これは「東京魔人学園 剣風帖」の二次創作です。
●大変短い。
●主人公名はデフォルトの「緋勇龍麻」。
●性格は当サイト仕様で家事好きお母さん体質。
●しかも黄龍妖魔クリア後の人。
●多分2005年末くらいの話。
そんなこんなで宜しければ、ちょっと覗いてやってくんなまし。
OK?↓
「早いもんだ、もう12月か」
『11月』のカレンダーを丁寧に切り取りながら、部屋の主である青年がしみじみと呟く。
その、外見には似合わぬ年寄りめいた物言いに、主より偉そうに部屋の真ん中でごろ寝をしていた村雨は背を丸めて笑い出した。
「先生、アンタ年は幾つだよ」
遠慮の欠片もない客人…というよりは居候、の言葉に、家主は背中を向けたままでさらりと言い放つ。
「去年は『高校3年生』だったよ」
事情を知らない人間であれば素直に頷く内容だが、この場合は無論、相手がそうではないからこその返しである。
故に、返された側は素直に腹を抱えて笑い転げた。
その腹を容赦なく踏みつけられるまでの、実に短い時間ではあったが。
「…ま、師走ってぐらいだからな。どうだい、『先生』もこれから一走りしてきちゃあ」
熱いほうじ茶の入った湯飲みを手にした青年が、呆れたようにため息を吐いた。
「誰が走るか。大体そんな風に俺を呼ぶのはお前くらいだろ」
渋い顔をしながらも、きっちり居候にも湯飲みを差し出すあたりがこの青年、緋勇龍麻が『底の抜けたお人好し』と仲間内から呆れ半分、尊敬半分に言われる所以だ。
その甘さをからかってやりたい気持ちはある。が、未だ痛む腹が警告を発するのを無視するほど馬鹿でもない村雨は、やや上体をくの字に曲げた姿勢のままで大人しく湯飲みを受け取った。
熱い茶をすすって一息ついたところで、思い出したように龍麻が先ほどの話を続ける。
「というか、本当にいい加減何とかしろよ『先生』っての。道端で呼ばれたときに周りが『え?』って顔で振り向く振り向く」
「へッ、今更『緋勇』だの『龍麻』だの他人行儀に呼べるかよ。お気に召さなきゃアンタの相棒に習って『ひーちゃん』とでも呼ぶかい?」
「呼べるもんならな。…言っておくが、野郎連中でそう呼ぶツワモノは『あの馬鹿』と『ブラック』くらいだぞ」
「…そいつは謹んで御免被りたい面子だぜ…」
相棒にあの馬鹿呼ばわりされた男と、それと同レベルに扱われた男、一体どっちをより哀れめばいいのだろうか。そんなことを一瞬考えたものの、結局村雨が口にしたのは同類として扱われたくないという率直な言葉であった。
尤もそれは言われた方も言った方も、勿論聞いていた方も、既に互いが家族と言っても良いほどに近しい仲間だからこその反応である。
「ところで、『先生』」
今までの会話をまったく無視したその呼び名に、龍麻が大仰に肩を竦めながらため息を吐く。
まぁ元々彼も期待はしていなかったのだろう。反論は短いそのため息だけであっさり終わった。
「なんだよ」
茶を飲み干し、湯飲みをたん、と机に置く。それだけの仕草がひどく流麗に映るのは、この青年が無駄のない動きを心得ているからだ。
それは武を極めんとする彼が、日々弛まぬ努力を続けている結果でもある。
だが。
村雨は、茶で温まった息をほう、と小さく吐き出してから何気なく言葉を続ける。
「アンタ、いつまで日本にいるつもりだい?」
問い掛けに、龍麻の姿勢が微かに動いた。
顔には表れない感情の揺らぎをそこに見て、村雨はもう一度息を吐く。先ほどまで確かにそこに含まれていた温もりは、いつの間にか全て抜けてしまったように感じられた。
――――彼の動きに無駄がないのは、戦いに慣れているからだ。
緋勇龍麻は、《黄龍の器》という宿星の元に生まれた。
彼自身が望む望まざるに関わらず、その身の内には世界の命運すら揺るがす《力》が秘められている。
この世で唯一、世界の覇者となるべく『世界自身に選ばれた』存在。
本来であればこうしてのんびりと茶をすすっている姿の方がおかしいのだ、この男は。
(尤も、先生にゃそんなノンキな格好のが似合っちゃあいるんだがねェ)
微かに苦笑を浮かべて、村雨は思い出す。
『ちょっと行ってくる』
そんな気楽な言葉を残し、龍麻がこの街から姿を消したのは高校を卒業してすぐのことだ。それきり、彼は6年もの間、ここへは帰ってこなかった。
否。【帰ってくることが出来なかった】。
だからこそ、彼の笑顔を前にしていても、『仲間』たちはふとした瞬間に強い不安に捕らわれる。
彼がまた、どこかへ【行かなくてはならない】のではないのかと。
「…茶」
「へッ?」
「こぼすなよ」
不意にかけられた言葉を理解できないまま、それでも反射的に己の手の中を見る。気が付けばまだそれほど冷めてもいない茶が半分近く残っている湯飲みが、自分の方へ向かってかなり斜めに傾いでいた。
「お、おう」
慌てて湯飲みを持ち直し、ついでに姿勢も正して前を向く。
すると、相変わらずぴしりとした姿勢の龍麻が、どこか悪友の陰陽師を思わせる表情でふん、と小さく鼻を鳴らした。
「というか、お前は言い方がおかしい祇孔。―――それを言うなら『出かける予定は?』だろ」
「…は…」
一瞬どう反応していいのか分からず、ぽかんと開いた口から間の抜けた声が漏れる。
よほどその顔が可笑しかったのだろう。わざとらしく作っていた皮肉げな表情が一気に崩れ、その下から覗くのは。
「なんて顔してんだ。日本語くらいまともに使えよ、皇神の名が泣くぞ卒業生」
《陽》に満ちた、いつもの笑顔。
「…あー、」
そうかい、と口の中で呟く。続けたかった言葉はほとんど音にならなかったが、正面で静かに笑っている男には多分全て伝わっているのだと思えた。
大地を統べる黄金の龍王。
世界そのものが祝福するその存在が、何処であろうと己の場に変えてしまえるその人が。
(…ッたくよ)
あっさりと、【ここ】が自分の居場所だと言う。
呆れるほど簡単な答えに、過ぎ去った日々が鮮やかに蘇った。留まり淀んでいくだけだったはずの自分の世界を、春の嵐にも似た鮮烈な風で吹き飛ばした《転校生》。
仲間たちを率い、最後まで折れることのなかったその背に、どれほど多くのことを教えられただろう。
だから、たとえ本人が文句をつけていようが、村雨にとって彼は『先生』なのだ。あの頃も、そしてこれからもずっと。
(アンタは本当に―――――)
変わんねェなァ、とだけ口にすると、笑いに震えた肩であの頃より少しだけ長くなった黒髪がさらりと揺れた。
END。
2010年も終わりに近付いたので、せめて最後は更新強化月間と称してSSあげてこうかと思った第一弾。
師走=先生=村雨繋がりで珍しくギャンブラーと黄龍さん。
村雨は、お互い日本にいるとき多分3日に1回くらいはひーの家に上がりこんで飯食わせて貰ってます。一応飯代はパチで稼いで入れてそう。
ちなみに同じく居候まがいの相棒は出世払いと言う名の食い逃げ。弟は現物(主に成長後のピヨちゃん)支払。もういいから早く嫁貰え黄龍。
さーてリハビリだ!これから今月終わるまで5日に1回はなんかしらSSあげてくぜー!(と言うだけ言ってみる)
●大変短い。
●主人公名はデフォルトの「緋勇龍麻」。
●性格は当サイト仕様で家事好きお母さん体質。
●しかも黄龍妖魔クリア後の人。
●多分2005年末くらいの話。
そんなこんなで宜しければ、ちょっと覗いてやってくんなまし。
OK?↓
「早いもんだ、もう12月か」
『11月』のカレンダーを丁寧に切り取りながら、部屋の主である青年がしみじみと呟く。
その、外見には似合わぬ年寄りめいた物言いに、主より偉そうに部屋の真ん中でごろ寝をしていた村雨は背を丸めて笑い出した。
「先生、アンタ年は幾つだよ」
遠慮の欠片もない客人…というよりは居候、の言葉に、家主は背中を向けたままでさらりと言い放つ。
「去年は『高校3年生』だったよ」
事情を知らない人間であれば素直に頷く内容だが、この場合は無論、相手がそうではないからこその返しである。
故に、返された側は素直に腹を抱えて笑い転げた。
その腹を容赦なく踏みつけられるまでの、実に短い時間ではあったが。
「…ま、師走ってぐらいだからな。どうだい、『先生』もこれから一走りしてきちゃあ」
熱いほうじ茶の入った湯飲みを手にした青年が、呆れたようにため息を吐いた。
「誰が走るか。大体そんな風に俺を呼ぶのはお前くらいだろ」
渋い顔をしながらも、きっちり居候にも湯飲みを差し出すあたりがこの青年、緋勇龍麻が『底の抜けたお人好し』と仲間内から呆れ半分、尊敬半分に言われる所以だ。
その甘さをからかってやりたい気持ちはある。が、未だ痛む腹が警告を発するのを無視するほど馬鹿でもない村雨は、やや上体をくの字に曲げた姿勢のままで大人しく湯飲みを受け取った。
熱い茶をすすって一息ついたところで、思い出したように龍麻が先ほどの話を続ける。
「というか、本当にいい加減何とかしろよ『先生』っての。道端で呼ばれたときに周りが『え?』って顔で振り向く振り向く」
「へッ、今更『緋勇』だの『龍麻』だの他人行儀に呼べるかよ。お気に召さなきゃアンタの相棒に習って『ひーちゃん』とでも呼ぶかい?」
「呼べるもんならな。…言っておくが、野郎連中でそう呼ぶツワモノは『あの馬鹿』と『ブラック』くらいだぞ」
「…そいつは謹んで御免被りたい面子だぜ…」
相棒にあの馬鹿呼ばわりされた男と、それと同レベルに扱われた男、一体どっちをより哀れめばいいのだろうか。そんなことを一瞬考えたものの、結局村雨が口にしたのは同類として扱われたくないという率直な言葉であった。
尤もそれは言われた方も言った方も、勿論聞いていた方も、既に互いが家族と言っても良いほどに近しい仲間だからこその反応である。
「ところで、『先生』」
今までの会話をまったく無視したその呼び名に、龍麻が大仰に肩を竦めながらため息を吐く。
まぁ元々彼も期待はしていなかったのだろう。反論は短いそのため息だけであっさり終わった。
「なんだよ」
茶を飲み干し、湯飲みをたん、と机に置く。それだけの仕草がひどく流麗に映るのは、この青年が無駄のない動きを心得ているからだ。
それは武を極めんとする彼が、日々弛まぬ努力を続けている結果でもある。
だが。
村雨は、茶で温まった息をほう、と小さく吐き出してから何気なく言葉を続ける。
「アンタ、いつまで日本にいるつもりだい?」
問い掛けに、龍麻の姿勢が微かに動いた。
顔には表れない感情の揺らぎをそこに見て、村雨はもう一度息を吐く。先ほどまで確かにそこに含まれていた温もりは、いつの間にか全て抜けてしまったように感じられた。
――――彼の動きに無駄がないのは、戦いに慣れているからだ。
緋勇龍麻は、《黄龍の器》という宿星の元に生まれた。
彼自身が望む望まざるに関わらず、その身の内には世界の命運すら揺るがす《力》が秘められている。
この世で唯一、世界の覇者となるべく『世界自身に選ばれた』存在。
本来であればこうしてのんびりと茶をすすっている姿の方がおかしいのだ、この男は。
(尤も、先生にゃそんなノンキな格好のが似合っちゃあいるんだがねェ)
微かに苦笑を浮かべて、村雨は思い出す。
『ちょっと行ってくる』
そんな気楽な言葉を残し、龍麻がこの街から姿を消したのは高校を卒業してすぐのことだ。それきり、彼は6年もの間、ここへは帰ってこなかった。
否。【帰ってくることが出来なかった】。
だからこそ、彼の笑顔を前にしていても、『仲間』たちはふとした瞬間に強い不安に捕らわれる。
彼がまた、どこかへ【行かなくてはならない】のではないのかと。
「…茶」
「へッ?」
「こぼすなよ」
不意にかけられた言葉を理解できないまま、それでも反射的に己の手の中を見る。気が付けばまだそれほど冷めてもいない茶が半分近く残っている湯飲みが、自分の方へ向かってかなり斜めに傾いでいた。
「お、おう」
慌てて湯飲みを持ち直し、ついでに姿勢も正して前を向く。
すると、相変わらずぴしりとした姿勢の龍麻が、どこか悪友の陰陽師を思わせる表情でふん、と小さく鼻を鳴らした。
「というか、お前は言い方がおかしい祇孔。―――それを言うなら『出かける予定は?』だろ」
「…は…」
一瞬どう反応していいのか分からず、ぽかんと開いた口から間の抜けた声が漏れる。
よほどその顔が可笑しかったのだろう。わざとらしく作っていた皮肉げな表情が一気に崩れ、その下から覗くのは。
「なんて顔してんだ。日本語くらいまともに使えよ、皇神の名が泣くぞ卒業生」
《陽》に満ちた、いつもの笑顔。
「…あー、」
そうかい、と口の中で呟く。続けたかった言葉はほとんど音にならなかったが、正面で静かに笑っている男には多分全て伝わっているのだと思えた。
大地を統べる黄金の龍王。
世界そのものが祝福するその存在が、何処であろうと己の場に変えてしまえるその人が。
(…ッたくよ)
あっさりと、【ここ】が自分の居場所だと言う。
呆れるほど簡単な答えに、過ぎ去った日々が鮮やかに蘇った。留まり淀んでいくだけだったはずの自分の世界を、春の嵐にも似た鮮烈な風で吹き飛ばした《転校生》。
仲間たちを率い、最後まで折れることのなかったその背に、どれほど多くのことを教えられただろう。
だから、たとえ本人が文句をつけていようが、村雨にとって彼は『先生』なのだ。あの頃も、そしてこれからもずっと。
(アンタは本当に―――――)
変わんねェなァ、とだけ口にすると、笑いに震えた肩であの頃より少しだけ長くなった黒髪がさらりと揺れた。
END。
2010年も終わりに近付いたので、せめて最後は更新強化月間と称してSSあげてこうかと思った第一弾。
師走=先生=村雨繋がりで珍しくギャンブラーと黄龍さん。
村雨は、お互い日本にいるとき多分3日に1回くらいはひーの家に上がりこんで飯食わせて貰ってます。一応飯代はパチで稼いで入れてそう。
ちなみに同じく居候まがいの相棒は出世払いと言う名の食い逃げ。弟は現物(主に成長後のピヨちゃん)支払。もういいから早く嫁貰え黄龍。
さーてリハビリだ!これから今月終わるまで5日に1回はなんかしらSSあげてくぜー!(と言うだけ言ってみる)
7月7日なので、うちの子たち(魔人&九龍)の短冊でも覗いてみようかという小ネタ。
SSですらありませんがお暇でしたらお付き合い下さい。
九龍「よっしゃー!じゃあまずは俺からッ!」
『ひー兄ちゃんと《宝探し屋》コンビでデビュー』(九龍)
龍麻「無理」
皆守「…一言で切られたな…」
九龍「うわーん!なんで《宿星》は俺を巻き込んでくんナイのー!!」
八千穂「泣かないで九チャン!きっといつか願いは叶うよッ!」
九龍「そ、そーだネやっちー!俺頑張るヨ!あの星に向って!」
龍麻「頑張られても困るんだってば…(ため息)」
『テニスで全国制覇!(ハンバーガーおなかいっぱい食べたい!)』(八千穂)
九龍「…カッコの方が本音?やちさん、もしかしてハラヘリ?」
八千穂「ちちち、違うってば!たたた、短冊が余ってたからだよッ?」
龍麻「…今日のおやつはハンバーガーにしようか」
八千穂「ひ、ひーちゃんまで!ちちち、違うってば!いやえっと、たたた、食べるけど!」
九龍「うんうん、やっちーは可愛いねェ。…ってアレ?なんかツッコミが足りないような…甲やん、お前何してんの」
皆守「うわッ!バカ!見るな!」
『カレー』(皆守)
龍麻「……」
九龍「……」
八千穂「……」
皆守「ッて、黙んなッ!頼むから黙るなァァァ!(半泣)」
九龍「ナイわー、皆守、おま、正直コレはナイわー。『僕、大きくなったらバナナになるー』とか言っていいのは幼稚園かギリで小学校低学年までヨ?」
皆守「『皆守』言うなァァ!ちがッ、カレーになりたいとか言ってねェ!ていうかコレはこの後に続ける言葉を熟考していてだな!?」
八千穂「皆守クン…泣かないでね?あのね、人間は…カレーにはなれないんだよ?!」
皆守「知っとるわァァァ!なんでお前まで哀れんだ目で見てんだ八千穂ォォ!違うって言ってんだろうがァァー!!!」
龍麻「(…みんな、お腹すいてるんだな、きっと)」
皆守「ひーちゃんも黙らないでなんか言ってくれー!(泣)」
京一「…ナンか上が騒がしいが、こっちゃこっちで始めるか。おーい、ひーちゃん!」
龍麻「悪い、遅れた」
醍醐「お前も大変だな、龍麻」
美里「うふふ、おかえりなさい、龍麻」
小蒔「よーし、みんな揃ったしまずはボクからねッ!」
『一撃必殺』(小蒔)
小蒔「『百発百中』と迷ったんだけど、やっぱりこっちがいいかなァって」
京一「…また初っ端からスゲーの来たな、オイ…」
醍醐「ま、まぁ、弓道のことだろう?桜井らしいな!」
美里「うふふ、声が震えてるわよ?醍醐君」
小蒔「もー、みんなコソコソしてなんなのさ。ね、ひーちゃんはどっちがいいと思う?」
龍麻「うーん、要は小蒔が命中精度と破壊力のどっちを重視するかってことだろうな」
小蒔「そっか!そう言われると難しい問題だなァ…」
京一「おーい、ツッコミがいねェぞー、誰か止めろー」
『健康第一』(醍醐)
京一「…これまた一転して地味な…」
醍醐「地味とはなんだ、重要なことだぞ。大体お前は日頃から…」
京一「うおッと!説教スイッチ入った!ひーちゃん助けてくれェ~」
龍麻「いい機会だ、ちゃんと聞いとけよ。大体お前は食生活からして…」
京一「げッ!しくじった!」
小蒔「うーん、ひーちゃんと醍醐クンってなんかお母さんとお父さんみたいだなァ」
美里「…うふふ、醍醐君ったら…お父さんだなんて…」
小蒔「えッ!?なんでなんか怖いの葵ッ!?」
『世界平和』(美里)
京一「!」
醍醐「!」
小蒔「!」
美里「うふふ、ちょっと規模が大き過ぎたかしら?」
龍麻「いや、いい願いだと思うよ」
美里「有難う。龍麻にそう言ってもらえると嬉しいわ」
京一「(美里…たまにゃ普通の聖女モードに戻るんだな…てか七夕の奇跡か?)」
『酒池肉林』(京一)
龍麻「…ある意味終始一貫だな、お前は」
京一「ま、そうホメんなよひーちゃん」
小蒔「どう考えても褒めてないだろッ!」
醍醐「まったくだ」
美里「うふふ、京一君ったら」
京一「…ん?ところでひーちゃん、お前の短冊は?」
龍麻「んー…、俺は、今でも充分幸せだから願い事って言われても思いつかなくてさ」
京一「バカ、んなもん金でも女でも…って不自由してねェかお前の場合…、まぁ昨今流行の吸引力が変わらないナンタラ掃除機とかドラム式がどうとか洗濯機とかでも書いときゃいいだろーが、ッたくお前は」
龍麻「いやだからそこで何故家電…まぁそりゃちょっと欲しいけど」
京一「本当に欲しいのかよ…ほれ、とりあえず貸せ貸せ」
『天下無双』(龍麻)
龍麻「っておい、京一、お前な」
京一「へッ、まァそんだけ書いときゃ大概のこたOKだろ。笹の天辺に吊るしとけよッ」
龍麻「…バーカ、なに気を使ってんだか」
如月「…やれやれ、まったく…こういう時ばかり気が回る相手というのも見ていると腹立たしいね。仕方ない、こういう野暮な願いは僕が吊るしておくとしよう」
『帝戦帖、開発再開祈願』(魔人ファン一同)
終。
てなオチでした!お付き合い有難うございます。最後の願いはいつか叶いますように!
SSですらありませんがお暇でしたらお付き合い下さい。
九龍「よっしゃー!じゃあまずは俺からッ!」
『ひー兄ちゃんと《宝探し屋》コンビでデビュー』(九龍)
龍麻「無理」
皆守「…一言で切られたな…」
九龍「うわーん!なんで《宿星》は俺を巻き込んでくんナイのー!!」
八千穂「泣かないで九チャン!きっといつか願いは叶うよッ!」
九龍「そ、そーだネやっちー!俺頑張るヨ!あの星に向って!」
龍麻「頑張られても困るんだってば…(ため息)」
『テニスで全国制覇!(ハンバーガーおなかいっぱい食べたい!)』(八千穂)
九龍「…カッコの方が本音?やちさん、もしかしてハラヘリ?」
八千穂「ちちち、違うってば!たたた、短冊が余ってたからだよッ?」
龍麻「…今日のおやつはハンバーガーにしようか」
八千穂「ひ、ひーちゃんまで!ちちち、違うってば!いやえっと、たたた、食べるけど!」
九龍「うんうん、やっちーは可愛いねェ。…ってアレ?なんかツッコミが足りないような…甲やん、お前何してんの」
皆守「うわッ!バカ!見るな!」
『カレー』(皆守)
龍麻「……」
九龍「……」
八千穂「……」
皆守「ッて、黙んなッ!頼むから黙るなァァァ!(半泣)」
九龍「ナイわー、皆守、おま、正直コレはナイわー。『僕、大きくなったらバナナになるー』とか言っていいのは幼稚園かギリで小学校低学年までヨ?」
皆守「『皆守』言うなァァ!ちがッ、カレーになりたいとか言ってねェ!ていうかコレはこの後に続ける言葉を熟考していてだな!?」
八千穂「皆守クン…泣かないでね?あのね、人間は…カレーにはなれないんだよ?!」
皆守「知っとるわァァァ!なんでお前まで哀れんだ目で見てんだ八千穂ォォ!違うって言ってんだろうがァァー!!!」
龍麻「(…みんな、お腹すいてるんだな、きっと)」
皆守「ひーちゃんも黙らないでなんか言ってくれー!(泣)」
京一「…ナンか上が騒がしいが、こっちゃこっちで始めるか。おーい、ひーちゃん!」
龍麻「悪い、遅れた」
醍醐「お前も大変だな、龍麻」
美里「うふふ、おかえりなさい、龍麻」
小蒔「よーし、みんな揃ったしまずはボクからねッ!」
『一撃必殺』(小蒔)
小蒔「『百発百中』と迷ったんだけど、やっぱりこっちがいいかなァって」
京一「…また初っ端からスゲーの来たな、オイ…」
醍醐「ま、まぁ、弓道のことだろう?桜井らしいな!」
美里「うふふ、声が震えてるわよ?醍醐君」
小蒔「もー、みんなコソコソしてなんなのさ。ね、ひーちゃんはどっちがいいと思う?」
龍麻「うーん、要は小蒔が命中精度と破壊力のどっちを重視するかってことだろうな」
小蒔「そっか!そう言われると難しい問題だなァ…」
京一「おーい、ツッコミがいねェぞー、誰か止めろー」
『健康第一』(醍醐)
京一「…これまた一転して地味な…」
醍醐「地味とはなんだ、重要なことだぞ。大体お前は日頃から…」
京一「うおッと!説教スイッチ入った!ひーちゃん助けてくれェ~」
龍麻「いい機会だ、ちゃんと聞いとけよ。大体お前は食生活からして…」
京一「げッ!しくじった!」
小蒔「うーん、ひーちゃんと醍醐クンってなんかお母さんとお父さんみたいだなァ」
美里「…うふふ、醍醐君ったら…お父さんだなんて…」
小蒔「えッ!?なんでなんか怖いの葵ッ!?」
『世界平和』(美里)
京一「!」
醍醐「!」
小蒔「!」
美里「うふふ、ちょっと規模が大き過ぎたかしら?」
龍麻「いや、いい願いだと思うよ」
美里「有難う。龍麻にそう言ってもらえると嬉しいわ」
京一「(美里…たまにゃ普通の聖女モードに戻るんだな…てか七夕の奇跡か?)」
『酒池肉林』(京一)
龍麻「…ある意味終始一貫だな、お前は」
京一「ま、そうホメんなよひーちゃん」
小蒔「どう考えても褒めてないだろッ!」
醍醐「まったくだ」
美里「うふふ、京一君ったら」
京一「…ん?ところでひーちゃん、お前の短冊は?」
龍麻「んー…、俺は、今でも充分幸せだから願い事って言われても思いつかなくてさ」
京一「バカ、んなもん金でも女でも…って不自由してねェかお前の場合…、まぁ昨今流行の吸引力が変わらないナンタラ掃除機とかドラム式がどうとか洗濯機とかでも書いときゃいいだろーが、ッたくお前は」
龍麻「いやだからそこで何故家電…まぁそりゃちょっと欲しいけど」
京一「本当に欲しいのかよ…ほれ、とりあえず貸せ貸せ」
『天下無双』(龍麻)
龍麻「っておい、京一、お前な」
京一「へッ、まァそんだけ書いときゃ大概のこたOKだろ。笹の天辺に吊るしとけよッ」
龍麻「…バーカ、なに気を使ってんだか」
如月「…やれやれ、まったく…こういう時ばかり気が回る相手というのも見ていると腹立たしいね。仕方ない、こういう野暮な願いは僕が吊るしておくとしよう」
『帝戦帖、開発再開祈願』(魔人ファン一同)
終。
てなオチでした!お付き合い有難うございます。最後の願いはいつか叶いますように!
四月馬鹿・オチ。(昨日の続きなので注意)
2010年4月2日 二次創作いろいろ昨日のトラップに引っかかった人が果たして居たのか居ないのか。
はい、すみません、結局他にはなにもしてません(爽やかに)
や、なんかやろうかなぁと思ったことは思ったんですが、結局眠気に負けました。
まぁ基本でっかいイベント(主にクリスマスとかバレンタインとか)ですらスルーしてるダメなサイトなので誰も何にも期待してないと思う(笑)のですが、万が一気になってた方がいらしたらごめんなさい。
ていうかなんでラブラブイベントスルーで四月馬鹿だけやる気見せる(見せただけとはいえ)のか。
自分がよく分からない。(おい)
とりあえず、昨日のオチ。
うちの子たちの四月馬鹿です。
↓
セイア「というわけで、まとめてみたぞ」
ゼネス「仕事しろ創世神…」
セイア「あちこちふらふらしとるフリーター神が何を偉そうに」
ゼネス「放浪神だっ!つかそれが仕事だっつってんだろがぁぁぁ!」
セイア「さて、まずはここだ」
【黄龍妖魔】
●緋勇龍麻 「もう家から出ない」
ゼネス「いきなり引き篭もり宣言!?」
セイア「まぁ嘘と言うよりただの愚痴なんだが。ちなみに彼は今年度も絶賛巻き込まれ体質らしいぞ」
ゼネス「…どう足掻いても嘘にしかならんのか…不憫だな…」
●葉佩九龍 「今年こそ九龍2が出るぞー!」
セイア「自虐ネタだ」
ゼネス「はっきり言ってやるな!鬼かお前は!出るかもしれんだろうが!(泣)」
セイア「くくく」
セイア「さて、次はここだな」
【ペルソナ】
●神那姫 玲矢(P1主) 「サトミタダシがカラオケに入ったらしいよ?」
ゼネス「…なんだ?地味に普通のような…?」
セイア「まぁあいつの流す噂は広まると本当になるからな。それを踏まえると…」
ゼネス「平和的、なのか…」
セイア「いや、単に自分が歌いたいだけだろう」
ゼネス「お前と同じ人種かよ!」
●神那姫 静真(P3男主) 「俺、このゲームが終わったら散らかしてた部屋を片付けるんだ…」
ゼネス「死亡フラグと見せかけて、ただの無精の言い訳だろうがコレ」
セイア「ちなみにこの後、姉に笑顔でリセットボタンを押されたらしい」
ゼネス「…まぁ同情の余地はないな」
●神那姫 成美(P3女主) 「実は静真と私は本当の双子じゃなかったり」
ゼネス「似てないからな。意外に効果のある面白い嘘じゃないのか」
セイア「この後、『じゃあ結婚しよう』と即答した弟を彼女の恋人がバス停で殴り飛ばしたとか」
ゼネス「し、修羅場だな…」
●神那姫 有人(P4主) 「最近自室のテレビからクマが出てくるから油断できない」
セイア「周囲は『なんじゃそりゃー!』と大ウケだったらしいが、本人は至って真面目な顔だったそうな」
ゼネス「うーむむむ…」
セイア「では、続いては我々に馴染みの深いここだ」
【表カルド】
●ルーシェン(1主) 「ええと…『メガロドンの配置制限がなくなった!』とか?」
ゼネス「…努力は認める…」
セイア「まぁやろうと思えば本当になくすことも出来るわけなんだがな。…どうでもいいが赤くなるな気持ち悪い」
ゼネス「だっ誰が!!」
セイア「あと、表のお前と表のゴリガンは面倒だから飛ばす」
ゼネス「くっ…別に見たくもないがなんとなく腹立たしい…!」
●ルシウス(2主) 「…『ランドプロテクトの効果範囲が一区画に拡大』…」
ゼネス「…似てるな…?」
セイア「…ふむ、まぁそうだろうな」
ゼネス「???」
セイア「実は、きちんとカルド2のSSの続きが書ければその謎がオチで解けるのだが」
ゼネス「…その前に書いてる奴が死ぬかサイト潰すだろう」
セイア「くくく」
セイア「まぁとりあえず本日はこんなところだ。他にも色々回ろうかと思ったが、この企画自体別段面白くもないのでやめた」
ゼネス「無駄だと思うが一応言っておく。言葉はオブラートに包んで言えぇぇぇ!」
セイア「ま、そんな訳で四月馬鹿終了だ。僕の冒険はまだ始まったばかり!」
ゼネス「10週打ち切りテンプレートも止めろぉぉぉ!!」
すんません、そんな四月馬鹿オチ。>どうでもいい
はい、すみません、結局他にはなにもしてません(爽やかに)
や、なんかやろうかなぁと思ったことは思ったんですが、結局眠気に負けました。
まぁ基本でっかいイベント(主にクリスマスとかバレンタインとか)ですらスルーしてるダメなサイトなので誰も何にも期待してないと思う(笑)のですが、万が一気になってた方がいらしたらごめんなさい。
ていうかなんでラブラブイベントスルーで四月馬鹿だけやる気見せる(見せただけとはいえ)のか。
自分がよく分からない。(おい)
とりあえず、昨日のオチ。
うちの子たちの四月馬鹿です。
↓
セイア「というわけで、まとめてみたぞ」
ゼネス「仕事しろ創世神…」
セイア「あちこちふらふらしとるフリーター神が何を偉そうに」
ゼネス「放浪神だっ!つかそれが仕事だっつってんだろがぁぁぁ!」
セイア「さて、まずはここだ」
【黄龍妖魔】
●緋勇龍麻 「もう家から出ない」
ゼネス「いきなり引き篭もり宣言!?」
セイア「まぁ嘘と言うよりただの愚痴なんだが。ちなみに彼は今年度も絶賛巻き込まれ体質らしいぞ」
ゼネス「…どう足掻いても嘘にしかならんのか…不憫だな…」
●葉佩九龍 「今年こそ九龍2が出るぞー!」
セイア「自虐ネタだ」
ゼネス「はっきり言ってやるな!鬼かお前は!出るかもしれんだろうが!(泣)」
セイア「くくく」
セイア「さて、次はここだな」
【ペルソナ】
●神那姫 玲矢(P1主) 「サトミタダシがカラオケに入ったらしいよ?」
ゼネス「…なんだ?地味に普通のような…?」
セイア「まぁあいつの流す噂は広まると本当になるからな。それを踏まえると…」
ゼネス「平和的、なのか…」
セイア「いや、単に自分が歌いたいだけだろう」
ゼネス「お前と同じ人種かよ!」
●神那姫 静真(P3男主) 「俺、このゲームが終わったら散らかしてた部屋を片付けるんだ…」
ゼネス「死亡フラグと見せかけて、ただの無精の言い訳だろうがコレ」
セイア「ちなみにこの後、姉に笑顔でリセットボタンを押されたらしい」
ゼネス「…まぁ同情の余地はないな」
●神那姫 成美(P3女主) 「実は静真と私は本当の双子じゃなかったり」
ゼネス「似てないからな。意外に効果のある面白い嘘じゃないのか」
セイア「この後、『じゃあ結婚しよう』と即答した弟を彼女の恋人がバス停で殴り飛ばしたとか」
ゼネス「し、修羅場だな…」
●神那姫 有人(P4主) 「最近自室のテレビからクマが出てくるから油断できない」
セイア「周囲は『なんじゃそりゃー!』と大ウケだったらしいが、本人は至って真面目な顔だったそうな」
ゼネス「うーむむむ…」
セイア「では、続いては我々に馴染みの深いここだ」
【表カルド】
●ルーシェン(1主) 「ええと…『メガロドンの配置制限がなくなった!』とか?」
ゼネス「…努力は認める…」
セイア「まぁやろうと思えば本当になくすことも出来るわけなんだがな。…どうでもいいが赤くなるな気持ち悪い」
ゼネス「だっ誰が!!」
セイア「あと、表のお前と表のゴリガンは面倒だから飛ばす」
ゼネス「くっ…別に見たくもないがなんとなく腹立たしい…!」
●ルシウス(2主) 「…『ランドプロテクトの効果範囲が一区画に拡大』…」
ゼネス「…似てるな…?」
セイア「…ふむ、まぁそうだろうな」
ゼネス「???」
セイア「実は、きちんとカルド2のSSの続きが書ければその謎がオチで解けるのだが」
ゼネス「…その前に書いてる奴が死ぬかサイト潰すだろう」
セイア「くくく」
セイア「まぁとりあえず本日はこんなところだ。他にも色々回ろうかと思ったが、この企画自体別段面白くもないのでやめた」
ゼネス「無駄だと思うが一応言っておく。言葉はオブラートに包んで言えぇぇぇ!」
セイア「ま、そんな訳で四月馬鹿終了だ。僕の冒険はまだ始まったばかり!」
ゼネス「10週打ち切りテンプレートも止めろぉぉぉ!!」
すんません、そんな四月馬鹿オチ。>どうでもいい
これは当サイトの「カルドセプト」二次創作に連なるショートショートショートなギャグです。分からない方はさくっとスルーして頂けると重畳。
「暇だとは思わないかゴリガンよ」
暇どころか抑制神としてカルドラ女神に報告書を製作している真っ最中、の佳境も佳境。
そんな言葉が背後から聞こえたのでゴリガンは口から心臓を吐き出すほど驚いた。
というか、実際にどっかのネズミが王様なとこが作ったアニメのごとくハート型の何かを口からびよんと、ついでに目玉もみょんっっと一瞬飛び出させた。
「しばらく見んうちに新たな技を手に入れたな」
いたく感心したように言うかつての…いや今もか…主人に対し、ゴリガンは「誰のせいだぁぁぁ!」とツッコミたいのを我慢した。まぁ思っただけで何故か伝わってしまうので、口に出さなくても今更手遅れなのだが。
「…暇なら仕事をなさっては如何ですか、セイアどの…」
色々なことを諦めてそう言いながら振り向いてみたゴリガンの前で、『創世神』ことセイア・ケイオスは、相変わらず無駄に美形過ぎる顔をにやっと悪魔のそれに歪めて笑った。
「仕事なぞ、基本僕のところに来る前に終わっている。創世神元気で留守がいい、というだろうが」
「亭主はともかく創世神に誰が言うんですか…」
「カルドラ様が」
「おっしゃいません」
既にぐったりしかかっているゴリガンがもう本当に色んなものを諦めてそうばっさり突っ込むと、セイアはやたらと素直にうん、と頷いた。
「まぁ、真っ赤な嘘だからな」
「なんかはっきり言わっしゃった!」
もう1回目玉を飛ばした杖の老爺を面白そうに見やりつつ、セイアはそれでもどこか神妙な表情を浮かべた。
「まぁとりあえず目玉を引っ込めて聞け、ゴリガンよ。実は今日はセレスティアでは罪のない嘘を吐いて隣人を楽しませるという祭りの日でな」
「はぁ」
セレスティアというのはセイアが創世神になったときに初めて作った世界のことだ。
それなりにごたごたした時期も勿論あったが、今ではかなり穏やかで住み良い世界になっているそうである。ちなみに「創世神がコレなのにその民はなんで出来が良いんだ」と真顔で呟いた某放浪神がどんな末路を辿ったかは、まぁ別の話である。
しかしそんな祭りがいつ出来たのだろう、と微妙にゴリガンが警戒していると、セイアは本当に本当にほんっとぉぉぉぉぉに珍しいのだが、かなり真面目な顔で「つい最近、そうだな、精霊神によると100年ほど前かららしい」と答えてくれた。
「で、折角なので民のために僕も何か嘘でも吐いてみるかと思ったのだが、どこぞの放浪神が『お前に害のない嘘が吐けるわけがあるか』などと何の嘘も含まれていないKYなことを言うのでな」
そのKYな放浪神はどんな目に合ったのだろう。
しかし流石のゴリガンもそれ以上は聞けなかった。ので、とりあえず手向けの花代わりに突っ込んでおいた。
「害のある嘘しか吐けないと認めて良いのですか創世神が」
「僕は根が正直なのだ」
が、やはりあっさり返された。
あーはいはい、と返事をする気力もなくして髭だけ揺らす。
いつもであればそんな態度をするとぞっと青ざめるような笑顔を向けられる未来が待っているのだが、今日はほんっとぉぉぉぉぉに珍しくそれも無かった。
ふとそれに気付き、なんだかだんだんゴリガンは怖くなってきた。
いつも通りと言えばいつも通りのセイアとの会話なのだが、何かが地味におかしい。
そもそもセイアがいつもの『くくく』という邪悪な笑い声を一度も立てていないのだ。
(ど、どういうことじゃ…?)
悪夢の創世神と恐れられる彼が『あの笑い』をしていない時というのは、記憶にある限り2種類の状況しかなかった。
1つはセイアが退屈している時。
もう1つはごくごくごくごーーーーく稀だが、セイアが真面目な時。
どちらなのだろう。
とは言えどう考えても今は真面目になる時ではない気がした。
つまりはーーーーーーー。
じわじわと身の内から冷たい汗が染み出てくるのを感じつつ、ゴリガンは恐る恐る話の続きを促してみた。
「そ、それで、どうなさったのですか、な?」
すると、セイアはふう、と短く息を吐き出して、しみじみと言った。
「うむ、僕に向いていない祭りであれば、逆に向いていそうな相手から面白い『嘘』とやらを集めて披露してみるのも一興かと思ってな、本来ならば幾つか世界を回ってみよーと思ったのだが、流石に僕も時間が無い」
そこで言葉を止めたセイアはびらり、とどこからか一枚の紙を取り出した。そこにはいくつかの見たことも無い名前が記されている。
「さて、ここで質問だ。…何処へ行くのが一番良いと思うか示してみるといい」
「黄龍」世界
「ペルソナ」世界
「『表』カルドセプト」世界
「その他色々」世界
「…まぁ、クリックしてもどこへも飛ばないわけだが」
「なんでいきなり読んでる人を騙しとるんですかぁぁぁぁ!!!」
ゴリガンの腹の底からのツッコミに、ようやく創世神は「くくく」といつもの邪悪な笑みを漏らした。
「言っただろう、ゴリガン」
美貌の創世神は、永遠に変わらない少年の姿で楽しそうに言う。
「今日は嘘を吐く日なのだ」
あーはいはい。
そして従者は今日もため息を吐いた。
END。
セイア「と、いうわけで僕だ」
ゴリガン「え!?なんで後書きまで出張っとるんですかセイアどの!?」
ゼネス「というか、そもそもなんでお前なんだ。なんでイベント企画っぽいSSなのに旬を外したどころか表の主人公でもない今一番どうでもよさげなお前なんだ」
ゴリガン「(あ、生きとった)」
セイア「くくく、それは勿論、『誰も期待していない』からだ」
ゴリガン・ゼネス「自分で言ったよ!!」
セイア「つまりタイトルを見ただけで『あーなんだ、単なるSSかー』とカルドに興味ない人は引き返し、うっかり内容を読んだ人間は『えっ企画なの?』と勘違いしてクリックする、という寸法だな」
ゼネス「…お前は本当に嫌がらせしか出来ない生き物だな…」
セイア「大体、クリスマスだとかバレンタインだとかホワイトデーだとかいくらでも盛り上がりそうな時期ですら更新スルーなこのサイトで、何故に四月馬鹿だけ企画をすると思うのだ。そんなわけ無かろうが」
ゼネス「…酷いな…色々と」
ゴリガン「酷すぎますな…全てにおいて」
まぁそんな四月馬鹿です。
クリックはできません。
できません、が、もしかしたらどこかに何かを投下するかもしないかも。
それも嘘かもホントかも。きひひ。
「暇だとは思わないかゴリガンよ」
暇どころか抑制神としてカルドラ女神に報告書を製作している真っ最中、の佳境も佳境。
そんな言葉が背後から聞こえたのでゴリガンは口から心臓を吐き出すほど驚いた。
というか、実際にどっかのネズミが王様なとこが作ったアニメのごとくハート型の何かを口からびよんと、ついでに目玉もみょんっっと一瞬飛び出させた。
「しばらく見んうちに新たな技を手に入れたな」
いたく感心したように言うかつての…いや今もか…主人に対し、ゴリガンは「誰のせいだぁぁぁ!」とツッコミたいのを我慢した。まぁ思っただけで何故か伝わってしまうので、口に出さなくても今更手遅れなのだが。
「…暇なら仕事をなさっては如何ですか、セイアどの…」
色々なことを諦めてそう言いながら振り向いてみたゴリガンの前で、『創世神』ことセイア・ケイオスは、相変わらず無駄に美形過ぎる顔をにやっと悪魔のそれに歪めて笑った。
「仕事なぞ、基本僕のところに来る前に終わっている。創世神元気で留守がいい、というだろうが」
「亭主はともかく創世神に誰が言うんですか…」
「カルドラ様が」
「おっしゃいません」
既にぐったりしかかっているゴリガンがもう本当に色んなものを諦めてそうばっさり突っ込むと、セイアはやたらと素直にうん、と頷いた。
「まぁ、真っ赤な嘘だからな」
「なんかはっきり言わっしゃった!」
もう1回目玉を飛ばした杖の老爺を面白そうに見やりつつ、セイアはそれでもどこか神妙な表情を浮かべた。
「まぁとりあえず目玉を引っ込めて聞け、ゴリガンよ。実は今日はセレスティアでは罪のない嘘を吐いて隣人を楽しませるという祭りの日でな」
「はぁ」
セレスティアというのはセイアが創世神になったときに初めて作った世界のことだ。
それなりにごたごたした時期も勿論あったが、今ではかなり穏やかで住み良い世界になっているそうである。ちなみに「創世神がコレなのにその民はなんで出来が良いんだ」と真顔で呟いた某放浪神がどんな末路を辿ったかは、まぁ別の話である。
しかしそんな祭りがいつ出来たのだろう、と微妙にゴリガンが警戒していると、セイアは本当に本当にほんっとぉぉぉぉぉに珍しいのだが、かなり真面目な顔で「つい最近、そうだな、精霊神によると100年ほど前かららしい」と答えてくれた。
「で、折角なので民のために僕も何か嘘でも吐いてみるかと思ったのだが、どこぞの放浪神が『お前に害のない嘘が吐けるわけがあるか』などと何の嘘も含まれていないKYなことを言うのでな」
そのKYな放浪神はどんな目に合ったのだろう。
しかし流石のゴリガンもそれ以上は聞けなかった。ので、とりあえず手向けの花代わりに突っ込んでおいた。
「害のある嘘しか吐けないと認めて良いのですか創世神が」
「僕は根が正直なのだ」
が、やはりあっさり返された。
あーはいはい、と返事をする気力もなくして髭だけ揺らす。
いつもであればそんな態度をするとぞっと青ざめるような笑顔を向けられる未来が待っているのだが、今日はほんっとぉぉぉぉぉに珍しくそれも無かった。
ふとそれに気付き、なんだかだんだんゴリガンは怖くなってきた。
いつも通りと言えばいつも通りのセイアとの会話なのだが、何かが地味におかしい。
そもそもセイアがいつもの『くくく』という邪悪な笑い声を一度も立てていないのだ。
(ど、どういうことじゃ…?)
悪夢の創世神と恐れられる彼が『あの笑い』をしていない時というのは、記憶にある限り2種類の状況しかなかった。
1つはセイアが退屈している時。
もう1つはごくごくごくごーーーーく稀だが、セイアが真面目な時。
どちらなのだろう。
とは言えどう考えても今は真面目になる時ではない気がした。
つまりはーーーーーーー。
じわじわと身の内から冷たい汗が染み出てくるのを感じつつ、ゴリガンは恐る恐る話の続きを促してみた。
「そ、それで、どうなさったのですか、な?」
すると、セイアはふう、と短く息を吐き出して、しみじみと言った。
「うむ、僕に向いていない祭りであれば、逆に向いていそうな相手から面白い『嘘』とやらを集めて披露してみるのも一興かと思ってな、本来ならば幾つか世界を回ってみよーと思ったのだが、流石に僕も時間が無い」
そこで言葉を止めたセイアはびらり、とどこからか一枚の紙を取り出した。そこにはいくつかの見たことも無い名前が記されている。
「さて、ここで質問だ。…何処へ行くのが一番良いと思うか示してみるといい」
「黄龍」世界
「ペルソナ」世界
「『表』カルドセプト」世界
「その他色々」世界
「…まぁ、クリックしてもどこへも飛ばないわけだが」
「なんでいきなり読んでる人を騙しとるんですかぁぁぁぁ!!!」
ゴリガンの腹の底からのツッコミに、ようやく創世神は「くくく」といつもの邪悪な笑みを漏らした。
「言っただろう、ゴリガン」
美貌の創世神は、永遠に変わらない少年の姿で楽しそうに言う。
「今日は嘘を吐く日なのだ」
あーはいはい。
そして従者は今日もため息を吐いた。
END。
セイア「と、いうわけで僕だ」
ゴリガン「え!?なんで後書きまで出張っとるんですかセイアどの!?」
ゼネス「というか、そもそもなんでお前なんだ。なんでイベント企画っぽいSSなのに旬を外したどころか表の主人公でもない今一番どうでもよさげなお前なんだ」
ゴリガン「(あ、生きとった)」
セイア「くくく、それは勿論、『誰も期待していない』からだ」
ゴリガン・ゼネス「自分で言ったよ!!」
セイア「つまりタイトルを見ただけで『あーなんだ、単なるSSかー』とカルドに興味ない人は引き返し、うっかり内容を読んだ人間は『えっ企画なの?』と勘違いしてクリックする、という寸法だな」
ゼネス「…お前は本当に嫌がらせしか出来ない生き物だな…」
セイア「大体、クリスマスだとかバレンタインだとかホワイトデーだとかいくらでも盛り上がりそうな時期ですら更新スルーなこのサイトで、何故に四月馬鹿だけ企画をすると思うのだ。そんなわけ無かろうが」
ゼネス「…酷いな…色々と」
ゴリガン「酷すぎますな…全てにおいて」
まぁそんな四月馬鹿です。
クリックはできません。
できません、が、もしかしたらどこかに何かを投下するかもしないかも。
それも嘘かもホントかも。きひひ。
P3P二次創作SS・10。【P3Pネタばれ&カプあり注意!】
2010年1月20日 二次創作いろいろこれはP3Pの当サイト主人公たちの二次創作です。オリジナル設定満載&フェスネタばれ前提ですので読まれる際はご注意ください。
荒女主前提で、男主とガキさんの話。本当の馴れ初めというか。
今回は珍しく一部出てくる登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
超シスコンと普通のブラコンな仲良し男女双子の主人公。男子(フェスクリア後封印中)はザベス、女子(P3P1周目トライ中)はガキさんがそれぞれのお相手。
P1主・玲矢(れいや)は「兄」(※引き取られ先の長男)で、P4主・有人(あると)が「はとこ」な主人公一族。
苗字は全員「神那姫(かんなぎ)」です。
色々オリジナル入ってますので詳しくはサイトのSS「時を告げる」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
それはとある休日の昼下がり。
時間を持て余した荒垣は、やや遅い昼食を外で取ろうと部屋を出た。
階段を下り、無人のラウンジに足を踏み入れた数歩の後、ふと足元に異物を見つけ立ち止まる。葉書より少し小さな白い長方形の紙。ゴミか何かだろうか、と何気なく手を伸ばして気が付いた。
(写真…か)
携帯やパソコンの普及が進み、昨今は見ることも少なくなってきた印象のあるそれを拾い上げる。
写っているものを確認すれば持ち主が分かるだろう。
そんな軽い気持ちで写真を引っくり返した荒垣は、表に写ったものを見て少し驚いた。
2人の人物が写っている。
その内1人は荒垣が知らない人間だったが、もう1人は良く知っている人間、のはずだ。
驚いたのは、その『知っている方』が普段とは全く違った人間に見えたからだった。
「…神那姫、か?」
呟いた言葉が聞こえたわけではないだろう。が、丁度その瞬間ものすごい勢いで玄関の扉が開き、写真の人物が飛び込んできた。相変わらずの無表情ながら、酷く焦った様子の少年。
――――特別課外活動部、現場リーダー・神那姫静真。
一般的には知られることのない時間の中でそんな立場を担った彼は、写真と本人の登場との相乗効果に一瞬驚いて固まった荒垣を見付け、ついでその手に自分の探していたものを見付け、焦りから一転うんうん、となにやら納得したように頷いた。
「有難うございます。これを失くしたら割腹の後に市中引き回しの上獄門レベルの大失敗でした」
「…割腹の後は引き回せねぇだろ…」
台詞の内容はともかく感謝しているのは本気なようなので、荒垣は小さくツッコミを入れただけで写真を返してやる。
「どうも」
受け取った静真の表情はいつもと変わらない。だがそれは「変えられない」だけだということを、ひょんなことから荒垣は知っていた。
飄々とし、何事にも関心の薄い個人主義者。
そんな風に言われる彼が、かつて酷い心的障害を受け、以降『表情』を失ってしまったということを。
「…」
写真をじっと見詰める静真の目は、無表情を補って余りあるほどに優しく愛しげに見える。
その目が写真の彼と同じものだと理解し、荒垣は先ほど驚きと共に思ったことが事実だったのだろうと納得した。
(朴念仁かと思いきや、か)
写真に写ったもう1人の人物は、静真と寄り添って笑う見知らぬ制服の『少女』だった。
そんな話も噂もついぞ聞いたことはなかったが、おそらくは静真の恋人なのだろう。
何も聞かないうちからそう思うほどに、2人は写真の中でとても仲良く幸せそうに見えた。
モテるくせに全然女に興味がない!と順平から軽い嫉妬交じりの評価をされていた静真だが、以前の学校に恋人がいるのならばそれも当然のことか。
それに。
(あれだけの美人なら、そりゃ周りも目に入らねぇだろうよ)
写真の少女は、いわゆる『美少年』である静真(ただし、黙っていれば、という注釈が付くが)と並んでいても、まったく見劣りがしない。
それどころか、周りの女が黙って逃げ出すだろう『美少女』だった。
整った顔立ちをしているというのも勿論だが、それ以上に彼女を印象付けるのは見た者が自然とつられてしまいそうな鮮やかな笑顔だ。
あの笑顔を向けられたら、大概の人間は彼女に好意を抱くのではないだろうか。
(…て、俺が考えるこっちゃねぇが)
色恋に疎い自分がそう思うくらいなのだから、当の『彼氏』にしてみればそれ以上に違いない。
荒垣は自論に妙な説得力を感じ、黙ったままでなんとなく頷いた。すると、不意に静真が勢い良く顔を上げる。
「!?」
その顔の上げ方がホラー映画の金字塔【エクソシスト】を髣髴とさせる首の回りっぷりだったので、流石の荒垣も二歩ほど後ろによろめく。…悲鳴を上げなかったのは彼なりのプライドが勝った結果だ。
しかしそんな荒垣の様子など意に介さず、静真はどことなく勝ち誇ったような気配で言い放った。
「…このものすごい可愛い子は誰だ、とか聞かないんですか」
「…は?」
仰け反りかけた身体を元に戻しつつ声を吐き出すと、静真が畳み掛けるように言葉を続けた。
「聞きたいんじゃありませんか。聞きたいですよね。聞いたほうがいいと思いますが」
「…要するに、聞かせたいんだな?」
「はい」
一言で終わった。
がくりと自分の肩が脱力するのを感じ、荒垣は何もかも諦めたようにため息を吐いた。
「…分かった…いいからとっとと話せ…」
要するに可愛い彼女のことをノロケたいのだろう。
しばしあらゆる言語を右の耳から左の耳にスルーする覚悟でポケットに手を突っ込み、近くのテーブルに軽く寄りかかる。昼食が夕食になる予感になんとなく苛立ちを覚えつつも、さぁ来い、と次の言葉を待ち構えた、その時。
「やっぱり荒垣さんも可愛いと思いますか。そりゃ普通思いますよね。思うべきです。超可愛いですから俺の双子の姉は」
予想外過ぎる単語に荒垣はそのまま背中からずり落ちて、床に腰と肘を打った。
「痛てぇ!」
とりあえず何の捻りもなくそう叫んだ荒垣を、冷ややかに(見えるだけかもしれないが、おそらく今回は本当に見たままだろう)見下ろした静真がぼそりと呟く。
「…ポケットに手を突っ込んでると危ないですよ」
「お前が言うな!つか違う!」
何故かポケットに手を突っ込んだまま全速力でダッシュする後輩に腹の底から突っ込んでから、荒垣は自分がコケた理由を思い出して飛び起きた。
「いたのか姉!?てかさっきのがお前の『姉』!?その上『双子』とか言ったか!?」
「双子ってったら双子です。大切なことなので二度言いました」
「ちょ、待て、おい」
普段であれば容赦なく拳骨を入れただろうボケもスルーし、荒垣はもう一度写真を穴が開くほど眺めた。
…似てない。
というか、そもそもあらゆる部分で色合いが全く違う。
例えるなら静真という少年は「夜」の色をしている。ダークブルーの髪と目。表情を失っているからという理由もあるが、長い前髪に隠された顔立ちはどこか整いすぎ、人形を思わせるときすらある。
ところが彼の『双子の姉』と言われる少女は、正反対の「朝」の色を纏っていた。高く結い上げた長い髪は明るい茶色、瞳は真紅。その笑顔は闇を寄せつけない生気に溢れ、美しい顔立ちであるのに人を拒絶するような冷たさとは無縁だ。
敢えて共通点を探すのならば、どちらも水準以上の美形だということくらいか。
対照的過ぎる2人を幾度も見比べ、荒垣は結局ため息を吐いた。
「…いや、有り得ねぇだろ。似てるとか似てない以前に遺伝子的におかしいにも程がある」
「…なんかものすごく失礼なことを言われてませんか俺」
「知るか!」
不服そうな言葉を先ほどの復讐ではないが一言で切り捨てる。
確かに失礼な話だと思わなくもないが、そこで気遣いが必要なほどこの後輩が繊細ではないことも荒垣は重々承知していた。事実ぶつぶつとなにやら文句を言っているようだが、凹んでる様子は微塵もない。
まさか冗談か、とも思いかけたが、それを口にする前に写真を掲げて本人が反論した。
「二卵性とはいえ正真正銘の双子ですよ。こんな美少女に俺以外の双子の弟がいるように見えますか」
「…意味がわからねぇが」
「まぁそうでしょうね」
「納得するなら最初から言うな!」
まだ痛む肘をさすりながら怒鳴ると、静真はこくこくと素直に(?)頷いた。
「…で、なんだ、要するに正真正銘血の繋がった本物のお前の双子の姉だとして、だ」
「だから本当に双子の姉です」
被せる主張を無視して続ける。
「結局、何が言いたかったんだ」
「俺の姉が可愛いという自慢です」
「何の誤魔化しも無く言い切りやがったなてめぇ…」
大体予想がついていたので、今度はコケずに済んだ。
要するに、この後輩は。
「あ、シスコンです、俺」
「今更言われなくても分かったっつーんだよ!」
怒鳴り声と共に、今度こそ荒垣の拳骨が静真の脳天をド突いた。
「…しかしまぁ、随分と仲の良い姉弟なんだな」
何気なく呟くと、静真は不思議そうに首を捻った。
痛そうに頭をさすりさすりしながらも懲りずに姉自慢を続けようとする彼は、どうやらそんなことは当たり前だと思っているようだ。
双子とはいえ男女の姉弟、普通は一定の年齢以上になれば多少距離が開くのではないだろうか。恋人と見間違うほどにべったりくっついているというのは珍しいだろうと荒垣は言いかけて、ふと気付いた。
彼らにはもう、お互いしか『血の繋がった家族』はいないのだ。
「…あんまそーいうの気にしなくていいですよ」
一瞬黙り込んだ荒垣に、意外と人の感情を読むことに長けている現場リーダーはさらっと言ってのけた。
「両親がいないっていうのが原因のひとつなのは否定しませんけど、その前から俺は天下無双のシスコンでしたから」
「…大変だな、お前の姉ちゃん」
フォローなのか自慢なのかよく分からない台詞だが、それは荒垣を少しほっとさせた。
いまいち掴みどころの無い「変な奴」ではあるが、静真のこうした強さは荒垣にとって素直に尊敬できるものだ。自分や、自分の兄弟ともいうべき真田がいつまでも過去に囚われているのに対し、それ以上に過酷といってもいい過去を持つ彼はその傷跡すら笑い話にして未来を向く。その輝きこそがおそらく彼を「リーダー」たらしめているのだろう。そして、それを支えているのが、きっと。
「…『成美』って言います、俺の姉…ていうか、俺の半身、ですけど」
穏やかな声音で語り始めた静真の目は、どこか遠いところを見詰めていた。
「基本しっかり者のくせに、変なとこドジで…いつも一生懸命で、人の知らないとこでこっそり無理すんです。…お人好し、だから」
その表情は変わらない。けれど、写真を持つ手がほんの少し震えていることに、荒垣は気付かない振りをした。
「俺がこんな風になった時も…成美はずっと謝ってた。成美のせいじゃないのに。自分だって充分辛かったくせに『何も出来なくてごめんね』って何度も何度も。…それから、ずっと泣かないんです、あいつ」
「…泣かない?」
思わず問いかけ直した声に、視線はそのままで静真が頷く。
「これからは、俺の為にしか泣かないんだ、って。…自分が泣きたいときは、ぐっしゃぐしゃの顔してても必死で我慢すんです。本当は、ものすごい泣き虫だから、もう99%は泣いてるぞって状態なのに『泣いてない!』って意地張って…でも、俺が悲しかったりすると敏感に気付いて、目が溶けるんじゃないかってくらい泣くんですよ。自分はもう泣かないから、俺の分を代わりに泣く、それ以外のときは、俺がずっと楽しい気持ちでいられるようにいつも笑う、って」
「…!」
荒垣は、声も無く息を呑んだ。
写真に写った、少女の屈託の無い明るい笑顔。それを思い返して愕然とする。あの裏にそれほどの決意が隠されているなどと、一体誰が気付くのだろう。
そしてそれと同時に強く思う。確かに彼女は、この少年の『半身』なのだと。
「成美がいてくれたから…俺は、何を無くしても折れずに真っ直ぐ進んでこれた。…あいつ、いつも俺より重い方背負おうとするんです。双子だけど、『お姉ちゃん』だから。滅多にそんなこと言わないくせに、いざって時ばっかり年上の顔して。自分こそ、危なっかしくてほっとけないタイプだってのに、俺のことばっかり。…俺は…俺なんか、どうでも、いいのに。成美が、成美のために笑ってるなら、それだけでいいのに」
抑揚の無い声だが、それが彼の精一杯の悲しみを表現していることは容易に分かった。
(…ああ、結局似てるのか)
会ったことが無い。けれど分かる。彼らは互いの為には誰よりも強く、そして、互いの為にだけは酷く脆いのだ。
――――掛け替えの無い、『半身』故に。
「…おめぇの姉貴もそうなんだろ」
呟いた言葉に、静真がはっとしたように顔を上げた。
「お前の為に自分の感情くれてやろうってくらい、お前は姉貴に好かれてんだろ。だってのにてめぇで『どうでもいい』なんて言うんじゃねぇよ。そんなの聞かされたら、余計に悲しむに決まってんだろうが。大事な女、てめぇで泣かせてどうすんだ」
声にした長い言葉に、自分でも少し驚く。
…どうしてそこまで言ったのか分からない。けれど何故か、あの少女が悲しむのだろうと思ったら勝手に口が動いた。泣かせたくないと、思った。
(…らしくねぇ、な)
自分が引き摺る過去への感傷なのか、それとも、と思いかけてやめた。理由は分からないが、それに気付いてしまったら忘れていたかった何かを自分の内側から引っ張り出してしまいそうで。
僅かな沈黙の後、不意に静真がひとつ大きなため息を吐く。
「分かってます。成美は、俺のこと好きです。そりゃもう大好きです。自信あります。両思いです。ちょーラブラブです」
「…おい」
「でもね」
突然ノロケ始めた後輩にもう一発拳骨を食らわせるべきか一瞬悩んだ荒垣は、その次の言葉に拳を引っ込めた。
「…俺の方が、もっと、ずっと、成美を好きなんですよ」
そう言った静真の表情は、ほんの少しだけ笑えているように見えた。
「…成る程な、よく分かった。有難うなシンジ」
「チッ…」
やたらと元気のいい幼馴染の声に、多少の苛立ちを覚えて舌打ちが漏れる。不機嫌さを隠すつもりもなく、荒垣は吐き捨てるように告げた。
「いい加減にしろアキ、こちとらてめえの遊びにいつまでも付き合っちゃいらんねぇんだよ」
「まぁそう言うな。いいから一度戻ってきてみろよ。美鶴の希望で新しく現場の『リーダー』になったそいつがとにかく凄い能力を持っていてだな…」
「…相変わらず人の話を聞きやしねぇなてめぇは…」
酷くテンションの上がった彼は、聞いてもいないのに先程からこの春に起きた様々な変化を熱く語っていた。
新たなペルソナ使いと、ついに踏み込んだタルタロス内部、巨大なシャドウ、そして。
「うちに新しく転校してきた2年なんだが、複数のペルソナを付け替えることができる」
「ペルソナを、付け替える…」
ペルソナ使いの中でも、類を見ない特殊な力を持つ『リーダー』のこと。
「ああ、お前も見たらきっと驚くぞ、神那姫の力は」
「…かんなぎ…?」
「知っているのか?」
その名を聞いた瞬間、何かが記憶の片隅で引っかかった。
どこかで、これと同じ話を聞いた気がする。その名前を持つ人間を、その能力を、どこかで知っていたような。
(…んな馬鹿な)
奇妙な既視感を、荒垣は無言で振り捨てた。珍しい名前だ、聞いたことがあればもう少し覚えているだろう。ましてやそんな特殊能力者など、見ていれば忘れるわけがない。
「…いや、別に」
微妙な間を置いて否定した荒垣を、真田は特に気にする様子もなくあっさりと頷いた。
「そうか。まぁ一度会えば忘れられないような奴だからな、今度お前にも会わせて…」
言いかけたその時、突然賑やかな声が廊下から響いたかと思うと病室の扉が開いた。
「ウィース!真田せんぱーい元気すかー?」
「病院で元気とかないでしょ、ったく…あ、お見舞いに来ましたー!!」
月光館の制服を着た少年少女が元気よく入ってきて、自分と目が合い、一瞬止まる。
「あ、あの、おトモダチ、でしたか」
「す、すみません!」
「なんだお前たち、全員で来たのか?見舞いなんて大げさな、ただの検査入院だって言ったろ」
慌てた様子で謝る彼らに笑顔で答える真田に少し驚く。取り巻きは多いが友人は少ないこの男が、そんな風に笑う相手はあまりいない。おそらく彼らが「新たなペルソナ使い」たちなのだろう。
(…まぁ、俺にはもう関係ねぇ話だが)
頃合だ、と身を翻す。
「もういいだろ、俺は帰るぜ」
「…ああ、すまなかったな」
ぴたっと壁に張り付くようにして扉までの道を開ける『後輩』たちの横を通り過ぎようとして、不意に違和感に目を向ける。
視界に入ったのは、明るい「朝」の色。
(…違、う?)
かつてそこは、「夜」の色の位置ではなかったか。
そう考えた後で、自分自身でその思考の意味が分からずに困惑する。
(なんだ、これは…)
酷く自分の記憶が曖昧に感じられ、軽い眩暈を覚えた、その時。
ふわりと、明るい茶色が空気を含んで跳ねる。
視界に入ったのは、鮮やかな真紅。
「…!」
美しい、少女だった。
ほんの少し怯えを含みながらも真っ直ぐにこちらを見詰めるその瞳に、呼吸が止まる。
一目見た瞬間、その姿が焼きついてしまうような不思議な存在感。
緊張した面持ちで一生懸命に背筋を伸ばす小柄な姿を今初めて見たはずなのに。
何故だろうか、彼女の笑顔を知っている気がした。
「…お前」
「は、はいっ!?」
まさか声をかけられるとは思っていなかったのだろう。柔らかく高い声が、ひどく慌てて返事を返す。
その初めて聞く響きに、はっと我に返った。自分は一体、何をしているのか。
「…いや、なんでもねぇ」
「……?」
曖昧に誤魔化し、足早に病室を出る。真紅の瞳が不思議そうにその背を追っていると気付いていたが、荒垣はもう振り返らなかった。
脳裏に映る『知らないはずの笑顔』が、そこにはないのだと分かっていたから。
「――――だから、うちの成美はそう簡単にはあげられませんよ」
「…て、なんでそれを俺に言う」
突然じとっと見上げる視線に何故だか居心地の悪い思いを抱き、荒垣はわざと眉根を寄せて不機嫌な表情を作る。
しかし当の静真は少しも怯まず、ぐいと右手の親指で自分の口の端を持ち上げて見せた。
「!」
吊りあがった唇の端のせいで、いつもの無表情が突然シニカルな笑みに変わる。
その、何もかもを見透かしたような自作の『表情』で、自称『天下無双のシスコン』は告げた。
「…だって先輩、成美に『惚れた』でしょう」
END。
実はフェスのとき既に一目惚れしてた荒垣さん、とか。
荒女主前提で、男主とガキさんの話。本当の馴れ初めというか。
今回は珍しく一部出てくる登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
超シスコンと普通のブラコンな仲良し男女双子の主人公。男子(フェスクリア後封印中)はザベス、女子(P3P1周目トライ中)はガキさんがそれぞれのお相手。
P1主・玲矢(れいや)は「兄」(※引き取られ先の長男)で、P4主・有人(あると)が「はとこ」な主人公一族。
苗字は全員「神那姫(かんなぎ)」です。
色々オリジナル入ってますので詳しくはサイトのSS「時を告げる」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
それはとある休日の昼下がり。
時間を持て余した荒垣は、やや遅い昼食を外で取ろうと部屋を出た。
階段を下り、無人のラウンジに足を踏み入れた数歩の後、ふと足元に異物を見つけ立ち止まる。葉書より少し小さな白い長方形の紙。ゴミか何かだろうか、と何気なく手を伸ばして気が付いた。
(写真…か)
携帯やパソコンの普及が進み、昨今は見ることも少なくなってきた印象のあるそれを拾い上げる。
写っているものを確認すれば持ち主が分かるだろう。
そんな軽い気持ちで写真を引っくり返した荒垣は、表に写ったものを見て少し驚いた。
2人の人物が写っている。
その内1人は荒垣が知らない人間だったが、もう1人は良く知っている人間、のはずだ。
驚いたのは、その『知っている方』が普段とは全く違った人間に見えたからだった。
「…神那姫、か?」
呟いた言葉が聞こえたわけではないだろう。が、丁度その瞬間ものすごい勢いで玄関の扉が開き、写真の人物が飛び込んできた。相変わらずの無表情ながら、酷く焦った様子の少年。
――――特別課外活動部、現場リーダー・神那姫静真。
一般的には知られることのない時間の中でそんな立場を担った彼は、写真と本人の登場との相乗効果に一瞬驚いて固まった荒垣を見付け、ついでその手に自分の探していたものを見付け、焦りから一転うんうん、となにやら納得したように頷いた。
「有難うございます。これを失くしたら割腹の後に市中引き回しの上獄門レベルの大失敗でした」
「…割腹の後は引き回せねぇだろ…」
台詞の内容はともかく感謝しているのは本気なようなので、荒垣は小さくツッコミを入れただけで写真を返してやる。
「どうも」
受け取った静真の表情はいつもと変わらない。だがそれは「変えられない」だけだということを、ひょんなことから荒垣は知っていた。
飄々とし、何事にも関心の薄い個人主義者。
そんな風に言われる彼が、かつて酷い心的障害を受け、以降『表情』を失ってしまったということを。
「…」
写真をじっと見詰める静真の目は、無表情を補って余りあるほどに優しく愛しげに見える。
その目が写真の彼と同じものだと理解し、荒垣は先ほど驚きと共に思ったことが事実だったのだろうと納得した。
(朴念仁かと思いきや、か)
写真に写ったもう1人の人物は、静真と寄り添って笑う見知らぬ制服の『少女』だった。
そんな話も噂もついぞ聞いたことはなかったが、おそらくは静真の恋人なのだろう。
何も聞かないうちからそう思うほどに、2人は写真の中でとても仲良く幸せそうに見えた。
モテるくせに全然女に興味がない!と順平から軽い嫉妬交じりの評価をされていた静真だが、以前の学校に恋人がいるのならばそれも当然のことか。
それに。
(あれだけの美人なら、そりゃ周りも目に入らねぇだろうよ)
写真の少女は、いわゆる『美少年』である静真(ただし、黙っていれば、という注釈が付くが)と並んでいても、まったく見劣りがしない。
それどころか、周りの女が黙って逃げ出すだろう『美少女』だった。
整った顔立ちをしているというのも勿論だが、それ以上に彼女を印象付けるのは見た者が自然とつられてしまいそうな鮮やかな笑顔だ。
あの笑顔を向けられたら、大概の人間は彼女に好意を抱くのではないだろうか。
(…て、俺が考えるこっちゃねぇが)
色恋に疎い自分がそう思うくらいなのだから、当の『彼氏』にしてみればそれ以上に違いない。
荒垣は自論に妙な説得力を感じ、黙ったままでなんとなく頷いた。すると、不意に静真が勢い良く顔を上げる。
「!?」
その顔の上げ方がホラー映画の金字塔【エクソシスト】を髣髴とさせる首の回りっぷりだったので、流石の荒垣も二歩ほど後ろによろめく。…悲鳴を上げなかったのは彼なりのプライドが勝った結果だ。
しかしそんな荒垣の様子など意に介さず、静真はどことなく勝ち誇ったような気配で言い放った。
「…このものすごい可愛い子は誰だ、とか聞かないんですか」
「…は?」
仰け反りかけた身体を元に戻しつつ声を吐き出すと、静真が畳み掛けるように言葉を続けた。
「聞きたいんじゃありませんか。聞きたいですよね。聞いたほうがいいと思いますが」
「…要するに、聞かせたいんだな?」
「はい」
一言で終わった。
がくりと自分の肩が脱力するのを感じ、荒垣は何もかも諦めたようにため息を吐いた。
「…分かった…いいからとっとと話せ…」
要するに可愛い彼女のことをノロケたいのだろう。
しばしあらゆる言語を右の耳から左の耳にスルーする覚悟でポケットに手を突っ込み、近くのテーブルに軽く寄りかかる。昼食が夕食になる予感になんとなく苛立ちを覚えつつも、さぁ来い、と次の言葉を待ち構えた、その時。
「やっぱり荒垣さんも可愛いと思いますか。そりゃ普通思いますよね。思うべきです。超可愛いですから俺の双子の姉は」
予想外過ぎる単語に荒垣はそのまま背中からずり落ちて、床に腰と肘を打った。
「痛てぇ!」
とりあえず何の捻りもなくそう叫んだ荒垣を、冷ややかに(見えるだけかもしれないが、おそらく今回は本当に見たままだろう)見下ろした静真がぼそりと呟く。
「…ポケットに手を突っ込んでると危ないですよ」
「お前が言うな!つか違う!」
何故かポケットに手を突っ込んだまま全速力でダッシュする後輩に腹の底から突っ込んでから、荒垣は自分がコケた理由を思い出して飛び起きた。
「いたのか姉!?てかさっきのがお前の『姉』!?その上『双子』とか言ったか!?」
「双子ってったら双子です。大切なことなので二度言いました」
「ちょ、待て、おい」
普段であれば容赦なく拳骨を入れただろうボケもスルーし、荒垣はもう一度写真を穴が開くほど眺めた。
…似てない。
というか、そもそもあらゆる部分で色合いが全く違う。
例えるなら静真という少年は「夜」の色をしている。ダークブルーの髪と目。表情を失っているからという理由もあるが、長い前髪に隠された顔立ちはどこか整いすぎ、人形を思わせるときすらある。
ところが彼の『双子の姉』と言われる少女は、正反対の「朝」の色を纏っていた。高く結い上げた長い髪は明るい茶色、瞳は真紅。その笑顔は闇を寄せつけない生気に溢れ、美しい顔立ちであるのに人を拒絶するような冷たさとは無縁だ。
敢えて共通点を探すのならば、どちらも水準以上の美形だということくらいか。
対照的過ぎる2人を幾度も見比べ、荒垣は結局ため息を吐いた。
「…いや、有り得ねぇだろ。似てるとか似てない以前に遺伝子的におかしいにも程がある」
「…なんかものすごく失礼なことを言われてませんか俺」
「知るか!」
不服そうな言葉を先ほどの復讐ではないが一言で切り捨てる。
確かに失礼な話だと思わなくもないが、そこで気遣いが必要なほどこの後輩が繊細ではないことも荒垣は重々承知していた。事実ぶつぶつとなにやら文句を言っているようだが、凹んでる様子は微塵もない。
まさか冗談か、とも思いかけたが、それを口にする前に写真を掲げて本人が反論した。
「二卵性とはいえ正真正銘の双子ですよ。こんな美少女に俺以外の双子の弟がいるように見えますか」
「…意味がわからねぇが」
「まぁそうでしょうね」
「納得するなら最初から言うな!」
まだ痛む肘をさすりながら怒鳴ると、静真はこくこくと素直に(?)頷いた。
「…で、なんだ、要するに正真正銘血の繋がった本物のお前の双子の姉だとして、だ」
「だから本当に双子の姉です」
被せる主張を無視して続ける。
「結局、何が言いたかったんだ」
「俺の姉が可愛いという自慢です」
「何の誤魔化しも無く言い切りやがったなてめぇ…」
大体予想がついていたので、今度はコケずに済んだ。
要するに、この後輩は。
「あ、シスコンです、俺」
「今更言われなくても分かったっつーんだよ!」
怒鳴り声と共に、今度こそ荒垣の拳骨が静真の脳天をド突いた。
「…しかしまぁ、随分と仲の良い姉弟なんだな」
何気なく呟くと、静真は不思議そうに首を捻った。
痛そうに頭をさすりさすりしながらも懲りずに姉自慢を続けようとする彼は、どうやらそんなことは当たり前だと思っているようだ。
双子とはいえ男女の姉弟、普通は一定の年齢以上になれば多少距離が開くのではないだろうか。恋人と見間違うほどにべったりくっついているというのは珍しいだろうと荒垣は言いかけて、ふと気付いた。
彼らにはもう、お互いしか『血の繋がった家族』はいないのだ。
「…あんまそーいうの気にしなくていいですよ」
一瞬黙り込んだ荒垣に、意外と人の感情を読むことに長けている現場リーダーはさらっと言ってのけた。
「両親がいないっていうのが原因のひとつなのは否定しませんけど、その前から俺は天下無双のシスコンでしたから」
「…大変だな、お前の姉ちゃん」
フォローなのか自慢なのかよく分からない台詞だが、それは荒垣を少しほっとさせた。
いまいち掴みどころの無い「変な奴」ではあるが、静真のこうした強さは荒垣にとって素直に尊敬できるものだ。自分や、自分の兄弟ともいうべき真田がいつまでも過去に囚われているのに対し、それ以上に過酷といってもいい過去を持つ彼はその傷跡すら笑い話にして未来を向く。その輝きこそがおそらく彼を「リーダー」たらしめているのだろう。そして、それを支えているのが、きっと。
「…『成美』って言います、俺の姉…ていうか、俺の半身、ですけど」
穏やかな声音で語り始めた静真の目は、どこか遠いところを見詰めていた。
「基本しっかり者のくせに、変なとこドジで…いつも一生懸命で、人の知らないとこでこっそり無理すんです。…お人好し、だから」
その表情は変わらない。けれど、写真を持つ手がほんの少し震えていることに、荒垣は気付かない振りをした。
「俺がこんな風になった時も…成美はずっと謝ってた。成美のせいじゃないのに。自分だって充分辛かったくせに『何も出来なくてごめんね』って何度も何度も。…それから、ずっと泣かないんです、あいつ」
「…泣かない?」
思わず問いかけ直した声に、視線はそのままで静真が頷く。
「これからは、俺の為にしか泣かないんだ、って。…自分が泣きたいときは、ぐっしゃぐしゃの顔してても必死で我慢すんです。本当は、ものすごい泣き虫だから、もう99%は泣いてるぞって状態なのに『泣いてない!』って意地張って…でも、俺が悲しかったりすると敏感に気付いて、目が溶けるんじゃないかってくらい泣くんですよ。自分はもう泣かないから、俺の分を代わりに泣く、それ以外のときは、俺がずっと楽しい気持ちでいられるようにいつも笑う、って」
「…!」
荒垣は、声も無く息を呑んだ。
写真に写った、少女の屈託の無い明るい笑顔。それを思い返して愕然とする。あの裏にそれほどの決意が隠されているなどと、一体誰が気付くのだろう。
そしてそれと同時に強く思う。確かに彼女は、この少年の『半身』なのだと。
「成美がいてくれたから…俺は、何を無くしても折れずに真っ直ぐ進んでこれた。…あいつ、いつも俺より重い方背負おうとするんです。双子だけど、『お姉ちゃん』だから。滅多にそんなこと言わないくせに、いざって時ばっかり年上の顔して。自分こそ、危なっかしくてほっとけないタイプだってのに、俺のことばっかり。…俺は…俺なんか、どうでも、いいのに。成美が、成美のために笑ってるなら、それだけでいいのに」
抑揚の無い声だが、それが彼の精一杯の悲しみを表現していることは容易に分かった。
(…ああ、結局似てるのか)
会ったことが無い。けれど分かる。彼らは互いの為には誰よりも強く、そして、互いの為にだけは酷く脆いのだ。
――――掛け替えの無い、『半身』故に。
「…おめぇの姉貴もそうなんだろ」
呟いた言葉に、静真がはっとしたように顔を上げた。
「お前の為に自分の感情くれてやろうってくらい、お前は姉貴に好かれてんだろ。だってのにてめぇで『どうでもいい』なんて言うんじゃねぇよ。そんなの聞かされたら、余計に悲しむに決まってんだろうが。大事な女、てめぇで泣かせてどうすんだ」
声にした長い言葉に、自分でも少し驚く。
…どうしてそこまで言ったのか分からない。けれど何故か、あの少女が悲しむのだろうと思ったら勝手に口が動いた。泣かせたくないと、思った。
(…らしくねぇ、な)
自分が引き摺る過去への感傷なのか、それとも、と思いかけてやめた。理由は分からないが、それに気付いてしまったら忘れていたかった何かを自分の内側から引っ張り出してしまいそうで。
僅かな沈黙の後、不意に静真がひとつ大きなため息を吐く。
「分かってます。成美は、俺のこと好きです。そりゃもう大好きです。自信あります。両思いです。ちょーラブラブです」
「…おい」
「でもね」
突然ノロケ始めた後輩にもう一発拳骨を食らわせるべきか一瞬悩んだ荒垣は、その次の言葉に拳を引っ込めた。
「…俺の方が、もっと、ずっと、成美を好きなんですよ」
そう言った静真の表情は、ほんの少しだけ笑えているように見えた。
「…成る程な、よく分かった。有難うなシンジ」
「チッ…」
やたらと元気のいい幼馴染の声に、多少の苛立ちを覚えて舌打ちが漏れる。不機嫌さを隠すつもりもなく、荒垣は吐き捨てるように告げた。
「いい加減にしろアキ、こちとらてめえの遊びにいつまでも付き合っちゃいらんねぇんだよ」
「まぁそう言うな。いいから一度戻ってきてみろよ。美鶴の希望で新しく現場の『リーダー』になったそいつがとにかく凄い能力を持っていてだな…」
「…相変わらず人の話を聞きやしねぇなてめぇは…」
酷くテンションの上がった彼は、聞いてもいないのに先程からこの春に起きた様々な変化を熱く語っていた。
新たなペルソナ使いと、ついに踏み込んだタルタロス内部、巨大なシャドウ、そして。
「うちに新しく転校してきた2年なんだが、複数のペルソナを付け替えることができる」
「ペルソナを、付け替える…」
ペルソナ使いの中でも、類を見ない特殊な力を持つ『リーダー』のこと。
「ああ、お前も見たらきっと驚くぞ、神那姫の力は」
「…かんなぎ…?」
「知っているのか?」
その名を聞いた瞬間、何かが記憶の片隅で引っかかった。
どこかで、これと同じ話を聞いた気がする。その名前を持つ人間を、その能力を、どこかで知っていたような。
(…んな馬鹿な)
奇妙な既視感を、荒垣は無言で振り捨てた。珍しい名前だ、聞いたことがあればもう少し覚えているだろう。ましてやそんな特殊能力者など、見ていれば忘れるわけがない。
「…いや、別に」
微妙な間を置いて否定した荒垣を、真田は特に気にする様子もなくあっさりと頷いた。
「そうか。まぁ一度会えば忘れられないような奴だからな、今度お前にも会わせて…」
言いかけたその時、突然賑やかな声が廊下から響いたかと思うと病室の扉が開いた。
「ウィース!真田せんぱーい元気すかー?」
「病院で元気とかないでしょ、ったく…あ、お見舞いに来ましたー!!」
月光館の制服を着た少年少女が元気よく入ってきて、自分と目が合い、一瞬止まる。
「あ、あの、おトモダチ、でしたか」
「す、すみません!」
「なんだお前たち、全員で来たのか?見舞いなんて大げさな、ただの検査入院だって言ったろ」
慌てた様子で謝る彼らに笑顔で答える真田に少し驚く。取り巻きは多いが友人は少ないこの男が、そんな風に笑う相手はあまりいない。おそらく彼らが「新たなペルソナ使い」たちなのだろう。
(…まぁ、俺にはもう関係ねぇ話だが)
頃合だ、と身を翻す。
「もういいだろ、俺は帰るぜ」
「…ああ、すまなかったな」
ぴたっと壁に張り付くようにして扉までの道を開ける『後輩』たちの横を通り過ぎようとして、不意に違和感に目を向ける。
視界に入ったのは、明るい「朝」の色。
(…違、う?)
かつてそこは、「夜」の色の位置ではなかったか。
そう考えた後で、自分自身でその思考の意味が分からずに困惑する。
(なんだ、これは…)
酷く自分の記憶が曖昧に感じられ、軽い眩暈を覚えた、その時。
ふわりと、明るい茶色が空気を含んで跳ねる。
視界に入ったのは、鮮やかな真紅。
「…!」
美しい、少女だった。
ほんの少し怯えを含みながらも真っ直ぐにこちらを見詰めるその瞳に、呼吸が止まる。
一目見た瞬間、その姿が焼きついてしまうような不思議な存在感。
緊張した面持ちで一生懸命に背筋を伸ばす小柄な姿を今初めて見たはずなのに。
何故だろうか、彼女の笑顔を知っている気がした。
「…お前」
「は、はいっ!?」
まさか声をかけられるとは思っていなかったのだろう。柔らかく高い声が、ひどく慌てて返事を返す。
その初めて聞く響きに、はっと我に返った。自分は一体、何をしているのか。
「…いや、なんでもねぇ」
「……?」
曖昧に誤魔化し、足早に病室を出る。真紅の瞳が不思議そうにその背を追っていると気付いていたが、荒垣はもう振り返らなかった。
脳裏に映る『知らないはずの笑顔』が、そこにはないのだと分かっていたから。
「――――だから、うちの成美はそう簡単にはあげられませんよ」
「…て、なんでそれを俺に言う」
突然じとっと見上げる視線に何故だか居心地の悪い思いを抱き、荒垣はわざと眉根を寄せて不機嫌な表情を作る。
しかし当の静真は少しも怯まず、ぐいと右手の親指で自分の口の端を持ち上げて見せた。
「!」
吊りあがった唇の端のせいで、いつもの無表情が突然シニカルな笑みに変わる。
その、何もかもを見透かしたような自作の『表情』で、自称『天下無双のシスコン』は告げた。
「…だって先輩、成美に『惚れた』でしょう」
END。
実はフェスのとき既に一目惚れしてた荒垣さん、とか。
P3P二次創作SS・9。【P3Pネタばれ&カプあり注意!】
2009年12月25日 二次創作いろいろこれはP3Pの当サイト主人公たちの二次創作です。オリジナル設定満載&フェスネタばれ前提ですので読まれる際はご注意ください。
荒女主で映画祭り。ちょっといつもよりラブ度高め?
今回も全然出てこない人ばっかりな登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
双子でラブラブな主人公。男子(フェスクリア後封印中)はザベス、女子(P3P1周目トライ中)はガキさんといずれくっつく未来予想図。
P1主・玲矢(れいや)が「兄」(※引き取られ先の長男)で、P4主・有人(あると)は「はとこ」。苗字は全員「神那姫(かんなぎ)」です。
色々オリジナル入ってますので詳しくはサイトのSS「時を告げる」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
月半ばに訪れた長い連休も、ついに最後の一日となった秋分の日。
残暑も少々和らぎ心地よい秋晴れとなったこの日であったが、その祝日を謳歌しているはずのとある人物は予想外の事態にやや狼狽していた。
「な、泣いてませんよ!?全然泣いてませんから!」
元より深紅の瞳を真っ赤に充血させ、今にもぼろぼろと零れ落ちそうな涙を必死に堪える。そんな少女を前にして、一体どういう反応をすればいいのやら。
見た目はともかく実際は少女よりたった一つしか年上ではない少年は、なるべく彼女の顔を見ないようにしてやりながらその頭を撫でてやった。
「分かった分かった…。いいから落ち着け」
「うう…」
「…ったく、本当におめぇは…」
猫の模様が入ったハンカチを握り締め、どうにか『泣いてない』状態を保とうと頑張っている。その様子が少しばかり滑稽に映り、すっかり困り果てていた少年の表情に優しい微笑みが混じる。
口にすることはなかったが、そんな彼女がとても愛しいと素直に思う事が出来たから。
「先輩、今日はお暇ですか?」
きらきらと目を輝かせた成美が開口一番にそう尋ねて来た時、まったく期待などなかったと言えば嘘になる。
「…なんか、あんのか」
だから否定も肯定もせずにそう問いかけ返すと、素直な後輩はその通り含みの一つもなく「はい」と笑顔で答えた。
「今日は一日だけ復活の映画祭りなんですよ」
「映画祭り…?」
口にしてから、ああ、と思いだす。
そういえば夏の間、ポートアイランドの映画館でそのような催しをやっていた。尤も、荒垣自身は寄り付きもしなかったのでさほど内容を知ってはいないのだが。
疑問符の後は無言になってしまった荒垣に、成美は気を悪くした様子もなくにこにこと説明を始めた。
「元々は夏休みにやってた、日ごとにテーマを決めて何本も一度に映画を上映するお祭りだったんですけど、そのお祭りがなんと今日だけ復活するんです!私、夏の間に通ってたらすっかりあの大画面の迫力にはまっちゃって。せっかくの復活だし、今日も行ってこようと思うんですけど、よかったら先輩も一緒に行きませんか?」
楽しそうに語っていたかと思いきや突然あっさりと誘われて、黙って聞いていた荒垣は一瞬反応が遅れた。
「…俺と、か?」
聞き返すと、成美の表情がほんの少し曇る。
「だめ、ですか」
「あ、いや、別にだめってわけじゃねぇが…」
傷付けてしまったように感じ、どきりとする。デート、という単語が頭を掠めるのを慌てて振り払い、言い訳をしながら無意味にぐしゃりと前髪をかき混ぜた。
まさか、そんな都合のいい話があるものか。
「なんつーか…女のダチと一緒に行った方が、盛り上がるんじゃねぇのか」
意図を探ろうとそんな風に言ってみれば、真っ直ぐに覗き込んでくる深紅の瞳はますますしゅんとなり、元気をなくしてしまう。
「男友達じゃないから、楽しくありませんか…?」
「なっ…」
ただでさえ焦っているところに予想外の言葉が連続し、荒垣も流石に動揺を隠しきれない。
「ち、違っ、俺のことじゃなくてだな、その、おめぇが…いいのかって話で」
どう話せばいいのか分からず、どもりながらなんとか言い直す。
すると、ほっとしたように成美に笑顔が戻った。
「私、先輩と出かけるの楽しいです!」
「っ…そ、そうか…」
そんな風に言われてしまえば、荒垣に出来る返事は一つしかない。
「…んじゃ、行くか」
元より荒垣とて、成美と過ごす時間が増えることを厭うているわけではない。寧ろ真逆だ。
「はい!」
答えた声の嬉しそうな響きに、安堵と幸福感を覚える。ともすればぎこちなくなってしまいそうな自分の態度をどうにか誤魔化ながら、珍しく日のある時間に二人連れ立って寮を出た。
「あのな…こういうのが苦手なら最初からそう言え」
「にっ、苦手なんかじゃにゃいれすっ、いひゃっ!」
「…噛むほど慌てんな…」
…いざ映画祭りの会場に着いてみたところ、大きな看板に書かれた今回のテーマは「ワンニャン王国」。
どう考えても自分は不似合いだろうと思う雰囲気に思わず隣の成美を見れば、誘った本人も「しまったなー」という表情をしていた。今回のテーマを確認してなかったです、ごめんなさい、と正直に謝る彼女に、観たいのかと尋ねたら一瞬間が開いた。…尤も、その目は本人が思っている以上にポスターの可愛い犬猫を追いかけていていたが。
結局黙って成美を連れ、映画館に入ったのが今から6時間ほど前。
(…やべぇ…)
その間延々と流れていた「小さな生き物が様々な困難にあいながらも懸命に生き抜く」ストーリーにうっかり途中で感情移入しすぎた荒垣は、暗い館内から出る際に実はかなり焦っていた。
流石に決して泣いてはいない。が、映画の内容に昔の思い出などもつい重なってしまったりして多少ぐっと来たのは事実である。目ぐらいはちょっと赤いかもしれない。そんなみっともないところを成美に見せるのも気恥ずかしく、先に帰ると言って逃げてしまおうかなどと後ろ向きなことを考えて彼女を盗み見た。のだが。
「か、神那姫っ!?」
次の瞬間、荒垣の思考は真っ白になった。
随分静かだと思っていた隣人は、真っ赤な目を半分以上浸水させた状態でぎゅーっと唇を噛み締めていたのだ。
「泣いてないですよ!?」
あくまでそう言い張る成美を宥め、どうにか映画館の外のベンチに座らせた頃には自分のことどころか映画の内容まで吹っ飛んでいた。
「分かった分かった、俺が悪かった。だから少し大人しくしとけ。…喋んなくていいぞ」
「うー…」
口元にハンカチを当てて蹲っているその背をぽんぽんと叩いてやると、茶色の髪がこくんと小さく頷いた。
大人しくなった成美にほっとしつつも、沈黙に珍しく居心地の悪さを覚えてしまうのはいつもの笑顔がないからだろうか。
「あー…ちょっと待ってろ、なんか冷たいもんでも買ってきてやる」
少し自分も落ち着いた方がいい。そう判断して声をかける。
慌てて顔を上げる気配がしたので、それより先にその頭をくしゃ、とかき混ぜるように撫でた。
「馬鹿、そのままの顔じゃ帰れねぇだろ。すぐ戻るから、大人しくしてろ。いいな?」
こくん、と手の下で再び頭が肯定を示す方向に動くのを確認し、駅の方へと早足で向かう。
「…っとに、あいつは…」
駅前の自販機の並びからスポーツドリンクと水のペットボトルを探し出すと、ポケットの小銭を投入口に放り込んで一人呟く。
泣いてませんよ、と必死に言い募る姿は、強がりにしては度が過ぎるように思えた。
あんなにも表情豊かで素直なくせに、悲しみどころか今回のように感情が高ぶった時でさえ成美は泣いている自分を拒絶する。
まるで彼女は、「泣くこと」を自分に許していないかのようだ。
「考えすぎか…?」
ゴトン、と取り出し口にペットボトルが落ちる。意外に大きな音が、荒垣の思考をそこで断ち切った。
結露を纏った冷たいボトルを掴み出し、ひやりとしたその感触に小さくため息が漏れる。
(何を考えてんだ。らしくねぇ)
彼女に出会ってから、自分の感情が思い通りにならず戸惑うばかりだ。
こんな想いに揺らいでいる場合ではないと分かっているのに、気付けばいつも自分の目は彼女を追っている。今日のように、こんな些細な出来事でさえも、共有する時間が愛しくてならない。
決して届かない、気付かれることすら許されない想いだというのに、捨て去ることもできなくて。
「…チッ」
小さく舌打ちをして元来た方角へと振り返る。あの小さな背中の傍へと戻るまでには、いつもの自分を取り戻していなければ。
傾きかけた陽ざしに一瞬目を眩まされ、幾度かの瞬きの後に成美のいる方角へ目を向けた。
…ペットボトルがコンクリートの階段に落下し、濡れた跡を残して転がる。
それより早く、荒垣は階段を駆け降りていた。
「やめてください!人を待ってるって言ってるじゃないですか!」
気丈に声を上げる少女を、三人の男がニヤニヤと嫌らしく笑いながら取り囲む。
そんな光景を通行人がちらちらと同情交じりに眺めるが、誰も巻き込まれるのを恐れて近づこうとはしなかった。
「強がっちゃってさぁ。どこにいんのぉ、そんな人?」
「んなに泣いてんじゃん。どーせ彼氏に捨てられたんだろ?俺たちが可愛がってやるからさ」
「やだ!放して!」
「暴れんなって!」
掴まれた腕を振り解こうと手を振り回す成美に、他の二人が一斉に手を伸ばす。しかし、それは寸前でぴたりと止まった。
「え、なんだよ、おい…」
「い、痛ぇっ!?」
何者かに腕を強く掴まれ、ギリギリと万力のように締め上げられる。その余りの痛みに悲鳴をあげた男たちは、振り向いてもう一度悲鳴を上げた。
「…てめぇら、そいつに何してやがる」
「あ、お、お前、ツキコーの荒垣…ぎゃあ!!」
掴まれた腕を放り投げるように引かれ、二人の男は後方へと転がる。残された男は成美の腕を掴んだまま硬直していたが、荒垣に睨まれると慌ててその手を放した。
「先輩…!」
解放された安心感に、荒垣の元へと真っ直ぐ駆け寄る。しかしその足が止まるよりも早く、思いもよらぬ力で引き寄せられ、成美は先程とは違う驚きの声を上げた。
「せん、ぱい…?」
荒垣の右腕が包み込むように肩へと回されている。それはすなわち。
(抱きしめ、られてる…?)
強くその胸に押しつけられ、身動きが出来ない。心臓の鼓動さえも聞こえる近さに、息が止まりそうになる。そんな成美の頭上で、腕を掴んでいた男と荒垣の声がした。
「な、なんだよ、荒垣…邪魔すんじゃねぇよ、テメーの女だってかぁっ!?」
おそらくは三人のリーダー格だったのだろう。どうにか体裁を保とうとしているのか、脅えを含みながらも男が威嚇してくる。
しかし、それは最早何の役にも立たなかった。
「…そうだ」
短い返答に、男が小さく「へっ?」と間の抜けた声を出す。成美に聞き取れたのは、そこまでだった。
「っ、せんぱ…」
ぐい、と成美の頭を抱き込むように引き寄せ、腕で耳を覆う。
思った以上に柔らかな身体と、自分より高い体温を間近に感じ、心音だけは誤魔化しがきかないなと頭の隅で考えた。だけど、この言葉は聞かせるわけにはいかない。
本当の気持ちを隠した、この言葉だけは。
「…俺の女だ。手ぇ出すんじゃねぇ…!」
「ひっ…!」
引き攣った声を揚げ、男は既に逃げ出していた仲間の後を追い、こけつまろびつ走り去る。最後に「覚えてろ」というような類の捨て台詞を残したような気もするが、そんなものは当然誰の意識にも引っかかることはなかった。
「…大丈夫か」
そっと腕を緩めると、慌てたようにその顔が上を向く。まだ充血している目はともかく、その頬がそれ以上に真っ赤になっていることに気付き、荒垣は慌てて腕を放した。
「あ、わ、悪りぃ」
「い、いえ、あ、ありがとうございました…!」
頭を下げようとする成美を押しとどめ、逆に荒垣が目を落とす。
「その、気にすんな。…一人にさせた俺が悪い」
「先輩…」
口にした言葉は、決して優しさや彼女を庇う意図ではなかった。傍にいた以上、自分が彼女を守るのは当り前のことだ。それすら出来なかった自分への苛立ちが荒垣の表情を自然と険しくさせる。
けれど。
「でも、先輩、助けてくれました」
「…!」
「嬉しかった、です」
成美の言葉が、暗く波立つ心を穏やかにしてしまう。
俯いていたその顔が幸せそうだと、ちゃんと覗き込めば荒垣にも分かっただろう。でもそれは、今の彼にはまだ踏み込むことのできない先にあった。
俯いた頭を、優しく撫でる。
「…帰んぞ。またあんなのに絡まれたら厄介だ」
「はい…」
そんな言葉しか出てこない自分を情けなく思いながらも、先程までのような苛立ちはもう感じなかった。
駅の改札を出るころには、宵闇が近くに迫っていた。
言葉少なに並んで歩く、その足元にオレンジ色に照らされた長い影か落ちる。近付き過ぎず、けれど、すぐ隣に。
「先輩」
寮が見えたと思った丁度その時、呼びかける声に目線を向ける。
「今日は、ありがとうございました」
深紅の瞳が真っ直ぐに自分を映す。
最初に会った頃は、この何もかもを見透かしてしまいそうな瞳に怖れにも近い感情を抱き、目を逸らしたこともある。けれど今は、違う怖れを感じながらも、決して目を逸らすことが出来ない。
「…!」
その目を見つめたまま、悪いな、と言おうとして、不意に指で口を塞がれた。
驚く荒垣に、漸くいつもの顔で成美が笑う。
「最初に言いましたよ?私、先輩といるの、楽しいです」
だから、自分を悪者にするような言葉は言わないで。
優しい笑顔の中にそんな強い意志を感じて、荒垣は言葉を飲み込んだ。
「ったく、おめぇは…」
代わりに口をついたのは、彼女に対し何度も口にした言葉。
その先はいつも音にならないが、こいつには敵わない、という気持ちの結晶のようなもの。
寮の扉が徐々に近付く。
その扉を開けてしまえば、『二人』の時間は『みんな』の時間に戻ってしまう。
歩を止めずに、けれどほんの少しゆっくりと進む中で、荒垣は成美の頭をくしゃりと撫でた。
「…俺も、楽しかった」
頬がどれほど赤くても、今なら夕焼けのせいで誤魔化せる。
そう考えたのは、きっとどちらも同時だっただろう。
あんまり無防備に近付いてくれるな、と少年は思い、そんなに優しくしないで下さい、と少女は思う。
「…誤解、しちまうだろ…」
「…誤解、しちゃいますよ…?」
二人の小さな声は、望み通り互いには聞こえないまま扉の外で空に消えた。
END。
クリスマスなので甘い話を!と思ったはいいが間に合わなかった(※UPしたのは26日午前4時半)ぁぁぁぁ(馬鹿)しかもさして甘くないという(閉店ガラガラ)。
荒女主で映画祭り。ちょっといつもよりラブ度高め?
今回も全然出てこない人ばっかりな登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
双子でラブラブな主人公。男子(フェスクリア後封印中)はザベス、女子(P3P1周目トライ中)はガキさんといずれくっつく未来予想図。
P1主・玲矢(れいや)が「兄」(※引き取られ先の長男)で、P4主・有人(あると)は「はとこ」。苗字は全員「神那姫(かんなぎ)」です。
色々オリジナル入ってますので詳しくはサイトのSS「時を告げる」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
月半ばに訪れた長い連休も、ついに最後の一日となった秋分の日。
残暑も少々和らぎ心地よい秋晴れとなったこの日であったが、その祝日を謳歌しているはずのとある人物は予想外の事態にやや狼狽していた。
「な、泣いてませんよ!?全然泣いてませんから!」
元より深紅の瞳を真っ赤に充血させ、今にもぼろぼろと零れ落ちそうな涙を必死に堪える。そんな少女を前にして、一体どういう反応をすればいいのやら。
見た目はともかく実際は少女よりたった一つしか年上ではない少年は、なるべく彼女の顔を見ないようにしてやりながらその頭を撫でてやった。
「分かった分かった…。いいから落ち着け」
「うう…」
「…ったく、本当におめぇは…」
猫の模様が入ったハンカチを握り締め、どうにか『泣いてない』状態を保とうと頑張っている。その様子が少しばかり滑稽に映り、すっかり困り果てていた少年の表情に優しい微笑みが混じる。
口にすることはなかったが、そんな彼女がとても愛しいと素直に思う事が出来たから。
「先輩、今日はお暇ですか?」
きらきらと目を輝かせた成美が開口一番にそう尋ねて来た時、まったく期待などなかったと言えば嘘になる。
「…なんか、あんのか」
だから否定も肯定もせずにそう問いかけ返すと、素直な後輩はその通り含みの一つもなく「はい」と笑顔で答えた。
「今日は一日だけ復活の映画祭りなんですよ」
「映画祭り…?」
口にしてから、ああ、と思いだす。
そういえば夏の間、ポートアイランドの映画館でそのような催しをやっていた。尤も、荒垣自身は寄り付きもしなかったのでさほど内容を知ってはいないのだが。
疑問符の後は無言になってしまった荒垣に、成美は気を悪くした様子もなくにこにこと説明を始めた。
「元々は夏休みにやってた、日ごとにテーマを決めて何本も一度に映画を上映するお祭りだったんですけど、そのお祭りがなんと今日だけ復活するんです!私、夏の間に通ってたらすっかりあの大画面の迫力にはまっちゃって。せっかくの復活だし、今日も行ってこようと思うんですけど、よかったら先輩も一緒に行きませんか?」
楽しそうに語っていたかと思いきや突然あっさりと誘われて、黙って聞いていた荒垣は一瞬反応が遅れた。
「…俺と、か?」
聞き返すと、成美の表情がほんの少し曇る。
「だめ、ですか」
「あ、いや、別にだめってわけじゃねぇが…」
傷付けてしまったように感じ、どきりとする。デート、という単語が頭を掠めるのを慌てて振り払い、言い訳をしながら無意味にぐしゃりと前髪をかき混ぜた。
まさか、そんな都合のいい話があるものか。
「なんつーか…女のダチと一緒に行った方が、盛り上がるんじゃねぇのか」
意図を探ろうとそんな風に言ってみれば、真っ直ぐに覗き込んでくる深紅の瞳はますますしゅんとなり、元気をなくしてしまう。
「男友達じゃないから、楽しくありませんか…?」
「なっ…」
ただでさえ焦っているところに予想外の言葉が連続し、荒垣も流石に動揺を隠しきれない。
「ち、違っ、俺のことじゃなくてだな、その、おめぇが…いいのかって話で」
どう話せばいいのか分からず、どもりながらなんとか言い直す。
すると、ほっとしたように成美に笑顔が戻った。
「私、先輩と出かけるの楽しいです!」
「っ…そ、そうか…」
そんな風に言われてしまえば、荒垣に出来る返事は一つしかない。
「…んじゃ、行くか」
元より荒垣とて、成美と過ごす時間が増えることを厭うているわけではない。寧ろ真逆だ。
「はい!」
答えた声の嬉しそうな響きに、安堵と幸福感を覚える。ともすればぎこちなくなってしまいそうな自分の態度をどうにか誤魔化ながら、珍しく日のある時間に二人連れ立って寮を出た。
「あのな…こういうのが苦手なら最初からそう言え」
「にっ、苦手なんかじゃにゃいれすっ、いひゃっ!」
「…噛むほど慌てんな…」
…いざ映画祭りの会場に着いてみたところ、大きな看板に書かれた今回のテーマは「ワンニャン王国」。
どう考えても自分は不似合いだろうと思う雰囲気に思わず隣の成美を見れば、誘った本人も「しまったなー」という表情をしていた。今回のテーマを確認してなかったです、ごめんなさい、と正直に謝る彼女に、観たいのかと尋ねたら一瞬間が開いた。…尤も、その目は本人が思っている以上にポスターの可愛い犬猫を追いかけていていたが。
結局黙って成美を連れ、映画館に入ったのが今から6時間ほど前。
(…やべぇ…)
その間延々と流れていた「小さな生き物が様々な困難にあいながらも懸命に生き抜く」ストーリーにうっかり途中で感情移入しすぎた荒垣は、暗い館内から出る際に実はかなり焦っていた。
流石に決して泣いてはいない。が、映画の内容に昔の思い出などもつい重なってしまったりして多少ぐっと来たのは事実である。目ぐらいはちょっと赤いかもしれない。そんなみっともないところを成美に見せるのも気恥ずかしく、先に帰ると言って逃げてしまおうかなどと後ろ向きなことを考えて彼女を盗み見た。のだが。
「か、神那姫っ!?」
次の瞬間、荒垣の思考は真っ白になった。
随分静かだと思っていた隣人は、真っ赤な目を半分以上浸水させた状態でぎゅーっと唇を噛み締めていたのだ。
「泣いてないですよ!?」
あくまでそう言い張る成美を宥め、どうにか映画館の外のベンチに座らせた頃には自分のことどころか映画の内容まで吹っ飛んでいた。
「分かった分かった、俺が悪かった。だから少し大人しくしとけ。…喋んなくていいぞ」
「うー…」
口元にハンカチを当てて蹲っているその背をぽんぽんと叩いてやると、茶色の髪がこくんと小さく頷いた。
大人しくなった成美にほっとしつつも、沈黙に珍しく居心地の悪さを覚えてしまうのはいつもの笑顔がないからだろうか。
「あー…ちょっと待ってろ、なんか冷たいもんでも買ってきてやる」
少し自分も落ち着いた方がいい。そう判断して声をかける。
慌てて顔を上げる気配がしたので、それより先にその頭をくしゃ、とかき混ぜるように撫でた。
「馬鹿、そのままの顔じゃ帰れねぇだろ。すぐ戻るから、大人しくしてろ。いいな?」
こくん、と手の下で再び頭が肯定を示す方向に動くのを確認し、駅の方へと早足で向かう。
「…っとに、あいつは…」
駅前の自販機の並びからスポーツドリンクと水のペットボトルを探し出すと、ポケットの小銭を投入口に放り込んで一人呟く。
泣いてませんよ、と必死に言い募る姿は、強がりにしては度が過ぎるように思えた。
あんなにも表情豊かで素直なくせに、悲しみどころか今回のように感情が高ぶった時でさえ成美は泣いている自分を拒絶する。
まるで彼女は、「泣くこと」を自分に許していないかのようだ。
「考えすぎか…?」
ゴトン、と取り出し口にペットボトルが落ちる。意外に大きな音が、荒垣の思考をそこで断ち切った。
結露を纏った冷たいボトルを掴み出し、ひやりとしたその感触に小さくため息が漏れる。
(何を考えてんだ。らしくねぇ)
彼女に出会ってから、自分の感情が思い通りにならず戸惑うばかりだ。
こんな想いに揺らいでいる場合ではないと分かっているのに、気付けばいつも自分の目は彼女を追っている。今日のように、こんな些細な出来事でさえも、共有する時間が愛しくてならない。
決して届かない、気付かれることすら許されない想いだというのに、捨て去ることもできなくて。
「…チッ」
小さく舌打ちをして元来た方角へと振り返る。あの小さな背中の傍へと戻るまでには、いつもの自分を取り戻していなければ。
傾きかけた陽ざしに一瞬目を眩まされ、幾度かの瞬きの後に成美のいる方角へ目を向けた。
…ペットボトルがコンクリートの階段に落下し、濡れた跡を残して転がる。
それより早く、荒垣は階段を駆け降りていた。
「やめてください!人を待ってるって言ってるじゃないですか!」
気丈に声を上げる少女を、三人の男がニヤニヤと嫌らしく笑いながら取り囲む。
そんな光景を通行人がちらちらと同情交じりに眺めるが、誰も巻き込まれるのを恐れて近づこうとはしなかった。
「強がっちゃってさぁ。どこにいんのぉ、そんな人?」
「んなに泣いてんじゃん。どーせ彼氏に捨てられたんだろ?俺たちが可愛がってやるからさ」
「やだ!放して!」
「暴れんなって!」
掴まれた腕を振り解こうと手を振り回す成美に、他の二人が一斉に手を伸ばす。しかし、それは寸前でぴたりと止まった。
「え、なんだよ、おい…」
「い、痛ぇっ!?」
何者かに腕を強く掴まれ、ギリギリと万力のように締め上げられる。その余りの痛みに悲鳴をあげた男たちは、振り向いてもう一度悲鳴を上げた。
「…てめぇら、そいつに何してやがる」
「あ、お、お前、ツキコーの荒垣…ぎゃあ!!」
掴まれた腕を放り投げるように引かれ、二人の男は後方へと転がる。残された男は成美の腕を掴んだまま硬直していたが、荒垣に睨まれると慌ててその手を放した。
「先輩…!」
解放された安心感に、荒垣の元へと真っ直ぐ駆け寄る。しかしその足が止まるよりも早く、思いもよらぬ力で引き寄せられ、成美は先程とは違う驚きの声を上げた。
「せん、ぱい…?」
荒垣の右腕が包み込むように肩へと回されている。それはすなわち。
(抱きしめ、られてる…?)
強くその胸に押しつけられ、身動きが出来ない。心臓の鼓動さえも聞こえる近さに、息が止まりそうになる。そんな成美の頭上で、腕を掴んでいた男と荒垣の声がした。
「な、なんだよ、荒垣…邪魔すんじゃねぇよ、テメーの女だってかぁっ!?」
おそらくは三人のリーダー格だったのだろう。どうにか体裁を保とうとしているのか、脅えを含みながらも男が威嚇してくる。
しかし、それは最早何の役にも立たなかった。
「…そうだ」
短い返答に、男が小さく「へっ?」と間の抜けた声を出す。成美に聞き取れたのは、そこまでだった。
「っ、せんぱ…」
ぐい、と成美の頭を抱き込むように引き寄せ、腕で耳を覆う。
思った以上に柔らかな身体と、自分より高い体温を間近に感じ、心音だけは誤魔化しがきかないなと頭の隅で考えた。だけど、この言葉は聞かせるわけにはいかない。
本当の気持ちを隠した、この言葉だけは。
「…俺の女だ。手ぇ出すんじゃねぇ…!」
「ひっ…!」
引き攣った声を揚げ、男は既に逃げ出していた仲間の後を追い、こけつまろびつ走り去る。最後に「覚えてろ」というような類の捨て台詞を残したような気もするが、そんなものは当然誰の意識にも引っかかることはなかった。
「…大丈夫か」
そっと腕を緩めると、慌てたようにその顔が上を向く。まだ充血している目はともかく、その頬がそれ以上に真っ赤になっていることに気付き、荒垣は慌てて腕を放した。
「あ、わ、悪りぃ」
「い、いえ、あ、ありがとうございました…!」
頭を下げようとする成美を押しとどめ、逆に荒垣が目を落とす。
「その、気にすんな。…一人にさせた俺が悪い」
「先輩…」
口にした言葉は、決して優しさや彼女を庇う意図ではなかった。傍にいた以上、自分が彼女を守るのは当り前のことだ。それすら出来なかった自分への苛立ちが荒垣の表情を自然と険しくさせる。
けれど。
「でも、先輩、助けてくれました」
「…!」
「嬉しかった、です」
成美の言葉が、暗く波立つ心を穏やかにしてしまう。
俯いていたその顔が幸せそうだと、ちゃんと覗き込めば荒垣にも分かっただろう。でもそれは、今の彼にはまだ踏み込むことのできない先にあった。
俯いた頭を、優しく撫でる。
「…帰んぞ。またあんなのに絡まれたら厄介だ」
「はい…」
そんな言葉しか出てこない自分を情けなく思いながらも、先程までのような苛立ちはもう感じなかった。
駅の改札を出るころには、宵闇が近くに迫っていた。
言葉少なに並んで歩く、その足元にオレンジ色に照らされた長い影か落ちる。近付き過ぎず、けれど、すぐ隣に。
「先輩」
寮が見えたと思った丁度その時、呼びかける声に目線を向ける。
「今日は、ありがとうございました」
深紅の瞳が真っ直ぐに自分を映す。
最初に会った頃は、この何もかもを見透かしてしまいそうな瞳に怖れにも近い感情を抱き、目を逸らしたこともある。けれど今は、違う怖れを感じながらも、決して目を逸らすことが出来ない。
「…!」
その目を見つめたまま、悪いな、と言おうとして、不意に指で口を塞がれた。
驚く荒垣に、漸くいつもの顔で成美が笑う。
「最初に言いましたよ?私、先輩といるの、楽しいです」
だから、自分を悪者にするような言葉は言わないで。
優しい笑顔の中にそんな強い意志を感じて、荒垣は言葉を飲み込んだ。
「ったく、おめぇは…」
代わりに口をついたのは、彼女に対し何度も口にした言葉。
その先はいつも音にならないが、こいつには敵わない、という気持ちの結晶のようなもの。
寮の扉が徐々に近付く。
その扉を開けてしまえば、『二人』の時間は『みんな』の時間に戻ってしまう。
歩を止めずに、けれどほんの少しゆっくりと進む中で、荒垣は成美の頭をくしゃりと撫でた。
「…俺も、楽しかった」
頬がどれほど赤くても、今なら夕焼けのせいで誤魔化せる。
そう考えたのは、きっとどちらも同時だっただろう。
あんまり無防備に近付いてくれるな、と少年は思い、そんなに優しくしないで下さい、と少女は思う。
「…誤解、しちまうだろ…」
「…誤解、しちゃいますよ…?」
二人の小さな声は、望み通り互いには聞こえないまま扉の外で空に消えた。
END。
クリスマスなので甘い話を!と思ったはいいが間に合わなかった(※UPしたのは26日午前4時半)ぁぁぁぁ(馬鹿)しかもさして甘くないという(閉店ガラガラ)。
P3P二次創作SS・8。【P3Pネタばれあるかもしれない注意!】
2009年12月23日 二次創作いろいろこれはP3Pの当サイト主人公たちの二次創作です。オリジナル設定満載&フェスネタばれ前提ですので読まれる際はご注意ください。
荒女主前提でくだらないショートギャグですよ相変わらず。
相変わらず今回も出てこない人ばっかりですが登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
仲良し双子の主人公。男子(フェスクリア後封印中)はザベスに押し切られ、女子(P3P1周目トライ中)はガキさんとお互い片思いの9月。
苗字は「神那姫(かんなぎ)」。玲矢(P1主)は2人の「兄」(※引き取られ先の長男)、有人(P4主)はその「はとこ」。
色々オリジナル入ってますので詳しくはサイトのSS「時を告げる」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
「ただいまー!」
「あ、おかえり成美ちゃん」
すっかり日も落ちた中、元気良く寮の扉を開けて少女が帰ってくると一階ラウンジ周辺は急ににぎやかになった。
「よう、お帰り成美ッチ~」
「おかえりなさい、成美さん」
「帰ったか」
「…おう」
それぞれの夕刻を過ごしていたメンバーが一斉に声をかける中、風花が広げていたノートパソコンを閉じて立ち上がる。
「今日は遅かったね、テニス部?」
「うん!」
玄関先で重そうなスポーツバッグを背負いなおしている成美にぱたぱたと小走りに近付いて尋ねると、予想通りの元気な声がそれに答えた。
「今日は珍しく基礎練じゃなくて試合形式だったから、みんな張り切っちゃってねー。結局いつもより走り回ったかな?」
疲れたー、と言いつつも成美の顔は楽しそうだ。それが分かるので、風花の表情も自然と笑顔になる。
「うふふ、成美ちゃん楽しそう…。そうだ、今度ね、文化祭展示が潰れたからうちの写真部で独自に1日展示会をやるの。私のテーマは『スポーツの秋』にしようかなって。成美ちゃんたちの部に写真撮りに行ってもいい?」
「ちょ、待ったぁぁぁ風花!」
「え?」
にこにこと風花がそんな話を持ちかけた途端、問われた本人より早く順平が割り入った。
「いやほれ、テニス部の写真とかアレだから!ミニスカにスコートとか太ももとかチラリズム的に男子として大変嬉し…じゃなくて危険だから!そゆの展示するのとか危なくね!?」
慌てた様子と『写真』という単語に成美だけは順平が何を危惧しているのかピンときたのだが、他の部員は当然の如く一様に別の反応を示した。すなわち。
「…順平君…」
「…順平、お前な…」
「順平さん…世間の標準を自分に合わせるべきじゃないと思いますけど…」
「……」
白い目、というやつである。
「ちょっ、違うよ!?そんな目で見ないで!?」
「あはは、ごめん順平、心配してくれてありがとっ!」
風花、真田、天田、荒垣という偶然ラウンジにいたメンバー全てから冷たい視線を向けられて焦りまくる順平へ、事情を理解している成美が横から明るい声でフォローに入った。
「でも、うちって部活中は基本上下ばっちりジャージだから大丈夫だと思うよ?テニスウェアなんかこの間の合宿のときに着たっきりだもんね」
「えっそれはそれで女子テニス部としてどうなの…ってスミマセンもうイイマセン!」
折角の助け舟を無効にしかけていることにギリギリで気付けた自分を褒めてやりたい。まだ少し冷たい視線を感じつつ、順平はソファーの上で小さくなってほっと息を吐いた。
ちょうど、そんな時だった。
「おかえりなさいであります、成美さん」
「ワン!」
二階からの声に、全員の視線がそちらを向く。階段を下りて来たアイギスとコロマルは、その視線の中を真っ直ぐ成美の元へと駆け寄った。
「ただいま!」
笑顔で成美がそう返すと、アイギスは彼女の前だけで見せる少し柔らかい表情で、もう一度「おかえりなさい」と繰り返した。それに同調するように足元のコロマルが一声吠える。するとアイギスははっとしたように一度コロマルを見、うんうんと深く頷くと成美に向き直った。
「そうでありました。成美さん、コロマルさんがお待ちかねでした」
「コロちゃんが?」
そう言われ、成美がひょこっとコロマルに目線を合わせてしゃがみ込む。
「どうしたの、コロちゃん」
尋ねられたコロマルが元気良くワンワン、と返事らしきものを返すと、屈んだ姿勢で横から覗き込んだアイギスがいつもの如く通訳を買って出た。
「成美さんにお願いがあるとのことですが」
「お願い?」
アイギスとコロマルの顔を交互に見やって首を傾げる。そんなやり取りに何気なく耳を傾けていた他メンバーは、次の一言に盛大に動揺することとなった。
…風花を除いて。
「はい、コロマルさんは成美さんと一緒のお風呂を御所望であります」
その瞬間、順平はソファーから飛び上がり、真田は夕飯の牛丼を噴き出し、天田は見ていた雑誌のページを弾みで破り、荒垣はキッチンの椅子からずり落ちかけた。
「!?」
ぎょっとした表情で男子全員がラウンジ中央の二人と一匹を凝視する。しかしその視線と心境に気付くこともなく、当の成美はあっさり答えた。
「うん、いいよ」
(いいの!?)
小声の順平のツッコミは、幸いというべきか女性陣には届かなかったらしい。
「丁度良かった、部活後だしすぐお風呂入りたかったんだー。よぉしコロちゃん、丸洗いしちゃうぞ~」
「よかったねーコロちゃん、成美ちゃんとお風呂入るの大好きだもんね」
「ワン!」
「コロマルさん、大喜びでありますね。良かったです」
(ってなに!?ちょ、コロマル、な、何度も一緒にフロ入ってんの?)
(じ、順平!ちょっと黙れ!)
「既に共用の浴槽にはお湯を張っておきました。準備万端であります」
「ありがとアイギス!」
(共用って、一階の奥の?アレ、使ってたの?あんなすぐ隣で成美ッチがオールヌードに?)
(じ、順平さん!なに言ってるんですか!)
和やかな雰囲気で談笑する中央に比べ、微妙な緊張感漂う外周では丁度固まっていたソファーの三人がひそひそと声を潜めて会話…主に欲望駄々漏れの順平に対する他男子のツッコミ…を交わしている。
傍から見れば一種異様な光景なのだが、生憎談笑にもひそひそ話にも加わっていない荒垣も正直他人をどうこう言える状況ではない。
「では成美さん、私も御一緒に」
「えー?アイギスってば変なとこ洗うからくすぐったいんだもん」
(へ、変なとこってドコ!?)
(な、なにを想像してるんだお前は!鼻血を拭け!)
「でも耳の後ろはちゃんと洗わないといけないであります」
(…ってそんなオチかよ!分かっちゃいたけど!てゆか真田サンも人のこと言えないじゃないスか!)
(お、俺は別に疚しいことは考えてない!)
(…二人とも、最低です)
「そのくらい自分で洗えるってばー」
「ではせめていつもの通りお背中だけでも」
(てゆか成美ッチ、アイちゃんともいつも一緒に入ってんの!?)
「しょうがないなぁ」
(ないんだ!)
(やかましい順平!)
ごす、っと高校チャンプの重い拳が帽子越しに順平の脳天を直撃した辺りで漸く、きゃっきゃと華やかな女子たち(と一匹)はラウンジから移動することに決めたようだ。
「じゃあお風呂の支度するからちょっと待っててね」
「お伴するであります」
「でもコロちゃんの気持ち分かるな。成美ちゃん、石鹸泡立てるの上手いでしょ。あれでふわふわーって洗うとすっごく気持ちいいよね~」
「ワン!」
「あわあわ、でありますね」
「そう?コツ覚えれば簡単だよ。教えてあげるから風花も一緒に入るー?」
「いいの?じゃあ、入っちゃおうかな。私も成美ちゃんの背中流そうっと」
「あっ、ダメであります風花さん、成美さんの背中は私が担当です!」
「ええー?じゃあ半分こしようよぉ、アイギス」
「…なんで私、洗われること前提なの?」
…その先の声が聞き取れなくなり、同時に男子全員がはぁ~、と深いため息を吐いた。
尤も、順平だけは自由意志でなく机に突っ伏したまま「あわ、あわ…」と口から泡を吐きつつ呟いていたが。
「そ、それにしても」
やっと落ち着いたところで場の空気を変えようと思ったのか、真田が口を開く。
「リーダーも、何も一緒に入ることはないだろうにな!コロマルなら、シャワーで一気に洗ってやればいいだろうに」
「…真田さん、割り箸が上下逆です…」
「な!?」
平静を装い牛丼を口に運びながら喋ろうとした真田だったが、天田の冷たいツッコミの前に脆くも崩れ去った。まぁ言っている内容はおかしくないので、天田もそれ以上は言わず同意に近い言葉を口にする。
「まぁ、その、コロマルも意外と子供っていうか、わがままですよね。体洗うのなんて、だ、誰にやってもらったって、そんなに、その、大差ないっていうか?リーダーも、甘やかしちゃいけませんよね」
「そ、そうだな…」
そんな天田も読んでいた雑誌のページをめくろうとして次々とぐしゃぐしゃにしているのだが、危険察知本能が時々鋭い真田はツッコミを返すのを避けた。
一瞬場がしーんと沈黙に満たされ、このまま今の出来事がなかったことにならないかなーと所在ない男三人がお互い目を逸らし気味になった、その時。
「なに綺麗事言ってんすかー!」
「うぉっ!?」
「じ、順平さん!?」
ギャグ漫画のようなタンコブの上に帽子を載せた順平が仁王の如き迫力で立ち上がった。
「真田サンも天田も自分を誤魔化すんじゃねぇぇぇ!男なら!今の会話に反応しない方がおかしいだろぉぉぉぉ!」
「い、いや、そんなことは」
「ウソツキ!カッコつけたって男なんてそんなもんなのよ!ヒドイ!」
「ていうか、どうしてオネエ言葉っぽいんですか…」
妙な気迫に押され、思わず仰け反る真田と天田が反論めいたものを口にする。が、何故か半泣きで猛る順平には通用しなかった。ひとしきり吠えたかと思うと、シャドウよろしくずるずると這い寄るように迫りながら低い声で問いかける。
「正直になれぇぇ…『犬になりたい』と一瞬でも思わなかったのかぁぁぁ」
「うっ!」
「『コロマル羨ましい!』とほんの一瞬でも思わなかったかぁぁぁ」
「お、思いませんよ!?」
逃れようとするも、ゾンビのようにソファ下からずるりと伸びた腕に掴まれる。微妙に疾しいところのある男子二人は振り払うことも出来ずに青ざめた。
「嘘をつけぇぇぇ!全裸の成美ッチに全身アワアワで洗われちゃうんだぞぉぉぉ!あまつさえアイギスと風花まで一緒に泡風呂天国だぞ!?ありえねーよなんだよそのパラダイス!犬だからって、犬だからってそんな幸せあっていいの!?洗いっことか言ってコロマルさんも成美さんを洗ってあげたいそうでありますとか言いだしちゃったりなんかしていやんコロちゃんそこはダメっとかげふぅ!!!」
突如として巨大な鈍器が回転しつつ空を舞った、と皆が気付いたのは順平がその打撃で血を吐いて倒れた後だった。
…まぁ、吐いた血はほぼ興奮のあまり流していた鼻血だったが。
「…お、おい順平、生きてるか!?って、シンジ!?」
「ああ?!」
「ひっ!?」
順平の横に落ちている撲殺丸を拾い上げ、担ぎあげた姿勢で荒垣が振り返る。
その形相は長年付き合いのある幼馴染の真田をして『美鶴より恐ろしい』と言わしめる迫力であった。
「…くだらねぇこと言ってんじゃねぇ…!アイツでこれ以上つまんねぇ想像繰り広げやがったら…」
言葉はそこで止まったが、誰もが一瞬にして「殺すぞ?」という意図が続くことを理解した。瀕死で返答も出来ない順平に代わり、真田と天田が反射的に赤べこと化す。ぴくぴくと断末魔的な動きをする順平と、無言で頷き続ける他二名を確認したのち、荒垣は撲殺丸と恐怖のオーラを背に寮を出て行ってしまった。
無論、『その武器持ったまま外出たら通報される!』と突っ込める者は一人もいないままに。
「…順平、今のはお前が悪いぞ…」
ラウンジの床に未だ鼻血を流し続ける後輩を見下ろし、真田は深くため息を吐いた。
「シンジはそういう冗談は受け付けない性格だからな。ま、まぁ俺もだが!とにかく後で謝っておけよ?あとリーダーにもだ!」
聞こえているかどうか分からない相手にそんな説教を続ける真田を背後から眺めながら、天田は漸く落ち着いた心臓を胸の上から撫でさすりながら玄関を眺めやった。
「…どうかな」
その目は、敵意が色濃く含まれている。理由のほとんどはここに来る前から抱いていたある憎しみのせいだが、今は一部違うものが交じっていることを天田は理解していた。
「そういう冗談が嫌いだからじゃ、ないよ。きっと…成美さん、だからだ」
あの男が、たった一人だけに向ける優しい瞳を知っている。
何故なら、自分はいつもその二人を見ていたから。
片方の相手には、憎しみを隠して。
もう片方の人には…憧れを、隠して。
「…あいつ、本当に…嫌な奴だ…」
抱えたクッションに顔を押し付け、誰にも聞こえないように呟く。
少女が彼に向ける瞳もまた、とても優しいと。…そう思った日のことは、気のせいなのだと自分に言い聞かせながら。
「…あんの、馬鹿がっ…」
その後。
どこに発散したらいいか分からない衝動をもてあました荒垣が、タイミングよく絡んできた不良を完膚なきまでに叩きのめしたり、騒ぎを聞きつけた警察の目を逃れるために撲殺丸を紛失してきたりという辺りはまぁ仕方ない事態だったのだが。
「…ここ数日、コロマルさんが荒垣さんに避けられているように感じるそうなのですが…」
「え?まさか、荒垣先輩に限ってそんなことないと思うんだけど…どうしたんだろ?」
洗われてふっかふかの毛皮のコロマルと遭遇するたびに余計な想像が脳裏を過ることに、数日間たっぷり苦悩する羽目になったというのは動物好きの荒垣にとって結構な試練であったという。
ちなみに天田がそれに対し、蔑むように半笑いで成り行きを見守っていたことは誰も知らない。
END。
天田は敏いよねっていう話(違うだろ)
ちなみにガキさんの脳内では多分順平の妄想よりすごいことになってたと思います。でもきっと死んでも言わない(笑)。
荒女主前提でくだらないショートギャグですよ相変わらず。
相変わらず今回も出てこない人ばっかりですが登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
仲良し双子の主人公。男子(フェスクリア後封印中)はザベスに押し切られ、女子(P3P1周目トライ中)はガキさんとお互い片思いの9月。
苗字は「神那姫(かんなぎ)」。玲矢(P1主)は2人の「兄」(※引き取られ先の長男)、有人(P4主)はその「はとこ」。
色々オリジナル入ってますので詳しくはサイトのSS「時を告げる」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
「ただいまー!」
「あ、おかえり成美ちゃん」
すっかり日も落ちた中、元気良く寮の扉を開けて少女が帰ってくると一階ラウンジ周辺は急ににぎやかになった。
「よう、お帰り成美ッチ~」
「おかえりなさい、成美さん」
「帰ったか」
「…おう」
それぞれの夕刻を過ごしていたメンバーが一斉に声をかける中、風花が広げていたノートパソコンを閉じて立ち上がる。
「今日は遅かったね、テニス部?」
「うん!」
玄関先で重そうなスポーツバッグを背負いなおしている成美にぱたぱたと小走りに近付いて尋ねると、予想通りの元気な声がそれに答えた。
「今日は珍しく基礎練じゃなくて試合形式だったから、みんな張り切っちゃってねー。結局いつもより走り回ったかな?」
疲れたー、と言いつつも成美の顔は楽しそうだ。それが分かるので、風花の表情も自然と笑顔になる。
「うふふ、成美ちゃん楽しそう…。そうだ、今度ね、文化祭展示が潰れたからうちの写真部で独自に1日展示会をやるの。私のテーマは『スポーツの秋』にしようかなって。成美ちゃんたちの部に写真撮りに行ってもいい?」
「ちょ、待ったぁぁぁ風花!」
「え?」
にこにこと風花がそんな話を持ちかけた途端、問われた本人より早く順平が割り入った。
「いやほれ、テニス部の写真とかアレだから!ミニスカにスコートとか太ももとかチラリズム的に男子として大変嬉し…じゃなくて危険だから!そゆの展示するのとか危なくね!?」
慌てた様子と『写真』という単語に成美だけは順平が何を危惧しているのかピンときたのだが、他の部員は当然の如く一様に別の反応を示した。すなわち。
「…順平君…」
「…順平、お前な…」
「順平さん…世間の標準を自分に合わせるべきじゃないと思いますけど…」
「……」
白い目、というやつである。
「ちょっ、違うよ!?そんな目で見ないで!?」
「あはは、ごめん順平、心配してくれてありがとっ!」
風花、真田、天田、荒垣という偶然ラウンジにいたメンバー全てから冷たい視線を向けられて焦りまくる順平へ、事情を理解している成美が横から明るい声でフォローに入った。
「でも、うちって部活中は基本上下ばっちりジャージだから大丈夫だと思うよ?テニスウェアなんかこの間の合宿のときに着たっきりだもんね」
「えっそれはそれで女子テニス部としてどうなの…ってスミマセンもうイイマセン!」
折角の助け舟を無効にしかけていることにギリギリで気付けた自分を褒めてやりたい。まだ少し冷たい視線を感じつつ、順平はソファーの上で小さくなってほっと息を吐いた。
ちょうど、そんな時だった。
「おかえりなさいであります、成美さん」
「ワン!」
二階からの声に、全員の視線がそちらを向く。階段を下りて来たアイギスとコロマルは、その視線の中を真っ直ぐ成美の元へと駆け寄った。
「ただいま!」
笑顔で成美がそう返すと、アイギスは彼女の前だけで見せる少し柔らかい表情で、もう一度「おかえりなさい」と繰り返した。それに同調するように足元のコロマルが一声吠える。するとアイギスははっとしたように一度コロマルを見、うんうんと深く頷くと成美に向き直った。
「そうでありました。成美さん、コロマルさんがお待ちかねでした」
「コロちゃんが?」
そう言われ、成美がひょこっとコロマルに目線を合わせてしゃがみ込む。
「どうしたの、コロちゃん」
尋ねられたコロマルが元気良くワンワン、と返事らしきものを返すと、屈んだ姿勢で横から覗き込んだアイギスがいつもの如く通訳を買って出た。
「成美さんにお願いがあるとのことですが」
「お願い?」
アイギスとコロマルの顔を交互に見やって首を傾げる。そんなやり取りに何気なく耳を傾けていた他メンバーは、次の一言に盛大に動揺することとなった。
…風花を除いて。
「はい、コロマルさんは成美さんと一緒のお風呂を御所望であります」
その瞬間、順平はソファーから飛び上がり、真田は夕飯の牛丼を噴き出し、天田は見ていた雑誌のページを弾みで破り、荒垣はキッチンの椅子からずり落ちかけた。
「!?」
ぎょっとした表情で男子全員がラウンジ中央の二人と一匹を凝視する。しかしその視線と心境に気付くこともなく、当の成美はあっさり答えた。
「うん、いいよ」
(いいの!?)
小声の順平のツッコミは、幸いというべきか女性陣には届かなかったらしい。
「丁度良かった、部活後だしすぐお風呂入りたかったんだー。よぉしコロちゃん、丸洗いしちゃうぞ~」
「よかったねーコロちゃん、成美ちゃんとお風呂入るの大好きだもんね」
「ワン!」
「コロマルさん、大喜びでありますね。良かったです」
(ってなに!?ちょ、コロマル、な、何度も一緒にフロ入ってんの?)
(じ、順平!ちょっと黙れ!)
「既に共用の浴槽にはお湯を張っておきました。準備万端であります」
「ありがとアイギス!」
(共用って、一階の奥の?アレ、使ってたの?あんなすぐ隣で成美ッチがオールヌードに?)
(じ、順平さん!なに言ってるんですか!)
和やかな雰囲気で談笑する中央に比べ、微妙な緊張感漂う外周では丁度固まっていたソファーの三人がひそひそと声を潜めて会話…主に欲望駄々漏れの順平に対する他男子のツッコミ…を交わしている。
傍から見れば一種異様な光景なのだが、生憎談笑にもひそひそ話にも加わっていない荒垣も正直他人をどうこう言える状況ではない。
「では成美さん、私も御一緒に」
「えー?アイギスってば変なとこ洗うからくすぐったいんだもん」
(へ、変なとこってドコ!?)
(な、なにを想像してるんだお前は!鼻血を拭け!)
「でも耳の後ろはちゃんと洗わないといけないであります」
(…ってそんなオチかよ!分かっちゃいたけど!てゆか真田サンも人のこと言えないじゃないスか!)
(お、俺は別に疚しいことは考えてない!)
(…二人とも、最低です)
「そのくらい自分で洗えるってばー」
「ではせめていつもの通りお背中だけでも」
(てゆか成美ッチ、アイちゃんともいつも一緒に入ってんの!?)
「しょうがないなぁ」
(ないんだ!)
(やかましい順平!)
ごす、っと高校チャンプの重い拳が帽子越しに順平の脳天を直撃した辺りで漸く、きゃっきゃと華やかな女子たち(と一匹)はラウンジから移動することに決めたようだ。
「じゃあお風呂の支度するからちょっと待っててね」
「お伴するであります」
「でもコロちゃんの気持ち分かるな。成美ちゃん、石鹸泡立てるの上手いでしょ。あれでふわふわーって洗うとすっごく気持ちいいよね~」
「ワン!」
「あわあわ、でありますね」
「そう?コツ覚えれば簡単だよ。教えてあげるから風花も一緒に入るー?」
「いいの?じゃあ、入っちゃおうかな。私も成美ちゃんの背中流そうっと」
「あっ、ダメであります風花さん、成美さんの背中は私が担当です!」
「ええー?じゃあ半分こしようよぉ、アイギス」
「…なんで私、洗われること前提なの?」
…その先の声が聞き取れなくなり、同時に男子全員がはぁ~、と深いため息を吐いた。
尤も、順平だけは自由意志でなく机に突っ伏したまま「あわ、あわ…」と口から泡を吐きつつ呟いていたが。
「そ、それにしても」
やっと落ち着いたところで場の空気を変えようと思ったのか、真田が口を開く。
「リーダーも、何も一緒に入ることはないだろうにな!コロマルなら、シャワーで一気に洗ってやればいいだろうに」
「…真田さん、割り箸が上下逆です…」
「な!?」
平静を装い牛丼を口に運びながら喋ろうとした真田だったが、天田の冷たいツッコミの前に脆くも崩れ去った。まぁ言っている内容はおかしくないので、天田もそれ以上は言わず同意に近い言葉を口にする。
「まぁ、その、コロマルも意外と子供っていうか、わがままですよね。体洗うのなんて、だ、誰にやってもらったって、そんなに、その、大差ないっていうか?リーダーも、甘やかしちゃいけませんよね」
「そ、そうだな…」
そんな天田も読んでいた雑誌のページをめくろうとして次々とぐしゃぐしゃにしているのだが、危険察知本能が時々鋭い真田はツッコミを返すのを避けた。
一瞬場がしーんと沈黙に満たされ、このまま今の出来事がなかったことにならないかなーと所在ない男三人がお互い目を逸らし気味になった、その時。
「なに綺麗事言ってんすかー!」
「うぉっ!?」
「じ、順平さん!?」
ギャグ漫画のようなタンコブの上に帽子を載せた順平が仁王の如き迫力で立ち上がった。
「真田サンも天田も自分を誤魔化すんじゃねぇぇぇ!男なら!今の会話に反応しない方がおかしいだろぉぉぉぉ!」
「い、いや、そんなことは」
「ウソツキ!カッコつけたって男なんてそんなもんなのよ!ヒドイ!」
「ていうか、どうしてオネエ言葉っぽいんですか…」
妙な気迫に押され、思わず仰け反る真田と天田が反論めいたものを口にする。が、何故か半泣きで猛る順平には通用しなかった。ひとしきり吠えたかと思うと、シャドウよろしくずるずると這い寄るように迫りながら低い声で問いかける。
「正直になれぇぇ…『犬になりたい』と一瞬でも思わなかったのかぁぁぁ」
「うっ!」
「『コロマル羨ましい!』とほんの一瞬でも思わなかったかぁぁぁ」
「お、思いませんよ!?」
逃れようとするも、ゾンビのようにソファ下からずるりと伸びた腕に掴まれる。微妙に疾しいところのある男子二人は振り払うことも出来ずに青ざめた。
「嘘をつけぇぇぇ!全裸の成美ッチに全身アワアワで洗われちゃうんだぞぉぉぉ!あまつさえアイギスと風花まで一緒に泡風呂天国だぞ!?ありえねーよなんだよそのパラダイス!犬だからって、犬だからってそんな幸せあっていいの!?洗いっことか言ってコロマルさんも成美さんを洗ってあげたいそうでありますとか言いだしちゃったりなんかしていやんコロちゃんそこはダメっとかげふぅ!!!」
突如として巨大な鈍器が回転しつつ空を舞った、と皆が気付いたのは順平がその打撃で血を吐いて倒れた後だった。
…まぁ、吐いた血はほぼ興奮のあまり流していた鼻血だったが。
「…お、おい順平、生きてるか!?って、シンジ!?」
「ああ?!」
「ひっ!?」
順平の横に落ちている撲殺丸を拾い上げ、担ぎあげた姿勢で荒垣が振り返る。
その形相は長年付き合いのある幼馴染の真田をして『美鶴より恐ろしい』と言わしめる迫力であった。
「…くだらねぇこと言ってんじゃねぇ…!アイツでこれ以上つまんねぇ想像繰り広げやがったら…」
言葉はそこで止まったが、誰もが一瞬にして「殺すぞ?」という意図が続くことを理解した。瀕死で返答も出来ない順平に代わり、真田と天田が反射的に赤べこと化す。ぴくぴくと断末魔的な動きをする順平と、無言で頷き続ける他二名を確認したのち、荒垣は撲殺丸と恐怖のオーラを背に寮を出て行ってしまった。
無論、『その武器持ったまま外出たら通報される!』と突っ込める者は一人もいないままに。
「…順平、今のはお前が悪いぞ…」
ラウンジの床に未だ鼻血を流し続ける後輩を見下ろし、真田は深くため息を吐いた。
「シンジはそういう冗談は受け付けない性格だからな。ま、まぁ俺もだが!とにかく後で謝っておけよ?あとリーダーにもだ!」
聞こえているかどうか分からない相手にそんな説教を続ける真田を背後から眺めながら、天田は漸く落ち着いた心臓を胸の上から撫でさすりながら玄関を眺めやった。
「…どうかな」
その目は、敵意が色濃く含まれている。理由のほとんどはここに来る前から抱いていたある憎しみのせいだが、今は一部違うものが交じっていることを天田は理解していた。
「そういう冗談が嫌いだからじゃ、ないよ。きっと…成美さん、だからだ」
あの男が、たった一人だけに向ける優しい瞳を知っている。
何故なら、自分はいつもその二人を見ていたから。
片方の相手には、憎しみを隠して。
もう片方の人には…憧れを、隠して。
「…あいつ、本当に…嫌な奴だ…」
抱えたクッションに顔を押し付け、誰にも聞こえないように呟く。
少女が彼に向ける瞳もまた、とても優しいと。…そう思った日のことは、気のせいなのだと自分に言い聞かせながら。
「…あんの、馬鹿がっ…」
その後。
どこに発散したらいいか分からない衝動をもてあました荒垣が、タイミングよく絡んできた不良を完膚なきまでに叩きのめしたり、騒ぎを聞きつけた警察の目を逃れるために撲殺丸を紛失してきたりという辺りはまぁ仕方ない事態だったのだが。
「…ここ数日、コロマルさんが荒垣さんに避けられているように感じるそうなのですが…」
「え?まさか、荒垣先輩に限ってそんなことないと思うんだけど…どうしたんだろ?」
洗われてふっかふかの毛皮のコロマルと遭遇するたびに余計な想像が脳裏を過ることに、数日間たっぷり苦悩する羽目になったというのは動物好きの荒垣にとって結構な試練であったという。
ちなみに天田がそれに対し、蔑むように半笑いで成り行きを見守っていたことは誰も知らない。
END。
天田は敏いよねっていう話(違うだろ)
ちなみにガキさんの脳内では多分順平の妄想よりすごいことになってたと思います。でもきっと死んでも言わない(笑)。
P3P二次創作SS・7。【P3Pネタばれあり注意!】
2009年12月10日 二次創作いろいろこれはP3Pの当サイト主人公たちの二次創作です。オリジナル設定満載&フェスネタばれ前提ですので読まれる際はご注意ください。
荒女主で風邪引きイベント後の話。ちょい乙女系な。
今回も出てこない人だらけですが登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
フェスED後、後日談通りの運命辿った男子主と、それを助ける為P3Pで過去をやり直してる女子主という双子の主人公。重度のシスコンと普通のブラコンの仲良し姉弟。
苗字は「神那姫(かんなぎ)」。玲矢(P1主)は2人の「兄」(※引き取られ先の長男)で、有人(P4主)は「はとこ」。
色々オリジナル入ってますので詳しくはサイトに掲載しているSS「時を告げる」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
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甘い香りがキッチンに広がる。
オーブンの中から取り出したばかりのクッキーは、予想以上に綺麗な焼き色をしていた。
どれもこれも満足のいく出来ではあるが、一応その中で一番焦げているかな?というものをつまみ出し、調理者である少女は端を一口かじってみた。
「…よっし、大成功!」
胸の前で小さくガッツポーズを作りつつ、味見したクッキーの残りの部分を口に放り込む。まだ少し熱すぎるくらいの焼き菓子は、さくさくと小気味の良い音と甘い余韻を残し消えていった。
「さて、と…この調子で次のも焼いちゃうぞー!」
最初からの大成功に気分ものってきた少女…『特別課外活動部・現場リーダー』こと神那姫成美は、最近よく耳にする新人アイドルのCMソングをメロディだけ口ずさみながら冷蔵庫を開け、作ってあった生地を取り出す。ラップでいくつかのブロック状に分けられた生地は、取り出した分以外にもまだまだたくさん積まれていた。
成美が突然こんなに大量のクッキーを焼き始めたのは、ちゃんとした理由があってのことである。
この間、自分たちの先輩である荒垣がみんなのために夕食を作り、振舞ってくれたことに対してお礼をしようと思ったのだ。
「…いや、いいんだけどさ、流石にこれは多すぎない…?」
朝方、こっそりキッチンを覗きに来たゆかりが山と詰まれた材料に呆れたような声を出したが、それにだって訳がある。
「だって、あんなに料理の上手い人に変なもの渡せないじゃない…」
「あー、まー、確かにそうだけどさ」
そもそも同じ『料理』というカテゴリーでお礼をする、というのも成美にとってはかなり勇気の要る行為だった。それなりに経験値の高いお菓子ならば、と選んでみたはいいが、はたして喜んでもらえるかどうか今の段階になっても実は自信がない。
「だからいっぱい作って、中でも出来の良いのばっかり選んで渡そうかなーって」
「そんなことしなくても、成美ちゃんなら大丈夫だと思うけど…」
風花がゆかりと顔を見合わせて『ねぇ』と頷きあう。友人たちの高い評価は嬉しかったが、確実な成功を目指す成美はそれに甘んじてしまうわけにはいかなかった。
「ほら、種類もいっぱい作ってみたいし、料理部で次に作るときの練習にもなるし、ね?それに、余った分はみんなにも配るから」
「やった!実はちょっと期待してたんだー」
「そっか、じゃあ今度の部活で私にも作り方教えてね?」
各々の理由で喜びの声を上げる友人たちに了解の返事をして、早速作業に取り掛かる。風邪引きの時に食事の面倒を見てもらったお礼もあるから今回は自分だけでやりたい、とゆかりと風花は手伝いを断られてしまったのだが、当の2人は別段それを気にすることもなく、寧ろ頑張れ!と声援を送ってキッチンを後にした。
「…で、どう思う、風花。成美と荒垣先輩、なーんかいい感じなんじゃない?最近よく話してるとこ見るしさ」
「…やっぱり、ゆかりちゃんもそう思う?私もね、成美ちゃんと話してる時の荒垣先輩ってすごく優しい目をしてるなーって思ってたんだけど」
「あ、やっぱりやっぱり?成美も珍しく頼ってる感じだし、先輩だったらうちのリーダーを任せてもいいかなぁ…」
「そうだね、信頼できる人だし、2人が上手くいったら素敵だね。でも、ちょっと寂しい気もするけど…」
「まぁ、ね。でもほら、成美ってば彼氏ができても友情を疎かにするタイプじゃないし」
「…うん、そうだよね!」
寮を出た友人たちにそんな事をひそひそと話し合われているなどとはつゆ知らず、キッチンに1日篭る気満々の『うちのリーダー』は、うっかりしているとすぐに柔らかくなってしまうバターの塊と奮闘していたのだった。
・・・それから数時間。
フル稼働中のオーブンが次々と生地を焼き上げていく横で、成美は休みなく作業を続けていた。
焼きあがった型抜きクッキーにアイシングで模様をつける傍ら、ココアや抹茶を混ぜた生地とプレーン生地をブロックに組み、均等に切り分けて並べる。溶かしたチョコレートでコーティングしたものを乾かしながら、搾り出し袋で一口サイズや丸などの形を作る。ゴマやアラザンを散らしてみたり、チョコチップやナッツを乗せてみたり、とにかく思いつくままに並べて焼いてを繰り返す。時折味見・・・よりもちょっと多く自分の口に運んだりもしていたせいか、ふと時計の針に気付けば昼食も食べないうちに午後3時を回っていた。
「えっ、もうこんな時間?」
予想以上の時間経過に改めて手元を見直すと、キッチンのあちこちで所狭しと出来上がったクッキーが甘い香りを振りまいている。
「・・・作りすぎ?」
ゆかりたちの言葉が正しかったかなぁ。ちらりとそう思わなくもないが、まぁ少ないよりはずっといい、はず。そう結論付けて、成美は出来上がったクッキーをざっと並べて数え始める。
シンプルながらチェッカーデザインが決まっているアイスボックスタイプ。上に乗せたナッツやジャムの飾りが可愛らしい絞りだし型。ジンジャーとシナモンは細く伸ばしたものをくるっと捻ってスティックやリボンにしてみたし、定番中の定番である型抜きクッキーとてアイシングの模様やチョコのコーティングできっちりと一手間を加えてある。およそクッキーと名の付くもので作れそうなところは網羅したのではないだろうか。
「ここまでやったら、後はもう先輩の好みの問題だよね・・・」
勿論そこが一番心配な点なのだが。
全体的に甘さは控えめにしておいたものの、そもそも菓子類が嫌いだったらどうしよう。いやでも前に一緒にアイスは食べたし、などと今更ながらに呟きながら手近の道具をまとめていると、ふと1つの抜き型が目に入った。
「あっ…」
丸に四角に星、花、動物、ダイヤにスペード、クローバー。季節外れのツリー型まで買い揃えたクッキー型の中で、たったひとつだけまだ使っていなかったもの。
…ハートの形。
「…どうしよう、これ」
銀色のハート型を手に、成美は深いため息を吐いた。
ハート型なんて、お菓子の形としては別に珍しいものでもない。バレンタインデーならいざ知らず、特別に意味を持たない日に目にすれば、それは単なる記号のひとつに過ぎないだろう。そう思うのに、どうしてもこの形だけは作ろうとするたびに手が止まってしまった。
―――――怖かった、から。
(荒垣先輩…)
最初は、ちょっと怖そうな人だなぁと思っていた。
次に会ったときに、実は優しい人なんだと知った。
『仲間』になって、たくさん話をするようになって、知らなかった面をいくつも知って。
気が付いたら、自然と目で追うようになっていた。
声をかけられれば嬉しい。笑顔を見せてもらえたらもっと嬉しい。そんな気持ちが積み重なったある日、不意に恋をしているのだと自覚した。
(あーあ、どうして好きになっちゃったかな。どう考えても私じゃ望み薄なのに)
気付いてから数日は、これでもかなり悩んだ。荒垣は優しい。でもそれは、『仲間』みんなへの優しさであって、自分だけが向けてもらっているものではないのだと『リーダー』である成美は理解していた。
きっと彼にとって自分は『妹』のようなものなのだ。危なっかしくて放っておけないから、構ってくれる。ただそれだけのことで、他意などないに決まっている。でも。
(『恋は落ちるもの』、か…今から考えると、友近くんてば真理を突いたこと言ってたなぁ)
一度落ちてしまったものはどうしようもない。上手くいく望みなどなくたって、はいそうですかとこの気持ちを消し去れはしないのだから。
ただ、こんな時に波風を立てるような真似だけはしたくなかった。振られて落ち込むのは自分の責任だが、優しい荒垣のことだ、振った相手にだって気を遣ってしまうに違いない。毎日顔を合わせるというのに、一々そんな思いをさせるのも心苦しい。ましてや自分たちは戦いの最中なのだ。ささやかであれ、不協和音は命取りにもなりかねない。
だから、気付かれないようにしなくては。自分は『リーダー』なのだから、せめてこの戦いが終わるまでは。
そう決めて、気持ちをどうにか切り替えられたのはほんの昨日のこと。
「気にしすぎ、だよね。先輩だって、こんなの見たってなんとも思わないに決まってるのに…」
ハートの抜き型をころんとまな板の上に置き、成美はもう一度ため息を吐いた。
気付かれず、今までどおり可愛がってもらえる『後輩』でいられるように、自然に振舞わなくてはいけない。そんな風に考えていたら、ハート型のクッキーですら作るのが怖くなった。ただのマークにしか過ぎないのに、この気持ちがあの人に気付かれてしまいそうで。
「伝わるわけ、ない」
気付いて欲しいのか、気付かれたくないのか。本当はどっちなのか自分でも分からない。でも、どっちだって同じ、『気付かれてはいけない』。
「大丈夫、だよね」
置いたままのハートの型を眺め、呟く。あんなにたくさん作っておいたクッキー生地は、もう1つのブロックを残すのみとなっていた。ためらいながら生地を伸ばす。丁度よい厚みになったところで、銀の抜き型を手に取った。
星、花、ダイヤ、楕円に、長方形。端から順番に型を抜いていく。生地はあっという間に穴だらけになり、型を取れる部分はもうほんのわずかしかない。
ためらいながらも成美はハートの型に手を伸ばし、そして、一度その手を引っ込めた。
「…よし!」
迷いを振り切るようにぐっと拳を握り締め、今度は別の方向に手を伸ばす。摘み上げたのは『食紅』と書かれた小瓶だった。残った生地にごく少量の赤色を混ぜ入れ、ほんのりとピンクに色付ける。深呼吸をひとつして抜き型を手に取った成美は、綺麗に伸ばし直した小さなピンクのクッキー生地からそっとハートの形を取り出した。
「…はぁ」
オーブンの蓋を閉じたところで、力を使い果たしたようにくたりと近くの椅子に座り込む。たったあれだけの作業なのに、成美にとっては大型シャドウに立ち向かう以上に勇気の要ることだった。
「綺麗に出来てなかったら、食べちゃえばいいよね」
呟いて、椅子の上で膝を抱える。焼きあがるまでの時間にラッピングの支度をしなきゃ、そう思いつつも、しばらく成美はぼんやりと熱くなっていくオーブンの中を眺めていた。
夕刻を回り、思い思いの休日を過ごしてきた寮生たちが空っぽだったラウンジを賑わす。
テレビから流れる雑学のバラエティ番組に皆の話題が珍しく集中している頃、少し遅く帰って来た荒垣はその中に加わることなしに通り過ぎた。
「…?」
そのまま真っ直ぐ自分の部屋に戻ろうとキッチン脇を通り過ぎた時、ふと甘い香りに気付く。何の香りだろうかと視線だけを向けると、丁度キッチンから顔を出した成美と目が合った。
「…神那姫」
思わずその名を口にすると、何故か成美はひどく慌ててキッチンから飛び出してきた。
「あ、あの、先輩っ」
「どうした?」
妙にそわそわと落ち着きのない様子に、少しばかり可笑しさを感じながら問いかける。すると、どういう訳か顔を赤らめて目線を逸らされた。
(…笑っちまってたか?)
馬鹿にしたようにでも見えて、怒らせたのだろうか。真っ先にそんな不安を覚え、次には慌てて戻された視線の中に負の感情がないことに安堵する。
そんな自分に呆れながらも、表面上は落ち着いた様子で成美の次の言葉を待っていると、きょろきょろと頻りに後ろの方を気にしていた彼女は「すみません、ちょっとだけ2階のソファーのところで待ってて下さい!」と言い残してキッチンに消えてしまった。
(なんだ?)
今一つ状況が掴めないものの、大人しく2階に上がる。程なくして階段を駆け上がってきた彼女は、シンプルだが丁寧にラッピングされた包みを抱えていた。
「この間のお礼です!」
向き合うなりそう言って包みを差し出され、荒垣は一瞬受け取ることもできずに硬直した。
「…俺に、か?」
動揺のあまり、間の抜けた質問が飛び出す。それに対して成美は大きく3回も頷いた。
「クッキーなんですけど…嫌い、じゃないですか…?」
「あ、ああ」
決して嫌いではない、寧ろ好きな方だと思うのだが、その単語自体を口に出すことが出来ずに曖昧に答える。それでも成美はほっとしたのだろう、ようやく笑った。
「良かった…。あの、そんなには甘くならないようにしましたから」
包みを受け取る時の言葉で、キッチンの周りに漂っていた甘い香りの正体に気付く。
「…お前が作ったのか」
「は、はいっ!あっ、ちゃんと味見はしましたから、大丈夫です!意外といけます!」
慌てて答える成美に対し、咄嗟に笑うことも言葉を返すこともできず、荒垣は誤魔化すようにその頭を撫でた。
「せ、先輩?」
「馬鹿、んなこた心配してねぇよ。…ありがとな、神那姫」
上手く笑えただろうか。それは分からなかったが、「はい」と答えた成美の笑顔はとても嬉しそうで。
それだけで満たされるのだと、辛うじて抱きしめたくなる衝動を抑えることが出来た。
「…予想以上に器用だな、あいつは」
部屋で包みを解きながら、荒垣は改めて自分たちのリーダーが様々な分野で水準以上の能力を発揮していることに感心した。
シンプルにまとめたラッピングは、女性らしく可愛いながらも甘すぎない。籠に入った形で包まれていたクッキーは丁寧に配置されていて、一見すればどこかの店に並んでいてもおかしくない出来栄えだ。
中のひとつを摘み出し、そこでもうひとつのことに気付く。様々な形をしたクッキーは、どう見ても一度や二度の作業で作りきれるものではないだろう。菓子作りは専門外の荒垣だが、そんなことくらいは見れば分かる。おそらく種類ごとにたくさん作った中から、出来のいいものばかりを選りすぐって詰めてくれたに違いない。
「ったく、気ぃ遣いやがって…どんだけ時間かけたんだ…」
自分などにそんな手間をかけて、と思う反面、素直に喜びをも感じてしまう。この間の夕食と、風邪の時のお礼。それ以上の意味などないのは分かっているのに、彼女がわざわざ自分のために時間を割いてくれたことが本当に嬉しい。
(重症だな…)
誰も見ていないことにほっとした。きっと今の自分は馬鹿みたいに幸せそうな顔をしているのだろう。
照れ隠しなのか自分でもよく分からぬままに、荒垣はたくさんのクッキーをひとつひとつ摘み上げて並べてみた。
どれもこれも、丁寧に作られている。
中でも犬の形をしたクッキーには羽のマークが描き加えられており、思わず噴き出した。
「…コロマルってことか?」
まったく、意外に凝り性だ。そんなことを面白がったり感心したりしながら何もなかった机の上にクッキーを広げていく内に、手がぴたりと止まる。
淡いピンクをしたクッキーが、底に転がっている。
その形は、ハート型だった。
「…」
摘み上げて、眺める。
「…なに、動揺してんだ、俺は…」
勝手に速度を上げる鼓動にそう呟いてみるが、何一つ落ち着きを取り戻す役には立たなかった。
ピンクのハート。
それは、ただの「形」に少女らしい「飾り」を施しただけに違いない。そんなことは分かり過ぎるほど分かっているのに、ばくばくと忙しなく高鳴る心臓は理性の声を聞き届けてくれるつもりはないらしい。
熱でも出たように顔が熱い。そっとクッキーを籠に戻し、荒垣は椅子の背もたれに仰け反るように寄りかかった。
「馬鹿か、本当に…」
天井を見上げて深く息を吐き出す。まったく、どうかしている。こんなことくらいで取り乱すなんて。
目を閉じれば成美の笑顔を思い浮かべてしまいそうで、荒垣はそのまま天井を睨みつけた。
「…こんなつもりじゃ、なかっただろうが…」
魅かれていると、気付いたのはいつだっただろうか。こんなに短い間だというのに、そんなことももう思い出せない。自覚したときには遅かった。忘れることも、距離を置くこともできないままに、ただ愛しいという思いだけが募る。叶わないと、叶ってはいけないと、分かっているのに。
ほんのりとピンクに色づけられたハート。まるでそれは、自分の心を見透かされたようだ。あの存在を、欲しいと望む身勝手な心。食いつくしてしまいたいと思う、凶暴な欲。
「食えねぇだろ、んなの。頼むから…」
期待させんな。
呟いた言葉は、何故か甘い響きを帯びていた。
END。
リミットぎりぎりまでは、片想い同士でもだもだと。俺、修羅場終わったら荒ハム(って言うんですね荒女主)両想いないちゃいちゃ話書くんだ…(死亡フラグもういい)
あ、すみません、死亡フラグで思い出しましたがうちの子は基本ED後も死にません(笑)その辺りの話も近いうちに…!(死亡フラグ乱立中)
荒女主で風邪引きイベント後の話。ちょい乙女系な。
今回も出てこない人だらけですが登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
フェスED後、後日談通りの運命辿った男子主と、それを助ける為P3Pで過去をやり直してる女子主という双子の主人公。重度のシスコンと普通のブラコンの仲良し姉弟。
苗字は「神那姫(かんなぎ)」。玲矢(P1主)は2人の「兄」(※引き取られ先の長男)で、有人(P4主)は「はとこ」。
色々オリジナル入ってますので詳しくはサイトに掲載しているSS「時を告げる」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
甘い香りがキッチンに広がる。
オーブンの中から取り出したばかりのクッキーは、予想以上に綺麗な焼き色をしていた。
どれもこれも満足のいく出来ではあるが、一応その中で一番焦げているかな?というものをつまみ出し、調理者である少女は端を一口かじってみた。
「…よっし、大成功!」
胸の前で小さくガッツポーズを作りつつ、味見したクッキーの残りの部分を口に放り込む。まだ少し熱すぎるくらいの焼き菓子は、さくさくと小気味の良い音と甘い余韻を残し消えていった。
「さて、と…この調子で次のも焼いちゃうぞー!」
最初からの大成功に気分ものってきた少女…『特別課外活動部・現場リーダー』こと神那姫成美は、最近よく耳にする新人アイドルのCMソングをメロディだけ口ずさみながら冷蔵庫を開け、作ってあった生地を取り出す。ラップでいくつかのブロック状に分けられた生地は、取り出した分以外にもまだまだたくさん積まれていた。
成美が突然こんなに大量のクッキーを焼き始めたのは、ちゃんとした理由があってのことである。
この間、自分たちの先輩である荒垣がみんなのために夕食を作り、振舞ってくれたことに対してお礼をしようと思ったのだ。
「…いや、いいんだけどさ、流石にこれは多すぎない…?」
朝方、こっそりキッチンを覗きに来たゆかりが山と詰まれた材料に呆れたような声を出したが、それにだって訳がある。
「だって、あんなに料理の上手い人に変なもの渡せないじゃない…」
「あー、まー、確かにそうだけどさ」
そもそも同じ『料理』というカテゴリーでお礼をする、というのも成美にとってはかなり勇気の要る行為だった。それなりに経験値の高いお菓子ならば、と選んでみたはいいが、はたして喜んでもらえるかどうか今の段階になっても実は自信がない。
「だからいっぱい作って、中でも出来の良いのばっかり選んで渡そうかなーって」
「そんなことしなくても、成美ちゃんなら大丈夫だと思うけど…」
風花がゆかりと顔を見合わせて『ねぇ』と頷きあう。友人たちの高い評価は嬉しかったが、確実な成功を目指す成美はそれに甘んじてしまうわけにはいかなかった。
「ほら、種類もいっぱい作ってみたいし、料理部で次に作るときの練習にもなるし、ね?それに、余った分はみんなにも配るから」
「やった!実はちょっと期待してたんだー」
「そっか、じゃあ今度の部活で私にも作り方教えてね?」
各々の理由で喜びの声を上げる友人たちに了解の返事をして、早速作業に取り掛かる。風邪引きの時に食事の面倒を見てもらったお礼もあるから今回は自分だけでやりたい、とゆかりと風花は手伝いを断られてしまったのだが、当の2人は別段それを気にすることもなく、寧ろ頑張れ!と声援を送ってキッチンを後にした。
「…で、どう思う、風花。成美と荒垣先輩、なーんかいい感じなんじゃない?最近よく話してるとこ見るしさ」
「…やっぱり、ゆかりちゃんもそう思う?私もね、成美ちゃんと話してる時の荒垣先輩ってすごく優しい目をしてるなーって思ってたんだけど」
「あ、やっぱりやっぱり?成美も珍しく頼ってる感じだし、先輩だったらうちのリーダーを任せてもいいかなぁ…」
「そうだね、信頼できる人だし、2人が上手くいったら素敵だね。でも、ちょっと寂しい気もするけど…」
「まぁ、ね。でもほら、成美ってば彼氏ができても友情を疎かにするタイプじゃないし」
「…うん、そうだよね!」
寮を出た友人たちにそんな事をひそひそと話し合われているなどとはつゆ知らず、キッチンに1日篭る気満々の『うちのリーダー』は、うっかりしているとすぐに柔らかくなってしまうバターの塊と奮闘していたのだった。
・・・それから数時間。
フル稼働中のオーブンが次々と生地を焼き上げていく横で、成美は休みなく作業を続けていた。
焼きあがった型抜きクッキーにアイシングで模様をつける傍ら、ココアや抹茶を混ぜた生地とプレーン生地をブロックに組み、均等に切り分けて並べる。溶かしたチョコレートでコーティングしたものを乾かしながら、搾り出し袋で一口サイズや丸などの形を作る。ゴマやアラザンを散らしてみたり、チョコチップやナッツを乗せてみたり、とにかく思いつくままに並べて焼いてを繰り返す。時折味見・・・よりもちょっと多く自分の口に運んだりもしていたせいか、ふと時計の針に気付けば昼食も食べないうちに午後3時を回っていた。
「えっ、もうこんな時間?」
予想以上の時間経過に改めて手元を見直すと、キッチンのあちこちで所狭しと出来上がったクッキーが甘い香りを振りまいている。
「・・・作りすぎ?」
ゆかりたちの言葉が正しかったかなぁ。ちらりとそう思わなくもないが、まぁ少ないよりはずっといい、はず。そう結論付けて、成美は出来上がったクッキーをざっと並べて数え始める。
シンプルながらチェッカーデザインが決まっているアイスボックスタイプ。上に乗せたナッツやジャムの飾りが可愛らしい絞りだし型。ジンジャーとシナモンは細く伸ばしたものをくるっと捻ってスティックやリボンにしてみたし、定番中の定番である型抜きクッキーとてアイシングの模様やチョコのコーティングできっちりと一手間を加えてある。およそクッキーと名の付くもので作れそうなところは網羅したのではないだろうか。
「ここまでやったら、後はもう先輩の好みの問題だよね・・・」
勿論そこが一番心配な点なのだが。
全体的に甘さは控えめにしておいたものの、そもそも菓子類が嫌いだったらどうしよう。いやでも前に一緒にアイスは食べたし、などと今更ながらに呟きながら手近の道具をまとめていると、ふと1つの抜き型が目に入った。
「あっ…」
丸に四角に星、花、動物、ダイヤにスペード、クローバー。季節外れのツリー型まで買い揃えたクッキー型の中で、たったひとつだけまだ使っていなかったもの。
…ハートの形。
「…どうしよう、これ」
銀色のハート型を手に、成美は深いため息を吐いた。
ハート型なんて、お菓子の形としては別に珍しいものでもない。バレンタインデーならいざ知らず、特別に意味を持たない日に目にすれば、それは単なる記号のひとつに過ぎないだろう。そう思うのに、どうしてもこの形だけは作ろうとするたびに手が止まってしまった。
―――――怖かった、から。
(荒垣先輩…)
最初は、ちょっと怖そうな人だなぁと思っていた。
次に会ったときに、実は優しい人なんだと知った。
『仲間』になって、たくさん話をするようになって、知らなかった面をいくつも知って。
気が付いたら、自然と目で追うようになっていた。
声をかけられれば嬉しい。笑顔を見せてもらえたらもっと嬉しい。そんな気持ちが積み重なったある日、不意に恋をしているのだと自覚した。
(あーあ、どうして好きになっちゃったかな。どう考えても私じゃ望み薄なのに)
気付いてから数日は、これでもかなり悩んだ。荒垣は優しい。でもそれは、『仲間』みんなへの優しさであって、自分だけが向けてもらっているものではないのだと『リーダー』である成美は理解していた。
きっと彼にとって自分は『妹』のようなものなのだ。危なっかしくて放っておけないから、構ってくれる。ただそれだけのことで、他意などないに決まっている。でも。
(『恋は落ちるもの』、か…今から考えると、友近くんてば真理を突いたこと言ってたなぁ)
一度落ちてしまったものはどうしようもない。上手くいく望みなどなくたって、はいそうですかとこの気持ちを消し去れはしないのだから。
ただ、こんな時に波風を立てるような真似だけはしたくなかった。振られて落ち込むのは自分の責任だが、優しい荒垣のことだ、振った相手にだって気を遣ってしまうに違いない。毎日顔を合わせるというのに、一々そんな思いをさせるのも心苦しい。ましてや自分たちは戦いの最中なのだ。ささやかであれ、不協和音は命取りにもなりかねない。
だから、気付かれないようにしなくては。自分は『リーダー』なのだから、せめてこの戦いが終わるまでは。
そう決めて、気持ちをどうにか切り替えられたのはほんの昨日のこと。
「気にしすぎ、だよね。先輩だって、こんなの見たってなんとも思わないに決まってるのに…」
ハートの抜き型をころんとまな板の上に置き、成美はもう一度ため息を吐いた。
気付かれず、今までどおり可愛がってもらえる『後輩』でいられるように、自然に振舞わなくてはいけない。そんな風に考えていたら、ハート型のクッキーですら作るのが怖くなった。ただのマークにしか過ぎないのに、この気持ちがあの人に気付かれてしまいそうで。
「伝わるわけ、ない」
気付いて欲しいのか、気付かれたくないのか。本当はどっちなのか自分でも分からない。でも、どっちだって同じ、『気付かれてはいけない』。
「大丈夫、だよね」
置いたままのハートの型を眺め、呟く。あんなにたくさん作っておいたクッキー生地は、もう1つのブロックを残すのみとなっていた。ためらいながら生地を伸ばす。丁度よい厚みになったところで、銀の抜き型を手に取った。
星、花、ダイヤ、楕円に、長方形。端から順番に型を抜いていく。生地はあっという間に穴だらけになり、型を取れる部分はもうほんのわずかしかない。
ためらいながらも成美はハートの型に手を伸ばし、そして、一度その手を引っ込めた。
「…よし!」
迷いを振り切るようにぐっと拳を握り締め、今度は別の方向に手を伸ばす。摘み上げたのは『食紅』と書かれた小瓶だった。残った生地にごく少量の赤色を混ぜ入れ、ほんのりとピンクに色付ける。深呼吸をひとつして抜き型を手に取った成美は、綺麗に伸ばし直した小さなピンクのクッキー生地からそっとハートの形を取り出した。
「…はぁ」
オーブンの蓋を閉じたところで、力を使い果たしたようにくたりと近くの椅子に座り込む。たったあれだけの作業なのに、成美にとっては大型シャドウに立ち向かう以上に勇気の要ることだった。
「綺麗に出来てなかったら、食べちゃえばいいよね」
呟いて、椅子の上で膝を抱える。焼きあがるまでの時間にラッピングの支度をしなきゃ、そう思いつつも、しばらく成美はぼんやりと熱くなっていくオーブンの中を眺めていた。
夕刻を回り、思い思いの休日を過ごしてきた寮生たちが空っぽだったラウンジを賑わす。
テレビから流れる雑学のバラエティ番組に皆の話題が珍しく集中している頃、少し遅く帰って来た荒垣はその中に加わることなしに通り過ぎた。
「…?」
そのまま真っ直ぐ自分の部屋に戻ろうとキッチン脇を通り過ぎた時、ふと甘い香りに気付く。何の香りだろうかと視線だけを向けると、丁度キッチンから顔を出した成美と目が合った。
「…神那姫」
思わずその名を口にすると、何故か成美はひどく慌ててキッチンから飛び出してきた。
「あ、あの、先輩っ」
「どうした?」
妙にそわそわと落ち着きのない様子に、少しばかり可笑しさを感じながら問いかける。すると、どういう訳か顔を赤らめて目線を逸らされた。
(…笑っちまってたか?)
馬鹿にしたようにでも見えて、怒らせたのだろうか。真っ先にそんな不安を覚え、次には慌てて戻された視線の中に負の感情がないことに安堵する。
そんな自分に呆れながらも、表面上は落ち着いた様子で成美の次の言葉を待っていると、きょろきょろと頻りに後ろの方を気にしていた彼女は「すみません、ちょっとだけ2階のソファーのところで待ってて下さい!」と言い残してキッチンに消えてしまった。
(なんだ?)
今一つ状況が掴めないものの、大人しく2階に上がる。程なくして階段を駆け上がってきた彼女は、シンプルだが丁寧にラッピングされた包みを抱えていた。
「この間のお礼です!」
向き合うなりそう言って包みを差し出され、荒垣は一瞬受け取ることもできずに硬直した。
「…俺に、か?」
動揺のあまり、間の抜けた質問が飛び出す。それに対して成美は大きく3回も頷いた。
「クッキーなんですけど…嫌い、じゃないですか…?」
「あ、ああ」
決して嫌いではない、寧ろ好きな方だと思うのだが、その単語自体を口に出すことが出来ずに曖昧に答える。それでも成美はほっとしたのだろう、ようやく笑った。
「良かった…。あの、そんなには甘くならないようにしましたから」
包みを受け取る時の言葉で、キッチンの周りに漂っていた甘い香りの正体に気付く。
「…お前が作ったのか」
「は、はいっ!あっ、ちゃんと味見はしましたから、大丈夫です!意外といけます!」
慌てて答える成美に対し、咄嗟に笑うことも言葉を返すこともできず、荒垣は誤魔化すようにその頭を撫でた。
「せ、先輩?」
「馬鹿、んなこた心配してねぇよ。…ありがとな、神那姫」
上手く笑えただろうか。それは分からなかったが、「はい」と答えた成美の笑顔はとても嬉しそうで。
それだけで満たされるのだと、辛うじて抱きしめたくなる衝動を抑えることが出来た。
「…予想以上に器用だな、あいつは」
部屋で包みを解きながら、荒垣は改めて自分たちのリーダーが様々な分野で水準以上の能力を発揮していることに感心した。
シンプルにまとめたラッピングは、女性らしく可愛いながらも甘すぎない。籠に入った形で包まれていたクッキーは丁寧に配置されていて、一見すればどこかの店に並んでいてもおかしくない出来栄えだ。
中のひとつを摘み出し、そこでもうひとつのことに気付く。様々な形をしたクッキーは、どう見ても一度や二度の作業で作りきれるものではないだろう。菓子作りは専門外の荒垣だが、そんなことくらいは見れば分かる。おそらく種類ごとにたくさん作った中から、出来のいいものばかりを選りすぐって詰めてくれたに違いない。
「ったく、気ぃ遣いやがって…どんだけ時間かけたんだ…」
自分などにそんな手間をかけて、と思う反面、素直に喜びをも感じてしまう。この間の夕食と、風邪の時のお礼。それ以上の意味などないのは分かっているのに、彼女がわざわざ自分のために時間を割いてくれたことが本当に嬉しい。
(重症だな…)
誰も見ていないことにほっとした。きっと今の自分は馬鹿みたいに幸せそうな顔をしているのだろう。
照れ隠しなのか自分でもよく分からぬままに、荒垣はたくさんのクッキーをひとつひとつ摘み上げて並べてみた。
どれもこれも、丁寧に作られている。
中でも犬の形をしたクッキーには羽のマークが描き加えられており、思わず噴き出した。
「…コロマルってことか?」
まったく、意外に凝り性だ。そんなことを面白がったり感心したりしながら何もなかった机の上にクッキーを広げていく内に、手がぴたりと止まる。
淡いピンクをしたクッキーが、底に転がっている。
その形は、ハート型だった。
「…」
摘み上げて、眺める。
「…なに、動揺してんだ、俺は…」
勝手に速度を上げる鼓動にそう呟いてみるが、何一つ落ち着きを取り戻す役には立たなかった。
ピンクのハート。
それは、ただの「形」に少女らしい「飾り」を施しただけに違いない。そんなことは分かり過ぎるほど分かっているのに、ばくばくと忙しなく高鳴る心臓は理性の声を聞き届けてくれるつもりはないらしい。
熱でも出たように顔が熱い。そっとクッキーを籠に戻し、荒垣は椅子の背もたれに仰け反るように寄りかかった。
「馬鹿か、本当に…」
天井を見上げて深く息を吐き出す。まったく、どうかしている。こんなことくらいで取り乱すなんて。
目を閉じれば成美の笑顔を思い浮かべてしまいそうで、荒垣はそのまま天井を睨みつけた。
「…こんなつもりじゃ、なかっただろうが…」
魅かれていると、気付いたのはいつだっただろうか。こんなに短い間だというのに、そんなことももう思い出せない。自覚したときには遅かった。忘れることも、距離を置くこともできないままに、ただ愛しいという思いだけが募る。叶わないと、叶ってはいけないと、分かっているのに。
ほんのりとピンクに色づけられたハート。まるでそれは、自分の心を見透かされたようだ。あの存在を、欲しいと望む身勝手な心。食いつくしてしまいたいと思う、凶暴な欲。
「食えねぇだろ、んなの。頼むから…」
期待させんな。
呟いた言葉は、何故か甘い響きを帯びていた。
END。
リミットぎりぎりまでは、片想い同士でもだもだと。俺、修羅場終わったら荒ハム(って言うんですね荒女主)両想いないちゃいちゃ話書くんだ…(死亡フラグもういい)
あ、すみません、死亡フラグで思い出しましたがうちの子は基本ED後も死にません(笑)その辺りの話も近いうちに…!(死亡フラグ乱立中)
P3P二次創作SS・6。【P3Pネタばれ有り注意!】
2009年12月4日 二次創作いろいろこれはP3Pの当サイト主人公たちの二次創作です。オリジナル設定満載&フェスネタばれ前提ですので読まれる際はご注意ください。
しょーもなさすぎるショートギャグ。テオ好きと真田さん好きには大変申し訳ない内容に。あと一応ですが荒女主前提です。
今回は出てこない人ばっかりですが登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
似てない双子な主人公。男子(フェスクリア後封印中)はザベスに好かれ、女子(P3P1周目トライ中)は荒垣さんとひっそり両想い。
苗字は「神那姫(かんなぎ)」。玲矢(P1主)は2人の「兄」(※引き取られ先の長男)、有人(P4主)はその「はとこ」。
色々オリジナル入ってますので詳しくは「1」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
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「いやーっ!!!!」
それは戦闘終了後。
鮮やかに敵シャドウを瞬殺した『現場リーダー』が突然そんな悲鳴を上げたものだから、一緒に組んでいた美鶴、真田、アイギスは仰天した。
「ど、どうした!?」
「新手のシャドウか!?」
「成美さん、大丈夫ですか!?」
口々に声をかける3人の前で、成美は両手で顔を覆うようにしてへたり込んでいる。まさか何らかの攻撃を受けていたのか、と焦り駆け寄ろうとする美鶴たちの脳裏に風花の声が響いた。
『成美ちゃん!どうしたの!?』
ナビである風花にも原因が分からないのだろうか。更にメンバーの焦りが募ったその時、突然成美ががばっと顔を上げた。
「成美さん…?」
その顔は、何故か真っ赤で尚且つ怒っているように眉根がきゅっと吊り上がっていた。思ったよりは元気そうだが、大きな真紅の瞳が半分泣きそうに潤んでいる。そんな彼女の様子に周囲が焦りどころかパニックに陥りかけた、瞬間。
「風花!大至急『エスケープ・ロード』してっ!!」
『えっ、うん!う、動かないでね!』
成美の叫びに風花が慌てて答える。同行の3人が口を挟む間もなく、彼らは一気にエントランスへと戻された。
「成美っ!?」
「大丈夫かっ!?」
「何があったんですか!?」
「ワン!」
エントランスで待機していたメンバーがどっと押し寄せる。それを、顔を伏せたままの成美は両の手を思い切り前に突き出す形で『ストップ!』の意思を示した。
「な、成美?」
「…5分」
不思議そうに問いかけるゆかりに珍しく目も合わせぬまま、成美は強く言い放った。
「5分待って!入れ替えるから!!」
「…入れ替え…?」
「ごめんなさい!すぐだから!!」
予想外の言葉に全員がぽかーんとしている間に、成美は制服のスカートを翻し、エントランスの端まで一気に走って行ってしまった。
その位置に、ゆかりがはたと思い出す。
「…って、ペルソナ、の?」
エントランスの階段向かって左隅。何故か成美は休憩時間に、その場所で静かに壁の方向を向いていることが多い。何をするわけでもなく傍目にはぼーっとしているようにも見えるのだが、それが済むと不思議なことに彼女の使うペルソナは増えたり減ったりしているのだった。どういうことなのかとメンバーが問いかけてみたところ、どうも彼女は自分の『中』に存在する複数のペルソナをその意思により消したり戻したり、あまつさえ複数のペルソナを合体させることにより新しいものを作り出したりということが出来るらしい。あの場所にいる時は、その作業をやっているのだと言う。何故そこの場所ではならないのかはよく分からないが、おそらく集中に向く何かがあるのだろう。いつも2、3分、長くて10分にも満たない時間なのだが、戻ってくると結構疲労しているのも集中力をそれだけ消費するからか。
基本的に1つのペルソナしか持ったことのない仲間たちは、不思議がりつつもそう納得していた。
で、現在。
その成美は定位置でぴたりと止まって動かない。やはり『ペルソナの入れ替え』を始めてしまったようだ。
「てか、なんで?さっきの戦闘中に何かあったの?」
エントランス居残り組が同行していた3人に尋ねるが、3人が3人とも顔を見合わせ首を傾げた。
「いや…特に変わったことは無かったはずなのだが」
「はい、敵も成美さんのファーストアタックで全滅しましたし…」
「そういえば、神那姫の使ってたのは初めて見るペルソナだったな。あのマハジオダインはかなりの威力だったが…」
見ていた人間の話を総合しても、これといった理由は見当たらない。全員が等しく『?』のマークを頭上に浮かべる中、ちらちらと全員の視線が向けられるリーダーの背中はエントランスの端でぴくりとも動かずにいた。
一方その頃、当のリーダーはと言えば。
「いやーっ!!!!」
ベルベットルームに飛び込むなり、先程と同じ悲鳴を上げた。
「ど、どうされましたかな、お客じ…むぎゅ」
「成美様!何があったのですか!!」
主であるはずのイゴールの鼻を押しのけ、テオドアが一直線に成美に駆け寄る。ふるふると肩を震わせるその手を取り、床に座り込みそうになる身体を椅子へと導きながらもう一度どうしたのですか、と聞こうと顔を覗き込んだその時。
「…!!!!」
半泣きの瞳で見詰められ、テオドアは火を吹かんばかりに真っ赤になった。一瞬にして使い物にならなくなった部下の姿に鼻を押さえたままのイゴールがため息を吐く。
「…落ち着かれましたかな、少しは」
成美の手を握ったまま硬直しているテオドアに代わり、この場所の主が問いかける。それに対し、まだ半泣きではあるが成美はこくりと頷いた。
「で、どうなされたのですかな、お客人。もしや新しく作られたペルソナがお気に召しませんでしたか?」
「うう…」
イゴールの言葉に、またも成美がこくこくと頷く。
はて、とイゴールは内心首を捻った。
初めてこの部屋を訪れてから早8ヶ月。既にイゴールが知りうる中でもかなり強力なペルソナをいくつも所持している彼女だけに、先日合体により宿したペルソナもそれ相応の能力を秘めているものだ。おまけに受胎にも成功し、申し分ない出来だと合体作業に携わったイゴール自身も満足していたのだが…。
「何か、不具合でもございましたかな」
その問いには首をぶんぶんと横に振る。益々もって訳が分からず、はて、なんと次は訪ねるべきかと思っていると、固まっていたテオドアがようやく復活した。未だ成美の手を離さぬままで、イゴールとの間に割り込むように身を乗り出す。
「な、成美様、何かご不満な点がありましたか?合体方法ですか、継承スキルですか、それとも主の鼻ですか!?なんでも仰って下さい!」
駄目だこいつ早くなんとかしないと。
…とイゴールが思ったかどうかは定かではないが、額に青筋を浮かべる主の視線など何処吹く風といった様子のテオドアにはそもそもどうでもよかった。
「うー…」
主従の間にそんな取り返しの付かない亀裂を入れたとは知らない成美は、一声呻くと小さな声で喋りだした。
「…魔法」
「?」
「魔法を使ったら、マントが…」
「…マント?」
テオドアとイゴールは2人ともとあるペルソナを思い起こしつつ、頭上に『?』を浮かべた。
確かにそのペルソナはマントをつけた姿だったが、そんな格好のペルソナは他にも多い。一体何がいけなかったのだろうか。悩む2人が解答を見出せずにいるうちに、まだ口籠っていた成美は何かを吹っ切ったようにすう、と息を吸い込んだ。
「…マントがねっ!」
「は、はいっ!?」
慌てる主従に、そのままの勢いで成美が叫んだ。
「翻って、お尻が見えちゃうんですっ!」
…一瞬の静寂がベルベットルームを覆う。
「…は」
次の瞬間、テオドアがペルソナ辞典を取り落とした。
ものすごく重い音をたてるそれが主の足を直撃したのは決して故意ではない、と思う。
「なっ、成美様っ!そ、そのような裾の短い服をお召しだからいけないのです!今すぐにお召し替えを…!」
「私じゃないっ!」
「はうっ」
びたん!とおデコを手のひらで叩かれ、テオドアは変な声を出して仰け反った。
「じゃなくて!ペルソナの!トールの!!」
顔を真っ赤にして怒鳴る成美に、ようやくもって主従は「ああ」と同時に納得の声を上げた。尤も、片方は左足を、もう片方は額を押さえた変な格好であったが。
【トール】とは、北欧神話に出てくる雷神である。屈強な男性の姿をしたそのペルソナは、強力な技と力を持つ上に、雷を無効化するアイテムを受胎するのだが…。
「普通に見た時はあんまり気にならなかったけどっ、マントが翻ったらあんな格好なんだもん!いくら強くても毎回あれじゃ恥ずかしいですっ!!」
…そうなのである。現代日本に生きる成美からしてみれば、トールの衣装は【マントの下にレオタード】にしか見えなかった。それでも通常の立ち姿を見たときには結構重厚なマントの羽織り方故にさほど気にはならなかったのだが、呼び出してみてビックリ、雷轟く中いきなり筋肉質の臀部が申し訳程度の布地をまとってバーン!である。年頃の少女にこれは正直きつい。
ちなみにその光景に一瞬成美の脳裏には『屋久島の真田先輩並みに恥ずかしい』という比喩が浮かんでしまったのだが、流石に一生それは口にすまいと堅く誓ったのだった。まったくの余談であるが。
「ゆっ、ゆかりや、風花や、美鶴先輩はっ、みんな可愛かったりカッコ良かったりちゃんと女の子らしいペルソナなのにっ…なんで私のペルソナは変な格好してるのや怖いのがいっぱいいるのー!?最初の方はそうでもなかったけど、強いペルソナになればなるほどなんだかそんなのばっかりで…」
「な、成美様…」
泣きそうになるのを堪えつつ、真っ赤に頬を染めて両手を握り締める『年頃の女の子』に、人外である主従も困り果てた。ペルソナとはそもそも人の心の産物であるが、成美の持つワイルドの力はその心の遥か奥底、人間という種が太古の時代より形成してきたあらゆる仮面を引き出し自分のものにしてしまう。つまりは成美自身の心を引き出しているというよりも、人間全体が持つ心の形全てを『受け入れて』しまう巨大な『器』が成美であり、その器に注ぎ込まれた力が彼女の使うオルフェウス以外のペルソナと言える。彼女の言う「変なの」とか「怖いの」も、確かに彼女の心の欠片ではあろうが、それは本当に細かい砂粒程度のものでしかないはずだ。
…とはいえ、そうだとしても器である当の本人にとってはあまり慰めにならないのだろうが。
「…ではお客人、こうしたらどうですかな」
「えっ…?」
イゴールの言葉に、成美が顔を上げる。奇怪な姿の割に人の好い老人は、少女に一枚のスキルカードを手渡した。
「トールの産み落とすアイテムはお客人にどうしても必要でしょう。このスキルを付けておけば、ペルソナを召喚しなくても成長させることができます。いかがですかな、使用するペルソナは新しくお作りになって、トールは心の中にて育ててみては」
「イゴールさん…」
成美が目をこすりながら【ハイグロウ】のスキルカードを受け取る。その表情が目に見えて明るくなった。
「ありがとうございます!…ごめんなさい、自分の作ったペルソナなのに酷いこと言って…私、ちゃんと最後まで責任もって育てます!もうわがまま言いません!」
うんうん、と頷くイゴールの目には、成美の心の中で嬉し泣きをしているトールの姿がはっきり見えていた。
(ちょっと元気すぎるが、このお客人はほんにええ子じゃのー…)
何故か妙な方言交じりで和んでいるイゴールは、テオドアの刺すような視線が自身に注がれていたことに気付かず済んだ。実はついでに視線どころか辞典までもう一回(しかも角が)飛んできそうな気配であったが、元気を取り戻した成美がテオドアを振り向いたことにより実現する前に阻止された。
「えっと、じゃあ折角だし新しいペルソナも作っちゃいますね!今ちょうどスペースも空いてるし、お金にも余裕出てきたし…まだ作ってない素材数多めのスプレッドに挑戦してみようかな。テオ、辞典を見せてもらっていい?」
「はい!勿論ですとも!」
今までの殺気はどこへやら、ぱぁっと笑顔で分厚い辞典を広げるテオドアと、ほっと一安心していたイゴールは、だからこそ気付かなかった。
「えーっと…まだ作ってない4身以上の合体で…レベルの足りてるのってこれくらいかなぁ…」
成美が買い戻しているペルソナが、何を作るための材料かということに。
「ばかっ!えっち!イゴールさんもテオも大っ嫌いーーーーー!!!!」
「ちっ、違うんです成美様ぁぁぁっ!!」
…見事に張り倒され、赤く腫れ上がった左頬を押さえつつ叫んだテオドアの声は、バタン!!と盛大な音をたてて閉じた青い扉に阻まれた。
「ご、誤解ですっ!私は決してそのような…!…あ、主ぃぃっ!!!何故合体前に気付いて止めて下さらなかったのですかぁぁっ!!」
「い、いや、その、ちと気を抜いてたもんで、まさかよりによってアレを選ばれるとは…、いたたたっ!これ!辞典を振り回すのはやめんかテオ!」
「うわーん!成美様ー!」
青い青い時の止まった部屋の中、主従が静寂をひっくり返す勢いでドタバタとしている頃。
「あっ、終わったの成美…ってどーしたの!?」
「いやぁぁぁぁっ!もうペルソナ呼ばない!帰るぅぅー!!!!」
「えっ、ちょ、成美ッチー!?」
仲間たちが目を丸くする中、普段はみんなの3倍戦っても張り切るリーダーはエントランスを突き抜けてタルタロスからダッシュで駆け去っていく。
「成美さーん!?」
「ま、待つんだ神那姫!」
慌てて追いかける仲間たちがようやく彼女に追いついたのは、既に影時間の明けた寮の中だった。
結局その後、何があったのか成美は黙して語らず、有耶無耶の内にその日の探索はお開きになり…。
「…ああ、なるほどねぇ…。馬鹿だねぇ、こんなもの気にすることないさ、いい素材になりそうだし置いて行きな。…いいよいいよ、ほら、もう元気をお出し」
真宵堂の主人に慰められて少し元気になって帰って来たリーダーが、やっとのことで笑顔を見せるようになったのは2日後だった。
そして、その翌日影時間。
「みんな、ごめんね。今日からまた頑張って探索しましょう!」
「おー!」
元気よく声を合わせる仲間たちがそれぞれ装備を整えていると、成美が真田を呼び止めた。
「あの、真田先輩…よかったらこれ、使って下さい」
「え、その、いいのか?俺だけ…」
「ええ…ちょうど…手に入ったので…」
何故か目をそらし気味に、しかもどこか影を背負った様子の成美には気付かず、真田は『特別扱い』が自分でもよく分からないがちょっと嬉しくてにこやかにそれを受け取った。
「そ、そうか!ありがたく使わせてもらうぞ!」
「…ええ…使えるなら、よかった、です…」
妙にそそくさと去っていく成美の背中を見送りながら、真田はもらった新しい武器を身に付けてみた。
「これは…!」
見た目は若干禍々しいが、付けた瞬間格段に性能が違うと分かる。心なしか自分自身の身体能力も底上げされたようだ。
「ありがとう神那姫…!俺はお前の期待に応えられるよう、精一杯戦うぞ!」
感動のあまりその場でシャドーボクシングなどを始めてしまう真田を、他の部員たちが奇異の目で見やる。
が、その中にリーダーの姿はなかった。
「…なんで?なんであんなにすごい武器になっちゃうの…?上書きも捨てるのも出来ないよぅ…」
ベルベットルームとは正反対の壁の前。真っ赤な顔で膝を抱えるリーダーは、いろんな意味で後悔していた。
『終極の魔手』―――――ペルソナ・『マーラ』と武器合体することによって作れる、拳の最強武器。
真宵堂の店主が厄介払いしたげるよ、と外してくれた「女子には大変恥ずかしい外見のペルソナ」は、店主が試しに合体させてみたらとんでもない武器になってしまったらしい。
「…まぁあんたも複雑だとは思うけどさ、もうこんなんになっちゃったら元がなんだったかもわかんないだろ?あんたの使うもんでもないし、折角だから持ってきな」
そう言われてしまえば、ありがとうございますとしか言えなかった。
ただ持っていてもしょうがないし、最終局面が近いこの状況下では強い武器は確かに欲しい。渡すべきか渡さざるべきか、悩んだものの結局はこうなった次第である。
「…いいもん、もう原型ないもん…忘れよう、忘れていいよね、忘れさせて下さい。うう、やだー、あんなの荒垣先輩に知られたら嫌われちゃうよー、違うの、あれは私じゃないもん、うえーん、静真ぁ…おにーちゃん、有人ぉー…違うよね、私そんなんじゃないよね、そう言ってぇー…」
ぐすんぐすん、とこの場にいない兄弟たちに向って涙ながらに訴える。どんなに強くて元気一杯でも、やっぱり少女、しかも今では恋する乙女。そう簡単には「あんなもの」を見たショックから立ち直れない現場リーダーなのだった。
「…でも、あんなのが最強武器になる真田先輩って…」
ふとそんなことに気が付き、成美の表情が一瞬凍りつく。
「…まさか、そんな。…うん、そうだよね、きっとこういうのもランダムとか偶然とかいろいろあるもんね、うん。ほら、もう行かないと、頑張れ私、めげるなー…」
ぶんぶん、と想像を打ち消し、どうにか元気を出して立ち上がる。
「…イゴールさんたちにも、後で謝りにいこ」
呟いて駆け出すその姿は、傍から見ればなかなかに凛々しかった。
…それからしばらくの間、『何故かリーダーの態度が真田に対し余所余所しい』という噂が立ったが、それに気付いていたのは真田以外の人間だけだったのでこれといって問題はなかったという。
END。
…いろんな意味でごめんなさい(土下座)そんなわけでうちの真田さんはこれを装備しています。見るたびに泣けてくる。
しょーもなさすぎるショートギャグ。テオ好きと真田さん好きには大変申し訳ない内容に。あと一応ですが荒女主前提です。
今回は出てこない人ばっかりですが登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
似てない双子な主人公。男子(フェスクリア後封印中)はザベスに好かれ、女子(P3P1周目トライ中)は荒垣さんとひっそり両想い。
苗字は「神那姫(かんなぎ)」。玲矢(P1主)は2人の「兄」(※引き取られ先の長男)、有人(P4主)はその「はとこ」。
色々オリジナル入ってますので詳しくは「1」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
「いやーっ!!!!」
それは戦闘終了後。
鮮やかに敵シャドウを瞬殺した『現場リーダー』が突然そんな悲鳴を上げたものだから、一緒に組んでいた美鶴、真田、アイギスは仰天した。
「ど、どうした!?」
「新手のシャドウか!?」
「成美さん、大丈夫ですか!?」
口々に声をかける3人の前で、成美は両手で顔を覆うようにしてへたり込んでいる。まさか何らかの攻撃を受けていたのか、と焦り駆け寄ろうとする美鶴たちの脳裏に風花の声が響いた。
『成美ちゃん!どうしたの!?』
ナビである風花にも原因が分からないのだろうか。更にメンバーの焦りが募ったその時、突然成美ががばっと顔を上げた。
「成美さん…?」
その顔は、何故か真っ赤で尚且つ怒っているように眉根がきゅっと吊り上がっていた。思ったよりは元気そうだが、大きな真紅の瞳が半分泣きそうに潤んでいる。そんな彼女の様子に周囲が焦りどころかパニックに陥りかけた、瞬間。
「風花!大至急『エスケープ・ロード』してっ!!」
『えっ、うん!う、動かないでね!』
成美の叫びに風花が慌てて答える。同行の3人が口を挟む間もなく、彼らは一気にエントランスへと戻された。
「成美っ!?」
「大丈夫かっ!?」
「何があったんですか!?」
「ワン!」
エントランスで待機していたメンバーがどっと押し寄せる。それを、顔を伏せたままの成美は両の手を思い切り前に突き出す形で『ストップ!』の意思を示した。
「な、成美?」
「…5分」
不思議そうに問いかけるゆかりに珍しく目も合わせぬまま、成美は強く言い放った。
「5分待って!入れ替えるから!!」
「…入れ替え…?」
「ごめんなさい!すぐだから!!」
予想外の言葉に全員がぽかーんとしている間に、成美は制服のスカートを翻し、エントランスの端まで一気に走って行ってしまった。
その位置に、ゆかりがはたと思い出す。
「…って、ペルソナ、の?」
エントランスの階段向かって左隅。何故か成美は休憩時間に、その場所で静かに壁の方向を向いていることが多い。何をするわけでもなく傍目にはぼーっとしているようにも見えるのだが、それが済むと不思議なことに彼女の使うペルソナは増えたり減ったりしているのだった。どういうことなのかとメンバーが問いかけてみたところ、どうも彼女は自分の『中』に存在する複数のペルソナをその意思により消したり戻したり、あまつさえ複数のペルソナを合体させることにより新しいものを作り出したりということが出来るらしい。あの場所にいる時は、その作業をやっているのだと言う。何故そこの場所ではならないのかはよく分からないが、おそらく集中に向く何かがあるのだろう。いつも2、3分、長くて10分にも満たない時間なのだが、戻ってくると結構疲労しているのも集中力をそれだけ消費するからか。
基本的に1つのペルソナしか持ったことのない仲間たちは、不思議がりつつもそう納得していた。
で、現在。
その成美は定位置でぴたりと止まって動かない。やはり『ペルソナの入れ替え』を始めてしまったようだ。
「てか、なんで?さっきの戦闘中に何かあったの?」
エントランス居残り組が同行していた3人に尋ねるが、3人が3人とも顔を見合わせ首を傾げた。
「いや…特に変わったことは無かったはずなのだが」
「はい、敵も成美さんのファーストアタックで全滅しましたし…」
「そういえば、神那姫の使ってたのは初めて見るペルソナだったな。あのマハジオダインはかなりの威力だったが…」
見ていた人間の話を総合しても、これといった理由は見当たらない。全員が等しく『?』のマークを頭上に浮かべる中、ちらちらと全員の視線が向けられるリーダーの背中はエントランスの端でぴくりとも動かずにいた。
一方その頃、当のリーダーはと言えば。
「いやーっ!!!!」
ベルベットルームに飛び込むなり、先程と同じ悲鳴を上げた。
「ど、どうされましたかな、お客じ…むぎゅ」
「成美様!何があったのですか!!」
主であるはずのイゴールの鼻を押しのけ、テオドアが一直線に成美に駆け寄る。ふるふると肩を震わせるその手を取り、床に座り込みそうになる身体を椅子へと導きながらもう一度どうしたのですか、と聞こうと顔を覗き込んだその時。
「…!!!!」
半泣きの瞳で見詰められ、テオドアは火を吹かんばかりに真っ赤になった。一瞬にして使い物にならなくなった部下の姿に鼻を押さえたままのイゴールがため息を吐く。
「…落ち着かれましたかな、少しは」
成美の手を握ったまま硬直しているテオドアに代わり、この場所の主が問いかける。それに対し、まだ半泣きではあるが成美はこくりと頷いた。
「で、どうなされたのですかな、お客人。もしや新しく作られたペルソナがお気に召しませんでしたか?」
「うう…」
イゴールの言葉に、またも成美がこくこくと頷く。
はて、とイゴールは内心首を捻った。
初めてこの部屋を訪れてから早8ヶ月。既にイゴールが知りうる中でもかなり強力なペルソナをいくつも所持している彼女だけに、先日合体により宿したペルソナもそれ相応の能力を秘めているものだ。おまけに受胎にも成功し、申し分ない出来だと合体作業に携わったイゴール自身も満足していたのだが…。
「何か、不具合でもございましたかな」
その問いには首をぶんぶんと横に振る。益々もって訳が分からず、はて、なんと次は訪ねるべきかと思っていると、固まっていたテオドアがようやく復活した。未だ成美の手を離さぬままで、イゴールとの間に割り込むように身を乗り出す。
「な、成美様、何かご不満な点がありましたか?合体方法ですか、継承スキルですか、それとも主の鼻ですか!?なんでも仰って下さい!」
駄目だこいつ早くなんとかしないと。
…とイゴールが思ったかどうかは定かではないが、額に青筋を浮かべる主の視線など何処吹く風といった様子のテオドアにはそもそもどうでもよかった。
「うー…」
主従の間にそんな取り返しの付かない亀裂を入れたとは知らない成美は、一声呻くと小さな声で喋りだした。
「…魔法」
「?」
「魔法を使ったら、マントが…」
「…マント?」
テオドアとイゴールは2人ともとあるペルソナを思い起こしつつ、頭上に『?』を浮かべた。
確かにそのペルソナはマントをつけた姿だったが、そんな格好のペルソナは他にも多い。一体何がいけなかったのだろうか。悩む2人が解答を見出せずにいるうちに、まだ口籠っていた成美は何かを吹っ切ったようにすう、と息を吸い込んだ。
「…マントがねっ!」
「は、はいっ!?」
慌てる主従に、そのままの勢いで成美が叫んだ。
「翻って、お尻が見えちゃうんですっ!」
…一瞬の静寂がベルベットルームを覆う。
「…は」
次の瞬間、テオドアがペルソナ辞典を取り落とした。
ものすごく重い音をたてるそれが主の足を直撃したのは決して故意ではない、と思う。
「なっ、成美様っ!そ、そのような裾の短い服をお召しだからいけないのです!今すぐにお召し替えを…!」
「私じゃないっ!」
「はうっ」
びたん!とおデコを手のひらで叩かれ、テオドアは変な声を出して仰け反った。
「じゃなくて!ペルソナの!トールの!!」
顔を真っ赤にして怒鳴る成美に、ようやくもって主従は「ああ」と同時に納得の声を上げた。尤も、片方は左足を、もう片方は額を押さえた変な格好であったが。
【トール】とは、北欧神話に出てくる雷神である。屈強な男性の姿をしたそのペルソナは、強力な技と力を持つ上に、雷を無効化するアイテムを受胎するのだが…。
「普通に見た時はあんまり気にならなかったけどっ、マントが翻ったらあんな格好なんだもん!いくら強くても毎回あれじゃ恥ずかしいですっ!!」
…そうなのである。現代日本に生きる成美からしてみれば、トールの衣装は【マントの下にレオタード】にしか見えなかった。それでも通常の立ち姿を見たときには結構重厚なマントの羽織り方故にさほど気にはならなかったのだが、呼び出してみてビックリ、雷轟く中いきなり筋肉質の臀部が申し訳程度の布地をまとってバーン!である。年頃の少女にこれは正直きつい。
ちなみにその光景に一瞬成美の脳裏には『屋久島の真田先輩並みに恥ずかしい』という比喩が浮かんでしまったのだが、流石に一生それは口にすまいと堅く誓ったのだった。まったくの余談であるが。
「ゆっ、ゆかりや、風花や、美鶴先輩はっ、みんな可愛かったりカッコ良かったりちゃんと女の子らしいペルソナなのにっ…なんで私のペルソナは変な格好してるのや怖いのがいっぱいいるのー!?最初の方はそうでもなかったけど、強いペルソナになればなるほどなんだかそんなのばっかりで…」
「な、成美様…」
泣きそうになるのを堪えつつ、真っ赤に頬を染めて両手を握り締める『年頃の女の子』に、人外である主従も困り果てた。ペルソナとはそもそも人の心の産物であるが、成美の持つワイルドの力はその心の遥か奥底、人間という種が太古の時代より形成してきたあらゆる仮面を引き出し自分のものにしてしまう。つまりは成美自身の心を引き出しているというよりも、人間全体が持つ心の形全てを『受け入れて』しまう巨大な『器』が成美であり、その器に注ぎ込まれた力が彼女の使うオルフェウス以外のペルソナと言える。彼女の言う「変なの」とか「怖いの」も、確かに彼女の心の欠片ではあろうが、それは本当に細かい砂粒程度のものでしかないはずだ。
…とはいえ、そうだとしても器である当の本人にとってはあまり慰めにならないのだろうが。
「…ではお客人、こうしたらどうですかな」
「えっ…?」
イゴールの言葉に、成美が顔を上げる。奇怪な姿の割に人の好い老人は、少女に一枚のスキルカードを手渡した。
「トールの産み落とすアイテムはお客人にどうしても必要でしょう。このスキルを付けておけば、ペルソナを召喚しなくても成長させることができます。いかがですかな、使用するペルソナは新しくお作りになって、トールは心の中にて育ててみては」
「イゴールさん…」
成美が目をこすりながら【ハイグロウ】のスキルカードを受け取る。その表情が目に見えて明るくなった。
「ありがとうございます!…ごめんなさい、自分の作ったペルソナなのに酷いこと言って…私、ちゃんと最後まで責任もって育てます!もうわがまま言いません!」
うんうん、と頷くイゴールの目には、成美の心の中で嬉し泣きをしているトールの姿がはっきり見えていた。
(ちょっと元気すぎるが、このお客人はほんにええ子じゃのー…)
何故か妙な方言交じりで和んでいるイゴールは、テオドアの刺すような視線が自身に注がれていたことに気付かず済んだ。実はついでに視線どころか辞典までもう一回(しかも角が)飛んできそうな気配であったが、元気を取り戻した成美がテオドアを振り向いたことにより実現する前に阻止された。
「えっと、じゃあ折角だし新しいペルソナも作っちゃいますね!今ちょうどスペースも空いてるし、お金にも余裕出てきたし…まだ作ってない素材数多めのスプレッドに挑戦してみようかな。テオ、辞典を見せてもらっていい?」
「はい!勿論ですとも!」
今までの殺気はどこへやら、ぱぁっと笑顔で分厚い辞典を広げるテオドアと、ほっと一安心していたイゴールは、だからこそ気付かなかった。
「えーっと…まだ作ってない4身以上の合体で…レベルの足りてるのってこれくらいかなぁ…」
成美が買い戻しているペルソナが、何を作るための材料かということに。
「ばかっ!えっち!イゴールさんもテオも大っ嫌いーーーーー!!!!」
「ちっ、違うんです成美様ぁぁぁっ!!」
…見事に張り倒され、赤く腫れ上がった左頬を押さえつつ叫んだテオドアの声は、バタン!!と盛大な音をたてて閉じた青い扉に阻まれた。
「ご、誤解ですっ!私は決してそのような…!…あ、主ぃぃっ!!!何故合体前に気付いて止めて下さらなかったのですかぁぁっ!!」
「い、いや、その、ちと気を抜いてたもんで、まさかよりによってアレを選ばれるとは…、いたたたっ!これ!辞典を振り回すのはやめんかテオ!」
「うわーん!成美様ー!」
青い青い時の止まった部屋の中、主従が静寂をひっくり返す勢いでドタバタとしている頃。
「あっ、終わったの成美…ってどーしたの!?」
「いやぁぁぁぁっ!もうペルソナ呼ばない!帰るぅぅー!!!!」
「えっ、ちょ、成美ッチー!?」
仲間たちが目を丸くする中、普段はみんなの3倍戦っても張り切るリーダーはエントランスを突き抜けてタルタロスからダッシュで駆け去っていく。
「成美さーん!?」
「ま、待つんだ神那姫!」
慌てて追いかける仲間たちがようやく彼女に追いついたのは、既に影時間の明けた寮の中だった。
結局その後、何があったのか成美は黙して語らず、有耶無耶の内にその日の探索はお開きになり…。
「…ああ、なるほどねぇ…。馬鹿だねぇ、こんなもの気にすることないさ、いい素材になりそうだし置いて行きな。…いいよいいよ、ほら、もう元気をお出し」
真宵堂の主人に慰められて少し元気になって帰って来たリーダーが、やっとのことで笑顔を見せるようになったのは2日後だった。
そして、その翌日影時間。
「みんな、ごめんね。今日からまた頑張って探索しましょう!」
「おー!」
元気よく声を合わせる仲間たちがそれぞれ装備を整えていると、成美が真田を呼び止めた。
「あの、真田先輩…よかったらこれ、使って下さい」
「え、その、いいのか?俺だけ…」
「ええ…ちょうど…手に入ったので…」
何故か目をそらし気味に、しかもどこか影を背負った様子の成美には気付かず、真田は『特別扱い』が自分でもよく分からないがちょっと嬉しくてにこやかにそれを受け取った。
「そ、そうか!ありがたく使わせてもらうぞ!」
「…ええ…使えるなら、よかった、です…」
妙にそそくさと去っていく成美の背中を見送りながら、真田はもらった新しい武器を身に付けてみた。
「これは…!」
見た目は若干禍々しいが、付けた瞬間格段に性能が違うと分かる。心なしか自分自身の身体能力も底上げされたようだ。
「ありがとう神那姫…!俺はお前の期待に応えられるよう、精一杯戦うぞ!」
感動のあまりその場でシャドーボクシングなどを始めてしまう真田を、他の部員たちが奇異の目で見やる。
が、その中にリーダーの姿はなかった。
「…なんで?なんであんなにすごい武器になっちゃうの…?上書きも捨てるのも出来ないよぅ…」
ベルベットルームとは正反対の壁の前。真っ赤な顔で膝を抱えるリーダーは、いろんな意味で後悔していた。
『終極の魔手』―――――ペルソナ・『マーラ』と武器合体することによって作れる、拳の最強武器。
真宵堂の店主が厄介払いしたげるよ、と外してくれた「女子には大変恥ずかしい外見のペルソナ」は、店主が試しに合体させてみたらとんでもない武器になってしまったらしい。
「…まぁあんたも複雑だとは思うけどさ、もうこんなんになっちゃったら元がなんだったかもわかんないだろ?あんたの使うもんでもないし、折角だから持ってきな」
そう言われてしまえば、ありがとうございますとしか言えなかった。
ただ持っていてもしょうがないし、最終局面が近いこの状況下では強い武器は確かに欲しい。渡すべきか渡さざるべきか、悩んだものの結局はこうなった次第である。
「…いいもん、もう原型ないもん…忘れよう、忘れていいよね、忘れさせて下さい。うう、やだー、あんなの荒垣先輩に知られたら嫌われちゃうよー、違うの、あれは私じゃないもん、うえーん、静真ぁ…おにーちゃん、有人ぉー…違うよね、私そんなんじゃないよね、そう言ってぇー…」
ぐすんぐすん、とこの場にいない兄弟たちに向って涙ながらに訴える。どんなに強くて元気一杯でも、やっぱり少女、しかも今では恋する乙女。そう簡単には「あんなもの」を見たショックから立ち直れない現場リーダーなのだった。
「…でも、あんなのが最強武器になる真田先輩って…」
ふとそんなことに気が付き、成美の表情が一瞬凍りつく。
「…まさか、そんな。…うん、そうだよね、きっとこういうのもランダムとか偶然とかいろいろあるもんね、うん。ほら、もう行かないと、頑張れ私、めげるなー…」
ぶんぶん、と想像を打ち消し、どうにか元気を出して立ち上がる。
「…イゴールさんたちにも、後で謝りにいこ」
呟いて駆け出すその姿は、傍から見ればなかなかに凛々しかった。
…それからしばらくの間、『何故かリーダーの態度が真田に対し余所余所しい』という噂が立ったが、それに気付いていたのは真田以外の人間だけだったのでこれといって問題はなかったという。
END。
…いろんな意味でごめんなさい(土下座)そんなわけでうちの真田さんはこれを装備しています。見るたびに泣けてくる。
P3P二次創作SS・5。【P3Pネタばれ有り&カプ要素注意!】
2009年12月1日 二次創作いろいろこれはP3Pの当サイト主人公たちの二次創作です。オリジナル設定満載&フェスネタばれ前提ですので読まれる際はご注意ください。
珍しくややシリアスめな荒女主。ただし主人公設定にかなりオリジナル要素入ってるのでご注意。
登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
リンリンシグナル鳴らしちゃう双子の主人公。男子(フェスクリア後封印中)はザベスに押し掛けられ女房、女子(P3P1周目トライ中)はガキさんと青い春な感じ。
苗字は「神那姫(かんなぎ)」。玲矢(P1主)は兄(引き取られ先の長男)、有人(P4主)はそのはとこで4人とも兄弟同然の仲。
詳しくは「1」を御確認下さい。
OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
「…薬が効いてきたらしい、少し落ち着いたようだ。若いのだし、後はしっかり食べて眠れば数日で治るだろうと言われたよ」
美鶴の言葉に、全員がほっと胸を撫で下ろした。
下校の遅れた成美が台風の影響で振り出した大雨にずぶ濡れになって帰ってきたのは、昨日の夕刻だった。その時は特に変わった様子ではなかったのだが、疲労を蓄積していたのか今日の朝になりひどい熱を出してしまったのだ。朝一番にこっそり部屋の鍵を開けて起こしに行ったアイギスが発見しなければ、昼近くまで誰も気付かなかったかもしれない。アイギスの緊急招集により全員が午前6時に飛び起きる羽目になったが、事情を知った後に文句を言う者は誰一人いなかった。
「今回ばっかりはアイギスの不法侵入に感謝だねー。休日だし、部屋に鍵かけたまま倒れられたらシャレになんないよ。ひどいことになんなくてホントよかった…」
「本当に…、ありがとうアイギス」
緊張が解けたとばかりにぐったりとソファに腰掛けるゆかりも、アイギスの手をぎゅっと握りしめる風花も、どちらもうっすらと目に涙を浮かべている。普段誰よりも元気でメンバーを引っ張っている成美が倒れていた姿は、仲の良い彼女たちに相当のショックを与えたらしい。緊急事態とはいえ部屋に踏み込むことを許されたのは女性陣だけであったから、男子メンバーはその様子に寧ろ想像以上に成美の状態がひどかったのだと思い知らされることとなった。
「あいつは…結構抱え込んじまうタイプなんだな」
ぽつりとこぼした真田の言葉に、全員が一瞬黙り込む。誰もが反射的に、自分の心の中に少なからず彼女を頼りにする気持ちを見つけ出したが故だ。それがどれほど彼女に重荷を背負わせているのか、うっすらとは理解しつつも、いつも元気で笑顔を見せるその姿につい甘えてしまっていたのだと。
「…あーもう!やめやめ!」
その沈黙を勢い良く破ったのはゆかりだった。
「こんなとこで凹んでたって成美が良くなるわけじゃないし!もーこーなったらしばらくはリーダー甘やかし週間ってことで!ちょっと私、プリンとかゼリーとか成美が食べられそうなもの買ってきます!」
「あ、待てよゆかりッチ!荷物持ちに付き合うからさ!」
「僕も行きます!手分けした方が早いですから!」
財布を引っ掴んで駆け出すゆかりに順平と天田が続く。
「あっ、じゃあ私…」
「風花は成美についてて!あの子うっかりするとへーきへーきとか言って起き上がってきそうだから!」
「そ、そうだね!じゃあアイギス、一緒に来て!」
「了解であります!」
年長者3名が口を挟む暇もなく、バタバタと一斉に駆け出した年下組がラウンジから姿を消してしまうと不意に美鶴がくすりと小さく笑った。
「まったく…これでは余計に神那姫が休めないじゃないか」
「本当だな」
苦笑交じりに答える真田の表情も柔らかい。
「それだけうちのリーダーは大事にされてるってことだな。…さて、じゃあここにいても役に立たなそうな俺も、果物でも買ってくるか。美鶴、シンジ、後は任せたぞ」
「ああ」
「…おう」
短い2人の返事を背に、真田もラウンジを後にする。玄関の扉が閉まる前に階段の方向へと身を翻した美鶴は、足を止めないまま荒垣に視線を向けると忙しない口調で告げた。
「すまんが荒垣、後で何か病人に消化のいいものを作ってやってくれないか。私もちょっと彼女の様子を見てくる。…ああ、氷も多めに必要だな…まぁいざとなればペンテシレアもいることだし…」
後半の言葉は独り言に近いものだった。ペルソナは使うなとかお前も行ったら余計に休めないだろうとかそれ以前にお前らは病人にどれだけ物を食わせる気なんだとか、荒垣はいくつかの疑問を口にしかけたが、足元から響いたキュウン、という悲しげな鳴き声に言葉を飲み込む。見下ろせば、神妙な顔つきで座り込んだコロマルがじっと階段の方向を見つめていた。
「…お前も心配か?」
問いかけると、ワン、という短い返事が返り、荒垣はわずかに笑みを浮かべた。
「心配すんな。あいつのこった、2、3日もすりゃまた前以上に元気になる」
自身の希望も込めて伝えてやれば、コロマルの返事は先程と同じく短い一声ながらも随分と元気なものになっていた。ぱたぱたと階段の下に駆け寄り、大人しく座り込む。どうやら成美の完治を腰を据えて待つつもりのようだ。
「ったく、おめぇも忠犬だなぁ…」
尻尾をぱたぱたさせながら上階の物音に耳を澄ませるその様子に、呆れ半分感心半分で呟く。
―――愛されてんな、あいつは。
そのことに強い安心と、僅かばかりの苛立ちを感じていると自覚し、荒垣は自嘲気味に前髪を帽子ごとぐしゃりとかき上げた。
いつか、自分が去った後も彼女はきっとこうして守られて、またあの笑顔を見せるはずだ。
それでいいと、そうあって欲しいと思うのに、微かな痛みが伴うのは何故だろうか。
「…欲しがんじゃねぇよ。あの世に持って行けもしねぇものを」
小さすぎる呟きは、コロマルにさえ聞こえずに人のいないラウンジに消えた。
…翌朝。
「もー、こんな時に信じらんないったら!」
ゆかりの盛大なブーイングに順平が首をすくめる。
本来ならば日曜であり、学生である課外活動部の面々も1日を自由に使えるはずであったが、部活動…特に台風により被害を受ける位置に部室や練習場の位置する運動部の面々は強制的に片付けに駆り出されることになった。ゆかり、真田は勿論、生徒会長である美鶴もその筆頭として立ち働かねばならない。
「仕方ないんだけど…タイミングが悪いよね…」
悲しげに言う風花は写真部だが、運悪く部室の窓が割れ被害が出たということでやはり連絡網が回ってきていた。結局、課外活動部内の半数が台風の後始末に駆り出されることになり、看病に張り切っていたゆかりたちを見事に凹ませたという次第である。
「ともかくアイギス、成美のこと見ててあげてね。なるべく早く帰るから」
「お願いね、アイギス」
「お任せ下さいであります!」
がっしりとアイギスの両手をそれぞれ片方ずつ握りしめるゆかりと風花に、帰宅部の順平がややオーバーアクションで両手を上げた。
「おいおい、俺たちだっているんだぜー?成美ッチの看病くらい…」
「男はダメ!部屋とか入ったら承知しないかんね!?アイギス、順平が部屋に近付いたら撃っていいから!」
「はいであります」
「ひでぇ!どんだけ信用ないのよ俺…」
瞬時に却下された上、射殺許可まで出された順平が床に「の」の字を書く。しかし当のゆかりはそれを鮮やかに無視して、さっさと寮を出ていってしまった。
「あの、順平君もお願いね?…部屋には入っちゃ駄目だけど」
「あうっ」
後に続く風花にフォローのような止めを刺され、順平が妙な声を出して崩れ落ちる。その様子に苦笑しながら美鶴と真田が出て行くと、途端にラウンジは半分以下の人口密度になった。
「では私は成美さんのお側についております。緊急の御用の場合は通信でお呼び下さい」
そう言い残し、アイギスが階段を上って行ってしまうと、残された男3人と1匹は妙に所在無げな気分で思い思いに短く息を吐いた。
静かな空間は、体感時間を引き延ばす。
これといった共通会話を持たない…活動部内での出来事は別だが…者たちが集まっているのなら、それは尚更だ。故に天田は大人しくラウンジのソファーでテレビを眺め、順平はキッチン脇のテーブルで雑誌を広げている。そして荒垣は、最も奥のキッチンで食材を並べていた。
成美の体調は昨日に比べれば格段に快方へと向かっていたが、それでも今朝の食事は元々量の少ない粥を半分近くも残していた。いつもは「あれだけ食べて何で太らないんだ?」と順平に不思議がられる彼女だけに、食欲が戻らないというのは気力の減退をも意味する。
「…いくら消化にいいったって、粥ばかりじゃな…」
軟らかく煮た麺類なら食べやすいし、少しは食欲も出るだろうか。そんなことを考えながら使えそうな食材を選んでいると、入り口の方からやや遠慮がちに順平の声がした。
「スンマセン荒垣さん、ちっと出てこようかと思うんすけど、なんか足りないもんとかありますかー?」
その質問に、荒垣はついキッチンを見渡した。冷蔵庫に収まりきらない果物や野菜がごろごろしている有様に、ふう、と呆れたため息が漏れる。
「…お前らはどんだけ神那姫にメシ食わす気なんだ。あいつの腹に収まる前に半分は腐るだろうが…」
「あ、あはは、そッスねぇ…」
体裁悪げに頭をかく順平の気持ちは分からなくもない。こんな状況なのに何も出来ないというのは落ち着かないものだ。しかしだからといって残暑の中、これ以上室内に生ものを増やされても困る。
「…まぁいい、んじゃ水のペットボトルと、あと氷買って来い。余っても使い道あんだろ」
そう続けてやると、目に見えて順平の表情が明るくなる。
「ウス!」
敬礼しかねない勢いで返事をし、その勢いのままに身を翻そうとした順平だったが、姿を消す前にはたと足を止めた。きょろきょろとキッチンの向こう側を眺めまわしてから、少し声を潜めてもう一度こちら側に声をかけた。
「あの、天田が神社行ってくるっつーんで、俺もコロ連れて付き合って来るッス。…コロのやつ、昨日からずっとあそこで座りっぱなしだし、天田もあんま飯食ってないみたいなんで…」
「…おう」
それだけ言うと、ひどく慌てた様子でキッチンを出て行く。しばらくして2人と1匹が玄関を出て行く気配がし、ラウンジには完全な静寂が訪れた。
「結構周りが見えてやがんだな、あいつも」
ぽつりと呟く。
お調子者で直情的、と精神面での欠点が目立ちがちな順平だが、その本質は見た目以上に他人を気遣うことのできる常識人だ。尤も、その美点を今のように表面へと引っ張り出すことができるようになったのはやはりこの戦いに加わってからだという。あのチドリという少女のことも勿論大きいのだろうが、それ以前に順平が変わり始めるきっかけを作ったのはおそらく成美だろう。昨日、場の空気を一気に前向きに引き戻して見せたゆかりといい、控え目でありつつも自分のすべきことは曲げようとしなくなった風花といい、成美と最も近いところで過ごしている2年生の面々は彼女の影響を受けてそれぞれなりの成長を遂げているようだ。
「…年上連中の方が、成長してねぇってことかもな」
自嘲的な笑いが漏れる。
自分たち『旧活動部』の面々が、実は一番折れやすい部分を巧妙に隠しているだけだということを荒垣は自覚していた。おそらくは、他の2人よりもずっと。
いつか真田も、美鶴も、自分たちの殻を破って彼らのように変わり始めることができるのだろうか。
(いや、違うか)
もう、それは始まりかけているのかもしれない。
『女帝』らしからぬとぼけた素顔を覗かせた美鶴。他人の内面深くまで見ようとし始めた真田。そんな些細な違和感に、兆候は表れている。
(…ああ、変わりゃしねぇのは、結局俺だけだ)
声にせず呟いた言葉に嘘が含まれていることを知りながら、荒垣はそこでわざと思考を打ち切った。流しへと野菜を運び、勢いよく蛇口から水を溢れさせる。生ぬるかった水が徐々に冷えて行く中で、無意識に伸ばした手が空を切った。使い慣れた果物ナイフがもう手元にないことを思い出し、それを手渡した相手のことを思い出し…。
そして、荒垣は再び思考を振り払い、包丁を手に取った。
これ以上考え続けたら、何か取り返しのつかないものを呼び起こしてしまいそうで。
「ああ、丁度良かったであります荒垣さん」
「…はぁ?」
よく煮えたうどんの土鍋をお盆に乗せ、アイギスへ昼食の支度ができたことを知らせようとキッチン脇の内線を繋いだ直後、そんな声が飛び込んできたことに少し驚く。と同時に嫌な予感が走った。まさか、と聞き返そうとするより早く、アイギスの言葉が無情に響く。
「緊急事態です、至急応援をお願いいたします」
通話が切れるより早く階段を駆け上がる。息が切れる感覚どころか、2階を通過した記憶もないままに3階の廊下を最奥へと駆ければ、扉の中から機械の少女がひょっこりと顔を出した。
「28秒08、人間の身体能力としては異常な数値を計測しましたが、私のシステム故障でしょうか」
「な、にをてめ、ぇ」
緊急事態、という言葉からは全く想像できない反応に、途切れる呼吸で文句を吐きだそうとするとアイギスが「お静かに」と小声で制する。
「成美さんが起きてしまいます。今、またお休みになったところです」
相変わらずどこかずれたアイギスのテンポに半ば脱力し、荒垣は壁に肘をついてがくりと肩を落とした。どうやら自分の想像していたような事態ではないらしい。怒りもあったが安堵が勝った。
「…緊急、事態って、のは」
一応そう聞いてみると、何故かアイギスは相当張り切った様子で高々と右手を上げた。
「はい、成美さんのおつかいであります!」
「……は?」
先程より短く吐き出した疑問符に耳も貸さず、上げた右手を拳にしてアイギスが続ける。
「成美さんが先刻少しお目覚めになられた際、『アイギス~、「しゃりしゃりちゃん」のイチゴが食べたい~、食べないと死んじゃう~』と涙ながらに訴えられたのです。私は成美さんに命を託されました!この使命、神経回路の全てに変えてもやり遂げる所存であります!いわゆる『はじめてのおつかい』であります!」
「…『はじめてのおつかい』てなぁ、そんな命がけの番組だったか?」
やっと整った息でささやかな抵抗を試みるも、初めて成美から『使命』を託された喜びに燃えるアイギスにはまったくもって無効であった。
「という訳で不肖対シャドウ用兵装アイギス、緊急事態により出動いたします!『しゃりしゃりちゃん』を購入し、帰還するまでの必要時間は15分27秒と予測されます。その間、荒垣さんには成美さんの傍で護衛をお願いするであります」
「………はぁ!?」
本日3度目にして最も強く発せられた疑問符は、アイギスより寧ろ荒垣本人の聴覚に響き渡った。
壁から弾かれたように姿勢を立て直す荒垣の前で、アイギスは言うべきことは言ったとばかりに短距離の選手よろしく姿勢を低くしぐっと前方を睨みつけた。
「お、おい待て!男は部屋に入れんなって岳羽も言ってただろうが!買い物なら俺が…」
「これは『私が』成美さんに託された使命であります!それに射撃許可は順平さんにのみ下されておりますので荒垣さんであれば問題はありません!」
「ばっ」
「ではよろしくお願いいたします!」
す、という語尾は、階段の下から聞こえたような気がした。
屋内だというのに土埃のように舞う煙は床とアイギスの脚部の摩擦により発生した熱のせいだろうか。
取り残され、呆然とその場に立ち尽くす羽目になった荒垣は、もう見えもしない機械の少女の背中へと言葉の続きを吐き出そうとして思い切り吸い込んだ息を音にする寸前で止めた。
「馬鹿、か、おめぇは…」
半分ほど開け放たれた扉の向こうで、眠っている少女の茶色の髪が視界に入ったからだ。
「…問題なんざ、有るに決まってるじゃねぇか…」
頭を抱えてへたり込む。そのままアイギスへの文句をとりあえず20ばかり脳内で並べ立ててから、荒垣は扉の真横の壁に背を預けて目を伏せた。
「畜生め…、これでいいだろうが…」
あくまで室内に入ることはしないが、扉が開いているのだから万が一何かあればすぐに分かるだろう。どうせ15分、と自分に言い聞かせ腕を組む。
だが目を閉じていようとも、静かな部屋からは規則正しい呼吸音が響き、耳をくすぐる。気にはするまいと思っていても思考を掻き乱され、いっそ耳も塞いでいようかとまで荒垣が思い始めた頃。
「…っ」
不意に、落ち着いていた寝息が乱れた。
「神那姫…?」
起きたのだろうか、と恐る恐る呼びかけてみるが、返事はない。
「っ、う…」
苦しげな呼吸に交じり、小さくなにかが言葉になった。
「しず、ま」
―――――――途切れがちに聞こえた音が、誰かの名前だと分かったのは何故だろうか。
(…俺には、代わりに笑ったり、泣いたりしてくれる人がいますから)
「…!?」
不意に記憶の端に誰かの声が反響する。奇妙に耳に残るやや高音の声。
(俺の、半身。…『成美』がいるから、俺は、折れずに進めるんです)
そう語ったのは誰だったか。思い出そうとした瞬間に酷い頭痛が襲った。まるで思い出してはならないとでもいうようなその痛みに交じり、今度は別の声が脳裏へと響く。
(…弟、ですよ。双子だから、同い年ですけど)
それは成美の声だった。以前、他愛のない話の中で聞いた彼女の家族のこと。亡くした実の両親に代わり、自分たちを引き取ってくれたという両親と、血の繋がらない兄、そして。
(私の半分、ですね。でも、今は眠ってます。『2年前』に、事故で昏睡状態になって)
そう答えた時の表情が、笑顔なのに泣き出しそうだったことを思い出す。
静真、と確かにその時、名前を聞いた。
記憶が混乱しているのだろうか。まるで会ったこともないはずの『弟』から、以前に『成美』の話を聞いたことがあるかのようだ。
そんな、馬鹿な。
痛む頭を押さえ、目を強く閉じる。ゆっくりとそれを開いた時、どこか霞のようにぼんやりとしながらも、記憶の違和感は薄らいでいた。それを疑問に感じる間もなく、強く意識に飛び込んできたのは、記憶ではない成美の声。
「行かない、で」
熱の為か、苦しそうに息をつく合間に言葉が交じる。
ふらり、と立ち上がった背中に室内から漏れる光が当たるのを感じた。
振り向いてはいけない。
そう本能がどこかで警告しているのに、荒垣は振り向かずにはいられなかった。
「しずま…」
ほどけた明るい色の髪が、ぱさりと枕から落ちる。
上気した頬を、涙が伝う。
「ひとりに、しないで」
弱弱しく持ち上がった腕が、この場にはいない「誰か」に向けて伸ばされる。
熱に浮かされた眠りの淵で、成美が呼んでいるのは仲間たちの誰でもない。
「置いてか、ないで…やだ…ひとりに、しないでよぉ…」
泣き顔など、見たことはなかった。
笑い、怒り、驚き、困り、目まぐるしく変わる表情の内で、それだけは一度も彼女は見せなかった。だというのに。
「…なんで」
無意識に呟いた言葉が音になる。
心の奥底、『闇』と表現するのが相応しいような場所から湧き上がる感情がぞわりと背を撫でた。
その悪寒に、踏み越えるべきではないと思っていた線を越え、扉の内側にいる自分に気付く。しかし、踵を返そうとしてもどうしても足は後ろへは動かなかった。
力を無くし、毛布の上に落ちようとした細い腕を受け止める。泣きながら夢を彷徨う少女はその自分以外の体温に弟の手を掴んだと思ったのだろうか、か弱くはあったが指先に力が入った。まるで、もう二度と離すまいというように。
熱を帯びた成美の指先。その熱がじわりと自分の肌に沁み込んでいくのを感じながら、荒垣はもう一方の手を成美の頬に伸ばした。
「しず、ま…」
止めどなく溢れる涙に、見知らぬはずの少年の残像が交じる。どこか懐かしい気分さえするのに、今はそれすらも苛立たしいと感じるのは何故なのだろうか。
―――その答えは、最初から分かっていた。
「『あいつ』の前なら、泣くのか」
覚えがないと思いながらも、その相手を知っているような表現が勝手に転がり出る。けれどもう、そんなことは今はどうでもよかった。決して泣かない、『強い』少女。けれど、それは彼女が作り出したペルソナのひとつでしかない。その仮面の下では、こうして人知れず泣いていたのだろうか。誰も知らない場所で、たったひとりで。…いや、違う。
弟の、前だけで。
「し」
唇が再びその名前を紡ごうとするのを、荒垣は乱暴に止めた。
彼女に触れている両手ではなく、自らの唇で。
足音というよりバイクか何かの暴走を思わせる音が寮の玄関に到達したとき、アイギスは自らの予測時間を5秒近く上回ったことに軽い驚きと満足感を覚えた。手に提げたスーパーの袋には、彼女の『一番大事』な相手の『命の源』が詰まっている。これを渡した時の少女の喜ぶ顔を記憶回路に刻まれた中から検索するだけで、パピヨンハートが弾けそうな感覚に陥るのが不思議だ。でも、それは少しも不快な感覚ではないことがさらに不思議だ。
「…なるほどなー」
何がなるほど、なのか自分でもいま一つ分からないまま、アイギスは跳ねるように玄関から3階へと駆け上がる。すると、そこには自分の予想していたものとは違う光景があった。
「どうなさったのですか、荒垣さん」
成美の傍で護衛を頼んだはずの少年が、開け放たれた扉の外に立っている。その体温が15分前よりかなり高いことと、表情がひどく苦々しいことに疑問を覚えたが、それを尋ねる前にアイギスは軽くではあるが一発頭部を小突かれた。
「馬鹿だ、おめぇは」
「馬鹿、とは何故でありますか?」
問いかけながらも成美の様子を見ようと部屋の中を覗き込む。その先に先刻と変わらず眠ったままの成美を見付け、アイギスはほっと息を吐き出した。
そんなアイギスの横を、荒垣はすり抜け階段へと歩き始めた。
「荒垣さん、回答をまだ頂いておりませんが」
呼びかけに、少し猫背気味の身体が止まる。首だけをわずかに振り向かせ、荒垣はため息交じりに言葉を返す。
「女の部屋に、迂闊に男を入れるんじゃねぇ。いいか、あいつが大事だってんならそれこそ『誰でも』だ」
「…荒垣さんも、でありますか」
「ああ」
短く返事をしたその後で、何故かくくっと小さく笑い声が起こる。
「俺なんざ、特に最悪だ。…取り返しつかねぇぞ」
冗談のように放たれたその言葉に、アイギスは一瞬シャドウを前にしたような戦慄を覚えた。
「取り返し、とは、何かあったのですか」
訳もなく騒ぎ立てる危機感に、握ったスーパーの袋が震える。『味方』であるはずの存在にどうしてこのような感覚を覚えるのだろうか。よく分からぬまま無意識に成美の部屋を背に庇うような位置へと動く。そんなアイギスの様子に、荒垣はまた少し笑ったようだった。
視線を前に戻し、止めていた足を再び動かす。そうして、凍りついたように立ち尽くすアイギスが、もう一度答えを促そうと口を開く直前。
「…昼飯が、伸びちまっただろ」
「ひる…」
解けぬ緊張のまま、ゆっくりとその言葉を繰り返しているうちに、荒垣は階下へ消えてしまった。
「お昼、ごはんですか」
そういえば、と視覚カメラがとらえた映像を巻き戻す。駆け抜けたラウンジの奥、キッチンカウンターにお盆にのせられた土鍋があった。
「あれは、成美さんの昼食だったのですね…。伸びる、ということは、麺類だったのでしょうか…申し訳ないことをしてしま、あっ、成美さん!しゃりしゃりちゃんが溶けます!」
アイギスが部屋に飛び込むと同時に、扉はばたんと大きな音をたてて閉じた。
…その音を階段の途中で聞きながら、荒垣は確かめるように指先で自らの唇に触れた。指先と唇、どちらもひどく熱い。それが自分のものなのか、成美から感染ったものなのかはもう分からない。ただ、あの涙も、あの熱も、全部奪ってしまえたのならいいと思った。何もかもこの身に移して、地獄の果てまで持って行ければいい。そうすれば、彼女はもう二度と誰の前でも泣かなくなるだろうに。
「…どうせ、地獄行きなのは決まってるってのに…俺は、どんだけ深いとこまで堕ちりゃあいいんだろうな」
喉の奥で自嘲の笑いが低い音をたてる。
人のいないラウンジは、午後の光の中、まるで白一色に塗りつぶされた牢獄のように見えた。
END。
そんな風邪イベント。逃げなきゃいけないと分かりつつも深みにはまっていくガキさんの弱さが好きです。
珍しくややシリアスめな荒女主。ただし主人公設定にかなりオリジナル要素入ってるのでご注意。
登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
リンリンシグナル鳴らしちゃう双子の主人公。男子(フェスクリア後封印中)はザベスに押し掛けられ女房、女子(P3P1周目トライ中)はガキさんと青い春な感じ。
苗字は「神那姫(かんなぎ)」。玲矢(P1主)は兄(引き取られ先の長男)、有人(P4主)はそのはとこで4人とも兄弟同然の仲。
詳しくは「1」を御確認下さい。
OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
「…薬が効いてきたらしい、少し落ち着いたようだ。若いのだし、後はしっかり食べて眠れば数日で治るだろうと言われたよ」
美鶴の言葉に、全員がほっと胸を撫で下ろした。
下校の遅れた成美が台風の影響で振り出した大雨にずぶ濡れになって帰ってきたのは、昨日の夕刻だった。その時は特に変わった様子ではなかったのだが、疲労を蓄積していたのか今日の朝になりひどい熱を出してしまったのだ。朝一番にこっそり部屋の鍵を開けて起こしに行ったアイギスが発見しなければ、昼近くまで誰も気付かなかったかもしれない。アイギスの緊急招集により全員が午前6時に飛び起きる羽目になったが、事情を知った後に文句を言う者は誰一人いなかった。
「今回ばっかりはアイギスの不法侵入に感謝だねー。休日だし、部屋に鍵かけたまま倒れられたらシャレになんないよ。ひどいことになんなくてホントよかった…」
「本当に…、ありがとうアイギス」
緊張が解けたとばかりにぐったりとソファに腰掛けるゆかりも、アイギスの手をぎゅっと握りしめる風花も、どちらもうっすらと目に涙を浮かべている。普段誰よりも元気でメンバーを引っ張っている成美が倒れていた姿は、仲の良い彼女たちに相当のショックを与えたらしい。緊急事態とはいえ部屋に踏み込むことを許されたのは女性陣だけであったから、男子メンバーはその様子に寧ろ想像以上に成美の状態がひどかったのだと思い知らされることとなった。
「あいつは…結構抱え込んじまうタイプなんだな」
ぽつりとこぼした真田の言葉に、全員が一瞬黙り込む。誰もが反射的に、自分の心の中に少なからず彼女を頼りにする気持ちを見つけ出したが故だ。それがどれほど彼女に重荷を背負わせているのか、うっすらとは理解しつつも、いつも元気で笑顔を見せるその姿につい甘えてしまっていたのだと。
「…あーもう!やめやめ!」
その沈黙を勢い良く破ったのはゆかりだった。
「こんなとこで凹んでたって成美が良くなるわけじゃないし!もーこーなったらしばらくはリーダー甘やかし週間ってことで!ちょっと私、プリンとかゼリーとか成美が食べられそうなもの買ってきます!」
「あ、待てよゆかりッチ!荷物持ちに付き合うからさ!」
「僕も行きます!手分けした方が早いですから!」
財布を引っ掴んで駆け出すゆかりに順平と天田が続く。
「あっ、じゃあ私…」
「風花は成美についてて!あの子うっかりするとへーきへーきとか言って起き上がってきそうだから!」
「そ、そうだね!じゃあアイギス、一緒に来て!」
「了解であります!」
年長者3名が口を挟む暇もなく、バタバタと一斉に駆け出した年下組がラウンジから姿を消してしまうと不意に美鶴がくすりと小さく笑った。
「まったく…これでは余計に神那姫が休めないじゃないか」
「本当だな」
苦笑交じりに答える真田の表情も柔らかい。
「それだけうちのリーダーは大事にされてるってことだな。…さて、じゃあここにいても役に立たなそうな俺も、果物でも買ってくるか。美鶴、シンジ、後は任せたぞ」
「ああ」
「…おう」
短い2人の返事を背に、真田もラウンジを後にする。玄関の扉が閉まる前に階段の方向へと身を翻した美鶴は、足を止めないまま荒垣に視線を向けると忙しない口調で告げた。
「すまんが荒垣、後で何か病人に消化のいいものを作ってやってくれないか。私もちょっと彼女の様子を見てくる。…ああ、氷も多めに必要だな…まぁいざとなればペンテシレアもいることだし…」
後半の言葉は独り言に近いものだった。ペルソナは使うなとかお前も行ったら余計に休めないだろうとかそれ以前にお前らは病人にどれだけ物を食わせる気なんだとか、荒垣はいくつかの疑問を口にしかけたが、足元から響いたキュウン、という悲しげな鳴き声に言葉を飲み込む。見下ろせば、神妙な顔つきで座り込んだコロマルがじっと階段の方向を見つめていた。
「…お前も心配か?」
問いかけると、ワン、という短い返事が返り、荒垣はわずかに笑みを浮かべた。
「心配すんな。あいつのこった、2、3日もすりゃまた前以上に元気になる」
自身の希望も込めて伝えてやれば、コロマルの返事は先程と同じく短い一声ながらも随分と元気なものになっていた。ぱたぱたと階段の下に駆け寄り、大人しく座り込む。どうやら成美の完治を腰を据えて待つつもりのようだ。
「ったく、おめぇも忠犬だなぁ…」
尻尾をぱたぱたさせながら上階の物音に耳を澄ませるその様子に、呆れ半分感心半分で呟く。
―――愛されてんな、あいつは。
そのことに強い安心と、僅かばかりの苛立ちを感じていると自覚し、荒垣は自嘲気味に前髪を帽子ごとぐしゃりとかき上げた。
いつか、自分が去った後も彼女はきっとこうして守られて、またあの笑顔を見せるはずだ。
それでいいと、そうあって欲しいと思うのに、微かな痛みが伴うのは何故だろうか。
「…欲しがんじゃねぇよ。あの世に持って行けもしねぇものを」
小さすぎる呟きは、コロマルにさえ聞こえずに人のいないラウンジに消えた。
…翌朝。
「もー、こんな時に信じらんないったら!」
ゆかりの盛大なブーイングに順平が首をすくめる。
本来ならば日曜であり、学生である課外活動部の面々も1日を自由に使えるはずであったが、部活動…特に台風により被害を受ける位置に部室や練習場の位置する運動部の面々は強制的に片付けに駆り出されることになった。ゆかり、真田は勿論、生徒会長である美鶴もその筆頭として立ち働かねばならない。
「仕方ないんだけど…タイミングが悪いよね…」
悲しげに言う風花は写真部だが、運悪く部室の窓が割れ被害が出たということでやはり連絡網が回ってきていた。結局、課外活動部内の半数が台風の後始末に駆り出されることになり、看病に張り切っていたゆかりたちを見事に凹ませたという次第である。
「ともかくアイギス、成美のこと見ててあげてね。なるべく早く帰るから」
「お願いね、アイギス」
「お任せ下さいであります!」
がっしりとアイギスの両手をそれぞれ片方ずつ握りしめるゆかりと風花に、帰宅部の順平がややオーバーアクションで両手を上げた。
「おいおい、俺たちだっているんだぜー?成美ッチの看病くらい…」
「男はダメ!部屋とか入ったら承知しないかんね!?アイギス、順平が部屋に近付いたら撃っていいから!」
「はいであります」
「ひでぇ!どんだけ信用ないのよ俺…」
瞬時に却下された上、射殺許可まで出された順平が床に「の」の字を書く。しかし当のゆかりはそれを鮮やかに無視して、さっさと寮を出ていってしまった。
「あの、順平君もお願いね?…部屋には入っちゃ駄目だけど」
「あうっ」
後に続く風花にフォローのような止めを刺され、順平が妙な声を出して崩れ落ちる。その様子に苦笑しながら美鶴と真田が出て行くと、途端にラウンジは半分以下の人口密度になった。
「では私は成美さんのお側についております。緊急の御用の場合は通信でお呼び下さい」
そう言い残し、アイギスが階段を上って行ってしまうと、残された男3人と1匹は妙に所在無げな気分で思い思いに短く息を吐いた。
静かな空間は、体感時間を引き延ばす。
これといった共通会話を持たない…活動部内での出来事は別だが…者たちが集まっているのなら、それは尚更だ。故に天田は大人しくラウンジのソファーでテレビを眺め、順平はキッチン脇のテーブルで雑誌を広げている。そして荒垣は、最も奥のキッチンで食材を並べていた。
成美の体調は昨日に比べれば格段に快方へと向かっていたが、それでも今朝の食事は元々量の少ない粥を半分近くも残していた。いつもは「あれだけ食べて何で太らないんだ?」と順平に不思議がられる彼女だけに、食欲が戻らないというのは気力の減退をも意味する。
「…いくら消化にいいったって、粥ばかりじゃな…」
軟らかく煮た麺類なら食べやすいし、少しは食欲も出るだろうか。そんなことを考えながら使えそうな食材を選んでいると、入り口の方からやや遠慮がちに順平の声がした。
「スンマセン荒垣さん、ちっと出てこようかと思うんすけど、なんか足りないもんとかありますかー?」
その質問に、荒垣はついキッチンを見渡した。冷蔵庫に収まりきらない果物や野菜がごろごろしている有様に、ふう、と呆れたため息が漏れる。
「…お前らはどんだけ神那姫にメシ食わす気なんだ。あいつの腹に収まる前に半分は腐るだろうが…」
「あ、あはは、そッスねぇ…」
体裁悪げに頭をかく順平の気持ちは分からなくもない。こんな状況なのに何も出来ないというのは落ち着かないものだ。しかしだからといって残暑の中、これ以上室内に生ものを増やされても困る。
「…まぁいい、んじゃ水のペットボトルと、あと氷買って来い。余っても使い道あんだろ」
そう続けてやると、目に見えて順平の表情が明るくなる。
「ウス!」
敬礼しかねない勢いで返事をし、その勢いのままに身を翻そうとした順平だったが、姿を消す前にはたと足を止めた。きょろきょろとキッチンの向こう側を眺めまわしてから、少し声を潜めてもう一度こちら側に声をかけた。
「あの、天田が神社行ってくるっつーんで、俺もコロ連れて付き合って来るッス。…コロのやつ、昨日からずっとあそこで座りっぱなしだし、天田もあんま飯食ってないみたいなんで…」
「…おう」
それだけ言うと、ひどく慌てた様子でキッチンを出て行く。しばらくして2人と1匹が玄関を出て行く気配がし、ラウンジには完全な静寂が訪れた。
「結構周りが見えてやがんだな、あいつも」
ぽつりと呟く。
お調子者で直情的、と精神面での欠点が目立ちがちな順平だが、その本質は見た目以上に他人を気遣うことのできる常識人だ。尤も、その美点を今のように表面へと引っ張り出すことができるようになったのはやはりこの戦いに加わってからだという。あのチドリという少女のことも勿論大きいのだろうが、それ以前に順平が変わり始めるきっかけを作ったのはおそらく成美だろう。昨日、場の空気を一気に前向きに引き戻して見せたゆかりといい、控え目でありつつも自分のすべきことは曲げようとしなくなった風花といい、成美と最も近いところで過ごしている2年生の面々は彼女の影響を受けてそれぞれなりの成長を遂げているようだ。
「…年上連中の方が、成長してねぇってことかもな」
自嘲的な笑いが漏れる。
自分たち『旧活動部』の面々が、実は一番折れやすい部分を巧妙に隠しているだけだということを荒垣は自覚していた。おそらくは、他の2人よりもずっと。
いつか真田も、美鶴も、自分たちの殻を破って彼らのように変わり始めることができるのだろうか。
(いや、違うか)
もう、それは始まりかけているのかもしれない。
『女帝』らしからぬとぼけた素顔を覗かせた美鶴。他人の内面深くまで見ようとし始めた真田。そんな些細な違和感に、兆候は表れている。
(…ああ、変わりゃしねぇのは、結局俺だけだ)
声にせず呟いた言葉に嘘が含まれていることを知りながら、荒垣はそこでわざと思考を打ち切った。流しへと野菜を運び、勢いよく蛇口から水を溢れさせる。生ぬるかった水が徐々に冷えて行く中で、無意識に伸ばした手が空を切った。使い慣れた果物ナイフがもう手元にないことを思い出し、それを手渡した相手のことを思い出し…。
そして、荒垣は再び思考を振り払い、包丁を手に取った。
これ以上考え続けたら、何か取り返しのつかないものを呼び起こしてしまいそうで。
「ああ、丁度良かったであります荒垣さん」
「…はぁ?」
よく煮えたうどんの土鍋をお盆に乗せ、アイギスへ昼食の支度ができたことを知らせようとキッチン脇の内線を繋いだ直後、そんな声が飛び込んできたことに少し驚く。と同時に嫌な予感が走った。まさか、と聞き返そうとするより早く、アイギスの言葉が無情に響く。
「緊急事態です、至急応援をお願いいたします」
通話が切れるより早く階段を駆け上がる。息が切れる感覚どころか、2階を通過した記憶もないままに3階の廊下を最奥へと駆ければ、扉の中から機械の少女がひょっこりと顔を出した。
「28秒08、人間の身体能力としては異常な数値を計測しましたが、私のシステム故障でしょうか」
「な、にをてめ、ぇ」
緊急事態、という言葉からは全く想像できない反応に、途切れる呼吸で文句を吐きだそうとするとアイギスが「お静かに」と小声で制する。
「成美さんが起きてしまいます。今、またお休みになったところです」
相変わらずどこかずれたアイギスのテンポに半ば脱力し、荒垣は壁に肘をついてがくりと肩を落とした。どうやら自分の想像していたような事態ではないらしい。怒りもあったが安堵が勝った。
「…緊急、事態って、のは」
一応そう聞いてみると、何故かアイギスは相当張り切った様子で高々と右手を上げた。
「はい、成美さんのおつかいであります!」
「……は?」
先程より短く吐き出した疑問符に耳も貸さず、上げた右手を拳にしてアイギスが続ける。
「成美さんが先刻少しお目覚めになられた際、『アイギス~、「しゃりしゃりちゃん」のイチゴが食べたい~、食べないと死んじゃう~』と涙ながらに訴えられたのです。私は成美さんに命を託されました!この使命、神経回路の全てに変えてもやり遂げる所存であります!いわゆる『はじめてのおつかい』であります!」
「…『はじめてのおつかい』てなぁ、そんな命がけの番組だったか?」
やっと整った息でささやかな抵抗を試みるも、初めて成美から『使命』を託された喜びに燃えるアイギスにはまったくもって無効であった。
「という訳で不肖対シャドウ用兵装アイギス、緊急事態により出動いたします!『しゃりしゃりちゃん』を購入し、帰還するまでの必要時間は15分27秒と予測されます。その間、荒垣さんには成美さんの傍で護衛をお願いするであります」
「………はぁ!?」
本日3度目にして最も強く発せられた疑問符は、アイギスより寧ろ荒垣本人の聴覚に響き渡った。
壁から弾かれたように姿勢を立て直す荒垣の前で、アイギスは言うべきことは言ったとばかりに短距離の選手よろしく姿勢を低くしぐっと前方を睨みつけた。
「お、おい待て!男は部屋に入れんなって岳羽も言ってただろうが!買い物なら俺が…」
「これは『私が』成美さんに託された使命であります!それに射撃許可は順平さんにのみ下されておりますので荒垣さんであれば問題はありません!」
「ばっ」
「ではよろしくお願いいたします!」
す、という語尾は、階段の下から聞こえたような気がした。
屋内だというのに土埃のように舞う煙は床とアイギスの脚部の摩擦により発生した熱のせいだろうか。
取り残され、呆然とその場に立ち尽くす羽目になった荒垣は、もう見えもしない機械の少女の背中へと言葉の続きを吐き出そうとして思い切り吸い込んだ息を音にする寸前で止めた。
「馬鹿、か、おめぇは…」
半分ほど開け放たれた扉の向こうで、眠っている少女の茶色の髪が視界に入ったからだ。
「…問題なんざ、有るに決まってるじゃねぇか…」
頭を抱えてへたり込む。そのままアイギスへの文句をとりあえず20ばかり脳内で並べ立ててから、荒垣は扉の真横の壁に背を預けて目を伏せた。
「畜生め…、これでいいだろうが…」
あくまで室内に入ることはしないが、扉が開いているのだから万が一何かあればすぐに分かるだろう。どうせ15分、と自分に言い聞かせ腕を組む。
だが目を閉じていようとも、静かな部屋からは規則正しい呼吸音が響き、耳をくすぐる。気にはするまいと思っていても思考を掻き乱され、いっそ耳も塞いでいようかとまで荒垣が思い始めた頃。
「…っ」
不意に、落ち着いていた寝息が乱れた。
「神那姫…?」
起きたのだろうか、と恐る恐る呼びかけてみるが、返事はない。
「っ、う…」
苦しげな呼吸に交じり、小さくなにかが言葉になった。
「しず、ま」
―――――――途切れがちに聞こえた音が、誰かの名前だと分かったのは何故だろうか。
(…俺には、代わりに笑ったり、泣いたりしてくれる人がいますから)
「…!?」
不意に記憶の端に誰かの声が反響する。奇妙に耳に残るやや高音の声。
(俺の、半身。…『成美』がいるから、俺は、折れずに進めるんです)
そう語ったのは誰だったか。思い出そうとした瞬間に酷い頭痛が襲った。まるで思い出してはならないとでもいうようなその痛みに交じり、今度は別の声が脳裏へと響く。
(…弟、ですよ。双子だから、同い年ですけど)
それは成美の声だった。以前、他愛のない話の中で聞いた彼女の家族のこと。亡くした実の両親に代わり、自分たちを引き取ってくれたという両親と、血の繋がらない兄、そして。
(私の半分、ですね。でも、今は眠ってます。『2年前』に、事故で昏睡状態になって)
そう答えた時の表情が、笑顔なのに泣き出しそうだったことを思い出す。
静真、と確かにその時、名前を聞いた。
記憶が混乱しているのだろうか。まるで会ったこともないはずの『弟』から、以前に『成美』の話を聞いたことがあるかのようだ。
そんな、馬鹿な。
痛む頭を押さえ、目を強く閉じる。ゆっくりとそれを開いた時、どこか霞のようにぼんやりとしながらも、記憶の違和感は薄らいでいた。それを疑問に感じる間もなく、強く意識に飛び込んできたのは、記憶ではない成美の声。
「行かない、で」
熱の為か、苦しそうに息をつく合間に言葉が交じる。
ふらり、と立ち上がった背中に室内から漏れる光が当たるのを感じた。
振り向いてはいけない。
そう本能がどこかで警告しているのに、荒垣は振り向かずにはいられなかった。
「しずま…」
ほどけた明るい色の髪が、ぱさりと枕から落ちる。
上気した頬を、涙が伝う。
「ひとりに、しないで」
弱弱しく持ち上がった腕が、この場にはいない「誰か」に向けて伸ばされる。
熱に浮かされた眠りの淵で、成美が呼んでいるのは仲間たちの誰でもない。
「置いてか、ないで…やだ…ひとりに、しないでよぉ…」
泣き顔など、見たことはなかった。
笑い、怒り、驚き、困り、目まぐるしく変わる表情の内で、それだけは一度も彼女は見せなかった。だというのに。
「…なんで」
無意識に呟いた言葉が音になる。
心の奥底、『闇』と表現するのが相応しいような場所から湧き上がる感情がぞわりと背を撫でた。
その悪寒に、踏み越えるべきではないと思っていた線を越え、扉の内側にいる自分に気付く。しかし、踵を返そうとしてもどうしても足は後ろへは動かなかった。
力を無くし、毛布の上に落ちようとした細い腕を受け止める。泣きながら夢を彷徨う少女はその自分以外の体温に弟の手を掴んだと思ったのだろうか、か弱くはあったが指先に力が入った。まるで、もう二度と離すまいというように。
熱を帯びた成美の指先。その熱がじわりと自分の肌に沁み込んでいくのを感じながら、荒垣はもう一方の手を成美の頬に伸ばした。
「しず、ま…」
止めどなく溢れる涙に、見知らぬはずの少年の残像が交じる。どこか懐かしい気分さえするのに、今はそれすらも苛立たしいと感じるのは何故なのだろうか。
―――その答えは、最初から分かっていた。
「『あいつ』の前なら、泣くのか」
覚えがないと思いながらも、その相手を知っているような表現が勝手に転がり出る。けれどもう、そんなことは今はどうでもよかった。決して泣かない、『強い』少女。けれど、それは彼女が作り出したペルソナのひとつでしかない。その仮面の下では、こうして人知れず泣いていたのだろうか。誰も知らない場所で、たったひとりで。…いや、違う。
弟の、前だけで。
「し」
唇が再びその名前を紡ごうとするのを、荒垣は乱暴に止めた。
彼女に触れている両手ではなく、自らの唇で。
足音というよりバイクか何かの暴走を思わせる音が寮の玄関に到達したとき、アイギスは自らの予測時間を5秒近く上回ったことに軽い驚きと満足感を覚えた。手に提げたスーパーの袋には、彼女の『一番大事』な相手の『命の源』が詰まっている。これを渡した時の少女の喜ぶ顔を記憶回路に刻まれた中から検索するだけで、パピヨンハートが弾けそうな感覚に陥るのが不思議だ。でも、それは少しも不快な感覚ではないことがさらに不思議だ。
「…なるほどなー」
何がなるほど、なのか自分でもいま一つ分からないまま、アイギスは跳ねるように玄関から3階へと駆け上がる。すると、そこには自分の予想していたものとは違う光景があった。
「どうなさったのですか、荒垣さん」
成美の傍で護衛を頼んだはずの少年が、開け放たれた扉の外に立っている。その体温が15分前よりかなり高いことと、表情がひどく苦々しいことに疑問を覚えたが、それを尋ねる前にアイギスは軽くではあるが一発頭部を小突かれた。
「馬鹿だ、おめぇは」
「馬鹿、とは何故でありますか?」
問いかけながらも成美の様子を見ようと部屋の中を覗き込む。その先に先刻と変わらず眠ったままの成美を見付け、アイギスはほっと息を吐き出した。
そんなアイギスの横を、荒垣はすり抜け階段へと歩き始めた。
「荒垣さん、回答をまだ頂いておりませんが」
呼びかけに、少し猫背気味の身体が止まる。首だけをわずかに振り向かせ、荒垣はため息交じりに言葉を返す。
「女の部屋に、迂闊に男を入れるんじゃねぇ。いいか、あいつが大事だってんならそれこそ『誰でも』だ」
「…荒垣さんも、でありますか」
「ああ」
短く返事をしたその後で、何故かくくっと小さく笑い声が起こる。
「俺なんざ、特に最悪だ。…取り返しつかねぇぞ」
冗談のように放たれたその言葉に、アイギスは一瞬シャドウを前にしたような戦慄を覚えた。
「取り返し、とは、何かあったのですか」
訳もなく騒ぎ立てる危機感に、握ったスーパーの袋が震える。『味方』であるはずの存在にどうしてこのような感覚を覚えるのだろうか。よく分からぬまま無意識に成美の部屋を背に庇うような位置へと動く。そんなアイギスの様子に、荒垣はまた少し笑ったようだった。
視線を前に戻し、止めていた足を再び動かす。そうして、凍りついたように立ち尽くすアイギスが、もう一度答えを促そうと口を開く直前。
「…昼飯が、伸びちまっただろ」
「ひる…」
解けぬ緊張のまま、ゆっくりとその言葉を繰り返しているうちに、荒垣は階下へ消えてしまった。
「お昼、ごはんですか」
そういえば、と視覚カメラがとらえた映像を巻き戻す。駆け抜けたラウンジの奥、キッチンカウンターにお盆にのせられた土鍋があった。
「あれは、成美さんの昼食だったのですね…。伸びる、ということは、麺類だったのでしょうか…申し訳ないことをしてしま、あっ、成美さん!しゃりしゃりちゃんが溶けます!」
アイギスが部屋に飛び込むと同時に、扉はばたんと大きな音をたてて閉じた。
…その音を階段の途中で聞きながら、荒垣は確かめるように指先で自らの唇に触れた。指先と唇、どちらもひどく熱い。それが自分のものなのか、成美から感染ったものなのかはもう分からない。ただ、あの涙も、あの熱も、全部奪ってしまえたのならいいと思った。何もかもこの身に移して、地獄の果てまで持って行ければいい。そうすれば、彼女はもう二度と誰の前でも泣かなくなるだろうに。
「…どうせ、地獄行きなのは決まってるってのに…俺は、どんだけ深いとこまで堕ちりゃあいいんだろうな」
喉の奥で自嘲の笑いが低い音をたてる。
人のいないラウンジは、午後の光の中、まるで白一色に塗りつぶされた牢獄のように見えた。
END。
そんな風邪イベント。逃げなきゃいけないと分かりつつも深みにはまっていくガキさんの弱さが好きです。
P3P二次創作SS・4。【P3Pネタばれあるかもしれない注意!】
2009年11月13日 二次創作いろいろこれはP3Pの当サイト主人公たちの二次創作です。オリジナル設定満載&フェスネタばれ前提ですので読まれる際はご注意ください。
相変わらず短い&基本はギャグですが、今回はやっと荒女主っぽく。
登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
似てない双子の主人公。男子(フェスクリア後封印中)はザベス、女子(P3P1周目トライ中)はガキさんといい感じ。
苗字は「神那姫(かんなぎ)」。P1主は「兄」(※引き取られ先の長男)、P4主は「はとこ」。
色々オリジナル入ってますので詳しくは「1」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
「では、本日はタルタロスに挑みます。天田君、アイギス、コロちゃんは私と一緒に、後は学年ごとに分かれて合計3班で各々0時に現地集合。武器防具アイテムは先ほど配布した分も含めて各自で運搬してください。他に質問はありますかー?」
「はいはーい!」
ラウンジで現場リーダー・神那姫成美が全員を見渡すと、早速賑やかに順平が手を上げる。
「はい、順平!」
「はーい、バナナはおやつに入るんですかー?」
「順平、あんたバカでしょ。てかホントバカでしょ。ちょっと成美、こんなの無視していーから」
お約束のギャグを飛ばす順平の横で、呆れたように呟くゆかり。さらにその横で笑っていいのかどうなのか困ったように微妙な表情になる風花。そんな同級生たちの視線の的となった成美は、にこやかな表情のままでさらっと返す。
「はいはいバナナはお弁当ですよー。水筒にジュース入れてきたらエントランスの階段うさぎ跳びで5往復、アルコールならタルタロス5階分1人踏破の刑だからねー!」
「うぉ!?待ってリーダー!死ぬよ?マジ死にますよそれは!」
「…もしかして本気でアルコール持ってくつもりだったっての?」
「お酒はダメですよ順平君…」
「酩酊は戦闘に支障をきたす行為であります」
「い、いやいやいや!持ってかないよ!?何その目?みんなして酷い!」
…9月に入り、二学期も始まったばかりのある日。
気付けば特別課外活動部は、総勢二桁(人間外含む)の大所帯になっていた。
中でも最も新しく加入した…というか出戻った…メンバー荒垣は、リーダーが言った通り同学年他2名と共に夜道をタルタロスへと向かいながら、ぼそりと昔馴染みの彼らに聞いてみた。
「あいつら…いつも、あんな調子か?」
「あんな?」
不思議そうな顔をする真田と対照的に、美鶴は即座に荒垣の質問の意図を理解したのだろう、フッと笑みを浮かべてそれに答える。
「ああ、まぁ大体そんなところだ。時として酷くやかましいが…それほど悪くないだろう?」
美鶴の声が表情と同じく柔らかいことに、問うた荒垣も少し驚く。
己がペルソナ同様、孤高の『女帝』とも言うべき彼女にそのような表情をさせる相手は、荒垣が知りうる時代にはほぼ存在しないに等しかった。それを成し得たのはおそらく…。
「神那姫、か。随分とデキる『リーダー』を捕まえたな」
笑顔を絶やさぬ快活な少女を思い起こしながら、荒垣はそう述べた。
ぱっと見は戦いなど無縁な普通の女子高生にしか思えない。しかし彼女が稀有な戦闘ポテンシャルとリーダーシップを備えていることは、美鶴と真田の態度から予想できる。現に彼女が加入してからの『課外活動部』は被害らしい被害も無く、非常に効率よく稼動していた。全員の雰囲気が想像以上に柔らかいのも、明るく場をまとめる彼女の功績が大きいだろう。
「そうだな、神那姫は本当によくやってくれている。いつの間にか会計や物資の調達も彼女が一手に引き受けてくれているしな…」
美鶴が同意し、その横で真田も頷いた。
「本当にな。あれで学園ではテニス部と料理部とファッション同好会と生徒会を掛け持ちしてるっていうんだから驚きだ」
「…あいつ、本当は何人いるんだ?」
どうやら自分たちのリーダーは、予想を遥かに超える八面六臂の活躍をしているらしい。
たった2日で自分の中にあった情報を大幅に書き換えることとなり、荒垣は軽く頭を振った。
(結構無茶してんじゃねぇのか)
明るく元気そのものという印象の少女だが、そういう人間ほど負の部分を自分の奥へ隠してしまう傾向がある。彼女のように責任感が強い性格であればなおさらだろう。
(少しはフォローしてやんねぇとな…)
自分が半ばで放り出してしまったものを守ってくれていたのは、無関係な立場であったはずの彼女だ。であれば、限られた時間ではあるがその負担を減らしてやるのもまた自分の責務なのだろう。
一度は捨て去った荷物が突然重みを増して肩に圧し掛かってきた気がするが、あの笑顔を守れるのならそれも案外悪くない。そんな風に考える自分をらしくないと思いつつも、荒垣はどこか穏やかな気持ちで深夜の道を歩いて行った。
――――影時間、タルタロス。
学園が一瞬にして不気味な城に変貌する。既に見慣れたとはいえ、それでも誰もが肌の内側がざわめく様な気持ちは拭い切れない。そんな『非日常の中の非日常』とも言うべき場所ではあるが全員が集うと、エントランスは急激に賑やかになった。
「じゃあ探索前に各自装備を整えて下さい。既に現時点での最上階へは到達済みなので、今日はレアシャドウ討伐と宝箱回収をメインにしつつ、レベル調整しますねー」
成美の言葉にそれぞれが返事をし、左右へと散らばった。男性陣と女性陣とで着替える場所も既にきちんと決まっているらしく、不慣れな荒垣は真田たちの後についていく格好でいくつかの説明を受けることになった。装備を整えると言っても今日の荒垣はせいぜい武器を取り出す程度だが、順平や天田などはなかなかに物々しい装備に着替えている。その辺りは寧ろ各自の判断ということらしい。
「さーて、んじゃあ行きますかー!」
やたらと張り切っている順平を先陣にエントランスへ戻ると、既に支度を済ませた美鶴とゆかりが風花と探索階の打ち合わせをしていた。
…しかしそこに、リーダーである成美の姿はない。彼女と常に一緒であるアイギスも同様だ。
人一倍支度の早そうな彼女が未だ揃っていないことに、荒垣は多少の違和感を覚えた。
「リーダーは…まだですか…」
「あー、今日、そういやレアシャドウ討伐って言ってたっけな…」
天田のため息の後に順平がそう呟いたのが耳に入ったが、意味がよく分からない。
周囲を見渡すと、女性陣はこれといって普通の様子であるのに周囲の男連中は妙にそわそわしている。
(…?)
レアシャドウ、というのが黄金色をしたもので、それを討伐すると非常に高価な『金貨』が手に入ることは聞いている。しかしそれとリーダーの支度の遅さとに何の関係があるのか。これ以上遅いようなら一応事情を聞いておくべきかどうかと荒垣が考えた、その時。
「お待たせしたであります。準備完了であります」
「ごめんごめん!じゃ、行こっか!」
戦闘用スタイルに戻ったアイギスに引き続き、元気よく姿を現した『リーダー』を見た瞬間、荒垣は危うく顎を外しかけた。
「んなッ…!な、なんつー恰好をしてやがんだおめえは!!?」
「ほえっ?」
外れかけた顎をどうにか戻し、思わずエントランスに大反響する大声で叫ぶ。すると、言われた本人は驚いてちょっと間の抜けた声を上げるとこちらに向き直った。
それを正面から見た荒垣は、一旦怒鳴り声を引っ込めて反射的に視線を逸らさざるを得なかった。
何故なら彼女が身に付けていたのは、どう見ても隠している部分の方が少ないという防御性に問題がありそうな女性用アーマー…通称『ハイレグアーマー』であったからだ。
同年代の少年に比べかなり淡白だという自覚のある荒垣だが、そんな彼とて流石にこれを平然と直視するには若すぎた。完全に明後日の方向を向いているものの、そう簡単に網膜に焼きついた光景は消去できない。今の自分は絶対に顔が赤い。そう自覚できるだけになおさら動揺に拍車がかかる有様だ。
そんな始末なので、荒垣は在らぬ方向を向いたままとりあえず怒鳴った。
「よっ…嫁入り前の娘が野郎の前でなんつーカッコしてやがんだっ!アキ!桐条!お前らがついてながらどーいうこったこの有様は!」
「あ、いや、その…」
「ちっ、違うぞ!?俺はなんというかその!止めたというか見てないというか!」
「すっ、すみません!あのっ、先輩方は関係ないんです!」
「うわぁっ!?」
突如として矢面に挙げられた3年生2名がおろおろと弁解する中、自分が発端であることに慌てた成美が荒垣に駆け寄る。折角顔をそむけていたのに正面に回られて、荒垣は思わず飛び退いた。身長差というものが如何に危険なものか、理解するつもりなどなかったのに理解してしまった。申し訳程度にしかない胸のアーマーは、上から見るとふくよかな谷間が丸わかりになるのだ。
(って何考えてんだ俺っ!)
飛び退いた先の壁に頭突きをかましたい衝動に駆られるのを、理性でどうにか抑え込む。そんな荒垣の動揺を知ってか知らずか、成美は大変に危険な格好のままで荒垣に向って深々と頭を下げた。
「すみませんっ!あの、確かに私じゃこれはちょっとみっともないなーとは分かってたんですけど、なんでかこれを着てると妙にレアシャドウの遭遇率が良くて!別にそう言う追加効果はないらしいんですけどついジンクスみたいなもので!それにこれ意外と防御力もあるし、着てたら慣れるっていうか、あ、いえ、でもお見苦しいとこをお見せしてすみませんっ!」
「違うだろーが!反省するとこそっちじゃねーだろーが!てーか馬鹿!頭下げんじゃねぇ服着ろー!」
手のひらで目を覆っているつもりなのだが、ついつい指の隙間があいてしまう自分が恨めしい。今の自分は明らかに『状態異常:混乱』だろう、などといらんことを考えながら荒垣はどうにか最後の手段に出た。
「きゃっ!?」
自分の長いコートを脱ぎ、そのまま成美の全身を隠せるようにがばっと頭から被せる。
「せ、先輩?」
なんとか頭だけをコートの襟元から出した成美に、荒垣は出来うる限りの怖い顔で…まぁどうしても頬は赤かったが…怒鳴りつけた。
「いーから、それ着たままもっかい着替えてこい!」
「はっ、はいっ!」
「お伴するであります!」
くるっと反転し、着替えの場所に走って行く成美をアイギスが追いかける。その背が物陰に隠れきったところで、ようやく荒垣はがくりと膝を落とし盛大な溜息を吐いた。
「…はぁ…」
ふと気付くと、自分ばかりではなく周囲は皆似たような状況である。いったいどういう訳だとどうにか冷静になってきた頭が
考え始めたところで美鶴が荒垣に歩み寄った。
「すまんな荒垣…正直言って助かったぞ」
「は?」
「いや、前から、その…あ、あのように、か、過激、な格好を彼女にさせるのはどうかと思っていたのだが、なにせ本人が『装備品の充実のために!』と張り切ってしまっていてな…。しかも、その、彼女自身は自分の姿が他人に及ぼす影響についてやや疎いところがあるらしく、と、遠回しには注意したのだが理解にまでは至らず…でな…」
歯切れの悪い美鶴の言葉に荒垣はやっと得心がいった。つまり、今までも何度かこういうことはあったのだろう。しかし予想を遥かに上回る勢いで自己評価が低かった(もしくは興味がなかった)リーダーの性格により、彼女の『ジンクス』とやらを上回る説得は不可能だったということらしい。
「大体順平も鼻の下伸ばして『成美ッチが着るんなら健康的にみえるからいいんじゃねー?』とか言うから!」
「いやっ!だって男なら嬉しいだろ!?そういうもんでしょ!?てかゆかりッチも止めらんなかったじゃんよ!」
「…でも、何故か本当に成美ちゃんがあれを着てるとレアシャドウの出現率が高いんですよね…。だからダメってなかなか言えなくて…」
「男目線ということで明彦からも注意させようとしたのだが、混乱した明彦が『鍛えているから筋肉の付き方がいい』などと言い出してな」
「い、いやっ、あの時は美鶴が無茶振り過ぎただろう!?い、言っておくが俺は見てない、見たりしていない!」
安堵と混乱の入り混じった仲間たちの会話の中で、不意に背中を誰かに叩かれ荒垣が振り返る。すると、そこには複雑な表情をした天田が立っていた。なんだ、と聞くより早く天田は軽く頭を下げると目を合わさずに言った。
「…この点においては、感謝します。成美さんにいつまでもあんな格好をさせておくわけにもいきませんから…」
そのままふいっと離れた方へ行ってしまった天田の背を眺め、荒垣はしばしの沈黙の後にもう一度大きなため息を吐いた。
「…しっかりモンかと思いきや…とんでもねぇ天然娘じゃねぇか…。ったく、どんだけ手がかかんだよ…」
けれど、賑やかなエントランスを見れば分かる。全員がそれぞれの形で彼女を大事に想っている。それは、あの小さな体に重すぎるものを抱えた少年でさえも。
「…愛されてる、ってことか…やれやれ…」
頭を抱えてから、ひとつ強く振る。
(守ってやらなきゃいけねぇ、か)
彼女は『要』だ。こんなくだらないドタバタの中にもそれは現れるほどの。
であれば、自分にはそれを守り通す義務がある。
(まったく、厄介だ)
突き放したような言葉を考えているのに、自分の顔が少し笑っている。そのことに、荒垣はわざと気付かないふりをした。
「…てゆーか、怒られたのにちょっと嬉しそうじゃない?成美」
「そ、そう見える?」
先程の気まずさ故にとりあえず女子4人(含むアイギス)で探索を進めている最中。こっそりゆかりに囁かれて、成美は顔を赤くした。
「あはっ、その、私ってばあんな風にちゃんと女の子扱いしてもらったことあんまりなかったから、ちょこっと嬉しかったかな…って。こういう性格だからいっつも男子から同性の友達扱いだったし。…荒垣先輩って、優しいね」
もじもじと両の指を絡める親友の姿に、ゆかりははぁ、と肩をすくめて大きく息を吐いた。
「…あー、はいはい、あんたってば、ホント時々ビックリするほど鈍いよね…」
「?」
「まぁいっか、それも成美らしいし。ほら、次行こう次!」
「こら、お喋りをしてる場合じゃないぞリーダー」
「成美さん、顔が赤いであります。風邪ですか?」
「あっ、な、なんでもないない!はい今行きまーす!」
―――――そんな風に女子がタルタロスを行く頃。
ほっとしたようながっかりしたような微妙な空気でエントランスに待機している男子メンバーの中、元通りにコートを着込んだ荒垣は今更ながらに自分の行いを後悔していた。
(…落ち着かねぇ…!)
間違いなく先程まで自分が着ていたものだというのに、身に付けたコートには自分以外の体温が残っているような気がしてならない。ほとんど下着に近い姿でこれを羽織っていた少女のことをうっかり考えるたび、壁に頭突きをかましたい衝動が蘇る。
(どうしろっつーんだ、ったく、あの馬鹿)
今夜は眠れないかもしれない。ため息交じりの予感が的中したことを荒垣が確信するのは、影時間が明けてすぐのことだった。
END。
馴れ初めはハイレグアーマー。
…ってどんだけロマンス台無しなんだうちの荒女主!(自己ツッコミ)
そんなこんなでこれ以降お互い意識し始める人たちです。これで本当にうまくいくのかどうなんだ。(お前が言うな)
さて、2度目の1周目、5月に入ったから先進めよう…(そっち先やれってば)
相変わらず短い&基本はギャグですが、今回はやっと荒女主っぽく。
登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
似てない双子の主人公。男子(フェスクリア後封印中)はザベス、女子(P3P1周目トライ中)はガキさんといい感じ。
苗字は「神那姫(かんなぎ)」。P1主は「兄」(※引き取られ先の長男)、P4主は「はとこ」。
色々オリジナル入ってますので詳しくは「1」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
「では、本日はタルタロスに挑みます。天田君、アイギス、コロちゃんは私と一緒に、後は学年ごとに分かれて合計3班で各々0時に現地集合。武器防具アイテムは先ほど配布した分も含めて各自で運搬してください。他に質問はありますかー?」
「はいはーい!」
ラウンジで現場リーダー・神那姫成美が全員を見渡すと、早速賑やかに順平が手を上げる。
「はい、順平!」
「はーい、バナナはおやつに入るんですかー?」
「順平、あんたバカでしょ。てかホントバカでしょ。ちょっと成美、こんなの無視していーから」
お約束のギャグを飛ばす順平の横で、呆れたように呟くゆかり。さらにその横で笑っていいのかどうなのか困ったように微妙な表情になる風花。そんな同級生たちの視線の的となった成美は、にこやかな表情のままでさらっと返す。
「はいはいバナナはお弁当ですよー。水筒にジュース入れてきたらエントランスの階段うさぎ跳びで5往復、アルコールならタルタロス5階分1人踏破の刑だからねー!」
「うぉ!?待ってリーダー!死ぬよ?マジ死にますよそれは!」
「…もしかして本気でアルコール持ってくつもりだったっての?」
「お酒はダメですよ順平君…」
「酩酊は戦闘に支障をきたす行為であります」
「い、いやいやいや!持ってかないよ!?何その目?みんなして酷い!」
…9月に入り、二学期も始まったばかりのある日。
気付けば特別課外活動部は、総勢二桁(人間外含む)の大所帯になっていた。
中でも最も新しく加入した…というか出戻った…メンバー荒垣は、リーダーが言った通り同学年他2名と共に夜道をタルタロスへと向かいながら、ぼそりと昔馴染みの彼らに聞いてみた。
「あいつら…いつも、あんな調子か?」
「あんな?」
不思議そうな顔をする真田と対照的に、美鶴は即座に荒垣の質問の意図を理解したのだろう、フッと笑みを浮かべてそれに答える。
「ああ、まぁ大体そんなところだ。時として酷くやかましいが…それほど悪くないだろう?」
美鶴の声が表情と同じく柔らかいことに、問うた荒垣も少し驚く。
己がペルソナ同様、孤高の『女帝』とも言うべき彼女にそのような表情をさせる相手は、荒垣が知りうる時代にはほぼ存在しないに等しかった。それを成し得たのはおそらく…。
「神那姫、か。随分とデキる『リーダー』を捕まえたな」
笑顔を絶やさぬ快活な少女を思い起こしながら、荒垣はそう述べた。
ぱっと見は戦いなど無縁な普通の女子高生にしか思えない。しかし彼女が稀有な戦闘ポテンシャルとリーダーシップを備えていることは、美鶴と真田の態度から予想できる。現に彼女が加入してからの『課外活動部』は被害らしい被害も無く、非常に効率よく稼動していた。全員の雰囲気が想像以上に柔らかいのも、明るく場をまとめる彼女の功績が大きいだろう。
「そうだな、神那姫は本当によくやってくれている。いつの間にか会計や物資の調達も彼女が一手に引き受けてくれているしな…」
美鶴が同意し、その横で真田も頷いた。
「本当にな。あれで学園ではテニス部と料理部とファッション同好会と生徒会を掛け持ちしてるっていうんだから驚きだ」
「…あいつ、本当は何人いるんだ?」
どうやら自分たちのリーダーは、予想を遥かに超える八面六臂の活躍をしているらしい。
たった2日で自分の中にあった情報を大幅に書き換えることとなり、荒垣は軽く頭を振った。
(結構無茶してんじゃねぇのか)
明るく元気そのものという印象の少女だが、そういう人間ほど負の部分を自分の奥へ隠してしまう傾向がある。彼女のように責任感が強い性格であればなおさらだろう。
(少しはフォローしてやんねぇとな…)
自分が半ばで放り出してしまったものを守ってくれていたのは、無関係な立場であったはずの彼女だ。であれば、限られた時間ではあるがその負担を減らしてやるのもまた自分の責務なのだろう。
一度は捨て去った荷物が突然重みを増して肩に圧し掛かってきた気がするが、あの笑顔を守れるのならそれも案外悪くない。そんな風に考える自分をらしくないと思いつつも、荒垣はどこか穏やかな気持ちで深夜の道を歩いて行った。
――――影時間、タルタロス。
学園が一瞬にして不気味な城に変貌する。既に見慣れたとはいえ、それでも誰もが肌の内側がざわめく様な気持ちは拭い切れない。そんな『非日常の中の非日常』とも言うべき場所ではあるが全員が集うと、エントランスは急激に賑やかになった。
「じゃあ探索前に各自装備を整えて下さい。既に現時点での最上階へは到達済みなので、今日はレアシャドウ討伐と宝箱回収をメインにしつつ、レベル調整しますねー」
成美の言葉にそれぞれが返事をし、左右へと散らばった。男性陣と女性陣とで着替える場所も既にきちんと決まっているらしく、不慣れな荒垣は真田たちの後についていく格好でいくつかの説明を受けることになった。装備を整えると言っても今日の荒垣はせいぜい武器を取り出す程度だが、順平や天田などはなかなかに物々しい装備に着替えている。その辺りは寧ろ各自の判断ということらしい。
「さーて、んじゃあ行きますかー!」
やたらと張り切っている順平を先陣にエントランスへ戻ると、既に支度を済ませた美鶴とゆかりが風花と探索階の打ち合わせをしていた。
…しかしそこに、リーダーである成美の姿はない。彼女と常に一緒であるアイギスも同様だ。
人一倍支度の早そうな彼女が未だ揃っていないことに、荒垣は多少の違和感を覚えた。
「リーダーは…まだですか…」
「あー、今日、そういやレアシャドウ討伐って言ってたっけな…」
天田のため息の後に順平がそう呟いたのが耳に入ったが、意味がよく分からない。
周囲を見渡すと、女性陣はこれといって普通の様子であるのに周囲の男連中は妙にそわそわしている。
(…?)
レアシャドウ、というのが黄金色をしたもので、それを討伐すると非常に高価な『金貨』が手に入ることは聞いている。しかしそれとリーダーの支度の遅さとに何の関係があるのか。これ以上遅いようなら一応事情を聞いておくべきかどうかと荒垣が考えた、その時。
「お待たせしたであります。準備完了であります」
「ごめんごめん!じゃ、行こっか!」
戦闘用スタイルに戻ったアイギスに引き続き、元気よく姿を現した『リーダー』を見た瞬間、荒垣は危うく顎を外しかけた。
「んなッ…!な、なんつー恰好をしてやがんだおめえは!!?」
「ほえっ?」
外れかけた顎をどうにか戻し、思わずエントランスに大反響する大声で叫ぶ。すると、言われた本人は驚いてちょっと間の抜けた声を上げるとこちらに向き直った。
それを正面から見た荒垣は、一旦怒鳴り声を引っ込めて反射的に視線を逸らさざるを得なかった。
何故なら彼女が身に付けていたのは、どう見ても隠している部分の方が少ないという防御性に問題がありそうな女性用アーマー…通称『ハイレグアーマー』であったからだ。
同年代の少年に比べかなり淡白だという自覚のある荒垣だが、そんな彼とて流石にこれを平然と直視するには若すぎた。完全に明後日の方向を向いているものの、そう簡単に網膜に焼きついた光景は消去できない。今の自分は絶対に顔が赤い。そう自覚できるだけになおさら動揺に拍車がかかる有様だ。
そんな始末なので、荒垣は在らぬ方向を向いたままとりあえず怒鳴った。
「よっ…嫁入り前の娘が野郎の前でなんつーカッコしてやがんだっ!アキ!桐条!お前らがついてながらどーいうこったこの有様は!」
「あ、いや、その…」
「ちっ、違うぞ!?俺はなんというかその!止めたというか見てないというか!」
「すっ、すみません!あのっ、先輩方は関係ないんです!」
「うわぁっ!?」
突如として矢面に挙げられた3年生2名がおろおろと弁解する中、自分が発端であることに慌てた成美が荒垣に駆け寄る。折角顔をそむけていたのに正面に回られて、荒垣は思わず飛び退いた。身長差というものが如何に危険なものか、理解するつもりなどなかったのに理解してしまった。申し訳程度にしかない胸のアーマーは、上から見るとふくよかな谷間が丸わかりになるのだ。
(って何考えてんだ俺っ!)
飛び退いた先の壁に頭突きをかましたい衝動に駆られるのを、理性でどうにか抑え込む。そんな荒垣の動揺を知ってか知らずか、成美は大変に危険な格好のままで荒垣に向って深々と頭を下げた。
「すみませんっ!あの、確かに私じゃこれはちょっとみっともないなーとは分かってたんですけど、なんでかこれを着てると妙にレアシャドウの遭遇率が良くて!別にそう言う追加効果はないらしいんですけどついジンクスみたいなもので!それにこれ意外と防御力もあるし、着てたら慣れるっていうか、あ、いえ、でもお見苦しいとこをお見せしてすみませんっ!」
「違うだろーが!反省するとこそっちじゃねーだろーが!てーか馬鹿!頭下げんじゃねぇ服着ろー!」
手のひらで目を覆っているつもりなのだが、ついつい指の隙間があいてしまう自分が恨めしい。今の自分は明らかに『状態異常:混乱』だろう、などといらんことを考えながら荒垣はどうにか最後の手段に出た。
「きゃっ!?」
自分の長いコートを脱ぎ、そのまま成美の全身を隠せるようにがばっと頭から被せる。
「せ、先輩?」
なんとか頭だけをコートの襟元から出した成美に、荒垣は出来うる限りの怖い顔で…まぁどうしても頬は赤かったが…怒鳴りつけた。
「いーから、それ着たままもっかい着替えてこい!」
「はっ、はいっ!」
「お伴するであります!」
くるっと反転し、着替えの場所に走って行く成美をアイギスが追いかける。その背が物陰に隠れきったところで、ようやく荒垣はがくりと膝を落とし盛大な溜息を吐いた。
「…はぁ…」
ふと気付くと、自分ばかりではなく周囲は皆似たような状況である。いったいどういう訳だとどうにか冷静になってきた頭が
考え始めたところで美鶴が荒垣に歩み寄った。
「すまんな荒垣…正直言って助かったぞ」
「は?」
「いや、前から、その…あ、あのように、か、過激、な格好を彼女にさせるのはどうかと思っていたのだが、なにせ本人が『装備品の充実のために!』と張り切ってしまっていてな…。しかも、その、彼女自身は自分の姿が他人に及ぼす影響についてやや疎いところがあるらしく、と、遠回しには注意したのだが理解にまでは至らず…でな…」
歯切れの悪い美鶴の言葉に荒垣はやっと得心がいった。つまり、今までも何度かこういうことはあったのだろう。しかし予想を遥かに上回る勢いで自己評価が低かった(もしくは興味がなかった)リーダーの性格により、彼女の『ジンクス』とやらを上回る説得は不可能だったということらしい。
「大体順平も鼻の下伸ばして『成美ッチが着るんなら健康的にみえるからいいんじゃねー?』とか言うから!」
「いやっ!だって男なら嬉しいだろ!?そういうもんでしょ!?てかゆかりッチも止めらんなかったじゃんよ!」
「…でも、何故か本当に成美ちゃんがあれを着てるとレアシャドウの出現率が高いんですよね…。だからダメってなかなか言えなくて…」
「男目線ということで明彦からも注意させようとしたのだが、混乱した明彦が『鍛えているから筋肉の付き方がいい』などと言い出してな」
「い、いやっ、あの時は美鶴が無茶振り過ぎただろう!?い、言っておくが俺は見てない、見たりしていない!」
安堵と混乱の入り混じった仲間たちの会話の中で、不意に背中を誰かに叩かれ荒垣が振り返る。すると、そこには複雑な表情をした天田が立っていた。なんだ、と聞くより早く天田は軽く頭を下げると目を合わさずに言った。
「…この点においては、感謝します。成美さんにいつまでもあんな格好をさせておくわけにもいきませんから…」
そのままふいっと離れた方へ行ってしまった天田の背を眺め、荒垣はしばしの沈黙の後にもう一度大きなため息を吐いた。
「…しっかりモンかと思いきや…とんでもねぇ天然娘じゃねぇか…。ったく、どんだけ手がかかんだよ…」
けれど、賑やかなエントランスを見れば分かる。全員がそれぞれの形で彼女を大事に想っている。それは、あの小さな体に重すぎるものを抱えた少年でさえも。
「…愛されてる、ってことか…やれやれ…」
頭を抱えてから、ひとつ強く振る。
(守ってやらなきゃいけねぇ、か)
彼女は『要』だ。こんなくだらないドタバタの中にもそれは現れるほどの。
であれば、自分にはそれを守り通す義務がある。
(まったく、厄介だ)
突き放したような言葉を考えているのに、自分の顔が少し笑っている。そのことに、荒垣はわざと気付かないふりをした。
「…てゆーか、怒られたのにちょっと嬉しそうじゃない?成美」
「そ、そう見える?」
先程の気まずさ故にとりあえず女子4人(含むアイギス)で探索を進めている最中。こっそりゆかりに囁かれて、成美は顔を赤くした。
「あはっ、その、私ってばあんな風にちゃんと女の子扱いしてもらったことあんまりなかったから、ちょこっと嬉しかったかな…って。こういう性格だからいっつも男子から同性の友達扱いだったし。…荒垣先輩って、優しいね」
もじもじと両の指を絡める親友の姿に、ゆかりははぁ、と肩をすくめて大きく息を吐いた。
「…あー、はいはい、あんたってば、ホント時々ビックリするほど鈍いよね…」
「?」
「まぁいっか、それも成美らしいし。ほら、次行こう次!」
「こら、お喋りをしてる場合じゃないぞリーダー」
「成美さん、顔が赤いであります。風邪ですか?」
「あっ、な、なんでもないない!はい今行きまーす!」
―――――そんな風に女子がタルタロスを行く頃。
ほっとしたようながっかりしたような微妙な空気でエントランスに待機している男子メンバーの中、元通りにコートを着込んだ荒垣は今更ながらに自分の行いを後悔していた。
(…落ち着かねぇ…!)
間違いなく先程まで自分が着ていたものだというのに、身に付けたコートには自分以外の体温が残っているような気がしてならない。ほとんど下着に近い姿でこれを羽織っていた少女のことをうっかり考えるたび、壁に頭突きをかましたい衝動が蘇る。
(どうしろっつーんだ、ったく、あの馬鹿)
今夜は眠れないかもしれない。ため息交じりの予感が的中したことを荒垣が確信するのは、影時間が明けてすぐのことだった。
END。
馴れ初めはハイレグアーマー。
…ってどんだけロマンス台無しなんだうちの荒女主!(自己ツッコミ)
そんなこんなでこれ以降お互い意識し始める人たちです。これで本当にうまくいくのかどうなんだ。(お前が言うな)
さて、2度目の1周目、5月に入ったから先進めよう…(そっち先やれってば)
P3P二次創作SS・3。【フェス&P3Pネタばれあり注意!】
2009年11月11日 二次創作いろいろ コメント (2)これはP3Pの当サイト主人公たちの二次創作です。オリジナル設定満載&フェスネタばれ前提ですので読まれる際はご注意ください。
前回より更に短い脱力ギャグ。あと今回は真田さんが酷い目にあうので注意。
今回出てこない人もいますが登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
おちゃめな(?)双子の主人公。男子はザベス、女子はガキさんフラグな感じ。
玲矢(れいや)…P1主 P3主が引き取られた先の長男で2人のお兄ちゃん
有人(あると)…P4主 P1主たちのはとこ(じーちゃんが兄弟同士)
全員苗字は「神那姫(かんなぎ)」。
色々オリジナル入ってますので詳しくは「1」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
「あのー、真田先輩?」
「………なんだ?」
思いっきり距離を置いた上に目を合わせず返事をする、という不審極まりない動きをする1学年上の『先輩』。
その頭上にはどよーんと淀んだ黒雲が浮いていた。
(困っちゃったなぁ)
成美は周囲を警戒しつつ、ひっそりため息を吐いた。
現在は7月7日影時間。
『特別課外活動部』は大型シャドウとの戦闘真っ最中である。
先ほど1体を撃破したのだが、もう1体のシャドウに精神攻撃を受け、今回の前線メンバー4名…成美と真田、ゆかりと順平とは二手に分断されてしまっていた。
戦闘中で、尚且つ現在戦力は自分と彼の2人だけだというのにこの状況はよろしくない。リーダーとしてそう思った成美は、おそらくこの状況の原因であろうものを取り除くべく最大限の努力をしてみることにした。
「えっと、先輩、そんなに気にしないで下さい」
成美の言葉に、ほぼ真下へ落ちていた真田の視線がほんの少しだけ上を向く。
しかしその次の瞬間、その頭は痛烈なパンチを受けた時のようにガン!と後方へ仰け反った。
「タオルは巻いてたんだし、ボクシングの格好と大差ないじゃないですか」
「ぐはッ!!」
クリティカル、と表示が出たような気なするが、どうにか現状を打破しようとする責任感の強いリーダーはそれに気付かなかった。
『あれ?成美ちゃん?成美ちゃんが弱点をつきました??』
『なに、総崩れか?よし神那姫、畳み掛けろ!』
状況を掴みきれない風花のナビとやっぱり把握してない美鶴の指示が響く。それに呼応した…わけではないはずだが、リーダーはこういう時もリーダーなのか反射的に追撃が入る。
「そもそも先輩が結構おっちょこちょいなのは知ってますし!」
「がふッ!」
『???つ、続けてどうぞ?』
「うち、お兄ちゃんや弟がお風呂上りにパンツ一枚でうろうろしてたんで、そういうのには慣れてますから!」
「ぐおッ!」
「お兄ちゃんなんか私が注意すると年中『何言ってんだ成美、トランクスは男の戦闘服だぞ。ボクサーを見ろボクサーを』なんて言ってましたし!」
「うごッ!」
1moreどころか怒涛の追撃に真田のSPゲージがみるみる減少していく。しかし一生懸命なリーダーと、敵の結界により内部の状況を上手く把握できないナビチームはそれに気付く余裕が無かった。
『え?あれ?』
『よし、敵はフラフラのようだな!止めだ神那姫!』
無常にも放たれた美鶴の鋭い指示を、リーダーたる成美が理解できたかどうかは…まぁ当然の如くに出来ていなかったわけだが、それでもリーダーはその指示に相応しい一撃を繰り出した。
「本当に私、全然さっぱり全く何にも『気にしてません』から!」
「ぐおおおッ!!!」
無垢とは時に残酷だ。断末魔の悲鳴を上げ、真田が心臓辺りを押さえて倒れ伏す。
…見事なノックアウトであった。
「あ、あれれれ??真田先輩!?先輩、どうしたんですか!?しっかりして下さい!」
『えっ、真田先輩が戦闘不能です!?』
『は?何をやっているのだ明彦!情けないぞ!』
後に真田明彦(18)は語る。「あの時、アバラよりも深いところで何か大事なものが折れた」と。
その後。
瀕死の真田の分も奮闘したリーダーにより、今回の大型シャドウとの戦いは勝利に終わった。…のだが、その獅子奮迅の活躍に微妙な感情を抱く順平と、精神に大きな傷を負った真田が戦線に復帰するまでにはしばらくの時間を要したという。
END。
毎度おなじみ言い訳。
すんません、メモリースティックのデータ大破から逃避すべくこんなもん書いてまいました。ごめんね真田さん。でもうちの子はタオル一枚で牛乳牛乳とか言いつつ風呂上りに台所をふらふらしてる兄弟たちに「パンツくらいはいてよ!」と下着ブン投げるくらい普通だったので本当に気にしてない。ちなみにうちのP1主とP3男主は自宅ならパンいちでうろつき回るのOKな人たちですが、P4主は家に自分ひとりでもきっちり着替えるまで洗面所から出てこないタイプです。
…いやいやいや!おかしいぞ、本当は書きたかったのは荒垣×女主なのにパンツとか書いてる場合じゃないだろ自分(我に返り)※ショックでどうかしたようです
前回より更に短い脱力ギャグ。あと今回は真田さんが酷い目にあうので注意。
今回出てこない人もいますが登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
おちゃめな(?)双子の主人公。男子はザベス、女子はガキさんフラグな感じ。
玲矢(れいや)…P1主 P3主が引き取られた先の長男で2人のお兄ちゃん
有人(あると)…P4主 P1主たちのはとこ(じーちゃんが兄弟同士)
全員苗字は「神那姫(かんなぎ)」。
色々オリジナル入ってますので詳しくは「1」を御確認下さい。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
「あのー、真田先輩?」
「………なんだ?」
思いっきり距離を置いた上に目を合わせず返事をする、という不審極まりない動きをする1学年上の『先輩』。
その頭上にはどよーんと淀んだ黒雲が浮いていた。
(困っちゃったなぁ)
成美は周囲を警戒しつつ、ひっそりため息を吐いた。
現在は7月7日影時間。
『特別課外活動部』は大型シャドウとの戦闘真っ最中である。
先ほど1体を撃破したのだが、もう1体のシャドウに精神攻撃を受け、今回の前線メンバー4名…成美と真田、ゆかりと順平とは二手に分断されてしまっていた。
戦闘中で、尚且つ現在戦力は自分と彼の2人だけだというのにこの状況はよろしくない。リーダーとしてそう思った成美は、おそらくこの状況の原因であろうものを取り除くべく最大限の努力をしてみることにした。
「えっと、先輩、そんなに気にしないで下さい」
成美の言葉に、ほぼ真下へ落ちていた真田の視線がほんの少しだけ上を向く。
しかしその次の瞬間、その頭は痛烈なパンチを受けた時のようにガン!と後方へ仰け反った。
「タオルは巻いてたんだし、ボクシングの格好と大差ないじゃないですか」
「ぐはッ!!」
クリティカル、と表示が出たような気なするが、どうにか現状を打破しようとする責任感の強いリーダーはそれに気付かなかった。
『あれ?成美ちゃん?成美ちゃんが弱点をつきました??』
『なに、総崩れか?よし神那姫、畳み掛けろ!』
状況を掴みきれない風花のナビとやっぱり把握してない美鶴の指示が響く。それに呼応した…わけではないはずだが、リーダーはこういう時もリーダーなのか反射的に追撃が入る。
「そもそも先輩が結構おっちょこちょいなのは知ってますし!」
「がふッ!」
『???つ、続けてどうぞ?』
「うち、お兄ちゃんや弟がお風呂上りにパンツ一枚でうろうろしてたんで、そういうのには慣れてますから!」
「ぐおッ!」
「お兄ちゃんなんか私が注意すると年中『何言ってんだ成美、トランクスは男の戦闘服だぞ。ボクサーを見ろボクサーを』なんて言ってましたし!」
「うごッ!」
1moreどころか怒涛の追撃に真田のSPゲージがみるみる減少していく。しかし一生懸命なリーダーと、敵の結界により内部の状況を上手く把握できないナビチームはそれに気付く余裕が無かった。
『え?あれ?』
『よし、敵はフラフラのようだな!止めだ神那姫!』
無常にも放たれた美鶴の鋭い指示を、リーダーたる成美が理解できたかどうかは…まぁ当然の如くに出来ていなかったわけだが、それでもリーダーはその指示に相応しい一撃を繰り出した。
「本当に私、全然さっぱり全く何にも『気にしてません』から!」
「ぐおおおッ!!!」
無垢とは時に残酷だ。断末魔の悲鳴を上げ、真田が心臓辺りを押さえて倒れ伏す。
…見事なノックアウトであった。
「あ、あれれれ??真田先輩!?先輩、どうしたんですか!?しっかりして下さい!」
『えっ、真田先輩が戦闘不能です!?』
『は?何をやっているのだ明彦!情けないぞ!』
後に真田明彦(18)は語る。「あの時、アバラよりも深いところで何か大事なものが折れた」と。
その後。
瀕死の真田の分も奮闘したリーダーにより、今回の大型シャドウとの戦いは勝利に終わった。…のだが、その獅子奮迅の活躍に微妙な感情を抱く順平と、精神に大きな傷を負った真田が戦線に復帰するまでにはしばらくの時間を要したという。
END。
毎度おなじみ言い訳。
すんません、メモリースティックのデータ大破から逃避すべくこんなもん書いてまいました。ごめんね真田さん。でもうちの子はタオル一枚で牛乳牛乳とか言いつつ風呂上りに台所をふらふらしてる兄弟たちに「パンツくらいはいてよ!」と下着ブン投げるくらい普通だったので本当に気にしてない。ちなみにうちのP1主とP3男主は自宅ならパンいちでうろつき回るのOKな人たちですが、P4主は家に自分ひとりでもきっちり着替えるまで洗面所から出てこないタイプです。
…いやいやいや!おかしいぞ、本当は書きたかったのは荒垣×女主なのにパンツとか書いてる場合じゃないだろ自分(我に返り)※ショックでどうかしたようです
P3P二次創作SS・2。【P3P&P3フェスネタばれあり注意!】
2009年11月6日 二次創作いろいろこれはP3Pの当サイト主人公たちの二次創作です。オリジナル設定満載&フェスネタばれ前提ですので読まれる際はご注意ください。
…ちなみに、どうしようもない脱力ギャグ(?)です。なおかつ短いよ!
登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
二人は双子、似てない双子。苗字は「神那姫(かんなぎ)」
あとプレイヤーはガキさん大好き。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
乾いた銃声が血のような満月に反響する。
「荒垣さん!」
崩れ落ちた少年に、仲間たちが彼の名を呼びつつ駆け寄った。
倒れ伏す身体に少女が取りすがった、その時。
「…あ?」
「きゃあ!?」
およそこの状況下にふさわしくない訝しげな声で疑問符を発し、むくりと起き上がったのは当の少年本人だった。
「お、おいシンジ!お前今撃たれたんじゃ…!?」
何が起こったか分からず慌てる仲間たちの前で少年は数秒ほど眉根を寄せた不機嫌に見える表情で考え込んでいたが、急にはっと何かに気付いたように懐に手を入れた。
「これか…!」
懐から少年が取り出したのは「学園前」と書かれたバス停だった。時刻表部分には、深く弾丸がめり込んでいる。その弾痕をなんとも複雑な表情で眺めていた少年は、やがてゆっくりと視線を傍らにいる少女へと向けた。
「こいつが…お前のくれたバス停が、俺を守ってくれたな、神那姫…」
「荒垣さん…!」
真紅の瞳に涙を溢れさせた少女が泣き笑いの表情を作る。その肩を抱き寄せ、少年は仲間たちが驚くほどに優しい笑顔を見せた。
「…ありがとよ。…馬鹿、もう泣くな」
いつしか血のような満月は、美しい銀の光に変わっていた…。
「…って、ちょっと待った待った待った!その妄想カットカットぉぉぉ!!」
「…いいとこなのに何故止める」
半泣きの声で叫ぶ望月に、静真が無表情な分怖いほど不機嫌な声で返す。
一瞬怯んだ望月だったが、恐怖にツッコミ心が勝ったのかありったけの勇気と根性を振り絞って静真の妄想にダメ出しを始めた。
「いや無いよ!?普通そこ銀のロケットとか懐中時計とか警察手帳とかドッグタグ辺りが出てくるシーンだよ!?大体懐からバス停とか出るわけないじゃん!」
「出るよ、荒垣さんなら」
「荒垣さんってどこのネコ型ロボット!?てゆーか女の子からのプレゼントがバス停ってどうなの!?しかも学園前って利用中じゃん!ロマンスの神様もびっくりだよ!」
「馬鹿いえ、鈍器は間違うことなきロマンだぞ」
「それ違うからね!?百歩譲っても『戦う男の』が付くからね!?そもそもロマンじゃなくてロマンスでしょ!もっと花とか星とか飛ぶものにしてよ!」
「うるさいなー、折角人がこれだと思う素敵シチュエーションを考えてみたのに」
ぶっすーと見事にふて腐れた静真の前で、ツッコミ疲れて酸欠になりかけた望月ががっくりと膝を突く。
「ていうか、本気だったんだねぇ…君の考えていることが分からないよ…」
今更だけど、と呟いて、望月は最後の力で大の字にひっくり返った。
何処とも知れぬ世界の狭間。
時間の概念も感覚も希薄なこの場所に静真が己を封じてから、こんなとぼけた会話が何度も繰り返されていた。
そんな意外と暢気であるこの空間で、最近もっぱらの会話は静真の双子の姉である成美のことだ。彼女が静真を助けるために、『運命の一年』を静真の代わりにやり直していることは二人とも知っている。ものすごーく心配しつつも、成美ならきっと俺の出来なかったこともやっちゃうんだろうな、と信頼している静真に、望月も双子の絆って素晴らしいなぁ、なーんて感動していたのではあるが。
その信頼に基づいた夢見がちな未来妄想は、最近ちょっと変だった。
双子の片割れが大事で大好きでしょーがないから自分も認めたかっけー先輩とうまくいったらいいんじゃないのかな!と夢見るのは分かるものの、その幸せビジョンは彼女的にはどうなのか。
「ていうか大体まだ彼女、その荒垣さんと2回しか会ったことないでしょ。寧ろ順平とか真田さんとかと仲いいじゃな」
「テレッテとプロテインはやだ」
「即答だよ!」
まぁわかんなくもないけど。望月は言いかけた言葉を辛うじて飲み込んだ。つまりは彼はシスコンでブラコンなのだ。義理の兄に似て飄々としつつも、はとこの弟分のように面倒見がいいあの先輩を静真が大変慕っているのは知っているし、勿論半身である彼女のことを生半可な野郎が手出ししたら自分が潰す、と言い切るくらい大事にしているのも知っている。だからどうせなら二人がくっついてくれたら安心なのにな、と考えているのはそりゃもうよくわかる。わかるのだが。
(…なーんかズレてるんだよね)
しかしこれ以上ツッコミを入れても無駄なのは、更によーく望月にも分かっている。
「…まぁ、叶うといいね…」
色々言いたいことを諦めてそう締めくくった望月に、静真は相変わらずの無表情で、しかし瞳は自慢げにふふん、と笑った。
願わくば、彼の片割れに幸いあれ。
そう祈らずにいられない望月なのであった。
END。
言い訳。
えー、すみません、私のP3Pはまだ7月4日です。
てゆーかガキさん救済があるかどうかもまったく知りません!(言い切る)なので全部妄想です!ギャグなのでその辺スルーで宜しく!
…や、まぁ銃弾から助かる王道って言ったら懐に入ってたなんかが身代わりにってあれかなぁってのを書いてみたかっただけです、いやマジで。これで10月なってなんも救済なかったら超凹むんだろうけどな!あっはっは(自棄)
…ちなみに、どうしようもない脱力ギャグ(?)です。なおかつ短いよ!
登場人物簡単紹介。
静真(しずま)…P3男主
成美(なるみ)…P3女主
二人は双子、似てない双子。苗字は「神那姫(かんなぎ)」
あとプレイヤーはガキさん大好き。
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
乾いた銃声が血のような満月に反響する。
「荒垣さん!」
崩れ落ちた少年に、仲間たちが彼の名を呼びつつ駆け寄った。
倒れ伏す身体に少女が取りすがった、その時。
「…あ?」
「きゃあ!?」
およそこの状況下にふさわしくない訝しげな声で疑問符を発し、むくりと起き上がったのは当の少年本人だった。
「お、おいシンジ!お前今撃たれたんじゃ…!?」
何が起こったか分からず慌てる仲間たちの前で少年は数秒ほど眉根を寄せた不機嫌に見える表情で考え込んでいたが、急にはっと何かに気付いたように懐に手を入れた。
「これか…!」
懐から少年が取り出したのは「学園前」と書かれたバス停だった。時刻表部分には、深く弾丸がめり込んでいる。その弾痕をなんとも複雑な表情で眺めていた少年は、やがてゆっくりと視線を傍らにいる少女へと向けた。
「こいつが…お前のくれたバス停が、俺を守ってくれたな、神那姫…」
「荒垣さん…!」
真紅の瞳に涙を溢れさせた少女が泣き笑いの表情を作る。その肩を抱き寄せ、少年は仲間たちが驚くほどに優しい笑顔を見せた。
「…ありがとよ。…馬鹿、もう泣くな」
いつしか血のような満月は、美しい銀の光に変わっていた…。
「…って、ちょっと待った待った待った!その妄想カットカットぉぉぉ!!」
「…いいとこなのに何故止める」
半泣きの声で叫ぶ望月に、静真が無表情な分怖いほど不機嫌な声で返す。
一瞬怯んだ望月だったが、恐怖にツッコミ心が勝ったのかありったけの勇気と根性を振り絞って静真の妄想にダメ出しを始めた。
「いや無いよ!?普通そこ銀のロケットとか懐中時計とか警察手帳とかドッグタグ辺りが出てくるシーンだよ!?大体懐からバス停とか出るわけないじゃん!」
「出るよ、荒垣さんなら」
「荒垣さんってどこのネコ型ロボット!?てゆーか女の子からのプレゼントがバス停ってどうなの!?しかも学園前って利用中じゃん!ロマンスの神様もびっくりだよ!」
「馬鹿いえ、鈍器は間違うことなきロマンだぞ」
「それ違うからね!?百歩譲っても『戦う男の』が付くからね!?そもそもロマンじゃなくてロマンスでしょ!もっと花とか星とか飛ぶものにしてよ!」
「うるさいなー、折角人がこれだと思う素敵シチュエーションを考えてみたのに」
ぶっすーと見事にふて腐れた静真の前で、ツッコミ疲れて酸欠になりかけた望月ががっくりと膝を突く。
「ていうか、本気だったんだねぇ…君の考えていることが分からないよ…」
今更だけど、と呟いて、望月は最後の力で大の字にひっくり返った。
何処とも知れぬ世界の狭間。
時間の概念も感覚も希薄なこの場所に静真が己を封じてから、こんなとぼけた会話が何度も繰り返されていた。
そんな意外と暢気であるこの空間で、最近もっぱらの会話は静真の双子の姉である成美のことだ。彼女が静真を助けるために、『運命の一年』を静真の代わりにやり直していることは二人とも知っている。ものすごーく心配しつつも、成美ならきっと俺の出来なかったこともやっちゃうんだろうな、と信頼している静真に、望月も双子の絆って素晴らしいなぁ、なーんて感動していたのではあるが。
その信頼に基づいた夢見がちな未来妄想は、最近ちょっと変だった。
双子の片割れが大事で大好きでしょーがないから自分も認めたかっけー先輩とうまくいったらいいんじゃないのかな!と夢見るのは分かるものの、その幸せビジョンは彼女的にはどうなのか。
「ていうか大体まだ彼女、その荒垣さんと2回しか会ったことないでしょ。寧ろ順平とか真田さんとかと仲いいじゃな」
「テレッテとプロテインはやだ」
「即答だよ!」
まぁわかんなくもないけど。望月は言いかけた言葉を辛うじて飲み込んだ。つまりは彼はシスコンでブラコンなのだ。義理の兄に似て飄々としつつも、はとこの弟分のように面倒見がいいあの先輩を静真が大変慕っているのは知っているし、勿論半身である彼女のことを生半可な野郎が手出ししたら自分が潰す、と言い切るくらい大事にしているのも知っている。だからどうせなら二人がくっついてくれたら安心なのにな、と考えているのはそりゃもうよくわかる。わかるのだが。
(…なーんかズレてるんだよね)
しかしこれ以上ツッコミを入れても無駄なのは、更によーく望月にも分かっている。
「…まぁ、叶うといいね…」
色々言いたいことを諦めてそう締めくくった望月に、静真は相変わらずの無表情で、しかし瞳は自慢げにふふん、と笑った。
願わくば、彼の片割れに幸いあれ。
そう祈らずにいられない望月なのであった。
END。
言い訳。
えー、すみません、私のP3Pはまだ7月4日です。
てゆーかガキさん救済があるかどうかもまったく知りません!(言い切る)なので全部妄想です!ギャグなのでその辺スルーで宜しく!
…や、まぁ銃弾から助かる王道って言ったら懐に入ってたなんかが身代わりにってあれかなぁってのを書いてみたかっただけです、いやマジで。これで10月なってなんも救済なかったら超凹むんだろうけどな!あっはっは(自棄)
P3P二次創作SS。【P3フェスネタばれあり注意!】
2009年11月3日 二次創作いろいろこれはP3P開始前の当サイトペルソナ主人公たちの二次創作です。オリジナル設定満載&フェスネタばれ前提ですので読まれる際はご注意ください。
登場人物簡単紹介。
玲矢(れいや)…P1主
静真(しずま)…P3男主
有人(あると)…P4主
成美(なるみ)…P3女主
苗字は全員「神那姫(かんなぎ)」
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
私の目の前には、扉がある。
美しい装飾の施されたそれは、現世と夢幻を隔てる巨大な扉だ。
扉の左右には、青年と少年が立っている。
「…さて、役者は全て揃った」
飄々とした態度と声音で告げたのは、青年。
「この《扉》を開けるか否か、決めることが出来るのはのはお前だけだ。俺たちはその決定に従うだけ。いいね、『成美』」
呼びかけられた私の名前は、突き放すようにも思える言葉の中で唯一とても優しく心を撫でた。
…私の名は、『神那姫成美』。姓はかんなぎ、名前はなるみ、と発音する。
『成美』だけならさほどおかしくないけれど、神だの姫だのどこか仰々しい漢字の並びに連なるとちょっと派手すぎる気がする私の名前。名前負けって感じで気後れするなぁ、なんて愚痴をこぼしたことがある。
そんな他愛ない文句に、俺だって、と冗談交じりの返事を寄越した相手のことを思い出し、私はじわりと瞳を侵食しようとする熱い雫を辛うじて堪えた。
『俺だって、未だに名乗るとき度胸いる』
……静真。
私たちが『神那姫』の苗字になった頃には、笑顔を作ることも涙を流すことも出来なくなっていた私の半身。
双子としてこの世に生を受けたというのに、あの事故の日が私たちの運命を大きく分けてしまった。
両親と共に出かける予定だったあの日、私は熱を出し一人で寝ていた。お土産を持って帰ってくるものと信じて疑いもしなかった両親たちが、永遠に帰ってこないと知らされたのは翌朝のこと。
それから私たちは別々の親戚に引き取られ、生まれて初めて互いのいない場所での生活を送ることになった。
突然子供をもう一人押し付けられた親戚には、かなりの負担だったのだろう。それでも必要以上に冷たくされることもなく過ごすことが出来た私と違い、静真は幾人もの親類縁者をたらい回しにされ…。
そして、ついには殺されかけた。
両親の残した保険金目当てに自殺を強要されたのだ。
私たちを二人とも引き取ろうと行方を捜してくれていた今の両親が、私を連れて丁度その家を訪れなかったら…静真の命はそこで尽きていただろう。
でも命の代償に、その日から静真は表情を失ってしまった。
『ごめんね、ごめんね』
泣きじゃくり謝る私の頭を撫でながら、病室のベッドに横たわった静真は無表情を補う優しい声で言った。
『成美じゃなくて、良かった』
…その言葉に一片の嘘もないとわかった瞬間、私は決めた。
私の大事な半身をもう二度と一人にしない、もう二度と誰にも傷付けさせない。これからは私が静真の分まで笑って泣こう、と。
―――――あの日から、10年。
1年間の短期留学から帰国した私は、病室の扉を開けて悲鳴を上げた。
「静真…!!」
ベッドに駆け寄り、横たわる身体に縋り付く。あの日以上に泣きじゃくっているのに、静真は頭を撫でてはくれない。無表情な分、感情が全部表れるダークブルーの瞳はどんなに揺さぶっても開かない。
半狂乱で静真の名前を呼び続ける私を正気に戻してくれたのは『兄さん』だった。
玲矢兄さん。
実父母と親友だった神那姫の両親の、実の息子。血の繋がりはほとんどないに等しい私たちの「兄」。
けれど兄さんは、いついかなる時も私たちを本当の弟妹として扱ってくれた。
この時も。
「…おかえり、成美」
「玲矢兄さん…!!」
小さい頃のように抱きしめられ、優しい手が静真の代わりに頭を撫でてくれる。私が泣き止むまで、兄さんはずっと黙って待っていてくれた。
そうしてやっと話を聞くことができるようになった私に、兄さんは静真の辿った運命を教えてくれたのだった…。
「じゃあ、静真は世界と引き換えに犠牲になったっていうの…?」
私の問いかけに兄さんが頷く。
「どうして、どうして静真が」
悔しかった。
自分と引き換えに全てを守る。それが静真の選んだ道だとしても、私には納得がいかなかった。
どうでもいい、が口癖だった静真。それは皆が言うようにクールなのでも、いい加減なのでもない。静真は優しかったから、自分よりも自分以外のものの方が大事だったから、いつも言っていたんだ。
「自分は、どうでもいい」って。
だからきっと、今回だって最後の最後にそう思ったに違いない。
「自分はどうでもいい」、そしてきっと「成美じゃなくて、よかった」と。
ばか、ばか、静真のバカ。
喉が詰まって声にならないから、私は兄さんの服にすがったまま心で叫んだ。
勝手過ぎるじゃない。私がいない間に、私の半分を持って行っちゃうなんて。
「お前には、知られたくなかったんだろうな」
兄さんの言葉が理解できず顔を上げると、ぐしゃぐしゃの顔にちょっと冷たい手が触れて火照った頬をひやりと包み込む。
「静真は昔から、自分の中に別のなにかがいるのを知っていた。そして、それをお前に知られるのを怖がってたんだ。たった一人の半身に、嫌われたくなかったんだよ。…だから、一人でその謎を探りに行ったんだ」
「…私のせいで?」
思わずそう言いかけた私に、兄さんは強く首を振って否定した。
「静真はお前を本当に愛してた。それだけのことだ」
「でも」
「聞きなさい、成美」
言い募ろうとした言葉を止められ、私はざわめく心をどうにか抑え込み兄さんの言葉を待った。
もう一度よく見なさいと言われ、恐る恐る静真の頬に触れる。冷たいその肌は、確かに命の失われたものの手触りだった。けれど、再び絶望に引き戻されそうになる私は兄さんの言葉に目を見開いた。
「静真がその状態で戻ってきたのは、一週間前だ」
一瞬は意味が分からず、その言葉に思考が追いついた時には状況が掴めなかった。
ぴくりとも動かない静真の身体。そこにはもう命の欠片も見出せないのに、一週間という時を経たその身体は些かの損傷もない。…つまりは、腐敗を、していない。
「どういう、こと?」
呆然と呟く。勿論静真の身体が腐敗していくなんて考えたくもないけれど、現実としてこの状況は明らかにおかしいということは認めなければならない。
心臓の鼓動も止まっている。脈もない。体温は冷たく、息もしていない。でも。
「…だけれど、静真は…まだ『生きて』いる」
ぞくりとするような鋭い目で、兄さんは微かに笑った。
…兄さんに、不思議な力があるのを知ったのは、引き取られて2年ほどしてからのことだった。
手を触れずに物を動かしたり、遠い場所のことを知っていたり。
何かを燃やしたり、凍らせたりすることもできた。
私は幼かったのと既にその頃兄にすっかりなついていたこともあり、自然にそれを受け入れたのだけれど、静真はしばらくその力を恐れて兄から隠れていたことがある。元通り仲良くなるまで、一ヶ月はかかっただろうか。
その力が「ペルソナ」と言い、この一年に静真に目覚めたものと同じだと聞かされたのは、疲労と混乱で崩れ落ちた私が自宅で目を覚ました後のこと。
静真の中のもう一人の存在、交わした契約、その結末。その全てを聞き終わった私は、兄さんに最も聞きたかったことを尋ねた。
「静真を連れ戻すには、どうしたらいいの」
どんなことでもする、可能性があるなら、と詰め寄る私に、兄さんはちょっと困ったような顔をした。
「…『今は』、まだ駄目だ」
今は、という言葉に重いものを感じて言葉を止める。
黙って見つめる私の前で、緊張を解そうとしてくれたんだろう、兄さんはちょっとおどけたようにウインクをしてみせた。軽く傾けたその耳に、銀のピアスがきらりと光る。高校時代からの兄さんのトレードマーク。
いつもの優しい兄さん。久しぶりのその様子に、私もつられて表情が緩む。
そんな私の表情に安心したのか、兄さんはぽんぽんと私の頭を弾むように撫でながら言った。
「俺だけじゃ、半分しか開かないんだ」
時は、待たない。
等しく終わりへと全てを導き、流れる。
それから、3年。
私は扉の前にいる。
扉の左右には、青年と、少年。
青年は私の兄、神那姫玲矢。
少年は私のはとこ、神那姫有人。
2歳年下で私たち双子とは兄弟のようによく遊んでいたはとこが、おじ様たちの海外出張で遠方の親せき宅に預けられたのが1年前。
彼はその1年の間に「ペルソナ」の力に目覚めた。
そのことを知らされた時にも驚いたけど…私がもっと驚いたのは、兄さんの言葉を思い出したからだ。
『今は』まだ、『半分しか』開かない。
あの時、既に兄さんはこうなることを知っていたのだろうか。
尋ねてみたけれど、兄さんは笑うだけで答えてくれなかった。
けれど今、兄さんの言った通り『扉』の左右にはそれを開くことのできる2人の「ペルソナ使い」がいる。
「扉とは、可能性を開くもの」
…この場所へと私たちを導いてくれた、青い服の女性が告げる。
「『あの方』の選択は、ひとつの未来を作り上げました。それは契約により、最早変えることは出来ぬもの。…しかし、新たなる契約者…あの方の半身である貴女が再びこの扉を開き、その先で別の選択肢を選ぶことができるのならば…世界は、変わるやもしれません…」
彼女は抱えた分厚い本をぎゅっと抱きしめる。その表情は、どこか切ない。
「…だけど、勿論変化なんか起こらないかもしれない。それどころか、最悪の結末になるかもしれない」
言葉を止めた彼女の代わりに、兄さんが続けた。
「俺にも、それから有人にも、この扉は『開く』ことしかできない。その先に行けるのは成美、お前だけだ。だから俺たちはお前に委ねる。…ゆっくり考えて、選びなさい」
兄さんの声は、穏やかだったけれど、そこに辛い気持ちが隠されているのは分かっていた。
静真も大切だけれど、それと同じく私のことも大切だと思ってくれている兄さんの気持ち。静真を助けるためとはいえ、私を危険に飛びこませたくはないという葛藤が、言葉にはしなくても伝わってくる。その気持ちが嬉しい。
「ありがとう、兄さん」
私はもう選ぶ答えを決めている。
きっと、どんなに悩んでも結局はその答えを選ぶと知っている。
でも、たったひとつだけすぐにその答えを口にできない理由があった。
「有人」
呼びかけた私に、銀色の短い髪をしたはとこが顔を向ける。
その瞳の強さに一瞬どきりとした。元々しっかりしていて自慢の『弟』だったけれど、たった1年の間でさらに見違えるほど有人は凛々しく大人びていた。
彼が過酷な運命に立ち向かい、果敢に戦いぬいてきたことを今の私は知っている。
だからこそ、私は躊躇わずにいられなかった。
私の選択は、静真と有人が勝ち取った3年間を全て0に戻すこと。
彼らが守り通した大切なものを、再び危険にさらす。そして、もし私が望む未来を手にしたとしても、有人はもう一度同じさだめに立ち向かい、戦い抜かなければならない…。
(そこまでして、私は我儘を通すべきなのだろうか)
いままでも幾度となく自分へと問いかけてきた疑問を再び繰り返す。
静真が、有人が、命をかけて掴んだ未来を、私は今、白紙に返そうとしている。それは、本当に許される行いなのだろうか。
「…成美ちゃん」
呼びかけたものの、なんと言葉にしていいか分からず黙りこんでしまった私に、有人が昔と変わらない呼び方で声をかける。はっとして宙を彷徨っていた目線を前に戻すと、そこには有人の優しい笑顔があった。
「俺は、『我慢してる誰か』の上に乗っかった未来なんか嫌だよ。…そんなこともわかんないかなって成美ちゃんからしーちゃんに言ってやって」
「有人…でも、せっかく有人たちが戦った『今』が」
言いかけた私に首を振る。
「大丈夫。『俺たち』なら、何度やったって絶対また選びとれるから」
迷いのない笑顔は『仲間』たちへの絶対的な信頼の証しなんだろう。そんな顔のできる有人を、私は素直にうらやましいと思う。
「私も、選べるかな」
ぽろっと転がり出た言葉に、兄さんと有人が顔を見合せてからにこっと笑った。
「大丈夫、俺の『妹』だろ」
「大丈夫、俺の『姉さん』なんだから」
がしっと肩を組み、同時にそんなことを言う『兄弟』たちに笑いと涙が同時にこぼれた。
二人に抱きついて、「ありがとう」と心の底から伝える。
そうだ、兄さんに、静真に、有人、『神那姫』の子供はこれで3回も世界を救ってる。だったら私も、あの寝坊常習犯をたたき起しに行くついでにそのくらいやってみせなくちゃ。
静真は文句を言うかもしれない。
まだ起きなくていいのに、なんてぶつぶつこぼして布団にしがみつくかもしれない。
(俺のことなんてどうでもいいのに、成美ったら)
ため息交じりのそんな声が、扉の向こうから聞こえてくる気さえする。
でも、甘いのよ。寝過ぎたせいかしら。そんな時には私の必殺の呪文があることを忘れたの?
生まれる前からずっと一緒、二人で一組、対等な私たち。でもたった一つ、私だけが使える絶対の力。滅多に口にしたことはないけれど、使った時は必ず静真に言うことをきかせてきたその言葉を、私は扉に向って高らかに叫んだ。
さぁ静真、起こしに行くわ。
「『お姉ちゃん』の言うこと、聞きなさい!」
突き付けるように向けた人差指の向こうで、扉がゆっくりと開き始める。
――――始まるよ。
どこかで誰かがそう告げた。
今から私は、『未来』を変える。
END。
ちょこっと言い訳。
P3はいろいろトラウマと思い入れがあるゲームです。中でも男主人公に対しては本当にいろんなことを考えました。彼に、もっと時間をあげたかった。もっと仲間たちと楽しく過ごさせてやりたかった。今回女主ちゃんが出てくるにあたって、彼女がどんなキャラなのか、何故彼女のストーリーがあるのか、考えているうちに私の中でこういう形に落ち着きました。IFの世界を新たに作り出す女の子。それができるのならば、どうか足掻いてもこぼれていくものを止められなかった男の子をも助けてほしいと願ったからです。私のP3Pはまだ4月です。この先どうなるかわかりませんが、だからこそ今のうちに書いておきたかった話です。自分設定満載でお恥ずかしい限りですが、読んで下さった方、ありがとうございました。
登場人物簡単紹介。
玲矢(れいや)…P1主
静真(しずま)…P3男主
有人(あると)…P4主
成美(なるみ)…P3女主
苗字は全員「神那姫(かんなぎ)」
とりあえずそんなところです。OKと言っていただける場合のみ、スクロールどうぞ。
↓↓↓
私の目の前には、扉がある。
美しい装飾の施されたそれは、現世と夢幻を隔てる巨大な扉だ。
扉の左右には、青年と少年が立っている。
「…さて、役者は全て揃った」
飄々とした態度と声音で告げたのは、青年。
「この《扉》を開けるか否か、決めることが出来るのはのはお前だけだ。俺たちはその決定に従うだけ。いいね、『成美』」
呼びかけられた私の名前は、突き放すようにも思える言葉の中で唯一とても優しく心を撫でた。
…私の名は、『神那姫成美』。姓はかんなぎ、名前はなるみ、と発音する。
『成美』だけならさほどおかしくないけれど、神だの姫だのどこか仰々しい漢字の並びに連なるとちょっと派手すぎる気がする私の名前。名前負けって感じで気後れするなぁ、なんて愚痴をこぼしたことがある。
そんな他愛ない文句に、俺だって、と冗談交じりの返事を寄越した相手のことを思い出し、私はじわりと瞳を侵食しようとする熱い雫を辛うじて堪えた。
『俺だって、未だに名乗るとき度胸いる』
……静真。
私たちが『神那姫』の苗字になった頃には、笑顔を作ることも涙を流すことも出来なくなっていた私の半身。
双子としてこの世に生を受けたというのに、あの事故の日が私たちの運命を大きく分けてしまった。
両親と共に出かける予定だったあの日、私は熱を出し一人で寝ていた。お土産を持って帰ってくるものと信じて疑いもしなかった両親たちが、永遠に帰ってこないと知らされたのは翌朝のこと。
それから私たちは別々の親戚に引き取られ、生まれて初めて互いのいない場所での生活を送ることになった。
突然子供をもう一人押し付けられた親戚には、かなりの負担だったのだろう。それでも必要以上に冷たくされることもなく過ごすことが出来た私と違い、静真は幾人もの親類縁者をたらい回しにされ…。
そして、ついには殺されかけた。
両親の残した保険金目当てに自殺を強要されたのだ。
私たちを二人とも引き取ろうと行方を捜してくれていた今の両親が、私を連れて丁度その家を訪れなかったら…静真の命はそこで尽きていただろう。
でも命の代償に、その日から静真は表情を失ってしまった。
『ごめんね、ごめんね』
泣きじゃくり謝る私の頭を撫でながら、病室のベッドに横たわった静真は無表情を補う優しい声で言った。
『成美じゃなくて、良かった』
…その言葉に一片の嘘もないとわかった瞬間、私は決めた。
私の大事な半身をもう二度と一人にしない、もう二度と誰にも傷付けさせない。これからは私が静真の分まで笑って泣こう、と。
―――――あの日から、10年。
1年間の短期留学から帰国した私は、病室の扉を開けて悲鳴を上げた。
「静真…!!」
ベッドに駆け寄り、横たわる身体に縋り付く。あの日以上に泣きじゃくっているのに、静真は頭を撫でてはくれない。無表情な分、感情が全部表れるダークブルーの瞳はどんなに揺さぶっても開かない。
半狂乱で静真の名前を呼び続ける私を正気に戻してくれたのは『兄さん』だった。
玲矢兄さん。
実父母と親友だった神那姫の両親の、実の息子。血の繋がりはほとんどないに等しい私たちの「兄」。
けれど兄さんは、いついかなる時も私たちを本当の弟妹として扱ってくれた。
この時も。
「…おかえり、成美」
「玲矢兄さん…!!」
小さい頃のように抱きしめられ、優しい手が静真の代わりに頭を撫でてくれる。私が泣き止むまで、兄さんはずっと黙って待っていてくれた。
そうしてやっと話を聞くことができるようになった私に、兄さんは静真の辿った運命を教えてくれたのだった…。
「じゃあ、静真は世界と引き換えに犠牲になったっていうの…?」
私の問いかけに兄さんが頷く。
「どうして、どうして静真が」
悔しかった。
自分と引き換えに全てを守る。それが静真の選んだ道だとしても、私には納得がいかなかった。
どうでもいい、が口癖だった静真。それは皆が言うようにクールなのでも、いい加減なのでもない。静真は優しかったから、自分よりも自分以外のものの方が大事だったから、いつも言っていたんだ。
「自分は、どうでもいい」って。
だからきっと、今回だって最後の最後にそう思ったに違いない。
「自分はどうでもいい」、そしてきっと「成美じゃなくて、よかった」と。
ばか、ばか、静真のバカ。
喉が詰まって声にならないから、私は兄さんの服にすがったまま心で叫んだ。
勝手過ぎるじゃない。私がいない間に、私の半分を持って行っちゃうなんて。
「お前には、知られたくなかったんだろうな」
兄さんの言葉が理解できず顔を上げると、ぐしゃぐしゃの顔にちょっと冷たい手が触れて火照った頬をひやりと包み込む。
「静真は昔から、自分の中に別のなにかがいるのを知っていた。そして、それをお前に知られるのを怖がってたんだ。たった一人の半身に、嫌われたくなかったんだよ。…だから、一人でその謎を探りに行ったんだ」
「…私のせいで?」
思わずそう言いかけた私に、兄さんは強く首を振って否定した。
「静真はお前を本当に愛してた。それだけのことだ」
「でも」
「聞きなさい、成美」
言い募ろうとした言葉を止められ、私はざわめく心をどうにか抑え込み兄さんの言葉を待った。
もう一度よく見なさいと言われ、恐る恐る静真の頬に触れる。冷たいその肌は、確かに命の失われたものの手触りだった。けれど、再び絶望に引き戻されそうになる私は兄さんの言葉に目を見開いた。
「静真がその状態で戻ってきたのは、一週間前だ」
一瞬は意味が分からず、その言葉に思考が追いついた時には状況が掴めなかった。
ぴくりとも動かない静真の身体。そこにはもう命の欠片も見出せないのに、一週間という時を経たその身体は些かの損傷もない。…つまりは、腐敗を、していない。
「どういう、こと?」
呆然と呟く。勿論静真の身体が腐敗していくなんて考えたくもないけれど、現実としてこの状況は明らかにおかしいということは認めなければならない。
心臓の鼓動も止まっている。脈もない。体温は冷たく、息もしていない。でも。
「…だけれど、静真は…まだ『生きて』いる」
ぞくりとするような鋭い目で、兄さんは微かに笑った。
…兄さんに、不思議な力があるのを知ったのは、引き取られて2年ほどしてからのことだった。
手を触れずに物を動かしたり、遠い場所のことを知っていたり。
何かを燃やしたり、凍らせたりすることもできた。
私は幼かったのと既にその頃兄にすっかりなついていたこともあり、自然にそれを受け入れたのだけれど、静真はしばらくその力を恐れて兄から隠れていたことがある。元通り仲良くなるまで、一ヶ月はかかっただろうか。
その力が「ペルソナ」と言い、この一年に静真に目覚めたものと同じだと聞かされたのは、疲労と混乱で崩れ落ちた私が自宅で目を覚ました後のこと。
静真の中のもう一人の存在、交わした契約、その結末。その全てを聞き終わった私は、兄さんに最も聞きたかったことを尋ねた。
「静真を連れ戻すには、どうしたらいいの」
どんなことでもする、可能性があるなら、と詰め寄る私に、兄さんはちょっと困ったような顔をした。
「…『今は』、まだ駄目だ」
今は、という言葉に重いものを感じて言葉を止める。
黙って見つめる私の前で、緊張を解そうとしてくれたんだろう、兄さんはちょっとおどけたようにウインクをしてみせた。軽く傾けたその耳に、銀のピアスがきらりと光る。高校時代からの兄さんのトレードマーク。
いつもの優しい兄さん。久しぶりのその様子に、私もつられて表情が緩む。
そんな私の表情に安心したのか、兄さんはぽんぽんと私の頭を弾むように撫でながら言った。
「俺だけじゃ、半分しか開かないんだ」
時は、待たない。
等しく終わりへと全てを導き、流れる。
それから、3年。
私は扉の前にいる。
扉の左右には、青年と、少年。
青年は私の兄、神那姫玲矢。
少年は私のはとこ、神那姫有人。
2歳年下で私たち双子とは兄弟のようによく遊んでいたはとこが、おじ様たちの海外出張で遠方の親せき宅に預けられたのが1年前。
彼はその1年の間に「ペルソナ」の力に目覚めた。
そのことを知らされた時にも驚いたけど…私がもっと驚いたのは、兄さんの言葉を思い出したからだ。
『今は』まだ、『半分しか』開かない。
あの時、既に兄さんはこうなることを知っていたのだろうか。
尋ねてみたけれど、兄さんは笑うだけで答えてくれなかった。
けれど今、兄さんの言った通り『扉』の左右にはそれを開くことのできる2人の「ペルソナ使い」がいる。
「扉とは、可能性を開くもの」
…この場所へと私たちを導いてくれた、青い服の女性が告げる。
「『あの方』の選択は、ひとつの未来を作り上げました。それは契約により、最早変えることは出来ぬもの。…しかし、新たなる契約者…あの方の半身である貴女が再びこの扉を開き、その先で別の選択肢を選ぶことができるのならば…世界は、変わるやもしれません…」
彼女は抱えた分厚い本をぎゅっと抱きしめる。その表情は、どこか切ない。
「…だけど、勿論変化なんか起こらないかもしれない。それどころか、最悪の結末になるかもしれない」
言葉を止めた彼女の代わりに、兄さんが続けた。
「俺にも、それから有人にも、この扉は『開く』ことしかできない。その先に行けるのは成美、お前だけだ。だから俺たちはお前に委ねる。…ゆっくり考えて、選びなさい」
兄さんの声は、穏やかだったけれど、そこに辛い気持ちが隠されているのは分かっていた。
静真も大切だけれど、それと同じく私のことも大切だと思ってくれている兄さんの気持ち。静真を助けるためとはいえ、私を危険に飛びこませたくはないという葛藤が、言葉にはしなくても伝わってくる。その気持ちが嬉しい。
「ありがとう、兄さん」
私はもう選ぶ答えを決めている。
きっと、どんなに悩んでも結局はその答えを選ぶと知っている。
でも、たったひとつだけすぐにその答えを口にできない理由があった。
「有人」
呼びかけた私に、銀色の短い髪をしたはとこが顔を向ける。
その瞳の強さに一瞬どきりとした。元々しっかりしていて自慢の『弟』だったけれど、たった1年の間でさらに見違えるほど有人は凛々しく大人びていた。
彼が過酷な運命に立ち向かい、果敢に戦いぬいてきたことを今の私は知っている。
だからこそ、私は躊躇わずにいられなかった。
私の選択は、静真と有人が勝ち取った3年間を全て0に戻すこと。
彼らが守り通した大切なものを、再び危険にさらす。そして、もし私が望む未来を手にしたとしても、有人はもう一度同じさだめに立ち向かい、戦い抜かなければならない…。
(そこまでして、私は我儘を通すべきなのだろうか)
いままでも幾度となく自分へと問いかけてきた疑問を再び繰り返す。
静真が、有人が、命をかけて掴んだ未来を、私は今、白紙に返そうとしている。それは、本当に許される行いなのだろうか。
「…成美ちゃん」
呼びかけたものの、なんと言葉にしていいか分からず黙りこんでしまった私に、有人が昔と変わらない呼び方で声をかける。はっとして宙を彷徨っていた目線を前に戻すと、そこには有人の優しい笑顔があった。
「俺は、『我慢してる誰か』の上に乗っかった未来なんか嫌だよ。…そんなこともわかんないかなって成美ちゃんからしーちゃんに言ってやって」
「有人…でも、せっかく有人たちが戦った『今』が」
言いかけた私に首を振る。
「大丈夫。『俺たち』なら、何度やったって絶対また選びとれるから」
迷いのない笑顔は『仲間』たちへの絶対的な信頼の証しなんだろう。そんな顔のできる有人を、私は素直にうらやましいと思う。
「私も、選べるかな」
ぽろっと転がり出た言葉に、兄さんと有人が顔を見合せてからにこっと笑った。
「大丈夫、俺の『妹』だろ」
「大丈夫、俺の『姉さん』なんだから」
がしっと肩を組み、同時にそんなことを言う『兄弟』たちに笑いと涙が同時にこぼれた。
二人に抱きついて、「ありがとう」と心の底から伝える。
そうだ、兄さんに、静真に、有人、『神那姫』の子供はこれで3回も世界を救ってる。だったら私も、あの寝坊常習犯をたたき起しに行くついでにそのくらいやってみせなくちゃ。
静真は文句を言うかもしれない。
まだ起きなくていいのに、なんてぶつぶつこぼして布団にしがみつくかもしれない。
(俺のことなんてどうでもいいのに、成美ったら)
ため息交じりのそんな声が、扉の向こうから聞こえてくる気さえする。
でも、甘いのよ。寝過ぎたせいかしら。そんな時には私の必殺の呪文があることを忘れたの?
生まれる前からずっと一緒、二人で一組、対等な私たち。でもたった一つ、私だけが使える絶対の力。滅多に口にしたことはないけれど、使った時は必ず静真に言うことをきかせてきたその言葉を、私は扉に向って高らかに叫んだ。
さぁ静真、起こしに行くわ。
「『お姉ちゃん』の言うこと、聞きなさい!」
突き付けるように向けた人差指の向こうで、扉がゆっくりと開き始める。
――――始まるよ。
どこかで誰かがそう告げた。
今から私は、『未来』を変える。
END。
ちょこっと言い訳。
P3はいろいろトラウマと思い入れがあるゲームです。中でも男主人公に対しては本当にいろんなことを考えました。彼に、もっと時間をあげたかった。もっと仲間たちと楽しく過ごさせてやりたかった。今回女主ちゃんが出てくるにあたって、彼女がどんなキャラなのか、何故彼女のストーリーがあるのか、考えているうちに私の中でこういう形に落ち着きました。IFの世界を新たに作り出す女の子。それができるのならば、どうか足掻いてもこぼれていくものを止められなかった男の子をも助けてほしいと願ったからです。私のP3Pはまだ4月です。この先どうなるかわかりませんが、だからこそ今のうちに書いておきたかった話です。自分設定満載でお恥ずかしい限りですが、読んで下さった方、ありがとうございました。