螺旋の黄龍騒動記・16。
2008年2月22日 螺旋の黄龍騒動記(完結) ネタバレその他色々ご注意(安全の為どうぞ一回は必ず目を通してください)。
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という夢物語とか妄想とかそういうレベルの二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに完璧にネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても大事になる前に闇から闇へと東京の魔人どもが葬っちゃうという、某キラさんが思わず「嘘だっ!!」と叫ぶような世界です。
●そんな二次創作は有り得ない!という方は、どうかこんな変なものは忘れて素晴らしい他サイト様をお楽しみ下さい。
●まぁ二次創作なら多少はっちゃけててもいいよとか、寧ろ名前入力主人公には極力「緋勇龍麻」って入れますがどや?的な方に少しでも楽しんで頂けたら【愛】がゲージ振り切ります。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
「何故なら、私は貴方のボス《A》の正体を知っているからです」
最も効果的なタイミングを狙って投下した言葉は、私の予想通りに働いた。
画面の向こうのジェフリーは完全に顔色を無くし、小刻みに震えてすらいる。
[そんな、バカな]
おそらく、そう反論したかったのだろう。
しかし彼の口からはその動きに反し、うめき声のような音だけしか発せられなかった。
自らに確認の意味で一つ頷き、私は更に続けるべき言葉を選ぶ。
その【情報】を刃として、ジェフリーの内側にある【鍵】を抉り出すために。
(もう一手)
口を開きかけたその時、ふと画面の向こうの静かな視線に意識が向いた。
黒く深い、深海の色。
しかしその奥には太陽の欠片を封じ込めたような黄金の光が灯る、不思議な瞳。
爆発物を積み、いつ沈むとも知れない船の中、同乗するのは悪意を持った相手のみ。そんな状況下にありながら、その耀きは欠片も曇りを見せない。
(王者の瞳、か)
私は先ほど、彼の目を無意識にそう評した。
如何なるものにも屈しない強靭さと、あらゆるものを受け入れる包容力を宿し、砕けることなく輝く世界の【核】、つまりは【王】と。
(であれば、随分と贅沢な)
この戦いがチェスの盤上であるとすれば、《L》の側に残された駒はたった一つだが、ナイトの機動力とクイーンの破壊力を持つキングだった・・・陳腐な例えだが、まぁそんなところだろうか。
(対人罠開発の汚名を着せ、《L》の権威を失墜させる、そう言ったか)
不意に口元が笑いの形に歪む。モニターに写った皮肉の色濃いその笑みに、こちらの映像が彼の目には届かない状況を少しだけ有難いと思った。
(・・・望むところだ。最強の駒を与えられたゲームで勝てないのならば、《L》の存在自体に意味などない)
この盤において指し手を務める。それが《L》が今まで築き上げたものに対する対価であるのなら、私は【最も使い勝手の良い記号】であった《L》の名に初めて感謝しよう。
(さぁ、最後のゲームを始めましょうか。正義も悪もひっくるめて、勝つのは無論・・・)
中指の腹で跳ねるように【Enter】のキーを叩く。
(《私》と―――――《緋勇さん》です)
やや荒い画像の向こうで、男がモニターの両端を掴んだ。幾度かのヒューヒューという掠れた呼吸音の後に、ようやくその咽喉から否定の言葉が音となって発せられる。
[バカ、な。ハ、ハッタリは止めて下さい・・・たったあれだけの会話で、何も分かるはずが・・・]
しかし、それを私はわざと途中で遮った。
「ハッタリなどではありませんよ。もう一度言いましょうか。『私は既に、《A》の正体を知っています』」
[なっ・・・!!]
「巨額の資金が動く以上、首謀者は資産家、もしくは企業を動かせるだけの人間ということになります。それだけでも、一気に【首謀者である可能性を持つ人物】は限られてくる。そうは思いませんか?」
思考の間を与えずに、私は次のカードを切る。
「グラナダ号の所有者は【リブート社】、しかし実際にグラナダ号が眠っていたのは軍事企業【CNL】のドッグです。これがよくある企業間の賃貸契約であれば問題はないですが、2社は業務上何一つ繋がりを持ちません。・・・ですが、ある人物を介する事によって両者には一本の糸が渡される」
僅かに次の言葉への時間を空け、ジェフリーの表情がますます動揺の色を濃くしていくのを確認する。
嘘を吐くのが下手な男だ。
それ故に・・・彼にはまだ、戻る道が残されているはず。
「【シュウエイ・ファイナンス】。CNLの株を取り扱う投資ファンドです。そして、このシュウエイを通し多くの企業を支配している人物こそが―――――現リブート社会長【アロイス・ベイトソン】」
その名を告げると、観念したようにジェフリーの肩が落ちた。
「おそらくアロイス会長はCNLの幹部なのでしょうね。近年、CNLの会長には体調不良による引退説が囁かれ続けています。いよいよその機会が近付き、後継者たちが我先にとその椅子を狙っているとも。このような強攻策に出たのは、その座を狙ってのパフォーマンスでしょう。先程自身で語っていたように、この【対人罠】が莫大な利益を生み出せば、彼の発言力は群を抜いて強固なものとなるのですから」
[・・・《L》、あなたの前では、どのような秘密も存在し得ないのか・・・?]
その言葉には否定も肯定も返さずに、私は一拍の間を置いて最後の一手を打つ。
「ロックを開けて下さい、ジェフリー。どんな事情があるかは知りませんが、あなたは爆弾の似合う人ではない」
宣告するまでもなく、その一手はチェックメイトとなった。
『プロムナードから船倉を抜けて、機関室へ・・・』
自分に確認するように呟いて、緋勇さんは操舵室から再度プロムナードへ戻るエレベーターを目指す。
事態は一転、最悪の方向へと向かっていた。
ジェフリーを説き伏せ操舵室へ到着したものの、船の自動航行プログラムが何らかの障害を起こしたことにより、既にコントロールを受け付けなくなっていたのだ。しかも、この船が今向かう先は外洋ではなくクリエラ最大の港町「アルテア」。まだ紛争のざわめき止まぬクリエラ国内で、政府が拠点とする都市である。
そんな場所に爆発物を積んだ船が突っ込めば、ただでは済まない。どんな理由があろうと関係なくそれは【反政府組織からの攻撃】と見なされ、クリエラは再び大規模な紛争へと突入するだろう。
[素晴らしい、まるで紛争自体が《L》のプロデュースのようじゃないか]
モニターの向こう側に現れたアロイス・ベイトソンは既に正体を隠すこともせず、そう言って醜く歪んだ笑いを見せた。
しかし、その笑いは彼の部下であるジェフリーの嫌悪をも掻き立てたようだ。
[もうあなたには従えない。今まで有難うございました]
その言葉を最後に彼はアロイスとの通信を遮断し、我々に協力して船を止めることを約束したのだから。
(だが、最早一刻の猶予も無い・・・)
ジェフリーという味方を得ることが出来たのは喜ばしいが、オートパイロット機能を修復する為には最深部の機関室でシステムの再起動を行う必要がある。
再起動と一口に言っても、その場に行けば簡単に出来るというものではない。前段階として、機能停止している間の過負荷によるエンジンの爆発を防ぐ為に、発電機と推進器の遮断と各エンジンの停止作業が要る。それは決して安全なものではないだろう。
そして。
何より船の深部にはまだあの男・・・【ハウスキーパー】が息を潜めているのだ。
(リミットは約5時間。しかしエンジン停止後も慣性で船はしばらく動き続ける。クリエラの政情を考えれば、港から視認できる距離までは近付きたくないのが実情・・・。グラナダ号の重量を鑑みて、もう1時間は余裕を見ておきたいところだが、流石に難しいだろうか。ハウスキーパーは間違いなく仕掛けてくるはずだ。既に機関室までの通路には罠が張り巡らされている可能性が高い・・・それを解除しつつ進むとなれば、かなりのタイムロス・・・)
半分思考の海に意識を飛ばしていた私の目に、エレベーターの扉が開く様子が映った。
ジェフリーの協力により、現在は船内に設置されているカメラの映像をこちらでもいくつかモニターできるようになっている。そのため、私が今見ている映像は緋勇さんの後姿だった。
やや小柄の部類に入る体格であるのに、すらりと美しく伸びた背筋がその存在感を視覚以上に大きく見せている。その背を視覚の一部で捉えつつ、無意識に私は親指の爪を歯で軽く挟んだ。
(しかし、緋勇さんと私なら、やれる。この船を止め、アロイスの計画を白日の下に曝し、全てを解決することが・・・)
がり、と噛んだ爪の音で我に返る。
(「緋勇さんと」、なら?)
エレベーターの扉が閉まり、緋勇さんの姿が正面のモニターから消えたことに一瞬驚いた。なんのことはない、私がメインのカメラを切り替え忘れた、ただそれだけなのだが。
(・・・私らしくもない。こんなミスなど・・・)
モニターの画像が、緋勇さんの手にした端末のものへと切り替わる。
大きく映しだされた彼の表情は、こんな状況にもかかわらず先刻までよりも寧ろ穏やかであるように見えた。
操舵室で、ジェフリーと緋勇さんが交わした会話を思い出す。
『…貴方は、恐ろしくはないのですか』
残り時間を聞いた後、緋勇さんは軽く頷いただけですぐさまエレベーターの方へと身を翻した。そのまったく迷いのない動きに驚いたのだろう。
『貴方が優秀な捜査官なのは分かっています、しかしもう事態は個人の能力でどうにかなる問題じゃない。何故貴方は止めようとしないんです…。命が惜しくないのですか?それとも、FBIとしての責任感ですか?』
ひどく早口でまくし立てたジェフリーを、どこかゆっくりとした動作で緋勇さんが振り返る。
おそらく初めてその時、ジェフリーは緋勇さんの瞳を真正面から見たのだろう。驚愕に目を見開いた表情のうち、頬がみるみるうちに赤みを増す。私はこんな時だというのに数時間前の自分を思い出し、ほんの少し笑ってしまった。
『どちらでもないです』
そんな彼の前で緋勇さんは――――にこりと笑った。
『俺は、怖がりで痛がりなんですよ。だから、他の誰かが傷付くのも苦手なんです』
ひらりと身を返し出て行く背を、止める者はもういなかった。
(怖がりで、痛がりだから)
穏やかな瞳に嘘は感じない。
(だから、自分だけではなく他の誰かが傷付くのも怖くて、痛い。それ故に…緋勇さんは戦うことができる。たとえそれが自分の身を危うくするのだとしても、恐れを上回る【弱さ】故に)
いや。
私は小さく首を振った。
(それを人は、【強さ】と呼ぶ)
この人は、決して万能のスーパーマンではない。ただの【人間】だ。そして、それを自分で知りながら、なおも戦うことをやめない【ひと】なのだ。
(だから…だからこそ、「止める」のはこの人でなくてはならなかったのだろうか。【人の悪意】と戦うことができるのはただ一つ、【人の正義】であるが故に…)
何故だろうか。私は今この時にして彼がこの船に乗せられたことが、必然であったように強く思えた。
この船を、ばら撒かれようとする兵器を、起ころうとする紛争を、すべてを止めるために、誰でもない【緋勇龍麻】が【ここに来ざるを得なかったのだ】と。
(…馬鹿な。私は、一体何を)
そんなことは無論、私の幻想でしかない。
(緋勇さんはFBI捜査官であるとしても、その前に一人の救助対象者。彼を救出することが、私の…《L》の役目だったはず。どれほど事態が変わっても勘違いしてはならない、そもそも彼は【被害者】なのだと…)
ポーン、という音にキーボードの上で静止したままだった指が震えた。
エレベーターがラウンジ階に到着し、扉が開く。エレベーターホールというにはかなり狭苦しい空間を抜け、その先にある扉を開けば海が見渡せるプロムナードに出る。
そこには、確か。
「緋勇さん!」
『は、はい!?』
突然の私の大声に、緋勇さんが扉へ伸ばした手を引っ込めて端末へと向き直る。
黒い瞳が何の警戒も見せず、《私》へと向けられている。
できる、はずだ。
《L》と…《私》と《緋勇さん》ならば、きっと。
誰一人理不尽な被害を被ることなく、すべてを解決することが、きっと。
(誰一人?)
脳裏に浮かんだ自分の言葉に息が詰まる。
誰も傷付かない、最良の結末。今この場でそれを手にするためには、私の力だけでは足りない。私の手はまだそこに届かない。緋勇さんが、必要なのだ。
(すべてを守るために?)
『…《L》?』
怪訝な表情の緋勇さんが端末越しに呼びかけてくる。当たり前だ、もう一刻の猶予もないと言ったのは私自身ではないか。
だが、私の声はまだ音にならない。気付いてしまった。今頃になって。
(誰一人傷付けず、守る。そのために、誰が戦う?)
私ではない。
たとえ《L》がアロイスの言うように汚名を着て抹殺されようとも…それは私の記号の一つでしかない。
死と隣り合わせの場所で、爆弾魔たちを相手に爆発間近の機関室に向かわなくてはならないのは…。
(緋勇さん、だ)
当たり前のことだった。どれほど私が小賢しい策略を巡らそうとも、彼にまだこの手は届かない。助けることもできず、今はただその力に頼るしかない。
分かっている。このままでは何万人という人々が死ぬ。それを止めることができるのは、今この時点ではどう足掻いても緋勇さんだけだ。そんなことは分かっている。《L》であり、《FBI》であるならば、これ以外の選択肢など必要ない。それでいい。それが正しいはずなのに。
(…だが、違う…。戦うことは緋勇さんの【義務】ではない…!)
怖がりで痛がりだと笑った緋勇さん。微塵も表には出そうとしないけれども、その身に蓄積された疲労はどれほどだろうか。常人であればとっくに倒れていてもおかしくない修羅場を抜け、彼はまだ平然と笑って戦おうとする。自分ではない誰かのために。
「……緋勇さん」
喉に張り付くような声で彼の名を呼ぶ。機械音声に変換されれば無感情な音の羅列となるはずだが、多分それはもう緋勇さんには意味がないのだろうなと回りきらない思考の端で考えた。
「猶予がないのは分かっています。ですが、扉を開けたらもう少しだけ私に話す時間を下さい」
『…はい、分かりました《L》』
短い返事と穏やかな笑み。もう随分と長くこうしたやりとりをしていた気がするのに、私たちが【出会って】からはまだ半日程度の時間しか経過していない。
(不思議なものだ…)
たったその間に、私は数々の変化を感じた。私だけではなく、ワタリもそうだろう。
そして今、私はおそらく最も《L》らしからぬことを彼に告げようとしている。
(《L》の記号は、多くの【正義】を形にしてきた。その記号をブレさせないためならば、当然今回もそうあるべき。だが、私は…《エル・ローライト》は…)
扉が、開く。
再び真っ青な空と強い日差しがすべてを包んだ。
眼前には同じく青の色に染まる海が広がっている。まるで果てがないように、ただ青く、広く。
しかし、そこならば。まだ、【逃げられる】。
「緋勇さん」
再び名を呼ぶ私に、彼は黙って端末を覗き込んだ。
「この船を止めるためには、先ほど言った通り船倉を抜け最奥の機関室でエンジン停止作業を行わねばなりません。単純にそれだけでも危険な作業になるでしょうが、加えてハウスキーパー…今や私たちのみならずアロイスやジェフリーにも復讐しようと考えているだろうあの男の存在があります。貴方はあらゆる面で非常に優れた能力を持つ捜査官ですが、先程ジェフリーも言った通り、最早これは個人の能力だけでどうにかなる問題ではないのかもしれません。今までもそうでしたが、この先はそれ以上に命の危険と隣り合わせです」
黒い瞳は静かに頷いた。
私が何を言いたいのか、もう分かっているのだろうか。答えはもう、決まっているのだろうか。
その目を見るのが恐ろしく、私は膝の上にこつんと額を置いた。
「…貴方は、元々被害者です。【FBI捜査官】であれば、この先へ向かうことは【義務】であるのでしょう。けれど今の貴方は違う。貴方は…今ここで脱出したとしても責められることはない」
モニターからの音声はなく、私はそのまま言葉を続ける。《L》であれば決して言ってはならない言葉を。
「ここには新品の救助ボートがあります。おそらくはすべてが終わった後にジェフリーたちが使うためのものだったのでしょうが…。今なら貴方とジェフリーはそれを使って逃げられる。たった一人の被害者が、何を背負うことがあるでしょう。貴方は…自分の命を優先する権利がある。誰も、私も、それを決して責めることなどありません。ですから」
膝に置いた手に、無意識に力が入る。
選んでください。そう言いかけて、言葉の卑怯さに飲み込んだ。
違うだろう、エル・ローライト。私が彼に伝えたかったのは選択を迫る言葉ではない。言いたかったのは、ただ一つ。
「…私は…《私》は、貴方を死なせたくありません」
絞り出すように紡いだ言葉に、眼球の奥が熱くなる。我知らず震える肩に、誰かの温かな手がそっと置かれた。改めて顔を上げる必要などない、それは私の大切な【家族】のものだろう。その温かさは私の身勝手な言葉を認めてくれるように、ただひどく優しかった。
(ワタリ……いや、「ワイミーさん」。…私は、間違えていないのだろうか…)
その手の重みを拠り所に、私はモニターの向こう側の人物からの答えを待つ。
私は、どちらの返事を待っているのだろうか。
逃げて欲しいのか、それとも、戦って欲しいのか。そのどちらもか。
『…ありがとう、《L》』
「!!」
不意に聞こえた予想外の言葉に、私は反射的に顔を上げた。
そこには。
『でも大丈夫。そう簡単に俺は死にませんよ』
鮮やかな青色を背にした緋勇さんが、笑っていた。
『大体、《L》が言ったんでしょう、俺が【JOKER】だって。せっかく配られた切り札の使い所はここからじゃないんですか?それに…』
優しい笑顔が、急に悪童の色を帯びる。
『俺も言ったでしょう、【必殺技は、もっと必殺って時に使うものです】って』
ああ、この人はそんな表情もするのか。
そう思い、つられて笑みが浮かんだ。
「…そうでしたね。すみません、忘れていました」
先程の幻想が、まるで現実になっていくような不思議な感覚。
この人は、もしかしたら本当に。
ふと上げた視線の先に、ワタリの元々細い眼がなくなってしまいそうな笑顔が映る。
どうやら、そう考えているのは私だけではなかったようだ。
笑いだしそうな気分に任せて、正直な思いが口からこぼれおちる。こればかりは肉声であれば良かったのに、などと考える私は本当に昨日までと同じ《私》だろうか?
「不謹慎ですが…誘拐されたのが、貴方で良かった」
本当に不謹慎極まりない私の言葉に、それでも彼は少しも怒ることはなかった。微笑みに肯定の意を見たような気すらして、あまりに勝手な己の解釈に苦笑が漏れる。
「お時間を取らせました。では改めて…参りましょうか、【龍麻さん】」
呼びかけに、【龍麻さん】は一瞬大きく目を瞬いた。
だが、それは本当にたった一瞬のこと。すぐさまにこりと笑って、敬礼の形に手を挙げる。
『了解です!《L》』
駆け出すその背を追いかけて、私はモニターのメイン画像を切り替えた。
END。
※※※※※※※※
やっとここまで書けたぁぁぁぁ!!!(自己満足)
この話をどーしても書きたかった理由の1つが、実際のゲームでは使われなかったらしいとあるセリフ(おまけのボイス中に入ってた)をLにちゃんと言ってもらいたかったからだったりします。今よーやく回念願叶ってうれしい・・・。
あと2、3回+おまけのオチくらいで終わります。夏コミまでには絶対!!そうしないと新刊出ないから!(切実)
ところで某姐さんから「しまづさんとこのLは【黙デレ】(寡黙+デレ)だね」と言われて妙に納得したとかしないとか。確かに照れると黙ります。慣れてないから(笑)
●これは「L the proLogue to DEATH NOTE ~螺旋の罠」の名前自由入力主人公(新米FBI捜査官)が「東京魔人学園剣風帖」のデフォルト主人公緋勇龍麻だったら、という夢物語とか妄想とかそういうレベルの二次創作モドキです。
しかも元のゲームが推理ものなので、話が進むごとに完璧にネタバレします。
●加えてこの緋勇さん、先日「九龍妖魔学園紀」の2周目オマケモード「黄龍妖魔学園紀」をクリア済です。
●故に時間軸は2005年9月のお話です。(※ゲームと同じくデスノート本編開始前の設定)
●世界観はデスノの方ではなく、魔人+九龍がメインですので、この世界の《L》は「魔人世界に存在するパラレル《L》」です。故にこの世界ではそもそもこの先デスノート事件そのものが起こらないとか、起こったとしても大事になる前に闇から闇へと東京の魔人どもが葬っちゃうという、某キラさんが思わず「嘘だっ!!」と叫ぶような世界です。
●そんな二次創作は有り得ない!という方は、どうかこんな変なものは忘れて素晴らしい他サイト様をお楽しみ下さい。
●まぁ二次創作なら多少はっちゃけててもいいよとか、寧ろ名前入力主人公には極力「緋勇龍麻」って入れますがどや?的な方に少しでも楽しんで頂けたら【愛】がゲージ振り切ります。
最後に・・『こんな二次創作に立ち向かう覚悟はありますか?』
<はい(の人は下へスクロールを)
<いいえ(の人はどうぞこのままリターンをお願いします)
では、ゲーム再開です↓
※※※※※※※
「何故なら、私は貴方のボス《A》の正体を知っているからです」
最も効果的なタイミングを狙って投下した言葉は、私の予想通りに働いた。
画面の向こうのジェフリーは完全に顔色を無くし、小刻みに震えてすらいる。
[そんな、バカな]
おそらく、そう反論したかったのだろう。
しかし彼の口からはその動きに反し、うめき声のような音だけしか発せられなかった。
自らに確認の意味で一つ頷き、私は更に続けるべき言葉を選ぶ。
その【情報】を刃として、ジェフリーの内側にある【鍵】を抉り出すために。
(もう一手)
口を開きかけたその時、ふと画面の向こうの静かな視線に意識が向いた。
黒く深い、深海の色。
しかしその奥には太陽の欠片を封じ込めたような黄金の光が灯る、不思議な瞳。
爆発物を積み、いつ沈むとも知れない船の中、同乗するのは悪意を持った相手のみ。そんな状況下にありながら、その耀きは欠片も曇りを見せない。
(王者の瞳、か)
私は先ほど、彼の目を無意識にそう評した。
如何なるものにも屈しない強靭さと、あらゆるものを受け入れる包容力を宿し、砕けることなく輝く世界の【核】、つまりは【王】と。
(であれば、随分と贅沢な)
この戦いがチェスの盤上であるとすれば、《L》の側に残された駒はたった一つだが、ナイトの機動力とクイーンの破壊力を持つキングだった・・・陳腐な例えだが、まぁそんなところだろうか。
(対人罠開発の汚名を着せ、《L》の権威を失墜させる、そう言ったか)
不意に口元が笑いの形に歪む。モニターに写った皮肉の色濃いその笑みに、こちらの映像が彼の目には届かない状況を少しだけ有難いと思った。
(・・・望むところだ。最強の駒を与えられたゲームで勝てないのならば、《L》の存在自体に意味などない)
この盤において指し手を務める。それが《L》が今まで築き上げたものに対する対価であるのなら、私は【最も使い勝手の良い記号】であった《L》の名に初めて感謝しよう。
(さぁ、最後のゲームを始めましょうか。正義も悪もひっくるめて、勝つのは無論・・・)
中指の腹で跳ねるように【Enter】のキーを叩く。
(《私》と―――――《緋勇さん》です)
やや荒い画像の向こうで、男がモニターの両端を掴んだ。幾度かのヒューヒューという掠れた呼吸音の後に、ようやくその咽喉から否定の言葉が音となって発せられる。
[バカ、な。ハ、ハッタリは止めて下さい・・・たったあれだけの会話で、何も分かるはずが・・・]
しかし、それを私はわざと途中で遮った。
「ハッタリなどではありませんよ。もう一度言いましょうか。『私は既に、《A》の正体を知っています』」
[なっ・・・!!]
「巨額の資金が動く以上、首謀者は資産家、もしくは企業を動かせるだけの人間ということになります。それだけでも、一気に【首謀者である可能性を持つ人物】は限られてくる。そうは思いませんか?」
思考の間を与えずに、私は次のカードを切る。
「グラナダ号の所有者は【リブート社】、しかし実際にグラナダ号が眠っていたのは軍事企業【CNL】のドッグです。これがよくある企業間の賃貸契約であれば問題はないですが、2社は業務上何一つ繋がりを持ちません。・・・ですが、ある人物を介する事によって両者には一本の糸が渡される」
僅かに次の言葉への時間を空け、ジェフリーの表情がますます動揺の色を濃くしていくのを確認する。
嘘を吐くのが下手な男だ。
それ故に・・・彼にはまだ、戻る道が残されているはず。
「【シュウエイ・ファイナンス】。CNLの株を取り扱う投資ファンドです。そして、このシュウエイを通し多くの企業を支配している人物こそが―――――現リブート社会長【アロイス・ベイトソン】」
その名を告げると、観念したようにジェフリーの肩が落ちた。
「おそらくアロイス会長はCNLの幹部なのでしょうね。近年、CNLの会長には体調不良による引退説が囁かれ続けています。いよいよその機会が近付き、後継者たちが我先にとその椅子を狙っているとも。このような強攻策に出たのは、その座を狙ってのパフォーマンスでしょう。先程自身で語っていたように、この【対人罠】が莫大な利益を生み出せば、彼の発言力は群を抜いて強固なものとなるのですから」
[・・・《L》、あなたの前では、どのような秘密も存在し得ないのか・・・?]
その言葉には否定も肯定も返さずに、私は一拍の間を置いて最後の一手を打つ。
「ロックを開けて下さい、ジェフリー。どんな事情があるかは知りませんが、あなたは爆弾の似合う人ではない」
宣告するまでもなく、その一手はチェックメイトとなった。
『プロムナードから船倉を抜けて、機関室へ・・・』
自分に確認するように呟いて、緋勇さんは操舵室から再度プロムナードへ戻るエレベーターを目指す。
事態は一転、最悪の方向へと向かっていた。
ジェフリーを説き伏せ操舵室へ到着したものの、船の自動航行プログラムが何らかの障害を起こしたことにより、既にコントロールを受け付けなくなっていたのだ。しかも、この船が今向かう先は外洋ではなくクリエラ最大の港町「アルテア」。まだ紛争のざわめき止まぬクリエラ国内で、政府が拠点とする都市である。
そんな場所に爆発物を積んだ船が突っ込めば、ただでは済まない。どんな理由があろうと関係なくそれは【反政府組織からの攻撃】と見なされ、クリエラは再び大規模な紛争へと突入するだろう。
[素晴らしい、まるで紛争自体が《L》のプロデュースのようじゃないか]
モニターの向こう側に現れたアロイス・ベイトソンは既に正体を隠すこともせず、そう言って醜く歪んだ笑いを見せた。
しかし、その笑いは彼の部下であるジェフリーの嫌悪をも掻き立てたようだ。
[もうあなたには従えない。今まで有難うございました]
その言葉を最後に彼はアロイスとの通信を遮断し、我々に協力して船を止めることを約束したのだから。
(だが、最早一刻の猶予も無い・・・)
ジェフリーという味方を得ることが出来たのは喜ばしいが、オートパイロット機能を修復する為には最深部の機関室でシステムの再起動を行う必要がある。
再起動と一口に言っても、その場に行けば簡単に出来るというものではない。前段階として、機能停止している間の過負荷によるエンジンの爆発を防ぐ為に、発電機と推進器の遮断と各エンジンの停止作業が要る。それは決して安全なものではないだろう。
そして。
何より船の深部にはまだあの男・・・【ハウスキーパー】が息を潜めているのだ。
(リミットは約5時間。しかしエンジン停止後も慣性で船はしばらく動き続ける。クリエラの政情を考えれば、港から視認できる距離までは近付きたくないのが実情・・・。グラナダ号の重量を鑑みて、もう1時間は余裕を見ておきたいところだが、流石に難しいだろうか。ハウスキーパーは間違いなく仕掛けてくるはずだ。既に機関室までの通路には罠が張り巡らされている可能性が高い・・・それを解除しつつ進むとなれば、かなりのタイムロス・・・)
半分思考の海に意識を飛ばしていた私の目に、エレベーターの扉が開く様子が映った。
ジェフリーの協力により、現在は船内に設置されているカメラの映像をこちらでもいくつかモニターできるようになっている。そのため、私が今見ている映像は緋勇さんの後姿だった。
やや小柄の部類に入る体格であるのに、すらりと美しく伸びた背筋がその存在感を視覚以上に大きく見せている。その背を視覚の一部で捉えつつ、無意識に私は親指の爪を歯で軽く挟んだ。
(しかし、緋勇さんと私なら、やれる。この船を止め、アロイスの計画を白日の下に曝し、全てを解決することが・・・)
がり、と噛んだ爪の音で我に返る。
(「緋勇さんと」、なら?)
エレベーターの扉が閉まり、緋勇さんの姿が正面のモニターから消えたことに一瞬驚いた。なんのことはない、私がメインのカメラを切り替え忘れた、ただそれだけなのだが。
(・・・私らしくもない。こんなミスなど・・・)
モニターの画像が、緋勇さんの手にした端末のものへと切り替わる。
大きく映しだされた彼の表情は、こんな状況にもかかわらず先刻までよりも寧ろ穏やかであるように見えた。
操舵室で、ジェフリーと緋勇さんが交わした会話を思い出す。
『…貴方は、恐ろしくはないのですか』
残り時間を聞いた後、緋勇さんは軽く頷いただけですぐさまエレベーターの方へと身を翻した。そのまったく迷いのない動きに驚いたのだろう。
『貴方が優秀な捜査官なのは分かっています、しかしもう事態は個人の能力でどうにかなる問題じゃない。何故貴方は止めようとしないんです…。命が惜しくないのですか?それとも、FBIとしての責任感ですか?』
ひどく早口でまくし立てたジェフリーを、どこかゆっくりとした動作で緋勇さんが振り返る。
おそらく初めてその時、ジェフリーは緋勇さんの瞳を真正面から見たのだろう。驚愕に目を見開いた表情のうち、頬がみるみるうちに赤みを増す。私はこんな時だというのに数時間前の自分を思い出し、ほんの少し笑ってしまった。
『どちらでもないです』
そんな彼の前で緋勇さんは――――にこりと笑った。
『俺は、怖がりで痛がりなんですよ。だから、他の誰かが傷付くのも苦手なんです』
ひらりと身を返し出て行く背を、止める者はもういなかった。
(怖がりで、痛がりだから)
穏やかな瞳に嘘は感じない。
(だから、自分だけではなく他の誰かが傷付くのも怖くて、痛い。それ故に…緋勇さんは戦うことができる。たとえそれが自分の身を危うくするのだとしても、恐れを上回る【弱さ】故に)
いや。
私は小さく首を振った。
(それを人は、【強さ】と呼ぶ)
この人は、決して万能のスーパーマンではない。ただの【人間】だ。そして、それを自分で知りながら、なおも戦うことをやめない【ひと】なのだ。
(だから…だからこそ、「止める」のはこの人でなくてはならなかったのだろうか。【人の悪意】と戦うことができるのはただ一つ、【人の正義】であるが故に…)
何故だろうか。私は今この時にして彼がこの船に乗せられたことが、必然であったように強く思えた。
この船を、ばら撒かれようとする兵器を、起ころうとする紛争を、すべてを止めるために、誰でもない【緋勇龍麻】が【ここに来ざるを得なかったのだ】と。
(…馬鹿な。私は、一体何を)
そんなことは無論、私の幻想でしかない。
(緋勇さんはFBI捜査官であるとしても、その前に一人の救助対象者。彼を救出することが、私の…《L》の役目だったはず。どれほど事態が変わっても勘違いしてはならない、そもそも彼は【被害者】なのだと…)
ポーン、という音にキーボードの上で静止したままだった指が震えた。
エレベーターがラウンジ階に到着し、扉が開く。エレベーターホールというにはかなり狭苦しい空間を抜け、その先にある扉を開けば海が見渡せるプロムナードに出る。
そこには、確か。
「緋勇さん!」
『は、はい!?』
突然の私の大声に、緋勇さんが扉へ伸ばした手を引っ込めて端末へと向き直る。
黒い瞳が何の警戒も見せず、《私》へと向けられている。
できる、はずだ。
《L》と…《私》と《緋勇さん》ならば、きっと。
誰一人理不尽な被害を被ることなく、すべてを解決することが、きっと。
(誰一人?)
脳裏に浮かんだ自分の言葉に息が詰まる。
誰も傷付かない、最良の結末。今この場でそれを手にするためには、私の力だけでは足りない。私の手はまだそこに届かない。緋勇さんが、必要なのだ。
(すべてを守るために?)
『…《L》?』
怪訝な表情の緋勇さんが端末越しに呼びかけてくる。当たり前だ、もう一刻の猶予もないと言ったのは私自身ではないか。
だが、私の声はまだ音にならない。気付いてしまった。今頃になって。
(誰一人傷付けず、守る。そのために、誰が戦う?)
私ではない。
たとえ《L》がアロイスの言うように汚名を着て抹殺されようとも…それは私の記号の一つでしかない。
死と隣り合わせの場所で、爆弾魔たちを相手に爆発間近の機関室に向かわなくてはならないのは…。
(緋勇さん、だ)
当たり前のことだった。どれほど私が小賢しい策略を巡らそうとも、彼にまだこの手は届かない。助けることもできず、今はただその力に頼るしかない。
分かっている。このままでは何万人という人々が死ぬ。それを止めることができるのは、今この時点ではどう足掻いても緋勇さんだけだ。そんなことは分かっている。《L》であり、《FBI》であるならば、これ以外の選択肢など必要ない。それでいい。それが正しいはずなのに。
(…だが、違う…。戦うことは緋勇さんの【義務】ではない…!)
怖がりで痛がりだと笑った緋勇さん。微塵も表には出そうとしないけれども、その身に蓄積された疲労はどれほどだろうか。常人であればとっくに倒れていてもおかしくない修羅場を抜け、彼はまだ平然と笑って戦おうとする。自分ではない誰かのために。
「……緋勇さん」
喉に張り付くような声で彼の名を呼ぶ。機械音声に変換されれば無感情な音の羅列となるはずだが、多分それはもう緋勇さんには意味がないのだろうなと回りきらない思考の端で考えた。
「猶予がないのは分かっています。ですが、扉を開けたらもう少しだけ私に話す時間を下さい」
『…はい、分かりました《L》』
短い返事と穏やかな笑み。もう随分と長くこうしたやりとりをしていた気がするのに、私たちが【出会って】からはまだ半日程度の時間しか経過していない。
(不思議なものだ…)
たったその間に、私は数々の変化を感じた。私だけではなく、ワタリもそうだろう。
そして今、私はおそらく最も《L》らしからぬことを彼に告げようとしている。
(《L》の記号は、多くの【正義】を形にしてきた。その記号をブレさせないためならば、当然今回もそうあるべき。だが、私は…《エル・ローライト》は…)
扉が、開く。
再び真っ青な空と強い日差しがすべてを包んだ。
眼前には同じく青の色に染まる海が広がっている。まるで果てがないように、ただ青く、広く。
しかし、そこならば。まだ、【逃げられる】。
「緋勇さん」
再び名を呼ぶ私に、彼は黙って端末を覗き込んだ。
「この船を止めるためには、先ほど言った通り船倉を抜け最奥の機関室でエンジン停止作業を行わねばなりません。単純にそれだけでも危険な作業になるでしょうが、加えてハウスキーパー…今や私たちのみならずアロイスやジェフリーにも復讐しようと考えているだろうあの男の存在があります。貴方はあらゆる面で非常に優れた能力を持つ捜査官ですが、先程ジェフリーも言った通り、最早これは個人の能力だけでどうにかなる問題ではないのかもしれません。今までもそうでしたが、この先はそれ以上に命の危険と隣り合わせです」
黒い瞳は静かに頷いた。
私が何を言いたいのか、もう分かっているのだろうか。答えはもう、決まっているのだろうか。
その目を見るのが恐ろしく、私は膝の上にこつんと額を置いた。
「…貴方は、元々被害者です。【FBI捜査官】であれば、この先へ向かうことは【義務】であるのでしょう。けれど今の貴方は違う。貴方は…今ここで脱出したとしても責められることはない」
モニターからの音声はなく、私はそのまま言葉を続ける。《L》であれば決して言ってはならない言葉を。
「ここには新品の救助ボートがあります。おそらくはすべてが終わった後にジェフリーたちが使うためのものだったのでしょうが…。今なら貴方とジェフリーはそれを使って逃げられる。たった一人の被害者が、何を背負うことがあるでしょう。貴方は…自分の命を優先する権利がある。誰も、私も、それを決して責めることなどありません。ですから」
膝に置いた手に、無意識に力が入る。
選んでください。そう言いかけて、言葉の卑怯さに飲み込んだ。
違うだろう、エル・ローライト。私が彼に伝えたかったのは選択を迫る言葉ではない。言いたかったのは、ただ一つ。
「…私は…《私》は、貴方を死なせたくありません」
絞り出すように紡いだ言葉に、眼球の奥が熱くなる。我知らず震える肩に、誰かの温かな手がそっと置かれた。改めて顔を上げる必要などない、それは私の大切な【家族】のものだろう。その温かさは私の身勝手な言葉を認めてくれるように、ただひどく優しかった。
(ワタリ……いや、「ワイミーさん」。…私は、間違えていないのだろうか…)
その手の重みを拠り所に、私はモニターの向こう側の人物からの答えを待つ。
私は、どちらの返事を待っているのだろうか。
逃げて欲しいのか、それとも、戦って欲しいのか。そのどちらもか。
『…ありがとう、《L》』
「!!」
不意に聞こえた予想外の言葉に、私は反射的に顔を上げた。
そこには。
『でも大丈夫。そう簡単に俺は死にませんよ』
鮮やかな青色を背にした緋勇さんが、笑っていた。
『大体、《L》が言ったんでしょう、俺が【JOKER】だって。せっかく配られた切り札の使い所はここからじゃないんですか?それに…』
優しい笑顔が、急に悪童の色を帯びる。
『俺も言ったでしょう、【必殺技は、もっと必殺って時に使うものです】って』
ああ、この人はそんな表情もするのか。
そう思い、つられて笑みが浮かんだ。
「…そうでしたね。すみません、忘れていました」
先程の幻想が、まるで現実になっていくような不思議な感覚。
この人は、もしかしたら本当に。
ふと上げた視線の先に、ワタリの元々細い眼がなくなってしまいそうな笑顔が映る。
どうやら、そう考えているのは私だけではなかったようだ。
笑いだしそうな気分に任せて、正直な思いが口からこぼれおちる。こればかりは肉声であれば良かったのに、などと考える私は本当に昨日までと同じ《私》だろうか?
「不謹慎ですが…誘拐されたのが、貴方で良かった」
本当に不謹慎極まりない私の言葉に、それでも彼は少しも怒ることはなかった。微笑みに肯定の意を見たような気すらして、あまりに勝手な己の解釈に苦笑が漏れる。
「お時間を取らせました。では改めて…参りましょうか、【龍麻さん】」
呼びかけに、【龍麻さん】は一瞬大きく目を瞬いた。
だが、それは本当にたった一瞬のこと。すぐさまにこりと笑って、敬礼の形に手を挙げる。
『了解です!《L》』
駆け出すその背を追いかけて、私はモニターのメイン画像を切り替えた。
END。
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やっとここまで書けたぁぁぁぁ!!!(自己満足)
この話をどーしても書きたかった理由の1つが、実際のゲームでは使われなかったらしいとあるセリフ(おまけのボイス中に入ってた)をLにちゃんと言ってもらいたかったからだったりします。今よーやく回念願叶ってうれしい・・・。
あと2、3回+おまけのオチくらいで終わります。夏コミまでには絶対!!そうしないと新刊出ないから!(切実)
ところで某姐さんから「しまづさんとこのLは【黙デレ】(寡黙+デレ)だね」と言われて妙に納得したとかしないとか。確かに照れると黙ります。慣れてないから(笑)
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