螺旋の黄龍騒動記・18。
2008年2月24日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という果てない妄想の砂漠に迷い込んだ二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに完璧にネタバレしてます。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしてもデスノ1巻の中盤くらいで某キラさんが死神もろとも魔人たちに退場させられちゃうような世界です。
●そんな二次創作は認めぬ!という方は、どうかこんな変なサイトのことは忘れて原作やゲームをお楽しみ下さい。
●まぁ二次創作だし楽しんだもの勝ちじゃない?とか、寧ろ名前入力主人公には基本「緋勇龍麻」って入れておきたい黄龍好きです!てな方に少しでも楽しんで頂けたら花園神社で絵馬奉納します。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
――――仲間。
その単語が龍麻さんの口から発せられた時に、私はようやく本当の意味でこの人の「本質」に触れたのだと理解した。
彼の強さは、その能力の高さだけではない。
「…他者を受け入れる懐の広さ、とでも申しましょうか」
私の心を見透かしたように述べるワタリの声に、首だけで振り返る。いつも物腰穏やかな…その点では少し、龍麻さんと彼は似ているような気がするが…老紳士は、どこか遠い記憶を懐かしむような表情で言葉を続けた。
「【天才】とは、時としてひどく孤独である生き物です。気付かぬうちに、他人を引き離し、先へ先へと進んでしまう。人より一手先が見える者にとって、『待つ』ことは非効率的であるが故に」
私は黙ってその声の主を見やった。
キルシュ・ワイミー。今は多くの時間を【ワタリ】として生きる彼もまた、かつて【天才】と称される発明家であった。その髪が白くなる前の人生を、私は詳しく知らない。彼が何を置いてきたのか、何を思い起こしているのか、多分それは、彼以外には分からない。
「…龍麻さんは、『待てる』のだと?」
しばしの沈黙の後、結局こぼれ出た私の問いかけに、ワタリは優しく首を振った。
「いいえ、正確には違いましょう…。あの方は、『共に歩く』のです」
「……」
そうか、とも、なるほど、とも、思いはしたが、うまく言葉にはならなかった。
例えば、集団のトップを頭脳と考え、その他のメンバーを手足と考えるのなら、手足は頭脳に従順である方が効率は良い。しかし勿論、そのように集団が動くことは非常に難しい。どれほど完全なる統制をもってコントロールしようとも、人間は個々に思考を持つ生き物であるからだ。(それを押さえつけるという段階になれば、【支配】という領域になり、また今回とは別の話なのでおいておく)
故に、より優れた【能力】であればあるほど、それを持つものは個人主義に陥りやすい。前述の通り、多くは悪意でも、孤独を好むということでもなく「その方が効率がよい」から、ただそれだけのことだ。
その傾向を、否定するつもりは毛頭ない。
大体にして、私自身がそんな生き方をしている。
私とて決して他者を拒んでいるつもりではないが、そもそも「私」が「最善を考慮する」という行為そのものが大多数の人々と私の距離を隔てる結果を生む。そして勿論、それを憂えて大多数に阿ることなど出来ようはずもない…私とはそういう厄介な生き物なのだから。
だが【彼】、緋勇龍麻は違う。
頭脳としてトップにとどまるのでも、効率を求めて個人で動くのでもない。
「一人のリーダーを頭脳とする集団ではなく…多くの【個々に思考する人間】が集う【仲間】を束ねる【要】…」
それは、従えるよりも、逸れるよりも、はるかに難しい道だろうに。
『信じて、頼れ』
単純明快な短い言葉だが、彼の口から放たれたそれはどんな名言よりも胸に刺さった。
ジェフリーを説得し、味方につけることだけならば私にも可能だっただろう。けれど、私がどれほど計算し尽くされた言葉を投げかけようとも、彼の背負った影を消すことは出来なかったはずだ。龍麻さんの言葉を受けた彼の、別人のように晴れ晴れとした表情はまさしく【憑き物が落ちたような】という表現そのものだった。
何一つ計算のない、それ故に、曇りのない真っ直ぐな言葉。そしてそれを形にする、強い意志の瞳と声。
(それが、緋勇龍麻という人なのか)
私は、私の生き方を悔いるつもりはない。
私の歩む道の荒涼とした景色を、嘆くつもりもない。
私は、【私】がそういう生き物だと知っている。そうした生き物であることを楽しみこそすれ、辛いと思ったことはない。
(けれど、もしも…今、【私】が生きる世界と同じくらい、まだ【外】にも『面白い世界』があるのなら)
モニターの向こうで、龍麻さんが通信ケーブルを切断するのを確認する。これでもうアロイスからの妨害はない。ジェフリーが味方についた今、残す障害は時間とハウスキーパーのみだ。
(ああ、なんということはない。実に単純、唯一絶対の完璧な解答)
端末のカメラに向かい満足げに笑顔を見せる彼に、ふっと私自身の顔もほころぶのを感じる。
「行きましょう、龍麻さん。今度こそ、エンディングです」
『ええ、そろそろプレイ時間も長くなりすぎましたからね』
薄暗い倉庫の中は、徐々に体感温度も上がってきているはずだ。圧迫感と焦燥と、疲労。しかし相変わらず、この人はその全てを包み込んで笑う。だからこそ、私も信じられる。
(他にも『面白い世界』があるのなら、【私の世界】は二倍になるだけだ)
その笑顔の傍に、新しい景色があるのだと。
エレベーターの扉が、軋んだ音を立てて左右に開く。
流石の龍麻さんも、今までとは違い警戒の気配を隠しもせずに、左右を注意深く確認しながらホールへと踏み出した。
「…とりあえず、ここには何も無いようですね」
私の言葉に画面の彼は小さく頷いたが、その表情には微かな落胆の色があった。どういう意味かと一瞬言葉を止めると、その僅かな間に気付いたのか、龍麻さんははっとしたように顔を上げて照れ笑いを浮かべた。
『実はその辺にハウスキーパーが隠れてて、向こうから襲い掛かってきてくれたら楽なのにな、なんてちょっと考えてました』
その言葉に、一瞬「こんな時でも少々のん気なのは彼らしい」と思いかけてから、そうではないことに気付く。
今の言葉は『絶対の自信』だ。
ハウスキーパーが直接目の前に現れたのなら、確実に自分が勝つ。そのことを微塵も疑っていないが故の、何気ない言葉。
(決して自信家ではない、寧ろ謙虚とも言える龍麻さんの言葉だからこそ分かる。彼は既にハウスキーパーの攻撃能力を把握し、その上で勝てるといっているのだ…)
私がそれに少なからず衝撃を受けている間に、鋭いのか鈍いのか分からないこの人は迷いの無い足取りで廊下へと歩を進めてしまった。
(まったく、底知れない)
苦笑を滲ませながら、私も思考を切り替える。簡単に調べたところ、廊下の扉はすべてロックされており、ここにも仕掛けが張り巡らされているのが分かった。残り時間は最大と考えて4時間。しかし勿論それは全てが上手く運んだ上での話だ。計算上はまだ暴走しないはずのエンジンだが、いつ何時その計算が無効になるかは分からない。
『…ふう』
その時、小さく息を吐く音をマイクが拾った。龍麻さんの額に先程までよりはっきりと汗が浮いているのを確認し、既に温度の上昇が始まっていることを知る。最大は4時間、しかしおそらく彼が自由に活動できるだけのポテンシャルを保てるのは、もっとずっと短い。
「龍麻さん」
呼びかけに、黒い瞳が端末を覗き込む。暑さのためか、その長い前髪はいささか乱暴にかき上げられたままになっており、今までになく鋭い光がそのまま画面に映った。会ったばかりの頃ならば、この視線だけで威圧されていたかもしれない。しかし今は。
「おそらくハウスキーパーもここでの仕掛けにはそれほど時間を割けなかったはずです。【不自然な箇所】を見極めて行きましょう。的中率90%の勘を頼りにしていますよ」
『任せて下さい』
私の言葉ににやりと笑う、不敵な表情がなんと頼もしいことか。
「もう一つ。【罠】を発見した場合ですが、今後は【解体】することより【停止】させることを優先しましょう。早い話が、多少乱暴ですが最短の手順で【核】となる部分を引っこ抜きます。…出来ますね」
肯定以外の返事があることなど、想像もする必要は無かった。
ぶつん、とコードが切断される。
【ゲーム】が無効となった後も、端末の右上に表示される【タイムリミット】は刻まれていた。しかし一つ違うのは、その数字は時間と共に【減る】のではなく【増え】ている。
現在の表示は2:49。
私たちが最後の仕掛けに挑む前に確認した時点から、増えた数字は0:38。それだけの時間で、この【先へ進むための】最後の罠は沈黙した。
[凄い…なんという手際だ…]
圧倒されたように賞賛の言葉を呟いたのはジェフリーだった。最後のシステム再起動にはどうしても彼に機関室で操作を担当してもらわねばならない。しかし移動中にハウスキーパーの妨害があっては危険なので、地下へ向かうタイミングを計ってもらう為に上階でモニターをチェックしているよう指示していたのだ。
「感心している場合ではありません、ジェフリー。残すところは機関室だけです、急いで地下に降りてきて下さい!」
[わ、わかりました!]
残り時間、と明確に言えはしないのが歯痒いが、計算上の猶予は3時間強。発電機、推進器とエンジンの一旦停止からシステムの再起動までにかかる時間はおおよそ30分。このままであれば、問題なくグラナダ号を止めることができる。しかし私には、ジェフリーを急かさねばならない最大の理由がまだ残っていた。それは勿論。
『…いる』
最奥の機関室へと通じる廊下。そこへ通じる最後の扉に手を当てて、龍麻さんは短く呟いた。
「廊下に、ですか」
問いかけに、彼の首が否定の形で振られる。
『まだ遠いので、機関室の中でしょう。振動や熱で読み取りにくいですが…確実に【人】の気配はします。…殺気を隠そうともしてないな。何をする気なのか…』
不穏な単語を口にしながらも、微かにその唇は笑いの形に持ち上がっている。そのことに、彼自身は気付いているのだろうか。己の危機をも楽しめる様は、まるで難問に出会った私のようだ。
『緋勇さん!』
やがて駆けつけてきたジェフリーに、「出来るだけ下がって」と指示し、龍麻さんはカードキーをスロットに通した。ぱきん、と乾いた音が響き、ロックが解除される。『廊下ではない』と自身が言っていた通りそこに人影はなく、それが当然というように彼もまた一切の逡巡なく光源の乏しい廊下を真っ直ぐに進む。
機関室の扉は、廊下の突き当たりで辺りをぼんやりと照らす僅かな光さえ飲み込むようにその姿を晒していた。
「龍麻さん」
コール音すら鳴らさず呼びかけた私に、やはり彼は驚かなかった。
「奴の【ハウスキーパー】という呼び名は、その場にあるものを罠に仕立て上げるという特性から付いたものです。そして今、【ここ】にあるものは船のエンジン…。この状況がどれほど危険であるかは、既に貴方も理解しているはずです」
こくりと頷くその仕草を、もう何度見ただろうか。思えば不思議なものだ。彼と私が出会ってから、まだ1日という単位すら時は流れていないのに。
「突発的な事態が発生した場合、貴方の判断が全てとなります。いいですか、万一の時は最優先されるべきは…」
『人命、ですね』
私の言葉を、彼の言葉が締めくくる。その解答にまたも苦笑がもれた。
(正解率は、66%…)
私は【貴方がたの命】と言おうとした。私の解答と、龍麻さんの解答、含まれる範囲が微妙に異なるそれこそが、この事件から導き出される未来となる。
(やや不安も残りますが、合格点としましょうか。なによりその【甘さ】こそが彼の一部であり、私も好ましく思う部分であるのだから)
甘さ、と脳内で表現した途端、自分が今は何も糖分を口にしていないことに気付く。目の端に映るチョコレートを口に放り込むべきか一瞬迷った後、結局私は手を引っ込めた。
この極限を、私なりにもう少し味わってみたくなった。そんなことを言ったら、ワタリに笑われるだろうか。しかし、勝利の美酒ならぬ勝利のスウィーツは、私にとって今までになく魅力的な報酬となるはずだ。
「…正解、と言っておきましょう。では参りましょうか、龍麻さん」
定番となった私の台詞に、前半部はどういう意味だといぶかしげな視線をちらりとだけ投げ、龍麻さんもまた同じ返事を寄越す。
『了解です、《L》』
このやり取りも本当にこれで最後だろう。
互いにそう確信しつつ、ついに機関室の扉は開かれた。
大きく開け放たれた扉から、むっとする熱気がこぼれ出す。内部は予想以上に明るく、せわしなく活動を続ける巨大なエンジンの音が重く圧し掛かるように反響していた。
扉が開け放たれたことでジェフリーが近づこうとするのを、龍麻さんが目線を動かすことなく左手だけで制した。
その目が一点を見据えていることで理解する。
そこにいるのだ、【ハウスキーパー】が。
『…見えてやがるのか、流石だな、化け物め』
エンジン音に嘲りの声が混じる。
機械の陰から現れた男は、その手に一つのスイッチを掲げていた。
明らかに、狂気の宿る目で。
END。
※※※※※※
しまった夏の間に終わらない(おい)
思いのほか最終決戦にたどり着くまでが長引いてしまってます。とっほほー思い通りにならないのはいつものことだが!(駄目字書き)
えー、うまいこといったら丁度20で本編が終わって、後日談1本という感じになるかと思います。なるといいなぁ。なってくれお願い。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という果てない妄想の砂漠に迷い込んだ二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに完璧にネタバレしてます。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしてもデスノ1巻の中盤くらいで某キラさんが死神もろとも魔人たちに退場させられちゃうような世界です。
●そんな二次創作は認めぬ!という方は、どうかこんな変なサイトのことは忘れて原作やゲームをお楽しみ下さい。
●まぁ二次創作だし楽しんだもの勝ちじゃない?とか、寧ろ名前入力主人公には基本「緋勇龍麻」って入れておきたい黄龍好きです!てな方に少しでも楽しんで頂けたら花園神社で絵馬奉納します。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
――――仲間。
その単語が龍麻さんの口から発せられた時に、私はようやく本当の意味でこの人の「本質」に触れたのだと理解した。
彼の強さは、その能力の高さだけではない。
「…他者を受け入れる懐の広さ、とでも申しましょうか」
私の心を見透かしたように述べるワタリの声に、首だけで振り返る。いつも物腰穏やかな…その点では少し、龍麻さんと彼は似ているような気がするが…老紳士は、どこか遠い記憶を懐かしむような表情で言葉を続けた。
「【天才】とは、時としてひどく孤独である生き物です。気付かぬうちに、他人を引き離し、先へ先へと進んでしまう。人より一手先が見える者にとって、『待つ』ことは非効率的であるが故に」
私は黙ってその声の主を見やった。
キルシュ・ワイミー。今は多くの時間を【ワタリ】として生きる彼もまた、かつて【天才】と称される発明家であった。その髪が白くなる前の人生を、私は詳しく知らない。彼が何を置いてきたのか、何を思い起こしているのか、多分それは、彼以外には分からない。
「…龍麻さんは、『待てる』のだと?」
しばしの沈黙の後、結局こぼれ出た私の問いかけに、ワタリは優しく首を振った。
「いいえ、正確には違いましょう…。あの方は、『共に歩く』のです」
「……」
そうか、とも、なるほど、とも、思いはしたが、うまく言葉にはならなかった。
例えば、集団のトップを頭脳と考え、その他のメンバーを手足と考えるのなら、手足は頭脳に従順である方が効率は良い。しかし勿論、そのように集団が動くことは非常に難しい。どれほど完全なる統制をもってコントロールしようとも、人間は個々に思考を持つ生き物であるからだ。(それを押さえつけるという段階になれば、【支配】という領域になり、また今回とは別の話なのでおいておく)
故に、より優れた【能力】であればあるほど、それを持つものは個人主義に陥りやすい。前述の通り、多くは悪意でも、孤独を好むということでもなく「その方が効率がよい」から、ただそれだけのことだ。
その傾向を、否定するつもりは毛頭ない。
大体にして、私自身がそんな生き方をしている。
私とて決して他者を拒んでいるつもりではないが、そもそも「私」が「最善を考慮する」という行為そのものが大多数の人々と私の距離を隔てる結果を生む。そして勿論、それを憂えて大多数に阿ることなど出来ようはずもない…私とはそういう厄介な生き物なのだから。
だが【彼】、緋勇龍麻は違う。
頭脳としてトップにとどまるのでも、効率を求めて個人で動くのでもない。
「一人のリーダーを頭脳とする集団ではなく…多くの【個々に思考する人間】が集う【仲間】を束ねる【要】…」
それは、従えるよりも、逸れるよりも、はるかに難しい道だろうに。
『信じて、頼れ』
単純明快な短い言葉だが、彼の口から放たれたそれはどんな名言よりも胸に刺さった。
ジェフリーを説得し、味方につけることだけならば私にも可能だっただろう。けれど、私がどれほど計算し尽くされた言葉を投げかけようとも、彼の背負った影を消すことは出来なかったはずだ。龍麻さんの言葉を受けた彼の、別人のように晴れ晴れとした表情はまさしく【憑き物が落ちたような】という表現そのものだった。
何一つ計算のない、それ故に、曇りのない真っ直ぐな言葉。そしてそれを形にする、強い意志の瞳と声。
(それが、緋勇龍麻という人なのか)
私は、私の生き方を悔いるつもりはない。
私の歩む道の荒涼とした景色を、嘆くつもりもない。
私は、【私】がそういう生き物だと知っている。そうした生き物であることを楽しみこそすれ、辛いと思ったことはない。
(けれど、もしも…今、【私】が生きる世界と同じくらい、まだ【外】にも『面白い世界』があるのなら)
モニターの向こうで、龍麻さんが通信ケーブルを切断するのを確認する。これでもうアロイスからの妨害はない。ジェフリーが味方についた今、残す障害は時間とハウスキーパーのみだ。
(ああ、なんということはない。実に単純、唯一絶対の完璧な解答)
端末のカメラに向かい満足げに笑顔を見せる彼に、ふっと私自身の顔もほころぶのを感じる。
「行きましょう、龍麻さん。今度こそ、エンディングです」
『ええ、そろそろプレイ時間も長くなりすぎましたからね』
薄暗い倉庫の中は、徐々に体感温度も上がってきているはずだ。圧迫感と焦燥と、疲労。しかし相変わらず、この人はその全てを包み込んで笑う。だからこそ、私も信じられる。
(他にも『面白い世界』があるのなら、【私の世界】は二倍になるだけだ)
その笑顔の傍に、新しい景色があるのだと。
エレベーターの扉が、軋んだ音を立てて左右に開く。
流石の龍麻さんも、今までとは違い警戒の気配を隠しもせずに、左右を注意深く確認しながらホールへと踏み出した。
「…とりあえず、ここには何も無いようですね」
私の言葉に画面の彼は小さく頷いたが、その表情には微かな落胆の色があった。どういう意味かと一瞬言葉を止めると、その僅かな間に気付いたのか、龍麻さんははっとしたように顔を上げて照れ笑いを浮かべた。
『実はその辺にハウスキーパーが隠れてて、向こうから襲い掛かってきてくれたら楽なのにな、なんてちょっと考えてました』
その言葉に、一瞬「こんな時でも少々のん気なのは彼らしい」と思いかけてから、そうではないことに気付く。
今の言葉は『絶対の自信』だ。
ハウスキーパーが直接目の前に現れたのなら、確実に自分が勝つ。そのことを微塵も疑っていないが故の、何気ない言葉。
(決して自信家ではない、寧ろ謙虚とも言える龍麻さんの言葉だからこそ分かる。彼は既にハウスキーパーの攻撃能力を把握し、その上で勝てるといっているのだ…)
私がそれに少なからず衝撃を受けている間に、鋭いのか鈍いのか分からないこの人は迷いの無い足取りで廊下へと歩を進めてしまった。
(まったく、底知れない)
苦笑を滲ませながら、私も思考を切り替える。簡単に調べたところ、廊下の扉はすべてロックされており、ここにも仕掛けが張り巡らされているのが分かった。残り時間は最大と考えて4時間。しかし勿論それは全てが上手く運んだ上での話だ。計算上はまだ暴走しないはずのエンジンだが、いつ何時その計算が無効になるかは分からない。
『…ふう』
その時、小さく息を吐く音をマイクが拾った。龍麻さんの額に先程までよりはっきりと汗が浮いているのを確認し、既に温度の上昇が始まっていることを知る。最大は4時間、しかしおそらく彼が自由に活動できるだけのポテンシャルを保てるのは、もっとずっと短い。
「龍麻さん」
呼びかけに、黒い瞳が端末を覗き込む。暑さのためか、その長い前髪はいささか乱暴にかき上げられたままになっており、今までになく鋭い光がそのまま画面に映った。会ったばかりの頃ならば、この視線だけで威圧されていたかもしれない。しかし今は。
「おそらくハウスキーパーもここでの仕掛けにはそれほど時間を割けなかったはずです。【不自然な箇所】を見極めて行きましょう。的中率90%の勘を頼りにしていますよ」
『任せて下さい』
私の言葉ににやりと笑う、不敵な表情がなんと頼もしいことか。
「もう一つ。【罠】を発見した場合ですが、今後は【解体】することより【停止】させることを優先しましょう。早い話が、多少乱暴ですが最短の手順で【核】となる部分を引っこ抜きます。…出来ますね」
肯定以外の返事があることなど、想像もする必要は無かった。
ぶつん、とコードが切断される。
【ゲーム】が無効となった後も、端末の右上に表示される【タイムリミット】は刻まれていた。しかし一つ違うのは、その数字は時間と共に【減る】のではなく【増え】ている。
現在の表示は2:49。
私たちが最後の仕掛けに挑む前に確認した時点から、増えた数字は0:38。それだけの時間で、この【先へ進むための】最後の罠は沈黙した。
[凄い…なんという手際だ…]
圧倒されたように賞賛の言葉を呟いたのはジェフリーだった。最後のシステム再起動にはどうしても彼に機関室で操作を担当してもらわねばならない。しかし移動中にハウスキーパーの妨害があっては危険なので、地下へ向かうタイミングを計ってもらう為に上階でモニターをチェックしているよう指示していたのだ。
「感心している場合ではありません、ジェフリー。残すところは機関室だけです、急いで地下に降りてきて下さい!」
[わ、わかりました!]
残り時間、と明確に言えはしないのが歯痒いが、計算上の猶予は3時間強。発電機、推進器とエンジンの一旦停止からシステムの再起動までにかかる時間はおおよそ30分。このままであれば、問題なくグラナダ号を止めることができる。しかし私には、ジェフリーを急かさねばならない最大の理由がまだ残っていた。それは勿論。
『…いる』
最奥の機関室へと通じる廊下。そこへ通じる最後の扉に手を当てて、龍麻さんは短く呟いた。
「廊下に、ですか」
問いかけに、彼の首が否定の形で振られる。
『まだ遠いので、機関室の中でしょう。振動や熱で読み取りにくいですが…確実に【人】の気配はします。…殺気を隠そうともしてないな。何をする気なのか…』
不穏な単語を口にしながらも、微かにその唇は笑いの形に持ち上がっている。そのことに、彼自身は気付いているのだろうか。己の危機をも楽しめる様は、まるで難問に出会った私のようだ。
『緋勇さん!』
やがて駆けつけてきたジェフリーに、「出来るだけ下がって」と指示し、龍麻さんはカードキーをスロットに通した。ぱきん、と乾いた音が響き、ロックが解除される。『廊下ではない』と自身が言っていた通りそこに人影はなく、それが当然というように彼もまた一切の逡巡なく光源の乏しい廊下を真っ直ぐに進む。
機関室の扉は、廊下の突き当たりで辺りをぼんやりと照らす僅かな光さえ飲み込むようにその姿を晒していた。
「龍麻さん」
コール音すら鳴らさず呼びかけた私に、やはり彼は驚かなかった。
「奴の【ハウスキーパー】という呼び名は、その場にあるものを罠に仕立て上げるという特性から付いたものです。そして今、【ここ】にあるものは船のエンジン…。この状況がどれほど危険であるかは、既に貴方も理解しているはずです」
こくりと頷くその仕草を、もう何度見ただろうか。思えば不思議なものだ。彼と私が出会ってから、まだ1日という単位すら時は流れていないのに。
「突発的な事態が発生した場合、貴方の判断が全てとなります。いいですか、万一の時は最優先されるべきは…」
『人命、ですね』
私の言葉を、彼の言葉が締めくくる。その解答にまたも苦笑がもれた。
(正解率は、66%…)
私は【貴方がたの命】と言おうとした。私の解答と、龍麻さんの解答、含まれる範囲が微妙に異なるそれこそが、この事件から導き出される未来となる。
(やや不安も残りますが、合格点としましょうか。なによりその【甘さ】こそが彼の一部であり、私も好ましく思う部分であるのだから)
甘さ、と脳内で表現した途端、自分が今は何も糖分を口にしていないことに気付く。目の端に映るチョコレートを口に放り込むべきか一瞬迷った後、結局私は手を引っ込めた。
この極限を、私なりにもう少し味わってみたくなった。そんなことを言ったら、ワタリに笑われるだろうか。しかし、勝利の美酒ならぬ勝利のスウィーツは、私にとって今までになく魅力的な報酬となるはずだ。
「…正解、と言っておきましょう。では参りましょうか、龍麻さん」
定番となった私の台詞に、前半部はどういう意味だといぶかしげな視線をちらりとだけ投げ、龍麻さんもまた同じ返事を寄越す。
『了解です、《L》』
このやり取りも本当にこれで最後だろう。
互いにそう確信しつつ、ついに機関室の扉は開かれた。
大きく開け放たれた扉から、むっとする熱気がこぼれ出す。内部は予想以上に明るく、せわしなく活動を続ける巨大なエンジンの音が重く圧し掛かるように反響していた。
扉が開け放たれたことでジェフリーが近づこうとするのを、龍麻さんが目線を動かすことなく左手だけで制した。
その目が一点を見据えていることで理解する。
そこにいるのだ、【ハウスキーパー】が。
『…見えてやがるのか、流石だな、化け物め』
エンジン音に嘲りの声が混じる。
機械の陰から現れた男は、その手に一つのスイッチを掲げていた。
明らかに、狂気の宿る目で。
END。
※※※※※※
しまった夏の間に終わらない(おい)
思いのほか最終決戦にたどり着くまでが長引いてしまってます。とっほほー思い通りにならないのはいつものことだが!(駄目字書き)
えー、うまいこといったら丁度20で本編が終わって、後日談1本という感じになるかと思います。なるといいなぁ。なってくれお願い。
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