螺旋の黄龍騒動記・20。
2008年2月26日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という一般人置き去り二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、最早完全にネタバレしてます。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではこの先デスノート事件そのものがなかったりとか、起こったとしても魔人どもが特殊な《力》でさっさと解決してしまうだろうとかいう中2病設定です。
●どんなご都合二次創作だよという方も勿論おいででしょうが、まぁコイツの頭はその程度なんだな、と冷笑した後はどうぞスルーでお願いいたします。
●まぁ中2病も時には面白いもんだよとか、名前自由入力主人公には「緋勇龍麻」と入れて帝戦帖までの時間を誤魔化してるの、という方に少しでも気を紛らわせて頂けたら幸せです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『エンジンが、爆発する――――!!!』
端末から飛び込んできた叫び声に、私は咄嗟に何も反応することが出来なかった。
凍りついたように思考が働かない。
端末からの映像を映し出す目の前のモニターからは鼓膜を破らんばかりに警告音が鳴り響き、噴出した高温の水蒸気が視界を曇らせてゆく。
―――まるで出来の悪いパニック映画のようだ。
そんな感想しか思い浮かばない自分にぞっとした。なんという絶望感、今の私は単なる『観客』でしかないというのか。
(なにを、馬鹿な!)
一瞬の空白の後、私は漸く自分に叱咤の言葉を浴びせ思考を立て直す。
観客などではない。私は、今まさにこのモニターの中で戦っている人の【パートナー】だ。
「ワタリ!軍事衛星からの位置捕捉は完了していますね、ヘリの準備は!」
「既に第一陣が現地へと発進済みです。クリエラ政府との交渉に多少時間がかかりましたが、ほどなく現場空域に到着できるかと」
淀みないワタリの口調が急速に私を《L》へと引き戻す。
まだ間に合う。船という大きな証拠品を失うのは痛いが、それを補えるだけの材料は押さえた。後は、生き証人たる彼らの命が全てだ。海上へ脱出さえ出来れば。
そこまで考えたその時。水蒸気に煙るモニターの中、私は違和感に目を見開いた。
「…龍麻さん!?」
私は当然彼であれば脱出という判断を下し、行動に移しているものだと思っていた。しかし、端末の画像はあれから全く映す範囲を変えていなかった。
熱く煮えたぎった蒸気が侵食していく機関室内部。
地獄のような光景の中に、彼はいた。
まるでそれは、傲然と佇む煉獄の王のように。
『緋勇さん!何をしているんですか、早く!』
映像の端に、気を失ったままのハウスキーパーを半ば引き摺るようにして背負ったジェフリーが映る。
そうだ、彼の行動こそが正しいはず。最早事態は人の手では届かない方向へと動いてしまった。それが分からないような人ではないのに、何故。
もう一度、彼の名を呼ぼうとして気付く。
微かに口元しか見えない彼の表情。だが、そこに宿るものは、恐怖でも、絶望でもなく、ただひとつ。
『…ったく、結局こうなるんだよなぁ…』
怒りというにはやや軽い、【苛立ち】のみだった。
『最初から《黄龍》として【喚ばれ】たって時点で予想できた事態だけど、どれだけこっちが【人】の【範囲内】で頑張ってきたと思ってんだ。【星】だの【宿め】だの毎回毎回そんな言葉で片付けられて、納得いかないにも程がある。こちとら元々一般人だってのになんでもかんでも…』
「緋勇さん…?」
あっけにとられる、というのはこういうことだろうか。
ため息と共に吐き出された言葉の意味を理解できず言葉を失う私の後ろで、代わりにその名を口にしたのはワタリだ。その声は私をほんの少し我に返らせると同時に、呼びかけられた人の耳にも届いたらしい。
画面の中で、彼が、こちらを向く。
「…!!」
映し出されたのは―――黄金に燃える王の瞳。
ばつが悪そうに少し困った笑みを浮かべる彼の表情。その微笑みは今までと変わらず優しいながらも、両眼は相反する恐ろしいまでの覇気を放っていた。
同じくその瞳を見たであろうワタリが、ジェフリーが、魅入られたように動きを止める。
2人の様子をどこか遠いところで感じながら…私は漸く真実を理解した。
彼は【緋勇龍麻】でありながら、そうではない【誰か】でもあるのだ。
それは私が【エル・ローライト】であり、《L》でもあるのとは根本的に異なるもの。
『…やれやれ…本当は最後まで【FBIの緋勇】で過ごしたかったんですけどね』
「龍麻、さん」
漸く発せられた私の声は、機械音声になっても間の抜けたものだったに違いない。
【彼】に対し、まだそう呼びかけてもいいのだろうか、という戸惑いを含んだ私の言葉。
けれど、その惑いは彼の次の言葉によって簡単に打ち消された。
『はい、《L》』
あっさりと私の呼びかけに応えた【龍麻さん】は、全てを従える王の瞳で、悪戯を企む小さな子供のように笑う。
『お待たせしました。どうやら【必殺技】の使いどき、みたいです』
返事をする余裕は、無かった。
『―――借りるぞ【如月】、《玄武》の《力》』
日本語で呟かれたその言葉は、依頼でも命令でもなく、ただ淡々と事実のみを告げるように響く。
【それ】を見たのは、おそらく私だけだろう。
船内に仕掛けられた監視カメラをジャックした際、私はあらゆる状況を把握できるよう全てを周辺のモニターに映し出していた。その無数の映像の中で唯一、船の内部ではなく海を映し出していたものがある。救命ボートのあるデッキ部分を監視する為のそれが、突如として影に覆われた。
ごう、と渦巻く水の柱が船を取り囲むように噴き上がる。
(海底火山!?)
思考だけが一瞬そう働くが、声になる前に私の頭はそれを否定した。クリエラ周辺に火山帯は存在しない。もし未確認のものがあったとしても、船を避けるようにして爆発するなど不自然すぎる。
(では、【これ】は)
私の脳内で一つの答えが閃く。
昨日までの私であれば、それは荒唐無稽な夢想の産物としか思えなかっただろう。けれども、今の私には否定こそが無意味だ。
《玄武》と龍麻さんは口にした。私が知る限り、それは東洋の伝説で天の四方を司る神獣・《四神》の一体だ。陰陽五行の思想において玄武の司るものは、五方の《北》、五色の《黒》、そして、五行の―――《水》。
「!」
その時、水柱が弾けた。
瀑布の如く巨大な客船に降り注ぐ海水が全てを飲み込む、寸前。
『――――――《雪蓮掌》』
黄金の光が正面のモニターから迸る。眩しさに屈しそうになる目を必死にこじ開けた心もとない視界の中央で、白い花が一斉に咲き乱れた。いや、違う。花ではない。
「雪…」
無意識に零れた言葉もまた、正確なものではないのだろう。
けれど、私にはそれ以外に表現する言葉を思いつくことが出来なかった。
圧倒的な力で落下する海水が船に触れる端から瞬時にして凍りつき、細かに弾け飛ぶ。大気に舞う氷の粒はさながら花吹雪のように柔らかく船を包み込む。白く、透明に、全てを覆う。まるでそれは、あらゆる【人の罪】を浄化するように。
そうだったのか、と私の唇だけが思考と同じ形に動いた。
天の四方を守護する神獣に、命令ですらなくただ一言【決定】を告げるだけで《力》を行使できる存在。陰陽五行の中央に位置し、土行を、引いては大地…万物の源を守護せしめるという、四神の長。
そうだ、既に龍麻さんは自ら口にしていたではないか。
「《黄龍》…」
私の声が聞こえたのだろうか。
降り積もる白い結晶の中、彼の口元は微かに笑っているように見えた。
そして、
「…エンジンが、止まった…」
呆然と呟くワタリの声が、この事件の終焉を告げた。
強い日差しが正面のモニターから溢れ、僅かに私は目を細める。
全ての機能が【凍りついた】が為に停止した巨大客船グラナダ号。その静まり返った船内最深部の機関室から、最上部の船首を臨む展望デッキまで移動するのには多少の時間がかかった。機能停止に伴い、当然ながらエレベーターも使い物にならなくなっていたことがその原因の一つだが、たどり着くのにかかった時間から考えればそんなものは一瞬と思える程度だろう。
…龍麻さんの背には、未だ意識を失ったままの【ハウスキーパー】が無造作に担がれている。
その後ろには、自分の表情をどうしたらいいのか分からないといった様子のジェフリーが無言のままに立ち尽くしていた。
私はその光景を【正面のモニター】越しに見ている。
たったひとつ生き残った、龍麻さんの手にある端末のカメラからの映像を。
…目の前で何が起こったのか、理解はしているのだと思う。
けれど、何を口にしたらいいのか、まずどうすればいいのか、分からなかった。
(いや、おそらくは…分かっているのだ、私は)
どうすべきか、ではない。どうしたい、のか。もうその答えは出ているはずなのに、頭が働かない。
今まで、こんなことは一度もなかった。私の頭脳は常に稼働することを喜び、眠ることすら惜しむというのに。
――――ぱしゃん、と水音が思考を遮り跳ね返る。
ひどく現実的に響き渡ったその【音】に、私が、そしてジェフリーが顔を上げた時、輝く陽光の向こうに美しいシルエットが翻った。その影に龍麻さんの顔が綻んだ、と私が理解したのはモニターの映像からではない。
『…そうか…【喚んだ】のは、君だったんだね』
影へと向けられた彼の声が、ただひたすらに優しかったからだ。
『…ま、さか…本物の、』
途切れがちのジェフリーの声を端末が拾う。
私がモニター越しに見ているものと、展望デッキのジェフリーが見たものが同一であると証明する単語が音になる。
『――――マーメイド…』
魚の尾を優雅に翻し、長い金髪をなびかせた美しい人魚が船首に腰掛け、微笑みを浮かべていた。
呆然と見詰める私たちの前で、人魚はゆっくりとその唇を動かし、音にならない声を発する。
ありがとう、と。
そう言ったように思えた。
そして人魚は海へと身を翻す。嬉しそうに青い空を舞い、水飛沫の幻想を撒き散らして…消えた。
後に残されたものは、きらめく太陽の光に照らし出された船首像だけ。幻覚だったのかと思いかけて、はっと気付く。
グラナダ号の船首像は、人魚の姿をしていた。
「…【マーメイド】社の作った、豪華客船…グラナダ号…」
私の呟きに、龍麻さんが微かに頷いた。
『…人々の笑顔を乗せて、その安全を守り、世界の海を自由に駆ける為に生まれた船。なのに、乗せるべき人々は去り、海を駆ける自由は奪われ、命を奪う為の爆弾を積み込まれた。誰も傷付けたくないと…もう一度海に戻りたいと、願ったんです、グラナダ号は』
『グラナダ号、自身が…』
へたり、と座り込んだジェフリーがそっと床板に手を触れる。許しを請うように、ただ静かに。
その光景を眺めながら、私はぼんやりと別のことを考えていた。
【喚ばれた】と彼は口にした。それは、この船の声なき叫びが彼に…彼の中の【龍】に、救いを求めたということだろう。今なら分かる。龍麻さんが目覚めたその時に、またか、と叫んだ意味が。
彼はあの強大な《力》故に、幾度もこうして救いを求める手に掴まれて来たのだろう。望みもしない戦いの場に駆り出され、騒乱に巻き込まれて来たのだろう。
(何故、この【人】は)
自然に脳内で組み立てた言葉に、その単語が滑り落ちた。
瞬間、するりと何かが解けて行くような感覚が走る。
(…ああ、そうか。私は何を迷っていたのだろう)
どれほど強大な《力》を持っていようと、まぎれもなく龍麻さんは。
「…まったく、困った【人】です」
『…え?』
突然端末から流れた私の【声】に、龍麻さんは空に向けたままだった瞳を端末へと向けた。
それは、もう見慣れた漆黒の色合いに戻っている。
驚愕に丸くなったその目をモニター越しに見て、私はどうにか笑いを堪えた。
驚くのも当たり前か。私の【肉声】など、それと知って聞いた者は数えるほどしか存在しない。
「こんな【必殺技】があるなら、ちゃんと説明しておいて下さい。びっくりしたじゃないですか。…で、あの時はよく聞き取れなかったんですが、あの技の名前はなんというんですか?」
そうだ、私はもうこの人を【知って】いる。
一人の【人】としてこの事件に取り組み、戦ってくれた勇気ある青年。私の信頼する、パートナー。
それ以外に、何の答えを必要とするのだろうか。
…一瞬の間を置いて、龍麻さんは――――。
大きく口をあけ、太陽の下、遠慮なしに笑い転げた。
END。
お、おまたせしま、した…!いやもう誰も待ってないと言われそうですが、どうにか事件解決まで終わりました…!
えーと、これで一応本編は終わりです。が、《L》、黄龍、それぞれの後日談としてあとオマケの2話で完全完結です。
…こ、これだけ遅れて、まだ「もうちょっとだけ続くんじゃ」状態、です…が、今度こそ、今月中には…!だって、発売2周年だよ…!(にねんごし!?)
ここまでお付き合いして下さった皆様、本当にありがとうございましたぁぁぁ!(土下座)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という一般人置き去り二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、最早完全にネタバレしてます。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではこの先デスノート事件そのものがなかったりとか、起こったとしても魔人どもが特殊な《力》でさっさと解決してしまうだろうとかいう中2病設定です。
●どんなご都合二次創作だよという方も勿論おいででしょうが、まぁコイツの頭はその程度なんだな、と冷笑した後はどうぞスルーでお願いいたします。
●まぁ中2病も時には面白いもんだよとか、名前自由入力主人公には「緋勇龍麻」と入れて帝戦帖までの時間を誤魔化してるの、という方に少しでも気を紛らわせて頂けたら幸せです。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
『エンジンが、爆発する――――!!!』
端末から飛び込んできた叫び声に、私は咄嗟に何も反応することが出来なかった。
凍りついたように思考が働かない。
端末からの映像を映し出す目の前のモニターからは鼓膜を破らんばかりに警告音が鳴り響き、噴出した高温の水蒸気が視界を曇らせてゆく。
―――まるで出来の悪いパニック映画のようだ。
そんな感想しか思い浮かばない自分にぞっとした。なんという絶望感、今の私は単なる『観客』でしかないというのか。
(なにを、馬鹿な!)
一瞬の空白の後、私は漸く自分に叱咤の言葉を浴びせ思考を立て直す。
観客などではない。私は、今まさにこのモニターの中で戦っている人の【パートナー】だ。
「ワタリ!軍事衛星からの位置捕捉は完了していますね、ヘリの準備は!」
「既に第一陣が現地へと発進済みです。クリエラ政府との交渉に多少時間がかかりましたが、ほどなく現場空域に到着できるかと」
淀みないワタリの口調が急速に私を《L》へと引き戻す。
まだ間に合う。船という大きな証拠品を失うのは痛いが、それを補えるだけの材料は押さえた。後は、生き証人たる彼らの命が全てだ。海上へ脱出さえ出来れば。
そこまで考えたその時。水蒸気に煙るモニターの中、私は違和感に目を見開いた。
「…龍麻さん!?」
私は当然彼であれば脱出という判断を下し、行動に移しているものだと思っていた。しかし、端末の画像はあれから全く映す範囲を変えていなかった。
熱く煮えたぎった蒸気が侵食していく機関室内部。
地獄のような光景の中に、彼はいた。
まるでそれは、傲然と佇む煉獄の王のように。
『緋勇さん!何をしているんですか、早く!』
映像の端に、気を失ったままのハウスキーパーを半ば引き摺るようにして背負ったジェフリーが映る。
そうだ、彼の行動こそが正しいはず。最早事態は人の手では届かない方向へと動いてしまった。それが分からないような人ではないのに、何故。
もう一度、彼の名を呼ぼうとして気付く。
微かに口元しか見えない彼の表情。だが、そこに宿るものは、恐怖でも、絶望でもなく、ただひとつ。
『…ったく、結局こうなるんだよなぁ…』
怒りというにはやや軽い、【苛立ち】のみだった。
『最初から《黄龍》として【喚ばれ】たって時点で予想できた事態だけど、どれだけこっちが【人】の【範囲内】で頑張ってきたと思ってんだ。【星】だの【宿め】だの毎回毎回そんな言葉で片付けられて、納得いかないにも程がある。こちとら元々一般人だってのになんでもかんでも…』
「緋勇さん…?」
あっけにとられる、というのはこういうことだろうか。
ため息と共に吐き出された言葉の意味を理解できず言葉を失う私の後ろで、代わりにその名を口にしたのはワタリだ。その声は私をほんの少し我に返らせると同時に、呼びかけられた人の耳にも届いたらしい。
画面の中で、彼が、こちらを向く。
「…!!」
映し出されたのは―――黄金に燃える王の瞳。
ばつが悪そうに少し困った笑みを浮かべる彼の表情。その微笑みは今までと変わらず優しいながらも、両眼は相反する恐ろしいまでの覇気を放っていた。
同じくその瞳を見たであろうワタリが、ジェフリーが、魅入られたように動きを止める。
2人の様子をどこか遠いところで感じながら…私は漸く真実を理解した。
彼は【緋勇龍麻】でありながら、そうではない【誰か】でもあるのだ。
それは私が【エル・ローライト】であり、《L》でもあるのとは根本的に異なるもの。
『…やれやれ…本当は最後まで【FBIの緋勇】で過ごしたかったんですけどね』
「龍麻、さん」
漸く発せられた私の声は、機械音声になっても間の抜けたものだったに違いない。
【彼】に対し、まだそう呼びかけてもいいのだろうか、という戸惑いを含んだ私の言葉。
けれど、その惑いは彼の次の言葉によって簡単に打ち消された。
『はい、《L》』
あっさりと私の呼びかけに応えた【龍麻さん】は、全てを従える王の瞳で、悪戯を企む小さな子供のように笑う。
『お待たせしました。どうやら【必殺技】の使いどき、みたいです』
返事をする余裕は、無かった。
『―――借りるぞ【如月】、《玄武》の《力》』
日本語で呟かれたその言葉は、依頼でも命令でもなく、ただ淡々と事実のみを告げるように響く。
【それ】を見たのは、おそらく私だけだろう。
船内に仕掛けられた監視カメラをジャックした際、私はあらゆる状況を把握できるよう全てを周辺のモニターに映し出していた。その無数の映像の中で唯一、船の内部ではなく海を映し出していたものがある。救命ボートのあるデッキ部分を監視する為のそれが、突如として影に覆われた。
ごう、と渦巻く水の柱が船を取り囲むように噴き上がる。
(海底火山!?)
思考だけが一瞬そう働くが、声になる前に私の頭はそれを否定した。クリエラ周辺に火山帯は存在しない。もし未確認のものがあったとしても、船を避けるようにして爆発するなど不自然すぎる。
(では、【これ】は)
私の脳内で一つの答えが閃く。
昨日までの私であれば、それは荒唐無稽な夢想の産物としか思えなかっただろう。けれども、今の私には否定こそが無意味だ。
《玄武》と龍麻さんは口にした。私が知る限り、それは東洋の伝説で天の四方を司る神獣・《四神》の一体だ。陰陽五行の思想において玄武の司るものは、五方の《北》、五色の《黒》、そして、五行の―――《水》。
「!」
その時、水柱が弾けた。
瀑布の如く巨大な客船に降り注ぐ海水が全てを飲み込む、寸前。
『――――――《雪蓮掌》』
黄金の光が正面のモニターから迸る。眩しさに屈しそうになる目を必死にこじ開けた心もとない視界の中央で、白い花が一斉に咲き乱れた。いや、違う。花ではない。
「雪…」
無意識に零れた言葉もまた、正確なものではないのだろう。
けれど、私にはそれ以外に表現する言葉を思いつくことが出来なかった。
圧倒的な力で落下する海水が船に触れる端から瞬時にして凍りつき、細かに弾け飛ぶ。大気に舞う氷の粒はさながら花吹雪のように柔らかく船を包み込む。白く、透明に、全てを覆う。まるでそれは、あらゆる【人の罪】を浄化するように。
そうだったのか、と私の唇だけが思考と同じ形に動いた。
天の四方を守護する神獣に、命令ですらなくただ一言【決定】を告げるだけで《力》を行使できる存在。陰陽五行の中央に位置し、土行を、引いては大地…万物の源を守護せしめるという、四神の長。
そうだ、既に龍麻さんは自ら口にしていたではないか。
「《黄龍》…」
私の声が聞こえたのだろうか。
降り積もる白い結晶の中、彼の口元は微かに笑っているように見えた。
そして、
「…エンジンが、止まった…」
呆然と呟くワタリの声が、この事件の終焉を告げた。
強い日差しが正面のモニターから溢れ、僅かに私は目を細める。
全ての機能が【凍りついた】が為に停止した巨大客船グラナダ号。その静まり返った船内最深部の機関室から、最上部の船首を臨む展望デッキまで移動するのには多少の時間がかかった。機能停止に伴い、当然ながらエレベーターも使い物にならなくなっていたことがその原因の一つだが、たどり着くのにかかった時間から考えればそんなものは一瞬と思える程度だろう。
…龍麻さんの背には、未だ意識を失ったままの【ハウスキーパー】が無造作に担がれている。
その後ろには、自分の表情をどうしたらいいのか分からないといった様子のジェフリーが無言のままに立ち尽くしていた。
私はその光景を【正面のモニター】越しに見ている。
たったひとつ生き残った、龍麻さんの手にある端末のカメラからの映像を。
…目の前で何が起こったのか、理解はしているのだと思う。
けれど、何を口にしたらいいのか、まずどうすればいいのか、分からなかった。
(いや、おそらくは…分かっているのだ、私は)
どうすべきか、ではない。どうしたい、のか。もうその答えは出ているはずなのに、頭が働かない。
今まで、こんなことは一度もなかった。私の頭脳は常に稼働することを喜び、眠ることすら惜しむというのに。
――――ぱしゃん、と水音が思考を遮り跳ね返る。
ひどく現実的に響き渡ったその【音】に、私が、そしてジェフリーが顔を上げた時、輝く陽光の向こうに美しいシルエットが翻った。その影に龍麻さんの顔が綻んだ、と私が理解したのはモニターの映像からではない。
『…そうか…【喚んだ】のは、君だったんだね』
影へと向けられた彼の声が、ただひたすらに優しかったからだ。
『…ま、さか…本物の、』
途切れがちのジェフリーの声を端末が拾う。
私がモニター越しに見ているものと、展望デッキのジェフリーが見たものが同一であると証明する単語が音になる。
『――――マーメイド…』
魚の尾を優雅に翻し、長い金髪をなびかせた美しい人魚が船首に腰掛け、微笑みを浮かべていた。
呆然と見詰める私たちの前で、人魚はゆっくりとその唇を動かし、音にならない声を発する。
ありがとう、と。
そう言ったように思えた。
そして人魚は海へと身を翻す。嬉しそうに青い空を舞い、水飛沫の幻想を撒き散らして…消えた。
後に残されたものは、きらめく太陽の光に照らし出された船首像だけ。幻覚だったのかと思いかけて、はっと気付く。
グラナダ号の船首像は、人魚の姿をしていた。
「…【マーメイド】社の作った、豪華客船…グラナダ号…」
私の呟きに、龍麻さんが微かに頷いた。
『…人々の笑顔を乗せて、その安全を守り、世界の海を自由に駆ける為に生まれた船。なのに、乗せるべき人々は去り、海を駆ける自由は奪われ、命を奪う為の爆弾を積み込まれた。誰も傷付けたくないと…もう一度海に戻りたいと、願ったんです、グラナダ号は』
『グラナダ号、自身が…』
へたり、と座り込んだジェフリーがそっと床板に手を触れる。許しを請うように、ただ静かに。
その光景を眺めながら、私はぼんやりと別のことを考えていた。
【喚ばれた】と彼は口にした。それは、この船の声なき叫びが彼に…彼の中の【龍】に、救いを求めたということだろう。今なら分かる。龍麻さんが目覚めたその時に、またか、と叫んだ意味が。
彼はあの強大な《力》故に、幾度もこうして救いを求める手に掴まれて来たのだろう。望みもしない戦いの場に駆り出され、騒乱に巻き込まれて来たのだろう。
(何故、この【人】は)
自然に脳内で組み立てた言葉に、その単語が滑り落ちた。
瞬間、するりと何かが解けて行くような感覚が走る。
(…ああ、そうか。私は何を迷っていたのだろう)
どれほど強大な《力》を持っていようと、まぎれもなく龍麻さんは。
「…まったく、困った【人】です」
『…え?』
突然端末から流れた私の【声】に、龍麻さんは空に向けたままだった瞳を端末へと向けた。
それは、もう見慣れた漆黒の色合いに戻っている。
驚愕に丸くなったその目をモニター越しに見て、私はどうにか笑いを堪えた。
驚くのも当たり前か。私の【肉声】など、それと知って聞いた者は数えるほどしか存在しない。
「こんな【必殺技】があるなら、ちゃんと説明しておいて下さい。びっくりしたじゃないですか。…で、あの時はよく聞き取れなかったんですが、あの技の名前はなんというんですか?」
そうだ、私はもうこの人を【知って】いる。
一人の【人】としてこの事件に取り組み、戦ってくれた勇気ある青年。私の信頼する、パートナー。
それ以外に、何の答えを必要とするのだろうか。
…一瞬の間を置いて、龍麻さんは――――。
大きく口をあけ、太陽の下、遠慮なしに笑い転げた。
END。
お、おまたせしま、した…!いやもう誰も待ってないと言われそうですが、どうにか事件解決まで終わりました…!
えーと、これで一応本編は終わりです。が、《L》、黄龍、それぞれの後日談としてあとオマケの2話で完全完結です。
…こ、これだけ遅れて、まだ「もうちょっとだけ続くんじゃ」状態、です…が、今度こそ、今月中には…!だって、発売2周年だよ…!(にねんごし!?)
ここまでお付き合いして下さった皆様、本当にありがとうございましたぁぁぁ!(土下座)
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