すべての謎を解く鍵となるあの邪魔者を取り払ってしまいましょう』
【壁】と言われ、脳裏にその映像が浮かんだ。本来の廊下の壁とは明らかに違う材質で、最奥にいつも設置されていた頑丈な壁。幾つかの階で軽く叩いて確かめてみたが、反響音からするに反対側には空間があるようでずっと《L》も俺も気になっていたんだっけ。
ん?でも、それを取り払う?
(って、どうするつもりなんだろう、《L》)
俺が聞き返そうとしたその時、端末の向こうから耳を疑うような言葉が聞こえてきた。
『では緋勇さん、先程解除したキートラップの爆薬部分を持って例の壁へ向かって下さい』
・・・。
・・・・・え?
『既に起爆部分は無力化されていますから滅多なことはないかと思いますが、油断は禁物です』
え?
思わず凍りつく俺の前で、《L》は流れるように話を進めていく。
『ハウスキーパー。貴方の仕掛けた爆薬を使わせて貰いますが、異論はありませんね?』
[くっ・・・勝手にしろ・・・!!]
ぶつんと乱暴に切れる回線の音を聞きながら、俺は動揺の余り思考が真っ白になる寸前だった。
いや、だって。
爆薬ってさっき俺が凍らせちゃったんだってばー!
不味い不味い本当に不味い。自分でやっといてなんだけど、そう簡単に溶けるもんじゃないんだって、これ!しかも溶けたところで、もう使い物にならないんだって!うわあ、やっちゃったー!!
『緋勇さん?さっきから様子が変ですが、もしや体調でも・・・?』
「いえッ!大丈夫です《L》!!」
『そ、そうですか?それならいいのですが・・』
反射的に「大丈夫」なんて言ったけど全然大丈夫じゃないだろう俺!
心配してくれる《L》に申し訳ないと思いつつも、気の利いた返事をする余裕はない。うわぁぁぁ、本当にどうしようー!!!
良い解決法も思いつけないまま、とりあえず爆薬を持って部屋を出る。が、勿論その中身は完全に凍っていて壁なんか壊せるはずもない。
慎重に持ち運びをしてる振りをして、その実少しでも時間を稼げるようにゆっくりとした動作で移動するけれど、元々大した距離じゃない1フロア内、あっという間に目の前には今の俺にとって鬼門とも言える【壁】がそびえ立っていた。
本当に、どうしよう。
ああもう、こんな時リカの【なんでも爆弾に変える】能力があったらなぁ!それか、九龍みたいにポケットにごろごろ爆弾が入っていれば、天香の遺蹟みたいに壁ぐらい簡単に・・・。
・・・・ん?
壁を、壊す?
『緋勇さん、それでは爆薬を壁の前にセットして下さい。起爆装置代わりになるように中の火薬を・・』
「・・・・《L》」
《L》の言葉を遮って、俺は端末を覗き込んだ。
『ど、どうしました、緋勇さん?』
思いっきり真顔な俺(多分相当目が据わってるはず)に、若干《L》が引いてるのが分かるけれど、今はそれどころじゃない。
要は壁だ。
言い換えれば、「たかが」壁だ。
確かに天香では九龍が【ガスHG】やらなんやらで爆破して通路を開けることが基本だったけれど、もう一度言おう、「たかが壁」だ。
「【壊せれば】いいんですよね、《L》」
『・・・はい?』
爆薬を使うのは、それが手っ取り早く破壊できる方法だからであって、「爆薬を使って壊さなければいけないから」じゃない。つまりはそういうことだ。
「あの壁を、【壊せば】いいんですよね?爆弾じゃなくても」
繰り返す。要するに、壊せばいいんだ。それならば。
『あ、はい、そうなんですが・・しかし壊すのに今の緋勇さんでは他に手段が』
「あります」
再び《L》の言葉を遮って、俺はもう一度画面をしっかりと覗き込んだ。
今度はほっとした気分も含めた、そりゃもうかんっぺきな笑顔で。
「爆薬より確実で、安全な方法があります。俺に任せて頂けますか?」
頂けなければ困る。
そんな笑顔に込めた強固な思いが伝わったのか、一瞬遅れて《L》から『わかりました、お任せします』との答えが返ってきた。
(よぉぉぉっし!!やった、乗り切ったー!!)
歓喜と安堵が一気に押し寄せて、心の中だけでガッツポーズを作る。いやもう本当に焦った。俺なりに考えて取った策だったけど、やっぱり素人が余計なことするものじゃないのかなぁ。
ま、それはとりあえずいいや。後で考えよう。ともかくも、今はこの壁を壊さなきゃ。
『一体どうやって・・・?』
「大丈夫です、見てて下さい」
端末が壊れないようにちょっと離れた位置に置き、壁へと向かう。
そういえば、もう7時間近く手元の作業ばっかりやってたんだよなぁ。
災い転じて福となす、とは言い過ぎだけど、軽くとはいえ久しぶりに身体が動かせるのは有り難い。
軽く壁に触れ、強度を確認してから幾度か拳を握って指先の感覚を確かめる。
「・・・よし!」
ひゅう、と息を吸い込んで、腰を低く落とす。壊すのはあくまでこの【壁】だけだ。周囲に影響を及ぼさないよう、破片を飛び散らせないよう、拳筋をイメージして《氣》を一気に高める。
行くぞッ!!
『ひっ、緋勇さん!?』
《L》が俺を呼ぶ声と、インパクトの瞬間はほぼ同時だった。
ドゥッ、という低音が響き渡り、《氣》をまとわせた俺の掌が触れた中央部分がそのまま吹き飛ぶ。
ゆっくり姿勢を戻した俺の目の前で、サッカーボールほどの大きさの穴が開いた部分から微細なヒビがさぁっと壁全面に広がり、そこだけが綺麗に砂のように崩れ落ちた。
よーし、コントロール完璧!
と、満足げにぱしっと拳を打ち鳴らした時、俺の後ろから[うわぁぁぁぁぁっ!?]という絶叫が聞こえてきた。
ん?今のは【ハウスキーパー】?
[なななな、なんだなんだ!?ひっ、緋勇!なんなんだお前はー!?]
・・え、なんだと言われても。
「古武術の《技》だけど」
あっさりと答えた俺に、ハウスキーパーがひきつった声で怒鳴る。
[武術!?そんなわけあるか!お前、ただのFBIじゃないのか!?何者だ!?]
いや、FBIの時点で結構「ただの」じゃない気はするんだけど。ってそんなことは置いといて、え、ここそんなに驚かれるところかなぁ。だって《氣》こそ十分練ったけど、龍脈の《力》は使ってないぞ俺。このぐらい、ちゃんと学んでれば《力》を持たない普通の人にだって辿り着ける境地だと思うんだけどな。
・・・・え、もしかして、不味かった?
『緋勇さん・・・・』
《L》の声が次の言葉を探すように俺の名前を呼んだ。
うーん、もしかすると俺・・・・・。
やらかしちゃった、のかなぁ・・・?
END
※※※※※※※※※※
年内間に合わなかったー!というわけで6階今更の更新です。
オフの本の方で先にばれネタ書いてしまったのが悔やまれる・・・。
正月休み中にあと一回更新は無理かなぁ・・・。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、というドッキンばくばく妄想炸裂クロスオーバー二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとにバリバリネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないor起こっても大した被害になる前に死神ごと狩っちゃうような《力》持つ者が何人も存在する世界です。
●そんなパラレル最悪!思われる方は、どうかここまでの全てを消去!の上リターンをお願いします。
●クロスオーバーって面白!とか寧ろ名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」と入力するのが私のデフォルトですが何か?という方に少しでも楽しんで頂ければ嬉しくて旧校舎に突撃します。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『お待たせしました、緋勇さん』
そう言ってあっさりと戻ってきた《L》は、どうやら【ティータイム】を存分に満喫してきたらしい。
はっきりとした事はまだ教えてくれなかったけれども、一番効果的な場面でそれを利用するつもりなんだろう。
『次のトラップを解除する頃には、とっておきの種明かしをご披露しますよ』
相変わらずの機械音声に子供のような茶目っ気を含ませた言葉からして、《L》はひどくご機嫌のようだ。
ということは、その『種明かし』には相当な威力があると見ていい。
(じゃあ、俺の役目はその場面まで問題なく事態を進めるってことか)
それを考えると、当事者だというのに俺も何だかちょっとワクワクしてしまう。
(いけないいけない、気を引き締めないと)
俺は先程手に入れたばかりの用途不明なメダルをひっくり返して調べながら、笑ってしまいそうになる口元を無理矢理引き結んだ。
微かな唸りを上げていた中央部が、やがて絞り込むようにその音を細くする。
(・・・ふう)
最後の部品が取り外され、6階のキートラップがついに沈黙した。
無意識に回数を減らしていた呼吸が、安堵のため息と共に通常へと戻る。
途中、電気が流れる仕掛けに引っ掛かって軽くダメージがきたけれど、幸い大きなミスには繋がらなかった。やれやれ、本当に良かった。今までの傾向を見るにキートラップの連動というのはハッタリである可能性が強くて、それなら一つ爆発させても多分俺の《氣》で防御することは出来る・・とは思うんだけど、まさか人ひとり吹っ飛ばす爆発の前で無傷の姿を見せるわけにもいかないものなぁ。
はぁ、《能力》を隠さなきゃいけないっていうのもなかなか辛い。
(ってぼんやりしてる場合じゃないな)
罠を解除した直後、焦ったように通信に割り込んできた【ハウスキーパー】と《L》の緊迫した会話は端末を通して続いている。
先程の地上では観測されなかった地震。そして、「狭い通路と低い天井」「廊下の端にある別の材質の壁」「3階毎に統一されたインテリア」「乾燥した気候にも拘らず腐食の進む室内」など、このホテルの特異な状態から導き出される【解答】。それを明らかにする為に《L》の反撃が始まったようだ。
『―――つまり、我々は最初から大きな勘違いをしていたということになります。これら全ての点を矛盾無く説明する為には、最も根本的な部分を訂正しなければならなかった。最大の間違いはここが【地上】ではないということです』
[・・・どういう、ことだ?ホテルが空を飛んでいるとでも?]
動揺の色を見せるハウスキーパーに、《L》が『いいえ』と短く答えた。
うー、はらはらするなぁ。
《L》のヒントで俺にもトリックの核心部分は大体分かっている・・のだけれども、明確にそれがどういう形に成立しているのか説明しろと言われたら難しいところだ。気になってしょうがない。蚊帳の外にいるうちにとこっそり抱え込んだ爆薬を氷結させるために《氣》を練りつつ、俺は端末から流れ出す会話の続きに真剣に耳を傾けた。
一呼吸の後、無機質な機械音の鎧を纏った《L》の言葉がついに謎の一つを解き明かす。
『ここはそもそも【ホテル】ではない。しかし私も緋勇さんも、最初の部屋を見た時にそう思い込んでしまった。無論それは意図的に行われた舞台設定のために、です。さて、では地上に存在せず、しかし豪奢な宿泊施設を持つ特殊な空間とは?乾燥したクリエラ地方で室内が錆びやカビに浸食される唯一の場所とは?・・・そう、緋勇さんが監禁されている場所は【客船】です』
[っ・・・・!!]
ハウスキーパーの声が叫びになりかけて消える。
(ああ・・!)
同時に俺も声にならない声をあげていた。
【客船】という単語に今までの疑問が一瞬で氷解して行く。地面の上ではない。そう聞かされた時にすぐさま『海』という答えには行き着いていたのだけれど、そもそもこの施設全体が常に『動いている』とまでは想像できなかった。それというのもあまりにも安定した足場ゆえだ。あのたった一度の大きな揺れがなかったら、違和感なんか抱かなかったに違いない。
『【グラナダ号】。廃船になったはずの豪華客船です。内装に使われているランプが最初の所有者であった【マーメイドグループ】の関連施設にのみ卸されている特殊なものであったため、このからくりにさえ気付けば特定は容易でした』
何も反論を思いつかないのだろう、急に静かになったハウスキーパーへ《L》の指摘が更に続く。
『狭い通路、低い天井は客船と考えれば当然の造りです。そしてもう一つ、この6階まですべての通路の端にあった材質の違う壁・・・それこそが、このトラップボックスのコアとも言うべきトリックなのです』
[う・・・っ]
ハウスキーパーが忌々しげに呻く。それは《L》の推理がすべて真実であることを肯定しているようなものだ。あまりの鮮やかさに、端末のこちら側は当事者にも関わらず、まるでドラマでも見ているような気分だ。
(今更だけど《L》が敵でなくて本当に良かった・・・)
思わずそんなことを考える。今までも「こいつが敵じゃなくて良かった!」って思う相手は何人もいたわけだけど、今回ほど真剣に考えたことはなかったかもしれない。なんといってもまず『力押し』が絶対通用しそうにないんだもんな、この人って。《力》だけあっても敵わないような・・・。
『緋勇さん』
「あ、はい!」
余計な事をつらつら考えていたら、いきなりこちらに話を振られて慌てた返事になってしまった。
画面の向こうから『聞いてましたか?』というプレッシャーを感じるのは、気のせいだといいなぁ・・・。
『改めて、緋勇さん』
繰り返されたので、気のせいじゃなかったらしい。こういうとこ、《L》ってちょっと御門に似てるような気がするなぁ・・・ってなんかこう、嫌な想像をしてしまった。・・・忘れよう。集中!
「はい、《L》」
『先ほど申し上げた種明かしの時間です。1階から常に廊下の端を塞いでいた【壁】、すべての謎を解く鍵となるあの邪魔者を取り払ってしまいましょう』
【壁】と言われ、脳裏にその映像が浮かんだ。本来の廊下の壁とは明らかに違う材質で、最奥にいつも設置されていた頑丈な壁。幾つかの階で軽く叩いて確かめてみたが、反響音からするに反対側には空間があるようでずっと《L》も俺も気になっていたんだっけ。
ん?でも、それを取り払う?
(って、どうするつもりなんだろう、《L》)
俺が聞き返そうとしたその時、端末の向こうから耳を疑うような言葉が聞こえてきた。
『では緋勇さん、先程解除したキートラップの爆薬部分を持って例の壁へ向かって下さい』
・・・。
・・・・・え?
『既に起爆部分は無力化されていますから滅多なことはないかと思いますが、油断は禁物です』
え?
思わず凍りつく俺の前で、《L》は流れるように話を進めていく。
『ハウスキーパー。貴方の仕掛けた爆薬を使わせて貰いますが、異論はありませんね?』
[くっ・・・勝手にしろ・・・!!]
ぶつんと乱暴に切れる回線の音を聞きながら、俺は動揺の余り思考が真っ白になる寸前だった。
いや、だって。
爆薬ってさっき俺が凍らせちゃったんだってばー!
不味い不味い本当に不味い。自分でやっといてなんだけど、そう簡単に溶けるもんじゃないんだって、これ!しかも溶けたところで、もう使い物にならないんだって!うわあ、やっちゃったー!!
『緋勇さん?さっきから様子が変ですが、もしや体調でも・・・?』
「いえッ!大丈夫です《L》!!」
『そ、そうですか?それならいいのですが・・』
反射的に「大丈夫」なんて言ったけど全然大丈夫じゃないだろう俺!
心配してくれる《L》に申し訳ないと思いつつも、気の利いた返事をする余裕はない。うわぁぁぁ、本当にどうしようー!!!
良い解決法も思いつけないまま、とりあえず爆薬を持って部屋を出る。が、勿論その中身は完全に凍っていて壁なんか壊せるはずもない。
慎重に持ち運びをしてる振りをして、その実少しでも時間を稼げるようにゆっくりとした動作で移動するけれど、元々大した距離じゃない1フロア内、あっという間に目の前には今の俺にとって鬼門とも言える【壁】がそびえ立っていた。
本当に、どうしよう。
ああもう、こんな時リカの【なんでも爆弾に変える】能力があったらなぁ!それか、九龍みたいにポケットにごろごろ爆弾が入っていれば、天香の遺蹟みたいに壁ぐらい簡単に・・・。
・・・・ん?
壁を、壊す?
『緋勇さん、それでは爆薬を壁の前にセットして下さい。起爆装置代わりになるように中の火薬を・・』
「・・・・《L》」
《L》の言葉を遮って、俺は端末を覗き込んだ。
『ど、どうしました、緋勇さん?』
思いっきり真顔な俺(多分相当目が据わってるはず)に、若干《L》が引いてるのが分かるけれど、今はそれどころじゃない。
要は壁だ。
言い換えれば、「たかが」壁だ。
確かに天香では九龍が【ガスHG】やらなんやらで爆破して通路を開けることが基本だったけれど、もう一度言おう、「たかが壁」だ。
「【壊せれば】いいんですよね、《L》」
『・・・はい?』
爆薬を使うのは、それが手っ取り早く破壊できる方法だからであって、「爆薬を使って壊さなければいけないから」じゃない。つまりはそういうことだ。
「あの壁を、【壊せば】いいんですよね?爆弾じゃなくても」
繰り返す。要するに、壊せばいいんだ。それならば。
『あ、はい、そうなんですが・・しかし壊すのに今の緋勇さんでは他に手段が』
「あります」
再び《L》の言葉を遮って、俺はもう一度画面をしっかりと覗き込んだ。
今度はほっとした気分も含めた、そりゃもうかんっぺきな笑顔で。
「爆薬より確実で、安全な方法があります。俺に任せて頂けますか?」
頂けなければ困る。
そんな笑顔に込めた強固な思いが伝わったのか、一瞬遅れて《L》から『わかりました、お任せします』との答えが返ってきた。
(よぉぉぉっし!!やった、乗り切ったー!!)
歓喜と安堵が一気に押し寄せて、心の中だけでガッツポーズを作る。いやもう本当に焦った。俺なりに考えて取った策だったけど、やっぱり素人が余計なことするものじゃないのかなぁ。
ま、それはとりあえずいいや。後で考えよう。ともかくも、今はこの壁を壊さなきゃ。
『一体どうやって・・・?』
「大丈夫です、見てて下さい」
端末が壊れないようにちょっと離れた位置に置き、壁へと向かう。
そういえば、もう7時間近く手元の作業ばっかりやってたんだよなぁ。
災い転じて福となす、とは言い過ぎだけど、軽くとはいえ久しぶりに身体が動かせるのは有り難い。
軽く壁に触れ、強度を確認してから幾度か拳を握って指先の感覚を確かめる。
「・・・よし!」
ひゅう、と息を吸い込んで、腰を低く落とす。壊すのはあくまでこの【壁】だけだ。周囲に影響を及ぼさないよう、破片を飛び散らせないよう、拳筋をイメージして《氣》を一気に高める。
行くぞッ!!
『ひっ、緋勇さん!?』
《L》が俺を呼ぶ声と、インパクトの瞬間はほぼ同時だった。
ドゥッ、という低音が響き渡り、《氣》をまとわせた俺の掌が触れた中央部分がそのまま吹き飛ぶ。
ゆっくり姿勢を戻した俺の目の前で、サッカーボールほどの大きさの穴が開いた部分から微細なヒビがさぁっと壁全面に広がり、そこだけが綺麗に砂のように崩れ落ちた。
よーし、コントロール完璧!
と、満足げにぱしっと拳を打ち鳴らした時、俺の後ろから[うわぁぁぁぁぁっ!?]という絶叫が聞こえてきた。
ん?今のは【ハウスキーパー】?
[なななな、なんだなんだ!?ひっ、緋勇!なんなんだお前はー!?]
・・え、なんだと言われても。
「古武術の《技》だけど」
あっさりと答えた俺に、ハウスキーパーがひきつった声で怒鳴る。
[武術!?そんなわけあるか!お前、ただのFBIじゃないのか!?何者だ!?]
いや、FBIの時点で結構「ただの」じゃない気はするんだけど。ってそんなことは置いといて、え、ここそんなに驚かれるところかなぁ。だって《氣》こそ十分練ったけど、龍脈の《力》は使ってないぞ俺。このぐらい、ちゃんと学んでれば《力》を持たない普通の人にだって辿り着ける境地だと思うんだけどな。
・・・・え、もしかして、不味かった?
『緋勇さん・・・・』
《L》の声が次の言葉を探すように俺の名前を呼んだ。
うーん、もしかすると俺・・・・・。
やらかしちゃった、のかなぁ・・・?
END
※※※※※※※※※※
年内間に合わなかったー!というわけで6階今更の更新です。
オフの本の方で先にばれネタ書いてしまったのが悔やまれる・・・。
正月休み中にあと一回更新は無理かなぁ・・・。
螺旋の黄龍騒動記・10。
2008年2月16日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という妄想超特急クロスオーバーな二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに結構ネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍をメインとしますので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらず、起こってもどっかの陰陽師とかM+Mとかに闇に葬られて即時終結するかもしれないパワーバランス魔人たち寄りの世界です。
●そんなパラレル不愉快だと思われる方は、どうかここまで読んだ全てを忘れてリターンをお願いします。
●そういうの平気、とか寧ろ名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」と入力するのが私のデフォルトですが何か?という方に少しでも楽しんで頂ければいやっほうと飛び上がります。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『《L》が、お好きなんですね』
予想もしない言葉に、《ワタリ》である私が一瞬言葉を忘れた。
世界の頭脳、《L》。
そして《L》に付き従う影、《ワタリ》。
その図式を知りながら、私との会話で真っ先に感じたことが私から《L》への親愛の情だと言う。
私とて気付いていなかった。あの稀有な天才を庇護し支えることこそが自身の天命であるように受け止めていた心の内に、彼を『肉親として』慈しむ思いがあることを。だのに、モニターの向こう、ただ無機質の合成音でしか私たちを知らないはずの青年はいとも容易くそれを言い当てたのだ。どうして驚かずにいられようか。
「・・・貴方は、不思議な方ですね」
思わずそう口にした私に、FBI捜査官・緋勇龍麻と名乗る青年はどこか困惑したように曖昧な笑みを見せた。幼ささえ垣間見えるその表情に、この青年は決して何かを意図してあのような発言をしたのではないのだと確信する。
例えば、この世に【良い人間】と【悪い人間】がいるのならば、間違いなく彼は前者に所属する存在なのだろう。
何故か、私は強くそんなことを思った。
そして、もう一つ。願わくば彼が・・・この先も《L》の味方となってくれるのなら、と。
勿論、今はそれよりも優先すべきことがある。まずは何よりも、彼を【生き残らせる】ことだ。
「では参りましょうか、緋勇さん」
『はい、《ワタリ》』
端末越しに流れ込む声は、久しく穏やかであった私の心をも若々しく奮い立たせるかのように力強く響いた。
「罠は無いようですね」
502、と表示された部屋の前で一通り安全を確認した後、モニターのこちら側に視線を投げた緋勇さんにそう同意を返した。
それにしても、だ。
扉を開ける姿を眺めながら自身の白い口髭をなぞる。
私もこの事件の始まりから《L》と共に探索を進めている彼を見てはいたのだが、実際にパートナーとして動いてみると改めてその能力の高さを思い知らされる。
罠の解除しかり、室内の探索しかり、彼の動作にはとにかく迷いというものがない。
迷いがない故に無駄もない動きは、どう見てもこういった世界で生きる人間、それも多くの危機から【生き延びてきた】人間のものだ。今現在、命がけの状況で数多くの罠を解除している経験値は確かに通常より遥かに早く彼を成長させているだろう。だが、流石にこの短時間では付け焼刃。人はそう簡単に根源的な恐怖を克服出来る生物ではない。
つまり、彼は我々が知りうる【経歴】以外に何らかの過酷な【経験】を積んでいる。
至極今更ではあるが、私は自分自身の観察によりその結論が正しいものであると確信した。そう、《L》と同様に。
『502号室、現在異常なし。室内の探索を開始します』
「了解しました」
マイクが硬いものと端末の触れる小さな音を拾う。棚の上に置かれたのだろう、端末のカメラが一定の視点からベッドの置かれた壁側に向かう彼の動作を映していた。
やや小柄な体格からは、ともすれば華奢で非力な印象を受けるが、そのような予測を軽々と覆す運動能力を彼が備えていることは【敵】側の彼らにも既に知れている通りだ。
《L》は早々に興味を失い最後まで目を通さずに放り投げてしまったが、万一の場合を考え私だけでもと一通り頭には入れておいたFBIの資料を思い返す。
日本人である彼は両親の仕事の都合で海外を転々とし、12歳で渡米。その後、進学などの関係により、彼のみが成人すると同時にアメリカ国籍を取得したということになっていた。
その経歴の真偽はともかく、やや癖のある発音からは元々彼が英語を母国語としていなかったことが分かる。モニター越しにも鮮やかな漆黒の髪と両眼、そして《L》との会話の端々に見えた日本文化の知識からしても、おそらく【日本人】という部分は真実ではなかろうか。
・・・緋勇さんのサポートという役割を果たしつつ、私は己の可能な限り彼について思考を巡らせていた。
無論このような【推測】は既に《L》の中では思考しつくされ、ある程度完結しているだろう。しかし《L》の代役を務める以上、私はこの【人質にしてパートナー】について《ワタリ》なりの結論を出しておく必要があった。おそらくは《L》が私にこの場を任せたのはそういう意味もあるのだろうから。
(もしかすると《L》は)
ふと思いついたことを頭の中で明確な言葉にしようとした瞬間、モニターに映る状況の変化に気付いて私は思考を切り替えた。
「緋勇さん、【罠】ですか?」
探索の手を止め、端末の元へ戻ってきた彼へ問いかける。すると彼は僅かに顔を顰め、考え込むものが良くそうするように唇の下へ指を当てた。
『罠・・かどうかは微妙ですが、パスワード式の金庫がありました』
微妙というのは「確実とは言い切れないがおそらく罠は無い」と彼が思っているということだろう。確かに今までのパターンによれば「仕掛け」と「罠」は同時に存在しない。それが相手側による「注意力を奪う引っ掛け」の意図ならばこの先かなり重要な部分で仕掛けの後に罠が用意されているという事態もあるだろうが、今のところそこまでの深読みは必要ないと私にも思われた。相手側は自分たちが絶対的な優位にある、と思い込んでいる。実際優位には違いないが、それを過信している節があるのだ。例えば・・。
[おい、まだ《L》は戻らないのか!?]
苛立った男の声が通信に割り込みをかけた。
爆弾魔、ハウスキーパー。
犯行現場に元からあるものを用いて爆弾を作るというコストのかからない手口を常とし、またその爆弾に個人的な癖を一切残さないという「特徴の無さこそが特徴」のベテラン犯罪者。テロリスト相手の取引も多いため各国の警察機構に手配されているが、クライアントの前にすら姿を現さない慎重さから素顔、性別さえ特定できていない知能犯。
その【知能犯】が、堂々と通信機の向こう側で顔を晒し声を荒げている。
この事態こそが、相手側がどれだけ自分たちの優位を過信しているかの証明と言えよう。
今や世界の名探偵とFBIの捜査官の顔なじみとなった【爆弾魔】は、モニターの向こうに姿を消したままの《L》に対し酷く焦りを見せているようだった。
[《L》が逃げればFBIの小僧はすぐにでも始末する、そう言ってあるはずだぞ!]
「先程も申し上げましたとおり、《L》はティータイムを取っております。そう急かさないで頂きたいものですな。それとも、それしきの時間すら許せぬほどあなた方は焦っておられるのでしょうか」
[なんだと・・]
機械音声となっても尚、呆れきった口調が伝わるように言葉を選ぶ。
【ハウスキーパー】の目的が《L》の介入ということは分かっている。それには単なる復讐ではなく、隠された他の理由があることも。そして、その【目的】がある限り大切な人質である緋勇さんには早々手が出せないことも。
故に私が・・《ワタリ》がすべきことは、ハウスキーパーの目をこちらから逸らさせぬようにしつつ、彼らの自由時間を稼ぐことであった。
「元より、あなた方ごときを相手に《L》が逃げる必要など有りません」
嘲笑の意を充分に感じ取ってくれたのか、ハウスキーパーは一瞬の絶句の後、呪いの言葉を吐きながら通信を切った。
(これでしばらくは時間が稼げたはずだが・・)
そう思いながらモニターを覗けば、右手にネジのようなものを持ち、指に挟んだメモ用紙をひらひらと振る緋勇さんの笑顔が見えた。どうやら金庫の謎は一人で解いてしまわれたようだ。
「お待たせしてしまいましたか」
私の言葉に、笑顔のまま首を振る。
『いいえ、やっと今開けたところです。・・にしても《L》は相当糖分不足だったんでしょうね』
(!)
端末を持ち上げ、次の探索にかかりながら何気なく放たれた言葉にはっと気付く。
「・・ええ、お恥ずかしながら《L》は糖分が切れると本当に駄目なんです。緋勇さんには既に気付かれていると思ってはいましたが・・・」
『あはは、それはあれだけお菓子の話をされれば・・。まぁ何と言うか、3日何も食べてない身としては複雑ですけど、《L》に先に倒れられても困っちゃいますしね』
「ふふ、そう言って頂けると助かります。間も無く戻りますので、それまでどうか私とお付き合い下さい」
『こちらこそ、宜しくお願いします《ワタリ》』
そこで会話は一旦途切れ、緋勇さんは再びカーテンの後ろ側にあった扉へと意識を切り替えたようだ。
(聡い方だ)
冗談めかした【《ワタリ》との会話】に見せかけ、今の会話は【敵方に聞かせる為】のものだった。
《L》という人物がこうした他愛のない休息を取ることは当たり前であり、そこにこれといった意味はないのだと相手方に錯覚させるような会話。私ではなく、先程からまるで長年の友人であるかのように《L》と雑談を交わしている緋勇さんの言葉であるからこそ効果のある【誘導】だ。
(やはりこの人は、こうした修羅場に慣れている)
さらりとそんなことをやってのけた彼に、私は微かな恐れを混ぜ入れた感嘆の息を漏らした。
《L》の右腕として活動する立場上、今まで数多くの【特殊な】機関に身を置く相手と接しては来たが、この若さでこの豪胆さを持つ人物とはついぞ巡り会ったことがない。
――――――――他ならぬ、《L》を除いては。
(見たところ、緋勇さんも《L》とそう変わらない年頃・・・《L》といい、彼といい、世界には思いも寄らぬ能力を兼ね備えた若者がいるものだ)
天才という言葉は頭脳以外の才も指す。天に愛されたかのような《能力》を持つ存在。その意味で言うのならば、おそらくは緋勇龍麻、彼もまた《天才》なのかもしれない。
人には見えぬ世界まで辿り着き、人が届かぬものを掴み取る。その恩恵も、その苦痛も、全て知った上でなお笑うことの出来る存在。
(ならば、彼には分かるのだろうか、《L》の、《L》自身にすら分からない痛みが)
世の人々が羨望してやまないものを持ちながら、同時に欠落する何かを抱える矛盾。
それを決して不幸とは思わぬ故に、あの人は迷わず己を磨り減らしてゆく。まるで、それしか【世界】との関わり方を知らないように。
けれど、もしも・・・緋勇龍麻、彼の中に【世界】を繋ぐ【他の方法】があるのならば、彼を通して《L》は【世界】に関われるのではないだろうか。
世界の頭脳などではなく、ただ一人のどこにでもいる、しかし唯一の、そんな青年として。
(・・・私は、何を考えているのだろうか)
再び新たな部屋で探索を開始した緋勇さんに出来うる限りのサポートをしつつ、切り離された別の部分で夢物語のような未来を勝手に思い描いている。
何故だろうか。このような大事件の只中、一瞬の油断も許されないというのに、私はどういうわけかとても事態を楽観視している。事件は無事に終わるものと確信し、寧ろその先にある未来こそが重要なのだと思い始めている。
この感覚は、なんなのだろう。
余りに暢気な自分にやや焦りを覚え、再度集中を強めようとモニターを覗き込んだ時だった。
(・・・・・?)
探索を続ける緋勇さんの姿が目に入る。ただそれだけで安堵が全身を包み、私を驚かせた。
真剣な面持ちの中に、緊張とは違う確かな強さを感じ、はたとその根源に思い至る。
深い黒の内側に、星を宿したような輝きを見せる不思議な瞳。思えばあの瞳を正面から見たその時から、《L》も私もらしからぬ自分を感じていたのではないか。
何もかもを見透かしたような、しかし見るもの全てを安らげてしまうような、強く暖かい光。
(そうか・・・緋勇さん、既に私は貴方に託していたのですね)
この事件の結末を、彼の手足で切り開き、彼の目で見届けることを、最初から私は決心していた。だからこそ、最早惑いは必要ではなかった。ただそれだけのことだったのだ。
(であれば、私がやるべきことは単純にして明快)
いつ何時も、《ワタリ》は《L》の為に最善を尽くす。しかしこれは【キルシュ・ワイミー】が【エル・ローライト】の為だけに望む、初めての事柄だ。
――――緋勇龍麻という青年のピースが《L》の世界を構築する為に必要であるならば、そのピースをあるべき場所へと導くこと。
つまりは緋勇さんに《L》の【ご友人】となって頂く、そんな他愛もなく、しかし大変に困難を伴うかもしれぬ未来。それを実現させる為に・・・。
(このような茶番は、早々に終わらせなければいけませんな)
モニターの前で満足げに微笑む私を、《L》が見ていたら何と言うだろうか。そのような下らない想像を可笑むほどに、私の気分は高揚していた。
やがて、期待にたがわず緋勇さんは5階の罠を解き明かし、今まさに最後の一つと対峙していた。
「では慎重に参りましょうか、緋勇さん」
『はい、《ワタリ》』
端末を挟んだこちらと向こうで呼吸を合わせ、殊更に奇妙な形をしたキートラップに挑む。
巧妙な仕掛けに何重にも覆われた爆薬を無力化する為、一手一手を進めていく最中、背後に気配を感じ私は目線だけをそちらに向けた。
(《L》)
声に出しかけた私へ、《L》は齧りかけたクッキーの上から更に指を重ねるような形で「まだ内緒です」という仕草を見せた。その表情からするに、どうやら無事に極上の甘い【情報】を摂取してきたようだ。私は小さく頷いて再びモニターへと意識を集中する。その数分後、緋勇さんの手に分解されただの残骸と化したキートラップがあることを確信して。
「緋勇さんも《ワタリ》もお疲れ様でした」
次の階層へと向かう【鍵】を手にした緋勇さんと、モニターの前から退いた私。その2人に向けて《L》が有意義であった【休憩時間】について報告する。無論、そこに隠された真意は未だ《L》の脳内だけに収められてはいるが、言葉の端々に混ぜ込まれたヒントからすると《L》はほぼこのトリックを解明し終えたようだった。《L》が戻ったことを知り、噛み付くように通信へ割り込んできたハウスキーパーも軽くいなし、次の階層へと向かう緋勇さんの動きと同じ視点で移動する。その途中、いつもの如く膝を抱え爪先だけで体重を支える奇妙な姿勢をした《L》がぽつりと呟いた。
「・・・一階分だけなのに、随分と仲良しさんです」
一瞬、彼の言葉が何を指しているのか分からずに目を瞬いた私は、次の瞬間今度は驚きに目を見開いた。
先刻のキートラップ解除で、緋勇さんと私がパートナーとして上手く機能していたことを言っているのだ、この人は。
私にだろうか、緋勇さんにだろうか。いやおそらく両方になのだろうが、あの《L》が子供のように「仲間はずれ」の疎外感に拗ねている。そのことに私は感動すら覚えた。
(ああ、やはり私の答えは間違っていなかった)
孫の成長を喜ぶ祖父の気持ちというのは、こういうものだろうか。些かずれているかもしれないが、今の私には未知の感情に対する正確さなどどうでも良かった。
「《L》、ひとつご相談があるのですが」
「なんです?」
顔をモニターに向けたまま、やはりどこか拗ねた返事を返す《L》の背中に、私は笑いを噛み殺しながらとっておきのジョーク・・・ただし、その中に一匙の真意を混ぜ入れたもの・・・を投げてみた。
「私もそろそろこのような年齢です。不測の事態に備え、常々《ワタリ》の名を継ぐ人材の発掘を考えておりました。そこで、この事件が解決した暁には、新たな《ワタリ》として後進の育成を視野に入れたいと考えたのですが」
私のわざとらしい言い回しに、彼の優れた頭脳は即時なにかを感じ取ったのだろう。癖の強いぼさっとした黒髪がかくんと下を向き、その反対に顔がそっくり返るようにこちらへと向く。普通に振り返らないのが実に彼らしい。あれでは少々危ないと思いつつも、私は結局しれっとジョークのオチを口にする。
「―――二代目《ワタリ》候補としては、『元』FBI捜査官など如何でしょう?」
案の定、不安定な姿勢をした名探偵はその優秀な頭脳の頂点から床へと落下した。
END。
※※※
と、とりあえず5階攻略完了ーーーー!!2ヶ月以上ぶりの更新です。冬の新刊までに6階だけは終了しときたい(ネタの関係上)と必死で書きましたがワタリ視点が予想以上に難しかった・・!!
最早自己満足以外の何物でもないですが(笑)とりあえず完結まではじりじり頑張ります。ともかくも年内には6階と新刊!(自己暗示)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という妄想超特急クロスオーバーな二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに結構ネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍をメインとしますので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらず、起こってもどっかの陰陽師とかM+Mとかに闇に葬られて即時終結するかもしれないパワーバランス魔人たち寄りの世界です。
●そんなパラレル不愉快だと思われる方は、どうかここまで読んだ全てを忘れてリターンをお願いします。
●そういうの平気、とか寧ろ名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」と入力するのが私のデフォルトですが何か?という方に少しでも楽しんで頂ければいやっほうと飛び上がります。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『《L》が、お好きなんですね』
予想もしない言葉に、《ワタリ》である私が一瞬言葉を忘れた。
世界の頭脳、《L》。
そして《L》に付き従う影、《ワタリ》。
その図式を知りながら、私との会話で真っ先に感じたことが私から《L》への親愛の情だと言う。
私とて気付いていなかった。あの稀有な天才を庇護し支えることこそが自身の天命であるように受け止めていた心の内に、彼を『肉親として』慈しむ思いがあることを。だのに、モニターの向こう、ただ無機質の合成音でしか私たちを知らないはずの青年はいとも容易くそれを言い当てたのだ。どうして驚かずにいられようか。
「・・・貴方は、不思議な方ですね」
思わずそう口にした私に、FBI捜査官・緋勇龍麻と名乗る青年はどこか困惑したように曖昧な笑みを見せた。幼ささえ垣間見えるその表情に、この青年は決して何かを意図してあのような発言をしたのではないのだと確信する。
例えば、この世に【良い人間】と【悪い人間】がいるのならば、間違いなく彼は前者に所属する存在なのだろう。
何故か、私は強くそんなことを思った。
そして、もう一つ。願わくば彼が・・・この先も《L》の味方となってくれるのなら、と。
勿論、今はそれよりも優先すべきことがある。まずは何よりも、彼を【生き残らせる】ことだ。
「では参りましょうか、緋勇さん」
『はい、《ワタリ》』
端末越しに流れ込む声は、久しく穏やかであった私の心をも若々しく奮い立たせるかのように力強く響いた。
「罠は無いようですね」
502、と表示された部屋の前で一通り安全を確認した後、モニターのこちら側に視線を投げた緋勇さんにそう同意を返した。
それにしても、だ。
扉を開ける姿を眺めながら自身の白い口髭をなぞる。
私もこの事件の始まりから《L》と共に探索を進めている彼を見てはいたのだが、実際にパートナーとして動いてみると改めてその能力の高さを思い知らされる。
罠の解除しかり、室内の探索しかり、彼の動作にはとにかく迷いというものがない。
迷いがない故に無駄もない動きは、どう見てもこういった世界で生きる人間、それも多くの危機から【生き延びてきた】人間のものだ。今現在、命がけの状況で数多くの罠を解除している経験値は確かに通常より遥かに早く彼を成長させているだろう。だが、流石にこの短時間では付け焼刃。人はそう簡単に根源的な恐怖を克服出来る生物ではない。
つまり、彼は我々が知りうる【経歴】以外に何らかの過酷な【経験】を積んでいる。
至極今更ではあるが、私は自分自身の観察によりその結論が正しいものであると確信した。そう、《L》と同様に。
『502号室、現在異常なし。室内の探索を開始します』
「了解しました」
マイクが硬いものと端末の触れる小さな音を拾う。棚の上に置かれたのだろう、端末のカメラが一定の視点からベッドの置かれた壁側に向かう彼の動作を映していた。
やや小柄な体格からは、ともすれば華奢で非力な印象を受けるが、そのような予測を軽々と覆す運動能力を彼が備えていることは【敵】側の彼らにも既に知れている通りだ。
《L》は早々に興味を失い最後まで目を通さずに放り投げてしまったが、万一の場合を考え私だけでもと一通り頭には入れておいたFBIの資料を思い返す。
日本人である彼は両親の仕事の都合で海外を転々とし、12歳で渡米。その後、進学などの関係により、彼のみが成人すると同時にアメリカ国籍を取得したということになっていた。
その経歴の真偽はともかく、やや癖のある発音からは元々彼が英語を母国語としていなかったことが分かる。モニター越しにも鮮やかな漆黒の髪と両眼、そして《L》との会話の端々に見えた日本文化の知識からしても、おそらく【日本人】という部分は真実ではなかろうか。
・・・緋勇さんのサポートという役割を果たしつつ、私は己の可能な限り彼について思考を巡らせていた。
無論このような【推測】は既に《L》の中では思考しつくされ、ある程度完結しているだろう。しかし《L》の代役を務める以上、私はこの【人質にしてパートナー】について《ワタリ》なりの結論を出しておく必要があった。おそらくは《L》が私にこの場を任せたのはそういう意味もあるのだろうから。
(もしかすると《L》は)
ふと思いついたことを頭の中で明確な言葉にしようとした瞬間、モニターに映る状況の変化に気付いて私は思考を切り替えた。
「緋勇さん、【罠】ですか?」
探索の手を止め、端末の元へ戻ってきた彼へ問いかける。すると彼は僅かに顔を顰め、考え込むものが良くそうするように唇の下へ指を当てた。
『罠・・かどうかは微妙ですが、パスワード式の金庫がありました』
微妙というのは「確実とは言い切れないがおそらく罠は無い」と彼が思っているということだろう。確かに今までのパターンによれば「仕掛け」と「罠」は同時に存在しない。それが相手側による「注意力を奪う引っ掛け」の意図ならばこの先かなり重要な部分で仕掛けの後に罠が用意されているという事態もあるだろうが、今のところそこまでの深読みは必要ないと私にも思われた。相手側は自分たちが絶対的な優位にある、と思い込んでいる。実際優位には違いないが、それを過信している節があるのだ。例えば・・。
[おい、まだ《L》は戻らないのか!?]
苛立った男の声が通信に割り込みをかけた。
爆弾魔、ハウスキーパー。
犯行現場に元からあるものを用いて爆弾を作るというコストのかからない手口を常とし、またその爆弾に個人的な癖を一切残さないという「特徴の無さこそが特徴」のベテラン犯罪者。テロリスト相手の取引も多いため各国の警察機構に手配されているが、クライアントの前にすら姿を現さない慎重さから素顔、性別さえ特定できていない知能犯。
その【知能犯】が、堂々と通信機の向こう側で顔を晒し声を荒げている。
この事態こそが、相手側がどれだけ自分たちの優位を過信しているかの証明と言えよう。
今や世界の名探偵とFBIの捜査官の顔なじみとなった【爆弾魔】は、モニターの向こうに姿を消したままの《L》に対し酷く焦りを見せているようだった。
[《L》が逃げればFBIの小僧はすぐにでも始末する、そう言ってあるはずだぞ!]
「先程も申し上げましたとおり、《L》はティータイムを取っております。そう急かさないで頂きたいものですな。それとも、それしきの時間すら許せぬほどあなた方は焦っておられるのでしょうか」
[なんだと・・]
機械音声となっても尚、呆れきった口調が伝わるように言葉を選ぶ。
【ハウスキーパー】の目的が《L》の介入ということは分かっている。それには単なる復讐ではなく、隠された他の理由があることも。そして、その【目的】がある限り大切な人質である緋勇さんには早々手が出せないことも。
故に私が・・《ワタリ》がすべきことは、ハウスキーパーの目をこちらから逸らさせぬようにしつつ、彼らの自由時間を稼ぐことであった。
「元より、あなた方ごときを相手に《L》が逃げる必要など有りません」
嘲笑の意を充分に感じ取ってくれたのか、ハウスキーパーは一瞬の絶句の後、呪いの言葉を吐きながら通信を切った。
(これでしばらくは時間が稼げたはずだが・・)
そう思いながらモニターを覗けば、右手にネジのようなものを持ち、指に挟んだメモ用紙をひらひらと振る緋勇さんの笑顔が見えた。どうやら金庫の謎は一人で解いてしまわれたようだ。
「お待たせしてしまいましたか」
私の言葉に、笑顔のまま首を振る。
『いいえ、やっと今開けたところです。・・にしても《L》は相当糖分不足だったんでしょうね』
(!)
端末を持ち上げ、次の探索にかかりながら何気なく放たれた言葉にはっと気付く。
「・・ええ、お恥ずかしながら《L》は糖分が切れると本当に駄目なんです。緋勇さんには既に気付かれていると思ってはいましたが・・・」
『あはは、それはあれだけお菓子の話をされれば・・。まぁ何と言うか、3日何も食べてない身としては複雑ですけど、《L》に先に倒れられても困っちゃいますしね』
「ふふ、そう言って頂けると助かります。間も無く戻りますので、それまでどうか私とお付き合い下さい」
『こちらこそ、宜しくお願いします《ワタリ》』
そこで会話は一旦途切れ、緋勇さんは再びカーテンの後ろ側にあった扉へと意識を切り替えたようだ。
(聡い方だ)
冗談めかした【《ワタリ》との会話】に見せかけ、今の会話は【敵方に聞かせる為】のものだった。
《L》という人物がこうした他愛のない休息を取ることは当たり前であり、そこにこれといった意味はないのだと相手方に錯覚させるような会話。私ではなく、先程からまるで長年の友人であるかのように《L》と雑談を交わしている緋勇さんの言葉であるからこそ効果のある【誘導】だ。
(やはりこの人は、こうした修羅場に慣れている)
さらりとそんなことをやってのけた彼に、私は微かな恐れを混ぜ入れた感嘆の息を漏らした。
《L》の右腕として活動する立場上、今まで数多くの【特殊な】機関に身を置く相手と接しては来たが、この若さでこの豪胆さを持つ人物とはついぞ巡り会ったことがない。
――――――――他ならぬ、《L》を除いては。
(見たところ、緋勇さんも《L》とそう変わらない年頃・・・《L》といい、彼といい、世界には思いも寄らぬ能力を兼ね備えた若者がいるものだ)
天才という言葉は頭脳以外の才も指す。天に愛されたかのような《能力》を持つ存在。その意味で言うのならば、おそらくは緋勇龍麻、彼もまた《天才》なのかもしれない。
人には見えぬ世界まで辿り着き、人が届かぬものを掴み取る。その恩恵も、その苦痛も、全て知った上でなお笑うことの出来る存在。
(ならば、彼には分かるのだろうか、《L》の、《L》自身にすら分からない痛みが)
世の人々が羨望してやまないものを持ちながら、同時に欠落する何かを抱える矛盾。
それを決して不幸とは思わぬ故に、あの人は迷わず己を磨り減らしてゆく。まるで、それしか【世界】との関わり方を知らないように。
けれど、もしも・・・緋勇龍麻、彼の中に【世界】を繋ぐ【他の方法】があるのならば、彼を通して《L》は【世界】に関われるのではないだろうか。
世界の頭脳などではなく、ただ一人のどこにでもいる、しかし唯一の、そんな青年として。
(・・・私は、何を考えているのだろうか)
再び新たな部屋で探索を開始した緋勇さんに出来うる限りのサポートをしつつ、切り離された別の部分で夢物語のような未来を勝手に思い描いている。
何故だろうか。このような大事件の只中、一瞬の油断も許されないというのに、私はどういうわけかとても事態を楽観視している。事件は無事に終わるものと確信し、寧ろその先にある未来こそが重要なのだと思い始めている。
この感覚は、なんなのだろう。
余りに暢気な自分にやや焦りを覚え、再度集中を強めようとモニターを覗き込んだ時だった。
(・・・・・?)
探索を続ける緋勇さんの姿が目に入る。ただそれだけで安堵が全身を包み、私を驚かせた。
真剣な面持ちの中に、緊張とは違う確かな強さを感じ、はたとその根源に思い至る。
深い黒の内側に、星を宿したような輝きを見せる不思議な瞳。思えばあの瞳を正面から見たその時から、《L》も私もらしからぬ自分を感じていたのではないか。
何もかもを見透かしたような、しかし見るもの全てを安らげてしまうような、強く暖かい光。
(そうか・・・緋勇さん、既に私は貴方に託していたのですね)
この事件の結末を、彼の手足で切り開き、彼の目で見届けることを、最初から私は決心していた。だからこそ、最早惑いは必要ではなかった。ただそれだけのことだったのだ。
(であれば、私がやるべきことは単純にして明快)
いつ何時も、《ワタリ》は《L》の為に最善を尽くす。しかしこれは【キルシュ・ワイミー】が【エル・ローライト】の為だけに望む、初めての事柄だ。
――――緋勇龍麻という青年のピースが《L》の世界を構築する為に必要であるならば、そのピースをあるべき場所へと導くこと。
つまりは緋勇さんに《L》の【ご友人】となって頂く、そんな他愛もなく、しかし大変に困難を伴うかもしれぬ未来。それを実現させる為に・・・。
(このような茶番は、早々に終わらせなければいけませんな)
モニターの前で満足げに微笑む私を、《L》が見ていたら何と言うだろうか。そのような下らない想像を可笑むほどに、私の気分は高揚していた。
やがて、期待にたがわず緋勇さんは5階の罠を解き明かし、今まさに最後の一つと対峙していた。
「では慎重に参りましょうか、緋勇さん」
『はい、《ワタリ》』
端末を挟んだこちらと向こうで呼吸を合わせ、殊更に奇妙な形をしたキートラップに挑む。
巧妙な仕掛けに何重にも覆われた爆薬を無力化する為、一手一手を進めていく最中、背後に気配を感じ私は目線だけをそちらに向けた。
(《L》)
声に出しかけた私へ、《L》は齧りかけたクッキーの上から更に指を重ねるような形で「まだ内緒です」という仕草を見せた。その表情からするに、どうやら無事に極上の甘い【情報】を摂取してきたようだ。私は小さく頷いて再びモニターへと意識を集中する。その数分後、緋勇さんの手に分解されただの残骸と化したキートラップがあることを確信して。
「緋勇さんも《ワタリ》もお疲れ様でした」
次の階層へと向かう【鍵】を手にした緋勇さんと、モニターの前から退いた私。その2人に向けて《L》が有意義であった【休憩時間】について報告する。無論、そこに隠された真意は未だ《L》の脳内だけに収められてはいるが、言葉の端々に混ぜ込まれたヒントからすると《L》はほぼこのトリックを解明し終えたようだった。《L》が戻ったことを知り、噛み付くように通信へ割り込んできたハウスキーパーも軽くいなし、次の階層へと向かう緋勇さんの動きと同じ視点で移動する。その途中、いつもの如く膝を抱え爪先だけで体重を支える奇妙な姿勢をした《L》がぽつりと呟いた。
「・・・一階分だけなのに、随分と仲良しさんです」
一瞬、彼の言葉が何を指しているのか分からずに目を瞬いた私は、次の瞬間今度は驚きに目を見開いた。
先刻のキートラップ解除で、緋勇さんと私がパートナーとして上手く機能していたことを言っているのだ、この人は。
私にだろうか、緋勇さんにだろうか。いやおそらく両方になのだろうが、あの《L》が子供のように「仲間はずれ」の疎外感に拗ねている。そのことに私は感動すら覚えた。
(ああ、やはり私の答えは間違っていなかった)
孫の成長を喜ぶ祖父の気持ちというのは、こういうものだろうか。些かずれているかもしれないが、今の私には未知の感情に対する正確さなどどうでも良かった。
「《L》、ひとつご相談があるのですが」
「なんです?」
顔をモニターに向けたまま、やはりどこか拗ねた返事を返す《L》の背中に、私は笑いを噛み殺しながらとっておきのジョーク・・・ただし、その中に一匙の真意を混ぜ入れたもの・・・を投げてみた。
「私もそろそろこのような年齢です。不測の事態に備え、常々《ワタリ》の名を継ぐ人材の発掘を考えておりました。そこで、この事件が解決した暁には、新たな《ワタリ》として後進の育成を視野に入れたいと考えたのですが」
私のわざとらしい言い回しに、彼の優れた頭脳は即時なにかを感じ取ったのだろう。癖の強いぼさっとした黒髪がかくんと下を向き、その反対に顔がそっくり返るようにこちらへと向く。普通に振り返らないのが実に彼らしい。あれでは少々危ないと思いつつも、私は結局しれっとジョークのオチを口にする。
「―――二代目《ワタリ》候補としては、『元』FBI捜査官など如何でしょう?」
案の定、不安定な姿勢をした名探偵はその優秀な頭脳の頂点から床へと落下した。
END。
※※※
と、とりあえず5階攻略完了ーーーー!!2ヶ月以上ぶりの更新です。冬の新刊までに6階だけは終了しときたい(ネタの関係上)と必死で書きましたがワタリ視点が予想以上に難しかった・・!!
最早自己満足以外の何物でもないですが(笑)とりあえず完結まではじりじり頑張ります。ともかくも年内には6階と新刊!(自己暗示)
螺旋の黄龍騒動記・9。
2008年2月15日 螺旋の黄龍騒動記(完結) コメント (2) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という有り得ないクロスオーバーな二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに結構ネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍をメインとしますので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはデスノ-トという単語はあまり縁が無いかもしれませんです。なんせ高校生時代に拳一発で死神倒してきた人たちがわんさといる世界なのでそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないかもしれません。
●そんなパラレルやめてよと思われる方は、どうかここまで読んだ全てを忘れてリターンをお願いします。
●そういうの特に気にしないよ、とか寧ろ名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」と入力するのが私のデフォルトですが何か?という方に少しでも楽しんで頂ければ万々歳でにんまりです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
(言っちゃったなぁ)
心の中でだけ呟いて、視界を遮る前髪をくしゃりとかき混ぜる。
―――――大地が揺れたのならば、【俺】にはそうと分かるはずだからです。
問われて迷わず断言してしまった自分に少し驚いた。
ちょっと軽率だったかもしれないとは思う。
確かに《黄龍の器》こと大地を流れる《龍脈》の力を自在に身の内に取り込めてしまう俺にはそういう能力があるのだけれど、何もそれを正直に言わなくても『地震大国の日本出身なので勘が利く』程度に留めて置いても良かったんじゃないか。《L》はともかく、この通信内容は【クリエラの月】側にも筒抜けなのだし・・・。
・・・いや、まぁ大丈夫だろう。今回は【黄龍】だの【龍脈】だのは無関係なんだ。『地震かそうじゃないかがわかる』なんて言ったところで、そんな荒唐無稽な話『ちょっとおかしいんじゃないのかコイツ?』で済んでしまうよな、普通なら。
(やれやれ、ちょっと過敏になってるかも。・・・それにしても、あんな風に説明した俺も俺だけど、あっさり納得しちゃった《L》も《L》というか、つくづく底知れない人だよね)
探索作業の集中を切らさないよう注意しながらも、頭の片隅でそんなことを考えてみる。
顔も知らない、声も分からない、実在の人物だと知ったのさえ数時間前。だけど既に俺が確固たる信頼を寄せている相手。そして、多分向こうも『俺の正体を知らず』、しかし『同様に』こちらを信頼して動いてくれている。
縁あって【共闘】という言葉で括られる繋がりを持った相手は今まで何人もいたけれど、此れほど特異な関係も無かった。この状況をひどく面白いと感じる自分がいる半面、僅かながらだが警戒を喚起する声が消えないのも事実だ。
(――――なるほど。無意識だったけど、だからこそ【試してみたかった】のかな。《L》という人が《黄龍》である俺の部分を受け入れられるかどうかってことを。・・・ん?てことは、もしかして俺、この事件が終わった後もこの人と《縁》が続くと感じてるってこと?)
予想外の結論に引っ張り出していた引き出しをそのままブチ撒ける所だった。危ない危ない・・・。
しかし冷静を装ってそうっと引き出しを閉めたところで、通信端末から音声が流れた。
『大丈夫ですか?緋勇さん。辛いかとは思いますが、まだ集中を解いていい状態ではありません。もう少しの間、頑張って下さい』
しまった、やっぱり気が散っているのを見破られたか。
「すみません、《L》」
注意の言葉の中に、心配する響きが混じっていると感じたのは気のせいじゃないはずだ。
そうそう簡単に死ぬような柔な身体じゃない俺だけに、なんだか更に申し訳ない気分になる・・・っていうのも妙な話ではあるんだが。
そんな俺の思考を知ってか知らずか、《L》は相変わらずのマイペースで会話を繋げてきた。
『なにか考え事でも?』
問いかけに、一瞬言葉を迷う。
考え事をしていたのは事実だけれども、内容が内容だけになんとも説明のし様が無い。どうしたもんだろう。
「えー・・・」
特に意味の無い声が咽喉を通過した直後、再び目の前の端末から機械音声が言葉を続けた。
『私も、ちょっと先程の【地震】について考えていました』
「!」
【地震】という単語に一瞬にして意識が戦闘態勢に入った。自分でも半ば無意識の反応に、改めてあれが重要な出来事だったと気付く。
そうだ、さっきは余計な方に思考が散ってしまって深く考えるのを忘れていたけれど、あれは間違いなく本物の【地震】じゃなかった。【俺】の存在する場所で地震が発生すれば、たとえそれが地下数千メートルだろうと関係なく地脈を流れる《力》に波動が生じ、《黄龍》と共鳴するはず。・・・しかしあの時は、欠片もそんな気配は無かったんだから。
・・・ん?でも自分で言ってて変な話だな。じゃあ、あの揺れは一体何だったんだ?
『緋勇さん』
生じた疑問に眉根を寄せたところで、またも《L》の声が俺の意識を引き戻す。
『とりあえず、階段ホールまで移動して下さい。少しお話したいことがあります』
「分かりました、《L》」
あの【地震】は、何か重要なヒントを《L》に与えたんだろうか。
考えつつも今度は隙を作らないよう気をつけて、探索の終わった部屋を出る。
先刻キートラップを解除したことで、この4階は一応安全な状態になっていた。無論まだ上階が存在することは階段ホールを確認した際に分かっていたし、最終制限時間(ついに表示が6時間を切ってしまった)が延びたわけでもないのだけど、フロアの状況が確認できている為に移動がスムーズなのは有難い。余計な部屋は通らず真っ直ぐに廊下を進み、階段ホールへと辿り着く。
「お待たせしました」
ホールに置かれている古いソファに腰を下ろし、テーブルに端末を置く。白い画面の向こうの《L》と向き合う姿勢で端末を覗き込むと、すぐさま返事が返ってきた。
『早速ですが緋勇さん、あの【地震】はやはり地上のものではなかったようです。クリエラ周辺のみならず世界のあらゆる地域において観測データを調べましたが、先程の時間帯で体感できる地震が発生した場所は確認できませんでした』
「そう、ですか・・・」
分かってはいたものの、改めて《L》の口からそう言われると重みが増す。ホテル全体が確かに揺れたというのに、【地震】は発生していなかった。この矛盾した状況はなんなんだろう。
昔読んだ推理小説に、プレハブの倉庫ごとクレーンで持ち上げて揺らし中にいる人間を『壁に』転落させて殺害するなんていう破天荒なトリックがあったけど、まさかホテルを持ち上げて揺らすわけにもいかないだろうし・・・というかそもそも持ち上げてどうするんだ。あー、なんだかさっぱり分からない。
困惑に顔を顰めた俺の気持ちが伝わったのか、端末の向こうから微かな笑いの気配がした。
むむ、ってことはもう《L》には答えが分かってるのか。流石に世界の頭脳、と感心しつつもまさに現場で右往左往してる身としてはちょっと悔しい。
『そんなに真剣な目で見つめないで下さい。照れますよ?』
真面目に考えてたら唐突に茶化されて、一瞬身体がぐらっと横に傾いだ。この人ときたらまったく・・・。
「大丈夫です、俺は見えてませんから」
わざと笑顔でそう返すと、機械音声でありながら妙に恨めしそうな声で『緋勇さんが意地悪を言う・・・』との独り言が聞こえた。はいはい、分かってます八つ当たりです意地悪ですよー。
・・・しかし俺はともかく、この通信を黙って聞いてる犯人側はどんな気分なんだろ。かなり苛々してるんじゃないのかな。
『まぁいいです。意地悪を言われても健気な私はパンプキンパイで手を打ちます』
「一切れじゃなくて1ホール、とか言う人は健気じゃないと思いますよ」
『じゃあ2ホールにしましょう。さて、それはともかく』
増えた!と突っ込む間も無く逸れてた話題がさっさと元に戻される。そういや日本じゃそろそろハロウィン商戦だな、なんて余計な思考を最後に、俺も再び姿勢を正した。
『【どこにも起きていない地震】が、緋勇さんのいる場所にだけは起きた・・・。つまり、緋勇さん、貴方のいる場所は、【どこでもない】ところです』
「【どこでもない】・・・」
単語だけ聞けば突拍子も無い台詞に思えるが、《L》の言葉はおそらく正解なのだろう。地上の【どこでもない】場所。いや、【地上の】どこでもない場所。
「・・・あ!」
ピンと閃くものを感じ、思わず小さい声が上がる。そうか、【地上ではない】場所。確かにこの『ホテル』では龍脈の流れをあまり感じないと思っていたけれど、それは単にこの地域の地脈が細いせいだろうと解釈していた。だけど厚い壁と床の向こうで俺と【地面】を隔てるものがあるとしたら。もしかしたらここは・・・。
『緋勇さん』
俺が何かを口にしようとするのを、先んじて制したのは予想外な《L》の宣言だった。
『私は、ちょっと席を外します』
「えっ?」
衝撃の事実発覚かという盛り上がり真っ最中にそんなことを軽く言われ、思わず間の抜けた声が漏れた。吃驚しているのは俺だけじゃないと思うけど《L》はお構いなし、さっさと話を通す気らしい。口を挟む暇もなく機械音声が続いて流れる。
『どうも最後のピースを入手するには糖分不足のようです。私の脳細胞がチョコレートやケーキといった成分の補充を要求している状態です。このままではよろしくありませんので少々お時間を下さい。―――
ワタリ』
最後の呼びかけは、俺ではなく別の人間宛てだった。『ワタリ』と呼ばれた相手の声が《L》よりやや低い音程の機械音声で流れる。
『はい、《L》』
落ち着いた答えに対し、《L》は短く指示だけを返した。
『私のいない間、緋勇さんのサポートをお願いします』
『承知致しました』
あっけにとられた俺がやたらスムーズな端末の向こうの会話をただ聞いてる間に、話はすっかり決まってしまったようだ。
『では、緋勇さん・・・また近々』
さらりと告げられた言葉に妙な茶目っ気を感じるのは、いい加減俺がこの人との付き合いに慣れてしまった証拠だろうか。なるほど、随分と遠まわしだがつまり《L》はこれから自分の推理の裏づけとなる【情報】を得る為に動くつもりなのだろう。俺のサポートをしながらではどちらにも集中できないのかもしれない。自由に動く時間を確保する為に、犯人側が途中で口を挟んで余計な制限をしないようあんな冗談めいた言い方をしてさっさと一時退場してしまったってことだろう。まったく、食えない人だ。
参ったと苦笑したい気持ちを抑えようとしていたのが、ちょっと難しい表情に見えたのかもしれない。不意に端末から《L》のものではない機械音声が俺を呼んだ。
『改めまして緋勇さん、《ワタリ》と申します。お聞きの通り《L》不在の間は私がサポートをさせて頂きますので、どうぞ宜しく御願い致します』
見れば端末の画面、今まで白一色の中に【L】の飾り文字が表示されていたものがいつの間にか【W】の文字に変わっていた。げ、芸が細かい、というか何処までも遊び心を忘れないというか・・・。いやいや、今はそんなことを言ってる場合じゃないんだけど。
「失礼しました。こちらこそどうぞ宜しくお願い致します、・・・ええと、《Mr.ワタリ》で宜しいでしょうか?」
以前《L》にしたものと同じような質問をしてみたところ、答えもまた同じようなものが返ってきた。
『《ワタリ》で結構ですよ、緋勇さん』
うーん、流石に《L》のそばにいるだけあって、この人も相当食えない人っぽいなぁ。
《ワタリ》という名称は《L》についての話の中で聞いたことがあった。決して表舞台に姿を現さない《L》の代わりに、外部の人間と接触する役目を負っているのが《ワタリ》と名乗る人物だということだ。しかし外部と接触と言いつつこれまた謎の人物だそうで、筋骨隆々の青年だとか、色男然とした30代くらいの男性だったとか、いや妖艶な美女だったとか、はたまた物腰柔らかな老紳士だったとか《ワタリ》を目撃した人物の証言はバラバラらしい。なので俺の聞いた噂では《ワタリ》というのは特定の人物を指すのではなく、《L》の元で動くチームメンバーの総称なのではないかというものが最も有力だった。それが本当かどうかはわからないけど、今俺と端末越しに話している相手はその《ワタリ》本人、またはその中の1人ということになるのだろう。
「分かりました、《ワタリ》」
初対面の人を(しかも向こうに「さん」付けされてるのに)呼び捨てにするのはどうも苦手なんだけど、今はそんなことで時間をとってもいられない。言われた通り《ワタリ》と呼ばせてもらうことにして、腰掛けていたソファから立ち上がった。
「では、これから5階に移動します。サポート、宜しくお願いします」
『はい。・・・緋勇さん、その前に1つだけ申し上げて宜しいでしょうか?』
「あ、はい。なんでしょう《ワタリ》」
歩き出そうとした足を止め、端末を覗き込む。相変わらず無味乾燥な真っ白け、としか形容しようが無い端末画面だけれど、飾り文字がLからWに変わっただけで漂う雰囲気まで変わったように思えるから不思議だ。画面をじっと見ていたら、向こう側の人の表情が見えるような気さえする。
そんなことをうっすら考えていた俺に、《ワタリ》は《L》よりややゆっくりとしたテンポで言葉を投げかけた。
『既にお分かりかとは思いますが・・・《L》が席を外したのは、貴方を信頼しているからに他なりません』
【信頼】の言葉にどきりとする。そうなのだろうと理解してはいたけれど、《L》側の人物にそれをはっきり言われるとは正直思っていなかった。黙って端末画面を見入っていると、《ワタリ》はあくまで言葉のテンポを崩さず言った。
『ですから、【ご心配なく】』
その瞬間確かに画面の向こうに茶目っ気のある笑みを浮かべた人物を見た気がして、俺は思わず先程は堪えた苦笑をそのまま表情に浮かべていた。
またしてもやられた。
要するに、《ワタリ》氏は《L》と同じく俺の不審な点を理解した上で、サポートに付いているということだ。それだけの腹心であるのだから、《L》の不在を補うには充分な人材だろう。勿論俺が『《L》の信頼を裏切らない限りは』。
決して攻撃的でない言葉の中に小さく紛れ込ませた釘は、「《L》を裏切るな」というより「裏切らないで欲しい」という願いのように思えた。
なら、俺はその【思い】に答えなければいけない。出来るだけ真直ぐに、こちら側を映すカメラへ瞳を向けて。
「了解です、《ワタリ》」
短い言葉だったけど、俺の【答え】は伝わっただろうか。しかしこれ以上のんびりと会話を続けている余裕は無い。相手からそれ以上の通信が無いことを数秒確認してから、俺は端末を手に取り5階への階段を一気に駆け上がった。
タイムカウンターが残時間5:45の表示を刻む中、早速ホールの扉でお出迎えと来た【罠】を《ワタリ》の初サポートを受けながら解体に入る。俺が解体作業自体に慣れてきているというのも勿論あるだろうが、その経験分を差し引いても《ワタリ》の補助を得ての作業は遣り易かった。流石に《L》が自分の代わりを任せる人物だけあるなぁと感心しながら最後の一手、爆薬を抜き出す。
『お見事です、緋勇さん』
「有難うございます、《ワタリ》。ご助力のおかげです」
『いいえ、私の助けなど必要ありませんでしたよ』
素直に投げかけられた賞賛に我知らず安堵した所為だろうか、火薬を氷結させる為に軽く息を吐き緊張を解くような姿勢で一瞬の時間を稼ぐ中・・・。
「・・・《ワタリ》は」
ふと思ったことが口を衝いた。
「《L》がお好きなんですね」
途端、端末の向こうから驚いたような気配が弾けて、言った俺が慌てる。
しまった、思わず感じたまんま口に出しちゃったけど、言い方が唐突過ぎた。変に思われた?
「あ、すみません、えっと、恋愛とかそういった意味では無くて、仲間や・・・家族に対するような絶対的な信頼というか無償の気持ちというか、そんな感じだったんですが」
ああ、なんか慌てて上手く説明できない。危うく抱えてた火薬の入った部品を握りつぶしそうになってる自分に気付いてさらに慌てる。あーもう、いい年して何やってんだ俺。またこういう時って母国語じゃない言語は上手い表現が出てこないんだよなぁ・・・。
『・・・・ふふ』
そんな風にちょっと混乱している俺の耳に、機械音声が小さな波を立てた。・・・あれ、もしかして今、笑われた?
『貴方は不思議な方ですね、緋勇さん』
「えっ?」
唐突にそんなことを言われ、吃驚した。・・・そういえば俺、昔からよく言われるんだよな『不思議な人』って評価。なんていうか・・・ちょっとずれてる、ってことなんだろうか。だとしたら恥ずかしながら、否定できないんだけど。
『《L》が貴方に惹かれるのも解ります』
って、え?
《ワタリ》の謎の言葉に落ち着く間も無く端末を覗き込んだけれど、当然そこには真っ白な画面と《W》の飾り文字だけで答えは無く・・・。
『さて、では5階の探索開始と参りましょうか。緋勇さん』
穏やかなテンポで促され、俺は大人しく「はい」と返事をするしかなかった。
うう、流石に《L》の腹心。どんな人だかわからないけど、なんとなーくこの感触、男性だったら千貫さんや道心さん、女性だったら瑞麗さんのような人じゃないかと勝手な想像をしてしまう。
とはいえ、味方としては相当頼りになる人なのは間違いない。大いなる安心感と、若干の敗北感と共に、俺は未知の5階廊下へと足を踏み出したのだった。
END。
久々更新できたー!(涙)次回はワタリ視点です。実はずっとここが書きたかった・・(笑)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という有り得ないクロスオーバーな二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに結構ネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍をメインとしますので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはデスノ-トという単語はあまり縁が無いかもしれませんです。なんせ高校生時代に拳一発で死神倒してきた人たちがわんさといる世界なのでそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないかもしれません。
●そんなパラレルやめてよと思われる方は、どうかここまで読んだ全てを忘れてリターンをお願いします。
●そういうの特に気にしないよ、とか寧ろ名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」と入力するのが私のデフォルトですが何か?という方に少しでも楽しんで頂ければ万々歳でにんまりです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
(言っちゃったなぁ)
心の中でだけ呟いて、視界を遮る前髪をくしゃりとかき混ぜる。
―――――大地が揺れたのならば、【俺】にはそうと分かるはずだからです。
問われて迷わず断言してしまった自分に少し驚いた。
ちょっと軽率だったかもしれないとは思う。
確かに《黄龍の器》こと大地を流れる《龍脈》の力を自在に身の内に取り込めてしまう俺にはそういう能力があるのだけれど、何もそれを正直に言わなくても『地震大国の日本出身なので勘が利く』程度に留めて置いても良かったんじゃないか。《L》はともかく、この通信内容は【クリエラの月】側にも筒抜けなのだし・・・。
・・・いや、まぁ大丈夫だろう。今回は【黄龍】だの【龍脈】だのは無関係なんだ。『地震かそうじゃないかがわかる』なんて言ったところで、そんな荒唐無稽な話『ちょっとおかしいんじゃないのかコイツ?』で済んでしまうよな、普通なら。
(やれやれ、ちょっと過敏になってるかも。・・・それにしても、あんな風に説明した俺も俺だけど、あっさり納得しちゃった《L》も《L》というか、つくづく底知れない人だよね)
探索作業の集中を切らさないよう注意しながらも、頭の片隅でそんなことを考えてみる。
顔も知らない、声も分からない、実在の人物だと知ったのさえ数時間前。だけど既に俺が確固たる信頼を寄せている相手。そして、多分向こうも『俺の正体を知らず』、しかし『同様に』こちらを信頼して動いてくれている。
縁あって【共闘】という言葉で括られる繋がりを持った相手は今まで何人もいたけれど、此れほど特異な関係も無かった。この状況をひどく面白いと感じる自分がいる半面、僅かながらだが警戒を喚起する声が消えないのも事実だ。
(――――なるほど。無意識だったけど、だからこそ【試してみたかった】のかな。《L》という人が《黄龍》である俺の部分を受け入れられるかどうかってことを。・・・ん?てことは、もしかして俺、この事件が終わった後もこの人と《縁》が続くと感じてるってこと?)
予想外の結論に引っ張り出していた引き出しをそのままブチ撒ける所だった。危ない危ない・・・。
しかし冷静を装ってそうっと引き出しを閉めたところで、通信端末から音声が流れた。
『大丈夫ですか?緋勇さん。辛いかとは思いますが、まだ集中を解いていい状態ではありません。もう少しの間、頑張って下さい』
しまった、やっぱり気が散っているのを見破られたか。
「すみません、《L》」
注意の言葉の中に、心配する響きが混じっていると感じたのは気のせいじゃないはずだ。
そうそう簡単に死ぬような柔な身体じゃない俺だけに、なんだか更に申し訳ない気分になる・・・っていうのも妙な話ではあるんだが。
そんな俺の思考を知ってか知らずか、《L》は相変わらずのマイペースで会話を繋げてきた。
『なにか考え事でも?』
問いかけに、一瞬言葉を迷う。
考え事をしていたのは事実だけれども、内容が内容だけになんとも説明のし様が無い。どうしたもんだろう。
「えー・・・」
特に意味の無い声が咽喉を通過した直後、再び目の前の端末から機械音声が言葉を続けた。
『私も、ちょっと先程の【地震】について考えていました』
「!」
【地震】という単語に一瞬にして意識が戦闘態勢に入った。自分でも半ば無意識の反応に、改めてあれが重要な出来事だったと気付く。
そうだ、さっきは余計な方に思考が散ってしまって深く考えるのを忘れていたけれど、あれは間違いなく本物の【地震】じゃなかった。【俺】の存在する場所で地震が発生すれば、たとえそれが地下数千メートルだろうと関係なく地脈を流れる《力》に波動が生じ、《黄龍》と共鳴するはず。・・・しかしあの時は、欠片もそんな気配は無かったんだから。
・・・ん?でも自分で言ってて変な話だな。じゃあ、あの揺れは一体何だったんだ?
『緋勇さん』
生じた疑問に眉根を寄せたところで、またも《L》の声が俺の意識を引き戻す。
『とりあえず、階段ホールまで移動して下さい。少しお話したいことがあります』
「分かりました、《L》」
あの【地震】は、何か重要なヒントを《L》に与えたんだろうか。
考えつつも今度は隙を作らないよう気をつけて、探索の終わった部屋を出る。
先刻キートラップを解除したことで、この4階は一応安全な状態になっていた。無論まだ上階が存在することは階段ホールを確認した際に分かっていたし、最終制限時間(ついに表示が6時間を切ってしまった)が延びたわけでもないのだけど、フロアの状況が確認できている為に移動がスムーズなのは有難い。余計な部屋は通らず真っ直ぐに廊下を進み、階段ホールへと辿り着く。
「お待たせしました」
ホールに置かれている古いソファに腰を下ろし、テーブルに端末を置く。白い画面の向こうの《L》と向き合う姿勢で端末を覗き込むと、すぐさま返事が返ってきた。
『早速ですが緋勇さん、あの【地震】はやはり地上のものではなかったようです。クリエラ周辺のみならず世界のあらゆる地域において観測データを調べましたが、先程の時間帯で体感できる地震が発生した場所は確認できませんでした』
「そう、ですか・・・」
分かってはいたものの、改めて《L》の口からそう言われると重みが増す。ホテル全体が確かに揺れたというのに、【地震】は発生していなかった。この矛盾した状況はなんなんだろう。
昔読んだ推理小説に、プレハブの倉庫ごとクレーンで持ち上げて揺らし中にいる人間を『壁に』転落させて殺害するなんていう破天荒なトリックがあったけど、まさかホテルを持ち上げて揺らすわけにもいかないだろうし・・・というかそもそも持ち上げてどうするんだ。あー、なんだかさっぱり分からない。
困惑に顔を顰めた俺の気持ちが伝わったのか、端末の向こうから微かな笑いの気配がした。
むむ、ってことはもう《L》には答えが分かってるのか。流石に世界の頭脳、と感心しつつもまさに現場で右往左往してる身としてはちょっと悔しい。
『そんなに真剣な目で見つめないで下さい。照れますよ?』
真面目に考えてたら唐突に茶化されて、一瞬身体がぐらっと横に傾いだ。この人ときたらまったく・・・。
「大丈夫です、俺は見えてませんから」
わざと笑顔でそう返すと、機械音声でありながら妙に恨めしそうな声で『緋勇さんが意地悪を言う・・・』との独り言が聞こえた。はいはい、分かってます八つ当たりです意地悪ですよー。
・・・しかし俺はともかく、この通信を黙って聞いてる犯人側はどんな気分なんだろ。かなり苛々してるんじゃないのかな。
『まぁいいです。意地悪を言われても健気な私はパンプキンパイで手を打ちます』
「一切れじゃなくて1ホール、とか言う人は健気じゃないと思いますよ」
『じゃあ2ホールにしましょう。さて、それはともかく』
増えた!と突っ込む間も無く逸れてた話題がさっさと元に戻される。そういや日本じゃそろそろハロウィン商戦だな、なんて余計な思考を最後に、俺も再び姿勢を正した。
『【どこにも起きていない地震】が、緋勇さんのいる場所にだけは起きた・・・。つまり、緋勇さん、貴方のいる場所は、【どこでもない】ところです』
「【どこでもない】・・・」
単語だけ聞けば突拍子も無い台詞に思えるが、《L》の言葉はおそらく正解なのだろう。地上の【どこでもない】場所。いや、【地上の】どこでもない場所。
「・・・あ!」
ピンと閃くものを感じ、思わず小さい声が上がる。そうか、【地上ではない】場所。確かにこの『ホテル』では龍脈の流れをあまり感じないと思っていたけれど、それは単にこの地域の地脈が細いせいだろうと解釈していた。だけど厚い壁と床の向こうで俺と【地面】を隔てるものがあるとしたら。もしかしたらここは・・・。
『緋勇さん』
俺が何かを口にしようとするのを、先んじて制したのは予想外な《L》の宣言だった。
『私は、ちょっと席を外します』
「えっ?」
衝撃の事実発覚かという盛り上がり真っ最中にそんなことを軽く言われ、思わず間の抜けた声が漏れた。吃驚しているのは俺だけじゃないと思うけど《L》はお構いなし、さっさと話を通す気らしい。口を挟む暇もなく機械音声が続いて流れる。
『どうも最後のピースを入手するには糖分不足のようです。私の脳細胞がチョコレートやケーキといった成分の補充を要求している状態です。このままではよろしくありませんので少々お時間を下さい。―――
ワタリ』
最後の呼びかけは、俺ではなく別の人間宛てだった。『ワタリ』と呼ばれた相手の声が《L》よりやや低い音程の機械音声で流れる。
『はい、《L》』
落ち着いた答えに対し、《L》は短く指示だけを返した。
『私のいない間、緋勇さんのサポートをお願いします』
『承知致しました』
あっけにとられた俺がやたらスムーズな端末の向こうの会話をただ聞いてる間に、話はすっかり決まってしまったようだ。
『では、緋勇さん・・・また近々』
さらりと告げられた言葉に妙な茶目っ気を感じるのは、いい加減俺がこの人との付き合いに慣れてしまった証拠だろうか。なるほど、随分と遠まわしだがつまり《L》はこれから自分の推理の裏づけとなる【情報】を得る為に動くつもりなのだろう。俺のサポートをしながらではどちらにも集中できないのかもしれない。自由に動く時間を確保する為に、犯人側が途中で口を挟んで余計な制限をしないようあんな冗談めいた言い方をしてさっさと一時退場してしまったってことだろう。まったく、食えない人だ。
参ったと苦笑したい気持ちを抑えようとしていたのが、ちょっと難しい表情に見えたのかもしれない。不意に端末から《L》のものではない機械音声が俺を呼んだ。
『改めまして緋勇さん、《ワタリ》と申します。お聞きの通り《L》不在の間は私がサポートをさせて頂きますので、どうぞ宜しく御願い致します』
見れば端末の画面、今まで白一色の中に【L】の飾り文字が表示されていたものがいつの間にか【W】の文字に変わっていた。げ、芸が細かい、というか何処までも遊び心を忘れないというか・・・。いやいや、今はそんなことを言ってる場合じゃないんだけど。
「失礼しました。こちらこそどうぞ宜しくお願い致します、・・・ええと、《Mr.ワタリ》で宜しいでしょうか?」
以前《L》にしたものと同じような質問をしてみたところ、答えもまた同じようなものが返ってきた。
『《ワタリ》で結構ですよ、緋勇さん』
うーん、流石に《L》のそばにいるだけあって、この人も相当食えない人っぽいなぁ。
《ワタリ》という名称は《L》についての話の中で聞いたことがあった。決して表舞台に姿を現さない《L》の代わりに、外部の人間と接触する役目を負っているのが《ワタリ》と名乗る人物だということだ。しかし外部と接触と言いつつこれまた謎の人物だそうで、筋骨隆々の青年だとか、色男然とした30代くらいの男性だったとか、いや妖艶な美女だったとか、はたまた物腰柔らかな老紳士だったとか《ワタリ》を目撃した人物の証言はバラバラらしい。なので俺の聞いた噂では《ワタリ》というのは特定の人物を指すのではなく、《L》の元で動くチームメンバーの総称なのではないかというものが最も有力だった。それが本当かどうかはわからないけど、今俺と端末越しに話している相手はその《ワタリ》本人、またはその中の1人ということになるのだろう。
「分かりました、《ワタリ》」
初対面の人を(しかも向こうに「さん」付けされてるのに)呼び捨てにするのはどうも苦手なんだけど、今はそんなことで時間をとってもいられない。言われた通り《ワタリ》と呼ばせてもらうことにして、腰掛けていたソファから立ち上がった。
「では、これから5階に移動します。サポート、宜しくお願いします」
『はい。・・・緋勇さん、その前に1つだけ申し上げて宜しいでしょうか?』
「あ、はい。なんでしょう《ワタリ》」
歩き出そうとした足を止め、端末を覗き込む。相変わらず無味乾燥な真っ白け、としか形容しようが無い端末画面だけれど、飾り文字がLからWに変わっただけで漂う雰囲気まで変わったように思えるから不思議だ。画面をじっと見ていたら、向こう側の人の表情が見えるような気さえする。
そんなことをうっすら考えていた俺に、《ワタリ》は《L》よりややゆっくりとしたテンポで言葉を投げかけた。
『既にお分かりかとは思いますが・・・《L》が席を外したのは、貴方を信頼しているからに他なりません』
【信頼】の言葉にどきりとする。そうなのだろうと理解してはいたけれど、《L》側の人物にそれをはっきり言われるとは正直思っていなかった。黙って端末画面を見入っていると、《ワタリ》はあくまで言葉のテンポを崩さず言った。
『ですから、【ご心配なく】』
その瞬間確かに画面の向こうに茶目っ気のある笑みを浮かべた人物を見た気がして、俺は思わず先程は堪えた苦笑をそのまま表情に浮かべていた。
またしてもやられた。
要するに、《ワタリ》氏は《L》と同じく俺の不審な点を理解した上で、サポートに付いているということだ。それだけの腹心であるのだから、《L》の不在を補うには充分な人材だろう。勿論俺が『《L》の信頼を裏切らない限りは』。
決して攻撃的でない言葉の中に小さく紛れ込ませた釘は、「《L》を裏切るな」というより「裏切らないで欲しい」という願いのように思えた。
なら、俺はその【思い】に答えなければいけない。出来るだけ真直ぐに、こちら側を映すカメラへ瞳を向けて。
「了解です、《ワタリ》」
短い言葉だったけど、俺の【答え】は伝わっただろうか。しかしこれ以上のんびりと会話を続けている余裕は無い。相手からそれ以上の通信が無いことを数秒確認してから、俺は端末を手に取り5階への階段を一気に駆け上がった。
タイムカウンターが残時間5:45の表示を刻む中、早速ホールの扉でお出迎えと来た【罠】を《ワタリ》の初サポートを受けながら解体に入る。俺が解体作業自体に慣れてきているというのも勿論あるだろうが、その経験分を差し引いても《ワタリ》の補助を得ての作業は遣り易かった。流石に《L》が自分の代わりを任せる人物だけあるなぁと感心しながら最後の一手、爆薬を抜き出す。
『お見事です、緋勇さん』
「有難うございます、《ワタリ》。ご助力のおかげです」
『いいえ、私の助けなど必要ありませんでしたよ』
素直に投げかけられた賞賛に我知らず安堵した所為だろうか、火薬を氷結させる為に軽く息を吐き緊張を解くような姿勢で一瞬の時間を稼ぐ中・・・。
「・・・《ワタリ》は」
ふと思ったことが口を衝いた。
「《L》がお好きなんですね」
途端、端末の向こうから驚いたような気配が弾けて、言った俺が慌てる。
しまった、思わず感じたまんま口に出しちゃったけど、言い方が唐突過ぎた。変に思われた?
「あ、すみません、えっと、恋愛とかそういった意味では無くて、仲間や・・・家族に対するような絶対的な信頼というか無償の気持ちというか、そんな感じだったんですが」
ああ、なんか慌てて上手く説明できない。危うく抱えてた火薬の入った部品を握りつぶしそうになってる自分に気付いてさらに慌てる。あーもう、いい年して何やってんだ俺。またこういう時って母国語じゃない言語は上手い表現が出てこないんだよなぁ・・・。
『・・・・ふふ』
そんな風にちょっと混乱している俺の耳に、機械音声が小さな波を立てた。・・・あれ、もしかして今、笑われた?
『貴方は不思議な方ですね、緋勇さん』
「えっ?」
唐突にそんなことを言われ、吃驚した。・・・そういえば俺、昔からよく言われるんだよな『不思議な人』って評価。なんていうか・・・ちょっとずれてる、ってことなんだろうか。だとしたら恥ずかしながら、否定できないんだけど。
『《L》が貴方に惹かれるのも解ります』
って、え?
《ワタリ》の謎の言葉に落ち着く間も無く端末を覗き込んだけれど、当然そこには真っ白な画面と《W》の飾り文字だけで答えは無く・・・。
『さて、では5階の探索開始と参りましょうか。緋勇さん』
穏やかなテンポで促され、俺は大人しく「はい」と返事をするしかなかった。
うう、流石に《L》の腹心。どんな人だかわからないけど、なんとなーくこの感触、男性だったら千貫さんや道心さん、女性だったら瑞麗さんのような人じゃないかと勝手な想像をしてしまう。
とはいえ、味方としては相当頼りになる人なのは間違いない。大いなる安心感と、若干の敗北感と共に、俺は未知の5階廊下へと足を踏み出したのだった。
END。
久々更新できたー!(涙)次回はワタリ視点です。実はずっとここが書きたかった・・(笑)
螺旋の黄龍騒動記・8。
2008年2月14日 螺旋の黄龍騒動記(完結)ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE 〜螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という妄想大爆発な二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとにじんわりネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍をメインとしますので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはデスノ−トという単語は割とどうでもいい程度の扱いです。どっかの高校生が死神とタッグ組んでも、公になる前に陰陽寮とか拳武館とか辺りに始末されちゃうパワーバランスです。
●そんなパラレル許せませんと思われる方は、どうか脳内から「削除!」の上リターンをお願いします。
●そういうの特に気にしないよ、とか名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」と入力するのが私のデフォルトですが何か?という方に少しでも楽しんで頂ければヤッターヤッターヤッターマンです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
(また、ですね)
無力化した起爆装置を確かめるように、緋勇さんの両の手のひらが爆薬の詰まった部品を包み込む。
解体終了後にほんの数秒だが必ず行われるその行為は、彼なりの儀式のようなものなのだろうか。最初は特に気に留めてはいなかったのだが、繰り返されるうちにやがてその行為が彼にとって決して無意味なものではないことに気が付いた。
何故ならば。
「無事、この階も終わりましたね。緋勇さん、疲れていると思いますが、あともう少し頑張って下さい」
『大丈夫です《L》、任せて下さい。・・・では、次の階に向かいます』
「はい、お願いします」
カメラの向こう、閉ざされた空間を背景にこちらを見つめる彼の瞳が、確かにあの時以降、更なる強い輝きを宿すようになったからだ。
(・・・しかし、特にそのことについて口にしないということは、無意識なのか、それとも他者にとっては意味の無い行為なのか・・・。いずれにせよ、緋勇さん本人から説明が無い限り、私が問う必要は無いことなのでしょうが)
とりあえずそう結論を出し、一旦そのことについては思考を振り分けるのを停止する。
停止してから、ふと思った。
(『本人から説明が無い限り』、か。この極限とも言える状況下で、些細なこととはいえ、こうも簡単に私が疑問を放置するとは・・・それだけ私は彼を信頼しているのか・・・)
不思議な人だ、と既に幾度も彼に対し抱いた感想を改めて反芻する。
彼は確実に、今私が見ている彼とは違う【隠された顔】を持っているはず。今は利害関係が一致しているために協力しているが、この事件が終われば私の敵になるかもしれない存在なのだ。だが、そんなリスクを考慮に入れてすら、私は彼を信頼できる相手だと認識してしまっている。これは非常に疑い深い私の性格上、大変珍しいことだと言わざるを得ない。
(本当に、緋勇さんという人は謎めいている)
モニターの向こうで次の階への入り口・・・3階にして初めてその存在を確認できたエレベーターへと乗り込む緋勇さんを眺めながら、私は自分のするべき作業を再開する。
映っては消える数々の情報を思考の材料に、キーボードを指で弾く。コツコツと響くその音が集中と共に遠くなり、やがて完全に消える刹那。
(もし私が【正体】を知りたいと言ったのなら、緋勇さんは話してくれるでしょうか?)
音にならない声が、咽喉の奥を小さく揺らした。
エレベーターホールから足を踏み出そうとした緋勇さんが、不意にぴたりと歩みを止めた。
『・・・?』
その表情は何故か戸惑い混じりで、視線もどこか周囲を彷徨いながら何かを探しているようだ。自分でも今ひとつ足を止めた理由が分からない、といった様子に見える。
「どうかしましたか?」
私の問いにカメラへと顔を向けた緋勇さんは、考え込む表情を崩さず独り言のように呟いた。
『何かが呼んでいる、ような』
「呼んでいる・・・?」
何か、現場にいないと聞こえない音声でも流れているのだろうか。そう思った私は咄嗟にワタリを振り返った。流石と言うべきか、既にワタリは音声解析を開始していたが、直後否定を意味する形にその首が振られる。
(マイクで集音出来ない音・・・、それともまさか、緋勇さんの幻聴?)
長時間の拘束や緊張による精神失調ではないかと、冷たいものが背を走る。現状で最も私が恐れているのはまさしくそれだ。しかし、焦りを覚える私が何か言いかけるより早く、緋勇さん自身が戸惑いの答えに辿り着いていた。
『ああ、見付けた』
呼びかけはカメラとは違う方向に発せられ、彼の視点と共に動くカメラの映像がエレベーターホールの隅に無造作に積まれていたダンボールの山を映す。次の瞬間、伸ばされた手がダンボールの山を掻き分け、内側から何かを掴み出した。
「鳥・・・、鷲ですか」
ブロンズ製の彫像。手のひらに乗るほどの大きさのそれは、羽を広げた鷲の形をしていた。
さほど高価なものでもないだろうが、こんなところに隠されているということはおそらく何かの鍵なのだろう。
だが今私が気になっているのは、そのことではなかった。
「緋勇さん、貴方が呼ばれたのは・・・その鷲に、ですか?」
思わず私の口から滑り出た疑問。我ながらおかしなことを聞いているとは思ったが、モニターに映る彼の表情は私の疑問を否定していなかった。
『・・・ええ』
少しだけ困ったように微笑んで頷く彼に、ぎくりとする。踏み込んではいけない部分に触れてしまったかと動揺する自分を、またしてもらしくないとどこかで分析しながら次の言葉を待つ。時間にして1秒もなかっただろう沈黙は、ひどく長く感じられた。
『すみません、自分でもうまく説明できないんですが・・・感じたんです。【ここだ】という意思のようなものを。・・・気味が悪いと思われるかもしれませんが・・・』
深い黒の瞳が真っ直ぐにこちらを向く。嘘の気配の無い、澄み切った光を湛えた瞳。
(これがもし、意図的に作られたものだとしたら恐ろしいが)
けれど私は、その可能性を即座に否定した。
私もうまく説明できないが、この人を【信じて賭けた】のだ。今更その判断を覆すつもりはない。
「なるほど。所謂、【第六感】というものでしょうか。実に素晴らしいです」
出来るだけあっさりとした口調で(とはいえ、緋勇さんには抑揚など無い機械音声として伝わってしまうのだが)そう告げると、緋勇さんは軽く目を見開き、それから柔らかく笑った。
『《L》』
静かな呼びかけの後、笑顔の余韻を目元に残したまま、彼がゆっくりと何かを言いかける。
聞かなくても、分かっていた。
だから、わざと私はそれより先に言葉を紡ぐ。
「ところで緋勇さん、その第六感は的中率何パーセントでしょうか。今後の参考に」
緋勇さんの開きかけた口がぱたんと閉じ、それから今度は苦笑交じりにもう一度開かれる。
『・・・9割は堅いですね』
予想以上の高確率に、今度は私が苦笑する。まったく、この人は本当に。
(不思議な人ですね)
それがつまるところ、貴方に対する私の結論なのだから。
(『有難う』なんて言葉は、ここを脱出してから聞かせて下さい)
第六感宛ての心の中だけの言葉は、90%の確率に引っかかっただろうか。ホールから4階の廊下へと出て行く力強い足音を聞く限り、確かめる必要はもう無いようだった。
「かなり仕掛けの多いフロアですね』
『ええ、しかもまだキーになる《罠》は見付から・・・』
4階の客室を全て探索し、残すはスタッフルームというその時、私たちの会話を遮ったのは大きな振動だった。
『っ!』
「緋勇さん!」
カメラの映像が大きく縦に動く。画面越しにもはっきりと分かる激しい揺れは、どう見てもかなり強い地震によるものだ。
狭い廃ビル内、しかも爆発物があちこちに仕掛けられた状態でこの揺れはあまり歓迎できるものではない。
「大丈夫ですか、緋勇さん」
『はい。大分大きい揺れでしたが、もう治まりそうです。・・・止まりました』
どうやら恐れていたほどの影響は無かったようだ。
ほっと息を吐く、より先に私はワタリへ視線を向けた。
地震。
歓迎できるものではない、が、これは緋勇さんの監禁されている場所を特定するために有益な情報となる。
「ワタリ、至急クリエラ周辺の観測データを」
「承知致しました、《L》」
多くを伝えるまでも無く、既に彼は身を翻していた。クリエラ周辺では地震は比較的珍しい自然現象、しかもこの大きさとなれば、数分後にはある程度確実に緋勇さんの監禁されている廃ホテルの位置が特定できるだろう。そうなれば、救出確率は格段に跳ね上がる。
(・・・しかし、どうもおかしい・・・)
はっきりとした理由があるわけではない。だが、何故か奇妙な不安が付きまとう。
(これは、なんだろう)
廃ホテル、クリエラ周辺、特徴的な内装、狭い通路、少ない部屋数。無数に散りばめられたキーワード。だが現時点をもって、このキーワードに当てはまる建物は世界のどこにも確認できていない。通信電波をたどり、辛うじてクリエラ周辺であろうという範囲までは絞り込んでいるが、実はそのクリエラ周辺にもこのようなホテルが存在したという形跡は欠片も見当たらないのだ。
(何か、根本的なことを私は見逃している。そんな気がする)
がり、と無意識に強く爪を噛んだその時、コール音が私を呼んだ。
「緋勇さん、どうしました?」
尋ねる私に、彼は真っ直ぐ瞳を向けて言った。
『・・・《L》、今の揺れですが・・・あれは、【地震ではない】かもしれません』
「・・・・・・・地震では、ない?」
突拍子も無い意見、のように聞こえるその言葉を、しかし私は天啓のように聞いた。
地震ではない。ならば、何故、地面が揺れたのか。否、揺れたのは、【ホテル】であり、地面ではない?
いや、地面ではない場所に、ホテルが建つ訳は無い。では、まさか、これは。
「それ、は、一体」
何かが閃きかけている。何処かで足りない欠片が繋がろうとしている。あともう少し。
救いを求めるように、私はモニターの向こうへと問いかけた。
「何故、そう思われたんですか」
笑って【第六感】と言われるかもしれない。だが、私は確信していた。
緋勇さんは、【必要であれば必ず私に話してくれる】と。
『―――――大地が揺れたのなら、【俺】にはそうと分かるはずだからです』
揺ぎ無く言い放たれた答えは、正確には私の求めていたものとは異なるのだろう。
しかし、それは紛れも無く真実であり、私はその言葉で確かに必要なピースを手に入れたのだ。
「そう、か・・・!」
今まで組み立てていたピースそのものが始めから偽物であったと考えるならば、自ずと違うものが見えてくるはず。
「《L》」
ワタリの呼びかける声と共に、観測データが表示される。そこに現れたものは、予想を確信に変える情報。
噛み付いたままの爪を、再び強く齧る。
にやり、と自然に口元が笑いの形になるのが分かった。
(揺れない大地と揺れたホテル。導き出される答えは・・・ひとつ)
最早、私の頭の中では解答が表示されている。あとは、それを証明するための材料があればいい。
「緋勇さん」
画面に映し出される彼の目を真っ直ぐに見つめ、私は【必要なので話さねばならないこと】を告げる。
「もうすぐ貴方を見付けます」
私の顔など映っていない、《L》の画面。真っ白なそれを覗き込んでいるはずの緋勇さんの瞳の中に、私の姿が映っていたように思えたのは、単なる気のせいなのだろう。
けれど。
(いつか、そうなる予感がします・・・9割くらいの確率で。だから、必ず見付けますよ)
キーボードを叩く為に爪から歯を離し、私は『その時は、何故大地の揺れが分かるのか聞いてみよう』という言葉と共に角砂糖を口へと放り込んだ。
END。
※※※※※※※
い、一ヶ月振りに更新できた・・・・!
時間的余裕が無かったのもあるのですが、なんか上手くまとまりませんでした。そして書き上げた今も上手くまとまってるとは冗談にも言えません。特にネタバレがー!ネタバレ部分がー!(泣)ちょっと物書きの修行に出てきます・・・・。
・・ちなみに緋勇さんが【地震なら分かる】のは勿論【黄龍】だからです。やろうと思えば龍脈の通り具合によって若干差異はあるものの地震発生など自由自在。特記事項・人間兵器です(苦笑)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE 〜螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という妄想大爆発な二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとにじんわりネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍をメインとしますので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはデスノ−トという単語は割とどうでもいい程度の扱いです。どっかの高校生が死神とタッグ組んでも、公になる前に陰陽寮とか拳武館とか辺りに始末されちゃうパワーバランスです。
●そんなパラレル許せませんと思われる方は、どうか脳内から「削除!」の上リターンをお願いします。
●そういうの特に気にしないよ、とか名前入力できるゲームには「緋勇龍麻」と入力するのが私のデフォルトですが何か?という方に少しでも楽しんで頂ければヤッターヤッターヤッターマンです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
(また、ですね)
無力化した起爆装置を確かめるように、緋勇さんの両の手のひらが爆薬の詰まった部品を包み込む。
解体終了後にほんの数秒だが必ず行われるその行為は、彼なりの儀式のようなものなのだろうか。最初は特に気に留めてはいなかったのだが、繰り返されるうちにやがてその行為が彼にとって決して無意味なものではないことに気が付いた。
何故ならば。
「無事、この階も終わりましたね。緋勇さん、疲れていると思いますが、あともう少し頑張って下さい」
『大丈夫です《L》、任せて下さい。・・・では、次の階に向かいます』
「はい、お願いします」
カメラの向こう、閉ざされた空間を背景にこちらを見つめる彼の瞳が、確かにあの時以降、更なる強い輝きを宿すようになったからだ。
(・・・しかし、特にそのことについて口にしないということは、無意識なのか、それとも他者にとっては意味の無い行為なのか・・・。いずれにせよ、緋勇さん本人から説明が無い限り、私が問う必要は無いことなのでしょうが)
とりあえずそう結論を出し、一旦そのことについては思考を振り分けるのを停止する。
停止してから、ふと思った。
(『本人から説明が無い限り』、か。この極限とも言える状況下で、些細なこととはいえ、こうも簡単に私が疑問を放置するとは・・・それだけ私は彼を信頼しているのか・・・)
不思議な人だ、と既に幾度も彼に対し抱いた感想を改めて反芻する。
彼は確実に、今私が見ている彼とは違う【隠された顔】を持っているはず。今は利害関係が一致しているために協力しているが、この事件が終われば私の敵になるかもしれない存在なのだ。だが、そんなリスクを考慮に入れてすら、私は彼を信頼できる相手だと認識してしまっている。これは非常に疑い深い私の性格上、大変珍しいことだと言わざるを得ない。
(本当に、緋勇さんという人は謎めいている)
モニターの向こうで次の階への入り口・・・3階にして初めてその存在を確認できたエレベーターへと乗り込む緋勇さんを眺めながら、私は自分のするべき作業を再開する。
映っては消える数々の情報を思考の材料に、キーボードを指で弾く。コツコツと響くその音が集中と共に遠くなり、やがて完全に消える刹那。
(もし私が【正体】を知りたいと言ったのなら、緋勇さんは話してくれるでしょうか?)
音にならない声が、咽喉の奥を小さく揺らした。
エレベーターホールから足を踏み出そうとした緋勇さんが、不意にぴたりと歩みを止めた。
『・・・?』
その表情は何故か戸惑い混じりで、視線もどこか周囲を彷徨いながら何かを探しているようだ。自分でも今ひとつ足を止めた理由が分からない、といった様子に見える。
「どうかしましたか?」
私の問いにカメラへと顔を向けた緋勇さんは、考え込む表情を崩さず独り言のように呟いた。
『何かが呼んでいる、ような』
「呼んでいる・・・?」
何か、現場にいないと聞こえない音声でも流れているのだろうか。そう思った私は咄嗟にワタリを振り返った。流石と言うべきか、既にワタリは音声解析を開始していたが、直後否定を意味する形にその首が振られる。
(マイクで集音出来ない音・・・、それともまさか、緋勇さんの幻聴?)
長時間の拘束や緊張による精神失調ではないかと、冷たいものが背を走る。現状で最も私が恐れているのはまさしくそれだ。しかし、焦りを覚える私が何か言いかけるより早く、緋勇さん自身が戸惑いの答えに辿り着いていた。
『ああ、見付けた』
呼びかけはカメラとは違う方向に発せられ、彼の視点と共に動くカメラの映像がエレベーターホールの隅に無造作に積まれていたダンボールの山を映す。次の瞬間、伸ばされた手がダンボールの山を掻き分け、内側から何かを掴み出した。
「鳥・・・、鷲ですか」
ブロンズ製の彫像。手のひらに乗るほどの大きさのそれは、羽を広げた鷲の形をしていた。
さほど高価なものでもないだろうが、こんなところに隠されているということはおそらく何かの鍵なのだろう。
だが今私が気になっているのは、そのことではなかった。
「緋勇さん、貴方が呼ばれたのは・・・その鷲に、ですか?」
思わず私の口から滑り出た疑問。我ながらおかしなことを聞いているとは思ったが、モニターに映る彼の表情は私の疑問を否定していなかった。
『・・・ええ』
少しだけ困ったように微笑んで頷く彼に、ぎくりとする。踏み込んではいけない部分に触れてしまったかと動揺する自分を、またしてもらしくないとどこかで分析しながら次の言葉を待つ。時間にして1秒もなかっただろう沈黙は、ひどく長く感じられた。
『すみません、自分でもうまく説明できないんですが・・・感じたんです。【ここだ】という意思のようなものを。・・・気味が悪いと思われるかもしれませんが・・・』
深い黒の瞳が真っ直ぐにこちらを向く。嘘の気配の無い、澄み切った光を湛えた瞳。
(これがもし、意図的に作られたものだとしたら恐ろしいが)
けれど私は、その可能性を即座に否定した。
私もうまく説明できないが、この人を【信じて賭けた】のだ。今更その判断を覆すつもりはない。
「なるほど。所謂、【第六感】というものでしょうか。実に素晴らしいです」
出来るだけあっさりとした口調で(とはいえ、緋勇さんには抑揚など無い機械音声として伝わってしまうのだが)そう告げると、緋勇さんは軽く目を見開き、それから柔らかく笑った。
『《L》』
静かな呼びかけの後、笑顔の余韻を目元に残したまま、彼がゆっくりと何かを言いかける。
聞かなくても、分かっていた。
だから、わざと私はそれより先に言葉を紡ぐ。
「ところで緋勇さん、その第六感は的中率何パーセントでしょうか。今後の参考に」
緋勇さんの開きかけた口がぱたんと閉じ、それから今度は苦笑交じりにもう一度開かれる。
『・・・9割は堅いですね』
予想以上の高確率に、今度は私が苦笑する。まったく、この人は本当に。
(不思議な人ですね)
それがつまるところ、貴方に対する私の結論なのだから。
(『有難う』なんて言葉は、ここを脱出してから聞かせて下さい)
第六感宛ての心の中だけの言葉は、90%の確率に引っかかっただろうか。ホールから4階の廊下へと出て行く力強い足音を聞く限り、確かめる必要はもう無いようだった。
「かなり仕掛けの多いフロアですね』
『ええ、しかもまだキーになる《罠》は見付から・・・』
4階の客室を全て探索し、残すはスタッフルームというその時、私たちの会話を遮ったのは大きな振動だった。
『っ!』
「緋勇さん!」
カメラの映像が大きく縦に動く。画面越しにもはっきりと分かる激しい揺れは、どう見てもかなり強い地震によるものだ。
狭い廃ビル内、しかも爆発物があちこちに仕掛けられた状態でこの揺れはあまり歓迎できるものではない。
「大丈夫ですか、緋勇さん」
『はい。大分大きい揺れでしたが、もう治まりそうです。・・・止まりました』
どうやら恐れていたほどの影響は無かったようだ。
ほっと息を吐く、より先に私はワタリへ視線を向けた。
地震。
歓迎できるものではない、が、これは緋勇さんの監禁されている場所を特定するために有益な情報となる。
「ワタリ、至急クリエラ周辺の観測データを」
「承知致しました、《L》」
多くを伝えるまでも無く、既に彼は身を翻していた。クリエラ周辺では地震は比較的珍しい自然現象、しかもこの大きさとなれば、数分後にはある程度確実に緋勇さんの監禁されている廃ホテルの位置が特定できるだろう。そうなれば、救出確率は格段に跳ね上がる。
(・・・しかし、どうもおかしい・・・)
はっきりとした理由があるわけではない。だが、何故か奇妙な不安が付きまとう。
(これは、なんだろう)
廃ホテル、クリエラ周辺、特徴的な内装、狭い通路、少ない部屋数。無数に散りばめられたキーワード。だが現時点をもって、このキーワードに当てはまる建物は世界のどこにも確認できていない。通信電波をたどり、辛うじてクリエラ周辺であろうという範囲までは絞り込んでいるが、実はそのクリエラ周辺にもこのようなホテルが存在したという形跡は欠片も見当たらないのだ。
(何か、根本的なことを私は見逃している。そんな気がする)
がり、と無意識に強く爪を噛んだその時、コール音が私を呼んだ。
「緋勇さん、どうしました?」
尋ねる私に、彼は真っ直ぐ瞳を向けて言った。
『・・・《L》、今の揺れですが・・・あれは、【地震ではない】かもしれません』
「・・・・・・・地震では、ない?」
突拍子も無い意見、のように聞こえるその言葉を、しかし私は天啓のように聞いた。
地震ではない。ならば、何故、地面が揺れたのか。否、揺れたのは、【ホテル】であり、地面ではない?
いや、地面ではない場所に、ホテルが建つ訳は無い。では、まさか、これは。
「それ、は、一体」
何かが閃きかけている。何処かで足りない欠片が繋がろうとしている。あともう少し。
救いを求めるように、私はモニターの向こうへと問いかけた。
「何故、そう思われたんですか」
笑って【第六感】と言われるかもしれない。だが、私は確信していた。
緋勇さんは、【必要であれば必ず私に話してくれる】と。
『―――――大地が揺れたのなら、【俺】にはそうと分かるはずだからです』
揺ぎ無く言い放たれた答えは、正確には私の求めていたものとは異なるのだろう。
しかし、それは紛れも無く真実であり、私はその言葉で確かに必要なピースを手に入れたのだ。
「そう、か・・・!」
今まで組み立てていたピースそのものが始めから偽物であったと考えるならば、自ずと違うものが見えてくるはず。
「《L》」
ワタリの呼びかける声と共に、観測データが表示される。そこに現れたものは、予想を確信に変える情報。
噛み付いたままの爪を、再び強く齧る。
にやり、と自然に口元が笑いの形になるのが分かった。
(揺れない大地と揺れたホテル。導き出される答えは・・・ひとつ)
最早、私の頭の中では解答が表示されている。あとは、それを証明するための材料があればいい。
「緋勇さん」
画面に映し出される彼の目を真っ直ぐに見つめ、私は【必要なので話さねばならないこと】を告げる。
「もうすぐ貴方を見付けます」
私の顔など映っていない、《L》の画面。真っ白なそれを覗き込んでいるはずの緋勇さんの瞳の中に、私の姿が映っていたように思えたのは、単なる気のせいなのだろう。
けれど。
(いつか、そうなる予感がします・・・9割くらいの確率で。だから、必ず見付けますよ)
キーボードを叩く為に爪から歯を離し、私は『その時は、何故大地の揺れが分かるのか聞いてみよう』という言葉と共に角砂糖を口へと放り込んだ。
END。
※※※※※※※
い、一ヶ月振りに更新できた・・・・!
時間的余裕が無かったのもあるのですが、なんか上手くまとまりませんでした。そして書き上げた今も上手くまとまってるとは冗談にも言えません。特にネタバレがー!ネタバレ部分がー!(泣)ちょっと物書きの修行に出てきます・・・・。
・・ちなみに緋勇さんが【地震なら分かる】のは勿論【黄龍】だからです。やろうと思えば龍脈の通り具合によって若干差異はあるものの地震発生など自由自在。特記事項・人間兵器です(苦笑)
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螺旋の黄龍騒動記・7。
2008年2月13日 螺旋の黄龍騒動記(完結)ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE 〜螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という妄想炸裂な二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとにじんわりネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍をメインとしますので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはデスノ−ト事件があんま関係ありません。というかもしかしてそんな事件発生しないかもよ、程度の扱いです。
●そんなパラレルやめてよと思われる方は、どうか見なかったことにしてリターンをお願いします。
●別にいいよー、とか寧ろその設定貰い受ける!という方に少しでも面白がってもらえたら嬉しい限りです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『―――さて、以上の矛盾をもって尚、貴方がテロ組織『クリエラの月』の構成員だと証明することが出来ますか、Mr.《J》?』
《L》の機械音声が紡ぎ出す推理が、流水のように淀みなく、雷光のように苛烈に、相手の牙城を突き崩す。反撃の隙さえ与えず打ち込まれた楔に、通信機器の向こうから《J》の低く呻く声が聞こえた。
『そろそろ教えて頂けませんか。貴方がたの本当の目的を!』
[・・・目的は、復讐ですよ・・・]
一気に畳み掛ける《L》の言葉から逃れるように、《J》は辛うじてそれだけを吐き捨てて、一方的に通信を切った。
『・・・あくまで言い張るつもりですか。しかし私は』
呟かれた言葉は、始めの部分は独り言のように
『ゲームに負けたことは、ないんですよ』
そして最後は、どこか悪戯っぽく同意を求めるように、俺には聞こえた。
ふう。
静かに息を吐き出しながら、起爆装置から取り外した「爆薬」をそっと横に置く。
これで何回目の解体作業だったっけ。3階分を合計すれば確実に二桁には達しているはずだけど、流石に細かい数字は覚えていない。
『命拾いしましたね』
《L》がどことなくからかうような調子で(繰り返すけど、相変わらず感情の読めない機械音声なんだけどね)作業の終了を告げた。それに答えて、軽く会話を交わす。時折、まるで友人と喋っているかのような雑談が交じるのは、おそらく俺の精神状態を考慮してくれてのことだろう。実際、閉鎖空間で黙々と爆弾処理をするという作業は想像以上に気力を奪っていく。《L》との会話がなかったら、俺もこれだけ安定した精神状態を保ってはいられなかったはずだ。
(・・・助けられてるな)
通信端末の向こうという絶対的な制限があるというのに、さりげなく行われる《L》からの助けはとても大きな効果を俺にもたらしてくれる。
有難いと思うのと同時に、その洞察力と判断力に感嘆する。
本当に、知れば知るほど《L》という人の頭脳には驚くばかりだ。
(俺なんか、さっきの通信で《L》が指摘するまで相手は『クリエラの月』だと信じて疑ってなかったものなぁ)
確かに言われてみれば『復讐』でこんな手の込んだ仕掛けを作るのはちょっとおかしいと思う。が、ついつい「そういうこともあるんだろう」と自己完結しちゃってそれ以上は考えもしなかった。ほら、あの柳生だって世界を修羅一色に染め上げようって目的がそもそもは『復讐』だったんだし・・・って、これは言い訳だ・・・ごめんなさい。
《世界の頭脳》と張り合うつもりはないけれど、現場にいるんだから俺だって自分の出来る限りは頭を使わないといけない。今後は十分気を付けなくちゃな。
『では、緋勇さん。引き続き探索をお願いします』
「了解です、《L》」
短い会話を終え、俺は解体し終えた罠の残骸を安全な場所へまとめるために手を伸ばし・・・。
何気ない動作で、火薬の詰まった部品を掴んだ。
まだ、少し熱い。
先程まで稼動していた機械部品。手の内にあるそれをテーブルの隅に押しやる仕草の中、ほんの一瞬《氣》を練る。
(―――《雪蓮掌》)
心の中だけで紡いだ技の名に従い、ひゅう、と俺の周りの空気が冷える。ただそれは、モニター越しには決して分かるはずもない、その程度の変化。
(・・・よし)
両手のひらの間に俺の望んだ結果が生まれていることを確信し、何事もなかったかのように手を離して立ち上がる。
端末の向こうでこちらを見ているはずの《L》、そして監視しているはずの《J》、そのどちらからも反応が無かったことにほっとした。
機械部品に覆われた『火薬』が、完全に氷結していることを知っているのは俺だけだ。
これで最低でも半日この氷結状態は溶けないし、溶けたとしても火薬としては使い物にならない。つまりこれにて完全なる無力化の完了、ということになる。万が一の話だが、俺が失敗するか、相手が遠隔操作を仕掛けるかなどで罠が起動したとして、その際の被害を少しでも抑えられるよう考えた、俺なりの策だ。ささやかなものだけれど、なんだってやっておくに越したことは無い。
《L》に対しても隠し事をしているというのはちょっと罪悪感を感じるけれど、まさか言うわけにもいかないものなぁ・・・俺がこんな《力》を持っているなんて。まぁ、それ以前に言っても信じてもらえない可能性も高い訳だけど。そして更にそれ以前に、通信が相手側に筒抜けの現状で伝える術も思いつかないのだけれど。・・・情けないことに。
罠解体の後に火薬を凍らせるという作業を追加し始めたのは2時間くらい前、2階に上がってからだ。
探索中、稼動していた小型冷凍庫の中に人の頭ほどの氷の塊が放り込まれていたのを見付け、(ちなみにその氷は溶かしたら中から罠解除用のフロッピーディスクが出てきた)思い付いたというわけ。まさかテロリストもあんなものが何かのヒントになるとは思ってなかっただろうな。
・・・とそこまで考えて、「違った」と自分へ言い直す。
「テロリスト」ではなく、「テロリストと名乗る相手」だった。
『壊滅寸前の組織に、巨額を投じてこのようなトラップボックスを設置する余裕がありますか?』
《L》の言葉が脳裏に蘇る。確かにその通り。復讐がしたいのなら、まずは組織を立て直し、力を付けてからだろう。《J》が苦し紛れに言った『隠し口座に残った十分な資金』なんてものが本当にあったとしても、果たしてそれを使うだろうか。ましてや、こんな杜撰な復讐絵巻を描くために。
(《L》の言っていた通り・・・彼らには何か『別の目的』があるってことなんだろう。じゃあ、それは一体なんだ?)
室内を探索する手と目。その集中力を散らさないよう注意しながらも、脳内では浮かんだ疑問の答えを探し続ける。
(監禁されているとは言え、『俺』が自由に動ける身体状況にあるということは『黄龍の器』目当てとは考えにくいよな。とすると、やっぱりFBIと《L》・・・いや、メインの目的は《L》か?FBIだのクリエラの月だのは《L》を引っ張り出す口実って気がする。『捜査官』は《L》の手足代わり?でもこんな罠を仕掛ける理由は分からないなぁ。うーん、一体何がしたいんだろう・・・・・あ!)
触れた引き出しの中に罠を見付け、思考を一度中断する。
『罠ですね』
間髪入れず呼びかけて来た《L》に肯定の返事をして、カメラが手元を映すように端末を置いた。
幸い今回の罠は既に解体したものと同じタイプだったため、時間はさほど必要なく解体が終わる。
(さて、と)
取り出した爆薬部分に両手で触れて、意識を手のひらの内側だけに集中する。小さなその空間の中で、物理法則を無視した形で氷結する火薬。それを確認し、手を離そうとした時、ふと思った。
(もし、この連鎖トラップが起動したら・・・俺はどうなるんだろう)
ぞくり、と背筋を悪寒が走る。
死への恐怖じゃない。気が付いてしまったからだ。
もしかしたら、ビルひとつを吹き飛ばす爆発の中でも――――――『俺』は『死なないかもしれない』ということに。
(・・・フロアに設置されている小型の罠は殺傷力がかなり低い。ひとつふたつ引っかかっても『普通の人間でも』多少怪我はするだろうけど、死んだり重傷を負うまではいかないように調整されてる。だけど、次の階へ進むためのキートラップは、それだけで確実に人を殺せるだけの威力があるはずだ。しかもそのキートラップが万が一爆発してしまった場合、相手方の言葉を信じるならだけど、他の階の罠も連鎖的に爆発する。その場にいる者が生き残れるはずなんてない『普通の人間なら』)
でも、俺は。
《龍脈》の《力》を受け入れ、この世を滅ぼすことも創り返ることすらも可能と言われる《黄龍の器》なら・・・《氣》を纏い身を守ることも、それよりもっと簡単に、爆弾もビルも何もかも全てを《力》で消滅させることすら出来るのかもしれない。
瓦礫と屍の山を踏みしめる自分の姿を想像し、反射的に唇を噛む。微かに感じた血の味が不思議だった。高校時代ならいざ知らず、今の俺は、もう滅多に血を流すことすらないのに。
(今更、だ。そんなこと、もうとっくに理解していたはずじゃないか)
けれど、一度俺を捕らえた悪寒は簡単に脳裏の映像を散らしてはくれなかった。
例えば《俺》が望むのならば。
こんな事件を起こす存在など、消せるのだろうか。
跡形も無く、全てを・・・・・・全ての・・・何を?・・・『人間』を?
『緋勇さん?』
「!」
呼びかけに、心臓が跳ねた。
肉声ではない、機械による合成音声。でも、その向こう側の《心》が伝わってくるような、そんな《力》を秘めた声に、陰りを帯びた心が引き戻される。
(・・・あーあ、みっともない・・・)
こんなことくらいで凹むなんて。
『すみません、驚かせてしまいましたか。しかし急に動かなくなられたもので・・・。大丈夫ですか緋勇さん、ご気分でも・・・?』
優しい言葉が、記憶を呼び起こす。そうだ、こんなことは6年半も前に悩むだけ悩んだこと。それでも俺は自分で決めたんだ。《黄龍の器》ではなく、《緋勇龍麻》として、『ここ』で生きていこうと。
そんなことは今更思い返すまでも無いのに・・・やはり、薬物の影響や閉鎖された場所に長時間監禁されていたことで、知らず知らずの内に陰の気に当てられていたらしい。まだまだ未熟だと自分を叱咤しつつ、それでも俺はなんだかそんな自分に妙な安心を覚えていた。
「ありがとうございます、《L》」
『・・・緋勇さん?』
唐突に立ち上がり、そう言った俺へ《L》が不思議そうに問いかける。
だから俺は、とりあえず今の気持ちのままに笑って見せた。
「ちょっと弱気になってました。もう大丈夫です」
言い訳にもならないような言葉だけれど、《L》は見逃してくれたようだ。
『そのようですね』
笑ったのだろうか、微かに空気を揺する音が機械音声に交じる。それ以上の追求はされず、《L》はただ一言だけ俺にこう告げた。
『そうそう、緋勇さん。――――――【私は、ここにいます】よ』
その言葉に、白い画面の向こうを見詰める。
(ああ、この人は本当に敏い)
俺の惑いの本質など知らないだろうに、それでも核心を突く。
あの頃の仲間のように。
あれからの仲間のように。
そして。
(まるで、どこかの木刀馬鹿みたいに)
相棒が聞いたら目を三角にして怒り出しそうなことをこっそり考えて、それから俺はやっぱり一言だけ、心の中から答えを選び出して《L》に告げた。
「ええ・・・【知ってました】」
だから俺は、『ここ』で生きると決めたんだから。こういう人と出会うために。こういう人と共に戦うために。
『では、そろそろ』
「はい」
『「反撃開始です」』
今度の笑顔は、にやりという擬音がよく似合うように作って見せた。
勿論それは、どこかでこの映像を監視している相手に向けて。
END。
※※※※※
Lは結構ひーを頼りにし始めたけど、ひーもLを結構頼りにしてきてるよ、という両思い(笑)な部分を書いてみようと思ってたら、なんだか弱音吐きひーになってしまいました。黄龍妖魔を描いてるときは、龍麻が完全に『兄』(というか母)ポジションなのでいつも頼れる揺らがなさみたいなのがあったのですが、同年代や年上相手だとちょっとへこたれたところを見せたりするようです。いやもう勝手にキャラが喋ってるので書いてる方も今更ああそうなのねと思ってみたり。
ところでこれ書いてる時に最後の最後で文章データ一回吹っ飛んで青褪めました。自動保存してくれたワードに感謝。というか双龍修羅場中にこんなの書いてたから拳武(のOB約一名)が動いたのかと思った・・!データ抹殺だけはやめて下さい壬生さん!(おい本名)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE 〜螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という妄想炸裂な二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとにじんわりネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍をメインとしますので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここはデスノ−ト事件があんま関係ありません。というかもしかしてそんな事件発生しないかもよ、程度の扱いです。
●そんなパラレルやめてよと思われる方は、どうか見なかったことにしてリターンをお願いします。
●別にいいよー、とか寧ろその設定貰い受ける!という方に少しでも面白がってもらえたら嬉しい限りです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『―――さて、以上の矛盾をもって尚、貴方がテロ組織『クリエラの月』の構成員だと証明することが出来ますか、Mr.《J》?』
《L》の機械音声が紡ぎ出す推理が、流水のように淀みなく、雷光のように苛烈に、相手の牙城を突き崩す。反撃の隙さえ与えず打ち込まれた楔に、通信機器の向こうから《J》の低く呻く声が聞こえた。
『そろそろ教えて頂けませんか。貴方がたの本当の目的を!』
[・・・目的は、復讐ですよ・・・]
一気に畳み掛ける《L》の言葉から逃れるように、《J》は辛うじてそれだけを吐き捨てて、一方的に通信を切った。
『・・・あくまで言い張るつもりですか。しかし私は』
呟かれた言葉は、始めの部分は独り言のように
『ゲームに負けたことは、ないんですよ』
そして最後は、どこか悪戯っぽく同意を求めるように、俺には聞こえた。
ふう。
静かに息を吐き出しながら、起爆装置から取り外した「爆薬」をそっと横に置く。
これで何回目の解体作業だったっけ。3階分を合計すれば確実に二桁には達しているはずだけど、流石に細かい数字は覚えていない。
『命拾いしましたね』
《L》がどことなくからかうような調子で(繰り返すけど、相変わらず感情の読めない機械音声なんだけどね)作業の終了を告げた。それに答えて、軽く会話を交わす。時折、まるで友人と喋っているかのような雑談が交じるのは、おそらく俺の精神状態を考慮してくれてのことだろう。実際、閉鎖空間で黙々と爆弾処理をするという作業は想像以上に気力を奪っていく。《L》との会話がなかったら、俺もこれだけ安定した精神状態を保ってはいられなかったはずだ。
(・・・助けられてるな)
通信端末の向こうという絶対的な制限があるというのに、さりげなく行われる《L》からの助けはとても大きな効果を俺にもたらしてくれる。
有難いと思うのと同時に、その洞察力と判断力に感嘆する。
本当に、知れば知るほど《L》という人の頭脳には驚くばかりだ。
(俺なんか、さっきの通信で《L》が指摘するまで相手は『クリエラの月』だと信じて疑ってなかったものなぁ)
確かに言われてみれば『復讐』でこんな手の込んだ仕掛けを作るのはちょっとおかしいと思う。が、ついつい「そういうこともあるんだろう」と自己完結しちゃってそれ以上は考えもしなかった。ほら、あの柳生だって世界を修羅一色に染め上げようって目的がそもそもは『復讐』だったんだし・・・って、これは言い訳だ・・・ごめんなさい。
《世界の頭脳》と張り合うつもりはないけれど、現場にいるんだから俺だって自分の出来る限りは頭を使わないといけない。今後は十分気を付けなくちゃな。
『では、緋勇さん。引き続き探索をお願いします』
「了解です、《L》」
短い会話を終え、俺は解体し終えた罠の残骸を安全な場所へまとめるために手を伸ばし・・・。
何気ない動作で、火薬の詰まった部品を掴んだ。
まだ、少し熱い。
先程まで稼動していた機械部品。手の内にあるそれをテーブルの隅に押しやる仕草の中、ほんの一瞬《氣》を練る。
(―――《雪蓮掌》)
心の中だけで紡いだ技の名に従い、ひゅう、と俺の周りの空気が冷える。ただそれは、モニター越しには決して分かるはずもない、その程度の変化。
(・・・よし)
両手のひらの間に俺の望んだ結果が生まれていることを確信し、何事もなかったかのように手を離して立ち上がる。
端末の向こうでこちらを見ているはずの《L》、そして監視しているはずの《J》、そのどちらからも反応が無かったことにほっとした。
機械部品に覆われた『火薬』が、完全に氷結していることを知っているのは俺だけだ。
これで最低でも半日この氷結状態は溶けないし、溶けたとしても火薬としては使い物にならない。つまりこれにて完全なる無力化の完了、ということになる。万が一の話だが、俺が失敗するか、相手が遠隔操作を仕掛けるかなどで罠が起動したとして、その際の被害を少しでも抑えられるよう考えた、俺なりの策だ。ささやかなものだけれど、なんだってやっておくに越したことは無い。
《L》に対しても隠し事をしているというのはちょっと罪悪感を感じるけれど、まさか言うわけにもいかないものなぁ・・・俺がこんな《力》を持っているなんて。まぁ、それ以前に言っても信じてもらえない可能性も高い訳だけど。そして更にそれ以前に、通信が相手側に筒抜けの現状で伝える術も思いつかないのだけれど。・・・情けないことに。
罠解体の後に火薬を凍らせるという作業を追加し始めたのは2時間くらい前、2階に上がってからだ。
探索中、稼動していた小型冷凍庫の中に人の頭ほどの氷の塊が放り込まれていたのを見付け、(ちなみにその氷は溶かしたら中から罠解除用のフロッピーディスクが出てきた)思い付いたというわけ。まさかテロリストもあんなものが何かのヒントになるとは思ってなかっただろうな。
・・・とそこまで考えて、「違った」と自分へ言い直す。
「テロリスト」ではなく、「テロリストと名乗る相手」だった。
『壊滅寸前の組織に、巨額を投じてこのようなトラップボックスを設置する余裕がありますか?』
《L》の言葉が脳裏に蘇る。確かにその通り。復讐がしたいのなら、まずは組織を立て直し、力を付けてからだろう。《J》が苦し紛れに言った『隠し口座に残った十分な資金』なんてものが本当にあったとしても、果たしてそれを使うだろうか。ましてや、こんな杜撰な復讐絵巻を描くために。
(《L》の言っていた通り・・・彼らには何か『別の目的』があるってことなんだろう。じゃあ、それは一体なんだ?)
室内を探索する手と目。その集中力を散らさないよう注意しながらも、脳内では浮かんだ疑問の答えを探し続ける。
(監禁されているとは言え、『俺』が自由に動ける身体状況にあるということは『黄龍の器』目当てとは考えにくいよな。とすると、やっぱりFBIと《L》・・・いや、メインの目的は《L》か?FBIだのクリエラの月だのは《L》を引っ張り出す口実って気がする。『捜査官』は《L》の手足代わり?でもこんな罠を仕掛ける理由は分からないなぁ。うーん、一体何がしたいんだろう・・・・・あ!)
触れた引き出しの中に罠を見付け、思考を一度中断する。
『罠ですね』
間髪入れず呼びかけて来た《L》に肯定の返事をして、カメラが手元を映すように端末を置いた。
幸い今回の罠は既に解体したものと同じタイプだったため、時間はさほど必要なく解体が終わる。
(さて、と)
取り出した爆薬部分に両手で触れて、意識を手のひらの内側だけに集中する。小さなその空間の中で、物理法則を無視した形で氷結する火薬。それを確認し、手を離そうとした時、ふと思った。
(もし、この連鎖トラップが起動したら・・・俺はどうなるんだろう)
ぞくり、と背筋を悪寒が走る。
死への恐怖じゃない。気が付いてしまったからだ。
もしかしたら、ビルひとつを吹き飛ばす爆発の中でも――――――『俺』は『死なないかもしれない』ということに。
(・・・フロアに設置されている小型の罠は殺傷力がかなり低い。ひとつふたつ引っかかっても『普通の人間でも』多少怪我はするだろうけど、死んだり重傷を負うまではいかないように調整されてる。だけど、次の階へ進むためのキートラップは、それだけで確実に人を殺せるだけの威力があるはずだ。しかもそのキートラップが万が一爆発してしまった場合、相手方の言葉を信じるならだけど、他の階の罠も連鎖的に爆発する。その場にいる者が生き残れるはずなんてない『普通の人間なら』)
でも、俺は。
《龍脈》の《力》を受け入れ、この世を滅ぼすことも創り返ることすらも可能と言われる《黄龍の器》なら・・・《氣》を纏い身を守ることも、それよりもっと簡単に、爆弾もビルも何もかも全てを《力》で消滅させることすら出来るのかもしれない。
瓦礫と屍の山を踏みしめる自分の姿を想像し、反射的に唇を噛む。微かに感じた血の味が不思議だった。高校時代ならいざ知らず、今の俺は、もう滅多に血を流すことすらないのに。
(今更、だ。そんなこと、もうとっくに理解していたはずじゃないか)
けれど、一度俺を捕らえた悪寒は簡単に脳裏の映像を散らしてはくれなかった。
例えば《俺》が望むのならば。
こんな事件を起こす存在など、消せるのだろうか。
跡形も無く、全てを・・・・・・全ての・・・何を?・・・『人間』を?
『緋勇さん?』
「!」
呼びかけに、心臓が跳ねた。
肉声ではない、機械による合成音声。でも、その向こう側の《心》が伝わってくるような、そんな《力》を秘めた声に、陰りを帯びた心が引き戻される。
(・・・あーあ、みっともない・・・)
こんなことくらいで凹むなんて。
『すみません、驚かせてしまいましたか。しかし急に動かなくなられたもので・・・。大丈夫ですか緋勇さん、ご気分でも・・・?』
優しい言葉が、記憶を呼び起こす。そうだ、こんなことは6年半も前に悩むだけ悩んだこと。それでも俺は自分で決めたんだ。《黄龍の器》ではなく、《緋勇龍麻》として、『ここ』で生きていこうと。
そんなことは今更思い返すまでも無いのに・・・やはり、薬物の影響や閉鎖された場所に長時間監禁されていたことで、知らず知らずの内に陰の気に当てられていたらしい。まだまだ未熟だと自分を叱咤しつつ、それでも俺はなんだかそんな自分に妙な安心を覚えていた。
「ありがとうございます、《L》」
『・・・緋勇さん?』
唐突に立ち上がり、そう言った俺へ《L》が不思議そうに問いかける。
だから俺は、とりあえず今の気持ちのままに笑って見せた。
「ちょっと弱気になってました。もう大丈夫です」
言い訳にもならないような言葉だけれど、《L》は見逃してくれたようだ。
『そのようですね』
笑ったのだろうか、微かに空気を揺する音が機械音声に交じる。それ以上の追求はされず、《L》はただ一言だけ俺にこう告げた。
『そうそう、緋勇さん。――――――【私は、ここにいます】よ』
その言葉に、白い画面の向こうを見詰める。
(ああ、この人は本当に敏い)
俺の惑いの本質など知らないだろうに、それでも核心を突く。
あの頃の仲間のように。
あれからの仲間のように。
そして。
(まるで、どこかの木刀馬鹿みたいに)
相棒が聞いたら目を三角にして怒り出しそうなことをこっそり考えて、それから俺はやっぱり一言だけ、心の中から答えを選び出して《L》に告げた。
「ええ・・・【知ってました】」
だから俺は、『ここ』で生きると決めたんだから。こういう人と出会うために。こういう人と共に戦うために。
『では、そろそろ』
「はい」
『「反撃開始です」』
今度の笑顔は、にやりという擬音がよく似合うように作って見せた。
勿論それは、どこかでこの映像を監視している相手に向けて。
END。
※※※※※
Lは結構ひーを頼りにし始めたけど、ひーもLを結構頼りにしてきてるよ、という両思い(笑)な部分を書いてみようと思ってたら、なんだか弱音吐きひーになってしまいました。黄龍妖魔を描いてるときは、龍麻が完全に『兄』(というか母)ポジションなのでいつも頼れる揺らがなさみたいなのがあったのですが、同年代や年上相手だとちょっとへこたれたところを見せたりするようです。いやもう勝手にキャラが喋ってるので書いてる方も今更ああそうなのねと思ってみたり。
ところでこれ書いてる時に最後の最後で文章データ一回吹っ飛んで青褪めました。自動保存してくれたワードに感謝。というか双龍修羅場中にこんなの書いてたから拳武(のOB約一名)が動いたのかと思った・・!データ抹殺だけはやめて下さい壬生さん!(おい本名)
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螺旋の黄龍騒動記・6。
2008年2月12日 螺旋の黄龍騒動記(完結) コメント (2)ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE 〜螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、というまさに妄想な二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとにじわじわネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍をメインとしますので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここは今後デスノ−ト事件は発生しないか、発生しても拳武館か陰陽寮か《M+M機関》に即日某キラさんが狩られて終わるようなパワーバランス魔人寄りの世界です。
●そんなパラレルいらんと思われる方は、どうか見なかったことにしてリターンをお願いします。
●まぁいいか、とか寧ろそんな妄想なら先にしてたぜ!という勇者に少しでも楽しんでもらえたらガッツポーズです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はこのままリターンで)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
(やはり、か)
私は唇の端で咥えていた爪を、歯で噛んだ。がり、と鈍い音が骨を伝い耳に響く。しかし、それを「理解」しつつも私の聴覚は敢えてその情報伝達を無視したようだった。私の脳内に届くのは、ただ己の思考のみ。
(やはり犯人は・・・・)
2階の最後に仕掛けられた罠を緋勇さんが解除した直後、現時点で犯人側の唯一の窓口を担当する人物《J》と数度目の通信が繋がった。その機に乗じ、私は幾つかの疑問点を《J》へと投げかけ、相手側の歯切れの悪い返答により己の仮説に確信を得た。
つまり――――『FBI捜査官』を誘拐した犯人は、テロ組織『クリエラの月』では『ない』。
この事件の始まりから我々に与えられていた『最も基本的な情報』。それを否定することで、事件は真実の片鱗を見せ始めたのだ。
「おかしいとは思っていた。私やFBIへの復讐が目的であれば、わざわざこんな大掛かりな罠を作る必要も、リスクを負ってFBI捜査官を誘拐する必要も無い・・・誘拐するのも犠牲にするのも『民間人』の方が楽であり、世論も動く・・・」
通信から音声だけを切り、画面に映る緋勇さんの姿から目は離さずに思考をただひたすら言葉にする。
誰に話しかけるでもなく、ただ情報を整理するために行う私の癖。
唯一私の声が聞こえているだろうワタリは流石に慣れており、決して私の言葉を遮ることは無い。無論、彼が必要だと思わない限りは、だが。
「・・・では、『FBI捜査官を誘拐し』、『《L》を引き摺り出す』・・・この2つの行為にどんな意味がある?大金をかけ大掛かりなトラップボックスを用意し、危険を冒しテロリストの名を騙ったことの見返りは?『クリエラの月』と同じ対人罠を低い殺傷力で多用する目的とは?」
途切れる間も無く疑問を羅列し、私はふと意識的に呼吸をした。
なるほど、緋勇さんほどではないだろうが、私も集中すると呼吸が少なくなるようだ。
言葉を止めた私の横に静かに紅茶を置いたワタリが、再び視界の外へと姿を消す。相変わらず完璧なその手際を賞賛する前に、見つめ続けていた画面の中の違和感が私の手を動かした。
「緋勇さん」
音声を繋ぎ、呼びかける。端末を置いて室内の探索をしていた彼が、こちらを向いて頷いた。
またしても、《罠》。
ため息を吐きそうになる己を寸前で止める。今、うんざりした気分を露にしていいのは緋勇さんだけだ。
『起動確認しました、解体に入ります』
その緋勇さんは、決して疲れた顔をしない。
強い人だ。
私は本気で彼に尊敬の念を抱く。
「・・・また新たなタイプの罠ですね」
既にこの作業を始めて2時間半が経過している。カウントが開始されるまでの時間も含めればさらに1時間、彼は閉ざされた廃ホテルの中で何処が終着点とも知れぬ『死』と直面し続けているのだ。それも3日間という長い拘束時間を経た身体で。
『はい。よろしくお願いします、《L》』
しかし、彼はそう言って笑顔を見せる。モニター越しに見ていることしか出来ない私さえも励ますように、力強い瞳で。
(なんという精神力・・・)
疑問の答えを休まず脳内で探りながら、新たな罠について私が知りうる限りの情報を伝える。その情報を使い、緋勇さんは一つ一つ正確に罠を解体していく。
「そのコードを切断すれば、機能停止。後は爆薬を取り外すだけです」
『分かりました』
返答に続く動きは何の迷いも無く、素早かった。切断されたコードの横に、抜き出された爆薬が並ぶ。
小さく息を吐く音が聞こえ、緋勇さんの呼吸が数を増す。
「・・・完璧です」
この短くも長い時間の中で幾度も繰り替えされた『作業』は今回も『成功』という形で終了し、私は素直に絶賛ともいうべき評価を口にした。
緊張から一時的に解かれ、素の表情へ戻った緋勇さんが私の評価に照れたように笑う。
・・・その表情だけを見ていると、爆弾を解体するような技術を持っている人だとは思えないんですけれどね。
知らず知らずのうち、彼と同じように笑顔を浮かべてしまっていた自分に気付き、妙な気分を覚える。ワタリの位置から私の表情は多分確認できないだろうが、もしこんな私を見ていたら流石の彼ですら驚くのではないだろうか。目を丸くするワタリの顔を想像して面白がっている自分に再び気が付き、私はまたもや奇妙な感覚を味わう。
・・・本当に、不思議な人だ。
普段の私と今の私との微かなずれ具合。それを生み出した原因が彼との接触にあるのだと、なんとなく私には理解できていた。
しかし、そのことについて深く考える時間は、残念ながら現時点の私には無い。
「なるほど。分かりました、この罠の製作者が・・・」
『えっ』
驚きを隠さず、緋勇さんが端末と解体された罠を交互に見やる。そんな彼に、法則性の『無さ』こそが『特徴』である爆弾魔『ハウスキーパー』の情報を簡単に説明した。無論相手がこの会話を聞いていることは想定の上でだ。予想通り、相手方からは是とも非とも通信は入らなかったが、それこそが私の推測が当たっていることを示している。尤も、相手方としてもこの程度、私に見切られることは想定内だろう。否、『想定内であって貰わねば』、私をわざわざこの配役へ組み込んできた意味が無い。
「・・・ということです。まだ不明な点も確かに多い。しかし必ず真実は解き明かすことが出来ます」
私の言葉に、緋勇さんが頷く。真っ直ぐにこちらへ向けられた瞳は落ち着いており、私の言いたいことを最初から分かっているように思えた。
「つまり、この不愉快な『ゲーム』は」
『《L》の』
「緋勇さんの」
『「勝ちということですね」』
当たり前のように重なった言葉を、それこそ『当たり前のように』受け入れている自分がいる。
「正解です。では賞品は、先程緋勇さんが得意だといっていた『タルト・タタン』でどうでしょう」
『・・・あの、もしかして俺が賞品出す側ですか』
「私、甘いものに目がありません。先程の説明は実に美味しそうでした」
『いや、それは先程までの会話でよーく分かりましたけど。それより3日間以上何も食べてない人間がここにいるんですけど』
「その前に作り方を伺った『茶饅頭』でもいいです」
『あーいいですねー、渋茶と茶饅頭。・・・って《L》、分かってやってますね?』
「甘いお茶がいいです。抹茶ミルクなど如何でしょうか」
『合いませんよ!というかそれもう《お茶》じゃありませんし』
「抹茶なのに・・・」
『そんなことで拗ねないで下さい』
互いにまったく手を止めてはいない。しかし続いていく他愛の無い会話。
思考の邪魔をせず、だからといって決して流しているわけでもなく、寧ろ私はこの会話を積極的に『楽しんでいる』。
それを不思議なことだと私が思考を巡らすより早く、延々と続く会話を不愉快に思ったのか、犯人側からの通信が割り込んできた。
《J》がどこか余裕の無い声音で「余計な会話をしている時間はないはずですよ」と我々を急かす。
気付いているのだろうか。我々の間に『余計な会話』などひとつもなかったことに。
(閉鎖空間での、極度に緊張を強いられる個人作業。蓄積する精神の疲弊をリセットするために、緋勇さんは私との会話を上手く利用している)
無論私もその目的を含めた上で雑談紛いの会話をタイミングを図りながら向けているのだが・・・そんな理屈をわざわざ言葉にしなくとも、緋勇さんという人はおそらく感覚でそれを理解してしまっているのだ。
(本当に・・・不思議な人だ)
ふと思う。
もし彼が『FBI捜査官』ではなく『緋勇龍麻』個人として誘拐されたのならば、そこには大きな理由があるのではないだろうか、と。
(しかし、緋勇さんは『FBI捜査官として』誘拐された・・・。ならば、目的は)
その時、何かがかちりと音を立てて私の推理は形を成した。
ああそうか。
(ならば、目的は私、いや・・・《L》か)
全ての答えはまだ出ない。
最重要事項である、緋勇さんの所在も未だおよその地域を割り出しただけだ。
タイムリミットだけがリアルに数字を減らしていく。さぁ絶望しろと言わんばかりのこの状況。
けれども私は笑っていた。
何故なら『敵』が、彼らの予想を遥かに超えた強力なカードを『偶然』私の側に配ってしまったと分かったから。
(私を相手に選んだだけで運の悪い犯人ですが・・・誘拐したのが緋勇さんとは、どこまで運の悪い・・・)
果たして彼はこのゲームにおける『ACE』か、はたまたそれを超える『JOKER』か。
(いや、両方か。私にとって最強の《A》であり、敵にとっての最凶の《J》。・・・偶然にしては皮肉が効きすぎですね。まるで・・・)
膝の上に顎を乗せ、画面を上から覗き込む。
モニターの端に映るテーブルの上で、何かがきらりと光を反射させた。
その『何か』について会話を交わしながら、私はこんな表現で先程の呟きを締めくくった。
(まるで、星にでも導かれているような気がします)
私が使うには些か幻想に傾きすぎであった言葉を、後に私は思い返し、それを私に言わしめた『もの』について思い巡らすことになるのだが・・・。
それは、まだ随分と先の話になる。
そして。
「ところで、緋勇さん」
『はい、なんでしょう《L》?』
「・・・『大学いも』でもいいですよ?」
『・・・キロ単位で作りましょうか』
「3キロを越えると流石に私でも困ります」
『・・・2.9キロまでは許容範囲なんですね・・・』
目の前に小山となった大学いもが積まれ、背を丸めて笑いを堪えるワタリを見るという人生初の貴重な経験を私がするのは、それよりもさらにちょっと先の話となる。
END。
※※※※※※※
わー、オフに時間取られてすっかりご無沙汰でした。なんとか続き更新です。
そして更新しようと読み返して気が付いた。
すみません、タイムリミット「6時間」でなく「9時間」でした(滅)
というわけで前回の文章中、タイムカウンターの部分は+3時間でお願いします(適当だなオイ!)
同人の方でも最後の4コマで6時間って書いちゃったよ!何勘違いしてたんだー!
そんな駄目っぽいアレですが、またちびちび続けます。よかったらもう少々お付き合い下さいませ。m(_ _)m
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE 〜螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、というまさに妄想な二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとにじわじわネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍をメインとしますので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここは今後デスノ−ト事件は発生しないか、発生しても拳武館か陰陽寮か《M+M機関》に即日某キラさんが狩られて終わるようなパワーバランス魔人寄りの世界です。
●そんなパラレルいらんと思われる方は、どうか見なかったことにしてリターンをお願いします。
●まぁいいか、とか寧ろそんな妄想なら先にしてたぜ!という勇者に少しでも楽しんでもらえたらガッツポーズです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はこのままリターンで)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
(やはり、か)
私は唇の端で咥えていた爪を、歯で噛んだ。がり、と鈍い音が骨を伝い耳に響く。しかし、それを「理解」しつつも私の聴覚は敢えてその情報伝達を無視したようだった。私の脳内に届くのは、ただ己の思考のみ。
(やはり犯人は・・・・)
2階の最後に仕掛けられた罠を緋勇さんが解除した直後、現時点で犯人側の唯一の窓口を担当する人物《J》と数度目の通信が繋がった。その機に乗じ、私は幾つかの疑問点を《J》へと投げかけ、相手側の歯切れの悪い返答により己の仮説に確信を得た。
つまり――――『FBI捜査官』を誘拐した犯人は、テロ組織『クリエラの月』では『ない』。
この事件の始まりから我々に与えられていた『最も基本的な情報』。それを否定することで、事件は真実の片鱗を見せ始めたのだ。
「おかしいとは思っていた。私やFBIへの復讐が目的であれば、わざわざこんな大掛かりな罠を作る必要も、リスクを負ってFBI捜査官を誘拐する必要も無い・・・誘拐するのも犠牲にするのも『民間人』の方が楽であり、世論も動く・・・」
通信から音声だけを切り、画面に映る緋勇さんの姿から目は離さずに思考をただひたすら言葉にする。
誰に話しかけるでもなく、ただ情報を整理するために行う私の癖。
唯一私の声が聞こえているだろうワタリは流石に慣れており、決して私の言葉を遮ることは無い。無論、彼が必要だと思わない限りは、だが。
「・・・では、『FBI捜査官を誘拐し』、『《L》を引き摺り出す』・・・この2つの行為にどんな意味がある?大金をかけ大掛かりなトラップボックスを用意し、危険を冒しテロリストの名を騙ったことの見返りは?『クリエラの月』と同じ対人罠を低い殺傷力で多用する目的とは?」
途切れる間も無く疑問を羅列し、私はふと意識的に呼吸をした。
なるほど、緋勇さんほどではないだろうが、私も集中すると呼吸が少なくなるようだ。
言葉を止めた私の横に静かに紅茶を置いたワタリが、再び視界の外へと姿を消す。相変わらず完璧なその手際を賞賛する前に、見つめ続けていた画面の中の違和感が私の手を動かした。
「緋勇さん」
音声を繋ぎ、呼びかける。端末を置いて室内の探索をしていた彼が、こちらを向いて頷いた。
またしても、《罠》。
ため息を吐きそうになる己を寸前で止める。今、うんざりした気分を露にしていいのは緋勇さんだけだ。
『起動確認しました、解体に入ります』
その緋勇さんは、決して疲れた顔をしない。
強い人だ。
私は本気で彼に尊敬の念を抱く。
「・・・また新たなタイプの罠ですね」
既にこの作業を始めて2時間半が経過している。カウントが開始されるまでの時間も含めればさらに1時間、彼は閉ざされた廃ホテルの中で何処が終着点とも知れぬ『死』と直面し続けているのだ。それも3日間という長い拘束時間を経た身体で。
『はい。よろしくお願いします、《L》』
しかし、彼はそう言って笑顔を見せる。モニター越しに見ていることしか出来ない私さえも励ますように、力強い瞳で。
(なんという精神力・・・)
疑問の答えを休まず脳内で探りながら、新たな罠について私が知りうる限りの情報を伝える。その情報を使い、緋勇さんは一つ一つ正確に罠を解体していく。
「そのコードを切断すれば、機能停止。後は爆薬を取り外すだけです」
『分かりました』
返答に続く動きは何の迷いも無く、素早かった。切断されたコードの横に、抜き出された爆薬が並ぶ。
小さく息を吐く音が聞こえ、緋勇さんの呼吸が数を増す。
「・・・完璧です」
この短くも長い時間の中で幾度も繰り替えされた『作業』は今回も『成功』という形で終了し、私は素直に絶賛ともいうべき評価を口にした。
緊張から一時的に解かれ、素の表情へ戻った緋勇さんが私の評価に照れたように笑う。
・・・その表情だけを見ていると、爆弾を解体するような技術を持っている人だとは思えないんですけれどね。
知らず知らずのうち、彼と同じように笑顔を浮かべてしまっていた自分に気付き、妙な気分を覚える。ワタリの位置から私の表情は多分確認できないだろうが、もしこんな私を見ていたら流石の彼ですら驚くのではないだろうか。目を丸くするワタリの顔を想像して面白がっている自分に再び気が付き、私はまたもや奇妙な感覚を味わう。
・・・本当に、不思議な人だ。
普段の私と今の私との微かなずれ具合。それを生み出した原因が彼との接触にあるのだと、なんとなく私には理解できていた。
しかし、そのことについて深く考える時間は、残念ながら現時点の私には無い。
「なるほど。分かりました、この罠の製作者が・・・」
『えっ』
驚きを隠さず、緋勇さんが端末と解体された罠を交互に見やる。そんな彼に、法則性の『無さ』こそが『特徴』である爆弾魔『ハウスキーパー』の情報を簡単に説明した。無論相手がこの会話を聞いていることは想定の上でだ。予想通り、相手方からは是とも非とも通信は入らなかったが、それこそが私の推測が当たっていることを示している。尤も、相手方としてもこの程度、私に見切られることは想定内だろう。否、『想定内であって貰わねば』、私をわざわざこの配役へ組み込んできた意味が無い。
「・・・ということです。まだ不明な点も確かに多い。しかし必ず真実は解き明かすことが出来ます」
私の言葉に、緋勇さんが頷く。真っ直ぐにこちらへ向けられた瞳は落ち着いており、私の言いたいことを最初から分かっているように思えた。
「つまり、この不愉快な『ゲーム』は」
『《L》の』
「緋勇さんの」
『「勝ちということですね」』
当たり前のように重なった言葉を、それこそ『当たり前のように』受け入れている自分がいる。
「正解です。では賞品は、先程緋勇さんが得意だといっていた『タルト・タタン』でどうでしょう」
『・・・あの、もしかして俺が賞品出す側ですか』
「私、甘いものに目がありません。先程の説明は実に美味しそうでした」
『いや、それは先程までの会話でよーく分かりましたけど。それより3日間以上何も食べてない人間がここにいるんですけど』
「その前に作り方を伺った『茶饅頭』でもいいです」
『あーいいですねー、渋茶と茶饅頭。・・・って《L》、分かってやってますね?』
「甘いお茶がいいです。抹茶ミルクなど如何でしょうか」
『合いませんよ!というかそれもう《お茶》じゃありませんし』
「抹茶なのに・・・」
『そんなことで拗ねないで下さい』
互いにまったく手を止めてはいない。しかし続いていく他愛の無い会話。
思考の邪魔をせず、だからといって決して流しているわけでもなく、寧ろ私はこの会話を積極的に『楽しんでいる』。
それを不思議なことだと私が思考を巡らすより早く、延々と続く会話を不愉快に思ったのか、犯人側からの通信が割り込んできた。
《J》がどこか余裕の無い声音で「余計な会話をしている時間はないはずですよ」と我々を急かす。
気付いているのだろうか。我々の間に『余計な会話』などひとつもなかったことに。
(閉鎖空間での、極度に緊張を強いられる個人作業。蓄積する精神の疲弊をリセットするために、緋勇さんは私との会話を上手く利用している)
無論私もその目的を含めた上で雑談紛いの会話をタイミングを図りながら向けているのだが・・・そんな理屈をわざわざ言葉にしなくとも、緋勇さんという人はおそらく感覚でそれを理解してしまっているのだ。
(本当に・・・不思議な人だ)
ふと思う。
もし彼が『FBI捜査官』ではなく『緋勇龍麻』個人として誘拐されたのならば、そこには大きな理由があるのではないだろうか、と。
(しかし、緋勇さんは『FBI捜査官として』誘拐された・・・。ならば、目的は)
その時、何かがかちりと音を立てて私の推理は形を成した。
ああそうか。
(ならば、目的は私、いや・・・《L》か)
全ての答えはまだ出ない。
最重要事項である、緋勇さんの所在も未だおよその地域を割り出しただけだ。
タイムリミットだけがリアルに数字を減らしていく。さぁ絶望しろと言わんばかりのこの状況。
けれども私は笑っていた。
何故なら『敵』が、彼らの予想を遥かに超えた強力なカードを『偶然』私の側に配ってしまったと分かったから。
(私を相手に選んだだけで運の悪い犯人ですが・・・誘拐したのが緋勇さんとは、どこまで運の悪い・・・)
果たして彼はこのゲームにおける『ACE』か、はたまたそれを超える『JOKER』か。
(いや、両方か。私にとって最強の《A》であり、敵にとっての最凶の《J》。・・・偶然にしては皮肉が効きすぎですね。まるで・・・)
膝の上に顎を乗せ、画面を上から覗き込む。
モニターの端に映るテーブルの上で、何かがきらりと光を反射させた。
その『何か』について会話を交わしながら、私はこんな表現で先程の呟きを締めくくった。
(まるで、星にでも導かれているような気がします)
私が使うには些か幻想に傾きすぎであった言葉を、後に私は思い返し、それを私に言わしめた『もの』について思い巡らすことになるのだが・・・。
それは、まだ随分と先の話になる。
そして。
「ところで、緋勇さん」
『はい、なんでしょう《L》?』
「・・・『大学いも』でもいいですよ?」
『・・・キロ単位で作りましょうか』
「3キロを越えると流石に私でも困ります」
『・・・2.9キロまでは許容範囲なんですね・・・』
目の前に小山となった大学いもが積まれ、背を丸めて笑いを堪えるワタリを見るという人生初の貴重な経験を私がするのは、それよりもさらにちょっと先の話となる。
END。
※※※※※※※
わー、オフに時間取られてすっかりご無沙汰でした。なんとか続き更新です。
そして更新しようと読み返して気が付いた。
すみません、タイムリミット「6時間」でなく「9時間」でした(滅)
というわけで前回の文章中、タイムカウンターの部分は+3時間でお願いします(適当だなオイ!)
同人の方でも最後の4コマで6時間って書いちゃったよ!何勘違いしてたんだー!
そんな駄目っぽいアレですが、またちびちび続けます。よかったらもう少々お付き合い下さいませ。m(_ _)m
螺旋の黄龍騒動記・5
2008年2月11日 螺旋の黄龍騒動記(完結) コメント (2)毎度おなじみご注意(しつこいですが安全のためにお付き合い下さい)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE 〜螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という個人的趣味に全力疾走した二次創作モドキです。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍をメインとしますので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここは今後デスノ−ト事件は発生しないか、発生しても強制終了させちゃうような死神より強い魔人連中の跳梁跋扈する世界です。
●そんなパラレルは原作への冒涜だという方は、どうか脳内から削除の上リターンをお願いします。
●それでもいいよー、とかクロスオーバー上等という許容範囲の広ーい方にちょっとでもニンマリしてもらえれば嬉しく思います。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロール)
<いいえ(の人はリターンお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
ごとり。
罠の心臓部、爆薬を内部からそっと引き出し地面に置く。その作業を最後に、目の前の『機械』は沈黙した。
自然と身体が深い息を吐く。一点に集中していた意識が解き放たれ、世界が一気にクリアになる。
『油断は禁物です、緋勇さん』
静から動へ切り替わるたった一瞬、僅かに浮かんだ安堵の表情を見破られたか、機械音声が開けた意識の中へと真っ先に飛び込み更なる覚醒を促す。
「了解です、《L》」
突きつけられた鋭さに、心地良い緊張感が全身に行き渡る。命を奪われかねない危険の中で、波紋のように広がる高揚感と安心感は、幾度も覚えのある感覚だった。
7年前。無手故に先陣を切る俺を癒し、援護し、庇い・・・そして、常にこの背を守ってくれた仲間達。深く刻まれた傷をもってしてもなお、輝きが失われることのない高校最後の1年間。
あの日々に感じていたものと、とても近い『感覚』。
(まさか、こんな変則的な『背中合わせ』があるとはね)
さりげなくカメラの範囲から外れるよう立ち上がりながら、俺は相棒を真似て唇の端をぐいと上げ、悪餓鬼の笑顔を作った。
端末の右端にタイマーカウンターが出現してから、30分。
どうやら意図的に配置されているらしい「トラップ解除用道具」の中から新しく見付けたドライバーをダーツの要領で壁へ投げつけたくなる。そんな忌々しさを無理矢理心に押し込め、枕カバーを利用して作った簡易道具袋に放り込んだ。
あと、5時間半。
果たして長いのか短いのか。考えかけて、やめる。
それは『今は俺の役目ではない』のだから。
未だ詳細不明の廃ホテルの中。俺が目覚めた場所よりひとつ上の階へ舞台が移動した現在、俺が理解したことは大きく分けて2つだ。
1つめは、俺を誘拐した相手の目的が復讐だということ。
―――テロ組織『クリエラの月』。
内戦の続いていたクリエラにNPO団体として入り込み、難民を救済するという名目で多くの民間人を誘拐していた組織だったが、三ヶ月前にFBIの一斉摘発によりほぼ壊滅。
その一斉摘発を、指揮していたのが他ならぬ《L》だった。
『クリエラの月』はそれを逆恨みし、FBIの捜査官(俺の事な訳だけど)をこのトラップボックスに閉じ込めた上で《L》に救出させようとしている。
詰まる所、狙いは『FBIの捜査官を《L》の指示ミスで爆死させ、FBI・《L》双方にダメージを与え、権威失墜させよう』・・・ってこと、らしい。
聞いた瞬間、阿呆かと一言で切り捨てかけたのは内緒だ。
まったくもってくだらないし、腹立たしいことこの上ない。
・・・だが、それより更に俺を怒らせたのは2つめ・・・この廃ホテルそのものが、連鎖したひとつの『罠』となっており、制限時間内に全てを解除しなければ『周囲を全て巻き込んだ上で』爆破されるということだった。
《L》は勿論のこと、生贄であるFBI捜査官が途中でリタイアすることのないように、周辺住民を二重の人質にしたという訳だ。
そして、その全てのリミットがこの端末に刻まれたカウンターの数字だという。
制限時間は6時間。そして既に俺は持ち時間のうち35分を使用済み。・・・と、更にもう1分経過してたか・・・。
(あー腹立たしい!逆恨みもそうだけど、関係ない人まで平気で巻き込むなんて、最低にも程がある!レリックドーンを筆頭に、これだからこういう手合いって大ッ嫌いなんだ俺はー!ここから無事に脱出できた暁にはあらゆる手段をもって駆逐してやるぞ『クリエラの月』!覚悟しておけー!)
・・・はぁ。
思いっきり物騒な誓いを心の中だけ怒鳴って、こっそりため息を吐き出す。
まぁこんな調子で、今の俺はやり場のない怒りをどうにか身の内に沈めている最中なのだった。
分かってる、今ここで俺が怒ったって意味が無い。
最悪、俺の怒りに龍脈の《力》が反応でもしたら・・・大陸規模で被害拡大になりかねない。これが冗談じゃないところが自分でも嫌だ。
しかし本当に1階でヤケ起こしてビルの外壁吹っ飛ばして逃げちゃおう、とか、いっそ《氣》で防御した上で爆弾吹っ飛ばしちゃおう、とか恐ろしいこと考えなくて良かったなぁ・・・。
周囲一帯焼け野原になったどこかの街を思い描き、ぞっと身震いする。《力》というのはやはり気軽に使ってはいけないものなんだとこんなところで再認識してしまった。
有難う俺の理性。この先も落ち着いていこう俺の理性・・・。
『緋勇さん、ちょっとよろしいですか』
「はいッ!」
・・・くだらないことを自分に語りかけていたもので、《L》の呼び掛けに反応が遅れた。つい慌てた返事になってしまったけれど、変に思われなかっただろうか。
そんな俺の動揺などとっくに気付いているのか、それともどうでもいいのか、《L》は丁度俺が摘み上げたところだった『何かのダイヤル』を興味深そうに(といってもカメラ越しだけど)観察しながら不意に奇妙な質問を投げてきた。
『ところで唐突につかぬ事をお伺いしますが、緋勇さんのご趣味はなんですか』
「え、趣味・・・ですか?」
『はい』
本当に唐突だ。
一瞬また何かの引っ掛けなのかなとも思ったが、先刻も決めた通り駆け引きというものに向いてない俺はどのみち直球でいくしかない。
ま、いっか。
「家事です」
『・・・・・・・・』
明確に答えた俺に対する返答は、沈黙だった。
『・・・・・・・・』
しかも長い。
なんでそこでこんなに長い沈黙なんですか《L》。
え、まさかこんな話題で本当に何かばれたとか?!
俺が内心冷や汗をかき始めた頃、やっと《L》の声が聞こえた。
『家事、ということは、掃除や洗濯、炊事といった作業のことでしょうか・・・』
相変わらずの機械音声なのに、どこか戸惑っているようにも聞こえる。
ああ、そういう沈黙だったんですか・・・。
そういえば、世間的には趣味=家事っていう成人男性は珍しい部類なんだっけ。おかげでよく仲間内で『お母さん』扱いされたよなぁ。・・・まぁ、今でもよくそう言われるんだけど。
「はい。一番好きで得意なのは料理ですけど、家事は全部好きですよ」
ともあれほっとした気分も上乗せして正直に答えると、今度は端末の向こうから『なるほど』と妙に感心したような相槌が聞こえてきた。
繰り返すが、勿論流れてきたのは抑揚ゼロの機械音声だ。
でもそこから《L》という人物の温度がだんだんと感じられる割合が多くなってきているのは、俺の気のせいじゃないはず。
そのことが、俺はなんだかちょっと嬉しかった。
ーーーーーーだから、多分俺は、無意識にちょっと笑ったんだろうと思う。
『・・・はい、その顔です』
「え?」
突然の指摘に、驚いて端末を覗き込む。
真っ白な画面の中に映っている俺は、自分でも間が抜けてるなぁと笑ってしまいそうなほど目を大きく見開いていた。
・・・あれ、もしかして・・・。
『緋勇さんには、眉間に皺の寄っていない表情の方が似合います』
気を・・・遣わせてしまったんだろうか。
隠していたつもりだったが、俺の苛立ちは《L》に伝わってしまっていたのだろう。自分の未熟さが情けない。
今は怒りが力になる状況じゃない。もっと冷静でいなければ、俺だけでなく他の誰かをも巻き込む結果になってしまう。
「・・・《L》、すみませ・・・」
謝罪の言葉を口にしかけた時だった。
『貴方は、優しい人ですね』
機械音声が組み立てた単語が、余りにも意外で言葉が止まる。
どうして、と思った感情をまたも読み取ったのだろう。《L》は既に手も止まったままの俺を咎めることなく、静かに続けた。
『自分の置かれた状況を知った時も、爆弾を前にした時も、貴方は常に冷静でした。しかし、周囲の人間が巻き込まれるかもしれないと聞いた時だけ、緋勇さん、初めて貴方は怒りを露にした。【自分】ではなく【誰か他の人間】を案じるが故に、です。自分より他者を自然に優先させてしまう・・・貴方は、そういう人だと私は判断しました。貴方は確かに捜査官として有能ですが、それ以前に人間として信頼できる人です』
うわわわ。
何と答えていいのかますます言葉に詰まる。まさかそんなことを言われるとは思いもしなかった。もしかしたら顔、赤くなってるかもしれない。
・・・俺は別に優しいわけじゃないですよ、《L》。ただ人よりちょっとだけ特殊な《力》を持っていて、人よりちょっとだけ頑丈だから、より多くを負うことが出来る。だから、そうしている。・・・本当に、ただそれだけ。
「《L》・・・」
とりあえず何か言おうとした声は、再び機械音声に遮られた。
『お気になさらず。私の勝手な判断ですので』
「・・・えーと、そう、ですか・・・」
語尾が小さくなる。
・・・先手を打たれたってことだろうか・・・。うう、なんだろうこの敗北感と居た堪れなさ。
今ひとつ自分を取り戻せないままの俺が、果たしてどのタイミングで調査に戻るべきなのか掴めず端末を再び覗き込む。
もしかしたら、その瞬間を待っていたのだろうか。
《L》は、おそらく最も俺に向けて伝えたかったことを、会話の最後に紛れるように機械音声に乗せて寄越したのだ。
『ええ。ですから、私は貴方を信頼します。たとえ、緋勇さん・・・貴方が【FBI捜査官ではなかったとしても】』
・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・!!!
そう来たかー・・・!
ばれた?とか、不味いなとか、もしかして引っ掛け?とか、一瞬にして色んな事が頭を巡りーーー。
そして。
俺はつい吹き出してしまった。
だって、既に言ったじゃないか《L》自身が。
俺が【FBI捜査官じゃなくても】信頼するって。
やられたなぁ、これこそまさに先手だ。
この通信は、相手方にも全て伝わっている。だから《L》はわざと他愛も無い雑談に見せかけて、一番重要な言葉を伝えてきたわけだ。
FBI捜査官ではなく『緋勇龍麻』を信頼する、そう決意した《L》と・・・【共に戦う覚悟はありますか?】と。
ああ、本当に、やられた。
「《L》、掃除のコツってご存知ですか?」
『・・・いえ、なんでしょうか』
そんな問いかけをされて、逃げられるものか。もっとも・・・
「そこに住む人が気持ち良く過ごせるよう、心を込めて・・・隅から隅まで徹底的に、です」
最初から、逃げるつもりなんて無かったけれど。
『なるほど、真理にして深い答えですね。・・・了解です』
真っ白い画面の向こうに、ニヤリと笑う口元が見えた気がした。
まいったなぁ。
俺、やっぱりこの人のこと結構好きだ。
仕方ない、ここはひとつ【FBI捜査官】以上の働きをしようじゃないか。
しかし《世界の頭脳》の手足に《黄龍の器》か・・・。
自分で言うのもなんだけど、これってもしかしてかなり恐ろしい組み合わせになるのかも、ね?
『・・・ところで緋勇さん』
「はい、なんでしょう《L》」
机の上に置かれた、どう考えても怪しい金庫。どうやらこれが、次の階への鍵となるらしい。
残時間表示は5:05。
さて覚悟を決めて挑戦しようか、というそんなタイミング。
『先程聞きそびれたことを、お聞きしておいても良いですか』
「はい。構いませんが、どういったことでしょうか?」
問い返した俺は、次の質問にまたしても目を大きく見開いてしまう羽目になった。
『料理が得意とおっしゃってましたが・・・お菓子作りは得意ですか?』
一拍遅れて「はい」と答えた俺が、その質問がどれだけ重要な意味を持っていたのかということに気付くのは、次の階へ上がってすぐの話。
END。
※※※※※※
ちまちまと書き溜めて、なんだかんだで2階到達まで進んでしまいました黄龍in螺旋。
・・・仲良くというより、共犯のようです。
・・・というか、この組み合わせだといっそ犯人が可哀想じゃないのかと思えてきました。
はて、この最強タッグどうしたもんか。書けば書くほど予想外の方面に進んでる気がします。ゲームバランス無視です。大丈夫かー、こ、こんなんで続けていいのか本当にー(滝汗)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE 〜螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という個人的趣味に全力疾走した二次創作モドキです。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍をメインとしますので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にここは今後デスノ−ト事件は発生しないか、発生しても強制終了させちゃうような死神より強い魔人連中の跳梁跋扈する世界です。
●そんなパラレルは原作への冒涜だという方は、どうか脳内から削除の上リターンをお願いします。
●それでもいいよー、とかクロスオーバー上等という許容範囲の広ーい方にちょっとでもニンマリしてもらえれば嬉しく思います。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロール)
<いいえ(の人はリターンお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
ごとり。
罠の心臓部、爆薬を内部からそっと引き出し地面に置く。その作業を最後に、目の前の『機械』は沈黙した。
自然と身体が深い息を吐く。一点に集中していた意識が解き放たれ、世界が一気にクリアになる。
『油断は禁物です、緋勇さん』
静から動へ切り替わるたった一瞬、僅かに浮かんだ安堵の表情を見破られたか、機械音声が開けた意識の中へと真っ先に飛び込み更なる覚醒を促す。
「了解です、《L》」
突きつけられた鋭さに、心地良い緊張感が全身に行き渡る。命を奪われかねない危険の中で、波紋のように広がる高揚感と安心感は、幾度も覚えのある感覚だった。
7年前。無手故に先陣を切る俺を癒し、援護し、庇い・・・そして、常にこの背を守ってくれた仲間達。深く刻まれた傷をもってしてもなお、輝きが失われることのない高校最後の1年間。
あの日々に感じていたものと、とても近い『感覚』。
(まさか、こんな変則的な『背中合わせ』があるとはね)
さりげなくカメラの範囲から外れるよう立ち上がりながら、俺は相棒を真似て唇の端をぐいと上げ、悪餓鬼の笑顔を作った。
端末の右端にタイマーカウンターが出現してから、30分。
どうやら意図的に配置されているらしい「トラップ解除用道具」の中から新しく見付けたドライバーをダーツの要領で壁へ投げつけたくなる。そんな忌々しさを無理矢理心に押し込め、枕カバーを利用して作った簡易道具袋に放り込んだ。
あと、5時間半。
果たして長いのか短いのか。考えかけて、やめる。
それは『今は俺の役目ではない』のだから。
未だ詳細不明の廃ホテルの中。俺が目覚めた場所よりひとつ上の階へ舞台が移動した現在、俺が理解したことは大きく分けて2つだ。
1つめは、俺を誘拐した相手の目的が復讐だということ。
―――テロ組織『クリエラの月』。
内戦の続いていたクリエラにNPO団体として入り込み、難民を救済するという名目で多くの民間人を誘拐していた組織だったが、三ヶ月前にFBIの一斉摘発によりほぼ壊滅。
その一斉摘発を、指揮していたのが他ならぬ《L》だった。
『クリエラの月』はそれを逆恨みし、FBIの捜査官(俺の事な訳だけど)をこのトラップボックスに閉じ込めた上で《L》に救出させようとしている。
詰まる所、狙いは『FBIの捜査官を《L》の指示ミスで爆死させ、FBI・《L》双方にダメージを与え、権威失墜させよう』・・・ってこと、らしい。
聞いた瞬間、阿呆かと一言で切り捨てかけたのは内緒だ。
まったくもってくだらないし、腹立たしいことこの上ない。
・・・だが、それより更に俺を怒らせたのは2つめ・・・この廃ホテルそのものが、連鎖したひとつの『罠』となっており、制限時間内に全てを解除しなければ『周囲を全て巻き込んだ上で』爆破されるということだった。
《L》は勿論のこと、生贄であるFBI捜査官が途中でリタイアすることのないように、周辺住民を二重の人質にしたという訳だ。
そして、その全てのリミットがこの端末に刻まれたカウンターの数字だという。
制限時間は6時間。そして既に俺は持ち時間のうち35分を使用済み。・・・と、更にもう1分経過してたか・・・。
(あー腹立たしい!逆恨みもそうだけど、関係ない人まで平気で巻き込むなんて、最低にも程がある!レリックドーンを筆頭に、これだからこういう手合いって大ッ嫌いなんだ俺はー!ここから無事に脱出できた暁にはあらゆる手段をもって駆逐してやるぞ『クリエラの月』!覚悟しておけー!)
・・・はぁ。
思いっきり物騒な誓いを心の中だけ怒鳴って、こっそりため息を吐き出す。
まぁこんな調子で、今の俺はやり場のない怒りをどうにか身の内に沈めている最中なのだった。
分かってる、今ここで俺が怒ったって意味が無い。
最悪、俺の怒りに龍脈の《力》が反応でもしたら・・・大陸規模で被害拡大になりかねない。これが冗談じゃないところが自分でも嫌だ。
しかし本当に1階でヤケ起こしてビルの外壁吹っ飛ばして逃げちゃおう、とか、いっそ《氣》で防御した上で爆弾吹っ飛ばしちゃおう、とか恐ろしいこと考えなくて良かったなぁ・・・。
周囲一帯焼け野原になったどこかの街を思い描き、ぞっと身震いする。《力》というのはやはり気軽に使ってはいけないものなんだとこんなところで再認識してしまった。
有難う俺の理性。この先も落ち着いていこう俺の理性・・・。
『緋勇さん、ちょっとよろしいですか』
「はいッ!」
・・・くだらないことを自分に語りかけていたもので、《L》の呼び掛けに反応が遅れた。つい慌てた返事になってしまったけれど、変に思われなかっただろうか。
そんな俺の動揺などとっくに気付いているのか、それともどうでもいいのか、《L》は丁度俺が摘み上げたところだった『何かのダイヤル』を興味深そうに(といってもカメラ越しだけど)観察しながら不意に奇妙な質問を投げてきた。
『ところで唐突につかぬ事をお伺いしますが、緋勇さんのご趣味はなんですか』
「え、趣味・・・ですか?」
『はい』
本当に唐突だ。
一瞬また何かの引っ掛けなのかなとも思ったが、先刻も決めた通り駆け引きというものに向いてない俺はどのみち直球でいくしかない。
ま、いっか。
「家事です」
『・・・・・・・・』
明確に答えた俺に対する返答は、沈黙だった。
『・・・・・・・・』
しかも長い。
なんでそこでこんなに長い沈黙なんですか《L》。
え、まさかこんな話題で本当に何かばれたとか?!
俺が内心冷や汗をかき始めた頃、やっと《L》の声が聞こえた。
『家事、ということは、掃除や洗濯、炊事といった作業のことでしょうか・・・』
相変わらずの機械音声なのに、どこか戸惑っているようにも聞こえる。
ああ、そういう沈黙だったんですか・・・。
そういえば、世間的には趣味=家事っていう成人男性は珍しい部類なんだっけ。おかげでよく仲間内で『お母さん』扱いされたよなぁ。・・・まぁ、今でもよくそう言われるんだけど。
「はい。一番好きで得意なのは料理ですけど、家事は全部好きですよ」
ともあれほっとした気分も上乗せして正直に答えると、今度は端末の向こうから『なるほど』と妙に感心したような相槌が聞こえてきた。
繰り返すが、勿論流れてきたのは抑揚ゼロの機械音声だ。
でもそこから《L》という人物の温度がだんだんと感じられる割合が多くなってきているのは、俺の気のせいじゃないはず。
そのことが、俺はなんだかちょっと嬉しかった。
ーーーーーーだから、多分俺は、無意識にちょっと笑ったんだろうと思う。
『・・・はい、その顔です』
「え?」
突然の指摘に、驚いて端末を覗き込む。
真っ白な画面の中に映っている俺は、自分でも間が抜けてるなぁと笑ってしまいそうなほど目を大きく見開いていた。
・・・あれ、もしかして・・・。
『緋勇さんには、眉間に皺の寄っていない表情の方が似合います』
気を・・・遣わせてしまったんだろうか。
隠していたつもりだったが、俺の苛立ちは《L》に伝わってしまっていたのだろう。自分の未熟さが情けない。
今は怒りが力になる状況じゃない。もっと冷静でいなければ、俺だけでなく他の誰かをも巻き込む結果になってしまう。
「・・・《L》、すみませ・・・」
謝罪の言葉を口にしかけた時だった。
『貴方は、優しい人ですね』
機械音声が組み立てた単語が、余りにも意外で言葉が止まる。
どうして、と思った感情をまたも読み取ったのだろう。《L》は既に手も止まったままの俺を咎めることなく、静かに続けた。
『自分の置かれた状況を知った時も、爆弾を前にした時も、貴方は常に冷静でした。しかし、周囲の人間が巻き込まれるかもしれないと聞いた時だけ、緋勇さん、初めて貴方は怒りを露にした。【自分】ではなく【誰か他の人間】を案じるが故に、です。自分より他者を自然に優先させてしまう・・・貴方は、そういう人だと私は判断しました。貴方は確かに捜査官として有能ですが、それ以前に人間として信頼できる人です』
うわわわ。
何と答えていいのかますます言葉に詰まる。まさかそんなことを言われるとは思いもしなかった。もしかしたら顔、赤くなってるかもしれない。
・・・俺は別に優しいわけじゃないですよ、《L》。ただ人よりちょっとだけ特殊な《力》を持っていて、人よりちょっとだけ頑丈だから、より多くを負うことが出来る。だから、そうしている。・・・本当に、ただそれだけ。
「《L》・・・」
とりあえず何か言おうとした声は、再び機械音声に遮られた。
『お気になさらず。私の勝手な判断ですので』
「・・・えーと、そう、ですか・・・」
語尾が小さくなる。
・・・先手を打たれたってことだろうか・・・。うう、なんだろうこの敗北感と居た堪れなさ。
今ひとつ自分を取り戻せないままの俺が、果たしてどのタイミングで調査に戻るべきなのか掴めず端末を再び覗き込む。
もしかしたら、その瞬間を待っていたのだろうか。
《L》は、おそらく最も俺に向けて伝えたかったことを、会話の最後に紛れるように機械音声に乗せて寄越したのだ。
『ええ。ですから、私は貴方を信頼します。たとえ、緋勇さん・・・貴方が【FBI捜査官ではなかったとしても】』
・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・!!!
そう来たかー・・・!
ばれた?とか、不味いなとか、もしかして引っ掛け?とか、一瞬にして色んな事が頭を巡りーーー。
そして。
俺はつい吹き出してしまった。
だって、既に言ったじゃないか《L》自身が。
俺が【FBI捜査官じゃなくても】信頼するって。
やられたなぁ、これこそまさに先手だ。
この通信は、相手方にも全て伝わっている。だから《L》はわざと他愛も無い雑談に見せかけて、一番重要な言葉を伝えてきたわけだ。
FBI捜査官ではなく『緋勇龍麻』を信頼する、そう決意した《L》と・・・【共に戦う覚悟はありますか?】と。
ああ、本当に、やられた。
「《L》、掃除のコツってご存知ですか?」
『・・・いえ、なんでしょうか』
そんな問いかけをされて、逃げられるものか。もっとも・・・
「そこに住む人が気持ち良く過ごせるよう、心を込めて・・・隅から隅まで徹底的に、です」
最初から、逃げるつもりなんて無かったけれど。
『なるほど、真理にして深い答えですね。・・・了解です』
真っ白い画面の向こうに、ニヤリと笑う口元が見えた気がした。
まいったなぁ。
俺、やっぱりこの人のこと結構好きだ。
仕方ない、ここはひとつ【FBI捜査官】以上の働きをしようじゃないか。
しかし《世界の頭脳》の手足に《黄龍の器》か・・・。
自分で言うのもなんだけど、これってもしかしてかなり恐ろしい組み合わせになるのかも、ね?
『・・・ところで緋勇さん』
「はい、なんでしょう《L》」
机の上に置かれた、どう考えても怪しい金庫。どうやらこれが、次の階への鍵となるらしい。
残時間表示は5:05。
さて覚悟を決めて挑戦しようか、というそんなタイミング。
『先程聞きそびれたことを、お聞きしておいても良いですか』
「はい。構いませんが、どういったことでしょうか?」
問い返した俺は、次の質問にまたしても目を大きく見開いてしまう羽目になった。
『料理が得意とおっしゃってましたが・・・お菓子作りは得意ですか?』
一拍遅れて「はい」と答えた俺が、その質問がどれだけ重要な意味を持っていたのかということに気付くのは、次の階へ上がってすぐの話。
END。
※※※※※※
ちまちまと書き溜めて、なんだかんだで2階到達まで進んでしまいました黄龍in螺旋。
・・・仲良くというより、共犯のようです。
・・・というか、この組み合わせだといっそ犯人が可哀想じゃないのかと思えてきました。
はて、この最強タッグどうしたもんか。書けば書くほど予想外の方面に進んでる気がします。ゲームバランス無視です。大丈夫かー、こ、こんなんで続けていいのか本当にー(滝汗)
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